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2015年4月

『鹿の王』

●児童文学と文学レベル

 平成27年度の本屋大賞は上橋菜穂子の『鹿の王』に決まったのだが、これは実に良い事である、児童文学作品がベストセラーになるのは、その国民の文学レベルが高いということなのであり、日本はデフレ不況の中で民度が着々と上昇していったと考えていい。

 人間というのは常に進歩していくのではなく、

「豊かだからこそ退行現象が起こる」

という奇妙な行動を取る。進歩どころか退歩なのであって、このため社会主義とかフェミニズムに洗脳されてしまうと、まともな文学作品を作ることができなくなる。文学自体、或る意味、退行現象のようなものだからだ。

 日本では児童文学作品は子供たちが読む物と考えられているのだが、この考えこそ文学を根本から間違う要因になっている。絵本を見れば解るように、母親は子供たちに読み聞かせるのであって、ということは、母親が「これは良い本だ」という物でないダメなのである。

 確かに大人向けの小説というのはレベルが高い。しかしそうやって大人向けの小説ばかり読んでいては、作家たちはいずれネタがなくなり、それで猟奇的な殺人事件を取り上げたり、堕落的な性愛の話を取り上げたりと、全く道徳という物を喪失し、悪徳まみれになってしまうのである。

 その点、児童文学は親と子供たちを相手にしているので、そういう堕落をすることが許されず、健全な小説を書かねばならないことになる。だから児童文学の歴史には時折、凄い小説が現れて来るのであって、そういう小説はベストセラーになるだけでなく、ロングセラーにもなっていくのである。

 鹿の王下還って行く者[上橋菜穂子]

 

 鹿の王上生き残った者[上橋菜穂子]

●物語内容

 『鹿の王』の物語内容を簡単に言えというのは実に難しい。内容の濃い小説なので、とにかく実際に読んで頂かないと、幾ら話をしても理解させることはできない。この小説には2人の主人公がいて、一人は独角の頭として東乎瑠に抵抗した「ヴァン」であり、もう1人が「ホッサル」という天才的な医術師である。

 ヴァンは東乎瑠との戦いに敗れ、奴隷として岩塩鉱で労働に従事することになる。しかし或る夜、犬たちが岩塩鉱を襲い、その後、疫病が発生して、奴隷たちは死に絶えた。だがヴァンだけが生き残り、ユナという幼な子と共に逃亡する。

 一方、オタワル深学院に勤めるホッサルは、この疫病を調べて行く内に、これが「黒狼病」であることを突き止める。だが、この疫病は誰かが人為的にばら撒いているのではないかと疑い、最終的にはそれが東乎瑠の占領政策で酷い目に遭わされた「火馬の民」の仕業であることを突き止める。

 火馬の民の出身であるシカンは疫病を大流行させるべく行動を起こすが、アカファ王の手下であるモルファたちに食い止められ、犬たちはヴァンによって奪われ、計画は頓挫する。ユナたちは森の中に消えたヴァンを負って、自らも森の中へと消えていった。

 物語の内容は複雑なので、この説明では不充分なのだが、とにかく黒狼病という疫病が重要なキーワードになっているのに、その疫病が大流行しなかったので、どうも巧く説明することができない。疫病の事を扱うなら、疫病を大流行させてしまった方がいいのであって、それなのに疫病の大流行を止めてしまったので、それで物語内容を説明するのが非常に困難になってしまったのである。

●この作品の問題点

 この作品には多々問題点がある。最大の問題は疫病を大流行させなかったことなのだが、それ以外にも決して見過ごすことのできない問題が存在している。上橋菜穂子の文章が巧いので、問題を見過ごしてしまう者たちが続出してしまうのだが、問題は問題なのであって、それを見逃してはならない。

①ヴァンの性格は明らかに女である

 ヴァンの性格は明らかに女なのであって、女性の読者たちは解らないかもしれないが、男性の読者から見れば「なんでそんなことをするんだ?」と疑問が連発してしまう。例えば岩塩鉱でユナを連れて逃亡するというのは、子連れ狼じゃあるまいし、今から逃亡しようとするのに、なんで敢えて目立つ赤子を連れていくのかということになる。

 ラストシーンでヴァンが犬たちを連れて森の中に消えて行くのもおかしい。ヴァンは独角の頭目として東乎瑠に戦いを挑み、自分の仲間たちが全員殺されたのである。それなのに東乎瑠に対してなんの復讐をしかけてこないというのは、戦士として絶対に有り得ない行動なのである。

②ユナの成長が余りにも不自然

 ユナの成長が余りにも不自然である。ユナは岩塩鉱では「立っち」ができる程度なのに、その後、すぐに「一人歩き」ができるようになってしまう。立っちができた後は、転びまくりながら一人歩きをするようになるので、それまで結構時間がかかるのである。

 それに岩塩鉱から逃亡した際に、「オムツはどうした?」と言いたくなってしまう。上橋菜穂子には子供がいないので、自分が妊娠出産育児をしていないと、必ずどこかでボロを出してしまう。子供がいないなら、赤子のキャラは出さない方が無難である。

③サエのような女性はいない

 サエのような女性はいない。文化レベルが低ければ低いほど、男女の区別はきっちりとしているのであって、幾らモルファという設定でも、それは無理なのである。しかもその実力はヴァンと互角であり、ヴァンは戦争で戦ったことがあるというのに、戦争を経験していない者が戦争を経験した者と同等の力を持つといのは絶対に有り得ないことなのだ。

④疫病で滅んだ国家は1つもない

 疫病に関しても上橋菜穂子は根本的な所で勘違いをしている。疫病で滅んだ国家など1つも存在しないのであって、疫病は個人に対して致死率が高くても、国民レベルになると、それなりの免疫力を発揮してくるので、国家を滅亡させるほどの威力を発揮することはない。

⑤作者が更年期障害

 上橋菜穂子が現在、更年期障害を発症中で、その病気を抱えたまま『鹿の王』を書いたということは決して見逃してはならない事実だ。上橋菜穂子は『獣の奏者』を書いていた時、第3巻から明らかに更年期障害の症状が出ている。だから『獣の奏者』の第1巻と第2巻は良くても、第3巻と第4巻は読むに耐えないほど酷い出来になっている。

 今回、『鹿の王』は3年間かけて書いた。本来なら2年程度で充分なのに、3年というのは時間をかけ過ぎである。そのため内容を濃くしたのだろうが、その反面、とにかく文章が非常に重たい。俺はこの手の本なら1日で読めるのに、なんと5日もかかってしまった。

●執筆の意図

 上橋菜穂子の執筆の意図は、

「人は身体の内で何が起きているのか知ることができない」

「人の身体は細菌やウィルスやらが日々共生したり葛藤したりしている場である」

「それって、社会にも似ているな~」 

ということであり、この3つを組み合わせることで『鹿の王』を作り上げた。

 人間の認識能力には限界があるので、自分が全てのことを知りうることはできない。厄介なのは、外界に対してなら認識量を増やして行くことができるのだが、自分のこととなると途端に認識量が激減するということなのである。だから高尚なことを言っているのに、実は裏では碌でもないことをやっているひとたちがいるのだ。

 人間がこの世で生きて行くためには善悪の判断をしていかなけれがならないのだが、ところが物理的現象というものは、そもそも善悪を持たない。善悪とは関係なしに起こるものなのであって、そのことを知らないと、間違った認識をしてしまうことになる。

 そしてこここそが『鹿の王』の物語が巧く盛り上がらなかった理由なのだが、「人間の体と人間たちが作る社会は同じである」という作者の考え自体が間違っており、それが物語を複雑にした割には、劇的な物語にすることができなかった理由でもあるのだ。

 人間たちが作る社会は自生的な物であり、誰かが計画して作ったものではない。確かに社会自体は善人も悪人も包み込むことができ、その者たちだけなら均衡点に到達する。しかし人間たちの社会は国家という枠組みの中にあるのであって、となれば政治が存在し、政治家たちは政治権力を行使してくることになる。

 社会に存在する自由という物は、人々が思っている以上に脆い物なのであって、そのことを踏まえて政治権力に縛りをかけていかないと、政治権力は暴走し、自由は一瞬の内に破壊されてしまうことになる。だが、政治の力があればこそ、自由は守れば、自由は増大していくこともできるので、政治と社会は常にリンクしながら考えていかなければならないのである。

●評価

 『鹿の王』に対する俺の評価としては、

「問題点は多々あるが合格」

ということになる。これは上橋菜穂子の作品の典型的な例で、彼女は問題点があるけど、それでも合格レベルに行く傾向が非常に強い。今回の問題点は、上橋菜穂子が妊娠出産育児をしなかったこと、それに政治と社会は別物だということを解らなかったことに起因している。

 『鹿の王』は内容が濃い物なので、時間をかけて読むようにお勧めする。速読で読んでしまうと、内容を巧く理解できないと思う。そして読み終わったのなら、もう1度読んで欲しい。この本は1読して終わりという物ではない。それではこの本の内容をきちんと理解したとは言えない。

 俺がこの本を読み終わってつくづく思ったのは、

「これはと児童文学作品なのか?」

ということであり、児童文学作品にするにはレベルが高すぎるだろうと判断せざるを得ない。この本を小学生が読んだ所で、どれだけの小学生たちが理解できるのか? 

 それと同時に、

「本屋大賞に賛成票を投じた書店員たちは本当にこの作品を理解することができたのだろうか?」

と思ってしまった。本屋大賞は女性の書店員たちが大多数を占めるので、彼女たちはただ単に「作者が女性だから」「架空の世界にトリップしただけ」という理由で賛成したのであり、この本の内容をきちんと理解できたのだろうかと思ってしまった。

 主人公たちがすべきことは疫病を流行させ、それを利用して祖国の復興を図ることなのであり、独立を回復してしまえば、アカファの人たちの苦しみは一瞬にして消滅することになる。自分たちを征服した者たちと共生して行こうなどというのは、男としてやるべきことではないのだ。

 それが「男女の性差」と言ってしまえばそれまでだが、作者が結婚して親から独立しなかったということも、このことに関係していると最後に指摘しておく。

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病院と浮遊霊

●なんで看護婦たちにムカムカするのか?

 ここ暫く記事の更新がなかったのであるが、何も怠けていたのではなく、こちら側に深い事情があったからこそ更新しなかった。4月に入ってから横浜に行き、そこで民間巫女をやっている女性と会ったのだが、その女性は一目見ただけで、「この人は巫女だな」というのが解った。

 霊体というか、オーラというか、それが明らかに巫女になっていたので、前世でも巫女で、現世でも巫女ということになる。霊的な意味での巫女としては正統な巫女である。そのため初対面というのに息投合したが、火花を散らし合うことになってしまった。

 この女性に会ってから、どうも自分の霊能力が発動してしまったらしく、霊能力のことを勉強し治すことにした。その勉強をしている内に、俺の長年の疑問が解けてしまった。俺は今まで、どうも看護婦たちと相性が悪かったのだが、なんでだろうと思っていた。しかしその答えが漸く解った。

「病院は浮遊霊の巣窟であり、そこで働く看護婦たちは浮遊霊に憑依されてしまうから」

ということであり、このことが解ると全ての謎は解けた。看護婦は仕事で夜勤する以上、ほぼ100%と言っていいくらいに悪霊に憑依されることになる。それで俺は看護婦に会うと、どうもムカムカしてしまうのである。

 看護婦の場合、あの白い制服が或る程度が霊的防御の役に立っている。だから色つきの制服にしてしまうと効果がなくなってしまい、それで憑依されてしまうことになる。何か服を羽織る時も、出来れば白色の物を使うべきで、色付きの物は使用しない方がいい。

 看護婦が「看護帽」を被らないというのは絶対に良くない。看護帽があると、たとえ悪霊が憑依しても、その看護婦が勤務を終えて脱帽する時、悪霊がどこかに行ってしまう可能性があるからだ。だが看護帽なしで仕事をしていれば、病院で悪霊に憑依されてしまうと、そのまま家に持ち帰ってしまうことになる。

●霊的に危険な病院の見分け方

 最近、大学病院で医療過誤が起こったり、入院中の子供を投薬の実験材料にしたなどという事件が起こったが、これもまた悪霊に憑依されてしまった医者や看護婦たちの仕業である。病気になったら病院に行けばいいと安易に考えるのではなく、霊的に危険な病院もあるということを踏まえて、病院に行くようにしなければならない。

①なんとなく影のある病院

 外から見て、なんとなく影のある病院は非常に危険である。こういう病院こそ浮遊霊が集まって来るので、医者が殺人医療を展開してもなんの不思議もない。今回事件を起こした大学病院は全てこれに該当する。こういうのは見た目で判断していいのであって、殺風景な病院には絶対に行かないことだ。

②入ってすぐにひんやりする病院

 病院に入ってすぐにひんやりする病院も危険である。冷房が効いているのではなく、霊気を感じたからこそ、なぜだかひんやりとしてくるのである。入口でそれなら、奥に行けばもっと酷いことになるのであって、入口がダメでな中が良いということは絶対に有り得ない。

③便所が汚い病院

 便所の汚い病院もアウトである。病人の小便は異様に臭いのだが、だったら便所掃除の回数を増やすとかすべである。それなのにそういうことをしないと、小便や大便の臭いがその便所にこびりついてしまうことになる。浮遊霊たちはその悪臭に惹かれてやってくるのである。

 病室のない医院とか診療所だとかは浮遊霊がいないのだが、その医者に宗教心がまるでなく、家族を犠牲にしながら仕事をしていたりとか、医療以外のことに熱中しているようでは気をつけた方がいい。病院や診療所を建設する際に当たって地鎮祭をきちんとしなかったために、どこからともなく浮遊霊がやってきて、憑依してしまうからだ。

 特別養護老人ホームとかでは、浮遊霊とかいうより、そこで亡くなった人が霊界に行かず、そのまま居ついてしまうことがある。この手の霊は浮遊英ほど悪さはしないのだが、そこで働く人たちに憑依してくる。こうなると激しい疲労を感じるので、それでドカ食いして、デブになってしまう。

 看護ステーションに頼んで自宅に看護婦を呼ぶ時、その看護婦は他の家の霊に憑依されている者がいて、その看護婦だけは明らかに違うというのが解る時がある。その看護婦は死神と思った方がよく、いずれ身内の誰かが死ぬことになる。

●家に帰ったら、すぐに禊をする

 病院に行って自宅に帰ってきたら、すぐに「禊」をすることだ。病院で悪霊に憑依されても、禊をしてしまえば取り除くことが可能になってくるからだ。禊である以上、冷水シャワーを使うべきであって、温水シャワーではダメである。裏技としては、まずは温水シャワーで体を洗い、体を温めてから冷水シャワーに切り替えると、難なくできるようになる。

 下着類は洗濯籠に入れるべきであって、そのまま着るということをしてはならない。タオルとかも使用したら洗濯籠に入れて、そのまま次回使用するということをしてはならない。スーツとになるとクリーニングに出さなければならなくなるのだが、病院から帰って来て、どうも不幸が続いたと思ったのなら、クリーニングに出した方がいい。悪霊がそのスーツを目印に憑依してしまったからだ。

 子供を連れて病院に行った場合、帰宅後に子供がぐずる時がある。これは悪霊に憑依されたと思った方がいい。母子の場合、母親は憑依されなくても、子供が憑依される時があるので、子供が単なるグズリをしてないことを見抜くだけの力を持つようにした方がいい。

 母親自身が帰宅後に体調不良を感じたのなら、悪霊に憑依されたと思った方がいい。こういう場合、夫にこのことを言ったとしても、「何、冗談を言っているんだい?」とまともに受け取ってくれないので、自分が悪霊に憑依されている以上、自分で処理した方がいい。夫婦は妻の方が先に成長していくから、夫は家長だからといって、妻ほど成長している訳ではないのだ。

 子供たちの中には霊能力のある子たちがいるので、

「家の中に誰かいる~」

と言って来たのなら、それは恐らく病院から連れてきてしまった悪霊だと思った方がいい。悪霊は子供に気付かれるとなぜだかビビってしまうので、母親が子供の事を真に受けて話を聞いてあげると、悪霊はその家から去ってしまうことになる。

●悪霊に憑依されない方法

①お守り

 病院に行っても悪霊に憑依されないためにも、常にお守りを身に付けておくようにした方がいい。お守りは近くの神社で買えばいい。俺は上着の内ポケットに必ずお守りを入れている。たったこれだけのことをするだけでも、悪霊に憑依されることはなくなる。

②盛り塩

 盛り塩も効果がある。神棚に盛り塩をするのもいいし、玄関に盛り塩をするのもいい。悪霊は塩の力に弱いらしく、盛り塩のある家にはなかなか居座り続けることができない。盛り塩に効果があるといっても、盛り塩に埃がついたり、水を出すようになったら、交換した方がいい。

③ニンニク

 悪霊はニンニクが嫌いである。だからニンニクを自宅に於いておくべきだし、食べたりすると、悪霊に憑依されなくなる。しかしニンニクを炒めてしまうと効果が激減するので、ナマで食べる必要性が出て来る。そこでお勧めなのが、「ニンニクの醤油漬け」であり、これだとナマで食べることができるので、それで効果は抜群ということになる。

 俺は冬の終わり頃から、ニンニクの醤油漬けを1日1個ずつ食べるようになったのだが、それで普段では会うことのできないような素晴らしい民間巫女と会うことができた。 ニンニクの醤油漬けはマジでパワーがあるので、是非とも自宅で作って食べて欲しい。

 最後に一言付け加えておくと、看護婦たちは定期的にお祓いを受けた方がいいと思う。職業柄、どうしても悪霊に憑依されてしまうから、お祓いというのは絶対に必要になってくる。この手のことをバカにしていると、悪霊のために本当に酷い目に遭ってしまうから、こういう忠告は絶対に聞いておいた方がいい。

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育児中の母親だからこそ早寝早起きが必要

●人間は早寝早起きをするようにできている

 人間は早寝早起きをするようにできている。人間の体は明け方になると体温が上昇し始め、起床するように促す。日が暮れると、能力が低下し、睡魔が襲ってくるようになる。人間の体はそうなっているのであって、それなに電灯が発明されてしまったので、それで人々は生活リズムを狂わすようになってしまったのである。

 赤ちゃんのいる母親であっても早寝早起きは必要であり、早寝早起きをしていれば自然と育児が巧く行くようになる。母親の体は出産したとしてもなんら変わっていないのであって、授乳のために夜中に起こされようとも、華寝早起きをした方がいいのである。

 逆に言えば母親が朝寝坊だと、母親は充分な睡眠時間を確保できないので、夜間に夜泣きで悩まされ易くなってしまう。本来なら母親も赤ちゃんも寝ている時間なのに、母親が起きているために、生活リズムが崩れてしまい、それで赤ちゃんは夜泣きすることで異常を知らせてくれるのである。

 今回紹介する本はこの本!

 清水瑠衣子著『赤ちゃんもママもぐっすり眠れる魔法の時間割』(青春出版社)

   赤ちゃんもママもぐっすり眠れる魔法の時間割[清水瑠衣子]

 清水瑠衣子はトヨタ自動車に入社し、結婚した後、南アフリカに海外赴任になり、妊娠を機に退社し、現地で出産した。出産後に現地で「ひと晩中ぐっすり眠る赤ちゃんの生活リズムの作り方」に衝撃を受ける。帰国後は、「寝かしつけアドバイザー」として安眠レッスンを始めた、

 清水瑠衣子がトヨタ自動車を退社することなく居続けてしまえば、この本を書くことは絶対になかったであろう。女性特有のM字曲線を巧く利用し、結婚を機に巧く人生を変えたからこそ、こういう本が書けたのである。女性なのにM字曲線を使わないと、なかなか飛躍というものができないのである。

●赤ちゃんの時間割

 赤ちゃんは出産前までは胎児だったので、この世の生活リズムにお構いなく行きrている。しかしそれも3ヵ月で順応できてしまうのであって、赤ちゃんも正しく育てれば早寝早起きの生活をしてくれるようになる。生後3ヵ月以降、夜中の授乳で起こされるというのは、母親の方が遣り方を間違えているのである。 

 目安としては、

 誕生から1ヵ月の間の夜間の授乳は、「19時」「21時」「0時」「3時」「5時」であり、ほぼ2時間ペースであるが、

 1ヵ月から2ヵ月の間は、19時」「0時」「3時「5時」のほぼ3時間ペー巣になり、

 2ヵ月から3ヵ月の間は、「19時」「1時」「5時」のほぼ4時間ペースになり、

 そして生後3ヵ月を過ぎると19時に授乳すれば、夜通し眠ることを覚えてくれて、5時に授乳ということになる。

 なんで普通の母親たちにはこれができないのかというと、

「赤ちゃんが泣いているからといって授乳ではない」

ということが解っていないからなのである。赤ちゃんが夜泣きした場合、授乳もあるが、それ以上にウンチの場合の方が多い。しかも赤ちゃんは夢と現実に区別がつかず、それで泣いていることもありえる。

 夜泣きで悩まされているのなら、まずは赤ちゃんを抱っこしてみることだ。これをやると赤ちゃんは不安を解消し、泣きやんでくれるようになる。それでも泣きやまない場合、普段の生活で母親がベビーサインを見逃していると思った方がいい。赤ちゃんがして欲しいことをやってくれないために、夜中に大泣きして感情を爆発させてくるのである。

 赤ちゃんに夜通し眠らせるようにさせるためには、

「午前0時までどれだけ睡眠時間を確保できるか?」

にかかってる。午後7時辺りに授乳したのなら、もう赤ちゃんはお休みの時間なのであって、とっとと寝かしてしまった方がいい。19時を超えて赤ちゃんを起こしているからこそ、赤ちゃんは興奮して眠れなくなってしまい、夜中に大泣きすることになってしまうのである。

●ルイ子さんの特徴 

 清水瑠衣子は自分の育児でこれを試して実際に効果があったからこそ、この本を書いたので、非常に説得力がある。しかしこの本を育児をしている母親たちに読ませると、納得できる部分は多々あるのだが、それでも違和感を感じてしまう箇所が多々見つけてしまうことになる。

 その理由は本の内容というより、清水瑠衣子の運命にある。

 清水瑠衣子の「ルイ」は「類」のことで、「親類」とか「一族」を意味する。両親はこの子が自分たちの一族の者であるということを示すために、この名前を付けた。「ルイ」の名を持つゆえに、赤ちゃんのように自分たちの親類の中に生まれてきた者に対しては、赤ちゃんと雖も対等という考えを持つことになる。

 しかし普通の母親たちはそうは考えず、母親は赤ちゃんを守るべき者であって、赤ちゃんはまだ自分で動けないのだから、対等と看做す訳にはいかない。それで清水瑠衣子の意見を全て取り入れることはできないということになってしまうのだ。

 清水瑠衣子には「瑠」という漢字が使われているのだが、この字のある女性は「宝石」と深い縁があり、宝石を身に纏うと良く似合うことになる。だが育児をしている母親たちは宝石など付けないし、それにそもそも育児中は宝石に関心がない。

 「衣」という漢字も、この漢字があるとファッションセンスが実に良い女性ということになる。普通の母親たちは育児中には実に地味な服装を着ている物なのだが、これは保護色であり、自分が目立たなくして、赤ちゃんを守ろうとしているのである。

 清水瑠衣子は南アフリカといっても、かなりいい生活環境の中で育児を行った筈である。しかも育児の中で寝かしつけの仕方を学び、帰国後はその寝かしつけを母親たちに教えて高収入を得ることができるよう運命づけられている。彼女はそういう女性であることを理解した上で、自分が正しいと思える物だけを取り入れればいい。

●問題点

 この本には良い事が書かれているのだが、問題点もかなり含まれている。

①離乳食の時期が余りにも早すぎる

 まずは離乳食の時期が余りにも早すぎるということである。この本で生後4ヵ月から離乳食を取るように勧めているのだが、そんなことをやれば赤ちゃんが離乳食病に罹り、免疫疾患で苦しむことになってしまう。離乳食はどんなに早くでも生後10ヵ月からにすべきであって、そうしないと離乳食病を防ぐことはできないのである。

②生年と出身地が不明

 女性が書いた本の場合、生年をきちんと書いているか否かは、その本の真贋を見極めるのに実に解り易い基準となる。生年を書かないとなると、嘘を言っていると見た方がいい。しかもこの本は生年だけでなく出身地も書かれていないので、益々怪しいということになる。

③鵜呑み

 南アフリカで教わったことを鵜呑みにしている点も実に気にかかる。外国崇拝をやる人は文化レベルが相当に低いか、宗教心がないか、そのどちらかである。育児法は民族が数千年に亘って作り上げてきた物なのであって、大事なことは自分たちの育児法を守ることであって、下手に外国の物を取り入れるようなことをしてはならない。

④ミッドワイフ

 南アフリカにはミッドワイフというのがいて、生後1週間から赤ちゃんの育て方を教えてくれるということをやる。日本でいうなら助産婦と保健師を掛け合わせたものなのだが、助産婦も保健師も別に育児法を教えている訳ではないので、ミッドワイフとは大いに異なる。

 清水瑠衣子に付いたミッドワイフは「ドリーン」という女性なのだが、この名前から推測すると、恐らく魔女の血を引く女性であろうと考えられる。古代や中世に於いて魔女は助産婦の仕事をしていたので、現代でミッドワイフをやっていたのなら、間違いなく魔女の血を引いている女性と見て間違いない。

⑤子供が2人

 清水瑠衣子には子供が2人しかいないのだが、これだと母親としては一人前になることができない。子供をもう1人産み育ててからこの本を書けば非常に良かったのだが、少し焦り過ぎたのであろう。俺としてはもう1人赤ちゃんを産んでから、寝かしつけに関する本を書いて欲しいと思う。そうすれば本の出来は格段に良くなる筈である。

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