スコットランド人はおかしな小説を書く
●イギリスであってもスコットランドはまるで違う
イギリスは連合国家なので、本当にイギリスらしい所はイングランドだけであって、ウェールズもスコットランドも北アイルランドも、イギリスらしさという物が大いに減少する。特にスコットランドはキリスト教のカルヴァン派が国教になってしまったために、イギリス国教会を国教にしているイングランドとはまるで違うのだ。
イギリス国教会はプロテスタンティズムに属するといっても、ルター派ほど狂信的にならず、カルヴァン派と違って教団組織をカトリック教会から引き継ぎ、それをイギリスに相応しいように変えてしまった。イギリス国教会はキリスト教の宗派の中でも「中庸の道」を歩いている所に特徴があるのだ。
カルヴァンは聖書中心主義を強力に唱えたので、カルヴァン派が独占した地域では、必ず既存の文化が完全破壊されてしまうことになる。如何なる文化も聖書に起因して発生した訳でないから、それで既存の文化を容赦なく破壊してしまうのである。
宗教改革の歴史で絶対に忘れてならないのは、カルヴァン派が支配した所から資本主義が発生したといっても、それまでの間は、カルヴァン派は常に劣勢に立たされていたのであって、カトリックの方が常に優勢であったということなのである。
スコットランドも嘗ては独立国だったのに、それがイングランドに侵略されて併合されてしまったのは、カルヴァン派が支配したために文化が消滅してしまい、それで国内がスカスカになってしまったからなのであって、スコットランド人たちがカルヴァン派に改宗しなければ、独立を保てたかもしれないのだ。
●シャーロック・ホームズ
このため、イギリスは近代文学発祥の地でありながら、スコットランド人が書く小説というのは、どうも近代文学として認めることが難しい。しかしスコットランドはイギリスに併合されてしまったので、スコットランド人たちはイギリス国籍を持っているから、イギリスの小説として出回ることになる。だからといって、それが近代文学であるとは限らないのだ。
スコットランドの文学で、最も有名なのは、コナン・ドイルの『シャーロック・ホームズ』(1891)であろう。シャーロック・ホームズなる探偵が、警察官たちが解決不可能な事件を解決していってしまうという物語である。世界初の推理小説はアメリカ人のエドガー・アラン・ポーの書いた『モルグ街の殺人』(1841)と言われているのだが、推理小説が誕生してから50年も経ったというのに、何か変なのである。
スコットランドはコナン・ドイルが出るまで文化レベルは低かった。それなのに突如としてコナン・ドイルが出て来た。何かおかしいと思って調べてみたら、なんてことはない。コナン・ドイルはカトリックの信者なのであって、北アイルランドからの流れ者だったのである。道理で小説を書けるわけだ。
コナン・ドイルの『シャーロックホームズ』がそれまでの推理小説と一体何が違うのかといえば、探偵と警察官は対等な立場ではなく、探偵は最初から警察官たちよりも立場が上で、能力の面に於いても卓越している。そんなことは現実に有り得ないのであって、推理小説はこれ以降、おかしな方向に突っ走って行くことになる。
例えば日本の東野圭吾もシャーロック・ホームズを巧くパクって、『ガリレオシリーズ』で天才物理学者を登場させ、警察官が事件を解決する前に事件を解決してしまう。それだけ高い能力があるなら、科学者として科学的発見のためにその能力を使えばいいのに、そういうことをしないのである。
●ロバート・ルイス・スティーブンスン
生粋のスコットランド人で有名な作家になったのは、ウォルター・スコット(1771~1832)なのだが、スコットランドでは絶大な人気を得ていても、日本では知らない人たちの方が多い。理由としてはウォルター・スコットの文章が旧式であり、1868年に明治維新をやった日本では「古臭い」と思われてしまうのである。
その点、生粋のスコットランド人の作家としては、ロバート・ルイス・スティーブンスンの方が有名であろう。彼の主著である『宝島』は1883年発行であり、『ジキル博士とハイド氏』は1886年発行なので、丁度、日本の近代化に重なり、それで日本人に受けるのである。
スティーブンスンの作品を好きになった日本の作家には夏目漱石や中島敦といった錚々たる作家たちが並ぶ。彼等は国語や漢文だけでなく、英語もできたので、教養のある日本人にしてみれば「スティーブンスンの作品は普通の英語の作品とは違う」と評価したのである。
スティーブンスンはカルヴァン派の信者の息子として生まれ育ったのだが、大きくなると父親と衝突してしまい、それで教会から離れていってしまった。カルヴァン派のように信仰義認説を取っていると、教会から離脱することは無神論者になってしまう。それで彼はキリスト教を否定するような作品をバンバンと書いていったのである。
しかもスティーブンスンは小説の書き方が違った。1章をたった1日で書き上げてしまい、それを最後まで続けるという遣り方を取った。これは何を意味するかというと、彼は安息日である日曜日に教会に行かなかったのであり、それで日本のように安息日としての日曜日が定着していない国では、非常に読み易い作品になってくるのである。
キリスト教の作家は6日執筆して、1日休むというペースで仕事をするのだが、人間の脳は21日周期で動いているので、せめて10日は連続して執筆してくれないと、まともな物が出来上がらなくなってしまう。肉体労働をしているのなら1週間7日制は多少効果があるだろうが、頭脳労働となると1週間7日制ほど有害な物はないのだ。
●イギリス人らしからぬ小説
スコットランドには他にも有名な作家がいるのではないかと思って探してみたが、やはりいなかった。カルヴァン派は文学という物を死滅させてしまうのであって、キリスト教的にはカルヴァン派の教えは正しい物なのかもしれないが、他の分野ではそのために様々な弊害が出て来てしまうのである。
イングランドではイギリス国教会が国教となり、それで国内に自由が生まれ、近代文学が誕生してきた。ロシアのロシア正教会が国教になったので、イングランドと同様に近代文学が出て来た。しかしスコットランドはカルヴァン派が国教になったというのに、近代的な文学作品が出て来ることはなかったのである。
確かにコナン・ドイルはスコットランド出身者であっても、彼はカトリックの信者なのであり、ロバート・ルイス・スティーブンスンはカルヴァン派の信者の息子として生まれたが、彼は無神論者になった。カルヴァン派が文学を産み出して行くということはなかったのである。
しかもコナン・ドイルもロバート・ルイス・スティーブンスンも、おかしな小説を書いている。これはイギリス人らしからぬ小説なのである。このことはイギリス人には解らなくても、外国人の目から見ると大いに解る。文化レベルが高い地域から生まれてきた物ではないがために、幾らベストセラーになっても「これはおかしいぞ」と思ってしまうのである。
宗教と文学は分離して然るべき物だが、だからといって宗教に関して無知になってはならない。宗教の中には文学を産み出す宗教もあれば、文学を消滅させてしまう宗教もある。そういうことがあるからこそ、宗教と文学の関係をどう構築していくのかを考えることは非常に大切なことなのである。
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