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主婦が聖書に嵌ることの危険性

●普通の主婦たちを魅了する宗教団体

 その昔、俺が横浜市に住んでいた頃、同じ神奈川県内の海老名市に「エホバの証人」の日本本部があったので、それで盛んに我が家に伝道者たちがやってきて困ったことがあった。我が家は典型的な神仏習合の家だったので、エホバの証人がどうのこうのではなく、他の宗教は全てダメなのである。

 ただ厄介なことに、エホバの証人の伝道者たちが悪い人たちではなく、どう見ても普通の主婦たちだったということなのである。普通の主婦たちなのだから、普通の生きていればいいものを、なんでエホバの証人に入会してしまったのか、その辺りのことが良く解らなかった。

 しかしこの教団の情報を調べてみると、エホバの証人は日本の信者数が20万人程度で、それに聖書研究生が10万人程度いるので、かなりの規模なのである。日本のプロテスタント系宗教団体の代表格の日本基督教団の信者数が15万人なので、これと比較するとエホバの証人は2倍の大きさを誇っているのである。

 日本基督教団は軍部に協力して創立され、教団内部では常に権力闘争が絶えず、しかも政教分離に違反して常に政治に手を出しまくっている。それに対してエホバの証人は政治に対して背を向けているし、教団組織もしっかりと出来上がっている。こうなるとエホバの証人を支持する人たちがどうしても出て来てしまうのである。

 簡単に言ってしまうと、日本基督教団の説教は普通の主婦たちの心には届かなかったが、エホバの証人の説教は普通の主婦たちの心の届いてしまったということなのである。宗教団体が政治に手を出すことは危険なのだが、信者数が15万人程度なら絶対に政治に手を出すべきではないのである。自分たちが政治に手を出している内に、自分たちから見れば破壊的カルト教団として思えない教団に追い抜かれてしまうことになるのである。

●普通の主婦が聖書に嵌ってしまった時

 エホバの証人の特徴は、前からキリスト教徒であった女性たちを改宗させるのではなく、結婚して育児中の母親たちを改宗させてしまうことである。育児中は忙しいと思うものなのだが、冷静に考えると閑があると言われればまさにその通りである。

 だから「小人閑居して不善をなす」と言われるように、閑だからこそエホバの証人に嵌ってしまったのである。正確に言うと、エホバの証人に嵌ってしまったというよりは、聖書に嵌ってしまったといった方がいいかもしれない。というのはエホバの証人はすぐさま信者にしないで、聖書研究生として聖書を勉強させることに3年間も費やすからだ。

 主婦にしてみれば家事や育児は毎日同じことの繰り返しである。それに楽しみを見出せる人なら毎日楽しく暮らせるのだが、家事や育児をそれほど面白いとは思わない女性にしてみれば、ただ時間だけが過ぎ去っていくことになる。「自分はこのままでいいのだろうか?」という漠然とした不安を抱え込んでしまうことになる。

 そこにエホバの証人の伝道者がやってきて、聖書のことをあれこれ教えてくれれば、今まで一度も読んでみたことがなかったので、暇潰しで読んでみようかなと思うようになってしまう。しかし普通の主婦に聖書を読みこなす読解力などあろう訳がなく、聖書を読んだところで、逆に聖書に読まれてしまうということになってしまうのである。

 聖書に書かれていることははっきりと言ってしまえば、結婚生活を続けていくに当たって全く関係のないことである。主婦であるなら家事や育児のことで様々なことを学んでいかなければならないのだが、逆にそうやって現実離れしているからこそ、思いっきり聖書に嵌ってしまうのである。

 日本基督教団はエホバの証人を破壊的カルト教団と看做し、エホバの証人の独特な信条を非難するのだが、それよりも以前にエホバの証人の信者たちが聖書に嵌っているという事実を直視しないと、なぜ普通の主婦たちがエホバの証人の信者になってしまうのか、その理由が解らなくなってしまうのである。

●聖書の読み方

 エホバの証人の信者たちが聖書を読んだとしても、『創世記』から『ヨハネの黙示録』まで順に読んで行くという読み方をする。こういう読み方を「平面読み」という。しかし聖書はこの読み方をしていては内容をきちんと理解することができない。

 聖書を読む際、ただ文章を読んで行くのではなく、脚注を読み、その引用している頁に戻って調べる。こういう読み方を「立体読み」という。この立体読みができると、聖書の内容をきちんと理解することができるようになる。尤もこれができるようになるまで少なくとも1冊の聖書を読み潰すことになる。

 しかしこれだけでは不十分であって、聖書に関係する参考文献を読みまくり、それで聖書に書かれていない知識を補って行くのである。聖書だけ読んでいても、知識量は足りないのであって、大量の参考文献を読まない限り、聖書の知識を補強して行くことはできないのだ。

 だから聖書をちゃんと理解するためには、どうやったとしても10年はかかる。もしも主婦が家事や育児をしながらやれば30年ぐらいはかかってしまうことだろう。30歳で改宗したのなら、60歳で聖書のことを理解することになるので、そうなると主婦が幾ら聖書を読んでも聖書を読むだけで人生が終わってしまうことになってしまう。

 1つ注意しておくと、エホバの証人では新共同訳の『聖書』を使っているのだが、この『聖書』の日本語訳にはかなり問題がある。日本のカトリックとプロテスタントが合同で翻訳してしまったために、両宗派にとって都合のいい翻訳がなされているのである。

●心に来る言葉はどの本にだってある

 聖書は大量の書物を集合させた書物である。だから聖書を読めば何か心に来る言葉は1つや2つ必ずある。だからといってそれでキリスト教を信じ込むというのは如何な物であろうか? 大体、エホバの証人の教団組織は聖書の記述とは全く関係のない組織になっている。

 エホバの証人の宗教活動はかなり時間を拘束されるものだ。幾ら信仰をしているからといって、そこまで時間を拘束されてしまっては、家事や育児や仕事に支障が出て来るのは当然のことなのである。そういうことを果たしてイエスが願ったのか、そこの所を良く考えてみることだ。

 エホバの証人の信者たちの発言で実に気にかかることは、「聖書は科学的だ」と言って来る連中が非常に多いということである。そもそも宗教と科学は関係ない物である。宗教は神と人間との関係を論じた物で、科学は人間が客観的にこの世界を分析して行く学問である。

 聖書を科学的だと思うことは、その信者が科学を絶対視しているからこそ、そういうことを言ってしまうのである。ということは、

「その信者が心の奥底で信じているのは「科学」なのであって、キリスト教ではない」

ということになる。大体、科学を信仰しているのなら、エホバの証人を辞めて科学者になるべきなのである。

 エホバの証人は教団側がどう主張したとしても、プロテスタンティズムの聖書中心主義から出て来た宗派にすぎない。他のプロテスタント系の教団ならそれなりの儀式が整っているのに、それが抜け落ちてしまっているのである。頭でキリスト教を理解したとしても、キリスト教を理解することは不可能なのである。

●妻として母親としての自己規定

 なぜ普通の主婦が聖書に嵌ってしまうのか、それにはちゃんとした理由が存在する。キリスト教は首尾一貫して男性中心主義的な宗教で、女性たちが入り込む余地はない。キリスト教の教えによれば、女性は男性に服従すべき者ということになるのである。

 このキリスト教の教えを独身女性が聞けばフェミニストではなくても反発してしまうものだが、結婚しているとなれば別なのである。父系家族の結婚の場合、妻が夫を立て、夫を家族の中心にしないと機能しないから、キリスト教のように一見、女性の地位を完全否定した宗教を受け入れる余地があるということなのである。

 だから普通の主婦が聖書を読めば、妻として母親として「自己規定」することができてしまうのである。主婦が自分を自己規定している限り、その結婚は安泰であろう。その結婚が機能するかしないかは別として、妻であることに、母親であることに、下手な不満を抱かないのだ。

 しかしこのような自己規定はどうやっても苦しい。女性の地位が蔑ろにされているだけなので、キリスト教を信仰し続ければ窒息死してしまう。因みにエホバの証人にはカトリックのようなマリア信仰などという物は存在しない。このためなんのガス抜きも存在しないのである。

 そこで教団は信者たちを伝道に出かけさせる。『ものみの塔』と『目覚めよ」という小冊子を配布していくのだが、このような文書布教では伝道の成功確率は非常に低い。しかしこの手の伝道でも引っ掛かるバカは必ずいるものなのであって、その者を改宗させると、「やはり自分の信仰は正しかったんだ!」と思い込み、それで今までのストレスが全て吹き飛んでしまうのである。

●神秘体験の必要性

 エホバの証人に於いて宗教団体として決定的に欠けけている物が存在する。それは「神秘体験」である。エホバの証人はやはりプロテスタント系の宗教団体なので、宗教を知的に捉えるだけで、神秘体験という物を全く無視している。

 神秘体験を起こす宗教団体は全て本物の宗教であるとは言えないが、神秘体験を全く引き起こさない宗教は絶対に本物の宗教ではないということだけは言える。イエスにしても、パウロにしても、何かしらの神秘体験があったからこそ伝道を開始したので、それなのにキリスト教徒たちには神秘体験というものが存在しないのである。

 人間は神秘体験を経験すれば、それを契機に自分自身が根本から変革してしまい、その後の人生をガラリと変えてしまう。これは宗教的には非常に素晴らしいことであっても、世間的に見れば危険なことだ。或る日突然に神秘体験が起これば、その人は狂ったように宗教活動を始めるようになってしまうからだ。

 ここにこそエホバの証人に普通の主婦たちが嵌り、改宗して信仰しているのに普通の主婦で有り続けるのか、その本当の理由が存在しているのである。エホバの証人では神秘体験を引き起こさないが、それでも神秘体験に遭遇した人に起こるような現象と似たような行動を取り、それで自分が根本から変わったと錯覚しているということなのである。

 神社のお祭りで神輿を担ぎ、「神人一体」の神秘体験をした人なら、エホバの証人に嵌ることは絶対にないだろう。エホバの証人に嵌るような人は、この手の低レベルの神秘体験すら経験してこなかったのであり、「神秘体験を経験したい!」という欲求がエホバの証人に入会してしまうという行動を引き起こしてしまったのである。

 我々にできることは、エホバの証人に嵌ってしまった普通の主婦たちをそっと見守ってあげることぐらいなのである。日本基督教団がやっているように、「エホバの証人は破壊的カルト教団だ!」と主張して叩いてしまえば、エホバの証人の信者たちは益々信仰を強化して行ってしまうだけなのである。

 エホバの証人の信仰で疲れ切ったのなら、恐らく脱会するだろうから、その時は優しく受け止めてあげれば良いのである。

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