« 2015年6月 | トップページ | 2015年8月 »

2015年7月

猛暑だからこそ「熱中症対策」

●夏だからこそ汗をかけ

 今年の夏も猛暑になったのだが、暑いからといって家の外に出ないのは危険であり、そんな事をしていれば、逆に熱中症に罹るリスクを高めてしまう。夏だからこそ汗をかくべきなのであって、発汗する事によって体温を引き下げる事が出来れば、そう簡単に熱中症にはならないのだ。

 熱中症だけでなく、夏は「ダラ汗」が最も危険な物であり、ダラダラと汗を流していると体力を奪われてしまい、それで得体の知れない病気に罹ってしまう。猛暑の中で1時間か2時間運動しまくれば、思いっきり汗をかく事が出来、それで逆に涼しい状態に持っていくことができる。

 子供たちは良く動き回るので、放置しておけば親たちの何倍も汗をかく。それが健康の証なのであって、それなのに動かず、汗をかかなければ、健康な筈の子供だって熱中症に罹ってしまう。外は晴れているのだから、家の中で遊ばせず、家の外に出してしまうべきなのである。

 気を付けるべきは、仕事で常に冷房をつけている屋内にいる人は熱中症に罹り易い。家族の中では夫がこれに相当する場合が多いので、夫には自宅で汗を流すようにした方がいい。それと夜間に冷房をつけながら寝ている人も熱中症に罹り易い。就寝中に寝汗をかいていないので、発汗が足りていないのである。

 熱中症予防と聞くと、涼しい場所に居ればいいと思ってしまうが、最も大事な事は「夏だからこそ汗をかく」事なのであって、夏なのに汗をかいていなければ、何をしたとしても熱中症の爆弾を抱えながら生きているような物なのであって、抜本的な解決にならないのだ。

●水出し麦茶

 夏の水分補給で最もお勧めしたいのが「水出し麦茶」であり、水出し麦茶を飲んでいると、的確に水分補給が出来る。それだけでなく麦茶には血液の粘度を下げる効果があるので、それで熱中症を予防できるだけでなく、脳疾患も予防できてしまうのである。

 また麦茶には病原菌を抑制する作用があるので、それで腹下しや食中毒を防ぐことができる。夏はどうしても食べ物が腐り易いので、そういう事を考えると、麦茶を必ず飲むという事は絶対に必要に成って来る。

 麦茶をお湯で沸かした物の方が好まれるのだが、これだけ麦茶の中の酸素がなくなってしまい、夏の体には負担になる。水出しだと酸素が充分に含まれ、しかも味がマイルドになるので、水出しの方が断然に味がいい。

 水出し麦茶は作るのが面倒だと思われているのだが、2時間で出来上がるので、そんなに面倒ではない朝の段階で麦を水に漬けておくと、朝食を食べる頃にはもう出来上がっている。寧ろこっち方が楽チンである。

 水出し麦茶は常温で飲むべきであって、冷やしてはならない。麦茶を冷やしてしまうと、余計に飲んでしまうので、それで体調を崩す者が出て来てしまう。麦茶を長持ちさせたいのなら、「黒砂糖」や「蜂蜜」や「天日塩」などを入れるといい。

 夏の間、清涼飲料水は危険であり、清涼飲料水を飲んでしまうと血糖値が上がってしまい、それで食事を食わなく成る。食べる物を食べていないのだから、それで体力低下を引き起こし、その結果、熱中症に罹ってしまうのである。

●スイカと天日塩

 暑い中、体を動かしまくれば当然に汗をかくし、体温だって上昇してしまう。体を冷やす必要に迫られるので、それで昼食か夕食の時に「スイカ」を食べる事をお勧めしたい。スイカは体を冷やす効果があるので、それで体の火照りを取ってくれるのだ。 

 スイカの凄い所は、スイカに天日塩をかけて食べれば、水分補給と塩分補給が理想的な形で行う事が出来、それで熱中症に罹る可能性をほぼなくす事が出来てしまうのである。夏にスイカを食べるというのは、日本民族の智慧でもあるのだ。

 スイカはかなり持つので、安い時に大量に買ってしまった方がいい。スイカが重いからといって、お店で半分にされた物や4分の1にされた物を買うべきではない。そういう買い方をする方が、逆に高い出費を強いられる事に成る。

 「味噌キュウリ」もスイカと同様に効果があるものであって、キュウリに味噌を付けて食うと、水分補給が出来るし、塩分補給も出来る。「瓜の塩漬け」もこれと同様であり、瓜の塩漬けは腐り易いのに、夏だからこそ求められる一品であるのだ。

 夏なのに、季節感を無視した食事を食べていると、熱中症に罹る可能性を高めてしまう事に成る。母親が夏バテしてしまうと、途端に食事は悲惨な物になってしまうのだが、そういうことをやっているからこそ、家族の中で熱中症に罹る者が出て来てしまうのである。

●梅干しと紫蘇

 夏はどうしても毒素を発生させ易い。夏の暑さのために相当体力を使っているので、それでどうしても毒素が出て来てしまうのだ。この毒素が溜まれば当然に体は弱り、そのため熱中症に罹り易くなってしまう。

 毒消しには「梅干し」がお勧めである。夏なら梅干しを3個以上食うと、毒消しが巧く進む事に成る。梅の消費量の減少と熱中症の発生数の増大にはなんらかの関係があると見るべきであって、梅干しを食べなく成った人たちが多くなったからこそ、熱中症が増加してきたのである。

 「紫蘇」も毒消しの効果を持っている。紫蘇は食欲を増進させ、胃を活性化させ、血液を浄化するので、確実に体内の毒素量が減少していく事に成る、夏の暑さにために食欲が減少したのなら、紫蘇の葉を食べた方がいい。

 豆腐の上に紫蘇の葉を載せて食べるとか、紫蘇の葉を天麩羅にしてみたり、素麺や冷麦を食べる際に薬味として出すのもいい。紫蘇は新鮮な方がいいので、自宅で作るとかしておくと、実に便利である。

 熱中症が怖いのは、熱中症で死ぬ可能性があるからであって、熱中症を甘く見ては成らない。熱中症の背景にあるのは、間違った水分を摂取していたり、間違った食事を食べていたりしている事なのであって、一種の生活習慣病だと捉えた方がいいのである。

Portrait.Of.Pirates ワンピース STRONG EDITION トニートニー・チョッパーVer.2 Toy Portrait.Of.Pirates ワンピース STRONG EDITION トニートニー・チョッパーVer.2 

販売元:メガハウス
発売日:2010/0

8/25
Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (37) | トラックバック (0)

103歳になっても、何も解っていない人

●老人だからといって偉い訳ではない

 10代の時には相手が老人だからといって敬意を表してしまうが、それは一見正しいようで間違っている。老人だからといって偉い訳ではなく、ただ年を取ったバカ者という者は幾らでもいるものだ。思春期という大事な時期に、禄でもない老人たちの意見を聞いてしまえば、自分の人生が巧く行かなく成ってしまうのは当然のことなのである。

 俺の人生経験から言わせて頂くと、男性の場合、仕事で成功している事が絶対条件であり、仕事で成功している人の意見だけを聞き、仕事で成功していない人の意見は聞かない方がいい。だから男子中高生が学校の先生の意見を聞いてしまうと、巧く行かなくなってしまうのである。

 女性なら結婚して、妊娠出産育児を経験した事が絶対条件であり、出来ることなら3人以上生んだ女性の方の意見は傾聴に値する。女性は赤ちゃんを3人生むと、母親として一人前になれるので、それで智慧のある言葉を幾らでも言う事が出来るのである。

 女性は結婚すると、妊娠出産育児のために第一線から退かなければ成らない。当然に収入は減り、生活は苦しく成る。しかしこの時期に生活の質が上昇し、それでレベルアップしていくことができるようになるのだ。

 今回、知り合いの女性作家から、

篠田桃紅著『103歳になってわかったこと』(幻冬舎)

を貰った。題名からして嫌な予感がする。プロフィールを調べてみると、103歳になるまで独身であるというのが解った。結婚していないのに、何を語るかと思いきや、やはり内容は禄でもなかった。

●倒錯話法の連発

 女性は結婚する事によって自立するので、結婚しないということは自立できないという事に成る。確かに美術家として経済的には自立した生活を送っているが、精神的には死んだ両親から全く自立できていない。俺はまるで女学生が書いた文章を読んでいるような気がした。

 作者が自立していないために、この本は倒錯話法の連発であり、言っている事と、やっている事が全然違うというのが解らないと、この作者が一体何を言っているのか全く解らなく成る。日本語で書かれた本なのに、翻訳が必要になる。

「私の死生観はない」

→これは本当に死生観がないのではなく、「私は美術家として生きているが、死ねばそれで終わり」ということであり、死生観をしっかりと持っている。因みに彼女の死生観は禅宗に基づく物であり、禅宗が解ると彼女が何を言っているのか実によく解る。

「百歳はこの世の治外法権」

→だったら犯罪をやってみなと言いたくなるのだが、彼女が言いたい事は、自分が若い頃から美術家として自由に生きて来たし、老齢になれば老齢を理由に約束を破る事も平気になったということであり、本当に治外法権という事はではない。

「いつ死んでもいいは本当か?」

→篠田桃紅に言っておく。これは本当だ。彼女は結婚していないから、そういう間違った考えを持ってしまうだけの事であり、結婚してしまえば自分の妻子が路頭に迷わまないように配慮するのは当然のことなのである。「死を覚悟して生きる事の大切さ」を解っていないからこそ、自分の持てる力を最大限に発揮することができないのだ。

「いい加減はすばらしい」

→だったら自分の作品でやってみなといいたくなる。「画龍点睛」という四字熟語があるように、画家というのは、徹底的に物事を貫き、最後の一打を決め込むからこそ、名作を作り出すことができる。芸術作品はアンバランスこそバランスなのであって、中庸では駄作になってしまうものなのである。

「あなたの人生を枠に収めない」

→篠田桃紅の人生はきっちりと枠に収まってますと言い返しておく。美術家として枠に嵌って生きているではないか? 枠に収まろうが、枠から食み出そうが、それはその人が決める事であり、他人がとやかく言うことではない。もしも他人に何かを言いたいのなら、自分自身、美術家である事を辞め、他の職業に転職すればいい。

●篠田桃紅への運命鑑定

 『103歳でわかったことは』は屑本である。作者は103歳なので、年齢相応に立派な事も言っているが、根本が幼稚であり、何か偉大な真理に到達した人ではない。それなのにこの本は10万部も売れたのだから、日本国民は大丈夫かと心配になってしまう。

①生年月日 大正2年3月28日

 篠田桃紅は寅卯天中殺なので、父親と縁が深いが、母親とは縁がない。事実、父親から書を習い、その後、美術家へと転身している。父親はいつまでも結婚しないこの娘に「結婚するように」と遺言を残して死んだのだが、篠田桃紅はこの遺言を守らなかった。

 母親は意外とバカな人で、結婚しないこの娘に対して「やりたいようにやりなさい」といって、独身を認めてしまった。寅卯天中殺の人は母親の意見を聞いてしまうと、どうしても自分の人生が巧くいかなくなるのであり、結婚しなかったことが最大の失敗である。

 寅卯天中殺の人は結婚を大事にし、子供たちを産み育てる事に生き甲斐を見出す。パワーがあるために結婚と仕事の両立は簡単にできてしまう。有名な所では与謝野晶子がいる。だから結婚しないとなると、夫や子供たちからパワーが得られないので、それで大した仕事はしてこない。

 この運命星の人は長寿であり、和風の物が大好きであり、芸術作品に異常な興味を示す。それゆえ長寿の秘訣など別にないし、外国に行っても日本に戻って来るし、美術家として生きていく事も出来る筈である。

②芸名「篠田桃紅」

 地格は19画なので、見た目以上に心が冷たい。この本を幾ら読んでも愛を感じられないのはそのためである。もう1つの特徴は「根なし草」であり、それでどこの美術団体にも所属せずにやってきたし、外国を放浪するようなことをやった。

 人格は15画なので、みんなでワイワイガヤガヤするのが好き。だから家族がいないのは非常に残念であり、30代から60代を巧く活かせなかった。 この画数は集中力がないので、美術家として生きていくのは無理がある。

 外格は16画なので、穏やかに安定に生きる運命にある。彼女の意見は隠遁した人の意見だと思って聞いた方が無難である。しかしこの画数は突如として幸運に恵まれるので、それで有名な美術館や公共施設に収蔵されたにすぎない。

 総格は42画なので、多才だがどれも一流に達しない。典型的な器用貧乏である。事実、彼女の作品は一流の品ではないという前提で見ると、騙されることなく正しい評価を下すことができる。篠田桃紅からはどう調べても、美術家としての要素は見出せない。

③本名「篠田滿洲子」

 しかし本名となると、事態は一変する。

 地格は26画なので、若い頃からファッションセンスがダサく、婚期を逃し易い。少女時代から服の好みは変わっていないのだから、子供の頃からババ臭い服を着ていたことになる。これでは結婚するのは無理であろう。

 人格は19画なので、30歳以降は日本には縁がなく、外国と縁がある。だから43歳でアメリカに行くと、運が開けたのである。彼女は和風の物を好んでいるが、実は和風モドキであり、中身はアメリカ的な物であるのだ。

 総格は49画なので、晩年は感性が鋭く、芸術方面で大きな仕事をすることになる。本名でなら美術家としての運命が示されているので、本名で仕事をやった方が断然に良かった。芸名を持ってしまったがために、一流の作品を作ることができなくなってしまったのである。

●「人生は1人で面白い」、そんな訳ない!

 芸術家は奇人変人が多いものだが、この篠田桃紅も紛れもなく奇人変人である。しかし普通の芸術家たちのように何か自分の書きたい物があるから書いているのではなく、気が向くままに書いているのであり、これでは「雲水」が芸術家に成ったと考えた方がいい。

 篠田桃紅の言葉で最も気に食わないのが、

「人生は1人でも面白い」

という事であり、これに対して俺は、

「そんな訳ないだろうが!」

と反論したくなる。人間は誰しも1人では生きていけないいのであって、必ず誰かの手助けを必要とする。芸術家は自分の作品を買ってくれる人たちがいて初めて仕事として成り立つ。それなのに彼女は全くそれが見えていないのだ。

 人間は自分1人でも楽しむ事が出来るが、それは長く続かず、いずれ人が恋しくなる。人間はこの世に生きている以上、様々な人たちの影響を受ける。「これが自分だ」と幾ら思っても、自分は変化していくし、他人との関係を断ち切った状態で存在しえない。

 篠田桃紅は身内が全員病死してしまったので、自然に対しては謙虚でいる。しかし人間に対してとか、世間に対してとかには、全く謙虚ではないのだ。

「よくぞそこまで傲慢になることができるな」

というのがこの本を読んだ俺の感想である。

 自由というのは飽くまでも「法の下の自由」なのであって、法の支配を認めずして自由を追い求めたとしても、結局、人生のなんたるを知らず、自分が本当にしなければ成らない事を何もせずに年老いてしまう。

 それにしてもなんでこんな屑本を知り合いの女性作家が寄越してきたのか疑問に思って訊いた所、

「あの本、出版社から貰ったんだけど、詰まらなかったから捨てようと思ったの。でもベストセラーになっているから、捨てるに忍びず、それで上げたの」

との答え。

 屑本と解っているのならとっとと捨てろ。幾らベストセラーになっても屑本は屑本だよ。

Portrait.Of.Pirates ワンピース STRONG EDITION トニートニー・チョッパーVer.2 Toy Portrait.Of.Pirates ワンピース STRONG EDITION トニートニー・チョッパーVer.2 

販売元:メガハウス
発売日:2010/0

8/25
Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (6) | トラックバック (0)

漱石の妻から見た夏目漱石

●思春期だからこそ

 夏目漱石の小説には中学生や高校生の時なら読まれるのだが、高校を卒業してしまうと読まれなくなるという批判がある。これはちゃんとした理由があって、それは夏目漱石が幼少の頃、養子に出されたことがあるからなのである。

 人間は思春期を迎えると、自立するために親から離れて行こうとする。その時期は両親がいるような作家の小説よりも、両親のいない作家の小説の方が理解し易いということになる。だから養子に出されたことのある夏目漱石の小説はこの時期になら読まれるのである。

 しかし自分が大学生になってしまうと肉体的成長のピークを迎えることになるので、自立するか否かよりも、もっと世界の事をあれこれ考えるように成るので、それで夏目漱石の小説を卒業していってしまう。

 文学という物は年齢に関係なく読める物ではなく、年齢によって大きな変化を受ける代物であり、小学生なら児童文学、中高生なら青春文学、大人向けの普通の小説は大学生に成ってからとした方がいいのである。

 気を付けるべきは、小学生や中高生の時は充分な読解力がないために、その小説の中身をきちんと理解していないのに、「あの本は良かった~」と言ってしまう事だ。この手のバカは幾らでもいるからこそ、本当は大した小説ではないのに、高い評価を与えられてしまう物が出て来てしまうのである。

●人間不信、個人主義、そして則天去私

 夏目漱石は文豪だと言われるのだが、殆どの人たちが夏目漱石の小説をきちんと読み切っていない。正しく理解していないからこそ、文豪だと思い続けているのである。因みに夏目漱石が文豪というのは日本だけでしか通用しないのであって、海外に出せば夏目漱石なんて全く知られていない作家であるのだ。

 夏目漱石は首尾一貫して「人間不信」であり、人間不信という観点から見れば、処女作の『吾輩は猫である』も、『坊ちゃん』も、『こころ』も、『明暗』も全てその謎が解けるように成っている。人間不信が解らないからこそ、小説の表面上の話に騙されてしまうのである。

 なぜ夏目漱石が人間不信なのかといえば、実の親に捨てられ、養父母にも捨てられたという経験があったからであり、自分の親ですら信じていない人が、他の人たちを信じれる訳がない。ここまで人間不信の人は滅多にいないからこそ、夏目漱石の小説を読んでも良く理解できないのである。

 夏目漱石の「個人主義」は、この人間不信から生み出された物であり、人間を誰も信じていない以上、自分だけが頼りなのであって、他の人に頼ることなどしなくていい。ここまでドライに個人主義に徹した人はいなかったからこそ、夏目漱石には多くの弟子たちが付く事に成る。

 個人主義だと他人と理解し合う事は不可能であるがゆえに、それで夏目漱石はこの世で生きていく事に苦しむ事に成る。それで修善寺の大患を経験すると「則天去私」の境地に辿り着く。この則天去私は個人主義と矛盾するものではなく、個人主義を補完した物だと考えた方が解り易い。

●『漱石の妻』

 夏目漱石を研究する時、「夏目漱石は文豪である」というl先入観があるために、「夏目漱石は誰も信じていなかった」という事実を見抜ける者たちが非常に少ない。国文学者たちは結婚しているので、少なくとも妻子を信用しているからだ。

 このため国文学者たちが研究した物でいい物は余りない。国文学者たちの研究がこの有様だから、小説家が書く伝記小説だっていい物はない。しかし夏目漱石ではなく、夏目漱石の妻である夏目鏡子を主人公にすれば状況は一変することになる。

 鳥越碧著『漱石の妻』(講談社)という伝記小説があるのだが、これは伝記小説としては不合格なのだが、夏目漱石の人生をかなり巧く描いているという事では成功している。鳥越碧は夏目漱石の小説をきちんと読み切っている点は大いに評価していい。

 『漱石の妻』は鏡子の回想のシーンから始まるのだが、伝記小説に於いて回想のシーンから始まる伝記小説は下手糞な作家がやる典型例である。しかも「作者はちゃんとした恋愛や結婚をした事があるのか?」と訊きたくなるほど、恋愛や結婚に対してまともな考えを持っていない。

 しかし『漱石の妻』を読むと、夏目漱石の結婚生活が大体解るようになっている。夏目漱石は朝日新聞社の社員として生活を維持しながら、小説を書いていたのであり、だから処女作の『吾輩は猫である』以上の作品を作る事が出来なかった。

 小説家としては高い評価を受けたかもしれないが、家庭内では妻や子供たちに暴力を振う禄でもない男性であり、その漱石が妻のひたむきな献身と貢献を受けている内に、徐々にまともな既婚男性へと変化していった。

●『漱石の思い出』

 『漱石の妻』で納得がいかないのは、鏡子は夏目漱石の小説を理解し、正当な評価を与えていたという事である。それは絶対に有り得ない。鏡子は妊娠出産育児で忙しかったのであり、漱石の小説をじっくりと読むことができなかった。それに鏡子の性格と能力からいって、漱石の小説を云々論評するという事は無かった筈だからである。

 そこで夏目鏡子著『漱石の思い出』(文藝春秋社)を取り寄せ読んでみた所、これが実に面白い。夏目漱石の如何なる小説よりも、『漱石の思い出』の方が断然に面白いので、漱石の小説を読む前にこの本を読むと、夏目漱石の小説が実によく解るようになる。

 妻の証言からすると、夏目漱石は若い頃から精神病を患っていたのであり、妻自身が夏目漱石の精神病に気付くのは夏目漱石がロンドン留学を終えて帰国してからであり、これ以降、夏目漱石が死ぬまでその対応に追われることになる。 

 鏡子は朝寝坊であり、午前10時を過ぎてから起床するというような人だったので、それで早起きの夏目漱石とは生活習慣の違いから常に爆弾を抱えているようなものであった。しかしそれでも鏡子はとしてやるべきことをきちんとやっており、「鏡子あっての漱石」だったというのは、この本を読むと実に解る。

 夏目漱石の弟子たちは夏目漱石の一面しか見ていない。というか、晩年は精神病が悪化し、弟子たちに対しても悪態をついたのに、それでも夏目漱石を賞賛することをやめなかった。このために世間の人たちは決定的に誤解してしまったのである。

 夏目漱石と鏡子は夫婦喧嘩をしまくったかもしれないが、鏡子は夏目漱石の死後、子供たちに、

「色んな男の人たちを見てきたけど、あたしぁお父様が一番いいねぇ」

と言ったという。これほど深い愛情を持っていたのだから、やはり運命の出会いだったのである、

●漱石と鏡子の相性

  ここで漱石と鏡子の相性を占ってみようと思う。

①音相では相性が抜群に良い

 音相では、金之助は「妥協しない働き者」であり、鏡子は「良く動き回るちゃっかり者」であり、相性は抜群に良い。だから漱石は結婚後にイギリス留学を命じられたり、作家になって成功したりした。但しこの夫婦だと生活に落ち着きがなく、常に走り続けなければ成らない夫婦になってしまう、

 夏目漱石夫妻は二男五女に恵まれ、後に五女は死亡したが、それでも6人の子供たちが健康に育っていったことは絶対に忘れては成らない。現代の作家たちのように結婚もせず、子供もいない状態で小説を書いていたのではないのである。

②字画では相性が極端に悪い

 字画では、金之助が18画であり、鏡子が22画なので、相性は極端に悪い。漱石が家庭を犠牲にしてまで働こうとするのに、鏡子は家庭を大事にするので、それで衝突が絶えなかった。それでも漱石となると19画になるので、これは相性がよくなり、それで離婚するほどの物ではなくなってしまうのである。

 夏目漱石と鏡子の結婚は、結婚式の際に3つ組の盃が1つなかったり、初めての子を流産したり、度々泥棒に入られたりしたりと、結構、不幸が多発している。字画の相性の悪さを考えると、こういう事は起こって当然だといえる。

③字相に隠された秘密

 字相となると、この夫婦の思わぬ秘密が明らかになる。金之助に対して鏡子なので、鏡子は「鏡」という文字をもっているがゆえに、相手の姿を映し出すということをしてしまう。これが夏目漱石にとっては癪に障って仕様がなかったのである。

 例えば夏目漱石は個人主義者なのだが、鏡子は家族の中にどっぷりと浸かって生きている。夏目漱石は家の外なら個人主義者として生きても何の問題もないのだが、家の中では鏡子の姿に自分の姿が写ってしまうので、それで個人主義の欠点が暴露されてしまうのである。

 夏目漱石は合理的な事しか認めないのに、鏡子は占いを信じているので、合理性を追求してもどうにもならない部分、即ち「運」とかになってしまうと、鏡子の言っている方が正しいということになってしまう。

 こういったことが夏目漱石の怒りを爆発させてしまい、それで鏡子に暴力を振ってしまう。しかし鏡子は夫から暴力を振われても、夫を信じ抜いているので、それで更に怒る事に成る、だがこういう怒りは自分を傷つけてしまうので、だから胃潰瘍が悪化し、最終的にはそれで死亡してしまったのである。

●閑人の効用

 夏目漱石の小説は文豪が書いた名作と見るよりは、精神病患者が書いた作品を見るべきであって、その方が正しく理解することができる。実の親からも、養父母からも愛されることなく育ったという異常な生い立ちが、夏目漱石の精神を病気にさせてしまったのである。

 それなのになぜ日本文学史に於いて夏目漱石の小説が高い評価を受けるのかといえば、それは夏目漱石の小説が現代の仮名遣いで読める小説の最古の物なので、それで近代日本文学といえば夏目漱石の小説ということになってしまうからなのである。

 しかし現代的仮名遣いで書かれた小説は現在なら幾らでもあるのだから、じゃあなんで夏目漱石の小説だけが特別な評価を与えられてしまうのかということになる。それにはちゃんとした理由がある、それは夏目漱石が、

「閑人の効用」

を理解していたからなのである。

 もしも国民の全てが労働していたら、文学なんて物は絶対に生まれない。労働から解放されて閑な人がいるからこそ、文学の事を考え、人間の理想はどういう物であるかを指し示し、小説を書き上げていく事が出来る。

 小説家や文学者たちがいるからこそ、国民は精神的に豊かになっていくのであって、これは労働して富を生み出している人たちではなし得ない仕事なのである。どんなに経済大国であっても、文学のない国は、一見、人々は豊かに生活にしているように見えて、実は仮初の繁栄を謳歌しているにすぎないのだ。

 閑人だからこそ小説を作れるのだが、小説をヒットさせてしまえば、「小説家の職業化」が起こり、小説創造が労働に成ってしまう。事実、夏目漱石のすぐ後はそうなってしまい、だから大量のヒット作が出たというのに、夏目漱石の小説を超えることができなくなってしまったのである。

 最後にタマティーの俳句を一句。

「梅雨猫や 小説の中で 雨宿り」

ニャオン。cat

Portrait.Of.Pirates ワンピース STRONG EDITION トニートニー・チョッパーVer.2 Toy Portrait.Of.Pirates ワンピース STRONG EDITION トニートニー・チョッパーVer.2 

販売元:メガハウス
発売日:2010/0

8/25
Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (8) | トラックバック (0)

病気になったらメシ食うな!

●病気は断食で治る

 病気をした場合、その病人に栄養を付けてあげようと、美味しい食事を出すというのは完全に間違った行為であり、病気を治したいのであるなら、絶対にしては成らない。病人に食事を食わせれば、寧ろ病気は悪化するものなのである。

 自然界に存在する動物は、病気に成ると絶食する。食事を取らなければ、体の修復にエネルギーを大量投入できるので、それで病気を治していくことができるのである。それなのに餌を食べてしまえば、それが出来なく成るので、それで病気が悪化してしまうことになるのだ。

 今回紹介する本はこの本!

船瀬俊介著『3日食べなきゃ、7割治る!』(三五館)

  3日食べなきゃ、7割治る![船瀬俊介]

 もう、題名で一発合格であり、これほど凄い題名なら、本を読まなくても、「これはいい本である」とすぐに解る。この本は隠れたベストセラーであり、本来なら書籍ヒットランキングに載っていい筈なのだが、これを取り扱う書店が限られているので、ベストセラーになったと報道されない本なのである。

 著者の船瀬俊介は実の長女を群馬大学付属病院に於いて医療事故という形で失っている。群馬大学といえば、今年、大量の殺人医療が発覚したあの大学である。その怒りが西洋医学批判へと駆り立てることになった。

 西洋医学批判の集大成として『病院で殺される』という本を出したのだが、その驚愕の事実を知った読者たちから、

「病院がダメなら、ではどうすればいいのですか?」

という質問が殺到したので、それでその質問の解答としてこの本を書いたのである。

●なんで断食が効くのか?

 そもそもなんで断食が病気に効くのかといえば、現代人たちは慢性的に食い過ぎの状態にあるからだ。人類は文明誕生以前なら1日1食であり、文明誕生以降は1日2食であった。それが現代では1日3食になっているのだから、1食分、余計に食っているということになる。

 その余計な食事こそが病気の原因に成っているのである。

 医者たちは病人たちに断食を勧めない。もしも断食を勧めれば病気が発生しなくなってしまうからだ。勿論、中には断食を勧める特異な医者がいる。しかしその医者は1匹狼として医療をやっているのであり、断食療法を全国的に広めるということができていない。

 その理由は簡単である。断食療法以外の方法で治療した方が遥かに儲かるからだ。

 断食療法の効果はまさに劇的である。

①過剰栄養の排除

 断食をやると過剰栄養を排除できるので、病気の原因を確実に除去できる。病気にしてみれば、病気の餌となる物がなくなっていくので、自然と病気は弱まっていき、そして消滅することになる。病気の炎症は影なのであって、過剰栄養こそが病気の実態なのである。

②老廃物と毒素の排除

 断食をやると、老廃物と毒素を排除していく事が出来る。断食では排便排尿こそ重要な鍵と成って来るのだが、体内の老廃物と毒素が減少すればするほど、病原菌となる物が消えていくので、それで病気が治ってしまうのである。

③環境毒の排除

 現代の生活では、農薬や食品添加物などが入った食品をどうしても食べてしまう。その環境毒が体内に蓄積されると病気になってしまう。断食にはデトックス効果があるので、それで体内の環境毒を体外に排出することができ、そして病気が治ってしまうのである。

●具体的事例

①「風邪」「喘息」

 風邪や喘息の治療は断食が最も得意とする物であり、この程度の病気を治すためなら医者に行く必要性は全くない。風邪や喘息は排便していないにも拘らず食事を取り続けたからなるのであって、何も食わずに3日間寝ていれば治ってしまうものなのである。

②「アトピー性皮膚炎」

 アトピー性皮膚炎は動物性蛋白質を過剰に摂取し、その動物性蛋白質の中に残留農薬などがあると起こり易い。だから3日間断食して、何も食べないでいると、徐々に治り始める。皮膚病は皮膚自体が衰えているので、断食プラス温冷水浴をすると、確実に治ることになる。

③「肝臓病」「腎臓病」

 肝臓病や腎臓病は、要は食い過ぎであり、食事過剰のために肝臓や腎臓が悲鳴を上げているにすぎない。だから断食をし、その後、小食の生活を送ると、自然と治っていってしまう。人工透析は莫大な利権なので、腎臓が弱っていそうな人がいれば、医者は腎臓病だと認定し、人工透析を受け続けてさせるという事を平気でやる。

④「癌」「白血病」

 癌や白血病はもしかしたら予防接種が原因かもしれない。ワクチンには水銀が含まれているので、その水銀が引き金となって癌や白血病を起こしてくる。水銀は脂肪に蓄積されるので、脂肪を落とす断食をすると、水銀が原因の癌や白血病は治っていく。

 母親として気を付けなければ成らないのは、離乳食の時期が早すぎると、子供は母親から充分な抗体を貰っていないので、「へたれ白血球」という物を作ってしまうことになる。この白血球があると、医者は白血病だと誤認して入院させてしまう。だから離乳食は原則として生後2年から、どんなに早くても生後10ヵ月からにすべきなのである。

⑤「治療不可能の難病奇病」

 この世の中には医者ですら治せない病気があるものだが、そういう難病奇病にはまず断食を試してみることだ。宿便があるために難病奇病を発症しているかもしれないからである。どうせ医者は治せないのだから、だったら断食で治すという事に切り替えた方がいい。

●子供の病気は母親が治すもの

 子供が病気をして寝込んだ場合、静かに寝ているものだ。それなのに母親としては心配だから、無理矢理起こして、お粥を食べさせたりする。しかしそんなことをすれば余計に症状は悪化してしまい、それで病院送りになってしまう。

 貧乏人であるなら、そう簡単に病院に行く事が出来ないのだが、お金持ちだと病院に行けてしまうので、それでお金持ちの子供ほど病院で殺されていくことになる。しかし政府が医療費の無料化を実施したりすると、今まではお金持ちの子だけが死んでいたのに、貧乏人の子供たちまで病院で殺されることになってしまう。

 このような狂った世の中になれば、とにかく医者たちを信用せず、自力で病気を治していくようにするという考えを持たなければ成らない。病気になったら断食を使って治す。それでも治らないなら漢方薬を使って治す。

 医者は子供たちを殺しても、謝罪しないし、損害賠償だって支払わない。しかし母親にしてみれば、我が子が死ねば大いに悲しむ事に成るし、その悲しみは自分が死ぬまで消える事はない。病院で医者に殺された場合、「あの時、病院に行かなければ」と後悔し続けるものなのである。

 だから母親だからこそ無知は許されないのだ。普段から小食にし、食事は腹八分目にする。その量しか食事を作らない。その上で定期的に断食をして、体内の老廃物や毒素を排出する。こういう事をやるからこそ、家族全員、無病息災で生き続けることができるのである。

Portrait.Of.Pirates ワンピース STRONG EDITION トニートニー・チョッパーVer.2 Toy Portrait.Of.Pirates ワンピース STRONG EDITION トニートニー・チョッパーVer.2 

販売元:メガハウス
発売日:2010/0

8/25
Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (14) | トラックバック (0)

« 2015年6月 | トップページ | 2015年8月 »