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小学校教師の欠点 国語編

●小学校の教師たちは文系
 小学校の教師たちは基本的に文系であり、文系だからこそ、小学校の教師として使える。人文こそ学問の基礎に成っている物なので、小学校教育では文系の人たちの方が適している。自然科学は中学校からやっても充分に間に合うのであって、まずは人文で基礎を固めた方がいいのだ。
「人文」とは「文献に対する解釈学」の事である。歴史的に価値のある文献を研究する事によって人間の本性を研究していく。具体的に言えば「一般教養」であり、知識人として知っていなければ成らない事は知っていないといけない。一般教養があればこそ、専攻しても、偏った研究には成らないのである。
 
 この人文をより自分を高める事に使う事を「自己修養」と言う。日本は江戸時代に儒学によってこれを行った。だからすぐさま近代化できたのである。中国や朝鮮は儒学ではなく儒教であり、科挙に合格するために勉強していたからこそ、この自己修養が全くなかった。それで近代化に遅れてしまったのだ。
 
 現在の大学では、一般教養を教えはするが、自己修養はやっていない。社会主義の流行によって自己修養は完全に破壊されてしまった。これは外国でも同じで、せいぜいイギリスのオックスフォード大学で細々と行われているにすぎない。だから禄でもない学生たちが大量に発生してしまうのである。
 
 ちなみに「人文科学」という物はない。人文は科学ではない。人文では実験して実証をしていく事はできないからだ。それゆえもしも「人文科学」という言葉を使っている者が居るなら、「この者は人文を全然理解していない」と即断した方がいい。一般教養もなければ、自己修養もできていない、「大学を出たバカ」にすぎないのだ。
 
●大和言葉と漢語
 大学できちんと人文を教えていないので、小学校の教師たちが行う国語教育には重大な欠点が存在する。日本人なのに国語を理解していないので、そんな者が教師になって生徒たちに教えるのだから、幾ら教えたとしても生徒たちは理解できる訳がない。「国語は良く解んない」という生徒たちが結構居る物だが、それは正しい意見であるのだ。
 
 まず日本語の文法は縄文人が使用していた物であり、そこに匈奴系のウラル=アルタイ語の文法が後から付け加えられた。単語は呉人たちの言葉が訛った物であり、それが大和言葉に成った。漢字の大量輸入が始まると、漢字をそのまま使用し、日本語化して日本人の間だけで通用するようにした。
 
 例えば「三輪大社」の「三輪」とは、
「廟」→「みゃおう」→「みわ」
と変化していった物である。だから神社は基本的に霊廟であるという事が解る。仏教のお寺は「菩提寺」として入ってきたので、それで神仏習合が可能になったのである。ちなみに「お寺」はパーリ語で「長老」を「テーラー」と言ったので、それで「てら」に成った。仏教公伝以前に、日本の仏教は直接「カシミール」から伝来したからこそ、そうなったのである。
 
 日本語を正しく使いこなすためには、古語や現代語の勉強は絶対に欠かせない。古語辞典や国語辞典を読んで、大和言葉を覚えていくしかないのだ。それに漢字の勉強も欠かせないのであって、漢和辞典を読んで、漢語を覚えて行くしかない。漢字の発音には「呉音」「漢音」「唐音」があるので、この違いが解ると、漢字の理解度が格段に上がる事に成る。
 
 小学校の国語の授業では、そんなに難しい事は教えないので、とにかく「古語辞典」「国語辞典」「漢和辞典」を壊れるまで読んだ方がいい。勿論、授業の準備も必要だが、それは別に大した事はないであろう。そんな事よりも、教師自身が正しい日本語を使いこなせるようにならないと、国語の授業は巧く出来ないのである。
 
 
●国文法
 昭和憲法体制下では、占領軍の意向によって、国文法の授業が廃止されたままであり、未だに復活していない。だから小学校の教師と雖も、国文法の授業を受けていないのだ。国文法はせめて1年間はみっちりと習わないと物に成らない。日本人だから国文法を日々使用しているのだが、だからといって、学術的な事を解っている訳ではないのだ。
 
 国文法は、
「名詞文」
「形容詞文」
「動詞文」
という3つ文型からなる。なんでこんな事になってしまったのかといえば、縄文人が使用していた文法をそのまま使用しているからである。縄文人は日本列島で発生したのであり、「日本人はどこから来たか?」という愚問を発している限り、国文法を理解する事は決してない。
 
 これだと動詞文は単純な物に成ってしまうので、日本人は漢籍を読む事で、文章力を鍛えてきた。だから中国古典を読まなければならないのだ。中国古典は中国人たちにとって古典なだけではなく、日本人にとっても古典であり、日本人だからといって、日本の古典ばかり読めばいいという訳ではない。
 
 日本語では動詞が文章の後ろの方に来るので、日本語では「考えながら喋る」事が出来る。それだけ脳と言葉が近いのだ。しかし英語は動詞が文章の前の方に来るので、英語では「喋る前に内容を決めないと喋れない」。それで英語を母国語とする人たちは、必ず喋る前に間を置くのである。
 
 日本語は優れた言語なのだが、国文法が解っていないと、人の話を聞いていない人たちが出て来る。喋りながら考える事が出来るという事は、聞きながら考える事が出来てしまうので、それで人の話を聞いていないのである。もしも、
「そんな話、聞いてないよ~」
と言われたのなら、
「あなたは私が言った事を全然聞いていなかったんですね」
とやり返すしかないのだ。
 
●論理構成
 一般教養では「論理学」を学ばなければならないのが、この事を理解していない人たちが圧倒的である。大学では、一応、論理学の講座があるのだが、大概の学生たちは受けない。たとえ受けたとしても、全然面白くないから、頭の中には入ってこない。そういう事では、論理的に喋る事は出来なくなってしまうのだ。
 
 実際に使用される論理学では、論理という論法であり、
「結論先行」
「三段論法」
「四段論法」
程度であり、少なくともこれらは知っておいて欲しい。
 
 結論先行は自然科学の論文ではこれが用いられる。ビジネスでもこれを使用するのが殆どであろう。あれこれ理由を言われても、「結論は一体なんなんだい?」と聞き返される事に成ってしまうのが落ちだ。三段論法は「序破急」、四段論法は「起承転結」で論理を構成する。
 
 女性教師の場合、女性なので、長々と話した後で、
「実は~」
と最後の最後で、最も重要な話をし出す事がある。こんな事を学校でされれば、さっぱり訳が解らなくなってしまう。女性は女性脳がそういう話し方をするから、「これをやってはいけない」と規制をかけておかないと、ついついやってしまう事になるのだ。
 
 男性が教師の場合、男性ゆえに、最初から決めつけてかかる癖がある。
「アイツはダメだ」
と一度でも断定してしまうと、決して覆らない。だから男性教師だと、体罰を平気でやってくる。人間関係に於ける男性の脳という物は、女性脳に比べて異常なまでに単純なので、その危険性を認識していないと、平気で体罰をやりまくってしまう事に成るのだ。
 
 それと日本では仏教の影響が非常に強いので、自分の意見を全く言わない人たちが居る。散々話を聞いたのに、その人は意見は1つも存在しないのだ。自分の意見を言わない人は、絶対に無責任な態度を取る。イジメで生徒が自殺しても、なんで担任が全く責任を問われないのは、仏教の影響だと見ていい。
「無我は無責任を産む」
という事を、親であるならば、絶対に忘れない事だ。

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コメント

タマティーさん、いつもありがとうございます!暑い日が続きますね。ご自愛ください。
お忙しいところ、すみませんが子供の事と、自分自身の事で質問させてくださいm(_ _)m
好奇心旺盛なので、子供を幼児教室に通わせてみるのも良いかなと思い立ち、ここ数日悩んでいます。主人も、良いんじゃないということです。
そこで、調べたところ七田の教室が目につきました。そういう情報に全く疎いのですが、どうでしょうか。それとも、やはり今は自宅で遊びながらワークブック等をやる程度にして、本格的なのは3歳になってからの方が良いんでしょうかね。
ただ、主人は3歳からは幼稚園が当たり前みたいに思っているので、私としては習い事メインでもいいかなと思ったりするんです。思うだけですけど(汗)。…私は理想だけは高いのかもしれません(汗)
自分自身のことになりますが、保健師さんから児童館などのコミュニティーに、同伴で参加してみるという提案を以前受けましたが、その場で返事は出来ませんでした(汗)
自己否定感が強すぎて、中々前に進めません。今のところ、外とのつながり?は子供と二人(他の母親とはほぼ交流なし)での外遊びと、保健師さんとの交流です。自己否定が強くて自分のダメなところばかり無意識に探してしまって、よく自爆してます。自分自身にイライラする日は、子供と向き合えた日でもあるのかなあ…。それにしても、何か思考が凝り固まっているなぁと感じます。ちなみに、主人が単身赴任中なため、気持ちに余裕が出来て、以前よりは娘と向き合うことが出来ていると思います。
AC関連の本を見つけたんですけど。『子供を生きれば大人になれる』この本、読んだら役立つでしょうか。何か分かりますでしょうか。
記事と関係のないことを色々と聞いてすみません。

投稿: みち子 | 2017年7月12日 (水) 03時05分

みち子さん、幼児教室には行った方がいいんじゃないですか?happy01
それとあんまり期待できないけど、児童館のイベントも行ってみるといいですよ。

『子供を生きれば大人になれる』はいい本だと思うけど、こういう本を読む時は、旦那さんにも読んで貰い、助言を得るべきでしょうね。
自分が読んでも、自分自身が理解していない事もありえるので。

投稿: タマティー | 2017年7月12日 (水) 06時00分

タマティーさん、お返事ありがとうございます!
取り合えず、お試し体験申し込みました。行ってきたいと思います。
今日は児童館へも、行こうとしたんですけど道に迷って帰宅してしまいました。(正直まだ逃げている部分があります汗)何が怖いのかと言いますと、人の中で身動きが全くとれなくなってしまうことです(汗)でも、またチャレンジ?したいと思います。
本はまず、手にいれなくちゃなんですけど、手にいれたら主人にもすすめてみたいと思います。読んでくれるか分かりませんが…。
すみません、また色々と書きまして。
本当に暑い日が続くので、ご自愛くださいm(_ _)m

投稿: みち子 | 2017年7月13日 (木) 13時19分

ちなみに、幼児教室等での私の名前って、本名が基本ですよね。
そう思って、本名にしたんですけど。そういう場で通称は使っても良いものなんでしょうか。
子供との名前の相性って本名と通称では、どちらが良いんでしょうか。
こういう質問は、運命鑑定になってしまいますかね
よろしくお願いします。

投稿: みち子 | 2017年7月14日 (金) 04時53分

みち子さん、こういう場合は、通称でしょう。
しかし本名を書いたのなら、それでもいいんじゃないですか?happy01

投稿: タマティー | 2017年7月14日 (金) 06時06分

タマティーさん、分かりました!
通称を使うチャンスだったんですね!
今回は?諦めます(笑)

投稿: みち子 | 2017年7月14日 (金) 12時32分

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