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『ベルサイユのばら』メイキングストーリー 

●武家の娘と大量のお稽古事
 
 池田理代子は昭和22年に大阪府大阪市で先祖代々武家の家系に生まれた。武家の娘じゃないと、貴族の生活は解らないのであって、これが漫画家になった時に大いに活かされる事に成った。本当の庶民出身者だと、貴族の事をあれこれ描いていくと、必ずどこかでとんでもないミスを描いてしまうものなのである。
 
 母親は職業軍人の娘であり、これで身分的に釣り合う事に成る。明治維新で四民平等を行ったが、士族は敗戦後の民法改正まで存在し続けていたのであって、士族であるなら士族同士か、士族に準じた家の者でないと結婚は釣り合わなかった。池田理代子の両親は夫婦仲が良かったみたいなので、結婚は釣り合っていたのであろう。
 
 池田理代子は子供の頃、非常にドン臭い子供であったらしい。何をやってもとろいので、父親は鉄拳制裁で鍛え上げようとした。その代り、子煩悩であり、平日にはどんなに仕事が忙しくても夕方には帰宅し、休日になれば家族一緒でお出かけをした。尤も血液型がAB型の池田理代子はこれを喜びながらも、嫌になってしまったらしい。
 
 母親は池田理代子の事を今でいう「発達障害」ではないかと、本気で思ったらしい。このため娘にはお稽古事をやらせまくり、「お琴」「ピアノ」「書道」「声楽」「茶道「絵画」「算盤」「華道」「英語」「漢文」「謡曲」と尋常ではない量のお稽古事をさせまくった。このお稽古事が漫画家になった時に物凄く活きた。
 
 小学生の頃の池田理代子は他の子供たちから頭1つ飛び抜けるほど身長が高かった。それだけでなく、成績は優秀で、学校から度々表彰された。このため両親の愛情は池田理代子に集中し、他の弟や妹たちは後回しにされたらしい。事実、子供たちの中で大出世したのは池田理代子だけだから、能力は突出していたのであろう。
 
●引っ越しで一人の時間が出来る
 
 小学校卒業と同時に、父親の仕事の事情で千葉県柏市に引っ越す事に成った。引越しによってそれまでの友達と離れてしまい、それで1人になる時間が大量に出来た。小学校からそのまま中学校に上がってしまうと、友達と群れ続けてしまうので、それで1人の時間を持てなくなってしまうのである。
 
 中学では池田理代子にとって最大のショッキングな事件があった。それは入学当日、教室で他の生徒から声をかけられ、彼女は普通に関西弁で答えてしまったのだが、その直後、周囲の生徒たちがドッと笑ってしまったという事件が起こった。ドン臭い池田理代子は死ぬほど恥ずかしくなり、これ以降、「二度と他人には笑われたくない」と誓ったという。
 
 この日から池田理代子は勉強熱心になった。良い成績を取らない限り、バカ扱いされてしまうからだ。事実、成績はトップクラスであった。それまで彼女にはコンプレックスがあったのだが、それが勉強熱心になる事によって、どうにか抜け出す事が出来た。人間は子供の頃に何かしらのコンプレックスを抱えるものだが、それを中学生の段階で乗り越えていかないと、「第二の誕生」は起こらないのである。
 
 池田理代子は成績が良かったために、国語教師から注目を受けた。この国語教師は授業中に自分が作詞した詩を朗読して生徒たちに聞かせるような変わった人物であったが、宿題として生徒たちにも創作物を出すよう命じた。この宿題で最も出来が良かったのは池田理代子で、国語教師がお褒めの言葉を授かると、「創作の喜び」に目覚めてしまったのである。
 
 漫画に目覚めたのも中学生の時期で、漫画をせっせと描くように成り始めた。彼女が幸運だったのは、少女漫画の黎明期であった事であり、言っちゃ悪いが当時の少女漫画のレベルは現在と比べて相当に低かった。だから女子中学生でも頑張ればやれるのではないかと思えたのである。
 
 池田理代子は長身の美少女といった感じで、中学生の頃は女の子たちから非常にモテた。尤も本人は男性の方が好きで、中学3年生の時には生徒会長の男子生徒に初恋をしている。尤もこれは片思いで、実際に交際した訳ではない。高校生の時は男性の教師に熱烈な敬慕の念を抱いたりした。彼女は高校を卒業するまでに恋愛をした事がないのであって、この事は特筆すべき物であろう。
 
●大学生の時、学費が打ち切られて漫画家に
 
 池田理代子は東京教育大学の哲学科に進学したのだが、当時、学園紛争が吹き荒れていたので、授業どころではなかった。学園紛争をやっている学生たちが親から食べさせて貰っているのに、自分の理想を追求する事に矛盾を感じるようになってしまい、それで彼女は自活の道を選ぶ事に成る。
 
 父親は学費を1年間しか面倒みないと条件を出していたので、池田理代子は漫画で生計を立てる事に決めた。作品を作って集英社に持っていったが、
「とても話になりませんね」
と断られた。続いて講談社に行ったが、そこでも断れた。しかし、
「まだとても使い物にならないけど、筋は良さそうだから」
という事で若木書房を紹介して貰った。
 
 昭和42年に若木書房から『由紀夫くん』という作品で漫画家デビューした。若木書房には或る編集者がいて、漫画の初歩的な技術を教えながらも、
「でも要は技術じゃなんです。あなたが描きたい事をのびのびと描けばいいです。それが一番大事な事です」
と教えられ、それで出来上がったのがこの作品である。
 
 若木書房でのギャラは最低限の生活を維持できる程度の低い物であった。しかし池田理代子はアルバイト感覚で漫画の仕事をやっていたので、生涯に亘ってこの仕事をやっていこうとは思っていなかった。それが良かったのかもしれない。2年後に、当時、少女漫画では一流と看做されていた『マーガレット』(集英社)の編集部から「凄い漫画家がいる」と注目さえ、そして抜擢されたのである。
 
 集英社では文学崩れの人たちが多く、「少女漫画は今でこそレベルが低いが、優秀な漫画家たちを抜擢して、一流の作品を作って行こう」という意欲に燃えていた。池田理代子の担当になった編集者もそういう人物であって、彼は彼女の発言を1つ1つ理解して、良き協力者になっていった。
 
 この男性こそ、池田理代子の最初の夫である。
 
●既に既婚者だった
 
 池田理代子は昭和45年、集英社のその編集者と初めての結婚をする事に成る。彼女は美人だし、頭もいいのだから、編集者が彼女にゾッコンに成ってしまうのは別に不思議な事ではない。尤もこれはまともな恋愛や結婚というより、仕事上で発生した同志愛で愛し合
い、結婚してしまったと考える方が無難であろう。
 
 残念な事に、この結婚は天中殺の時期に結婚しており、もしも普通に結婚して専業主婦にでもなっていたら、すぐさま離婚していたかもしれない。しかし漫画家ゆえ漫画制作を中心に生活がなされていたので、それですぐさま離婚という事にはならなかった。この結婚で勢いづいたのか、2年後の昭和47年に『ベルサイユのばら』が『マーガレット』で連載が開始され、連載直後から人気が爆発したのである。
 
 天中殺で新たに事を起こすべきではないとされているのだが、天中殺で新しい事をやっても、自分を巧く殺しさえすれば、大出世を果たしていく事が出来るように成る。池田理代子は『ベルサイユのばら』の制作に、生活の全てを犠牲にして制作していていったので、それで異常なまでの大ブームを巻き起こしたのである。
 
 池田理代子曰く、
 
「人には《天の時》と《星の瞬間》がある」
 
のであって、1人の人間の中にある1つの才能が、偶然にも素晴らしい対象に出会って、それを作品にする事が出来たという偶然、そしてその作品を受け入れる時代に巡り合わせた偶然、この2つの偶然があるからこそ、奇跡が起きたのである。
 
『ベルサイユのばら』は少女漫画なのだが、少女漫画だけの範疇には収まらない。この漫画の中には作者が結婚していないと絶対に書けないシーンが多々あるので、それで少女たちだけでなく、大人の女性たちも熱狂したのである。少女漫画だからといって、本当に少女たちだけに向けて描いていれば、絶対にこんな現象は起きないのだ。
 
●週刊誌
 
『ベルサイユのばら』は週刊誌である『マーガレット』に連載されたのだが、週刊誌で1年間走り続けるのは無理は無理であろう。事実、オスカルが近衛連隊長を辞めた辺りから、話がおかしくなり、話が雑になっていっている。仕事が忙しいために食事はお茶漬けだけだとか、睡眠時間が短くなってしまったので、熟慮するだけの時間を確保できなかったのであろう。
 
 企画段階では、オスカルは投獄されたアントワネットを救出する筈だったのだが、だったらオルカルは近衛連隊長を辞めては成らず、最後まで近衛連隊長で居続けなければ成らなかった。オスカルが最後まで忠誠を尽くせば、この作品は物凄く高い評価を得られた筈なのである。
 
 現在の少女漫画雑誌は隔週誌か月刊誌しかないのだが、漫画家が持続的に仕事をしていくためには、こうするしかない。しかしこの当時、そういう事が解らず週刊誌で少女漫画雑誌を出していたので、制作サイドがガタガタになろうが、週刊誌特有の勢いを生み出してしまい、それが週刊誌をやめた後の少女漫画にはないのである。
 
『ベルサイユのばら』の大ヒットで収入は激増したのだが、なんせ仕事が忙しいためにお金を使う閑がない。しかし仕事ばかりしているとストレスが溜まって来るので、それでたまにスタッフたちを連れて東京に出て散財をしたらしい。時には1度に200万円も使ってしまった事もあるという。
 
 池田理代子は体力的に恵まれていたから良かった物の、この当時の女性漫画家たちの中には「これでは体が持たないので、漫画家を辞めさせて下さい」と申し出て、本当に漫画家を辞めてしまった人たちがいた。池田理代子は少女漫画黄金時代の光の部分に居たが、影の部分もあったという事を絶対に忘れてはならないのだ。
 
 
●資料が悪すぎる
 
『ベルサイユのばら』は資料を充分に収集してから連載を開始した物ではない。連載当初の段階では大した資料を持っていなかった。ツヴァイクの『マリーアントワネット』を資料の基礎としている程度である。この資料不足も物語展開がおかしく成って行ってしまった原因の1つになってしまった。
 
 参考文献を調べてみると、資料の悪さがすぐに解り、社会主義者たちが書いた物もあるだけでなく、中には無政府主義者が書いた物も使用している。これでは話がおかしく成るのは当然であろう。社会主義者たちはロベスピエールを賞賛するので、それで池田理代子はそのままロベスピエールを善玉として登場させている。
 
 フランス革命はジャン・ジャック・ルソーの『社会契約論』がなければ起こらなかったが、このルソーが書いた書物は殆どの人たちが誤読する事に成る。ルソーは「狂気の天才」なのであって、通常の読解力では彼が一体何を言っているのかさっぱり解らない。日本では『社会契約論』といえば「民主主義のバイブル」と評価が定着しているのだが、その評価は完全に間違っている。
 
 ルソーが言いたかったのは、民主主義を利用して、「立法者による独裁政治」を行う事なのであって、だから『社会契約論』を愛読書にしていたロベスピエールは独裁政治を展開するのである。ナポレオンもクーデターで政権を奪取ると、皇帝として独裁政治を展開して行った。これは偶然そうなったのではなく、『社会契約論』を正しく理解すれば、必ずそうなるのである。
 
「人間は平等を唱えれば必ず悪魔になる」
人間が平等になる事は今まで一度もなかったし、今度もなる事はない。人間は不平等に生まれついているのであって、だから公平に扱っていくしかない。もしも誰かが平等を唱えてきたら警戒すべきであって、早目に殲滅しておいた方がいい。なぜなら平等を唱えている者が権力を取ってしまえば、必ず大量虐殺を展開してくるからである。
 
●実は20巻だった
 
『ベルサイユのばら』は単行本で善10巻なのだが、計画では20巻になる予定だった。だから出来上がった『ベルサイユのばら』は半分の長さでしかない。内容を吟味しても、オスカルは死んではならない人物なのであって、アントワネットやフェルゼンは死んでもいいが、オスカルだけは生き残らなければならないのである。
 
 オスカルほどの人物であるなら、バスティーユ襲撃で死ななければ、ナポレオンと一緒にフランス革命を戦っていくという事になった筈であろう。アントワネットの死後、オスカルは忠誠の対象をナポレオンに切り替え、しかもナポレオンの愛人にでもなれば実に面白い話になった筈である。
 
『ベルサイユのばら』が半分の長さで終わったために、その後、池田理代子は『栄光のナポレオン』を作る事に成る。だから『栄光のナポレオンは』は『ベルサイユのばら』の続編と見るべきであって、『ベルサイユのばら』だけで止めてはならないのだ。現実の政治は理想が純粋な形で実現されるほど甘くはなく、様々な人たちの欲望が鬩ぎ合いながら、歴史を形成していくのである。
 
『ベルサイユのばら』が持つ少女漫画の路線は、その後、『オルフェウスの窓』に受け継がれる事に成る。この『オルフェウスの窓』は『ベルサイユのばら』以上に嵌ってしまう。『ベルサイユのばら』の嵌り度が「100%」なら、『オルフェウスの窓』の嵌り度は「300%」である。尤も最早この漫画も少女漫画ではなく、大人の女性が読む漫画になっている。
 
 飽くまでも『ベルサイユのばら』はインフレ時代の産物であり、質が高まって行くデフレ時代に対応している物ではない。空前絶後の大ブームを巻き起こしたのに、今では評価が低くなってしまうのは当然であろう。だからこそデフレの時代に『ベルサイユのばら』を超える作品を出していかなければならないのである。

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