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2014年10月

NHKの女子アナ「橋本奈穂子」のファッションセンスが実におかしい

●そのファッションセンスが気にかかって仕様がない

 我が家では夕食の時間が早くなってしまった。夜遅くに夕食を取ると、なんか体が重たいので、それで早目に食うことにしたのである。夕食の開始時間は午後5時半であり、まさに「夕食」である。このぐらいの時間に夕食を食べると、その後が非常に楽なので、夕食というのは本来、この時間辺りで食べるものなのだろう。

 そうやって夕食を食べ終わると、食休みとしてテレビを見ることになる。時間的にNHKでは「首都圏ニュース」をやっており、それを見ることになる。夕食後のひと時なので、のんびりと過ごしたいのだが、この番組の女子アナのファッションセンスが気になって仕方がないのである。

 この女子アナは「橋本奈穂子」といい、彼女が好きな色は緑色らしく、緑色の服を好んで着ることになる。緑色の服は黄色人種の日本人にとってこれを着こなすのが最も難しく、肌が白くないと、絶対に似合わないのだ。縒りによって橋本奈穂子は肌が白いのでどうにかクリアできている。

 一体、どこの出身者かと思って調べてみたら、橋本奈穂子は滋賀県出身である。滋賀県の女性たちは色白の女性たちが多いので、それであの白さを獲得することができたのであろう。滋賀県では「鮒鮨」を始めとして発酵食品を良く食うので、それがお肌にとって非常に良いのである。

 とはいっても、橋本奈穂子が着る服は毎回「失格」とは言わないまでにしても、「もうちょいセンスの良い服を着たらどうか?」と俺は思いながら毎回見ている。このことは我が家でも問題になっており、

「あれは私服なんでしょ」

とかいう意見が出てj来るので、

「NHKにだってスタイリストはいるだろうよ?」

と俺が反論して、必ずしも橋本奈穂子に責任追及が及ばないようにしている。

●頭が大きい女性は頭が良い

 橋本奈穂子の最大の特徴はなんといっても「頭が大きい」ということである。スイカぐらいの大きさはあると思う。頭が大きいということは運動不足なのであって、毎週「週5日」は首都圏ニュースに出るために、土日とか思いっきりスポーツでもないと、頭はどんどん大きくなっていってしまうことだろう。

 因みに俺の経験則から言わして頂くと、頭が大きい女性は頭が良い傾向にある。少なくとも頭が大きい女性でバカはいない。頭が大きいということは、それだけ多くの血液が頭に行っているのだから、当然に知能は高くなっていくのである。

 但し欠点としてもなんでも自分の意見を押し通そうとすることなのであって、番組を見ている限り、事実そうであろう。世の中は自分が正しいと思っても、自分の意見が通らないことは多々あるものなのであって、世間慣れしていないと、その頭の良さを巧く使うことができないのである。

 ファッション雑誌を見れば解ることだが、女性のファッションモデルというのは、その殆どが頭の小さい女性たちばかりである。洋服の場合、白人たちのように頭の小さい女性の方が似合うのである。ということは、橋本奈穂子のように頭の大きな女性は、どういう洋服を着たとしても、似合わないのだ。

 着物は日本人用に作られているので、頭が大きな女性でも似合うように作られている。だったら着物を着て、女子アナの仕事をすればいいじゃないかと思ってしまう。あの時間帯で、着物を着て仕事をしている女子アナは1人もいないので、逆にこれをやると目立って、高い評価を受けるのではないだろうか?

●勝手に運命鑑定

 橋本奈穂子に対して勝手に運命鑑定をさせて頂くと、

地格は26画

なので、運命的にファッションセンスはダサいということになる。運命的にファッションセンスがダメな場合、どうやってもファッションセンスは上昇しないので、せめて見苦しく感じないような服を着るべきなのである。この欠点が長所になることはまずないと言っていい。

 地格が26画の女性は普段「恋愛」に対して距離を置いているのだが、一旦恋の炎に火がついてしまうと、情熱的な恋愛をしまくり、相手の男性に対して堅信的に尽くそうとする。そういう行為を良いと思う男性ならいいが、大概の男性たちはそれを重荷と感じてしまうので、なかなか恋愛が成就しない。

 橋本奈穂子は現在「34歳」の独身なので、もう結婚適齢期を既に過ぎているのである。ま、このファッションセンスで男性とまともな恋愛をするというのは無理である。もしも俺が橋本奈穂子とデートをしたのなら、彼女が如何におめかしをして来ようが、そのままブティックに直行して、服装の変更を迫ると思う。

 人格は13画

なので、お喋りは上手であり、アナウンサーには非常に向いている。事実、女子アナとしては技術的にレベルが高いと思う。ニュース番組では時間が限られているのであって、その限られた時間の中でテキパキと喋ってくれないと、見ている方はチャンネルを変えることになる。

 総画は47画

なので、大衆の人気を獲得し、家庭運に恵まれ、運が良ければ「玉の輿」に乗ることになる。だから橋本奈穂子は首都圏ニュースでお茶の間で顔馴染みでありがら、或る日突然に超有名人と結婚ということになって、世間の人たちを驚かせるかもしれない。

●絶対音感がある?

 橋本奈穂子は自分に絶対音感があることが自慢だという。中学高校と吹奏楽部に入り、サックスを担当していたので、そこで音感が鍛えられ、絶対音感を有するにようになったという。確かに橋本奈穂子の声は実に聞き易い声なのである。

 どこの国のニュース番組でも、女子アナの声は少し低い物なのだが、なぜだか日本の民放(特にフジテレビ)だと高めになっている。そういう喋り方をされると聞きにくいし、聞いている方が「この女、バカなんじゃないか?」と思ってしまう。ニュース番組にはニュース番組用の声があるのであって、それが解らないというのなら女子アナとしては失格であろう。

 そこまで絶対音感があるというのなら、音楽番組の司会者にでも抜擢すればいいのに、NHKは人を見る目がない。尤も現在では音楽番組をやっても、ジャニーズとかAKB48とかが占めてしまうので、いい音楽番組を作れないという状況下にある。

 橋本奈穂子の人生に何か変化があるとしたら、仕事で中学校や高校の吹奏楽部の取材をしたりした時であろう。自分にとって最大の自慢がある人は、その自慢を産み出し物に触れる時、自然と大きな変化が起こるようになっているのである。

 ま、何はともあれ、夕食後に、「この女子アナのファッションセンスは実におかしい」と思いながらニュース番組を見るのって、意外と面白いかもしれない。服のことで飽きれば、今度は「この女子アナ、頭が大きいな~」と思っている見ているのだから、俺は実に悪質極まりない視聴者ではある。

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伊藤園のお茶はなぜ美味しい?

●無料でお茶の指導

 先日、伊藤園がショッピングセンターでキャンペーンをやっていて、無料でお茶の指導をするということをやっていた。お茶好きの俺としては興味があったので見させて貰ったのだが、伊藤園の社員から説明を聞いて、「伊藤縁のお茶がなぜ美味しいのか?」、その理由が解ってしまった。

 我が家ではお茶を入れる際、お湯を急須に注いで1分ほど待ち、その後、お茶を入れて行く。薄ければもう一回そのお茶を急須に注いで、それで多少濃くしてから飲む。こうやって多少濃くした上で、熱いお茶で味わい、ぬるま湯のお茶で味わい、冷めたお茶で味わうということをやる。

 しかし伊藤園の社員が言うには、「煎茶なら30秒」「玉露なら2分」というのが、ベストな時間だというのである。煎茶は甘さを出した方がいいので、30秒と短くした方がいい。だが玉露だと多少は苦みを出した方が良いので、それで2分と長くした方がいい。

 お茶に詳しくない人はなんのことだかさっぱり解らないだろうが、お茶で2分というのは通常の倍の時間なのである。このため伊藤園のお茶は全て多少濃くなっているのだ。だから冷やしたお茶を飲むと美味しく感じる。伊藤園以外のお茶を飲むとどうも美味しくないのはここに違いがあるからなのである。

 指導を受けて早速我が家でも試してみたのだが、伊藤園方式でやると確かに美味しい。煎茶の場合、1分にしてしまうと、甘味が後退してしまうのである。玉露の場合、1分だとどうもイマイチで、だから俺は毎回「2度入れ」ということをやっていたのである。

●緑茶の産地

 お茶は茶葉の産地で味が異なる。日本のお茶は「宇治茶」こそ最高峰なのであって、その製法が全国に普及していったからこそ、喫茶の習慣がしっかりと根付いたのである。しかし宇治茶が日本で最高峰というのは既に過去の話である。宇治茶の特徴は濃厚な味わいにある。

 現在、日本で茶葉生産量のトップは静岡県である。「静岡茶」は濃い目が特徴である。江戸幕府が崩壊し、幕臣たちが静岡県に移住してから茶葉の生産が始まったことを考えると、なんとも不思議である。我が家では抹茶なら宇治茶、他のお茶なら静岡茶を使用しているのだが、お茶が濃いからこそこれらの物を好んで飲んでいるのである。

 茶葉生産量の第二位は鹿児島県である。「鹿児島茶」は旨味が格段に強い。日照量が最も多いので、茶葉がまるで違うのである。尤も日本で日照量が最も多いのは宮崎県なのだが、調べてみると「宮崎茶」もちゃんとあった。因みに宮崎県の茶葉生産量は第四位である。

 種子島には日本で最も早くできるお茶が存在するという。「それならもっと宣伝せい!」と俺は思ってしまった。東京の人たちは初物が大好きだから、種子島の茶葉を宣伝すれば東京で大人気になると思う。南国のお茶は緑茶といっても味が全然違うから、その違いを解って貰えば確実に売れるのである。

 茶葉生産量の第三位は三重県である。「伊勢茶」は薄い味が特徴である。道理で我が家では伊勢茶を使用したことがないのである。薄い味が特徴だと、煎茶になら適している。しかし玉露のように味が濃くなると、なかなか巧く行かなくなってしまうのだ。

●茶碗

 緑茶をの際に器はなんでも良いという訳ではない。緑茶はやはり茶碗で飲むべきであって、茶碗こそ緑茶の味を最大に引き出せるようになっているのである。他の器ではどうやったとしても、緑茶の味がイマイチになってしまうのである。

 緑茶を飲む場合、「茶碗」「湯呑」「マグカップ」のいずれかであろう。これらの物は全て容積が異なる。

 茶碗 100cc

 湯呑 150cc

 マグカップ 200cc 

 お茶は茶碗で飲むように作られているので、マグカップでは大き過ぎるということになる。限界点は湯呑なのであって、それ以上多くしてしまうと、味が落ちてしまうのである。

 実を言うと俺はマグカップを使っている。しかし緑茶を飲む際、なぜだか半分までしか注がない。緑茶を多く飲む時はわざわざもう1つのマグカップを使い、それも半分までしか注がない。この癖は父親から批判されたことが度々あって、

「なんでお茶を並々と注がない?」

「なんで2つのコップを使うんだ?」

などと言われたのだが、伊藤園の社員から指導を受けたお蔭で、この謎が解明されてしまった。俺は自然と緑茶が巧くなるようにマグカップを使っていたのである。

 因みに、紅茶はティーカップ、珈琲は珈琲カップであり、紅茶であろうが珈琲であろうが、美味しく飲める量は決まっているのである。特に珈琲カップは非常に小さい物なのであって、それなのにマグカップで飲み、しかも大きめのマグカップに並々と注ぐというのは味を落とすだけなのである。

 こうなると、

「じゃあ、ペットボトルは一体なんなんだ?」

ということになる。緑茶のペットボトルは基本的に500mlなので、茶碗で飲む量の5倍になる。だから伊藤園はそれに合うお茶を開発しているのである。ペットボトルで飲むなら旨いお茶なのであって、あれを茶碗に注いで飲んでも別に美味しいとは感じないのである。

●茶葉を冷凍庫に入れるのは良くない

 我が家では茶葉を冷凍庫に入れて保管していたのだが、伊藤園の社員に言わせると「それは良くない」とのことであった。冷凍庫で保管しても、茶葉を出し入れする際に湿気が茶葉に付いてしまい、それで緑茶の味が低下してしまうのである。

 確かにそれはその通りで、茶葉を冷凍庫に保管するようになってから、なぜだが緑茶の味が落ちてしまったのである。そのため俺は暫くの間、緑茶を飲まなくなってしまったことがあった。茶葉は1ヵ月で使い切るようにし、無くなったら買えばいいとのことであった。

 茶葉を冷凍庫で保管などせす、そういうことをするくらいなら「茶筒」に拘った方がいい。要は茶筒の性能如何で、茶葉の劣化のスピードがまるで違ってしまうものである。いい茶筒はそれなりの値段になるので、そこはケチらないようにすることだ。

 古くなったお茶はほうじ茶にしてしまうのが良い。自宅でほうじ茶を作ると、圧倒的に旨いほうじ茶を作ることができる、しかしこれは面倒臭いと言えば面倒臭い。だから茶葉は大量に買わずにこまめに買っていった方がいいということになる。

 伊藤園の社員は最後に、

「20%引きのサービス券」

をくれたのだが、このサービス券を使って伊藤園の商品を買うと、定価から20%引いて貰えるとのことであった。実に有難い指導ではあったけど、最後の最後にはちゃっかりと商売をしていた訳だ。さすが商魂逞しいというしかない。

 実にアッパレ伊藤園!

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育児中に起こる危険な事々

●危険ドラッグが流行中ですが・・・

 脱法ハーブが密かにはやり、それでラリってしまった人たちが交通事故を起こすようになったので、警察は脱法ハーブの取り締まりを強化した。そこまでは良い。しかし脱法ハーブを取り締まるために、「脱法ハーブ」から「危険ドラック」へと名称を変えたことは実に良くなかった。

 犯罪に於いて警察が名称を変えると余計にその犯罪が拡大し、悪質化してくるという傾向が見られる。例えば「オレオレ詐欺」から「振り込め詐欺」に変えても、その犯罪は減少しなかったし、それどころか余計に悪化してしまった。「名称変更は逆効果」ということに一刻も早く気付いて欲しい。

 「脱法ハーブ」を「危険ドラッグ」にしてしまうと、姓名判断ではより危険になってしまうという鑑定結果が出て来て来る。脱法ハーブなら、法律の抜け穴を探して悪いことをやっているということで或る程度ストッパーが働くのだが、危険ドラッグだと、危険だからこそやりたがるバカたちが出て来てしまい、余計に手を出す人たちが出て来てしまうのである。

 大体、この手の「化学ハーブ」は危険どころの話ではない。「ハートショット」という化学ハーブになると、既に死者が多数出ており、吸引すれば死んでしまうような化学ハーブが出回っているのである。こうなってくると、

「即死ハーブ」

とかにでもすればいいのであって、最早、「危険」の範疇に収まる話ではないのだ。

 ちょっと文学的にしたいのなら、

「地獄への片道切符ハーブ」。

 北斗神拳的にしたいのなら、

「お前はもう死んでいるハーブ」。

 危険というのなら、育児に於いてだって幾らでも有り得る。母親たちのその危険に冷や冷やさせられるが、それと同時にその危険を楽しんでしまったりする。危険という物はそういう物なのであって、警察官たちが考えているような危険と、一般市民が考えている危険は違うのである。

●危険オシッコと危険ウンチ

 赤ちゃんを産むと、恐らく殆どの母親たちが遭遇する危険は、

「危険オシッコ」

である。危険オシッコとは、オムツの交換中に赤ちゃんがオシッコをしてくることである。男の子の場合、チンチンがあるために、よりによって母親の顔に命中することになる。

 多分、赤ちゃんには悪気はない。というか、悪意があったら怖い。赤ちゃんとしては母親がオムツを交換してくれるので、ついでにオシッコをしたまでの話なのだが、母親としては「だったらその前にしてくれ~」ということになる。母親にしてみれば、顔がオシッコまみれになっても、オムツを交換し続けなければならない。

 危険オシッコで嘆いてはならない。危険オシッコの上を行くのが、

「危険ウンチ」

である。危険ウンチには3パターンある。

①赤ちゃんがオムツの交換中にウンチする。

②赤ちゃんがオムツを交換した直後にウンチをする。

③赤ちゃんが食事中にウンチをしてしまい、オムツ交換をせがむ。よりによってその日の食事がカレーライスだと超危険となる。

 危険オシッコでは怒らない母親であっても、危険ウンチとなると怒ってしまう。液体と固体とでは、その衝撃度が違うのである。だから母親たちの中には赤ちゃんに怒ってしまう者が出て来る。しかし母親が怒ってしまうと、その次が大変となる。

 なぜなら、赤ちゃんがそのショックのために便秘になってしまうからだ。

 赤ちゃんが便秘になった場合、綿棒を肛門に突っ込むことになるのだが、そうなると赤ちゃんはウンチを大量放出してくることになる。当然、母親の顔にウンチが降り注ぐことになる。自業自得とはまさにこのことであって、自分が怒ってしまったために、より酷い目に遭ってしまうのである。

 育児の教訓!

「怒りは禁物。出る物が出なくなった時ほど恐ろしい」

●危険ハイハイ

 赤ちゃんがハイハイし出すようになってから出て来る危険が、

「危険ハイハイ」

である。危険ハイハイとは、赤ちゃんが目標物をロックオンすると、それに向かって突進するハイハイを言う。何が危険かといえば、赤ちゃんは無我夢中でハイハイするために、前方に障害物があってもお構いなしで突進してしまうのである。

 昔の日本家屋のように、廊下と玄関に段差があると、母親としては戦々恐々となる、赤ちゃんが危険ハイハイを遣り出すようになると、玄関に落っこちるという事件が発生してしまうからだ。バリアフリーは何も身体障害者とか老人とかに必要なのではなく、赤ちゃんにだって必要なのである。

 母親たちにしてみれば、危険ハイハイに関しては1つの疑問があって、

「なんで危険ハイハイをする赤ちゃんと、危険ハイハイをしてこない赤ちゃんがいるの?」

というものがある。

 これは恐らく赤ちゃんの性格とか体質による違いなのであって、元気な赤ちゃんは危険ハイハイをやるが、大人しい赤ちゃんは危険ハイハイをしてこない。だから危険ハイハイをしないからといって、なんらかの病気に罹っているという訳ではない。

 尤も、赤ちゃんにとってみれば危険ハイハイは興奮物で、興奮の余りに涎を垂らすことになる。母親がこの涎を拭いておかないと、後でその涎のために床で滑ってしまったり、絨毯にシミが付いてしまったりする。育児中は育児をしながら掃除をする羽目になるので、それに関して手抜きをしてはならないのだ。

●危険ダッシュ

 母親にとってみれば、我が子が歩けるようになるのは非常に嬉しい。しかし子供が歩けるようになって起こる危険な物が、

「危険ダッシュ」

である。危険ダッシュとは、子供が目標物をロックオンすると、それに向かって突進するダッシュである。何が危険なのかといえば、危険ダッシュをするのはいいが、それで転倒し、負傷する可能性が非常に高いのである。別に急ぐことはないのだから歩けばいいものを、なぜだかそれができないのである。

 危険ダッシュの中でも、まだ言葉が巧く喋れない1歳児では危険ダッシュが超危険なダッシュとなる。子供を外で遊ばせていると、子供は何も言わずに危険ダッシュをしてくるので、目を話してしまうと母親自身、我が子を見失ってしまうのである。

 そもそもなんで子供はそんなに早く走ることができるのかといえば、それは、

「体が軽いから」

なのである。大人は体が重いために、危険ダッシュほど早くは走れないのだ。母親が子供の危険ダッシュに恐怖するのは、その危険ダッシュが大人ではできないスピードで走って来るからなのである。そのため本能的に我が子の後を追いかけることになる。

 母親がこういうことを面倒臭がってやらないと、子供は危険ダッシュをした後、交通事故死をしてしまうことになる。時折、子供が自動車に轢かれたとか、列車に轢かれたとかいうニュースが流れるものだが、あれは母親の油断以外の何物でもないのだ。

 育児の教訓!

「いつ如何なる時も子供から目を離すな」

 育児の基本は、乳児の時は体から離さず、幼児になれば体から離してもいいが、目を離さないようにする。乳児の時に母子密着をしっかりとしておかないと、母親という者は子供が幼児になった時、体を離し、その上で目まで離してしまうものなのである。

●危険ゴロ寝

 育児では父親の出番という物は殆どない物なのだが、だからといって危険なことがない訳ではない。父親に降りかかってくる危険が

「危険ゴロ寝」 

である。危険ゴロ寝とは、夫がただ単に居間でゴロ寝をしているだけなのだが、それを見た妻が突如怒り出すという現象である。夫にとっては何も悪気はないのだが、妻にとってはその行為こそ逆鱗に触れる行為なのである。

「自分が家事や育児をやっているのに、己は何で寝ているんじゃい!」

ということになる。

 夫にとってみれば、折角、自宅に居るのだから、居間で寛ぎたい。寛いでいるからこそ、居間でゴロ寝をするのだが、妻は家事や育児をやっている以上、そこで寝てはならないのである。眠たくなったら、自分の寝室に行き、自分のベッドに行って寝るべし。これしかない。

 夫たちの中には仕事の疲労がなかなか取れないという者たちがいる。そういう時は断食して体内の老廃物や毒素を排出してしまった方がいい。体内に老廃物や毒素が溜まっているかたらこそ、居間でゴロ寝をしたくなってしまうものなのである。

 危険ゴロ寝が厄介なのは、危険ゴロ寝のために妻の機嫌を損ねた場合、他のことで八つ当たりされてしまうことだ。それはどう考えても冤罪以外の何物でもないのだが、感情的になっている妻としては冤罪でもお構いなしなのである。

 結婚の教訓

「家庭の中では冤罪が当たり前」

 冤罪を最高裁判所の再審で無罪判決を得たというニュースが流れるが、ああいうことが自宅でも起こると思ってはならない。危険ゴロ寝をやると、当分の間は罪人になってしまうので、冤罪を食らいたくないのなら、危険ゴロ寝など絶対にしないことだ。

●危険肥満

 育児では母親は何かと働きまくり、本来なら痩せる筈である。しかしその母親たちに襲いかかって来る危険が、

「危険肥満」

である。危険肥満とは、育児中、ブクブクと太って行く異様な太り方を言う。女性は出産すると、少し太る。母性ホルモンの分泌を促すため脂肪を少し多く付けることで、母性ホルモンを安定的に供給するようにするのである。しかし母親たちの中にはその少し太るを通り越して、デブデブになってしまう者が出て来る。

 理由は子供のオヤツに付き合って、お菓子をバクバク食べてしまったために、思いっきり太ってしまったのである。1日3食の食事をし、更にオヤツを食べれば、血糖値は上がりっ放しになってしまい、その余計な糖分が脂肪に変わるのである。

 だから危険肥満は、別名、

「油断肥満」

と言われる。脂肪分を含んだ物を食べて太っても、しっかりと脂肪が付き、それは肥満だとは看做されない。しかし糖分を大量に含んだ物を食べて、それが脂肪に変わった時、体にはブヨブヨの脂肪が付いてしまい、それで肥満と見られてしまうのである。

 人間は40歳を過ぎると、もうそれほど炭水化物を必要としなくなるので、40歳を過ぎたら炭水化物の摂取量は減らしていった方がいい。食事中の穀物と果物で充分なのであって、砂糖は極力減らし、お菓子なんかは食わない方がいい。もしも食べたいのなら食後に食うべきであって、間食しないことで血糖値を引き下げることのできる時間を作らなければならないのである。

 「危険肥満」と聞くと、母親たちの中には危険に憧れ、敢えて肥満になりたがる者たちが出て来るから、実に困ったことである。だから危険肥満を、

「脱法肥満」

に変えると危険を犯す者たちが出て来なくなる。それにしても脱法肥満とは、なんかとんでもなく悪いことをやっているような感じがする。

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コメントの制限について

●新シリーズを始めるに当たって

 これから新シリーズを始めるのだが、その前に1つ新たな注意点を述べておきたい。今回のシリーズはコメントに対して制限を設けるということである。今まで原則としてコメントは公開してきたのだが、前のシリーズで共産党員の方がこのブログを荒らし、余りにも無礼極まりないことをやり、俺を激怒させた。

 既に共産党員のコメントは公開していない。共産党員はそのイデオロギーがダメだけでなく、明らかに読解力がなく、俺が何を言っても誤解して受け取って来るので、幾ら相手にしても無駄だと解ったからだ。相手は洗脳されているのであって、その洗脳を解除してくれない限り、もはや人間と看做すことができないのである。

 俺としては「言論の自由」を重んじ、様々な人たちの意見を聞きたいのだが、そうやって全ての人たちに対して言論の自由を認めてしまうと、中には言論の自由を乱用したり、それどころか言論の自由を破壊するために言論の自由を行使して来る人たちが出て来てしまうので、それでこちら側もなんらかの措置を取らざるを得なくなってしまった。

 俺は小説執筆を最優先にしたい。悪質なコメントのために時間を割きたくはないのだ。本当に必要なコメントなら相手にしてもいいのだが、それ以外はお断りしたいのである。コメントのために時間が奪われれば奪われるほど、小説の執筆に当てる時間がなくなってしまうからだ。

 俺はこのブログを始めてから、価値ある情報を届けようと心掛けている。だったらこのブログを見ている人たちがコメントを寄越すなら、価値ある内容のあるコメントを出して貰うようにして欲しい。価値のないコメントを出したいのなら、どこか他のブログでやるべきなのである。

●男子禁制女性オンリー

 自分が男性なのにこういう制限を加えるのもなんなんだが、新シリーズでは「男子禁制」「女性オンリー」にする。このブログにコメントを寄せる人たちは殆どが女性たちなので、女性向けにこのブログを変えていった方がいいと判断した。

 統計ではこのブログを見ている人たちの3割は男性なのだが、その男性たちに配慮した記事を書こうとすると、どうしても特化していくことができないのである。女性だけに限定してしまった方が、このブログのレベルを上げることができるのである。

 男性たちには「女人禁制」「男性オンリー」にしてしまい、男性たちだけに向けて書いた方がいい。そういう物は非常にレベルが高くなるだろうから、もはやブログのように無料で行うのではなく、雑誌でも作ってそこで公開していった方がいいと思う。

 誤解のないように言っておくと、本当に価値があると思うなら、やはりお金を出して購入した方がいい。インターネットでは様々な情報を基本的に無料で得ることができてしまうが、そうやって無料の情報ばかり集めていると、何も行動を起こせなくなってしまう。自分が行動を起こすためには、情報はお金を出して買った方がいいのである。

 このブログの主な読者たちはその大半が主婦であり、家事や育児の合間に見ている物なのである。俺自身、そういうことを意図的にやったのではなく、ブログをやっている内に自然とそうなってしまった。だったら主婦向けに特化してしまった方がより出来のいい記事が書けるようになるというものなのである。

●女性ではあっても

 女性だからといってなんでもコメントを寄越していいというものではない。女性としてやるべきことをやっていない人は、コメントを寄越されても巧く答えようがないのだ。その女性が抱えている問題は相談によって解決することはない。自分が行動しないと解決しないのだ。

①独身女性

 独身女性はとにかく結婚しろ。結婚しないと親から自立できないので、それでおかしな考えを持ってしまうのである。もしも今、彼氏がいないなら仕事に集中すべし。彼氏がいないからといって合コンをやっているようでは、碌でもない男性としか巡り合うことはできない。

 男運が悪いというのなら断食して心身を浄化しろ。自分の心身が腐っているからこそ、男運が悪いのである。断食道場に行って断食をし、体内の老廃物と毒素を排出しまくれば、真っ当な男性と出会え、付き合えるようになるものなのである。

 30歳を過ぎると時間の進み方が早くなり、あっという間に40歳になってしまう。その時期になって結婚しようとしても、もう遅いのであって、結婚すればしたで今度は不妊症に悩むことになる。女性なら30歳までに結婚しておくべきだし、30歳を過ぎたら早目に結婚した方がいい。

②既婚女性

 既婚女性は結婚したら早くに子供をポンポンポンと産んで行け。母親として一人前になるためには、どうしても3人以上の子供を産まなければならないのであって、子供が1人や2人では少ないのだ。その夫婦に多少の問題があったとしても、子供が3人以上いればなんとかなるものなのである。

 結婚で気を付けるべきは「死の結界」であり、家族構成が4人になった時にこの結界が張られることになる。子供が2人の時にこそ、今後、夫婦としてどう生きて行くべきかを決め、家族を固めていかなければならない。早くに抜け出さないと、身内で不幸が発生するので、絶対にここでモタモタしてはならない。

 夫婦仲を良くしていくためには、夫婦で会話することが絶対に必要である。夫婦として情報の共有がなされていないと、たったそれだけのことで喧嘩が発生してしまうものなのである。情報を隠せば隠すほど、夫婦仲は悪くなっていくので、夫婦で会話してもないのに、相談事を持ちかけるようなことはすべきではない。

③不妊症に悩んでいる既婚女性

 不妊症に悩んでいる既婚女性たちは、自分の不妊症が「不妊症ストレス」による物であるということに気付くべきである。幾ら子供が欲しいからといって不妊治療に焦ってしまうと、それが不妊症ストレスになって、子供ができないということを繰り返してしまうのである。 

 不妊症を克服していくために生活改善を行うことが絶対に必要だから、1つ1つ間違った生活を正して行くことだ。一例を挙げておくと、合成洗剤の入ったシャンプーは洗髪の際に髪の毛を通じて子宮にまで到達してしまい、それで受精卵が着床しないという現象を引き起こすのである。だったらまずはシャンプーを安全な物に変えて行くしかないのである。

 不妊症の女性たちで気になるのが、とにかく米の飯をきちんと食っていないことだ。日本人の体は米の飯に対応するように作られているので、米の飯を食わないと巧く機能しない。俺は玄米と押麦を半々の割合にした物を勧めているが、これを食うと栄養が充分に取れるし、お通じも良くなる。ということは、妊娠することだって可能になるのである。

●過去の記事に関しての注意

 ブログには様々なコメントが寄せられるのだが、その中には1年以上も前の記事に対してコメントを寄越して来る人がいる。ブログなんだから1年以上前の記事に関して質問して来るのは失礼であろう。ブログは日記形式でやっているのだから、最新の記事に対してコメントするなら解るが、過去の物に対して質問されても困るのである。

 もしも質問したいのなら「随分前の記事なのに済みませんが~」とか言うべきであろう。自分のコメントが失礼に当たると解り、ちゃんと一言何か言うなら、こちらだって答える気になるが、そういうことをしないのなら、こちら側としては答える必要性はない。

 ブログを毎日書き続けている以上、過去の記事のことなんか忘れている。ただ、その時は正しいと思って書いた。しかし誤字脱字はあるし、表現がオーバーだったり、俺が勘違いしていた物もある。だからといってその記事の真偽を確かめるようなコメントを寄越すべきではない。

 今だから告白するが、俺はこのブログを遣り始めた時、国際的な秘密結社の陰謀と謀略に関しては半信半疑だった。だが様々なことを調べて行く内に、この手の国際的な陰謀と謀略はあると認めざるをえなくなった。フリーメーソンとかイルミナティを抜きにして、現代社会のことを語ってはならないのだ。

 だからどんなに情報通の人であっても、秘密情報に接することがなければ、真実を見極めることはできない。俺はたまたま秘密情報を多少なりとも知ることができる立場にあるので、その秘密情報を少しではあるがこのブログで公開したりしている。

 このため「そんな情報やテレビや新聞には出ていない!」と言われても困るのである。テレビや新聞は一般大衆を洗脳するための道具なのであって、そんな情報を鵜呑みにしているような人はこのブログを見るべきではないのだ。闇の支配者たちが存在しているというのに、そういう考え方は無意味なのである。

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新シリーズ開始『タマティー天使の文壇レボリュ-ション計画』

●下読み委員たちに悪戦苦闘中

 新人賞など簡単に取れると思ったのだが、今の所、結果は、

「6戦6敗」

であり、連戦連敗にして満身創痍、プライドはズタズタである。自分としては面白い小説を書いたと思うのだが、出版社の方は第一次選考すら突破させてくれない。

 最大の問題は「下読み委員たち」の存在である。俺は当初、新人賞のことが良く解らなくて、色々なことを調べて対策を打ったのだが、この下読み委員たちに対しては余り解らず、対策を打たなかった。それがこの無様な結果となって現れたのである。

 俺が新人賞を受けてみて解ったことは、下読み委員たちは文学に関して詳しいのではなく、恐らく普通レベルか、やや上のレベルにいる人たちであろうと思う。本当に文学が解っているのなら、もっと面白い作品が最終選考に残っていい筈だからだ。

 下読み委員の質は出版社によって大いに異なる。俺は新人賞受賞作品を見て、「これはどうもおかしい」と思った出版社にはもう出すのをやめた。それと出来のいい出版社であっても、編集長の力量によって大きく違い、無能な編集長だと碌でもない作品が新人賞を取ってしまう。だから編集長が誰なのかということも大事なのである。

 下読み委員たちのことを考えると、文学的にハイレベルな物を出すより、もっと通俗的な物を出した方がいいのではないかと思った。新人賞受賞作品を見て、下読み委員たちが高い評価を下すのはそういう作品であろうということがなんとくなく解ったのである。

●新シリーズ開始

 新人賞を取るためには、とにかく小説制作に集中しなければならない。今のように書評をしていたのでは、新しい小説を書くことができないのだ。そこで『開運マルモリ面白書評倶楽部!』を終了して、新シリーズを開始することにした。

 新シリーズのタイトルは、

『タマティー天使の文壇レボリュ―ション計画』!

 今の文壇に必要なのは改革ではない。革命である! 最早、賞味期限の切れや作家たちや文学専門誌や出版社を淘汰し、新たな文学を作り出そうとする作家たちや文学専門誌や出版社たちを登場させることで、日本文学を発展させ、日本文学作品を世界中に広めて行くのである。

 現在の日本の出版界は出版不況で大変なことになっているのだけれど、日本はバブル崩壊以後、ず~っとデフレ不況が続き、人口減少まで起こった。それで日本国内で何が起こったのかといえば、国民の質が上がり出したのである。特に文学の質が上がり始めた。

 新人賞はその最たる物で、昔は糞みたいな作品でも新人賞を取れたのに、今では行き成りトップレベルに立てるような作品じゃないと新人賞を取れなくなっている。今の文壇はベテランの作家たちと新人の作家たちの間に根本的な所で決定的な違いが存在するのであって、これは革命が目前に迫っていると見ていい。 

 この『文壇レボリュ―ション計画』は俺が突破口を開くが、俺だけが成功すればいいというものではない。他の者たちが後に続かねばならないし、新しい文学専門誌も必要だし、質の高い出版物だけを出版できる新たな出版社も必要とする。

 国民年金を貰いながら小説を書いている年老いた作家たちを全て駆逐し、無名の若者たちで文壇レボリューションを起こすからこそ、日本文学は劇的に発展していくことが可能になるのである。革命をやるんだから、一気にやってしまった方がいいのであって、徐々にやろうというのではダメなのである。

 革命を引き起こす条件はもう全て揃っているのである!

●目標

 今回の新シリーズの目標は、

「とにかく新人賞!」

これに尽きる。新人賞を取らない限り俺が本がこの世に出ないので、新人賞を取ることにエネルギーを集中する。落選しまくっているが、新人賞は既に射程圏内に入っているので、作品を作り続けていれば、必ず取れる。

 次の目標は、

「ベストセラーを出す」

ことである。俺が小説家志望でもないのに小説を書いているのは、最近の小説には面白い物がないからなのである。デフレ不況と出版不況で日本人のレベルが上がったのに、それなのに小説家たちが付いて来れないのである。

 第三の目標は、

「新たなる出版社を作る」

ということである。新人賞を見ていてつくづく思ったのは、新人賞に高いハードルを課すのではなく、或る程度能力があるなら、作家デビューさせてしまった方がいいということである。だったら俺が出版社を作ってしまい、才能ある若手たちを作家デビューさせてしまえば、日本の出版界は劇的に変化していく筈なのである。

 新人賞に落選しまくったお蔭で、「新人賞ってのはこういうものなんだ」「文学ってのはこういうものなんだ」ということが解った。日本の文学市場は他の先進国よりも大きいのだが、かといってそれほど高い作品が出ていないのも実情なのである。

 ただ明治維新以降、日本の文学のレベルが着々と上がって来ていることは事実なのであって、ここいら辺りで名作を大量に作り出して、先進国の中で突出した文学レベルを保てるようにしなければならない。今は絶好のチャンスなのである。

●公開頻度

 小説制作に忙しくなるので、新シリーズからは記事の後悔頻度を「最大週3回」から「最低週1回」にする。切実な問題として、締切日が近づいて来ると、推敲に忙しくなってしまい、ブログの記事を書いている閑などない。推敲を何度も繰り返して完成度を高めないと、新人賞を取ることはできないのである。

 公開頻度を下げる代わりに、記事の質を高めようと思う。記事の公開頻度を上げてしまえば、その代わりに記事の質が下がってしまうことは当然のことなのである。情報を圧縮するためには、それなりの時間という物が必要なのである。 

 記事の質を高くしてしまうと、アクセス数が増えるどころか減ってしまう。それだけレベルの高い物に付いて来られる人はそんなにいないものなのである。俺のブログを見て、難しいと思うなら見なくていい。ただ、たまにはおバカな記事を出したりするので、その時はその記事を見て、笑って頂けると有難い。

 俺は才色兼備の女性が好きなので、出来ればそういう女性たちに見て貰いたいものだ。もしも自分がブスだと思うなら、断食をして知能指数を上げるようにすることだ。要は食い過ぎなんであって、そんなに沢山食べていれば、内臓に血液が集中してしまい、脳に血液が行かなくなってしまうのである。

 文化という物は、食料が豊富にある所にしか栄えないものだが、かといって食事が過剰になってしまえば、人間たちは能力を落とし、病気になってしまい、早死にしてしまう。だから俺が常に言うように、定期的に断食をした方がいいのである。俺が書く小説は定期的に断食している人たちにとっては非常に面白い小説なので、俺の小説を読みたければ定期的に断食して下さい。

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対芥川賞用決選小説が~・・・惨敗!

●対芥川賞用決選小説ですらも

 俺は去年の5月に対芥川賞用決選小説を作り、これを虎の子として温存しておいた。この小説は芥川賞を取れるだけのレベルに到達しているので、然るべき時にこの小説を出せば、確実に芥川賞を取れると思ったのである。しかし新人賞に苦戦する余り、遂にこの対芥川賞用決選小説を投入することに決めた。

 しかし結果は惨敗!

 今まで連戦連敗を続けてきたが、今回の敗戦はマジでショックである。結果を知らされた時は、暫く呆然とするしかなく、本当に何もできなかった。しかも許せないのが、新人賞を取った作品がどう考えても詰まらない物だったということだ。大体、その作者は完全に目つきがおかしい人物であって、作家というより犯罪者という顔つきである。

 新人賞をやる以上、せめて「この人物が書いた作品なら、きっと売れるだろう」という基準を設けて欲しい物だ。新人賞は出版社がやっているのであって、何も大学でやっているのではない。出版社の社員たちが大学入試をやるような感覚で仕事をやってしまえば、売れる作品を選出できなくなるのは当然のことなのである。

 公約どおり純文学はもうやめた!

 俺は純文学向きではない。やはり文学をやるなら大衆文学の方が向いている。読者たちが「これは面白い!」と思える小説なら実力を思う存分発揮できるのだが、そういうことをしないとどうもピントが呆けてしまい、巧く行かないのである。

 それにしても対芥川賞用決戦小説を全く理解して貰えなかったことは非常に悔しい。出版社としてはこういう作品を求めていないということか~。だったらその出版社から俺の本を出すことはやめにしなければならない。門前払いなのだから、こちらだってそれに応じた措置を取らなければならない。

●下読み委員たちへの対策をしかなったのが悪かった

 なんでこうも連戦連敗が続くのかといえば、俺は下読み委員たちへの対策を全くしていなかったのが悪かった。新人賞を受ける人たちにしてみれば、下読み委員たちへの対策をしておくことは当然のことであって、それをしていないと俺みたいなことになってしまうのである。

 小説を書く以上、俺としては文学性の高い小説を作りたい。しかし下読み委員たちが好む小説は、文学性の高い小説など全く求めておらず、はっきりといってしまえば「画像のある小説」なのである。これをクリアすれば新人賞を与えてもいいと考えているみたいなのである。

 近代文学はロマン主義と写実主義の融合によって発展してきたという歴史がある。しかし俺はこの写実主義という物が大嫌いなのであって、俺が書く小説はできる限り写実の箇所を少なくしている。こうすると物語が猛スピードで進み、小説が格段に面白くなるのである。

 写実の部分を多くしてしまうと、その描写のために随分と取られてしまい、それで確かにその小説の内容が絵として見えるかもしれないが、物語展開に支障を来たして、結果的に詰まらない小説が出来上がってしまうのである。だから写実主義を重視してしまうと、詰まらない小説が新人賞を取ることになってしまうのである。

 写実に関して小説は絶対に漫画に負けてしまう。漫画は描写が必要なら絵にして描いてしまえばいいからだ。だが小説はその描写を描くために大量の言語を必要とするのであって、そうやって書いたとしても漫画の描写を超えるような物を作れないのである。

 だったら小説は描写の部分をできる限り少なくして、物語の方を充実させていくべきなのである。これなら漫画に勝てるのであって、出版すれば確実に売れることになる。漫画にも劣るような小説を書いていれば、その小説は売れなくて当然なのである。

●新しい筆名ではなぜか筆が進まず

 連戦連敗であっても、小説を書き続けなければならないのだが、なぜだか小説を書くことができない。敗戦ショックのために書けなくなったのではなく、持病の不眠症のために書けなくなったのでもない。理由は「どうも新しい筆名がダメらしい」ということなのである。

 小説用に新しい筆名を作ったのだが、この筆名にして以来、小説を全く書いていない。前はスラスラと書けたのに、それが今では全く書けないでいる。この筆名は運命学的には実にいい名前なのだが、俺にとっては似合わない名前であるみたいなのである。

 そんな時に久々に出張があり、移動中の時間を使って新しい筆名を考えることにした。ただ考えが纏まらず、新しい筆名を産み出すことができなかった。そこで帰ってきてからまた考え続けたのがそれでも新しい筆名を産み出すことができなかった。

 そんなことをやっているとどうにも疲れ切ってしまい、早々と寝ることにした。すると夢の中でも俺は自分の筆名を考えていて、或る筆名を思いついた。朝になって起きると、すぐさまその名前を書いたのだが、確かにこの名前の方が小説用の名前として合っているように思えた。

 但し画数に問題があり、現在、画数を調整中である。尤もかなり出来上がっている名前なので、画数の調整には慎重を要する。画数が良くても、なんとなくこれではダメだという物が多々あるからだ。急ぎたい所なのだが、どうも最後のゴールにまで辿り付けない。

●小説が書けないというのに

 小説が書けないというのに、古代日本史に関する本のアイデアを思いついてしまい、只今、そちらの準備に追われている。アイデア自体は凄いアイデアなので、これを書き上げれば出来のいい物が出来て、必ず売れると思う。日本の古代に於いて解らなかったことが、スラスラと解るようになるからだ。

 ただこの本を書くためには、この本とは関係ないのだが、或る日本史の謎を解明しなければならない。現在はそれをやっている最中であって、この本もすぐさま執筆できる状態にはない。その謎を解明してしまえば、1ヵ月後には出来上がると思う。

 今はまだ小説を書ける状態にはないので無理して書かない方がいいかもしれない、小説を書くパワーが全然湧き起こって来ないので、これではどうやっても小説を書けないし、書いたとしても駄作しかできないであろう。書けないのなら書かない方がいい。

 傍目から見れば、小説とは全然関係のないことをやっていると思われてしまうが、こうやって書かないことも時には必要なのである。確かに時間があるのだからすぐさま書けばいいと思ってしまうものだが、小説は会社で働くような遣り方ではダメなのである。

 とはいっても、連戦連敗が続いているので、俺としても抜本的な改革を行う必要性が生じてきた。次回はそのことに関して重大な発表をするので、是非とも見て頂きたい。このままでは勝てないので、勝つためには変わらなければならないのである。

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中国が世界を支配する時

●イギリス人なのに矢鱈と文章が巧い

 俺は今まで様々な本を紹介してきたが、共産党員が書いた本というのは紹介していない。共産党員は社会主義に洗脳されているので、どんな本を書いたとしても基本的に同じだからだ。「社会主義革命の宣伝本」と考えた方が良く、絶対にまともな本ではないのだ。

 しかし今回、イギリス共産党の党員である「マーティン・ジェイクス」なる者が書いた本を紹介する。その理由はイギリス人なのに矢鱈と文章が巧いからなのである。彼はマンチェスター大学を首席で卒業し、ケンブリッジ大学の大学院に進学して勉強し、博士号を取得した。

 それなのにイギリス共産党に入党し、党の機関紙『Marxism Today』の編集長を14年間も務め、停滞していたこの雑誌を、政治論壇に於いて最も重要な雑誌に作り変えてしまった。共産党員である以上、『マルクス・レーニン全集』を読んでいる訳であって、それでドイツ語的な文章が書ける。しかも彼は清華大学の客員教授なので、中国語の影響を受けてより巧い文章が書けるようになった。 

 俺はイギリス人が書いた本を大量に読んで来たが、このマーティン・ジェイクスの文章は現代のイギリスに於いて断トツに巧いと評価した。それで愚かなイデオロギーに洗脳されることは無視して、彼が書いた本を取り上げることにした。

 今回紹介する本はこの本!

 マーティン・ジェイクス著『中国が世界をリードするとき』(NTT出版) 松下幸子訳

  中国が世界を支配するとき・上[マーティン・ジャックス]

 まず指摘しておきたいことは、毎度の如く、原著の題名と日本語訳の題名が全く違う。原著の題名は、

「When China Rules the World』

であって、直訳すれば、

『中国が世界を支配する時』

となる。「中国が世界を支配する」と「中国が世界をリードする」では全く意味が異なるなのであって、これは「悪意ある誤訳」を通り越して、「悪質極まりない誤訳」である。

 翻訳者の松下幸子は津田塾大学卒で、北京在住の翻訳家である。彼女が日本共産党員かは解らないが、北京在住というのがどうも胡散臭い。因みに本には彼女の生年が書かれていない。女性が書いた本で生年が載っていない物にはいい本がないものだが、今回も決して例外ではない。

 この本の副題は、

「~西洋世界の終焉と新国際的秩序の誕生~」

と言っているのだから、「中国がリードする」では絶対におかしいのである。中国が世界を支配することになるからこそ、作者はこの本を書いたのである。 

●唯物論者が書いた本は実にバカバカしい

 マーティン・ジェイクスは共産党員なので、唯物論に徹して中国の歴史と現状を的確に詳述して行く。徹底的に現実を直視しているので、曖昧な記述は一切なく、読んでいると心地よさすら感じてしまう。西洋人が中国のことを論ずる場合、必ず偏見が入って来るので、そういうことをやってしまうと、中国のことを理解することができなくなってしまうのである。

 彼はなぜ西洋が離陸し、中国を突き放したのかを、マックス・ヴェーバーのように宗教には求めず、イギリスで石炭が取れたことと、西欧諸国がアメリカ大陸を植民地にしたことを挙げている。まさにその通りなのであって、俺が付け加えさせて頂くと、大航海時代によって銀が大量に流入したので、それで西ヨーロッパは恒常的なインフレ状態になり、それで経済が活性化していったのである。

 しかし、この本の結論はいずれ中国が世界を支配するということになると、陳腐な結論で終わっている。それは統計から予測できることなのであって、わざわざこんな本を書くべきではない。唯物論者が書く本は実にバカバカしく、政治は経済の影響を受けつつも、必ずしも経済の要求通りに動かないということがまるで解っていないのである。

 俺はこの本を読んで行く内に、共産党員たちにとっては、ソ連が崩壊した後では共産中国だけが唯一の希望の星なのであって、ソ連ではアメリカ合衆国を倒すことができなかったが、中国ならアメリカ合衆国を倒してくれるのだろうと思っていることがなんとなく解った。

 西洋人たちにとっては日本の発展が驚きであり、更に中国の超大国化は驚愕させる事態なのである。なぜなら西洋が築き上げた普遍主義の終焉を意味しているので、西洋が普遍だと思っていた物は決して世界的に見て不変ではなかったのである。

●共産中国の強味は一体何か?

 共産中国は現在、世界第二位の経済大国であり、既に日本を追い抜いている。しかも2025年にはアメリカ合衆国に追いつき、遂には追い越してしまうことになると予想される。アメリカ合衆国の覇権の終焉は最早十数年後に迫っているのである。

①改革解放経済

 共産中国の強味はなんといっても、改革開放経済をやったことであり、社会主義国なのに、経済は資本主義という異常な状態をやっていることなのである。社会主義は国民の私有財産を没収し、計画経済を実施するので、誰がどうやっても必ず失敗する。だったら経済に関して社会主義をやめてしまえばいいのであって、そのアクロバットが中国では巧く行ったのである。

②一党独裁

 尤も社会主義を捨てたのは経済だけであって、政治は未だ社会主義を捨てていない。中国共産党は人民主権に基づいて、その代表機関ということになり、他の政党を権力を分かち合おうなどという気は更々なく、一党独裁を実施することになる。

 一党独裁は悪いように言われているが、一党独裁だと国家戦略が絶対にブレないのだ。しかも国内の反対勢力を完全殲滅することができる。となれば、先進国のように複数政党制を採用し、政党が変わる度に国家戦略が変わり、国内の反対勢力が政府に雪崩れ込んで来るという事態が発生しないのである。

③中国文明

 共産中国は中国文明を背負った国家でもある。中国の歴史は専制君主制の歴史であるが、中国共産党はその専制政治をしっかりと継承している。中国共産党では世襲がない分、無能な者が中国共産党総書記になることがなく、皇帝の一族が皇位を継承していくよりも遥かに合理的なシステムになっているのである。

●もしも中国が覇権を取ったら?

 もしも中国が覇権を取ったら、日本は確実に独立を失うことになる。中国は筋金入りの反日国家なのであって、中国が覇権を取ったのなら、真っ先にやるのは日本への侵略戦争であり、日本には戦争放棄を規定した昭和憲法がある以上、侵略戦争を受けても反撃できないという異常事態の中で国家を滅亡させて行くことになる。

 中国が危険だからといって、日本側が日中友好を幾らやっても、中国人たちは絶対に反日的態度を取る。中国では反日教育が行われているのであり、日本側がどう説明したとしても、決してその反日感情は消えない。日本としては日中友好など絶対にやらないという態度こそが唯一の正しい選択肢なのである。

 中国の経済が発展しているので、日本もヨーロッパ連合と同じように東アジア共同体を作ればいいではないかという意見があるが、もしも東アジア共同体が実現すれば、日本は経済的にも独立性を失うことになる。市場としては中国の方が大きいのであって、日本企業が中国企業に買収されていくことになるのは必至なのである。

 中国が覇権を取ったら、日本は絶望的なのであって、日本としては如何なることがあっても中国の覇権獲得を阻止しなければならない。中国は一党独裁という欠点がある以上、中国の反政府勢力を煽って革命を引き起こし、中国が覇権を取ることがないようにさせなければならない。

 日本と中国は歴史的に深い繋がりを持っているが、実を言うと、遣唐使の廃止から近代化まで、日本と中国は正式な外交ルートを開いていないのである。貿易だけは活発にやっていただけのことであって、日中関係は経済関係だけが良好と考え、中国が日本に侵略戦争を仕掛けて来るなら、断固たる態度を取って、中国を殲滅していかなければならないのである。

●日本は何をすべきか?

①共産中国を解体する

 「日本は今をなすべきか?」と訊かれたのなら、「共産中国を解体するしかない」と答えるしかない。日本にとって危険なのは、中国でも中国人でもなく、中国共産党なのである。この中国共産党が国民に対して反日教育を行い、日本に対して侵略戦争を着々と準備しているからこそ、危険なのである。

②ウィグルとチベットを独立させる

 共産中国を解体してしまえば、ウィグルとチベットを独立させることができる。日本は独立したウィグルとチベットと同盟を組めば、中国を包囲して行くことができるので、それで中国は日本に対して攻撃を仕掛けて来ることがなくなるのである。

③首都を北京から上海に移させる

 北京に中国の首都があると、どうしても朝鮮半島で何かあればすぐに反応してしまうので、中国の首都は上海に移させ、朝鮮半島で戦争が起こっても、すぐに中国軍が動かなくて済むようにしなければならない。戦争が発生する確率は朝鮮半島の方が高いのであって、朝鮮半島のために中国が介入すれば、どうやったとしても大きな戦争になってしまうものなのである。

④海軍を持たせない

 中国は海外の領土を持たない以上、海軍を持たせてはならない。沿岸警備程度の軍事力を持っていいが、戦艦や空母は絶対にダメである。日本は海軍力に於いて、常に中国の軍事力を上回るようにしておかないと、西太平洋の安全を保つことができなくなってしまう。

●東アジアの行方はアメリカ合衆国が握っている

 今はまだアメリカ合衆国が覇権を握っているので、東アジアの行方はアメリカ合衆国が握っている。次期覇権国家の中国をどう処理するかはアメリカ合衆国が決めることであって、日本はアメリカ合衆国の政治に翻弄され続けることになる。

 気を付けるべきは、アメリカ合衆国の民主党は常に親中国派であるということだ。第二次世界大戦ではアメリカ合衆国と中国は同盟を組んで日本と戦い勝利したので、そう簡単に親中国派をやめることはない。この甘さに中国は付け込み、着々と勢力を拡大し続けているのである。

「覇権国家として然るべき行動を取らない覇権国家は覇権を維持できない」

というのは、覇権国家としての鉄則である。イギリスはこの鉄則を守り抜いたからこそ、覇権を長らく維持することができたのであって、もしかするとアメリカ合衆国はこの鉄則を守らないかもしれない。守らなければ覇権国家の座を降りることになる。

「次期覇権国家は一瞬にして覇権を獲得する」

 これこそ歴史法則である。イギリスからアメリカ合衆国に覇権が移行したのは本当に一瞬であった。第二次世界大戦が始まるまで、イギリス人たちはアメリカ人たちのことを見下していたのであり、それなのに戦争が終われば覇権をアメリカ合衆国に取られてしまったのである。

「アメリカ合衆国を滅ぼす者は必ずや中国である」

 中国が覇権を獲得してしまえば、基軸通貨のドルは大暴落してしまい、紙切れ同然になる。そうなればアメリカ人たちは全ての財産を失ってしまうことになる。アメリカ合衆国としてはなんとしても中国の台頭を阻止し、中国を崩壊させなければならないのである。

 中国の覇権獲得は十数年後に迫って来ている以上、日本は今の内から行動を起こし、様々な手を打っておかなければならない。中国にとっての最大の敵は日本であることを絶対に忘れてはならない。日本がどう友好的に付き合っても、中国はいずれ日本に対して侵略戦争を仕掛けて来ることになるということを決して忘れてはならない。

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夫婦間の戦略の欠如

●夫婦だからこそ起こる「戦略の欠如」

 結婚したのなら、今後、どのような結婚生活を実現していくのか夫婦として計画を立てていかなければならない。まずは赤ちゃんが欲しいし、その次はマイホームが欲しくなる。夫婦として戦略を持って臨んでいかないと、確実にそれらの物を実現できなくなってしまう。

 夫婦だからこそ同じことを考えているのではなく、夫婦だからこそ別々のことを考えていることもありある。例えば子作りに関して、妻の方は早くに赤ちゃんが欲しいのに、夫は給料が上がらないから子作りは控えたいと思うかもしれない。だから結婚したからといって夫婦は同じことを考えていると思っていると、とんでもない事態を引き起こしてしまうのである。

 マイホームではその借金返済方法をきちんと考えていないと、その後の結婚生活を思いっきり拘束してきてしまう。マイホームは現金で購入してしまうのがベストであり、次善の策は頭金の金額を多くすることである。借金返済の期間が長ければ長いほど、借金返済に拘束されてしまうので、家計は自由を失うことになる。

 子供たちへの教育となると、夫婦の意見は分かれ易い。傾向としては、妻の方が私立学校を好み、夫の方は小学生までなら公立学校を希望するパターンが多い。日本の大学は国公立大学なら東京大学が突出していて、私立学校となると偏差値とその大学の実力は全く連動していないから注意を要する。

 夫婦が互いに戦略を持っていても、夫婦が別々の戦略を取ろうとすれば、戦略の欠如という事態が起こって来る。戦略なくして行動を取っているのだから、夫婦がどんなに努力したとしても、望ましい結果を得ることができず、それどころかそのために喧嘩し始め、最終的には離婚ということになってしまうのである。

●話し合いの場を持て

 夫婦間で戦略の欠如が発生しないようにするためには、とにかく話し合いの場を持つことが必要である。戦略の欠如は互いの情報不足から起こるのであって、情報を共有していれば戦略の欠如など起こりにくいのである。たとえ起こったとしても、すぐに止めることができるのである。

 平日なら夕食時に情報交換してしまうのが良い。夕食時に今日あったことをあれこれ喋り、明日以降の予定のことも教え合ったりすればいい。これをやるためには、

「絶対にテレビを消すこと!」

テレビをついていると、食事をしていても会話が消えてしまい、それで情報不足が起こって来るのである。

 幾ら情報が大切だからといって、就寝直前に相談を持ちかけたりしないことだ。もう寝る態勢に入っているのに、それなのに目を覚まさせることをやられれば、どんな人だって嫌になってしまうからだ。そんな重要な話はちゃんとそれなりの場所を作るべきであって、そういう配慮はきちんとしておくべきであろう。

 話し合いに時間がかかると予想されるのなら、休日とかに話し合いの場を設けて話し合えばいい。夫婦で突っ込んだ話し合いをすれば、1時間半とか3時間ぐらいはあっという間に過ぎてしまう。そんな長い時間は平日だと確保できないのだから休日に回すべきなのである。

 夫婦で話し合いをする時、要点もなくダラダラと話されたのでは、夫としては堪った物ではない。夫は仕事で要点のある話しかしていないのであって、妻は要点のある話をするようにしなければならない。妻が女性特有のダラダラとした話をしてしまうと、夫は「この話は重要ではないんだな」と判断してしまい、真面目に対応してこなくなってしまうのである。

●妥協を覚える

 結婚を維持していくためには、自分の意見が一方的に通ったり、逆に通らなかったするようになると、夫婦としては非常に危険だと思っておいた方がいい。話し合いの場を持つということは、自分が相手に命令するのではなく、互いの意見を調整し合い、より良い考えにしていくためのものなのである。

 夫婦なら、自分の意見が「3割」通れば満足すべきである。

 その割合は少ないと思うかもしれないが、自分で自由に処理していい物もあるのだから、それと合わせれば、もう5割以上は自分の意見が通っているということなのである。だから夫婦で話し合いをしたのなら、何がなんでも自分の意見を通さなくてもいいのである。

 いい意味で妥協を覚えることだ。幾ら妥協すべきだからといって、自分が激しい不満を抱いてしまうような妥協など決してすべきではない。自分の意見を通しながら、相手の意見も通してあげる。その過程で不要な意見は引っ込める。そういうことをするからこそ、より良い意見が出来上がるのである。

 もしも妥協をしない場合、相手方は激しい不満を抱え込み、いずれは離婚という切り札を切って来る筈だ。自分の意見が何も通らない以上、その結婚を維持する必要性はどこにもなく、他の人と再婚して新たな家庭を築いた方がいいと思うのは当然のことなのである。

 夫婦が抱える問題によっては、夫が前面に出た方がいい物と、妻が前面に出た方がいい物とに分かれる。夫婦が互いに前面に出なければならないという物は殆どないといっていいくらいなのである。それほど性差が出て来るので、問題を良く見て、最善の解決策を見つけるようにすることだ。

●子供は親が思っているほど凄い人物ではない

 夫婦で最も問題となるのは、子供達への教育をどうしていかであろう。教育の中には3歳辺りから始めなければならない物があり、早い段階から夫婦で話し合って子供達への教育をどうするか決めておかないと、それで夫婦喧嘩になってしまうものなのである。

 尤も我が子に幾らお稽古事をさせても、物になる者と物にならない者とに分かれてしまう。こういう物は才能の問題なので、才能のない子には幾ら教育をやっても無駄なのである。才能がないと解った段階でやめる決断をするということも時には必要なのである。

 とはいっても、たとえ才能があったとしても、子供にスイッチが入らないとどうにもならない。親としてスイッチが入るように仕向けていくべきだが、本当にスイッチを入れるか否かは子供が決めることであって、親が手を下せるものではないのだ。

 だから親としてすべきことは全部した上で、

「親がなくとも子は育つ」

と考え、心を広くして、子供のやりたいようにやらせればいいのである。子供に問題があれば、子供の方から泣きついて来るのだから、その時は抱き締めてあげればいいだけのことなのである。

 その一方で、

「夫婦は会話とセックスとお金がなくなればもう終わりだ」

ということを忘れないようにすることだ。夫婦は配偶者がいなければ存在できない。育児や子育ては重要なことではあったとしても、それに入り込んで、結婚相手のことを忘れてしまえば、その代償は非常に高くつくことになるのである。

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知識重視か、経験重視か?

●「この勉強は本当に意味があるの?」

 学校教育では中学2年生になると途端に勉強が難しくなってくる。このため中学2年生以降、かなり真面目になって勉強をやらないと勉強についていくことができなくなってしまう。しかしそうやって無理をして勉強していくと、現実とは全く関係のことを勉強していることに気付く、そこでこんな疑問を抱いてしまう。

「この勉強は本当に意味があるの?」

 この手の質問を受けた時、教師はたじろいでしまう。なんせ生徒たちは勉強して当たり前だと思っているから、勉強その物を問われることに対してなんの解答も用意していないからだ。とはいっても教師である以上、何かしらの答えを生徒に言わなくてはならない。そこで、

「この勉強は将来役に立つ」

と言い出し、その解答にあれこれ説明をつけて、どうにかその生徒を納得させるのである。生徒は教師から一方的に説明を受けているために沈黙するが、その姿を教師は「納得してくれんだ~」と勘違いし、その教師は他の場所でこの話を自慢話としてしようしてくるのである。

 はっきりと言ってしまえば、生徒は教師の解答に納得していない。将来役に立つということは、現在まるで役に立っていないということである。学校教育という物は、必ずしも必要なことだけを教えているのではない。不要なことも教えている。なぜならそれも生きて行くためには必要なことだからだ。

 親であるなら、我が子が勉強の意味を問い始めた時、学校でまともな解答を貰えないと思っておいた方がいい。生徒にこの疑問を抱かせたのは、その教師の教育の仕方に問題点があったのであり、その教師では生徒の質問に答える資格はないのである。

●頭でっかちになっているからこそ経験をさせる

 教育には大きく分けて、「知識重視」と「経験重視」の2つの考え方がある。知識重視の教育は生徒たちに対して一方的に知識を与えて行くことによって効率良く教育していくやり方である。経験重視の教育は生徒たちに経験させ、教師が少しだけサポートするという遣り方である。

 学校教育では知識重視の教育の方が好まれる傾向になる。なせならその方が効率は良いし、それに教師が一方的に教えることで、自分自身遣り甲斐が出て来るからだ。このため生徒たちは物を教えられるばかりで、それで頭でっかちになってしまうのである。

 そして頭でっかちになった時、「この勉強は本当に意味があるの?」と質問して来ることになる。

 だから生徒たちからこういう質問を寄せられた時、「知識が過剰になって経験が不足しているんだな」と判断し、今度は一転して経験重視の教育をやればいいのである。課外授業とかクラブ活動とかに重点を於いて生徒たちに経験させるからこそ、生徒たちは「なんで勉強しなければならないのか?」という疑問を解消させていくことができるのである。

 教師は教壇に立ってしまえば、知識重視の教育しかできないという限界を知っておかなければならない。経験重視の教育では生徒たちが主役に成ってしまうので、教師がすべき仕事は本当にごく僅かなのである。極論を言ってしまえば、別に居ても居なくていい。

 生徒たちを健全に教育していくためには、知識重視と経験重視の2つの教育が必要なのであって、どちらか1つ有り得さえすれば良いという物ではない。生徒たちに「勉強しろ」と言えば生徒たちはやるかもしれないが、しかし知識が過剰になってくれば、もう頭の中には入らなくなってしまうものなのである。

●学校教育を受けない限り、知識は急増しない

 とは言っても学校教育を受けない限り、知識は急増しない。幾ら経験重視が良いからといって、経験重視の教育だけを行うことなど絶対にできない。経験重視の教育では、生徒たちが試行錯誤しながら学んでいくので、その範囲内でしか知識を獲得することができないのである。その知識は教室で教師から教わる知識量よりも遥かに少ないものなのである。

 小学生くらいまでなら子供を学校に活かせなくても、親が自宅で教育しようと思えばできる。しかし中学生や高校生になってしまうと、急成長が起こるので、もう親では無理であり、やはり学校の教師が教育してしまった方がいい。学校の教師は専門で教育の仕事をしているのだから、当然に教育の仕事は巧い筈なのである。

 知識重視の教育には「詰め込み教育だ」という批判が存在するが、如何なる学問であっても、最低限の知識がない限り、まともな研究など何1つできないのである。詰め込み教育と言い出す人たちに限ってまもともな研究をしていないのは、学問の基本がまるで出来ていないからなのである。

 昭和憲法体制下の日本で深刻な問題を抱えているのは、学校ではなく大学の方だ。占領中の改革によって大学に於いて一般教養を教え、更に専門分野の教育をもするので、どの学生たちも一般教養も専門分野もきちんと学べない状態にある。

 だから小中高と勉強熱心な人たちが大学生になると遊んでしまうのである。なぜ遊んでしまうかといえば、大学の講義をまもともに受けても、一般教養も専門分野もどちらともまともな物にならないからなのである。折角、生徒たちの知識量を急増させたのに、それを大学の方が全く活かしていないのである。

●要はバランス

 学校教育ではどうしても知識重視の教育をしてくる。経験重視の教育では教師のやる仕事が少なくなってしまうし、それに教育の効果も低い。生徒たちを学校に集めて教育する以上、やはり教育の効果の高い知識重視の教育を選択してしまうものなのである。

 だから生徒は生徒なりにその対策を講じておくべきなのである。勉強ばかりしていないでスポーツに打ち込む。家事手伝いをきちんと行う。自分の趣味を持ち、自分が経験しない限り感動できない物を用意しておく。そういうことをするからこそ、頭でっかちにならずに済むのである。

 俺は中学生の時に嵌ったのが「プラモデル作り」である。高校生の時はランニングである。大学生の時に嵌ったのが「登山」である。どれも3年周期で起こっており、どの趣味も3年後には飽きてしまい卒業してしまっている。これらは自然発生的に行ったので、それで精神のバランスを保ったのである。

 こういうことを考えると、勉強ばかりするとか、逆にスポーツばかりするというのは、絶対に精神衛生上非常に悪いということである。そういう生き方はどこかで無理をしているので、それが成功している時はいいかもしれないが、それが失敗し始めた時にもう何をやっても立ち直ることができなくなってしまうのである。

 物事は集中してやった方が効率は良い。しかし人間の集中力はそんなに長くは持たないものなのである。どんな人であっても、飽きっぽいものなのである。そういう飽きっぽい人間なのだから、勉強したら遊び、遊んだら勉強するということを繰り返して行った方がいいのである。

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毒親

●毒親は我が子を殺すもの

 毒親とは、親なのに自立しておらず、よりによって子供に対して猛毒を発する親のことをいう。

 親だからといって、子供に対して愛情を持って育てると思ったら大間違いである。親が自立していないのなら、育児や子育てをまともに行うことは絶対にできないのである。

 人間の成長過程は3段階であって、

「従属」→「自立」→「独立」

という段階を経る。親に従属する期間は他の動物に比べて異様に長く、子供が誕生してから結婚するまでである。だから人間は基本的に結婚しない限り自立しない。結婚抜きで自立するというのは、人間がどうやっても有り得ないことなのである。

 しかし結婚したからといって自立できる訳ではない。結婚したのに親から離れることができなければ自立できない。男性なら仕事を持ち、それなりの財産を持っていないと、親に対抗することができない。女性なら改姓して、本気になって家事や育児をしようとしない限り、自立することはない。

 毒親は自立していないから、自分で責任を負わない。問題が発生すれば、すぐに他人に責任をなすりつける。夫婦で良くあるパターンが、何かあると、すぐに妻が夫のせいにすることだ。逆に夫は仕事が忙しいことを理由に全て妻に任せてしまい、妻が何を言って来ても取り合おうとしないことだ。

 毒親は子供が病気になれば自分で手当てをせず、すぐに病院に行って、医者による治療を受けさせてしまう。恐ろしいことに、医者が何をやっているのかチェックせず、それどころか医者の言いなりになってしまう。更に恐ろしいのが、子供に病名を告げず、子供を無知にさせた上で医者のやりたい放題を容認してしまう。

 毒親はこういった悪行は必ず子供を殺すことになる。その殺人は自分が直接やったか、間接的にやったかの違いだけであって、自分が自立していないために、子供を殺すことで、自分の異常事態を解消しようとしてくるのである。残念なことに、この毒親は1人2人存在するのではない。毒親は大量増殖中であり、今や日本国中を蓋い尽くしてしまうほど、大量発生してしまっているのである。

●原因は平等イデオロギー

 なぜ結婚し、子供を産んだというのに自立できないのかといえば、それは平等イデオロギーに洗脳されてしまったからなのである。人間の体は平等を唱えると自立できなくなるようにできている。だから平等を唱えてしまえば、誰だって自立できない。このことに一切の例外はない。

 自立するということは、人間の不平等性を正しく認識することだと言っても過言ではない。親と子は永遠に上下関係である。しかし子供は成長して大人になり、そして結婚すると、今度は自分が子供を産み育てることになるので、それで初めて親の気持ちが解るようになるのである。

 不平等だから解り合えないのではなく、不平等だったからこそ、自分が自立できた時に解り合えるのである!

 ところが人類史に於いて人工宗教が登場し、その人工宗教は平等イデオロギーを信者たちに洗脳してしまったからこそ、その洗脳を受けた人たちは自立できなくなってしまったのである。人間は自立し、独立するようになっているのに、平等化を進めて行くことこそが進歩的と思うようになったのである。

 人工宗教は平等を唱えているから、すぐに見分けがつく。ユダヤ教→キリスト教→イスラム教という流れと、仏教→ジャイナ教という流れの2つが存在する。前者は大量虐殺と切っても切れない関係にあり、後者は諦念思想が蔓延し、社会から活力が失われて行くということに特徴がある。

 社会主義やフェミニズムはユダヤ=キリスト教から生まれた物であって、隼宗教だと考えた方がいい。社会主義では、イエスをマルクス、聖書を『マルクス=レーニン全集』だと置き変えると解り易い。フェミニズムにはマルクスほどのイデオローグはいないのだが、それでもフェミニズムというのは社会主義の女性バージョンであると考えた方が解り易い。

 もしもあなたが自立しているのなら、人工宗教を否定することができるし、社会主義やフェミニズムにも「ノー」を言うことができるだろう。しかしそれができないというのなら、あなたは自立していない可能性が非常に高い。平等は自立できなかった人たちの刻印なのであって、そのことが解らないというのなら、あなたの背中にこの刻印があると断言していいのである。

●この世に蔓延する毒

 今回紹介する本はこの本!

 内海聡著『子どもを病気にする親、健康にする親』(マキノ出版)

  子どもを病気にする親健康にする親[内海聡]

 この本は俺が書いたのではないかと思うくらいに主張が似ている。このブログで訴え続けて来た物がこの本には載っている。育児や子育てをしているのなら、是非とも買って読んで頂きたい。できることなら、子供にも読ませて、この世に蔓延する毒を理解して欲しい。

①小児科

 乳幼児は免疫力の関係上、病気になった場合、異様な発熱をするのだが、この現象が起これば乳幼児の病気は殆ど治る。しかし乳幼児はこういう者だと解っていないと、小児科に連れて行って、全く不要な治療を受けさせてしまう。乳幼児には小児科など不要なのであって、通常の乳幼児なら医者など要らないのである。

②ワクチン

 ワクチンには多少なりとも水銀が入っている、このため子供にワクチンを接種させれば、子供は小児麻痺になったり、自閉症になったりする。親にとってみれば、子供のために良かれと思ってやったことが、逆に子供に対して一生涯消えることのない障害を負わしてしまうのである。

③フッ素

 フッ素は猛毒なのだが、フッ素は虫歯予防に効果があるとして、フッ素入りの歯磨き粉が売られている。フッ素入りの歯磨き粉を使って虫歯予防などできないし、それどころか癌を発症してしまうことになる。虫歯予防にはとにかく甘い物を食べさせないことが最優先なのであって、歯磨きをするなら天日塩でもいいのである。

④白砂糖

 子供に白砂糖を与えるのは非常に危険である。白砂糖のために味覚が狂ってしまうからだ。白砂糖は知能を低下させ、暴力的にさせる。我が子を健全に育てたいというのなら、料理に白砂糖を入れず、お菓子に関しても徹底的に注意しなければならないのである。

⑤精神科

 精神病は病気ではない。それなのに精神科医たちはその病気でない物を病気だと言い張り、莫大な富を得て来たのである。我が子にどんなことがあっても、精神科医の所に連れていってはならない。子供に問題があるのは当たり前なのであって、成長すればいずれ消えるものなのである。

⑥食品添加物

 食品添加物は子供にとって超危険な代物である。特に化学調味料は脳を破壊して来るので、これを成長期にいる子供に与えれば、子供の脳が破壊されるのは当然のことなのである。化学調味料は「アミノ酸など」と称して、様々な加工食品に入っているので、油断していると「味の素」を使っていないのに、化学調味料を大量摂取してしまうことになる。

⑦遺伝子組み換え食品

 遺伝子組み換え食品は1代限りの作物なので、こんな物を食べていれば当然に不妊症を発症することになる。遺伝子組み換え食品の普及と共に、不妊症が増大してきたことを決して忘れてはならない。子孫を残せない作物を食べていれば、人間だって子孫を残せなくなるのだ。

⑧スクールカウンセリング

 子供が幾ら問題児であってもスクールカウンセリングでは治すことができない。その無能力の人間が学校には堂々と置かれているのである。学校で子供が異常な行動を取るのは、給食こそが原因なのであって、嘘だと思うなら給食を調べてみることだ。とんでもない食材が使用されているのである。

⑨児童相談所

 児童相談所は現在、無法状態にあるので、児童相談所に我が子を取られてしまえば、警察ですら手を出せないようになっている。児童相談所は絶対に潰さなければならないのだが、自民党専制が続く限り、絶対に消滅することはない。

⑩子宮頚癌ワクチン

 子宮頚癌ワクチンを普及させるために、製薬会社は様々なフェミニズムの学者やフェミニスト団体に資金を提供した。彼女たちを使って子宮頚癌ワクチンの必要性を広めて、それで一般の女性たちに接種させたのである。それでどうなったかといえば、子宮頚癌ワクチンのために不妊症になったり、よりによって癌を発症したり、免疫異常で死亡したりしてしまったのである。

⑪人身売買

 日本では人身売買が法的に禁止されているのだが、現在、外国では人身売買が大流行中である。先進国で不妊症に悩む夫婦や同性愛者の夫婦たちが、外国から子供を拉致してきて、それを養子にして育てるのである。アメリカのセレブたちがやっているといえば、大体解るであろう。

 日本でも人身売買がないとは言えない。風俗嬢たちにキリスト教系の団体が近づき、仕事柄、不本意に妊娠してしまった時に、その赤ちゃんを買い取り、不妊症の夫婦に売り捌くということをやっている。日本のマスコミにはキリスト教徒たちが多いので、このことは全く報道されていないのが現状である。

●洗脳社会から抜け出す

 この世はまさに洗脳社会である。なぜ平等イデオロギーが蔓延するのかといえば、平等イデオロギーに洗脳されてしまえば、幾らでもあくどいビジネスを展開することができ、それによって大儲けできる連中がいるからである。「洗脳の背後には不当利得あり」なのであって、洗脳が解けてしまえば、その姿がはっきりと見えるものなのである。

 幾ら平等を唱えても人間は決して平等にはならず、それどころか平等を唱えてしまったために自立できない人たちが大量発生してしまい、そこに「闇の支配者たち」が突け込んで搾取しまくっているのである。

 平等は素晴らしい事ではない。「隷従への道」なのである。

 親だからこそ自立しなければならない。独立していかなければならない。そうしないと我が子を守ることができないのである。因みに自立と独立の違いは、自立は所得収入があること、独立は資産収入があり、その資産収入が所得収入を上回っていることをいう。

 俺が是非ともお勧めしたいのは「断食」をすることであり、断食をすることで自分の心身に溜め込んだ毒を吐き出してしまうことだ。自分の心身に毒があれば、絶対に正しいことをすることはない。自ら進んで悪事を成し遂げてしまうことになる。

 毒親を辞めた時、必ず奇蹟が起こる。毒親は毒のために言わば拘束具を付けて生きているようなものだから、パワーが全然出て来ない。しかし毒親を辞めれば、その拘束具が外れるのだから、幾らでもパワーが出て来る。だから奇蹟が起きるのである。

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大きな玉子と小さなン玉子、どっちを選ぶ?

●新鮮玉子の直売所で玉子を購入

 秋のお彼岸で墓参りに行って来たのだが、墓参りの帰りに養鶏所の直売所が近くにあることを知り、そこで玉子を購入した。

 その玉子は茶色の玉子で、殻は頑丈、値段は20個で300円である。値段はやや安いといった程度なのだが、直売所ゆえにその日に取れた玉子だけが店頭に並んでいるのである。スーパーとかで売っている玉子は1日後に工場に送られて、その後、スーパーに行く物なので、ここでしか取れたての玉子は買えないのである。

 このため最初、20個買ったのだが、自動車に乗った後、母親が「もっと欲しいわね~」と言い出し、追加で40個も買う羽目になってしまった。「誰がそんなに食うんじゃ?」と思っていたが、これを帰宅後、知り合いたちに配り、それでそのお返しとしてサンマや梅ジャムやお菓子を貰ったりした。

 この新鮮玉子は本当に美味しかった。取れたてゆえに玉子が艶々であり、しかも食べてみると食べただけで「これは栄養価が高い」と解ってしまうほどであった。当然、この新鮮玉子を無料で貰った人たちは大喜びで、「いつもの玉子とは全然違う」とのことであった。

 恐らくこの新鮮玉子はスーパーとかでは1パック250円から300円で売られている物であろうと思う。しかも取れたてなので、どこのスーパーにも売っていない。だから誰もがこの玉子の美味しさに驚いたのである。こういう玉子を食べたことがなかったからだ。

 しかし今回、俺にとっては玉子の値段とか美味しさよりも、新鮮玉子の直売所で仕入れた玉子の情報にこそ価値があった。その情報を俺は今まで全く知らなかったのである。それゆえ直売所のオバサンからこの話を聞いた時、心底驚いたのである。

●玉子の大小の違い

 玉子には小さな玉子と大きな玉子がある。殆どの人たちは「小さい玉子は栄養が少ない」「大きい玉子は栄養が豊富」と思っている。確かに玉子を買うとしたら、小さな玉子より大きな玉子を買ってしまう。しかしその考えは完全に間違っているのである。

 新鮮玉子の販売所のオバサン曰く、

「小さな玉子は若い鶏が産んだ物」

「大きな玉子は年を取った鶏が産んだ物」

ということなのである。栄養価は小さな玉子の方が高い。なぜなら若い鶏なので、体内に栄養がぎっしりと詰まっているからだ。確かに鶏は年を取れば大きな玉子を産むのだが、その分、栄養がぼやけてしまっているのである。

「早くそれを言え!」

と俺は突っ込みを入れてしまった。それだったら、玉子を売る時は、大小に分けて売るべきだし、小さな玉子の方は値段を高くすべきであろう。考えてみれば、玉子には「S」「M」「L」とl区別されていたっけ。とはいっても、値段は「S」の方が安い。品質の高い物を安く売っているのだから、誰もそれが高価な物だとは思わないのだ。

 栄養価の高さが簡単に解る所は、なんといっても玉子の殻の硬さである。小さな玉子は殻が硬く、大きな玉子は殻が柔らかい。その分だけ、カルシウムが豊富ということなのである。尤も日本の土壌にはカルシウム分が少ないので、飼料にカルシウムを含んだ餌を与えないと、殻が余りにも薄くなって出荷できないということであった。

 栄養価の違いは食べてみると実に良く解る。小さな玉子は栄養がぎっしりと詰まっているから、食べてみると「これは玉子だ~」とすぐに解るが、大きな玉子はそれほど栄養がないから味がぼやけており、食べてみてもそれほど味を感じないのだ

●「玉子かけご飯」と「茹で玉子」

 玉子かけご飯には小さな玉子は最高である。我が家では玉子かけご飯は他にオカズがない場合、仕方なく食べる料理である。食べればそれなりに美味しいのでなんの不満もないが、かといって自ら好き好んで食べたいと思うような料理ではない。

 しかし小さな玉子、しかも産み立ての玉子で食う玉子かけご飯は絶品である。玉子の脂分がご飯をコーティングするので、その玉子の旨味とご飯の旨味がミックスして、絶妙な味を醸し出して来るのである。いつも食べている玉子かけご飯は玉子に締りがないために、このような味が出て来ないのである。

 小さい玉子を2つ使って目玉焼きにすると、明らかにこれはオッパイの形になる。若い女性の乳房が上にツンとしているように、小さな玉子の目玉焼きも上にツンとしている。若いか否かは見ればすぐに解るものなので、人間も鶏も余り変わらないってことが解る。

 ただ、小さな玉子は茹で玉子には不向きである。茹で玉子には大きな玉子を使った方がいい。大きな玉子でも日にちが経った物がいい。小さな玉子でやってしまうと、やけに硬い玉子が出来上がってしまい、これは栄養価が高いのだろうが美味しくはない。

 玉子焼きのように玉子を一度に何個も使う物も大きな玉子を使った方がいいかもしれない。小さな玉子は味が濃いので、それなのに何個も玉子を使ってしまうと、味がくどくなるのだ。大きな玉子のように味が呆けている方が玉子焼きには丁度いいのである。

●玉子を食べると頭が良くなる

 頭がいい人たちは玉子を良く食う。玉子は完全栄養食品なので、これを食うと頭の回転が良くなるのである。玉子は1日1個で充分なのだが、脳が疲労した時はもう少し多目に食べた方がいい。無性に玉子を欲しがる時は、体が玉子を欲しがっている証拠なのである。

 母親たちが朝食に目玉焼きを焼いたり、玉子ご飯したりするのは、子供には玉子が必要ということを自然に解ったからこそ、そういうことをするのである。大体、玉子を多く食べている子供は、学校の成績も良いものである。尤も玉子料理を出してしまうと、それだけでオカズが充分になってしまうので、それで主に朝食に出すということになる。

 不妊症を患っているのなら小さい玉子を食うべきである。大きな玉子は年老いた鶏が産んでいるので、赤ちゃんを妊娠させるほどのパワーはないのだ。小さい玉子は若い鶏が産むので、その玉子は栄養が詰まっているために、それで妊娠可能ということになるのである。

 そんなに小さい玉子がいいというのなら、たまにはウズラの玉子も食った方がいいかもしれない。ウズラの玉子は食べる人は買うのだが、食べない人はまず買わないので、自分の生活に変化を起こしたいのなら、ウズラの玉子を食べるべきでろう。

 玉子は万能というのではなく、高齢になって玉子の食べる量が多いとコレステロール値が上がってしまう。それは食べ過ぎなのであって、玉子を食べなければ自然とコレステロール値は下がって行く。玉子は栄養価が高いからこそ、運動量が減少してしまえば、体のどこかに異常が出て来るのは当然のことなのである。

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復活!

●不眠症による悪循環

 不眠症悪化のため、このブログを1週間ほど休ませて貰った。休んでいる時でも既に書いた記事を公開しようと思ったが、記事を公開するとなると推敲しなければならないので、それでは負担が増えてしまうゆえに記事を公開することなく休み続け、とにかく療養に努めた。

 今回、不眠症だけが問題になったのではなく、不眠症による悪循環こそが問題となった。不眠症に罹ると睡眠不足になり、睡眠不足ゆえに能力が低下し、能力が低下するからこそ仕事の生産量が低下する。こうなるとストレスだらけになり、余計に眠れなくなってしまうのである。

 不眠症に罹ったら、少しは仕事量を減らして、とにかく不眠症を解消することを最優先しなければならない。睡眠時間がどうのこうのより、睡眠中に熟睡を経験していないと、疲れが全く取れない。寝たんだか寝ないのか解らない状態では、最低限の睡眠時間は確保できたのだが、朝から疲労困憊になってしまうのである。

 ブログを休止中に様々な方々からコメントを頂いたのだが、ここで一括してお礼を言わして貰う。

「有難う」

と。本来なら1つ1つの返礼をしたいのだが、今はまだ病み上がりなので、そういう気の利いたことができない。コメントは全部読みましたので、今後は特別待遇にするということで許して頂きたい。

 ただ怪我の功名というか、療養中に面白い小説のアイデアを見つけた。このアイデアなら新人賞を取れるだろうと思うし、シリーズ化もできる。やっていることは、石田衣良の『池袋ウエストゲートパーク』に近い物があるのだが、こういうあこぎな物が今の俺には必要なのである。

●墓参りは家族だけで行うようにすべし

 療養中、「墓参りは家族だけで行った方が良かった~」と後悔し続けてしまった。考えてみれば、伯父さんから変な咳をうつされ、それで体調を崩して不眠症になってしまったのだから、伯父さん夫婦と墓参りに行かなければ、俺だって寝込むことはなかったのである。

 うちの父親と母方の伯父さんはそんなに仲が良い訳ではなかった。うちの父親は兄弟姉妹とか親戚とかには重きを置かず、それよりも自分の友人を大切にする人だった。しかもうちの父親は何事にも深く考えるが、伯父さんは考えるのが苦手で、とにかく行動を重視してくるのである。

 死んだ父親にしてみれば、「あんな奴、俺の墓に連れて来るな!」ということであったのであろう。それで息子の俺を病気にさせることで、その自分の言いたいことを知らせたに違いない。これは相性の問題なのであって、死んでも尚、相性が悪ければ良い結果を産み出すことはないのである。

 死者がその墓に根付くまで、3年はかかるという。せめて3年間は家族だけで墓参りするようにし、他の者と行く時は先に墓参りを済まし、それから行くようにしなければならない。確かに一緒に行った方が合理的なのだが、それは危険なのである。

 死んだのなら、この世に執着しないで、霊界で修行して貰いたいのだが、生前、霊界を認めなかった人は死んでも現世に執着してしまい、怨霊ではないにしても、現世の人たちに災いを齎したりすることがある。家族だからこそ、宗教心を一致させ、「死んだら霊界に行き、そこで修行することなり、それが済むと再びこの世に生まれて来る」と教えておかないと、いざ死んだ時に自分が一体何をしていいのか解らなくなり、それで現世に執着し続けてしまうのである。

●氷水が拙かった~

 9月に入っても残暑が続いたので、俺は氷水を飲むようになってしまった。頭脳労働をするとどうしても小便の回数が増えてしまい、しかも残暑のために汗も出るので、そうなると夜になると無性に喉が渇いてしまい、それで氷水ということになってしまった。

 この氷水が非常に悪かったらしく、今回の不眠症の悪化は氷水によって体が冷えてしまったことが原因の1つだということが解った。夜に氷水を飲んでしまうと、内臓が冷えるために内臓の機能が低下し、そのくせ目が冴えてしまうので、それで睡眠が困難になってしまうのである。

 確かに氷水を飲んでいた時期と、不眠症が悪化した時期はピタリと一致していた。氷水を飲むのをやめたら、不眠症が治って行ったので、氷水こそ真犯人であるということが解った。氷水は美味しいのだが、その分、体に激しい負担を強いるのである。

 そこで白湯を飲むようにした。白湯だと内臓を温めるし、睡眠も深くすることができた。ただ白湯を飲み過ぎると、体温が上がり過ぎてしまい、それで寝つかれなくなってしまうので、そこの所は注意が必要である。常温で水分補給すると、どうしても飲み過ぎてしまう。白湯なら少量で済むので、こちらの方が良いのである。

 睡眠中に深い眠りを経験すると、疲労は吹き飛ぶし、翌日の脳の動きが非常に良くなる。頭脳労働をしていると、とにかく睡眠というものが重要になってくるので、完徹して睡眠を取らなかったりとか、不眠症で良く眠ることができなかったとなると、途端に仕事に支障が出て来てしまうのである。

●さあ、執筆開始!

 「暑さ寒さも彼岸まで」と言われる物だが、まさに秋のお彼岸が過ぎると秋になった。しかし不眠症の悪化のために小説執筆再開をすることが遅れてしまった。秋のお彼岸を過ぎてから小説執筆を再開しようとしていた俺にとってはまさかの事態であった。

 日本の夏は暑いので、その時期に小説を書くのは不向きである。この時期は汗を流していた方がいいのであって、もしも夏に無理して小説を書けば、秋以降、体力の低下のために苦しむことになってしまうのである。俺は新聞連載の小説が好きではないのだが、あれはその作者が夏でも小説を書いているからであろう。

 秋は「読書の秋」と言われるが、それは作家にとっても同じことで、「執筆の秋」とでも言っていいくらいに、秋の季節は小説執筆に向いている季節なのである。環境は最適なのだから、後はせっせと努力していけばいいだけのことなのである。

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