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2016年4月

ユウユウママさんへの運命鑑定

ユウユウママさん、それでは運命鑑定行きますね!
 
 
①「子供は3人欲しいが、可能かどうか?」
 可能です。ユウユウママさんは子沢山の星に生まれ、子供たちが多いほど、エネルギーをより多く発して行く事ができます。年齢の事を考えると、早目に産んだ方がいいです。只今、「四の結界」が張られているので、夫婦の在り方をきちんと決めないと、様々な問題が起こってきます。
 
②子供の名前の問題
 素人が生半可な知識で付けた物で、問題がありまくりです。長男は人格が20画になってしまうので、これでは病気になってもおかしくないですし、次男は次男なのに「太郎」が付いているから、これでは跡継ぎ問題が発生しかねないでしょう。といっても、それなり考えた物だから、なかなか改名案が浮かばないです。
 
 長男の方は名に「翔」を付けると、画数的には良くなり、翔は「小」に通じるので、旦那さんのジュニアという意味としても捉える事が出来るようになります。新たな漢字を付けるのが嫌というのなら、名の一文字目を新字体にしたらいい。
 
 次男の方はその名でいいのですが、次男である以上、家督を相続させてはなりません。長男と旦那さんは霊線でしっかりと繋がっているので、家督相続権者は飽くまでも長男の方です。次男の方はユウユウママさんと霊線で繋がっています。
 
③「永住地は、どの辺りが良いか?」
 そんな事、知らん。まだ若いから、転勤するなら転勤しまくった方がいいです。しかし旦那さんが厄年に入る前に、人生を大きく変えると、飛躍して行く事ができます。その頃には子供も3人になっているだろうから、実にいいタイミングで厄年を迎える事が出来るでしょう。
 
④「専業主婦か兼業主婦か?」
 現在、ユウユウママさんが子供の方をきちんと向いていないからこそ、子供の方に病気が出ているのが実情です。特に長男は乳児の段階で、充分な愛情を貰えなかったからこそ、目に異常が出ています。アトピーは離乳食が早すぎたからでしょう。
 
⑤転職の夢
 旦那さんは苗字が「粘土」を意味するので、「土」に関係する仕事をしたくなってしまいます。旦那さんが希望している職業は全て土がらみですね。向いているといえば向いているけど、今の年齢が会社内で重要な役職に就く年齢だし、妻子がいるし、それに現在、「四の結界」が張られているので、これは「人生最大のギャンブル」になりますよ。
 
 転職の事に関しては旦那さんとよく話し合った方がいいです。どんな職業でも入念に準備しないと成功しない物だし、それに10年間働き続けて、やっと一人前になる物だから、漠然とした夢で成功しようなどと思ってはなりません。
 
●アトピー性皮膚炎の治し方
 親子揃ってアトピー性皮膚炎では大変だろうから、タマティーが治し方を教えておきます。
 
①界面活性剤の使用禁止
 まずは界面活性剤の使用禁止です。ボディーソープやシャンプーは勿論の事、食器洗剤や洗濯洗剤も「石鹸」に変える。体を洗う際、石鹸でゴシゴシ洗わないで、必要最低限にする。因みに石鹸は汚れの落ち具合がそんなに良くないので、洗濯とかで綺麗にしたいのなら、手洗いした方がいいです。
 
②朝食を抜く
 アトピー性皮膚炎に罹る患者は対内に老廃物や毒素が溜まっているので、とにかくこれらを排出しなければなりません。朝は排泄の時間帯なので、朝食を抜くと、ウンコが出易くなります。もしも何か食べたいのなら、リンゴ人参ジュースを飲めばいいです。
 
 出来る事なら「断食」をして欲しいです。断食と言っても、「果物」と「味噌汁」は飲食していい物にすれば、仕事をしながら行う事ができます。宿便が出れば確実に治るのですが、そうでなくても老廃物や毒素をより多く出してしまえば、症状をかなり軽減させる事ができます。
 
③食事の改善
 料理では植物油を「亜麻仁油」と「オリーブオイル」に代え、それ以外の植物油は使用しないようにする。アトピーの人は肌が弱いので、良い植物油を与えないと、皮膚が良く成らないんです。サラダ油は厳禁で、この油を使っていると、アトピーは悪化していきます。
 
 発酵食品は毎回出すようにする。「味噌」「糠漬け」「納豆」などは勿論の事、肉や魚を調理する時は「塩麹」を使ったりしたり、味噌汁には「酒粕」を入れてより強力にしたりすべきでしょう。
 
 これからの季節、「イチジク」と「ラッキョウ」は大量に買い込んだ方がいいです。イチジクは中にある粒々が便通を良くしてくれて、ラッキョウは食物繊維によって腸内を掃除してくれます。イチジクは農家が直接に売っている物だと大量にしかも安値で買えます。ラッキョウは時期限定だから、安くなったら大量に買った方がいいでしょう。
  
④掃除をしまくる
 掃除をしまくる事も必要です。とにかく毎日掃除をする事! 床とかは子供たちが起きて来る前に掃除をしてしまうようにする。絨毯とかは隅々まで掃除機をかけるようにする。アトピーの子がいる家は排水口に毛が詰まって入たりするので、そこも掃除しましょう。
 
 イエダニを殲滅するためには、布団を「布団乾燥機」にかけるといいです。イエダニは高温になると全て死滅します。掃除機を布団にかけても、イエダニがなくならないのは、それが理由です。
 
⑤海水浴と塩湯温泉
 長期休暇が取れるのなら、沖縄の海に行って、海水浴をするのがお勧めです。海水が肌をコーティングしてくれるので、それでアトピーが徐々に治って行きます。それと同じ理由で塩湯温泉も効果ありです。ユウユウママさんが現在住んでいる所には塩湯温泉が多数存在するので、行ってみるといいです。
 
 但し、乳幼児は温泉に入れるとウンチする可能性があり、寝れば寝小便する可能性があるので、その点は注意して下さい。
 
 
 
 

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池田理代子の歴史漫画

●近代以前の国家では、専制君主制の国家こそ先進的であった
 
 近代以前の国家では専制君主制の国家こそ先進的であった。専制君主制はなかなか成立しない。君主が専制君主になるためには、有力貴族たちを全て粛清しなければならないので、国内で血みどろの内戦を経ないと君主は自分の所に権力を集中させる事が出来ない。
 
 しかし一旦専制君主制が誕生してしまうと、国内には政敵が皆無となるので、それで君主は積極的に戦争をしていく事が出来、だから専制君主制国家は大発展する事が出来るように成る。西ヨーロッパでは、スペイン、ポルトガル、イギリス、フランス、オーストリア、ロシア、ドイツと、続々と専制君主制国家が誕生し、国外に植民地を持つ事によって大繁栄を遂げた。
 
 日本では天皇が専制君主制ではなかったので、国民は専制君主制の国家というのがどうしても解っていない。日本は近代以前では全く振るわなかったが、近代化に成功したために欧米列強と争う羽目になってしまったが、アメリカ合衆国を除けば、全て専制君主制を経て今の政体があるので、専制君主制が解っていないと、まともな外交1つできない事になってしまうのだ。
 
 専制君主制の国家では「王位継承」という欠点があり、如何に名君に恵まれたとしても、名君が連続して出て来る事はなく、大概が凡庸か愚鈍な者が次の君主になってしまう。そうなれば国内では政争が発生し、国外では拡張した領土を維持する事が出来なくなってしまう。しかも国民は君主に服従するだけだから、政治に対してなんにも責任を持たず、それで政体が末期になると、国民は革命側に走ってしまうのである。
 
 専制君主制の国家は近代化の過程で、革命が起こる事によって専制君主制その物が消えた。現在、専制君主制の国家というのは1つも存在しない。近代以前では先進的と思えた専制君主制は、近代以降だと淘汰されるべき物と成ってしまった。かといって近代化された国家も名宰相を持続的に出していかないと、専制君主制同様に淘汰されてしまう事だってあり得るのだ。
 
●『ベルサイユのばら』
 
 漫画家の池田理代子は不思議にも専制君主制の時代の歴史漫画を描きまくっている。「少女漫画で歴史物はタブーである」と言われていたのに、敢えて『ベルサイユのばら』で大勝負を賭けた。これが大ヒットしたからこそ、池田理代子の名声は決定的な物となった。これ以降、他の女性漫画家たちも歴史漫画を描くようになるので、池田理代子の功績は大いに評価されていい。
 
 革命はそう簡単に起こる物ではない。革命が起こってしまう最大の原因は君主の方にあるのであって、特に碌でもない女性を妻に迎えてしまうと、王妃によって国政が乱され、それに反発する形で貴族や庶民たちが武装蜂起し、君主が弑逆されてしまう事に成る。ルイ16世は善良な人物であったかもしれないが、それでも妻のマリーアントワネットが余りにも酷すぎたのである。
 
 王妃である以上、全ての人たちに対して公平に接しなければ成らない。しかしマリーアントワネットがやったのは、ポリニャック伯爵夫人やフェルゼンといったごく一部の者たちを寵愛する事であって、これが貴族たちの怒りを買う事になってしまった。王妃が浪費をしようが不倫をしようが別にそれは構わない。だが王妃と貴族との関係を断ち切ってはならないのである。
 
『ベルサイユのばら』はオスカルが主人公なので、どうしてもオスカルの方に目が行ってしまうのだが、このオスカルはフェルゼンに対して、絶望的な片思いをする事に成る。思春期では自分がどんなに愛したとしても、どうする事も出来ないという事を経験する物だが、それが解った人たちはオスカルの事を正しく理解する事が出来る事であろう。
 
『ベルサイユのばら』で一言注意しておくと、作者の池田理代子は生活の全てを犠牲にしてこの漫画を描いたのであって、そのために赤ちゃんを産む事は不可能になっただけでなく、結婚もダメになってしまった。だからこの作品には「病的な部分」が或る程度は入っているので、それで女性読者たちは結婚したら読まなくなってしまうのである。
 
●『栄光のナポレオン』
 
『栄光のナポレオン』は『ベルサイユのばら』の続編と見るべき作品であり、『ベルサイユのばら』は本来ナポレオン戦争まで書く筈だったのに、作者の体力が限界に達してしまったためにアントワネットの処刑で一応終りにした。フランス革命は革命発生後、政争を繰り返し、大量の犠牲者たちを出して行き、人材が枯渇した時にナポレオンが政権を掌握し、皇帝になっていく。
 
 ナポレオンの人生で最大の汚点がジョセフィーヌと結婚してしまった事であり、彼女が子供を産まなかったからこそ、ナポレオンは後継者の事で苦しみ、帝政を安定させる事ができなった。しかしナポレオンはジョセフィーヌと結婚すると運勢が上昇し始め、彼女と離婚すると没落して行くのだから、人間の運命という物は不思議である。
 
 ジョセフィーヌはナポレオンと結婚した後に子供ができなかったので、これは結婚したが子供のいない池田理代子じゃないと描けない。ジョセフィーヌが非常に魅力的なキャラになっているので、ナポレオンだけではなく、ジョセフィーヌの事も堪能しながら読むと、この作品を非常に良く理解する事が出来るように成る。
 
 ナポレオンはクーデターをやったり、帝政を実現したりと、一見、専制君主のように見えてしまうのだが、しかしその権力は確固たる物ではなく、有力な政治家たちの支持を取り付け、敵対する政治家たちを排除する事で成り立っていたに過ぎない。学校の世界史の授業みたいな習い方をすると、歴史も政治も戦争も何も解らなくなってしまうので、歴史漫画を読む方が歴史や政治や戦争を学ぶ事に役立つ。
 
 池田理代子は『栄光のナポレオン』を執筆中に、音楽大学に受験する事になったので、それで途中から手抜きをしてしまったのが実に惜しい。手抜きをしなければ、『ベルサイユのばら』に続いて高い評価を受けた事であろう。『栄光のナポレオン』を読み終わったのなら、参考文献を読み漁って補完するという作業をやった方がいいかもしれない。
 
●『天の涯まで』
 
『天の涯まで』はポーランドの英雄ユーゼフ・ポニャトフスキの物語なのだが、ポーランドの歴史を描くのは非常に難しい。これは出版社の要請で描く羽目に成った物で、作者が最初からその気で書いた物ではない。しかし『栄光のナポレオン』に関係してくる物なので、書かなければ成らない必要性があったとも言える。
 
 ポーランド王国は君主制国家であっても「貴族共和制」を取り、貴族たちが議員となるポーランド議会によって国王を選挙するという選挙王制を取っていた。このために専制君主制に移行する事ができなかった。しかも議員たちには「自由拒否権」が認められており、自分の権益を犯す法案を悉く廃案にする事が出来た。
 
 このようなバカげた政体であったために、ロシアとプロシャとオーストリアによって分割されれてしまい、ポーランド王国は滅亡してしまった。「改革できない政治というのは政治をしていない事と同じ」であり、諸外国は専制君主制によって改革に次ぐ改革をやっているのだから、それで国力に圧倒的な差がついてしまうのである。
 
 ポーランドの事で特筆すべきは、ヨーロッパの中で最も「美女率」が高いという事であり、マリア・ヴァレフスカがその美貌を利用してナポレオンに近づき、一時的にではあるが「ワルシャワ大公国」として復活させる事が出来た。戦争や外交だけで国家の独立を維持できるのではなく、閨房も国家の独立には役立つのである。
 
 ポーランドの場合、政体に致命的な問題がある以上、革命を起こして政体を変革させない限り、どうにもならない。確かにユーゼフ・ポニャトフスキは英雄であるかもしれないが、その英雄と雖も政体を変革させなければ、腐った政体のために押し潰されて死んでいくしかない。
 
『天の涯まで』でのユーゼフ・ポニャトフスキはかなり脚色されており、実際の彼は軍人というべき人物で、軍人としては有能だったが、政治家としては全くの無能な人物なので、『天の涯まで』を史実だと思い込んでしまうと非常に危険である。大国に囲まれた小国は「巧妙な外交」をしないと生き残れないのであって、下手に戦争をすれば国家を滅亡に追いやってしまう物なのである、
 
●『女帝エカテリーナ』
 
『女帝エカテリーナ』はロシア帝国の女帝エカテリーナを描いた作品であり、『ベルサイユのばら』以降、最も出来の高い作品。しかしこの作品が大ヒットしなかったのは、池田理代子が結婚はしたが、子供がいなかったので、それでエカテリーナがまるで独身女性のように振る舞うからである。

 専制君主制では君主に権力が集中し、それに伴って富も女も集まって来るのだが、という事は女性が君主になれば、富も男も集中してくる事に成る。ロシア帝国ではこのバカげた事が本当に起こった。なぜ女帝による専制君主制が非難されるのかといえば、男性の皇帝は子孫を増やすために側室を設けて行くのだが、女帝はそうではなく、ただ単に性的な快楽のためにやっているからである。

 帝国という物はなぜだか女帝になると大発展し、領土が一気に拡張する。しかしその後、急速に没落してしまう事に成る。ロシア帝国では女帝エカテリーナで大繁栄を遂げるのだが、彼女が崩御すると、彼女を上回る皇帝が誰1人として出ず、最終的にはロシア革命で滅亡してしまった。
 
 女帝エカテリーナは池田理代子の作品の中で最も魅力的なキャラであり、『ベルサイユのばら』のキャラ以外では、読者たちの人気1位を獲得している。『女帝エカテリーナ』を読めば強い女になれる事間違いなしであり、女社長になるならこの漫画を読んだ方がいいかもしれない。
 
 但し、猛毒率高し。女帝エカテリーナがやった事を、現実世界で本当にやれば、非難集中になってしまうのは当然であり、猛毒を緩和しながら使わないと、自分が破滅させられてしまう事に成ってしまう。未成年者の女性は読むべきではない。大人になってから読んだ方がいい。

●『聖徳太子』
 
『聖徳太子』は聖徳太子を描いた作品である。日本では専制君主制がなかったので、それで専制君主ではないが、改革を目指す皇太子を抜擢して、それで政治を行っていく事の難しさを描いた。天皇と豪族たちによる政治から、一気に律令政治へ行ける訳がなく、その過程には様々な問題があり、それを1つ1つクリアして行かなければ成らない。
 
 この作品の聖徳太子は池田理代子本人であると思って読んだ方がいいかもしれない。どう見たとしても女性であり男性ではない。池田理代子は自分が聖徳太子であったのなら、どう考え、どう行動したかを描いたのであって、それを踏まえて読んでいくべきであって、聖徳太子の絵が旧1万円札の絵とは違うからといって笑っているようでは読む資格はない。
 
 国家という物は古ければ古くなるほど、「血統」という物が物凄く重視される事に成る。だから古代では、政治家は必ず名門の出でなければ成らず、名門以外の出あるなら政治に関与する事は出来ない。それと政治家は名門の娘と結婚する事によって、よりパワーアップしていかなければ成らない。
 
 それゆえフェミニストたちのように社会を見て「男社会」と見てしまうようでは、歴史も政治も何も解らない事になってしまう。女性たちは結婚する事によって政治に大きく関与してくるからだ。池田理代子は嘗てフェミニズム的な意見を言っていたが、『聖徳太子』を描くようになると、もうフェミニズム的な意見など一切言わなくなってしまった。それは歴史や政治をきちんと勉強したからであろう。
 
 歴史というのは唯物論で証明できる物ではない。歴史を実際に動かしているのは「人間の欲望」であり、「理想」であり、「陰謀と謀略」であり、経済力というのはそのための道具に過ぎない。唯物論のよって書かれた歴史学の書物を読むより、池田理代子の漫画を読む方が歴史の事を理解する事に役立つ。
 
●次回作は?
 
 池田理代子の歴史漫画で次回作は何かといえば、予想できる物は限られてくる。彼女が得意とするのは専制君主が居た頃の時代であり、しかもそれはヨーロッパが舞台なのだから、漫画の題材に出来る専制君主はそう多くいるものではない。老齢になって中国やインドの専制君主に手出しする事はない筈だ。
 
 まずは、
 
『デジレ・クラリー』 
 
であろう。デジレ・クラリーはナポレオンの初恋の女性で、しかしナポレオンはジョセフィーヌに出会ってしまい、彼女に夢中に成ってしまったので、それでデジレとは破局してしまった。ところが彼女がベルナドットと結婚し、その彼が事もあろう事かスウェーデン国王になってしまい、それで彼女は王妃になってしまった。但し、デジレ・クラリーは、運は良くても、平凡な女性なので、池田理代子が彼女を取る可能性は低い。
 
 となると、
 
『アレクサンドル1世』
 
という事も有り得る。アレクサンドル1世はロシア帝国の皇帝で、ナポレオンのロシア遠征で彼を打ち破った。アレクサンドル1世は美男子であるので、池田理代子の好みに合うかもしれない。彼の性格は複雑怪奇と言われているので、恐らくAB型であろう。AB型の池田理代子なら書けるかもしれない。
 
『ベルサイユのばら』関連でいけば、
 
『マリア・テレジア』
 
という選択肢も有り得る。彼女はオーストリア帝国の女帝で、マリーアントワネットの母親である。彼女が生涯に於いてなんと「16人」も子供を産んでいるので、子なしの池田理代子では描きにくいかもしれない。とはいっても、『マリア・テレジア』を書いてくれると、マリーアントワネットがどうして生まれてきて、嫁がされたのかが良く解るように成るであろう。
 
 日本版だと、
 
『持統天皇』
 
になるのが濃厚とみていい。『聖徳太子』を描いたのなら、次は『持統天皇」というのが予測できる。天武天皇は壬申の乱によって皇位を簒奪しているので、持統天皇は天智天皇の血統が絶えないように努力し続けた。そのためには手段を選んでいないのであって、奈良時代が非常に血なまぐさくなったのはこのためである。
 
 池田理代子の歴史漫画は超お勧め。読めば歴史が好きに成るのは間違いなしと言っていい。
 

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みちこさんへの運命鑑定

みちこさん、それでは2度目の運命鑑定行きますね!happy01

 

確かにみちこさんは父親との関係が良いから、父親に親孝行すれば、結婚相手が見つかっても不思議ではないです。

 

①「結婚について」

 結婚した時期はみちこさんが天中殺のド真ん中でけど、夫婦の相性はみちこさんが旦那さんのエネルギーを吸収して行く関係にあります。普通の夫婦じゃこれではダメだけど、旦那さんは人に尽すのが大好きなので、どうにか成り立っているという訳です。何をするにしても、旦那さんには感謝した方がいい。

②「結婚生活全般について」

 みちこさんはマイナスのスタートなので、とにかく家事や育児を1つ1つ習得していくしかないです。ここで大事な事は「絶対に他人と比較しない事」! 育ち方に異常な物があったから、他人と比較すれば自信喪失になっていくのは当然で、「自分は自分」と割り切って行うようにしなければならないでしょう。

③「家族同士の相性(夫婦の相性 親子それぞれの相性)について」

 夫婦の相性はいいです。なかなか前進しないみちこさんを、旦那さんはあれこれ巧く誘導していってくれまる。言われた事を全部やらなくてもいいから、言われた事はやるようにしましょう。そうしないと本当に動けなくなってしまいます。今までの食生活に問題がありそうだから、卒乳したのなら、1週間ばかり果物だけで過ごすという断食をやった方がいい。

 娘さんは元気の塊みたいな女の子だから、家から出ないみちこさんを家の外に引き摺りだしてくれます。外で遊んでいれば、他の母親たちと会う事に成るので、それで友達を増やしていけばいい。みちこさん自身、かなり問題のある女性だから、「それはおかしいよ」と言われたのなら、改めて行くべきでしょう。

④「家族それぞれの性格について、長所や短所など」

 旦那さんは家族を大事にし、妻子に対しては重たい言葉を発します。だから旦那さんの意見を無視してはならない。その言葉は選びに選んで発せられた物なので、出来る事なら従った方がいい。但し融通が効かないので、旦那さんの言っている事が全て正しい訳ではないです。

 旦那さんの欠点としては服装が酷すぎるって事でしょう。ファッションセンスがないので、そこはみちこさんがなんとかしてあげた方がいい。擦り切れた服を平気で着ていたりしますから、そうなると貧乏でもないのに貧乏臭く成ってしまいます。因みにみちこさんの方にはそれなりにファッションセンスはあります。

 娘さんの長所は実行力があるという物で、本人がこれをやりたいというのなら、まずはやらしてみるべきでしょう。、尤も子供だからすぐに飽きてしまうだろうけど、しかしそういう事を繰り返していくと、自分が本当にやりたい事を見つけ、その道でひたすら精進して行くようになります。

 娘さんの欠点は、「時として孤独に成る事がある」という事です。実行力があるために、それに友達とかが付いてこれないと、本人は孤立してしまう事になります。そういう時は娘さんの味方になってあげるべきであって、決して世間体を気にして、世間の常識に合わせるような事をしてはなりません。

⑤「家計の財運について」

 財運は夫婦共々あります。まずは地道に貯金していき、無駄な出費を抑えて行くようにした方がいい。家計簿を付ければ、収支をきちんと把握できるから、如何なる収入であっても確実に生活していけます。自宅にいる事が多いなら、家計簿をどうやって付ければいいのか研究すべきでしょう。

⑥「次の妊娠について」

 次の妊娠は出来るだけ早くした方がいいです。みちこさんは子沢山の星に生まれた訳ではないけど、子供たちを産み育てる事で自分の魂を成長させていくようになっています。だから子供は最低でも3人、出来れば4人にした方がいい。初産で酷い目にあったのなら、次の出産は助産院ですると、トラウマが綺麗になくなります。

⑦「それから、実母との関係を詳しく教えてください」

 みちこさんにとって実母とはどうやっても解り合えない間柄で、実母の事は諦めた方がいい。これは宿命から来るものだから、何をしたとしても無理なんです。みちこさんが実母に対して執着している限り、不幸は続きます。もう結婚して実家を出たのだから、実母の事は忘れた方がいい。

 実母とはダメでも、祖母との関係はいいので、自分の母親に対して何か求めたい物があるなら、祖母の方に求めた方がいいです。祖母から愛される事で、他人を愛せるようにしないといけません。実母から愛されないばっかりに、他人を愛さなくなってしまうのは絶対に拙いです。

●タマティーからのアドバイス

 何か特別な不幸に遭った訳ではないけど、自分の人生が完全に空回りしていた以上、不幸といえば不幸でしょう。しかし結婚前に不幸を全て出し尽した以上、結婚後は幸福の連続になるものです。だから幸福になるような考え方と行動をするようにする。今はまだこれが出来ていないから、なかなか幸福の連続が起きなんです。

 これからは、

「とにかく与えて、少し損をする生き方」

をするといいです。与えていれば、必ず何かを得られます。人間には欲があるから、どうしても欲張ってしまうけど、敢えて少し損をして、欲を抑える。そういう事をやると、幸福の連続が起きるようになります。

 

 

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絶対にテレビでは放送されない震災ニュース

●被災したのに被害のない人たち
 
 自分の周囲にも熊本県出身者はかなり多く居て、自分たちはこっちに出ているけど、両親や兄弟姉妹は熊本県に住んでいるという事になる。だから熊本地震が起こると、
「被害はどうなの?」
と訊く事になるのだが、中には笑ってしまう回答もあって、
「家族で宮古島に旅行中」
というのがあったりした。
 
 確かに熊本県に住んでいるからといって、常に熊本県に居る訳ではなく、旅行する事だって有り得るだろう。旅行中に自宅が被害を受けても、自分たちは旅行中ゆえに安全なので、別にビクともしないのだ。尤も、こういう夫婦がまずしなければならないのは、どうやって帰宅するかなのである。
 
 一番笑えたのが、
「益城町に住んでいるのに、自宅が倒壊しなかった」
という物である。テレビの映像では益城町の家々が全て倒壊してしまった情報が流れているのだが、その人の家は益城町の中心部から離れていたので、倒壊には至らなかった。倒壊した家屋は震源地から近く、瓦屋根を持っている物が多かった。逆に言えば、震源地から巧く離れ、新しい耐震基準で作られて家は倒壊する確率が低いという事なのである。
 
 とは言え、震度7なのだから家の中はメチャクチャになってしまったらしい。そこで、
「何か欲しい物ある?」
と訊いたら、
 
『支援物資よりもカネをくれ」
 
と答えやがった。家があるのに家なき子か! 地震のために物流がストップしてしまったので、とにかく商品がないために、商品が入れば爆買いするしかないとの事であった。
 
 テレビ局の方としては悲惨な映像を流せば流すほど視聴率が取れるから、どうしても現地で悪い情報ばかり取り上げる事に成る。しかし震度7の地震で、死者が50名程度なのだから、家々の倒壊や橋の落下があったにしても、被害は想像以上に軽い。寧ろ熊本県で新しい耐震基準を満たした家屋が異様に少なかったという事の方が問題なのである。
 
 
●オムスビ1個とロケ弁1つ
 
 今回の熊本地震で、俺が最もショックだったのは、被災者たちが避難所で3時間も並んでオムスビ1個しか貰えなかったのに、現地で取材に当たった女子アナにはロケ弁が配られ、そのロケ弁が実に豪華であったという事であった。その女子アナは正々堂々とツィッターにその写真を載せたのだが、人間として当たり前の感覚すらなくなっているのであろう。
 
 テレビ局が取材チームを派遣する以上、ロケ弁は用意していく事になる。現地では食べ物を調達するのすら難しいのだから、ロケ弁を用意する事は当然とは当然だ。しかし現地では食べ物が無い状態なのだから、ロケ弁を食べるにしても、密かに食っていればいいのである。わざわざその情報を公開する事はないのだ。
 
 熊本地震のように大きな地震が起こった時、東京のテレビ局のスタジオで、冷暖房が完備され、食事も食べ放題の状態なら、幾らアナウンサーやコメンテイターたちが喋っても、現地の情報は巧く伝わらないであろう。こういう時は全員が全員、現地に行くべきであって、東京のスタジオで呑気にやっている場合ではないのである。
 
 しかし現地に行けば「食事はどうするんだ?」という事になり、そうなれば被災者たちが食事にありつけないのに、テレビ局の関係者たちだけは食事にありつけ、しかもその食事は豪華な物になっているのだから、これでなんの矛盾も感じない訳にはいかないであろう。これはアナウンサーたちに「食事をオムスビ1個にしろ」と言っているのではない。アナウンサーたちは被災者たちの感情を理解していないと、とんでもない間違いを引き起こしてしまうという事なのである。
 
 みのもんたなんかは、こんな大事な時にツィッターを始めたのだが、
「自衛隊にはきちんとやって欲しい」
とコメントして、ネット界から猛反発を食らってしまった。テレビ業界に長年いると、どうしても人間としての当たり前の感情がマヒしてしまうのであろう。大体、みのもんたなんかは、東日本大震災が起こった夜にはキャバクラに行って酒を飲んでいて、キャバクラ嬢から、
「こんな所にいていいの?」
と叱られたくらいなのである。
 
 
●熊本県民の県民性
 
 今回の地震で、非常事態だというのに、熊本県知事が政府に盾突いたり、避難所に避難者たちが殺到して大混乱になってしまい、「同じ日本人なのにどうも違うな~」と思った人たちは結構多い。それもその筈、熊本県は古代に於いて球磨族がいた所で、「難治」と言われた場所だからだ。
 
 中国の三国時代に於いて、呉の孫権が琉球遠征を行うのだが、それによって難民たちが肥後の国にやってきて定住してしまった。これを撃退するために邪馬台国が戦争を行ったが、逆に戦争に負けてしまい、それで近畿地方から大和朝廷に攻め込まれ、滅ぼされてしまった。しかしその大和朝廷も球磨族の統治には苦戦し、仲哀天皇は球磨族征伐の時に流れ矢に当たり、戦死している。
 
 江戸時代には細川家が統治し「手永制」を導入して分割統治した。このために統治は巧く行ったが、熊本の人たちは組織戦が非常に下手糞になってしまった。因みに、熊本県でも熊本藩とは別に人吉藩があったのだが、この地方の人たちは手永制がなかったので、組織戦が下手糞ではない。
 
 熊本県民の県民性は、男性は短気で強情で、議論が大好きという、最悪の県民性である。明治期に熊本バンドというキリスト教プロテスタントの一派が出て来て、この連中が新島襄の同志社に入ると、同支社を滅茶苦茶にしてしまった。熊本県出身の男性たちを甘く見ると、とんでもない目に遭ってしまう事に成る。
 
 熊本県の女性たちは、控え目で忍耐強いの特徴で、女性たちの能力は高い。しかし熊本県は男尊女卑の風潮が強いので、フェミニズムの蔓延度高い。だから避難所でテキパキと働く既婚女性たちがいる一方で、独身女性たちはバラバラになってしまい、効果的な働きが全く出来なかったのである。
 
 熊本県民は男女共々「衝動買い」する傾向が強く、貯金するのは下手糞。このためお金がないばっかりに避難所で飲食物にありつこうという連中が殺到してしまった。今後、崩壊した家屋を再建していかなければならないのだが、貯金がない人たちが多い以上、政府は仮設住宅を作るのではなく、いっその事、マンションを作ってしまい、それを格安の値段で払い下げるという事をした方がいい。
 
●非常事態では「断食しろ!」
 
 避難所ではオムスビ1個を貰うのに3時間も並んだりしたのだが、3時間も並べばもう何もする気力が起こらなくなってしまう。俺があの光景を見てつくづく思ったのは、
「非常事態では断食をしろ!」
という事である。人間は3日間、何も飲み食いしなくても生きていける。非常事態なのだから飲食などしていないで、他の事をすべきなのだ。
 
 大体、非常事態に食事をする動物はいない。ライオンだって火事などで住む場所を追われれば、逃げるのに必死になり獲物を捕らえて食べようとはしない。動物というのはそういう物なのであって、なんで人間たちだけが非常事態なのに飲食をしているんだって話になる。
 
 それなのにどうして非常事態に飲食をするのかというと、人間は緊張を解くために飲食をしてしまうのだ。地震は滅多に起こる物ではないので、突如、大地震を経験してしまうと、思いっきり緊張してしまい、別にお腹が空いている訳でもないのに、飯が欲しく成ってしまう。とはいっても、余震が続く中では緊張を解く事など出来ないのであって、暫くの間は緊張し続けた方がいいのである。
 
 どの大地震でも1週間後には水と食料が行き渡るようになっている。だったらその間は断食したり、少食に徹したりして、出来る限りまともな食事をしないようにし、その代り、食事にかける時間を他にすべき事の時間に充てて、被害を最小限度に抑えるようにした方がいいのだ。
 
 普段、断食していない人たちが非常事態に断食しろと言われてもしないだろうから、だから平時の段階で断食を行い、断食に馴れておくようにすべきなのである。断食になれていないからこそ、非常事態では断食などできず、数時間も並んで、僅かな食べ物を貰うという事をしてしまうのだ。非常事態では食べ物よりも時間の方が大事という事を考えると、断食しないという事は実に愚かな事をやってしまう事に成るのである。
 

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ハルさんの運命鑑定

ハルさん、長らくお待たせしました。それでは運命鑑定行きますね!happy01
 
 
ハルさんのカップルは「事実上のお見合い結婚」で、お見合い結婚とは少し違うので、「紹介結婚」とでもしておきましょう。
紹介結婚は恋愛結婚ではありません。紹介という「縁」があればこそ結ばれた結婚という事になります。
今は愛し合っているので、恋愛感情があると思ってしまうのですが、この結婚は「縁」が有るからこそ成立するのであって、「縁」が無く成れば消滅します。
 
幼馴染みとの結婚は余り勧められないです
もしも縁があるなら、とっくの昔に付き合っているからで、今まで付き合う事がなかった、しかも最初、他の男性を紹介され、その後、交際しているので、余計に縁がないと言わざるを得ない。
相手の男性とは話が合わないのですが、セックスの相性度は非常に高いので、子供が出来てしまえば、どうにか「縁」が確定する事になります。
 
ハルさんの運命星では男性たちからモテるようになっているのですが、ハルさんの名前が実りある恋愛をする事が出来ないようになってしまいます。
両親から大事に育てられてしまったので、恋愛して相手の男性と恋で格闘するというのは不得手なんです。
自分の友達たちは恋愛に夢中になったりするけど、自分はそうではないんだという事を理解しておいた方がいい。
 
相手の男性は格好いいと言えば格好いいし、喋りも巧い事でしょう。
但し、芸術方面に進むなら良くても、普通の仕事では本領発揮とは行きません。
だから仕事をどうするかなのであって、出来る事なら生まれ故郷を脱して、違う所に行った方がいいです。
 
結婚するなら「6月」
さもなくば「10月」
今年はこれら以外の月ではしないように。
もしかすると、結婚するまでに何かしらゴタゴタがあるかもしれないので、誤解を受けるような発言はしないように。
 
住む場所は、最初の内はそこでいいけど、旦那さんの仕事の変化に合して、どこかに引っ越す事も考慮しておいた方がいい。
旦那さんの運命星は一箇所に定住するようにはなっていません。
時には育児をしながらの引っ越しもあるので、そういう時は文句を言わないように。
 
結婚すれば、家族を大事にする夫婦になりますが、旦那さんがリードする事は絶対に欠かせないです。
相手の男性は外思いっきり働く分、自宅ではくつろぎたいので、もしもくつろぐ事が出来ないなら、家族を捨ててまで自分のくつろげる場所を確保しようとします。
 
ハルさんは自分の本音をなかなか言わない女性なのですが、結婚すれば良妻賢母に成る事でしょう。
相手の男性も自分の本音をなかなか言わない男性なのですが、結婚すれば妻子を大事にする事でしょう。
だから表面上は平和なのに、裏では夫婦の心がバラバラという事も有り得ます。
それゆえ二人っきりで話し合う事の重要性は幾ら強調してもしすぎる事はないでしょう。
 

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『ベルサイユのばら』はこうしてパクられた

●創作に於いてパクリは常套手段
 
 創作に於いてパクリは常套手段であり、パクリをしない限り創作をし続けていく事は出来ない。漫画家であるなら、自分が漫画を描く前に様々な漫画を読んで来たからこそ、新たな漫画を描いていく事が出来る。もしも漫画家になりたい者が1冊も漫画を読んでいないのなら、その者が漫画を描くというのは無理であり、やれたとしても最低レベルの物しか作れないのだ。
 
 世間の人たちの中にはパクリを非難する者がいるのだが、それは間違っている。パクリはどの漫画家たちもやっているのであって、パクリをせずにプロの漫画家としてやっていける者はまずいない。漫画家が絶対にやってはならないのは「盗作」であり、盗作は他の漫画をそのまま使うからこそ、著作権法で取締りの対象になっているのである。
 
 池田理代子は手塚治虫の『リボンの騎士』をパクって『ベルサイユのばら』を描いた。女性が男装して、男性たちと一緒に仕事をするというのは、何も彼女のオリジナルのアイデアではない。手塚治虫がもうやっているのだ。しかし『ベルサイユのばら』には新しい創作があるからこそ、高い評価を受けたのである。
 
 少女漫画黄金時代に大ベストセラーになった『ベルサイユのばら」は、今度は一転してこの作品こそが他の漫画家たちからパクリを受けるようになった。パクられるというのはその作品が一流の作品である証拠であり、一流の作品が出て来ると、その後、続々と面白い作品が出て来るように成る。
 
 
●機動戦士ガンダム
 
『ベルサイユのばら』を最も巧くパクったのは『機動戦士ガンダム』であろう。『ベルサイユのばら』は少女たちの間で大ヒットしていたのだが、それを見た連中が『機動戦士ガンダム』で思いっきりパクった。オスカルをシャア・アズナブルとセイラ・マスに分解して、それで美形悪役と美形善玉として使用している。
 
 パクリが明確に解る所はシャアの軍服である。シャアの軍服は特別仕様なのであるが、この軍服はオスカルが近衛連隊長の時に着ていた軍服と非常に似ている。キャラのデザインを担当した安彦良和はプロイセン軍の軍服を手本にジオン軍の軍服を描いたと言っているのだが、シャアの軍服ような軍服はプロイセン軍には全く存在していない。
 
 オスカルは女性なのに男として育てられたためにセクシャリティの問題で悩む事に成るのだが、セイラ・マスは男性たちの中で仕事をしながらも、そんな問題を全く抱えていない。因みにセイラ・マスは医学を志しており、サイド7では医療ボランティアに従事していた。戦争がなければ女医になっていた事であろう。
 
 監督の冨野喜幸はどうも『ベルサイユのばら』を読んでいなかったみたいで、それで『機動戦士ガンダム』は『ベルサイユのばら』のように物語が破綻していく事がなかった。企画段階ではシャアはホワイトベースとの最初の接触の戦いで戦死する事に成っていたのだが、このキャラに魅力を感じた人がいて、「シャアを殺してはならない」と助言したので、それでシャアは最後まで生き続ける事になった。
 
●一条ゆかり
 
 池田理代子は昭和42年に漫画家デビューしたのだが、一条ゆかりは高校1年生の時に若木書房から漫画家デビューし、昭和43年に集英社の方から漫画家として再デビューしている。漫画家デビューした時期が殆ど一緒で、若木書房と集英社から出たというのは、なんとも因縁めいている。
 
 一条ゆかりの漫画はキャラが実にリアルなのだが、それがは彼女が6人兄弟の末っ子で育ったからであろう。キャラ作りが巧いのは兄弟姉妹が多い中で育ったからであり、兄弟姉妹が少ないとキャラ作りが単調に成って来る傾向にある。池田理代子は4人兄弟の第一子長女であるが、兄弟姉妹が多いからこそ、キャラ作りが非常に巧い。
 
 一条ゆかりは結婚していたが、その後、離婚した。彼女がいい作品を描いていたのは結婚していた時期であり、離婚すると余り巧くなくなってしまった。女性は結婚する事によって人生が変わるので、漫画家と雖も結婚する事は絶対に必要であり、結婚しないといい作品を作る事はできない。
 
 池田理代子の血液型がAB型なのに対して、一条ゆかりの血液型はA型。だから性格は几帳面であり、几帳面だからこそ絵はしっかりと描いているし、物語も破綻させたりはしない。漫画家は労働時間が長いので、漫画家に最も向いている血液型はA型であろうと思う。
 
 池田理代子と一条ゆかりの決定的な違いは「美人かブスか」という事であり、池田理代子の方は美人なのだが、一条ゆかりの方は妖怪レベルのブスさであり、俺は一条ゆかりの顔を見た時に絶句してしまったぐらいだ。漫画家であるなら、ブスの方がいい。ブスはモテないから、あれこれ考える時間はたっぷりとあり、それで出来のいい漫画を描く事が出来るのである。
 
 一条ゆかりの代表作『有閑倶楽部』の剣菱悠里はオスカルからパクった物であろう。オスカルとそっくりな姿の絵が、剣菱悠里の絵として出ていたりする。剣菱悠里は女性たちにモテるが、彼女自身、セクシャリティの問題を全く抱えていない。単なるじゃじゃ馬娘だから、読んでいて痛快な所が多々ある。因みに剣菱悠里の血液型はO型。どう考えてもA型の女性だと思えるのだが・・・。
 
●パタリロ
 
『ベルサイユのばら』を最も多くパクったのは「魔夜峰央」であり、『パクリロ』は『パクリロ』だといっても過言ではない。『パタリロ』に出て来る「マライヒ」はオスカルが元ネタであり、オスカルの男性バージョンだという事に成る。マライヒはどう見ても女性にしか見えないのだが、一応、性別は男性なのである。
 
 それだけでなく、『パタリロ』の話の中には『ベルサイユのばら』の物語をパクった物が多々ある。魔夜峰央の凄い所はパクリが巧く新たな物語にしてしまっている所であり、彼のパクリの巧さは少女漫画の世界でトップだと言っていい。この凄さがあればこそ、しぶとく生き続けているのである。
 
 しかし彼の漫画は時間の経過と共にどんどん下手になっていくのが欠点であり、若い頃にやっていたような綺麗な漫画を描いていれば、もっと高い評価を受けた事であろう。俺自身、『花とゆめ』では『パタリロ』をメインに見ていたのだが、余りにも絵が下手に成ってしまったので、それで読むのをやめてしまった。
 
 因みに『パタリロ』のは「パタリロはみだしファンクラブ」というのがあって、これが実に面白い。通称「パタはみ」と言われている。『パタリロ』はマンネリ化して面白くなくなってしまったのだが、面白いファンたちがいるという事を忘れてはならない。何を隠そう、作家の東野圭吾も『パタリロ』のファンなのだから、ファンの層は想像以上に広居のである。
 
 魔夜峰央の血液型は「O型」。だから結構「雑」。少女漫画だと雑な描き方は実に損である。しかしO型特有の寛容さが、物語の幅を広くする事に成るので、それでどうにか生きて行く事が出来るように成る。漫画雑誌としてはA型の漫画家ばかり揃えてしまうとキツキツになってしまうので、それでO型枠という物が必要になってくるのだ。
 
●セーラームーン
 
『ベルサイユのばら』を巧くパクって大ヒットさせた女性漫画家に「武内直子」がいる。彼女の『セーラームーン』に出て来る「タキシード仮面」は、『ベルサイユのばら』に出て来る「ベルナール」を元ネタにした物であろう。美少女戦士たちに対して、タキシード仮面は余りにも不釣り合いなのだが、『ベルサイユのばら』を踏まえているのなら、それは良いという事に成る。
 
『セーラームーン』と『ベルサイユのばら』が決定的に違うのは、『ベルサイユのばら』ではセクシャリティの問題が存在しているのだが、『セーラームーン』ではそんな問題など存在せず、美少女戦士たちは女の子である事を徹底的に楽しんでいるという事である。だから女の子たちに大ヒットした。そして今読んでも面白い事であろう。 
 
 この世の中は、
「女性は何をやっても許されるけど、男性は何かをすると逮捕される」
物なのであって、自分が女性に生まれた事に感謝できれば、なんでも出来る物なのである。それなのに自分が女性である事に劣等感を持ってしまうからこそ、おかしな生き方をしてしまうのである。
 
 武内直子の血液型は「A型」。やっぱりと言いたくなる。A型は几帳面なので、漫画家には非常に向いている事に成る。どんなにいい物語でも、途中で手抜きをされてしまうと、読者の方の集中力が下がってしまい、その漫画を十二分に楽しめなく成ってしまうものなのである。
 
 平成11年には結婚し、ちゃんと子供もいる。この辺りも池田理代子と大いに違う。結婚しないと結婚後の事は描けないし、妊娠出産育児をしないと、妊娠出産育児の事も描けない。女性漫画家であるなら絶対に結婚すべきだし、子供も早めに産んでしまった方がいい。そういう事をしないと、いつまでも子供相手の仕事しか出来ないものなのである。
 
●バクリ甲斐のある作品
 
『ベルサイユのばら』はパクリ甲斐のある作品なのであって、少女漫画で漫画家になりたいのなら、まずは『ベルサイユのばら』を読んでパクってみる事をやった方がいい。但し、女性漫画家としては一条ゆかりの方が断然に巧いから、女性漫画家になるなら絶対に一条ゆかりを手本にした方がいい。
 
 漫画家の労働時間は長い物だから、血液型が「AB型」「A型」というのは断然に有利であり、絵も物語も巧いのはこの血液型を持つ者たちであろう。O型とかB型では、或る時期までは綺麗に描けても、時間が経過すればするほど、絵も物語も雑に成って来るという欠点があるのだ。
 
 女性漫画家の場合、20代でヒット作を出せる可能性があるので、そうなると結婚をいつするかが大事に成って来る。池田理代子は結婚していたが、『ベルサイユのばら』の大ヒットで結婚生活はボロボロになってしまった。その点、武内直子は『セーラームーン』を大ヒットさせながらも、巧く結婚する事が出来た。
 
 結婚しなければ、絶対にマンネリになってしまう。女性漫画家は仕事と結婚をどう両立させるかが問題になるからこそ、結婚する事を躊躇したり、婚期が遅れてしまうのだが、いい相手が現れたのなら、早目に結婚してしまった方がいい。幾ら仕事が忙しいからといって、結婚を後回しにしてしまうと、本当に結婚する事が出来なく成ってしまうのだ。
 

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緊急特集「熊本地震の真相」

●溜めに溜め込んでの大地震
 
『タマティー天使の今年の大予言』では阿蘇山の噴火や阿蘇山周辺で地震が起こる事を予言していたのだが、本当に熊本地震が起こってしまい、阿蘇山も小規模ながら噴火している。俺は「大予言」だけでなく、2月末の段階で関東地方で地震が起こる事を「予知」し、それをコメント欄で伝えていた。
 
 しかし本来なら、関東地方で震度5か震度6程度の物が起こる筈だったのに、地震は一向に起こらなかった。地震雲は千葉県から静岡県まで広がり、しかも形はしっかりとした物だったので、あれで地震が起こらないというのは絶対におかしい。そうこうしている間に、うちの姉が倒れて寝たきりになり、
「地球の磁場が狂ってる~」
と騒ぎ始めたので、大きな地震は必ず来ると踏み、コメント欄では訂正のコメントを出さなかった。
 
 熊本地震が起こる直前、国会でTPPの審議が行われようとしていたのだが、政府は外交交渉過程を全く明かさず、明かしても殆ど黒塗りをにして出し、これではなんのための国会審議かという事で与野党が揉めていた。その直後に熊本地震なのだから、これは国会に対して「TPPを無条件で承認しろ」と言っているような物だと考えた方がいい。
 
 熊本地震では最初に発生した地震が益城町で震度7であり、その後の余震で起こった物が本震であった。本震の地震エネルギーは阪神淡路大震災の地震エネルギーの「1.7倍」になるという。だから前震で死者が少なかったにも拘らず、本震では死者の数が一気に増えたのである。だから熊本地震は、
 
「熊本大震災」
 
と名称を変更すべきであって、政府は激甚災害に指定して、政府の主導で震災の処理に当たった方がいい。
 
 前震では震源の深さが10キロだから、これなら人工的に掘る事が充分に可能であり、地下に核爆弾を埋め、そして爆発させた可能性が高い。大体、地震の揺れ方が普通の地震の揺れ方ではなく、核爆弾を使った揺れ方に非常に近い。4月14日は合計すると「18」になるので、イルミナティの仕業と見てほぼ間違いない。「18」というのは魔術的に「破壊」を意味する数字なのである。
 
●狙われたのは「坂本哲志」衆議院議員
 
 俺は最初、益城町の町長「西村博則」が狙われたのではないかと思った。しかし調べてみると、なぜだか情報収集が出来ない状態にあるので、今の所は「保留」としておく。益城町に何か問題があるとするなら、熊本市に編入する事を町民たちが住民投票で拒んだ事であろう。
 
 熊本県知事の「蒲島郁夫」も何か狙われる事があったのではないかと調べてみたのだが、ハーバード大学の大学院を出た事や、自民党の支援を受けながらも自民党員ではない事が気にかかるが、確たる証拠がないので、今の所、これも「保留」とするしかない。因みに被災者に水や食料や医薬品が届かないのは、この蒲島郁夫知事がボランティアの受け入れを止めているからである。何かとんでもない悪意がないと、こういう事は出来ないであろう。
 
「じゃあ、一体誰が狙われた?」という事に成る。
 
 そこで調べまくったら、思わぬ人物が出て来た。それは衆議院議員の「坂本哲志」で、この人物は「衆議院農林水産委員長」をやった事があり、彼の選挙区は熊本県3区であり、この熊本県3区に益城町は含まれていたのである。これで解った。イルミナティは「TPPを無条件承認しろ」と、坂本哲志に脅しをかけたのである。
 
 坂本哲志は「TPP交渉における国益を守り抜く会」に所属しており、しかも親中派の人物なので、イルミナティとしてはこの人物を辞職や殺害に追い込む事になんの躊躇もしない。熊本地震の死傷者や罹災者たちには堪った物ではないが、熊本地震の真相はそういう事なのである。
 
 熊本地震では東日本大震災の時と違って、政府も熊本県も益城町もちゃんとした対応を取っているのだが、しかし現時点では政府は激甚災害の指定を出していない。恐らく裏では政治の戦いが行われており、蒲島郁夫と坂本哲志が退職する事を条件に、激甚災害の指定を出すという交渉が行われているのではないだろうか?
 
●阿蘇山の噴火が引き起こされる事も
 
 阿蘇山は熊本地震の前に地面が盛り上がるという現象を見せていたし、本震では阿蘇神社の拝殿が倒壊したので、阿蘇山の噴火が起こる可能性が出て来た。というか、イルミナティは阿蘇山の噴火を引き起こすために熊本地震を引き起こしたのであり、熊本地震だけに囚われていると、最悪の結果を招く事に成ってしまう。
 
 熊本地震で地盤が弱り、そこに雨が降って更に弱く成り、そして阿蘇山が噴火を起こせば、火砕流が阿蘇山周辺の集落を襲う事に成るであろう。とにかく今は阿蘇山周辺を立ち入り禁止にして、阿蘇山が鎮まるまで待つしかない。避難所に火砕流が襲い掛かれば、死者の数は一気に増える事に成る。
 
 九州で大きな地震が起こった場合、関西地方でも大きな地震が起こるのだが、しかし今回の地震は、本来、関東地方で起こる筈だった物を九州に持っていった物だから、関東地方の方が危険度は高い事になる。うちの姉は熊本地震が起こった後、
「関東地方でも起きないかな~」
と心配していたし、インターネットを調べてみると関東地方での地震を予知している連中がいたりする。
 
 イルミナティとしては、
「阿蘇山の大噴火」
    ↓
「東京大震災」
    ↓
「福島第一原発での再汚染」
というシナリオがあるらしく、阿蘇山で大噴火が起これば、次は東京大震災という事に成る。そして東京大震災が起これば、その次は東北地方で大きな地震を引き起こして、福島第一原発に更なる打撃を与えるのであろう。
 
 気にかかる事が1つあり、それは熊本地震が起こる前に核サミットがあり、「核爆弾テロを如何に防ぐか」について話し合われたという事だ。今、核爆弾テロをやる可能性がある連中といえば「IS]か「北朝鮮」なので、本当に核爆弾テロが起こるかもしれない。幾ら熊本地震が起こったからといって、震災のニュースばかりが流れ、海外のニュースが流れないのは、非常に危険だと言っていい。

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ライライさんの運命鑑定

ライライさん、それでは運命鑑定行きますね!happy01
 
 
「ライライさんの夫婦は普通の夫婦の4倍のパワーがあります」
 
しかも旦那さんは子供の数が多いと運気を上昇させていくので、子供の数は多くした方がいい。
初産であるにも関わらず、双子のために既に「四の結界」が張られているので、この時期に家族の在り方を決めてしまう事です。
 
まず、運命星の関係からいって、ライライさんの夫婦は典型的な「夫唱婦随」なら巧く行くけど、夫婦が対等になってしまったり、カカァ天下になってしまうと、絶対に離婚するようになってしまいます。
だから夫婦で何か問題があった時には取り敢えず夫の意見を採用するようにする。
勿論、夫の意見だって常に正しいとは限らないので、失敗してしまう事もあるけど、それはそれでいいのであって、夫の決断を妻がひっくり返さないようにする。
そういう事をやると、この夫婦は巧く行きます。
 
ライライさんは「才色兼備の女性」で、ファッションセンスもいいし、頭の回転もいいでしょう。
財運も充分にあり、自分が働かなくても、旦那さんが妻の財運を使って、収入を多くしてくれます。
ライライさんの欠点は、愛情が乏しく、他人への思いやりにかける事で、無暗に自分の利益ばかり追求していると、後でとんでもない事態に陥る事になります。
 
旦那さんは男性的で、考え方が非常に合理的で、甘えという物を許しません。
外で仕事をしまくると同時に、家庭を非常に大事にするので、家の居るとは寛げるようにさせた方がいい。
旦那さんの欠点は友達付き合いを大事にしない事で、仕事の付き合いだけするのではなく、仕事とは関係のない人たちと付き合う事をしないと、交友に深刻な問題が発生する事になります。
 
子供たちの字には旦那さんの字を分解して使用しているのですが、漢字を分解すれば通字になりません。
子供たちの名はどれも吉字を使用しているので、頭はいいし、スポーツも得意な子に育ってくる事でしょう。
 
子丑天中殺の人は父親と縁の薄い事もありますが、必ず父親が死ぬ訳ではありません。
子丑天中殺の人が絶対にやってはならないのは、父親から財産を継承する事であって、これをやってしまうと、不幸が続出してきます。
財産が欲しいのなら、自分の才覚で稼ぐべきであって、自分の望む財産は必ず得る事が出来るように成ります。
 
旦那さんの転職は旦那さんが決める事で、まずは旦那さんの意見はどうなのかを確かめる事です。
旦那さんの家柄や最終学歴では、社内で出世していくのは難しいです。そこの会社は家柄と学歴が物を言うので。
しかし秋に株価の大暴落が予想されているので、業績不振に陥れば、経営陣が引退に追い込まれるので、思わぬ出世のチャンスが出て来る事もあります。
転職は秋が終わるまで待った方がいいです。転職した後で株価が大暴落すれば、転職した先の会社だって倒産する事も有り得ます。
 
それと今年は韓国経済が非常に危険です。
韓国の中央銀行のドル備蓄が異様なまでに少なく、もしも国際投資銀行が韓国経済を狙い打ちにすれば、韓国経済はデフォルトを起こす可能性があります。
だから韓国に投資しているのまら、今の内に引き上げておいた方がいい。
 
中国経済も秋に株価の大暴落が起これば、深刻な不況に陥るのは当然であって、もしも中国に投資しているのなら、今の内に引き上げておくべきでしょう。
中国の場合、革命が発生する可能性もあるので、中国への投資は出来るだけしない方がいいです。

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子安神社の子授祈願札

●子安神社の子授祈願札
 
 最近、子安神に興味を持ってしまい、子安神の事をあれこれと調べている。子安神というのは「木花開耶姫」の事で、「子授けの神」「安産の神」「育児の神」としての機能を持つ。恐らく縄文時代の地母神を引き継いでいるので、出雲神族が縄文人たちを征服した場所では、子安神が祀られる事にに成った。
 
 子安神社は奈良県には存在せず、東海道から関東地方に多く存在している。このため『古事記』や『日本書紀』には子安神が掲載されなかった。「子安」とは子安貝の事で、これは縄文時代の通貨であったために、大和朝廷としては安易に載せる事は出来なかったのであろう。神仏習合によって子安観音寺ができるようになると、神道色が薄れたので、それで歴史書に掲載されるようになった。
 
 子安神社には「子授祈願札」というのがあって、赤ちゃんの欲しい夫婦はこれを購入する事になる。この子授祈願札は結構霊験あらたかで、本当に妊娠できてしまう確率は非常に高い。祈祷もあるので、お金に余裕があれば、祈祷を受けた方がいい。こういう事を「非科学的だ!」と言ってバカにしていると、本当に不妊症になってしまりするから注意が必要である。
 
 子安神への崇敬は、「子安観音」や「子安地藏」と形を変える事で全国に広まっていった。子安観音とは「観世音菩薩」の事で、これはゾロアスター教の「アフラマズダー」の事である。子安地藏とは「地藏菩薩」の事で、これはバラモン教の「クシティガルバ」の事であり、インドの地母神である。
 
 子安観音だと男神に成ってしまうために、子授けや安産や育児の神には相応しくないのだが、子安神自身、大山祇神(スサノヲの事)と一緒に祀られるので、とすれば子安観音がスサノヲ、子安地藏が木花開耶姫という事になり、それでこの謎が解ける事になる。神道が解っていないと、神仏習合すら何をやっているのか解らなくなるので、仏教だけ知っていればいいとうう物ではないのだ。
 
 
●子授棒と子授石
 
 子安神社には「子授棒」「子授石」という物があり、これらの石に触れると妊娠すると言われている。これは「石神崇敬」という物で、縄文時代に於いて行われていた物であり、それが現代にまで形だけ生き残った物である。縄文時代に一体どういうふうに祭祀で使用されていたかは解らないが、その祭祀で使用した物だけは未だに存在し続けているのだ。
 
 子授棒はペニスの形をした物で、子授石は円形か楕円形の石で、どちらもそんなに重くはない。普通の石というか、ちょっと変わった石である。しかし本人に或る程度の霊能力があると反応するので、物は試しで祭祀を受ける女性もいるが、霊能力のある女性だと真面目に成って受けたりする。
 
 子授棒や子授石の事を「非科学的だ!}と言いたい人はそう言えばいい。しかしこれらの石は2千年以上の歴史がある物なのであって、人々は子宝が欲しい時にこれに縋って子宝を得て来たのだから、その歴史を軽んじるととんでもない事になってしまう。不妊治療なんて物は戦後になって出来た物なのであって、歴史は想像以上に浅いのである。
 
 茨城県にも子授棒や子授石のある神社があるのだが、こちらの地方は古代に於いて歌垣の盛んだった所で、もしかすると子授棒や子授石は歌垣の際に祭祀の道具として使用されたかもしれない。歌垣に関しては大和朝廷の側の人たちが否定的な目で見た物しか残されていないので、実態は全く違っていたという事も有り得るのだ。
 
 子授棒は本来、新婦のお尻を軽く叩く物であったのではないか? 子授石は本来、新婦に貸し与えられる物ではなかったか? というのは、そのような民俗風習が各地の地方に残っているので、或る時期から子授棒や子授石は神社の所有物になってしまったと考えると、奇妙は風習と神社の遺物が融合するのである。
 
●子安講
 
 子安神社には「子安講」というのがあって、この子安講には既婚女性たちだけが加入でき、定期的に集まって、お喋りをするという事をやる。新婦にしてみれば、先輩のママさんたちにあれこれ聞かないと、妊娠や出産や育児に関する情報を欠く事に成るので、これは非常に重要な事であったと言っていい。
 
 子安講みたいな物がないと、既婚女性たちの会話というのは非常に低俗になってしまう傾向にある。常に子供たちと接しているかもしれないが、大人ならそういう話題で話をするのは許されない物でも平気でやったりする。だからちゃんと既婚女性たち用の組織を作ってあげないと、まともな会話が出来なく成ってしまうのである。
 
 この子安講、千葉県の歴史に於いては絶対に忘れてはならない物であり、徳川吉宗の享保の改革によって大飢饉が起こると、千葉県の人口は減少に転じたのだが、それを食い止めたのが子安講であった。子安講は江戸時代の後期の人口減少の時に大発展したのであり、それがあればこそ幕末に大量の人材を出す事になる。
 
 東北地方の諸藩は人口減少の時にまともな対策を取らず、それどころか間引きをジャンジャン行ってしまった。このため人口減少は更に加速し、幕末にjは優秀な人材を確保する事が出来ず、それで戊辰戦争で敗戦してしまったのである。長州藩でも薩摩藩でも藩が食料増産に力を入れていたので、それで人口が増大し、優秀な人材も豊富になったのと比べると、東北地方の諸藩は随分とバカな事をやってしまったと言える。
 
 人間は群生動物だから、「群生本能をどう満たすか?」というのは絶対に必要な事なのでり、もしも群生本能を満たさず、個人だけで妊娠しようとすると、妊娠する可能性が極端に低く成ってしまう。しかし母親たちの中に混じってしまえば、いとも簡単に妊娠して行く事が可能に成るのである。
 
●お婆ちゃんの腰巻
 
 千葉県の民間伝承には、もしも子宝がなヵなか授からないのなら、
 
「三代の夫婦が揃っている家のお婆ちゃんから腰巻を貰う」
 
という物がある。一見、なんの効果もないような話に聞こえてしまうのだが、実はこれ、非常に理に適った物なのである。
 
 腰巻を貰うという事は、
「腰を温めよ」
という事であろう。不妊症を発症する女性たちは薄着のために腰を冷やしている場合が多い。特にスカートは想像以上に腰を冷やすので、パンツを穿いた方がいい。腹を出すファッションというのは論外であって、そんな事をやればお腹も腰も冷えてしまう事であろう。妊娠したければ厚着をすべきなのであって、厚着をすれば体温が上昇するから、それで妊娠し易い体になっていくのである。
 
 もう1つは、
「母性愛を貰う」
という事であろう。如何なる女性も自分の母親からの母性愛だけで満足できる物ではない。他の年上の女性たちからも母性愛を貰わないと、母性愛を満たす事は出来ないのだ。他家のお婆ちゃんとはなんの血縁関係もないので、それで母性愛を貰い易いのである。
 
 第三に、
「分福」
であろう。三代も夫婦が揃っているという事は、その家は相当な量の徳がある以上、それを少し分けて貰う事によって、子宝を得ようとする。自分たち夫婦には徳がないので、そこに少しでも徳を貰うと、それが起爆剤になって徳が増加し始め、それで妊娠する事が出来てしまったりするのである。
 
 お婆ちゃんの腰巻を貰うというのは、多分、子授け石の変形であろう。元々は子授け石をやりとりしていたのだが、仏教が流入してきて、仏教の勢力が拡大すると、この手の物は迷信として片づけられてしまい、それで子授け石をやり取りする物から、お婆ちゃんの腰巻を貰うというように変化したに違いない。
 
 

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新シリーズ『タマティー天使の運命学研究所』開始!

●原稿提出後発病
 
 去年、小説を書き上げた後に疲労困憊してしまい、その時に風邪をひき、寝込んでしまった。しかも縒りによって風邪の菌がお腹の中に入ってしまい、それで下痢になり、一種間ほど「うどん」だけを食べて過ごした。そこまでして書き上げた物が当選すれば良かったのだが、結果はなんと、
「またもや落選」!
 
 これで「9戦9敗」。第一次選考すら突破しないので、ガクンと落ち込んでしまった。今回の作品は新人賞を取れると自信があったのだが、どうも出版社との相性が悪いのかもしれない。どんなにいい作品を出しても、出版社の好みと違ってしまえば、第一次選考すら突破するのが難しいのである。
 
 第10戦目は思う所あって、今まで一度も出していない出版社に変える事にする。というのは、これまで連戦連敗をしまくってきたので、一体どこの出版社が新しい小説に新人賞を与えているのかよく解るようになった。俺が今まで出してきた出版社たちはどちらかといえば古臭い小説に新人賞を出してきた。だから俺は落選しまくったという事になる。
 
 新しい小説は新しい文体を生み出さない限り絶対に作り出せない。俺はこのブログでせっせと記事を書いてきたので、文体が新しいのだ。しかし新しい文体で書いた小説に新人賞を与えている出版社は日本の数多くの出版社があっても、実はたった1社しかない。他の出版社たちは文体が全然新しくないのだ。
 
 だが、新しい文体を認めている出版社が出している小説を俺は買って読んだ事が無い。なんで買わないかというと、それは俺と好みが違うからだ。それゆえ俺は今までその出版社には出さなかった。それなのにその出版社に出すとなれば、これはギャンブルに成らざるを得ない。
 
●ブログの変化
 
 俺が小説の制作に集中していたために、このブログにも変化が生じてしまった。俺が小説を書きながら記事を書いているというのに、主力は小説の方に投入しているために、アクセス数が半減してしまった。しかもその最大の切っ掛けとなってしまったのは、俺が池田理代子の漫画に嵌ってしまった事だ。
 
 ま、確かに池田理代子の漫画は既婚女性たちには不要な物であろう。事実、妊娠出産育児には全く関係ない。つくづく池田理代子が赤ちゃんを産み育てていれば良かったと思った。しかし俺には小説の作成に於いて大いに参考に成るので、この辺りのギャップがこのブログにとんでもない変化を引き起こしてしまった。
 
 俺はブログの記事を書き、その上でコメント欄で運命鑑定をやっていたりするのだが、この運命鑑定の数が最近やけに増加してきた。余りにも数が多いので、時には運命鑑定を失敗し損ねたりしてしまったりと、運命鑑定の質も低下しつつあるのだ。ちょっと過剰労働になっているのが実情である。
 
 コメントの返事にしても、仕事が終わってからにすると、どうも集中力が切れているのか、いい返事をする事が出来なかったりする。それで翌朝に返事を出す事になるのだが、それはそれでいい返事を書く事が出来るのだが、かといって返事が多いと、他の作業に支障が出て来てしまうのだ。
 
 だからこのままでは「このブログは拙い」という事に成ってしまった。ピントがずれてしまい、ヒットしていないのに、負担だけが増えていくので、ブログを維持するために多大な労力を投入しているのに、成果が全然上がっていないのである。小説を制作した事がこんなとんでもない事態を引き起こしてしまった
 そこでこのブログを思い切って再編成する。受けているのは運命学関連の物なので、ブログのタイトルを
「タマティー天使の運命学研究所」
とし、その対象を成人女性たちに限定する。男性の読者たちには他の物を用意するので、このブログは成人女性専用にする事で負担を軽減する事にした。
 
●再編成
 
 ブログの再編成では、まず「運命学に特化」する事にする。運命学関連の記事を出来るだけ多く出すようにする。それ以外にも個人的に面白いと思った記事を出していく。かといって、既に書き終わってしまった物もあるので、暫くの間は運命学に特化した記事は出て来ない。
 
 次に「運命鑑定を記事として載せる」。今まで運命鑑定はコメント欄でやっていたのだが、運命鑑定を記事欄に載せる事で、記事を書く回数を少なくし、その代り、記事の質を高めるようにする。このため、運命鑑定を依頼した人は記事欄に堂々と載せられるので、それを覚悟の上で依頼してきてほしい。
 
 第三に「個人的なネタ」は依然と同様に出す。タマティーの個人的なネタは結構ファンが多い。かといって内容が強烈なので、それでドン引きしてしまう人たちも出てしまうのだが、そういう犠牲を払っても出す価値はあるであろう。運命学をやる余りに、無味乾燥なブログにはしたくない。
 
 コメントへの返事に関しては、「名無し」とか「通りすがり」とかいう者に対して返事をしないどころか公開もしない。このブログの記事が嫌なら見るなと俺は言いたい。ブロフは沢山あるのだから、自分が好きなブログを選んでみればいいのであって、見たくもないブログは見なければいいのである。
 
 運命鑑定の依頼には試練が必要なのだが、試練を受けたのなら必ずやり、その結果がどのような物であっても、きちんと報告して欲しい。たとえ試練に失敗したとしても、温情で合格にする事も有り得る。俺だって試練を出した以上、待っているのであって、なんにも返事をしてこない事の迷惑を考えて欲しい。
 
 
●乞うご期待
 
 小説の作成は長編小説なら、企画に1ヵ月、執筆に2ヵ月、冷却に1ヵ月、推敲に1ヵ月かかるので、本気で長編小説を書こうと思えば5ヵ月間はかかってしまう。だから俺は1年に1作品でいいと思っている。1年の内に何作品も書こうとすれば、質が落ちてしまうし、似たような物を書いてしまう事だろう。
 
 それと小説の制作はあくまでも「趣味」とする事にした。今まで様々な小説を読んで来たのだが、小説は小説家が書くべき物ではあるけれど、しかし俺が本当に面白いと思った小説は、それを書いた小説家は1年に1作品しか書いていない。それでは収入が不安定だから、他の職業をする事で生計を維持しているのだ。
 
 俺は現在、小説を書いていないのだが、その代り仏教に関する本を書いている。この本は400字詰原稿用紙で1000枚以上に成る予定なので、今年、最も力を入れている作品だと言える。この本を読めば、釈迦が一体何を悟ったかが解る事であろう。仏教では出鱈目な学説が出回っているので、俺はそれを一掃したい。
 
 それと今は企画段階だが、運命学の本も書こうと思っている。意外な事かもしれないが、運命学を本格的に研究して書かれた本というのは無い。或る特定の占いを深く研究した物はあるのに、運命学として学問を確立した物はないのである。だからこの手の本を書く必要性があるのだ。
 
 昭和憲法体制では「宗教」とか「占い」とかは否定的な扱いを受けてしまっている。だから「無宗教」を唱える人や、「占いなんて信じるの?」と平気で言ったりする人たちが出て来る。しかし結婚するば解るだろうが、不思議としか言いようのない出会いによって結ばれたりするのだから、宗教や占いというのは絶対に必要であり、そういう物があれば人生を成功させる事が出来るが、そういう物がなければ想像を絶する苦しみを味わう事になってしまうのである。
 

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通字に対する素朴な疑問

●「子」はどうなの?
 
 日本人の名前の中には、通字として使用したつもりはないのに、事実上通字の影響が出て来てしまう物がある。こういう場合、通字として使用していなくても、通字が引き起こす様々な現象を知っておかないと、とんでもない災害に巻き込まれてしまう事になる。但し、事実上の通字では宗教も理念も関係ない。
 
 女の子の名前では、
「子」
がその代表例であろう。「何子」「何々子」と子を付けてしまうのだが、これは通字ではないのに、事実上の通字に該当する。しかし子は「この家の子」を意味するので、結婚するまでは大した変化は出て来ない。だが結婚しないと、とんでもない事になってくる。
 
 まず日本人女性の名になんで「子」が好まれるのかというと、名に子を付けると、締まりが良く成り、資産を形成できる事、それに子宝に恵まれ易くなるからだ。もしも母子の名に子があれば、母子の関係は良くなるし、姉妹の名にも子があれば、姉妹の関係も良くなる。それで名に子を付けるのが好まれるのだ。
 
 しかし娘が結婚しないとなると、事実上の通字の魔力が作動し始め、その女性はどうやっても自立する事が不可能になってしまう。だからフェミニズムに洗脳され易くなってしまう、事実、日本のフェミニストたちの大ボスである「上野千鶴子」にはやっぱりと言いたくなるほど、名に「子」が入っている。
 
 夫婦が娘の名に子を付けたのなら、その娘は結婚して家を出て行くのが義務なのであって、結婚適齢期を過ぎても結婚しないなら、お見合い結婚に切り替え、家から追い出してしまうようにすべきなのだ。通字の魔力が家族の方に向けば、母子共々死んでしまう事だって有り得るのである。
 
●「郎」はどうなの?
 
 男の子の名では「郎」が事実上の通字になってしまう。「太郎」「次郎」「三郎」とはよくある名なのである。「太郎」とは「長男」、次郎は「次男」、三郎は「三男」の事であり、これらも結婚するまでは大した変化は出て来ない。しかし30歳を過ぎると、事実上の通字の悪影響が出る事も有り得る。
 
 まず親子間や兄弟間で「郎」を使うと、仲は非常に良く成る。仲睦まじい関係を築いて来るのだが、その仲の良さが或る時期を境に一変する事になってしまう。「郎」の字を持っている者同士で潰し合いをやり始め、誰かが死ぬまでその戦いをやめる事がなくなってしまうのである。
 
 最も有名な例では、
 
石原慎太郎
石原裕次郎
 
の兄弟であろう。石原慎太郎は『太陽の季節』で芥川賞を取り大ブレイクし、それに続いて石原裕次郎も映画デビューして大ブレイクした。本来なら、兄弟が大成功したのだから、それで万々歳と思いきや、石原裕次郎は癌を発症して入退院を繰り返し、治療の甲斐なく早死にしてしまった。
 
 日本人男性の名になんで「郎」の字が好まれるのかというと、健康に育ち易いからだ。男の子は女の子と違って免疫力が低く、それで死亡率が高い。だから親としてはせっかく産んだ子をしなせないために「郎」の字を付け、健康な子供に育ってくれるようにしたのである。本来、「郎」の字は幼名で使用される物だが、幼名の概念が失われると、成人後も使用される事になってしまい、それで問題を引き起こすようになってしまったのである。
 
 両親が息子に「郎」の字を付けたのなら、健康に育った暁には、「健康には気を付けろ」と注意しておかなければ成らない。健康だからこそ健康を過信し、それで深酒をやったり、荒淫をやったり、徹夜をやっていれば、病気になるのは当然であり、それで早々と死亡してしまう事になるからだ。
 
 
●「襲名」はどうなの?
 
 歌舞伎とか落語とかで襲名という物があるけど、襲名すれば全て通字になってしまう。しかし襲名は通字とは全く別なのであって、襲名をやっても通字になる事はない。商人や農民の中には、家督のある者は代々同じ名前を襲名する所があるのだが、襲名した名前とは別に本名があるのだから、通字の効果は出て来ない。
 
 襲名をした場合、
「型を維持する」
というのがとても大事に成って来る。型を相続するからこそ、その職業を維持する事が出来る。それと同時に型があれば新たな創造をして行く事ができる。しかし型を破壊してまで行う新しい創造ができなくなってしまうのであって、型を相続したのなら、それを大事に守り、後継者に相続させていかなければならないのだ。
 
 襲名をやるような家は名家に該当するのだから、
「嫁選びを絶対に間違えてはならない」
という事が求められる。結婚相手は良家の娘に限定すべきであって、他の家から貰うような
事をしてはならない。
 
「屋号」は家に重点を置いた襲名のような物で、屋号があるから屋号は大事に継承した方がいい。屋号があると、その屋号が霊力を発揮してくるので、それでその家は存続して行く事が出来るし、子孫も繁栄していく事になる。尤も屋号を相続できるのは本家だけだから、分家には新たな屋号を用意してあげないと、一族は繁栄していかない。
 
 歌舞伎や落語が日本の伝統芸能に成ったのは、襲名や屋号があるからであろう。宝塚歌劇団には襲名とか屋号がないので、それで日本の伝統芸能にはならないのである。タカラジェンヌが襲名とかすれば面白い事に成るのだろうけど、日本の伝統が解っていないから、そういう事が出来ないのだ。
 
●大家族よりも密集型の核家族集団
 
 昔のように農業をやり、しかもその農業が重労働の物であるなら大家族にする必要性もあったが、現在では農業ですら機械化が進み、重労働ではなくなっている以上、敢えて大家族にする必要性はない。それよりも子供たちが結婚したら家を追い出しつつも、近所に住まわせ、密集型の核家族集団を作った方がいいという事に成る。
 
 こういう事をやれば、通字であってもその危険度をかなり低く抑える事が出来るのであって、通字の良い部分を発揮していく事が出来る。通字が恐ろしいのは、死者が出てしまう事も有り得るという事なのであって、だから通字はやめた方がいいのである。「子」だって「郎」だって、事実上の通字として機能してしまうからこそ、油断できないのだ。
 
 家族が家族として機能するためには、親子や兄弟は近くに住んだ方がいい。遠く離れれば離れるほど、家族としては機能しなくなってしまうのである。通字は家族である事を解らせるために必要な物であるが、かといってその使い方を誤ると非常に危険な事になってしまう。
 
 家族を最重要の価値に置く儒教は通字を禁止した。ところが日本では儒教と通字が結びついて全国に広まっていったのである。「子」を有する女性は、「この娘はうちの子だ」という意味になるし、「郎」を有する男性は、「この男の子はうちの子だ」という事になる。通字も事実上の通字もそれが便利で使い易かったからこそ、人々は使用し続けて来たのである。
 
 通字はそう簡単には無く成らない物であろう。事実上の通字は更になくならない物であろう。だから通字とは何かを研究し、それを理解する事が必要なのである。通字は危険な物であるかもしれないけれど、なぜだか日本人は使い続けてきた物なのであって、日本人なのに何も知らないではダメなのである。
 
 
 

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通字の研究 愛情編

●夫婦の名前を一字ずつ
 
 庶民レベルで通字を使用する場合、宗教的理由などなく、「愛情」を理由に行う事であろう。その夫婦は我が子を愛しているからこそ通字を行うのだが、そういう愛情があるからこそ、この通字は非常に厄介なのである。通字をやって巧く行った時はいいが、通字をやってしまったがために最悪の事態になれば、もうどうにも後悔しようがないのだ。
 
 最近の夫婦で一番多いのが、夫婦の名から一字ずつ取って、我が子の付けるやり方であろう。そういう名前を見た瞬間、
「この人は両親の愛情をたっぷりと貰って育ったんだろうな~」
と解る。事実、本当に愛情たっぷりと育っているから、それなりに高い能力を持った人に成長してくる。
 
 しかしそれで巧く育ってくれればいいのだが、通字があるために、女性だったら、
「行かず後家」
になってしまったり、
「結婚後に問題が出て来てしまった」
という事も有り得る。通字があるなら、とにかく結婚させて家の外に追い出すべきであり、結婚したのなら「絶対に戻って来るな」と釘を刺して嫁に出さないといけない。
 
 男性の場合、特に長男なら家督を継承する訳だから、両親との縁が切れる事はない。こういう時は同じ家に住むのではなく、息子たちの家族は他の家に住まわせて、それで通字の魔力を軽減させるようにしなければ成らない。もしも一緒に暮らしていれば、一家全滅も有り得るのである。
 
 大体、夫婦の名を一字ずつ取って命名するというのは、他に子供が出来たのなら、一体どうするんだという話になる。夫婦が愛し合っているのはいいが、愛し合っているのなら、
「子供は沢山産もうね」
とか約束して、1人っ子で終わってしまうような命名の仕方はすべきではないのだ。
 
 
●父親の名の一部を与える
 
 次に多い例が、父親の名の一部を息子に与えるという物で、通字の定則のように、
「一番目の字は一番目に」
「二番目の字は二番目に」
という事なら、通字本来の結果が得られる事に成る。この手の通字は「この子は俺の子である」という事を意味するためにやるのであろう。
 
 しかしこの手の通字には神道も儒教もないのであって、だから神道や儒教を奉じる必要性が出て来る。神道なら神社に参拝する程度でいいが、儒教となると四書五経を読むという事をしなければ成らない。せめて通字で使用した漢字の意味ぐらいは調べておくべきであって、通字をしたはいいが、その漢字の意味すら知らないではダメなのである。
 
 もう1つは、
「自分たちの家族に理念はあるのか?」
という事に成る。通字は家族に理念がなければ成らないので、我が子に自分の名の一部を使わせる以上、家族の理念を作り出して、「俺の家族はこういう家族なんだよ」という事を子供に教えていかなければならないのである。
 
 通字をやると、親子は同じ漢字を使っているので、子供が幼い内は非常に仲がいい。ところが息子が思春期になると、親子が巧く距離を取らないと、息子はありえないほどの反抗をしてくる事になるので、子供が12歳を超えたら、もう子供扱いをしてはならない。父親だからこそ、我が子を大人に準じた者と看做す事が必要になってくるのだ。
 
 息子が結婚したのなら、親子が一緒に住むような事をしては成らない。通字は親子共倒れを引き起こす可能性があるので、家は別々にしておいた方がいいのだ。その反面、親子の結束は想像以上に堅いので、それを巧く活かして、一族を繁栄させていくようにすればいい。
 
 
●変則
 
 通字の中で一番恐ろしいのは、通字の変則であって、
「一番目の字を二番目に」
「二番目の字を一番目に」
という事をやってしまうと、危険度は一気に上昇してくる事に成る。この手の通字は近代以前にもあった。しかし近代以降になると、なぜだかこの手の通字が異様に多くなってしまうのである。
 
 まず父親の名の一番目の字を息子の名の二番目にするというのは、
「使い古し」
をやっているといえば解り易いかもしれない。その通字は父親の代で使い切ってしまった物なので、それを息子に与えても、息子はパワー不足で苦しむ事に成ってしまう。
 
 例が北朝鮮なので、例えが悪いのだが、朝鮮労働党の第一書記は、
 
金日成→金正日→金正恩
 
の親子三代で継承している。金日成の本名は「金成柱」なので、その後「金一星」に変え、更に「金日成」を名乗った。金日成自身、自分の名前に於いて通字をやっている事に成る。息子の金正日は、「父親殺し」を敢行したり、「拉致事件」を引き起こしたり、「経済を悪化させた」りと、金日成の功績を全て台無しにしてしまった。
 
 次に父親の名の二番目を息子の名の一番目にするというのは、名の内、一番目を70%、二番目を30%とすると、一番目の字が通字の場合、30%しかないのだから、それで
「60%の出力」
しか出ない事になってしまう。だから通字の中でもこのパターンが最も危険であると言える。
 
 しかしこの危険な通字も、或る方法を使うと巧く行く事に成る。江戸幕府の将軍家は、
 
綱吉→家宣→家継→吉宗
 
と継承していくのだが、吉宗は綱吉を支持する勢力から擁立されたので、実際は、
 
綱吉→吉宗
 
の関係になる。危険な通事でも、家を再興させる役割を与えると、本当に再興させてしまい、「中興の祖」と言われるように成る。
 
●対策
 
 父親と息子とでは違う役割が課せられる事に成る。だから親子では通字など使用しない方がいい。父親の代で良かった漢字でも、息子の代になればそうではない事も有り得るのだ。しかも通字によって漢字のパワーが落ちてしまえば、本来の力さえ発揮できない事になってしまう。
 
 もしも通字を使用するなら、通字の使用の仕方をよく理解してから行うようにしなければならない。通字は使い方を誤ると非常に危険な物だから、無知では困るのである。親子共倒れになってからでは、もう子孫は絶えてしまうのであって、取返しの着かない事態に成ってしまうのだ。
 
 通字は改名すれば解消できるから、改名できるのなら改名した方がいい。後、子供を多く生めば、家族の中に通字があっても多少和らぐ事に成る。そして早くに家から出すという事をすべきなのであって、いつまでも同じ家に住むような事をしては成らない。通字を使用すると、親子の仲が良く成ってしまうので、だからといって長々と一緒に居ていい訳がないのだ。
 
 愛情なんて物は誰でも持てるし、自分だけが特別に持っている物ではない。しかも愛情は消える時は消えてしまうのであって、そんな物に重点をおくべきではないのだ。家族を存続させていくためには「理念」があった方が良く、通字をやるくらいなら、家族の理念を考え出す事をすべきであろう。
 
 自分たちの家族に理念があれば、自分たち夫婦の代では出来なくても、二代目、三代目とやっていけば、様々な事業を成就させていく事が出来る。だから大事なのは理念であって、他の物ではないのだ。通字は現代でもあっていいが、通字をやるくらいなら理念を考えて、それを相続させていった方が安全だし、確実に出来る物なのである。
 

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通字の研究 王侯貴族編

●通字とは何か?
 
「通字」とは人の実名に於いて先祖から代々付けられる文字の事である。起源は中国になり、「諱」で「忌字」を避けるために、逆に氏族内で「共通の文字」を定めて、その文字を諱で使用したが始まり。中国では南北朝時代から始まった物で、それが日本では平安時代から広まっていった。
 
 運命学の研究をやっている者としては、
「通字は非常に危険である」
と言わざるを得ない。家族内で通字をやってしまうと、死者が出たり、それだけでなく、共倒れが発生してしまうからだ。
 
 日本では天皇家も貴族も武士たちも全員「通字」をやる習慣があったので、それで近代化以降、庶民の間にも通字が広まってしまった。先祖が公家とか武家とかなら通字をやる習慣があっても、先祖が庶民だというのに通字などすべきではないのだ。通字はそれをやる必要性があるからこそやっているので、ただ単に思いつきでやっているのではないのである。
 
 まず儒教では通字というのを禁止する。家族内で通字を使えば、「父子の親」や「長幼の序」を崩す事に成るので、それで通字はダメという事に成る。ところが日本では儒教を本格的に受け入れなかったので、通字は儒教の裏付けを得た物に成ってしまった。だから通字は儒教なくして使用してはならないものなのである。
 
  なんでこんな「歴史の逆説」が生じてしまったのかといえば、日本の歴史学では氏族制社会が大宝律令の制定と同時に終わったとされているのに、実は律令制と並行する形で氏族制社会は生き延びていたのであって、それで儒教と通字が結びつくという、中国では絶対に有り得ないような事が起こったのだ。
 
 
●天皇家の場合
 
 天皇家の場合、通字は「仁」になっている。
 
睦仁→嘉仁→裕仁→明仁→徳仁
                   文仁
 
「仁」は儒教的に言えば「人を愛する事」であり、天皇は君主だから一視同仁で以て国民に接する事に成る。仁があればこそ歴代の天皇たちは全て戦争に反対してきたし、戦没者たちの慰霊を盛んに行っているのである。戦後の学者たちのように「戦前は国家神道があって」なんて言っていると、天皇家がしっかりと儒教を奉じてきた姿が全く見えなくなってしまう。
 
「仁」は訓読みで「ひと」だから、神道的には「霊の留まる者」という意味になり、はっきりと言ってしまえば「「現人神」を意味する事に成る。天皇は「人神」ではないが、「現人神」なのであって、皇祖皇霊の神霊を有する者なのであり、昭和憲法体制の洗脳によって「昭和天皇は人間宣言を出したじゃないか!」と反論してくる者は、自分が洗脳されている事に全く気付いていないのである。
 
 日本に於ける通字というのは、飽くまでも儒教と神道が習合した産物なのであって、なんの宗教的背景なしに存在している物ではない。天皇家は明確な理由があって通字を用いている。だから天皇は立憲君主として存在し続ける事が出来たし、今後も天皇制は揺らぐ事がないであろう。
 
 しかし通字が全て良いとは限らない。明治天皇の時には日清戦争と日露戦争が、昭和天皇の時は支那事変や大東亜戦争が起こっている。大正天皇の時は関東大震災が起こり、今上天皇陛下の時は阪神淡路大震災と東日本大震災が起こっている。このパターンで行くと。皇太子殿下が天皇に即位すると、日本は戦争をしなければならない事に成るであろう。
 
 天皇家は親子が皇居内に同居していない。通字を使用すると、親子共倒れが発生する事も有り得るので、それでその危険性を防ぐために同居をしていないのである。但し、東宮御所のある場所が悪く、東宮御所の北西に創価学会の本部や慶應義塾大学の医学部があるので、それで国政では公明党が想像以上に強く、慶應卒の人たちが学閥を振り翳して来るのだ。
 
●平氏の場合
 
 平氏の場合、通字は「盛」になっている。
 
正盛→忠盛→清盛→重盛→維盛
               基盛  資盛
               宗盛
               知盛
               重衡
               知度
               徳子
               盛子
 
 平氏の氏長者になるためには名の二番目に「盛」が必要だが、それ以外の人たちは必ずしも必要とされていない。平氏は一族の結束が固いと同時に、様々な人材はいたのはそのためであろう。かといって、通字を連続させていくと、権力が減少していくので、それで平氏は滅亡してしまったのである。
 
「盛」は儒教的に言えば「盛徳」であり、「盛徳」とは「盛んな徳」「高く優れた徳」を意味する。平氏が院政に巧く取り入りつつ、日本初の武家政権を築き上げたのはこのためである。徳を表すためには戦争も辞さないのであり、それで戦争にも強かったのだ。尤も平氏たちが貴族化してしまうと、戦争にはからきし弱く成り、それで源氏の反攻が始まると、連戦連敗をし続けてしまったのである。
 
「盛」は神道的に言えば「守」であり、それで厳島神社に寄進しまくったりしている。もしも平氏が藤原氏を真似て、自分達の一族から神職者たちを輩出していれば、平氏の運命は随分と変わった事であろう。日本を支配していくためには、宗教を押さえていく事が絶対に必要なのだが、下手に自分たちは武家であるという意識を持っていたので、それが解らなかったのである。
 
「盛」の本来の意味は「皿に農作物を満たして神への捧げ物とする」という意味なので、平清盛が出家して入道になってしまったのは、これこそが致命的なミスという事になる。平氏は仏教とは縁のない人たちなのであって、それなのに仏門に帰依してしまったからこそ、平氏は滅亡してしまったのである。
 
 平清盛は当時権力を持っていた仏教勢力に対して抑制に努め、必要とあらば仏教寺院の焼き討ちを行った。これによって「仏敵」とされ、平氏の悪評は決定的になってしまったが、この政教分離路線は鎌倉幕府に引き継がれ、織田信長の安土宗論で、政教分離は決定的に成る。だから日本史に於いて画期的な人物であったのである。
 
●源氏の場合
 
 源氏の場合、通字は「義」になっている。
 
義家→義親→為義→義朝→義平
                   朝長
                   頼朝→頼家
                              範頼  実朝
                                義経
 
 源氏の通字の使い方は法則どおりではない。義家と義親は法則どおりなのだが、為義は通字が二番目に来て、義朝は通字が一番目に戻っている。だから源氏は平氏に遅れを取ったといえる。通字では名の二番目の字を名の一番目の字にする事は非常に危険なので、それで義朝は平治の乱で横死し、源氏は雲散霧消してしまった。
 
「義」は儒教的に言えば「正義」であり、源氏は戦争に正義を要求したからこそ、戦争には強かった。「義」は「君臣の義」でもある以上、それで御恩と奉公の関係が形成され、それが鎌倉幕府を作り上げていく事に成る。平氏では義を重んじないから、それで幕府を作り出す事はなかったのである。
 
「義」は神道には「葦」「良し」「吉」などを意味する。葦はどこでも成長するがゆえに、源氏は全国各地で繁栄していった。良い事をするよう求められているからこそ、義平のように「鎌倉悪源太」と名乗ると殺されてしまう事に成る。吉によって幸運が得られ、それで義朝は死んでも、息子たちが生き残る事が出来た。
 
 義朝は自分の息子たちに義平には「義」を、頼朝には「朝」を与えている。頼朝はこれに倣って頼家には「頼」を、実朝には「朝」を与えている。しかしその結果は親子共々全員殺されてしまうという最悪の事態になってしまった。通字の場合、1つでいいのであって、2つもやるべきではないのだ。
 
●通字の功罪 
 
 通字は神道と儒教なくして有り得ない物であって、神道と儒教を奉じているのなら、通字を使ってもいい。しかし通字には長所があると同時に短所もあるのであって、使い方を誤ると非常に危険であるという事だけは知っておいた方がいいだろう。使い方を誤ると死者が出るからこそ、何も知らないで通字を用いるべきではないのだ。
 
 通字の良い点は「一族の結束が得られる事」である。一族の者たちがバラバラではなんの威力も発揮できないが、纏まれば歴史を変えるほどの力を得る事が出来るのである。しかも「一族の理念」が通字を通して伝えられる事に成るので、それでその一族は確実に繁栄していく事が出来るように成る。
 
 しかし通字には欠点もあって、「一族が多彩な人材を有しない」のであって、それで足りない人材を他の一族から用いなければならない。だから結婚によって他の一族を取り込んで行かなければならず、結婚相手を間違えたり、離婚しているようでは、いずれ人材不足が決定的に成ってしまうのだ。
 
 通字の恐ろしい所は一族で骨肉の争いを始めて殺し合ったり、一族が全滅してしまう事があるという事であろう。平氏は栄耀栄華を極めたのに滅亡してしまった。源氏も鎌倉幕府を作り上げたのに3代で滅亡してしまった。天皇家が存続しているのは、通字を名の二番目だけに用いている事であって、しかも結婚すればすぐに皇居から追い出すという事をやっているからである。
 
 偉大な事業であればあるほど、一代で成すのは不可能であり、何代もかけて行っていかないと、決して達成する事が出来ない。自分たちの一族が何か特定の事業に取り組んでいるのなら、通字は使用しても別に問題はない。しかし特定の事業がないなら通字など用いるべきではないのだ。
 

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もしも命名を間違えてしまったら?

●間違う原因
 
 我が子に命名する時、殆どの夫婦は熟慮し、よく話し合った上で行う物から、そう簡単に間違う事はない。しかし中には間違った名を付けてしまう場合もある。これは故意で間違えたのではなく、過失で間違えたのであって。だからこそ逆に間違いに気づいた時に大いにショックを受けてしまう事に成る。
 
 命名を間違う最大の原因は「適当に命名してしまった」事である。妊娠してから出産するまでたっぷりと時間があるのだから、名前をあれこれと考えていけばいいのに、雑事に追われて考える事をしないからこそ、出産してからドタバタしてしまい、それで適当に命名してしまう事になってしまう。
 
 もう1つの大きな原因は「考えすぎ」であって、名前を考えたはいいが、考えすぎてしまい、それで明らかに失敗と判定されるような名を付けてしまうのである。自分が幾ら考えても妥当な結論を得る事が出来ないなら、誰かに相談すればいいのであって、それをせずに自分1人でやってしまうからこそ、こういう事態を引き起こしてしまうのだ。
 
 命名に於いて「生半可な知識」という物は逆に危険であり、姓名判断を少し齧った程度で、いい名前を作り出そうとすると、逆に姓名判断に於いて絶対にやってはならない事をやってしまい、それでダメな名前を付けてしまったりする。姓名判断で飯を食っている人がいる以上、姓名判断の事は一応聞いてみるべきであって、その僅かなお金をケチるからこそ、変な名前を付けてしまうのである。
 
 妊娠中には不思議な事が多々起こるのであって、その中でも「胎児は母親に自分の名前を教えてくれる」という不思議な事が起こる事もあるので、その名前こそ、その子の名という事に成る。だが女性なのに「女の直感を信じない」人は、折角、名前を教えて貰ったというのに、自分の理性で考えた名前を付けてしまうというヘマをやらかす。
 
●対処法
 
①改名
 もしも命名を間違えたと解ったのなら、とっとと改名してしまえばいい。改名の続きは非常に面倒な物だが、悪名を付けてしまったがために死ぬような事があれば、取返しのつかない事に成ってしまうのである。改名するかしないかは夫婦が決める事であり、後は自分たちが決断するか否かであるのだ。
 
②幼名にしてしまう
 命名した名前をすぐさま変えたくないというのなら、その名前を幼名にしてしまい、改名は元服後以降にするという手もある。もうその頃には子供の方も物心ついているだろうから、子供に自分の名前の危険性を教えて、その上で改名していけばいい。幼名の段階では両親に守られるから、そう簡単に死ぬ事はないから、それで改名を遅らせてもいいという事に成る。
 
③子供を多く生みまくる
 名前がどんなに悪い物であっても、母親が赤ちゃんを多く生みまくれば、下の子たちの影響を受けて、悪い作用が減少する。だからどんどん赤ちゃんを産んでいくべきであって、絶対に1人っ子とかにしてはならない。兄弟姉妹がいないと、名前の悪い部分が思いっきり作用してしまう事も有り得るのだ。
 
④危険な事をしない
 悪名を持っているという事は、重病に罹り易いし、事故死し易いし、殺人事件に巻き込まれ易いという事である。特に気を付けるべきは「水」であり、お彼岸だとかお盆とかに水遊びをしていると、いとも簡単に溺死してしまう事に成る。俗に言う「神の間引き」という奴であって、悪名を持っているからこそ、この世で生きる事が許されないのである。だから危険な事をしないようにさせなければ成らないのだ。
 
⑤宗教を大事にする
 悪名は死亡率が高いのだが、それでも宗教を大事にしていると、死亡率を大いに引き下げる事が出来る。自宅で宗教書を読ますとか、参拝するとか、お守りを持たせるとか、そういう事をする事で、死んでしまう事を防ぐのである。逆に言えば、宗教を蔑ろにしてしまうと、本当に呆気ないほど簡単に死んでしまう事に成る。
 
●表層か深層か?
 
 命名の問題は「表層か深層か」という事も見極めなければ成らない。よくありがちな表層の問題は、姓名判断の本では旧字体で占うように言われていたので、それで旧字体で命名してしまったが、実際の生活では新字体を使っているので、それで結果的に不幸が発生してしまった場合である。
 
 姓名判断は普段使用している名前で判断する物であって、旧字体で判断する物ではない。それなのになんで旧字体を主張している流派があるのかといえば、戦前までは旧字体を使用していたので、それで旧字体を使用している人たちには効果があったからだ。今はもう新字体ばかり使用しているのだから、新字体で占うべきなのである。
 
 
 深層の問題になると、親の宗教心に問題があるとか、夫婦の相性が致命的にまで悪いとか、先祖が罪悪を起こしたとか、そういう事で悪名を付けてしまったという事に成る。こうなってくると、間違った命名が問題なのではなく、その背後にあるより深い問題を解決しないと本当に解決になる事はない。
 
 もしも子供の名前がまともに読めない物なら、深層の問題があると判断していい。だから、
「命名した際には音読してみろ」
と言われるのである。紙に書いてみていい名前であっても、音読してみるとどうも巧く行かないという事があるのであって、音読というのはとても重要なのである。
 
 先祖が功徳を積み、夫婦の相性が良く、まともな宗教心があるなら、絶対に命名を間違える訳がないのだ。命名を間違えたという事は、本当にそれが表層の問題ある時もあるが、中には深層の問題の時もあるから、ただ単に対策を打てばいいという物ではないという事を知っておくべきなのである。
 
●悪い名だからといって悪いとは限らない
 
 悪い名は確かに悪い物なのだが、しかし悪い名だからといって悪いとは限らない。悪い名は不幸を経験する事で毒消しに使用する事が出来、多少なりとも不幸が発生するが、死ぬほどの不幸でないなら、それが毒消しに成って、大人になってから幸福に生きて行く事が出来るのである。
 
 人口減少に見舞われた江戸時代後期には、意図的に悪い名を付ける事が流行した。飢饉や疫病で子供たちが死んでいくので、悪には悪で対抗する事によって、死なないようにしたのである。勿論、悪い名は悪い物だから、大人に成ってから改名しさえすれば、逆に幸運な人生を歩む事が出来るように成るのだ。
 
 それと女の子には「嫁入り」という手段があるので、結婚によって改姓すれば、それで良い名前になってしまう事も有り得る。下手に名前がいいと、いざ結婚しようとした時に、どうしても運勢が落ちてしまう名前に成ってしまったりするので、それで結婚できなく成ってしまったり、結婚しても結婚後に不幸が発生してしまったりするのである。
 
 男の子であっても、婿養子に出してしまえば、苗字が変わるのだから、それで前の名前では悪かったのに、結婚後の名前は実に良い名前に成ってしまったりする事も有り得る。婿養子の場合、その家を存続させるだけでなく、家運を隆盛させなければ成らないので、下手に結婚する前の名前が良いというのは拙いのである。
 
 奥の手として「離婚」という選択肢もある。子供の名前が余りにも悪い場合、実は産んだ時点で離婚が予定されている事も有り得る。そういう時は育児をしていく過程で夫婦仲に亀裂が入り、それで泣く泣く離婚に至ってしまう。勿論、こういう離婚は離婚によって子供たちの名前が良くなればの話だから、子供たちが良い名前だというのに些細な事で離婚するような事があっては成らないのだ。
 

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