学問・資格

音読みの謎

●「呉音」「漢音」「唐音」
 音読みとは日本語に於ける漢字の字音の読み方である。日本語には日本独特の発音法があるので、中国人が発音しても、それをそっくりそのまま真似る事ができなかった。どうしても日本風の発音になってしまう。日本人が漢字を大量輸入したのは三回あって、「古墳時代」「奈良時代と平安時代」「鎌倉時代」の3つである。
 
 古墳時代に行われた音読みを「呉音」という。主に三国時代の「呉」から学んだからこそ、こういう言われ方をする。但し、呉だけでなく、その後の「西晋」「東晋」「宋」「斉」「梁」からも受け入れた。大和朝廷にしてみれば、外交交渉をするためにどうしても必要だったからこそ、漢字の大量輸入が起ったのである。
 
 奈良時代と平安時代に行われた音読みを「漢音」という。主に「隋王朝」や「唐王朝」の時の発音なのだから、「隋音」とか「唐音」といえばいい物を、漢王朝の時の発音ではないかと勘違いされてしまう漢音になっている。古代日本人は華北の人たちを「漢」(から)と呼び、華南の人たち「呉」(くれ)と呼んだので、それで漢音になってしまったのだ。
 
 鎌倉時代に行われた音読みを「唐音」という。これは本当に誤解を招く。主に「宋王朝」の時の発音なので、だったら「宋音」にすべきなのである。しかし唐王朝が崩壊する過程で、どうも日本に大量の亡命者たちが来たみたいで、その者たちは唐王朝の時の発音を行なっていたので、それで唐音になってしまった。
 
 例えば「京」という漢字は、呉音では「キョウ」、漢音では「ケイ」、唐音では「キン」であり、「平安京」(ヘイアンキョウ)では呉音を、「京阪」(ケイハン)では漢音を、「北京」(ペキン)では唐音で処理している。同じ漢字を使うのだから、発音を統一すればいい物をなぜだが3つも発音が存在しているのだ。
 
●抵抗したのは誰か?
 古代日本では壬申の乱が起り、これによって律令制度を本格的に確立していく事になる。この時期に漢音を一気に普及するので、この時に呉音を廃棄すべきだったのである。実際に朝廷は平安京遷都の直前に「漢音を持って正しい音読みとする」という勅令を出している。しかし抵抗した者たちが居たからこそ、呉音が生き残ってしまったのである。
 
 じゃ、一体誰が抵抗したのかといえば、まずは「僧侶」たちであり、仏教関係の用語には呉音が大量に残っている。例えば「成仏」(ジョウブツ)は呉音の発音であり、漢音なら「セイブツ」となる。但し「仏」は呉音だと「ブチ」なので、呉音で正確に言えば「ジョウブチ」で、「ジョウブツ」は多少なりとも妥協した結果という事ができる。
 
 第二の抵抗勢力は「医者」たちであって、医療関係にも呉音が大量に残っている。例えば「静脈」(ジョウミャク)は呉音の発音であり、漢音なら「セイバク」となる。「脈」は漢音だと「バク」なので、「心臓がバクバクする」という事で、多少存在している程度である。朝廷は医療には介入できなかったみたいで、医療関係には呉音がしっかりと残ってしまった。
 
 第三の抵抗勢力は「官僚」たち自身であり、法律関係にも呉音が残っている。平安京自体が呉音を用いている以上、官僚たちは天皇から勅令が下っても、そう簡単に漢音に移行する事ができなかった。尤も漢音を普及させる役目を負うのは官僚たちなので、官僚たちが呉音を残してしまえば、確実に残る事になる。
 
 中国は専制君主制を取るので、始皇帝の例を見ても解るように、発音を統一しようとすれば、本当に統一してしまう。それだけ政治権力が圧倒的に強大であるのだ。しかし日本は専制君主制を取らないので、どうしても朝廷の力が弱く、政治権力の及ばない箇所が出て来てしまうのである。
 
●慣用音
 
 呉音や漢音や唐音には或る一定の法則が存在するのだが、厄介なのが「慣用音」であり、慣用音は中国語に基づく事無く、日本人が発音し易いように発音してしまった物だから、訳が解らなく成る。それなのにその発音が使い勝手からいいからこそ、日本人はなんの疑問に感じないのである。
 
 慣用音の代表例が「茶」であろう。茶は慣用音で「チャ」と発音する事になっている。しかし呉音では「タ」、漢音では「ダ」、唐音では「サ」なので、漢字本来の発音とは一切関係ない。一体いつどこで誰が「チャ」と言い始めたのかというと、恐らく平安時代後期に医者たちの業界用語であったろうと推測される。
 
  臨済宗によって抹茶が普及する前、茶は薬であった。漢音で「ダ」と言ってしまうと、何を言っているのか解らないので、それで「チャ」にしたのではないか? 臨済宗は茶を「サ」と唐音で読んでいたので、禅僧たちが「チャ」という言葉を広めていない事はたしかなのである。
 
「茶道」は「チャドウ」か「サドウ」か非常に問題であり、これは茶道の命運を左右しかない問題だと言っていい。最近の流れとしては、「サドウ」から「チャドウ」へという流れになっており、茶人たちまでが「茶道」を「チャドウ」と言い始めている。しかし茶道を「チャドウ」というのはダメなのである。
 
 姓名判断的に「茶道」を「サドウ」と読むとお洒落で華やかという事を意味するが、「チャドウ」だと大胆だけど孤独という事になってしまい、「サドウ」の方が茶道の実態とピタリと一致しているが、「チャドウ」だと全然合っていない。大体、「喫茶店」は「キッサテン」であり、だから人々は行くのである。「喫茶店」が 「キッチャテン」では誰も行かないだろう。
 
 では、なぜ「茶道」が「チャドウ」と言われるようになったのかといえば、それだけ茶道が国民に普及したからであり、普及したからこそ、茶人たちですら日本語として言い易い物にしたいのである。尤も「茶道」が「チャドウ」になってしまうと、お洒落ではなくなるし、華やかな物でもなくなってしまう。
 
●元寇が日本を変えた
 元寇以降、日本は中国から漢字を大量輸入していない。元寇の際、鎌倉幕府は兵力的には圧倒的に不利だったのに、神風が吹く事でモンゴル軍を殲滅する事が出来た。これによって戦後、「神国思想」が生まれて来る。だから中国から漢字をもう大量輸入する事がなくなってしまうのである。
 
 尤も中国で発明された品物は元寇以後も入ってきている。例えば「行灯」「卓袱台」「麻雀」とかである。これらの漢字に共通する事は、当時の中国人たちが使っていたであろう発音に比較的近い発音を日本人がしているという事であり、呉音や漢音や唐音のようの法則性のある物とは根本的な所から違っている。
 
 モンゴル軍の中国侵略で中国文化のレベルが下がり、それと同時に日本は南北朝の動乱を迎えて、幕府が統治能力をなくし、それがために商業が活発になったので、だから日本と中国の間にそんなに差がない事になってしまった。寧ろ江戸時代になると、日本の学問の方が進み、朱子学で停滞しした中国の学問を追い抜いてしまうのである。
 
 近代以降、日本は西洋の文物を大量輸入したので、英語やドイツ語を日本語に翻訳していく作業に追われた。これによって今度は日本が中国に漢字を大量輸出するようになったのである。「哲学」「恋愛」「鉄道」とかいう単語は日本人が作った物であり、これは中国でも通用するレベルにあったからこそ、そのまま使用される事になった。
 
 戦後、学生運動や労働運動が活発になったが、しかし全く巧く行かなかった。失敗した最大の理由はこの手の運動をやった人たちが中国の「簡化字」を輸入したからであると言っていい。例えば「闘争」を「斗争」と書いたりして、できるだけ画数を少なくしようとした。これの一体何が間違いなのかといえば、日本はもう中国から漢字を大量輸入しなくなったのに、時代錯誤的に相変わらず中国から漢字を大量輸入してしまった事なのである。
 
●日本では革命が起っていない
 中国では革命が起ると、前の王朝の文化は全て否定される。全否定されるからこそ、漢字の発音も変わってしまうのである。中国人たちは「中国四千年」と言うが、実際の中国は中華人民共和国から建国してからの日数でしかない。想像以上に浅い国家なのであり、中国人たちの誇大表現に騙されては成らないのだ。
 
 日本に革命があったのか否かは時折問題になるが、天皇制が古代より続いている以上、日本には革命などなかった。確かに明治維新や敗戦によって価値観の変動はあった。しかしそれは革命ではないのであって、もしも革命が発生していたのなら、日本だって漢字の発音の仕方はがらりと変わってしまった筈なのである。
 
 日本には革命が起っていない以上、日本人がすべき事は日本文化の継承と発展であり、その積み重ねこそが大事という事になってくる。だから国語を教える事は日本史を教える事でもある。日本史が解ると、国語の理解度も高まって行く事に成るのだ。音読みはその代表格だと言っていい。
 
 音読みに対して一言言っておくと、
「音読みは飽くまでも日本人同士で取り決めた約束事であり、絶対に正しい物ではない」
という事である。漢字の正しい読み方は中国人たちのやっている物なのであって、その漢字を輸入し、日本人が発音し易いようにしただけに過ぎない。
 
 例えば「未曽有」は「ミゾウウ」と発音しているのだが、「ミウゾウユウ」と発音するのは決して間違っている訳ではない。「有」は呉音では「ユ」であり、漢音では「ユウ」である。だから漢音で発音すれば「ミゾウユウ」の方が正しい。しかし「未曽有」は仏教用語であり、僧侶たちは「有」を「ウ」と読んだからこそ、「未曽有」は「ミゾウウ」と発音しているに過ぎないのだ。
 
※参考文献
円満字二郎著『漢和辞典に訊け!』(筑摩書房』
円満字二郎著『大人のための漢字力養成講座』(ベストセラーズ)
(この円満字二郎は凄い人かも。出版社で漢和辞典の編集をしたので、漢字の問題を実に解り易く説明してくれる)
 
 

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仏教を研究して解った事 その3

●唱題はなんの役にも立たない
 俺は子供の頃から「日蓮贔屓」で、日蓮宗には期待していたのだが。仏教を研究して解った事は、「唱題」は仏教に於いてなんの役にも立たないという事である。唱題は、
「南無妙法蓮華経」
と唱える事なのだが、原始仏教の段階では、この唱題という物が存在しない。唱題は飽くまでも大乗仏教が起ってきたから出来た物に過ぎない。
 
 仏教で帰依しなければならないのは「三宝」であり、三宝とは「釈迦」「法」「サンガ」の3つを指す。だから法華経がどんなに素晴らしい経典であっても、それに帰依しているようではアウトなのである。今まで唱題が念仏ほど問題に成らなかったのは、法華経は釈迦を奉っているし、法もサンガも尊重しているので、それで唱題した所で、必ずしも仏教の教義に違反するという訳ではないからだ。
 
 それなのに、俺が仏教を研究していく過程で、日蓮宗の僧侶や信者たちが書いた物で、一流の書物は1つもなかった。なんでこんな現象が起こってしまったのかといえば、日蓮宗では法華経を最高経典と過信する余りに、釈迦の教えが一体なんであるかを研究していこうとする意欲が全くないからである。
 
 如何なる宗教にも「教義」と「教義史」という物がある。仏教のように人工宗教の場合、教義に於いて最も重要なのは、「釈迦の教えはなんであるか?」なのであって、それが解らなければどうにもならない。しかし釈迦の教えだけが仏教の教えではなく、釈迦の死後、仏教の教義は発展していくのであって、それを研究していく事もまた大事な研究なのである。
 
 古代日本に伝来したきたのは飽くまでも大乗仏教なのであって、原始仏教ではない。しかも日本の仏教は鎌倉時代に鎌倉仏教が出て来て、「一行選択」という事を行って、念仏とか坐禅とか唱題とかに特化してしまった。だからどの宗派も大乗仏教の中でもほんの少しの事をしか理解していないし、況してや原始仏教の事など全然理解していないのである。
 
●日蓮宗の最大の問題点
 浄土宗や浄土真宗の人たちは阿弥陀如来を信仰しているので、仏教を研究しても必ず嘘ついてくるという特徴がある。もしも仏教の教義をきちんと理解したのなら、どうしても棄教しなければならなくなるから、それが出来ないというのなら、嘘をつく事で自分の宗教心を誤魔化す事に成る。
 
 だから浄土宗や浄土真宗の人たちが書いた書物は注意して読まなければ成らないのだが、しかし日蓮宗の人たちが書いた書物は独特の乗りがあって、途中で読むのを放棄したくなるほどの酷い。俺はなんでこんな書き方をするのか長らく解らなかったのだが、日蓮宗には「三証」という物があって、これこそが読むに堪えないほどの書物にしてしまう最大の原因であるというのが解った。
 
 三証とは「文証」「理証」「現証」の事で、文証とはその主張が仏教的に正しいかどうか経典や論文によって証明する事を言い、理証とはその主張が理論によって仏教的に正しい事を証明する事を言い、現証とはその主張が現実世界に於いて仏教的に正しい事を証明する事を言う。
 
 一見、ご尤もな論法だと思うのが、日蓮宗では三証の内、現証を最も重視するので、それで研究がおかしな方向に突き進んでしまう事に成る。学問の研究では現実を捨象する物なのであって、現実的に正しいか否かを基準にしていれば、研究それ自体ができなく成ってしまうのは当然の事なのである。
 
 三証を学問でやれば、必ず捻じ曲がった結論しか出て来ない。この事に例外は一切ない。解り易い例を挙げれば、福沢諭吉が実学の尊重を唱え、それで慶應義塾大学を作ったのだが、この大学からはまともな学術書も学術論文も一切出て来ない。なぜなら学問には実学と虚学があり、虚学こそが主であり、実学は虚学があれば自然と出て来る物だからである。
 
●大乗仏教は仏教ルネッサンス
 原始仏教は飽くまでも僧侶たちの宗教であり、小乗仏教になって僧侶たちと信者たちの宗教になり、そして大乗仏教によって菩薩たちの宗教へと発展していった。大乗仏教では僧侶と信者との身分格差が解消され、全員「菩薩」であるという事で平等な物に成った。菩薩とは「解脱が約束されている求道者」の事であり、修行に取り組んで行けば、必ず解脱できると考えたのである。
 
 しかし大乗仏教は小乗仏教を完全否定したのではなく、小乗仏教的要素を大量に取り入れる事で、新しい宗教運動としての体裁を整えた。だから大乗仏教は教義的には僧侶という出家者たちが存在しない筈なのに僧侶たちが存在してしまい、それで身分格差を完全に解消するという事が出来なく成ってしまったのである。
 
 原始仏教に於いて、釈迦は出家修行者たちである沙門たちを自分の教団に入会させ、釈迦を教祖を仰がせつつも、僧侶たちはみな平等であるとした。この平等こそ原始仏教を急速に拡大させた要因であったが、とはいっても、その繁栄は釈迦の死後100年で終わってしまい、小乗仏教に成ると身分差別が激しい物に成ってしまった。
 
 大乗仏教はそういう小乗仏教に対して反対して登場してきたのであって、仏教徒たちの平等を再確認する事で、新たなエネルギーを仏教に吹き込んだのである。確かに小乗仏教は原始仏教の教義や戒律を伝えている。だが肝腎な物が抜け落ちているのであって、それゆえ大乗仏教は小乗仏教に異を唱えたのである。
 
 大乗仏教は「仏教ルネッサンス」なのであって、この事が解っていないと、大乗仏教を正しく理解していく事は出来ない。もしも大乗仏教の主張を貫徹しようとするなら、僧侶たちは廃止されるべきなのである。実を言うとこれをやったのが仏教系新興宗教団体であり、「在家仏教」を唱えて、既成仏教を否定したのだ。
 
●なぜ在家仏教は成功するのか?
 在家仏教の殆どが日蓮宗系であるというのは決して偶然ではない。日蓮宗には三証があるので、在家仏教の方は現証を重んじて布教していけば、自然と大量の改宗者たちを獲得する事が出来てしまう。三証は飽くまでも布教で使える物であって、日蓮宗のように既に布教に重点を置かなく成れば、おかしな研究しかしない事に成ってしまい、それで信者たちを喪失して行ってしまうのである。
 
 教団に僧侶たちがいないのなら、その分、人件費を安くする事が出来、信者たちは少ない経済的負担で宗教活動を行っていく事が出来る。日蓮宗でも明治維新以降は、浄土真宗の悪影響を受けて、僧侶たちは出家したと言いながら結婚して妻子を持って居るので、信者たちは僧侶とその妻子の生活費を負担しなければ成らない。だったら脱会して、在家仏教の教団に入会した方が良いという事に成る。
 
 しかし三証は学問の研究にとって有害に成るので、それで在家仏教の教団はどこも大学を作っていない。唯一の例外が創価学会であり、創価学会は創価大学を作る事によって、学問研究を行える道を開いた。尤も創価学会自体、三証の教義を捨てていないので、創価大学の教授たちが「三証は学問研究にとって有害である」と気づかない限り、優れた研究を
行う事は出来ないであろう。
 
 釈迦は出家する事で、世俗の生活を捨ててしまったので、それで仏教の教義を作り出して行く事が出来た。学問でも学者たちが自分の生活の事を捨象するからこそ、まともな研究成果を生み出して行く事が出来るのである。実を言うと、僧侶たちのやっている事と、学者たちのやっている事には共通項があるのであって、だから学者たちの内、仏教徒である者たちの比率は高いのだ。
 
 だが日本の仏教は原始仏教からも大乗仏教からも遠く懸け離れてしまった物であるので、学問研究の邪魔になる教義を切り捨てていかないと、どうしても自分の信仰のためにまともな研究が出来なくなってしまうのである。日本の学問が振るわない原因は、釈迦の教えを解っていないのに、仏教を信仰している事にあると言っていい。
 

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仏教を研究して解った事 その2

●釈迦が教えた修行法
 
 釈迦が原始仏教教団を立ち上げて、教団の経営を軌道に乗せる事が出来たのは、釈迦が「四諦八正道」を唱えたからに他ならない。これがあればこそ沙門たちを改宗させて僧侶にしていく事が出来た。教団内では如何なる修行をやっていたのかといえば、
 
「釈迦の説法を聞く」
「布薩に出て反省する」
「坐禅を組んで瞑想する」
 
という事をやっていた。
 
 だから仏教徒である以上、説法を聞き、布薩に出て、坐禅を組むという事をしないと、仏教を修行した事にはならない。自ら「仏教徒である」と名乗っても、本当にその者が仏教が解っているかいなかは、これらの事をしたかしないかで決まる。当然、こういう事が出来るのは僧侶たちだから、俺は僧侶たちが書いた仏教書を主に読み、仏教学者たちが書いた本は飽くまでも仏教を学術的に研究した物としか扱わなかった。
 
 釈迦の説法は『スッタニパータ』や『ダマンパダ』を読めば解るから、後世できた仏教経典を読むのではなく、原始仏教の経典を読むべきであろう。仏教を理解していくに当たって、阿弥陀信仰とか法華信仰というのは実に邪魔なのであって、この手の信仰を否定しないと、釈迦が一体何を言ったのか解らない。
 
 原始仏教教団では、布薩は新月と満月の時にやったので、新月と満月の時は仕事をやめて、反省会をしなければならない事になる。但し日本の仏教は戒律を否定する事になってしまったので、この反省会は戒律に違反したかを問う物ではなく、自分の内面的な事を問う物になってしまう。
 
 坐禅は個人で出来る物だから、時間があれば坐禅をすべきであろう。原始仏教教団の坐禅はかなり自由な物で、坐禅が厳格に成ったのは中国で禅宗が起ってからなのであって、あんな堅苦しい坐禅はしなくていい。原始仏典を読んでいると、坐禅は瞑想に重点が置かれているのであって、坐禅それ自体には重点が置かれていない事が解る。
 
 
 
●禅宗の問題点
 
 日本の仏教の宗派で坐禅をしているのは禅宗系の臨済宗や曹洞宗であり、だから俺はこの宗派の僧侶たちに高い評価を与えた。普通の人たちから見ればこの両宗派は同じようだと思ってしまうが、臨済宗の僧侶たちは上品なのに対して、曹洞宗の僧侶たちには当たり外れが大きく、当たりの僧侶たちは本当に出来が良く、ハズレの僧侶たちは本当の糞坊主としかいいようがないほど酷い。
 
 禅宗での坐禅の最大の問題点は、坐禅の最中に「警策」を使う事である。警策を使用されると、瞑想が中断されてしまうので、それでより出来のいい瞑想が出来なくなってしまうのだ。臨済宗の僧侶たちにしても、曹洞宗の僧侶たちにしても、彼らの本を読んでみると、もっと先に行けばいいのに、なぜだかどの僧侶たちも途中で挫折してしまっているのである。
 
 俺が「ネルケ無方」というドイツ出身の僧侶を高く評価するのは、彼は瞑想が中断していないので、それで非常に出来のいい坐禅ができるからだ。彼は兵庫県新温泉町にある安泰寺で住職をしているのだが、警策をやれるほど人が多い訳でないので、それで警策を使用していないらしい。だから中断される事なく瞑想をする事が出来るのであり、これが格段に出来のいい結果を生み出しているのである。
 
 瞑想は高い集中力を長時間に亘って持続しなければならないのだが、これを可能にするためには白米を食べるのは絶対にダメであり、必ず玄米にしなければ成らない。実際にやってみれば解る事だが、白米ではこの長期的な瞑想は持たない。玄米を食べるからこそ出来るのである。
 
 事実、釈迦も出家前は白米を食べていたらしいが、出家後は玄米を食うようになった。それゆえ玄米なのであり、白米を食べて仏教を理解しようというのは無理が有り過ぎるのだ。俺は玄米を食べているので、著者が玄米を食べているのか白米を食べているのか大体解る。白米を食べて仏教の事を本当に理解した人は皆無であり、白米を食べている限り、仏教を理解する事は出来ないであろう。
 
 
●居眠り坐禅
 
 俺は本気で坐禅をやっていた訳ではないのだが、「居眠り坐禅」という物ならやった。居眠り坐禅というのは、俺は本を読み始めると眠たくなってしまうので、座ったまま腕を組んで、少し考え事をして、最終的には居眠りしてしまう物である。居眠りと坐禅を掛け合わしたような物であって、これをやるとなぜだか頭がリフレッシュし、仏教の事が実によく解るようになった。
 
 釈迦は短眠族だったらしく、夜遅くまで修行し、朝早く起きて修行していた。但し、食事が終わると眠たくなったらしく、それで昼寝は許した。この昼寝はバラモン教にはなかった物で、バラモンたちは仏教の僧侶たちが昼寝している事を大いに批判している。しかし昼寝こそ、仏教がバラモン教に大きく差を付けた物であった。
 
 俺には昼寝の習慣がないので、基本的に昼寝はしないのだが、最近、出張が多く、出張先であんまり寝られないので、それで出張から帰って来ると、昼すぎ辺りにどうしても居眠りをしてしまうようになってしまった。俺はこの居眠りを悪い物だと思っていたのだが、仏教の研究をしている時はこの居眠りこそが巧く機能してくれた。
 
 居眠り坐禅の凄さは、何か考え事をしながら居眠りをしてしまうと、居眠りが終わると脳がリフレッシュして、その解答を与えるだけでなく、釈迦の言っている事が実によく解るようになったという恩恵を与えてくれた。昼寝をしないと釈迦の言っている事が解らない。坐禅をしないと仏教の教えが解らない。だったら昼寝と坐禅を一緒にしてしまえばいいのである。
 
 釈迦の言っている事が解って来ると、仏教書の真贋をきちんと着けられるようになった。仏教書の著者たちが昼寝と坐禅をしていなければ、どう仏教を勉強したとしても、釈迦の言っている事は絶対に解りっこないのだ。仏教は勉強すれば理解できる物ではないのであって、やはり実践が伴わないと絶対に解らないのである。
 
 
●幾ら「仏教が好き!}と言われても
 
 仏教徒たちの中には「仏教が好き!}という事で本を書いて来る人たちがいるのだが、幾ら「仏教が好き」と言われても、釈迦の説法を聞き、布薩に出て反省し、坐禅を組んで瞑想しないと、絶対に仏教の事を理解できない。往々にしてこの手の発言をする人たちは仏教系の宗教団体に所属していないのだが、それだからこそ仏教の事を理解できないのである。
 
 キリスト教は信仰義認説を取るので、極論を言ってしまえば、信仰しさえすれば良く、善行は要らない。しかし仏教はそうではないのであって、三宝帰依すれば仏教徒として認められるが、解脱すべく努力し続けるからこそ仏教徒たりえるのである。どんなに仏教徒を名乗っても、煩悩まみれでは仕様がないのだ。
 
 仏教とは「自分自身と真剣に向き合う哲学」であると言った方がいいかもしれない。仏教を宗教だと捉えるからこそおかしな方向に行ってしまうのであって、仏教は自分の心を主とする事を教えるのだから、哲学とした方がいいのだ。仏教で問うているのは、解脱できたか否かなのであって、解脱していないのなら、仏教の事をあれこれ本を書くのはやめるべきであろう。
 
 解脱していないのなら、せめて坐禅を組んで瞑想して欲しい。幾ら煩悩があったとしても、坐禅をして瞑想すれば、或る程度は落ち着く。その状態で生きて行けばいいのであって、それすらしないと成れば、一体なんなんだという事に成る。はっきりと言ってしまうと、「仏教が好き!}と言っている事自体、仏教的には執着なのであって、仏教徒としては問題があるという事なのである。
 
 普段の生活はせわしない物だ。だからといって流されるままに生きてはならない。1日の中で、数分でもいいから心を落ち着ける時間を持つべきなのである。そういう事が出来れば、ちょっとした事で激怒したりはしない事であろう。だから坐禅なくして仏教を理解しようというのは無理が有り過ぎるのであり、結局、仏教の事を何も理解できなく成ってしまうのだ。 
 

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仏教を研究して解った事

●やっと書き終わりました
 
 今年、仏教の教義を研究した本を書き始めたのだが、やっと書き終える事が出来た。四百字詰め原稿用紙で千枚に成り、その内容もレベルは非常に高い。仏教は釈迦が教祖なので、釈迦が一体何を悟り、考えて行ったのが最も大事だから、それを探っていくと、このような長大な物になってしまったのである。
 
 はっきりと言ってしまえば、現代の仏教は原始仏教から遠く懸け離れており、釈迦の真意は全く伝わっていない。この現象は大乗仏教に於いて甚だしく、大乗仏教は仏教教義史に於いて評価を与えられるだけの事であって、釈迦が唱えた教えとは全然違う事を教えているという事では背教をやっているというしかない。
 
 俺が仏教の研究をしていくに当たって、様々な仏教書を読んで行ったのだが、その中で、
「コイツだけは絶対に許せない」
という人物が1人いた。それは、
「ひろさちや」
であり、この人は仏教の事を全然解っていないのに、大量の仏教書を書きまくって、世間の人たちを惑わしているのだ。
 
 幾ら仏教徒であっても、宗派が違ってしまえば仏教に対する考え方は違ってしまう。しかしそうは言っても、同じ仏教徒、正確に言えば大乗仏教を奉じているから、考えが違っても、
「この人は釈迦の真意を理解していないけど、大乗仏教の人なんだな」
という事が解る。これは既成仏教でも新興仏教でも変わらないので、仏教徒であるなら共通項を持っているのだ。
 
 しかし、ひろさちやだけは違う。俺はコイツの書いた書物を読むと、むかっ腹が立ってくる。他の仏教徒たちの書いた書物にはそういう現象は起こらないので、それで、
「ひろさちやは絶対に仏教徒ではない」
と直感で解った。仏教には四諦八正道があるから、仏教徒は必ず自分の心から「怒り」という物が消えて行く。それなのにひろさちやの心の中には「激しい怒り」が存在しているのである。
 
 
●釈迦は念仏しろなどと教えてはいない
 
 ひろさちやは浄土宗の信者なのだが、浄土宗というのはインド生まれの宗派ではなく、実は中国生まれの宗派であり、釈迦の教えからは完全に懸け離れ、釈迦の教えはもはや何も存在していない。浄土宗の母体となった阿弥陀信仰は、「アフガニスタン」で生まれた物であって、これは「仏教の仮面を被ったゾロアスター教」に過ぎないのだ。
 
 浄土宗では「自力か他力か?」という選択を強いるのだが、仏教は「自力本願」であり、絶対に「他力本願」ではない。釈迦はバラモン教のブラフマン信仰を否定し、自分の心を主とする宗教を切り開いていったのであり、仏教のどこをどう解釈しても、絶対に他力本願という考えは出て来ないのである。
 
 俺は最初、ひろさちやの異常さの原因が「念仏」にあるのではないかと疑った。釈迦は三宝帰依や禅定を説いたとしても、念仏しろとは言っていないからだ。「念仏義認説」は必ず「自己義認説」に成るのであって、それでひろさちやは自分の主張は絶対に正しいと言い張っているのではないかと思った。
 
「念仏すれば救われる」というのは、浄土宗内部だけで言っている事であり、仏教的には全くのナンセンスな教えである。そんな教えは正当な教えとは決して認められない。 釈迦は「念仏しろ」などとは教えていないのであって、まずはその歴史的事実が解れば、浄土宗の教義は全て成り立たない事が解る事であろう。
 
 仏教は解脱して仏陀になる教えなのであって、解脱できなかったら、どんな教義でもダメなのであり、もしも浄土宗の教義が正しいいうのなら、法然が開宗してから現代に至るまで、浄土宗内で解脱できた人を上げて欲しい。誰も解脱していないのだから、浄土宗の教義は完全に間違っているという事なのである。
 
 
●祖母は孫息子から「お母さんの事が好き」を奪ってはならない
 
 俺はなかなかひろさちやの正体を見破る事が出来なかった。要は、ひろさちやは「小賢しい才子」なのであって、あれこれ言っているくせに、人間として大事な物が何もないという人物なのである。しかし彼の本を読み進めていく内、彼は「お婆ちゃん子」であるという事が解り、これこそが彼の性格を思いっきり歪めてしまったのではないかと思うようになった。
 
 男の子は母親の事が大好きである。男の子は女の子よりも免疫力が弱りので、母親の庇護がないと無事に育たない。だから母親の事を好きに成る事で、自分を安全に育てて貰うのである。しかし男の子には祖母もいるのだから、祖母が母親を押し退けて育ててしまえば、男の子は母親の事が好きという事が奪われてしまう。その結果、頭のおかしい男性に育って行ってしまうのである。
 
 俺はこのブログで、姑が孫を可愛がり、それを嫌がる母親たちから質問を受けたりするのだが、今までどちらかといえば姑の方に味方し、母親たちには敢えて嫁姑の争いを起こさない方がいいと言ってきた。しかしひろさちやのような人物を見ると、普通の母親たちの意見こそが正しいのであって、如何なる事があっても祖母は孫息子から「お母さんの事が好き」という事を奪っては成らないのだ。
 
「どんなに悪い母親であっても、母親は母親として価値があるが、どんなに良い祖母であっても、祖母は孫を甘やかせば非常に有害である」
しかもその有害はその孫が死ぬまで続くから、まさに「三つ子の魂、百まで」の諺が該当する事に成る。母親だからこそ、我が子を絶対に祖母に奪われては成らないのであり、もしも祖母が息子を奪う行動に出て来たら、断固として戦わなければ成らないのだ。
 
 なんでこんなにもお婆ちゃん子が有害なのかといえば、祖母は孫息子の言う事ならなんでも聞いてしまうので、それでその孫息子は自分の意見はなんでも通ると思い込んでしまうようになるから、そのような育ち方をすれば、「自分の意見は絶対に正しい」というようになってしまうのは当然であって、それで平気で嘘をつくような人物に育ってしまうのである。
 
 
●ひろさちやの本は有害
 
 インターネットで調べてみたら、
「ひろさちやの本は仏教を勉強するにあたって非常に有害」
という意見が多数出ていた。そりゃそうであろう。彼は仏教の事など何も解っていないのであって、それなのに大量の仏教書を出しているから、しかもそれは殆ど入門書レベルの物だから、仏教に関心のある人は彼の本を買ってしまう事に成る、しかし読んでみたら、
「なんじゃこりゃ?」
という代物でしかないのだ。
 
 となると、ひろさちやの本を出している出版社は、
「仏教の事を全然解っていない」
という事になってしまい、ひろさちや個人の問題より、こちらの問題の方が遥かに深刻であろう。確かに俺が「この仏教書はいい本だな」という感想を持った本は、メジャーな出版社では全く出ていなかった。マイナーな出版社ばかりであった。
 
 日本の仏教界は1つの宗派が圧倒的に強いというようにはなっていない。カトリック諸国なら、ローマカトリック教会が宗教界を独占しているので、それでローマカトリック教会が真贋を選別し、異端者や背教者たちは排除されていく事に成る。このやり方には問題があるが、しかしそれによってカトリシズムがきちんと守られるように成るので、それでひろさちやみたいに、キリスト教の事を全然解っていないのに、キリスト教の本を書きまくるという人物は出て着ないのである。
 
 もしもどのかの宗派に属する僧侶なら、仏教を専門にやっているのだから、ひろさちやの異常さに気付いて、論争を挑んで論破していくべきであろう。ひろさちや所詮「在家の信者」なのだから、仏教のプロが戦いを挑めば、確実に勝利できるに違いない。それなのにそれをしないというのは、仏教界全体のレベルを引き下げてしまう事になってしまうのである。
 
 ひろさちやは、日本人の事を「エコノミックアニマル」と罵り、
「少欲のすすめ」
「捨てちゃえ捨てちゃえ」
「こだわりを捨てる」
とか主張しているのに、彼はなんと単行本だけで300冊以上も出している。これほど強欲で、何も捨てず、拘りを持ち続けている人を俺は他に知らない。典型的な「倒錯話法」であり、精神的には全く自立していないというしかないのだ。
 

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緊急特集「熊本地震の真相」

●溜めに溜め込んでの大地震
 
『タマティー天使の今年の大予言』では阿蘇山の噴火や阿蘇山周辺で地震が起こる事を予言していたのだが、本当に熊本地震が起こってしまい、阿蘇山も小規模ながら噴火している。俺は「大予言」だけでなく、2月末の段階で関東地方で地震が起こる事を「予知」し、それをコメント欄で伝えていた。
 
 しかし本来なら、関東地方で震度5か震度6程度の物が起こる筈だったのに、地震は一向に起こらなかった。地震雲は千葉県から静岡県まで広がり、しかも形はしっかりとした物だったので、あれで地震が起こらないというのは絶対におかしい。そうこうしている間に、うちの姉が倒れて寝たきりになり、
「地球の磁場が狂ってる~」
と騒ぎ始めたので、大きな地震は必ず来ると踏み、コメント欄では訂正のコメントを出さなかった。
 
 熊本地震が起こる直前、国会でTPPの審議が行われようとしていたのだが、政府は外交交渉過程を全く明かさず、明かしても殆ど黒塗りをにして出し、これではなんのための国会審議かという事で与野党が揉めていた。その直後に熊本地震なのだから、これは国会に対して「TPPを無条件で承認しろ」と言っているような物だと考えた方がいい。
 
 熊本地震では最初に発生した地震が益城町で震度7であり、その後の余震で起こった物が本震であった。本震の地震エネルギーは阪神淡路大震災の地震エネルギーの「1.7倍」になるという。だから前震で死者が少なかったにも拘らず、本震では死者の数が一気に増えたのである。だから熊本地震は、
 
「熊本大震災」
 
と名称を変更すべきであって、政府は激甚災害に指定して、政府の主導で震災の処理に当たった方がいい。
 
 前震では震源の深さが10キロだから、これなら人工的に掘る事が充分に可能であり、地下に核爆弾を埋め、そして爆発させた可能性が高い。大体、地震の揺れ方が普通の地震の揺れ方ではなく、核爆弾を使った揺れ方に非常に近い。4月14日は合計すると「18」になるので、イルミナティの仕業と見てほぼ間違いない。「18」というのは魔術的に「破壊」を意味する数字なのである。
 
●狙われたのは「坂本哲志」衆議院議員
 
 俺は最初、益城町の町長「西村博則」が狙われたのではないかと思った。しかし調べてみると、なぜだか情報収集が出来ない状態にあるので、今の所は「保留」としておく。益城町に何か問題があるとするなら、熊本市に編入する事を町民たちが住民投票で拒んだ事であろう。
 
 熊本県知事の「蒲島郁夫」も何か狙われる事があったのではないかと調べてみたのだが、ハーバード大学の大学院を出た事や、自民党の支援を受けながらも自民党員ではない事が気にかかるが、確たる証拠がないので、今の所、これも「保留」とするしかない。因みに被災者に水や食料や医薬品が届かないのは、この蒲島郁夫知事がボランティアの受け入れを止めているからである。何かとんでもない悪意がないと、こういう事は出来ないであろう。
 
「じゃあ、一体誰が狙われた?」という事に成る。
 
 そこで調べまくったら、思わぬ人物が出て来た。それは衆議院議員の「坂本哲志」で、この人物は「衆議院農林水産委員長」をやった事があり、彼の選挙区は熊本県3区であり、この熊本県3区に益城町は含まれていたのである。これで解った。イルミナティは「TPPを無条件承認しろ」と、坂本哲志に脅しをかけたのである。
 
 坂本哲志は「TPP交渉における国益を守り抜く会」に所属しており、しかも親中派の人物なので、イルミナティとしてはこの人物を辞職や殺害に追い込む事になんの躊躇もしない。熊本地震の死傷者や罹災者たちには堪った物ではないが、熊本地震の真相はそういう事なのである。
 
 熊本地震では東日本大震災の時と違って、政府も熊本県も益城町もちゃんとした対応を取っているのだが、しかし現時点では政府は激甚災害の指定を出していない。恐らく裏では政治の戦いが行われており、蒲島郁夫と坂本哲志が退職する事を条件に、激甚災害の指定を出すという交渉が行われているのではないだろうか?
 
●阿蘇山の噴火が引き起こされる事も
 
 阿蘇山は熊本地震の前に地面が盛り上がるという現象を見せていたし、本震では阿蘇神社の拝殿が倒壊したので、阿蘇山の噴火が起こる可能性が出て来た。というか、イルミナティは阿蘇山の噴火を引き起こすために熊本地震を引き起こしたのであり、熊本地震だけに囚われていると、最悪の結果を招く事に成ってしまう。
 
 熊本地震で地盤が弱り、そこに雨が降って更に弱く成り、そして阿蘇山が噴火を起こせば、火砕流が阿蘇山周辺の集落を襲う事に成るであろう。とにかく今は阿蘇山周辺を立ち入り禁止にして、阿蘇山が鎮まるまで待つしかない。避難所に火砕流が襲い掛かれば、死者の数は一気に増える事に成る。
 
 九州で大きな地震が起こった場合、関西地方でも大きな地震が起こるのだが、しかし今回の地震は、本来、関東地方で起こる筈だった物を九州に持っていった物だから、関東地方の方が危険度は高い事になる。うちの姉は熊本地震が起こった後、
「関東地方でも起きないかな~」
と心配していたし、インターネットを調べてみると関東地方での地震を予知している連中がいたりする。
 
 イルミナティとしては、
「阿蘇山の大噴火」
    ↓
「東京大震災」
    ↓
「福島第一原発での再汚染」
というシナリオがあるらしく、阿蘇山で大噴火が起これば、次は東京大震災という事に成る。そして東京大震災が起これば、その次は東北地方で大きな地震を引き起こして、福島第一原発に更なる打撃を与えるのであろう。
 
 気にかかる事が1つあり、それは熊本地震が起こる前に核サミットがあり、「核爆弾テロを如何に防ぐか」について話し合われたという事だ。今、核爆弾テロをやる可能性がある連中といえば「IS]か「北朝鮮」なので、本当に核爆弾テロが起こるかもしれない。幾ら熊本地震が起こったからといって、震災のニュースばかりが流れ、海外のニュースが流れないのは、非常に危険だと言っていい。

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「縁起観」と「こりゃあ、縁起がいい」の話

●縁起観

 仏教には「縁起観」という物があって、如何なる物事にも原因があり、由縁を通じて結果が出て、その結果によって何かしらの影響が出て来ると考える。これが「因縁果報」であり、仏教の縁起観が解っていれば、この世の全ては必然性を持って動いており、そこにはなんの偶然性もないという事を理解する事が出来る事であろう。

 この縁起観は一見、非の打ちどころのない完璧な理論であるように思える。しかしこの演技観には致命的な問題点が存在する。それは、

「人間は出発段階でゴールまでの事を全て見通せない」

という事だ。どんな計画を立てたとしても、この世は様々な因果関係が存在する以上、自分の計画を推進しても、色々な出来事が起こってしまい、計画通りに進む事はない。

 それだけでなく、たとえ計画を実現できたとしても、計画が予定しているのはゴールまでの事だから、ゴール以降の事を始めから解っているという事は絶対に有り得ないのだ。スタート時点の情報は限られているのであって、如何なる者であってもそんな遠くの事まで見通せる訳がないのである。

 釈迦の考えた縁起観は飽くまでも理性の産物であり、それではそれを受けて庶民たちはどう考えたとかいえば、感性を重視して、

「こりゃあ、縁起がいい」

という事で、未来を視通そうとした。自分が計画した物の全てが当たるという事はない。しかし何か新たな事を始めようとした時に、縁起のいい事が起これば、

「これは行ける」

と考え、そして勇気を持って実行に移していくのである。

 縁起観の危険性は、自分の頭の中で幾ら考えた所で、実際にやってみれば新たな情報が大量に寄せられる事に成り、それで自分の当初の計画を修正していかなければ成らなく成るという事だ。自分が動けば新たな情報が得られるのであって、だったら何も行動せずに考えているのではなく、「とにかく動け!」という事に成る。

●直感が足りない!

 文明の中で暮らしていれば、どうしても理性を重視してしまい、理性に頼った生き方をしてしまう。しかしそういう生き方は感性を衰えさせる事に成り、それで直感が足りないという事になってしまうのだ。直感がないからこそ、自分が何かをやろうとした時、

「これは行ける!」

と思えなく成り、恐らく失敗してしまうであろうことを平気でやってしまうのである。

 自分の直感が弱っているのだから、占い師に占いを頼み、それで自分が何をすべきか決めても別に構わない。科学が発達したからといって占いを躍起になって否定してしまうと、占いを使う事が出来なくなってしまうので、それで世の中がどうにもおかしく成ってしまい、最終的には崩壊して仕舞う事になってしまうのである。

 特に結婚する時のように、この結婚によってどう変化していくのかを自分の力ではどうしても見通せないような物は、占い師に頼んで占いをやって貰うのが一番良いのだ。初婚なら男女とも結婚は未経験である。それなのに自分たちの判断で最高レベルの物を行き成り出せる訳がないのだ。

 会社経営者たちの中にも占いを利用している人たちは結構いる。経営の決断はどうしても迷うのであって、そういう時は占い師に相談する事で、より正しい決断ができるようにするのだ。占いと聞くとすぐ信じる信じないの話になってしまうが、お金持ちたちは占いを利用しているのであって、そこが貧乏人たちとは違う所なのである。

 男性よりも女性の方が直感は優れている。だから結婚すべきなのであり、男性は妻の力を巧く使いながら、仕事を進めていけばいいのだ。女性の方は理性に関して男性よりも劣るから、結婚する事で夫の理性を巧く使い、それで幸せな家庭を築いていけばいい。男女ともに独身で居続けてしまう事は欠けた能力で生きて行く事に成り、それではどうにも巧く行かなくなってしまうのである。

●だから努力すべし

 自分が何かやろうとして、縁起のいい事が起こったのなら、それをどんどん押し進めていくべきであろう。しかし「縁起が良くても失敗する事もある」し、「縁起が悪くても成功する事もある」という事を知っておくべきだ。縁起のいい事は有利な条件に成っただけの事であって、だからと言って最後まで巧く行くとは限らない。

 世の中には何か新しい事を始めようとした時に不吉な事が起こり、それなのにそれを無視してやろうとすると、本当に破滅してしまったりする。神様が「それをやるな」と教えてくれているのだから、敢えてそれをやるという事などすべきではないのだ。「そんなの迷信だ」などと言っていると、後で酷い目に遭うのは自分なのである。

 かといって、縁起の悪い事が起こった筈なのに、巧く行ってしまったという事も有り得る。そういうのは単なる思い違いなのであって、自分の直感が鈍っていたために、縁起の悪い現象でもない事を、縁起の悪い現象だと思ってしまったにすぎないのである。この手の判断は難しいからこそ、自分の直感を衰えさせないと同時に、やけに勘のいい者を側に置いておくべきなのだ。

 物事は終わって見なければどうなるかは解らない。だから計画を実行に移したのなら最後まで努力すべきであって、途中で何があったとしても辞めては成らないのだ。最後までやり続ければ必ず成功するのであって、成功するためには「忍耐力」こそが必要なのであり、それさえあれば万難を排して成功する事が出来てしまうのである。

 縁起観は或る程度までなら正しい物であるが、縁起観のために因果関係をあれこれ考え、結局、動く事が出来なくなってしまっている人たちも大量に生み出してしまっているという弊害もある。因縁果報の事を考えて行ってしまうと、最終的には唯物論に至ってしまう事に成る。そうなれば自分の取り巻く環境が悪いから、それで自分は不幸なんだと思うようになってしまう。縁起観にはそういう危険性もあるという事を忘れては成らないのだ。

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『花燃ゆ』はなぜ不評なのか?

●好演しているのに不評

 大河ドラマの『花燃ゆ』は視聴率が低迷したまま、撮影が終了し、恐らく最終回まで視聴率が上がる事はないであろう。俺は出演者たちがそれなりに好演していると思っているので毎回見ているのだが、『花燃ゆ』は本当に不評である。

 最大の原因は「脚本」であって、この脚本が実にダメで、特に女性の視聴者たちの反感を買っている。主人公の「杉文」の生き方に共感できないのだ。俺は男性ゆえに、なんでそこまで嫌うのかよく解らないのだが、とにかく女性たちからは拒絶されてしまっている。

 男の俺としては、江戸時代の政治は男性たちの仕事なのであって、女性の杉文が政治に口を出して来るというのが、どうも引っかかってしまった。実際には関与していないのだから、そのまま書けばもっとすっきりした筈なのに、歴史的事実を無視してまで変な事を書くから、男性の視聴者たちまで離れてしまったのである。

 後、これは俺の母親が指摘した事なのだが、『花燃ゆ』の屋内のシーンではなぜだかどのシーンも障子が全開なのであって、これでは寒すぎるし、情報が外に漏れてしまう。映像的には障子を開けた方が明るいのだが、そうなるとどうも締まりがなくなってしまうのである。

 最も驚いたのは、群馬県に行ってからの話で、正月なのに障子が全開。しかも姉が病気で寝込んでいるというのに、障子が全開。群馬県の正月は空っ風fが吹いて非常に寒いのであって、それなのに障子を全開すれば、如何なる者の共感を得る事は出来ないであろう。

●「ふみ」と「みわ」

 主人公は「杉文」という女性なのだが、名が「ふみ」と言った場合、手八丁口八丁の働き者になる。杉文は松下村塾の「女幹事」と言われたほどの女性で、松下村塾は吉田松陰だけで持っていた物ではないのだ。杉文がいてこそ存在しえた物なのである。

 手八丁口八丁の働き者は絶対に無理強いしない。それなのにドラマの中では杉文が多々無理強いするシーンがある。これは性格的におかしいのであって、実際の杉文はそういう事をせず、自ら率先して仕事をして難題を処理していった事であろう。

 現在、横浜市長に林文子がなっているのだが、彼女は仕事ができるゆえに絶対に無理強いしない。

 杉文は美人ではなかったらしく、杉文には桂小五郎との縁談があったのだが、桂小五郎はやんわりと断り、久坂玄瑞との縁談が持ち上がった際も、久坂玄瑞から「あれは俺の好みではない」と一旦断られた。

 杉文は相当なブスだったらしい。

 しかし杉文を演じる井上真央は美人なので、これが最大の問題点なのである。ブスだからこそイケメンの桂小五郎や久坂玄瑞との縁談が持ち上がったのであり、美人だからそうなった訳ではないのだ。

 杉文は久坂玄瑞と結婚したが、その結婚生活は長く続かなかった。杉文は結婚後、久坂美和として生きて行くのだが、「みわ」とは「美しい和み」の事であって、みわの名を持つ女性が女性たちを敵に回す事はない。これはドリカムの吉田美和の事を考えれば大体解る事だろう。

 それなのに久坂美和は奥御殿の女中になると、他の女中たちを敵に回したり、群馬県に行ってもまた現地の女性たちを敵に回してしまっているのである。全然和んでいないからこそ、視聴者たちはドラマを見ても全く共感できないのである。

●花燃ゆの意味とは?

 ドラマの題名の「花燃ゆ」というのは、杉文や久坂美和の人生を巧く現した物で、「花がいっぱい咲いている」という表面上の意味の他に、裏には「楽しい話がいっぱい」という意味が存在している。確かにそうであろう。杉文や久坂美和の人生は楽しい話だらけである。

 それなのに毎回ドラマを見ても、1つも笑えない。これでは題名と中身が余りにも違い過ぎるのであって、それが資料率低迷を決定づけてしまった。1回の放送に付き、笑えるシーンを幾つか設けるという制約を課しておけば、視聴率はグングン上がっていった筈である。

 花燃ゆは画数でいうと「26画」なので、本来なら、もっと登場人物たちの事を詳しく描かなければならなかった。それなのに脚本家はそういう描き方をしなかったので、これもまた画数と違い過ぎるから、それで視聴者が離れてしまったのである。

 『清盛』といい『江』といい、脚本が酷ければ、どうにもならないのであって、脚本家に能力がなければ絶対に抜擢してはならない。大河ドラマの脚本家が務まる者は相当に実力がなければならず、女性だからという理由で抜擢したのが、こういう無様な結果になってしまったのである。

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常総市の水害は人災である!

●自然堤防の威力

 今年の9月に鬼怒川が氾濫してしまい、栃木県と茨城県に被害が出た。幸いな事に死者が2桁に行かなかったので、死者こそ少ないのだが、本来なら起こる筈のない場所で洪水が発生したので、それで被害が拡大してしまった。

 鬼怒川は洪水を起こす可能性がある河川だが、鮎などの魚も取れる河川であるので、「自然堤防」なる物を用いて治水を行っている。自然堤防というのは、氾濫原において河川の流路に添って形成される微高地をいう。

 自然堤防は堤防が低いのだが、川を蛇行させて流れを弱くすれば、洪水の危険性を防ぐ事ができるようになる。しかもコンクリートを使わないので、それで川魚が生息できるようになり、鮎などの魚が取れるようになるのである。

 堤防といえば人工堤防と思っている人たちからすれば、「自然堤防で洪水を防げるの?」と思ってしまうものだが、自然堤防は洪水に対して効果があるからこそ使用されている。自然堤防は何も鬼怒川だけでなく、他の川でも使用されているのであって、洪水に対しては充分な効果があるのは実証済みなのである。

 確かに今回、記録的な大雨が降ったから洪水が起こったのだが、そのまえに一週間以上に亘って雨が降り続けていたのであって、その上で記録的な大雨が降ったからこそ洪水が発生したのであり、もしも記録的な大雨だけなら洪水は起こらなかったのである。

●これは天災ではない。人災である。

 ところが今回の洪水を調べていくと、これは明らかに天災ではなく、人災であるというのが明確に解った。その人災を引き起こした最大の張本人が、常総市の高杉徹市長その人であった。彼は日本社会党の国会議員の息子であり、連合の推薦を受けて当選したので、社会主義者だと判断していい、 

 洪水を引き起こした若宮戸地区には「十一面山」という小高い丘があって、それが自然堤防の役割を果たしていた。そこに脱原発を唱える高杉市長はソーラーパネルを設置して、2m分の丘を削ってしまったのである。

 今回の洪水では川の水が堤防を越えて溢れてしまい、それで洪水を引き起こした以上、この2mという高さは決定的な物であるといっていい。もしも自然堤防を削らなければ、絶対に洪水は発生していなかったのである。

 となれば、これは明らかに人災であると判断すべきであろう。これが人災だと判断できる材料は他にもあって、被災地では偽情報が流され、

「モグラが堤防に穴を開けたから洪水が起こった」

という情報が出たというのである。俺はこれを聞いて大爆笑してしまった。モグラが堤防に穴を開けて洪水を引き起こしたのなら、他の河川でも起こりうる事だが、そんなアホな洪水はどこの河川でも起こっていないからだ。

 誰かが、より正確に言えば、どこかの組織が意図的に偽情報を流しているのである。

 高杉市長は市長就任時に所信表明演説で,

「「常総市は一番優秀なサービス産業だ」と言われることを目標にする」

と言っていたのだが、結果的には洪水を引き起こす事で、

「常総市は一番最悪のサービス産業になってしまった」

という事なのである。

●非常時に於ける社会主義者たちの特徴

 俺は洪水発生時に於ける常総市の高杉市長の対応を見た時、伊豆大島の災害を思い出してしまった。社会主義は私有財産制度を否定するために、社会主義者たちは人の命を徹底的に軽んずる。人の命を守るという考えが根本から欠如しているのである。

①避難指示を出さない

 気象庁が記録的な大雨になると事前に報道していたのに、高杉市長は避難指示を出さなかった。常総市が避難指示を出さずに洪水が発生し被害を拡大させたのなら、常総市はその責任を負うべきであろう。避難指示を出さないというのは、社会主義者たちの特徴であるので、不作為による不法行為に対しては徹底的に攻撃しなければ成らない。

②現地対策本部を設置しない

 高杉市長は洪水が発生したというのに、現地対策本部を設置しなかった。被災した市民たちが市役所に乗り込んで強硬に主張したからこそ現地対策本部を設置したのであって、もしも市民たちが激怒しなかったら、永遠に現地対策本部を設置しなかった事であろう。

 現地対策本部を設置しない限り。救助も復旧復興も巧く行かない。これは非常事態に於ける鉄則であり、非常事態になったというのに、平時の組織で乗り切ろうとしては絶対にダメなのである。平時の組織は非常事態を乗り切れるようにはなっていないのだ。

 阪神淡路大震災でも村山富市首相はなかなか現地対策本部を設置しなかったし、東日本大震災では菅直人首相はなんと大震災が発生してから3ヵ月間もの間、現地対策本部を設置しなかった。これでは被災者たちに「死ね」と言っているようなものなのである。 

③無能だと判明したのに辞職しない

 高杉市長ではこの非常事態を乗り切るのは無理であろう。だったら辞職して、この非常事態を乗り切る事のできる人に任せればいい。それなのに高杉市長は辞職せず、無能が判明したというのに、そのまま市長をやり続けるのである。

 市政という物は市長の良し悪しで決まってしまうものであり、自分が市に於いて善政を行う事が出来るのなら市長で居ててもいいが、悪政しか行えないのならとっとと辞任すべきであって、そのような無能な者に長居されては、市民が大損害を被ってしまう事に成るのだ。

●常総市の一体何が狙われたのか?

 常総市の一体何が狙われたのかといえば、

「高杉市長が《脱原発》を唱えていたため」

というしかない。原発は桁が兆を超えるほどの利権がある以上、原発業者たちはそう簡単にこの利権を手放す訳がない。それなのに無理矢理に脱原発をやるなら、洪水を引き起こすということしかねないのだ。 

 どこかの組織が意図的に洪水を引き起こしたとなれば構図は簡単なのだが、今回の洪水では自然堤防を削ったのは、高杉市長の方なのであって、その高杉市長の無能が利用されてしまったのである。

 被災地では火事場泥棒が発生したのだが、ボランティアと称して被災地に入り、火事場泥棒を行う、そういう組織が存在しているのであって、その組織は事前に洪水が起こる情報を得て準備し、洪水が起これば組織的に火事場泥棒を行ったのである。

 常総市は豊かな土地である。豊かな土地だからこそ、その豊かさの中で人々の忍耐力が失われ、それで禄でもない市長を選んでしまった。無能な市長は平時でも危険な存在なのであって、非常事態になればもっと危険であり、常総市の市民たちは無能な者を市長に就けてしまった事で、大損害を被る羽目になってしまった。

 洪水によって経済を破壊してしまえば、市民たちは脱原発を唱える市長を次の選挙で落とさざるを得ない。そうなれば脱原発を唱える政治家が1人消えるので、それで原発業者たちは自分たちの利権を維持する事が出来るようになるのである。

●「市民の声を聞いて」というのは「一般意思の言いなりになれ」という事

 今回の洪水で笑ってしまったのが、市長が被災地を見て回り、被災者たちから「早くに現地対策本部を設置しろ」と怒鳴られているのに、高杉市長は「市民の声を聞いてから決めます」と言っていたことだ。高杉市長は市民の目の前でこの発言をしていたのである。

 「市民の声を聞いて」というのは、本当に市民の声を聞くのではない。これは「一般意思の言いなりになれ」という事なのであって、ジャン・ジャック・ルソーの『社会契約論』をきちんと読んでいないと、彼が一体何を言っているのか全く解らない事に成ってしまう。

 ルソーは孤児上がりゆえに、「倒錯話法」を駆使して物を述べてくる。『社会契約論』というのは市民たちが契約して作る国家の事を述べたのではなく、立法者による独裁国家の事を述べた物なのであって、社会契約というのは、この独裁国家に自ら契約して入りなさいということなのである。

 高杉市長の父親は日本社会党の党員だから、一般意思というのは党首の意思だという事が解った事であろう。しかしその息子は無所属だから、一般意思というのは「俺の言う事を聞け」という事に成る。

 市政を運営していくためには、市長が様々な人たちの意見を聞いていかなけfればならない。しかし人間は愚かだから、知恵ある意見を言って来る者はごく稀である。だから市民の声を無暗に聞けば、何も決められなくなってしまう。だったら自分が独善的にやってしまった方がいいということになる。

 ところがそんな事をやれば、確実に市政は破綻してしまう。今回、常総市に起こったのはまさにこれであり、

「民主主義というのは実際の政治に於いて全く役に立たない」

という事が解らないから、市民たちが自ら禄でもない市長を選んでしまい、とんでもない目に遭ってしまってしまうのであfる。

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103歳になっても、何も解っていない人

●老人だからといって偉い訳ではない

 10代の時には相手が老人だからといって敬意を表してしまうが、それは一見正しいようで間違っている。老人だからといって偉い訳ではなく、ただ年を取ったバカ者という者は幾らでもいるものだ。思春期という大事な時期に、禄でもない老人たちの意見を聞いてしまえば、自分の人生が巧く行かなく成ってしまうのは当然のことなのである。

 俺の人生経験から言わせて頂くと、男性の場合、仕事で成功している事が絶対条件であり、仕事で成功している人の意見だけを聞き、仕事で成功していない人の意見は聞かない方がいい。だから男子中高生が学校の先生の意見を聞いてしまうと、巧く行かなくなってしまうのである。

 女性なら結婚して、妊娠出産育児を経験した事が絶対条件であり、出来ることなら3人以上生んだ女性の方の意見は傾聴に値する。女性は赤ちゃんを3人生むと、母親として一人前になれるので、それで智慧のある言葉を幾らでも言う事が出来るのである。

 女性は結婚すると、妊娠出産育児のために第一線から退かなければ成らない。当然に収入は減り、生活は苦しく成る。しかしこの時期に生活の質が上昇し、それでレベルアップしていくことができるようになるのだ。

 今回、知り合いの女性作家から、

篠田桃紅著『103歳になってわかったこと』(幻冬舎)

を貰った。題名からして嫌な予感がする。プロフィールを調べてみると、103歳になるまで独身であるというのが解った。結婚していないのに、何を語るかと思いきや、やはり内容は禄でもなかった。

●倒錯話法の連発

 女性は結婚する事によって自立するので、結婚しないということは自立できないという事に成る。確かに美術家として経済的には自立した生活を送っているが、精神的には死んだ両親から全く自立できていない。俺はまるで女学生が書いた文章を読んでいるような気がした。

 作者が自立していないために、この本は倒錯話法の連発であり、言っている事と、やっている事が全然違うというのが解らないと、この作者が一体何を言っているのか全く解らなく成る。日本語で書かれた本なのに、翻訳が必要になる。

「私の死生観はない」

→これは本当に死生観がないのではなく、「私は美術家として生きているが、死ねばそれで終わり」ということであり、死生観をしっかりと持っている。因みに彼女の死生観は禅宗に基づく物であり、禅宗が解ると彼女が何を言っているのか実によく解る。

「百歳はこの世の治外法権」

→だったら犯罪をやってみなと言いたくなるのだが、彼女が言いたい事は、自分が若い頃から美術家として自由に生きて来たし、老齢になれば老齢を理由に約束を破る事も平気になったということであり、本当に治外法権という事はではない。

「いつ死んでもいいは本当か?」

→篠田桃紅に言っておく。これは本当だ。彼女は結婚していないから、そういう間違った考えを持ってしまうだけの事であり、結婚してしまえば自分の妻子が路頭に迷わまないように配慮するのは当然のことなのである。「死を覚悟して生きる事の大切さ」を解っていないからこそ、自分の持てる力を最大限に発揮することができないのだ。

「いい加減はすばらしい」

→だったら自分の作品でやってみなといいたくなる。「画龍点睛」という四字熟語があるように、画家というのは、徹底的に物事を貫き、最後の一打を決め込むからこそ、名作を作り出すことができる。芸術作品はアンバランスこそバランスなのであって、中庸では駄作になってしまうものなのである。

「あなたの人生を枠に収めない」

→篠田桃紅の人生はきっちりと枠に収まってますと言い返しておく。美術家として枠に嵌って生きているではないか? 枠に収まろうが、枠から食み出そうが、それはその人が決める事であり、他人がとやかく言うことではない。もしも他人に何かを言いたいのなら、自分自身、美術家である事を辞め、他の職業に転職すればいい。

●篠田桃紅への運命鑑定

 『103歳でわかったことは』は屑本である。作者は103歳なので、年齢相応に立派な事も言っているが、根本が幼稚であり、何か偉大な真理に到達した人ではない。それなのにこの本は10万部も売れたのだから、日本国民は大丈夫かと心配になってしまう。

①生年月日 大正2年3月28日

 篠田桃紅は寅卯天中殺なので、父親と縁が深いが、母親とは縁がない。事実、父親から書を習い、その後、美術家へと転身している。父親はいつまでも結婚しないこの娘に「結婚するように」と遺言を残して死んだのだが、篠田桃紅はこの遺言を守らなかった。

 母親は意外とバカな人で、結婚しないこの娘に対して「やりたいようにやりなさい」といって、独身を認めてしまった。寅卯天中殺の人は母親の意見を聞いてしまうと、どうしても自分の人生が巧くいかなくなるのであり、結婚しなかったことが最大の失敗である。

 寅卯天中殺の人は結婚を大事にし、子供たちを産み育てる事に生き甲斐を見出す。パワーがあるために結婚と仕事の両立は簡単にできてしまう。有名な所では与謝野晶子がいる。だから結婚しないとなると、夫や子供たちからパワーが得られないので、それで大した仕事はしてこない。

 この運命星の人は長寿であり、和風の物が大好きであり、芸術作品に異常な興味を示す。それゆえ長寿の秘訣など別にないし、外国に行っても日本に戻って来るし、美術家として生きていく事も出来る筈である。

②芸名「篠田桃紅」

 地格は19画なので、見た目以上に心が冷たい。この本を幾ら読んでも愛を感じられないのはそのためである。もう1つの特徴は「根なし草」であり、それでどこの美術団体にも所属せずにやってきたし、外国を放浪するようなことをやった。

 人格は15画なので、みんなでワイワイガヤガヤするのが好き。だから家族がいないのは非常に残念であり、30代から60代を巧く活かせなかった。 この画数は集中力がないので、美術家として生きていくのは無理がある。

 外格は16画なので、穏やかに安定に生きる運命にある。彼女の意見は隠遁した人の意見だと思って聞いた方が無難である。しかしこの画数は突如として幸運に恵まれるので、それで有名な美術館や公共施設に収蔵されたにすぎない。

 総格は42画なので、多才だがどれも一流に達しない。典型的な器用貧乏である。事実、彼女の作品は一流の品ではないという前提で見ると、騙されることなく正しい評価を下すことができる。篠田桃紅からはどう調べても、美術家としての要素は見出せない。

③本名「篠田滿洲子」

 しかし本名となると、事態は一変する。

 地格は26画なので、若い頃からファッションセンスがダサく、婚期を逃し易い。少女時代から服の好みは変わっていないのだから、子供の頃からババ臭い服を着ていたことになる。これでは結婚するのは無理であろう。

 人格は19画なので、30歳以降は日本には縁がなく、外国と縁がある。だから43歳でアメリカに行くと、運が開けたのである。彼女は和風の物を好んでいるが、実は和風モドキであり、中身はアメリカ的な物であるのだ。

 総格は49画なので、晩年は感性が鋭く、芸術方面で大きな仕事をすることになる。本名でなら美術家としての運命が示されているので、本名で仕事をやった方が断然に良かった。芸名を持ってしまったがために、一流の作品を作ることができなくなってしまったのである。

●「人生は1人で面白い」、そんな訳ない!

 芸術家は奇人変人が多いものだが、この篠田桃紅も紛れもなく奇人変人である。しかし普通の芸術家たちのように何か自分の書きたい物があるから書いているのではなく、気が向くままに書いているのであり、これでは「雲水」が芸術家に成ったと考えた方がいい。

 篠田桃紅の言葉で最も気に食わないのが、

「人生は1人でも面白い」

という事であり、これに対して俺は、

「そんな訳ないだろうが!」

と反論したくなる。人間は誰しも1人では生きていけないいのであって、必ず誰かの手助けを必要とする。芸術家は自分の作品を買ってくれる人たちがいて初めて仕事として成り立つ。それなのに彼女は全くそれが見えていないのだ。

 人間は自分1人でも楽しむ事が出来るが、それは長く続かず、いずれ人が恋しくなる。人間はこの世に生きている以上、様々な人たちの影響を受ける。「これが自分だ」と幾ら思っても、自分は変化していくし、他人との関係を断ち切った状態で存在しえない。

 篠田桃紅は身内が全員病死してしまったので、自然に対しては謙虚でいる。しかし人間に対してとか、世間に対してとかには、全く謙虚ではないのだ。

「よくぞそこまで傲慢になることができるな」

というのがこの本を読んだ俺の感想である。

 自由というのは飽くまでも「法の下の自由」なのであって、法の支配を認めずして自由を追い求めたとしても、結局、人生のなんたるを知らず、自分が本当にしなければ成らない事を何もせずに年老いてしまう。

 それにしてもなんでこんな屑本を知り合いの女性作家が寄越してきたのか疑問に思って訊いた所、

「あの本、出版社から貰ったんだけど、詰まらなかったから捨てようと思ったの。でもベストセラーになっているから、捨てるに忍びず、それで上げたの」

との答え。

 屑本と解っているのならとっとと捨てろ。幾らベストセラーになっても屑本は屑本だよ。

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漱石の妻から見た夏目漱石

●思春期だからこそ

 夏目漱石の小説には中学生や高校生の時なら読まれるのだが、高校を卒業してしまうと読まれなくなるという批判がある。これはちゃんとした理由があって、それは夏目漱石が幼少の頃、養子に出されたことがあるからなのである。

 人間は思春期を迎えると、自立するために親から離れて行こうとする。その時期は両親がいるような作家の小説よりも、両親のいない作家の小説の方が理解し易いということになる。だから養子に出されたことのある夏目漱石の小説はこの時期になら読まれるのである。

 しかし自分が大学生になってしまうと肉体的成長のピークを迎えることになるので、自立するか否かよりも、もっと世界の事をあれこれ考えるように成るので、それで夏目漱石の小説を卒業していってしまう。

 文学という物は年齢に関係なく読める物ではなく、年齢によって大きな変化を受ける代物であり、小学生なら児童文学、中高生なら青春文学、大人向けの普通の小説は大学生に成ってからとした方がいいのである。

 気を付けるべきは、小学生や中高生の時は充分な読解力がないために、その小説の中身をきちんと理解していないのに、「あの本は良かった~」と言ってしまう事だ。この手のバカは幾らでもいるからこそ、本当は大した小説ではないのに、高い評価を与えられてしまう物が出て来てしまうのである。

●人間不信、個人主義、そして則天去私

 夏目漱石は文豪だと言われるのだが、殆どの人たちが夏目漱石の小説をきちんと読み切っていない。正しく理解していないからこそ、文豪だと思い続けているのである。因みに夏目漱石が文豪というのは日本だけでしか通用しないのであって、海外に出せば夏目漱石なんて全く知られていない作家であるのだ。

 夏目漱石は首尾一貫して「人間不信」であり、人間不信という観点から見れば、処女作の『吾輩は猫である』も、『坊ちゃん』も、『こころ』も、『明暗』も全てその謎が解けるように成っている。人間不信が解らないからこそ、小説の表面上の話に騙されてしまうのである。

 なぜ夏目漱石が人間不信なのかといえば、実の親に捨てられ、養父母にも捨てられたという経験があったからであり、自分の親ですら信じていない人が、他の人たちを信じれる訳がない。ここまで人間不信の人は滅多にいないからこそ、夏目漱石の小説を読んでも良く理解できないのである。

 夏目漱石の「個人主義」は、この人間不信から生み出された物であり、人間を誰も信じていない以上、自分だけが頼りなのであって、他の人に頼ることなどしなくていい。ここまでドライに個人主義に徹した人はいなかったからこそ、夏目漱石には多くの弟子たちが付く事に成る。

 個人主義だと他人と理解し合う事は不可能であるがゆえに、それで夏目漱石はこの世で生きていく事に苦しむ事に成る。それで修善寺の大患を経験すると「則天去私」の境地に辿り着く。この則天去私は個人主義と矛盾するものではなく、個人主義を補完した物だと考えた方が解り易い。

●『漱石の妻』

 夏目漱石を研究する時、「夏目漱石は文豪である」というl先入観があるために、「夏目漱石は誰も信じていなかった」という事実を見抜ける者たちが非常に少ない。国文学者たちは結婚しているので、少なくとも妻子を信用しているからだ。

 このため国文学者たちが研究した物でいい物は余りない。国文学者たちの研究がこの有様だから、小説家が書く伝記小説だっていい物はない。しかし夏目漱石ではなく、夏目漱石の妻である夏目鏡子を主人公にすれば状況は一変することになる。

 鳥越碧著『漱石の妻』(講談社)という伝記小説があるのだが、これは伝記小説としては不合格なのだが、夏目漱石の人生をかなり巧く描いているという事では成功している。鳥越碧は夏目漱石の小説をきちんと読み切っている点は大いに評価していい。

 『漱石の妻』は鏡子の回想のシーンから始まるのだが、伝記小説に於いて回想のシーンから始まる伝記小説は下手糞な作家がやる典型例である。しかも「作者はちゃんとした恋愛や結婚をした事があるのか?」と訊きたくなるほど、恋愛や結婚に対してまともな考えを持っていない。

 しかし『漱石の妻』を読むと、夏目漱石の結婚生活が大体解るようになっている。夏目漱石は朝日新聞社の社員として生活を維持しながら、小説を書いていたのであり、だから処女作の『吾輩は猫である』以上の作品を作る事が出来なかった。

 小説家としては高い評価を受けたかもしれないが、家庭内では妻や子供たちに暴力を振う禄でもない男性であり、その漱石が妻のひたむきな献身と貢献を受けている内に、徐々にまともな既婚男性へと変化していった。

●『漱石の思い出』

 『漱石の妻』で納得がいかないのは、鏡子は夏目漱石の小説を理解し、正当な評価を与えていたという事である。それは絶対に有り得ない。鏡子は妊娠出産育児で忙しかったのであり、漱石の小説をじっくりと読むことができなかった。それに鏡子の性格と能力からいって、漱石の小説を云々論評するという事は無かった筈だからである。

 そこで夏目鏡子著『漱石の思い出』(文藝春秋社)を取り寄せ読んでみた所、これが実に面白い。夏目漱石の如何なる小説よりも、『漱石の思い出』の方が断然に面白いので、漱石の小説を読む前にこの本を読むと、夏目漱石の小説が実によく解るようになる。

 妻の証言からすると、夏目漱石は若い頃から精神病を患っていたのであり、妻自身が夏目漱石の精神病に気付くのは夏目漱石がロンドン留学を終えて帰国してからであり、これ以降、夏目漱石が死ぬまでその対応に追われることになる。 

 鏡子は朝寝坊であり、午前10時を過ぎてから起床するというような人だったので、それで早起きの夏目漱石とは生活習慣の違いから常に爆弾を抱えているようなものであった。しかしそれでも鏡子はとしてやるべきことをきちんとやっており、「鏡子あっての漱石」だったというのは、この本を読むと実に解る。

 夏目漱石の弟子たちは夏目漱石の一面しか見ていない。というか、晩年は精神病が悪化し、弟子たちに対しても悪態をついたのに、それでも夏目漱石を賞賛することをやめなかった。このために世間の人たちは決定的に誤解してしまったのである。

 夏目漱石と鏡子は夫婦喧嘩をしまくったかもしれないが、鏡子は夏目漱石の死後、子供たちに、

「色んな男の人たちを見てきたけど、あたしぁお父様が一番いいねぇ」

と言ったという。これほど深い愛情を持っていたのだから、やはり運命の出会いだったのである、

●漱石と鏡子の相性

  ここで漱石と鏡子の相性を占ってみようと思う。

①音相では相性が抜群に良い

 音相では、金之助は「妥協しない働き者」であり、鏡子は「良く動き回るちゃっかり者」であり、相性は抜群に良い。だから漱石は結婚後にイギリス留学を命じられたり、作家になって成功したりした。但しこの夫婦だと生活に落ち着きがなく、常に走り続けなければ成らない夫婦になってしまう、

 夏目漱石夫妻は二男五女に恵まれ、後に五女は死亡したが、それでも6人の子供たちが健康に育っていったことは絶対に忘れては成らない。現代の作家たちのように結婚もせず、子供もいない状態で小説を書いていたのではないのである。

②字画では相性が極端に悪い

 字画では、金之助が18画であり、鏡子が22画なので、相性は極端に悪い。漱石が家庭を犠牲にしてまで働こうとするのに、鏡子は家庭を大事にするので、それで衝突が絶えなかった。それでも漱石となると19画になるので、これは相性がよくなり、それで離婚するほどの物ではなくなってしまうのである。

 夏目漱石と鏡子の結婚は、結婚式の際に3つ組の盃が1つなかったり、初めての子を流産したり、度々泥棒に入られたりしたりと、結構、不幸が多発している。字画の相性の悪さを考えると、こういう事は起こって当然だといえる。

③字相に隠された秘密

 字相となると、この夫婦の思わぬ秘密が明らかになる。金之助に対して鏡子なので、鏡子は「鏡」という文字をもっているがゆえに、相手の姿を映し出すということをしてしまう。これが夏目漱石にとっては癪に障って仕様がなかったのである。

 例えば夏目漱石は個人主義者なのだが、鏡子は家族の中にどっぷりと浸かって生きている。夏目漱石は家の外なら個人主義者として生きても何の問題もないのだが、家の中では鏡子の姿に自分の姿が写ってしまうので、それで個人主義の欠点が暴露されてしまうのである。

 夏目漱石は合理的な事しか認めないのに、鏡子は占いを信じているので、合理性を追求してもどうにもならない部分、即ち「運」とかになってしまうと、鏡子の言っている方が正しいということになってしまう。

 こういったことが夏目漱石の怒りを爆発させてしまい、それで鏡子に暴力を振ってしまう。しかし鏡子は夫から暴力を振われても、夫を信じ抜いているので、それで更に怒る事に成る、だがこういう怒りは自分を傷つけてしまうので、だから胃潰瘍が悪化し、最終的にはそれで死亡してしまったのである。

●閑人の効用

 夏目漱石の小説は文豪が書いた名作と見るよりは、精神病患者が書いた作品を見るべきであって、その方が正しく理解することができる。実の親からも、養父母からも愛されることなく育ったという異常な生い立ちが、夏目漱石の精神を病気にさせてしまったのである。

 それなのになぜ日本文学史に於いて夏目漱石の小説が高い評価を受けるのかといえば、それは夏目漱石の小説が現代の仮名遣いで読める小説の最古の物なので、それで近代日本文学といえば夏目漱石の小説ということになってしまうからなのである。

 しかし現代的仮名遣いで書かれた小説は現在なら幾らでもあるのだから、じゃあなんで夏目漱石の小説だけが特別な評価を与えられてしまうのかということになる。それにはちゃんとした理由がある、それは夏目漱石が、

「閑人の効用」

を理解していたからなのである。

 もしも国民の全てが労働していたら、文学なんて物は絶対に生まれない。労働から解放されて閑な人がいるからこそ、文学の事を考え、人間の理想はどういう物であるかを指し示し、小説を書き上げていく事が出来る。

 小説家や文学者たちがいるからこそ、国民は精神的に豊かになっていくのであって、これは労働して富を生み出している人たちではなし得ない仕事なのである。どんなに経済大国であっても、文学のない国は、一見、人々は豊かに生活にしているように見えて、実は仮初の繁栄を謳歌しているにすぎないのだ。

 閑人だからこそ小説を作れるのだが、小説をヒットさせてしまえば、「小説家の職業化」が起こり、小説創造が労働に成ってしまう。事実、夏目漱石のすぐ後はそうなってしまい、だから大量のヒット作が出たというのに、夏目漱石の小説を超えることができなくなってしまったのである。

 最後にタマティーの俳句を一句。

「梅雨猫や 小説の中で 雨宿り」

ニャオン。cat

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