文化・芸術

エリザベス女王死去の大問題

●エリザベス女王の寿命は既に尽きている
 去年の段階で、「エリザベス女王の命運は既に尽きており、死ぬ可能性がある」と俺は予言しておいた。これはごく一部の人たちに伝えただけであり、このブログでは公開しなかった。すぐに死ぬ兆候は見られなかったし、エリザべス女王の死去より、パククネにとんでもない災厄が起る方がより強力に予言できたからだ。
 
 事実、パククネは大統領を辞職しない物の、大統領として権限を行使しないという事になってしまった。今年の大予言はなんといっても、ドナルド・トランプの事がメインなので、それでエリザベス女王の事はまたも公開しなかった。しかしエリザベス女王は年末にひどい風邪を引いたらしく、いよいよ寿命が尽きる来たと判断していい。
 
 エリザベス女王は1952年に即位しているので、2017年の段階でなんと「在位65年」である。どう考えても長すぎる。日本の昭和天皇の時もそうであったが、君主の在位が60年以上に及んでしまうと、どうしても次の君主の治世は停滞し衰退してしまう事に成る。日本は失われた20年を経験したのであって、イギリスも日本と全く同じような事になるであろう。
 
 立憲君主制国家の場合、君主は20年で交代するのがベストだと思う。どんなに長くても30年が限度であろう。如何なる政府も10年以上、同じ路線を取る事は出来ない。10年ごとに政策を変更していかないと、政府は維持できないのだ。政策をどうするかは首相が決める事なのだが、それでも2回か3回変更すればもう充分であり、君主は最大在位30年で譲位した方がいいのである。
 
 エリザベス女王は現在「90歳」であり、なんで今まで譲位してこなかったという事に成る。幾らなんでも90歳のお婆ちゃんが居れば、下の者たちは全員腐ってしまう事であろう。自分が健康で居られ、心身とも女王としての仕事ができるのは80歳が限度であり、80歳になる前までに譲位しておくべきだったのだ。
 
●皇太子殿下は訪英できるのか?
 日本にとって、エリザベス女王の死去は他人事ではない。もしもエリザベス女王が死去した場合、皇室の慣習法上、天皇陛下は訪英して葬儀に参加する事ができないので、その代り皇太子殿下を派遣する事に成る。「その皇太子殿下が本当に訪英できるのか?」という事なのである。
 
 ヨーロッパでは夫婦は一緒に行動するので、皇太子殿下が訪英するという事は、妻の雅子妃を連れて行くという事を意味する。だからこれは「雅子妃の問題」でもあるのだ。雅子妃は精神病を患っているので、病気のために訪英できないとなれば、皇太子殿下は大恥をかく事に成る。
 
 エリザベス女王の葬儀に雅子妃が参加しないと成れば、そのような問題のある妻が居る皇太子殿下を天皇に即位させる訳にはいかないというようになってくる事であろう。既に天皇陛下が退位の意向を示されているので、こんな大事な時期に妻の問題でケチが付けば、皇太子殿下の立場は非常に危うくなる。
 
 安倍首相は秋篠宮殿下を皇太子に相当する待遇を得させようという法律を国会に出すつもりでいる。という事は、皇太子殿下が天皇になっても、その在位は一時的な物であり、皇統は秋篠宮殿下の方に行くという事に成る。訪英は天皇即位のための「最大の試金石」になってしまうのであって、皇太子殿下は余程覚悟しないと、足を掬われてしまい事に成るであろう。
 
 本来であるならば、こんなに問題のある妻は捨ててしまった方がいい。今からでも若い女性を貰えば、その女性は男子を産む事に成るであろう。そうなれば、皇位継承の問題は何もなくなる。天皇家ではまずは男子を産まないと話にならないのであって、男子のいない皇太子というのは、どう立ち回ってもダメなのである。
 
 
●チャールズ王太子は国王たりえるか?
 エリザベス女王の死去が大問題を引き起こすのは、当のイギリスでも同じであり、チャールズ王太子が国王になってしまうからこそ、これは本当に大問題になってしまう。なぜならチャールズ王太子は家系からの食み出し者なのであって、もしもチャールズ王太子が国王になってしまうと、イギリス王室を潰してしまう事に成るかもしれいないのだ。
 
 チャールズ王太子には前の妻であるダイアナ妃が産んだ王子たちが居るので、国王になる条件は充分に満たしている。現在の妻ももうお婆さんではあるが、カミラ王太子妃が居るから、なんの問題もない。問題なのはチャールズ王太子本人であって、自分の運命星が王位継承者ではいからこそ、チャールズ王太子の即位を危険視しなければならないのだ。
  
 イギリスは現在、スコットランドの独立問題を抱えている。もしもチャールズが国王になってしまえば、本当にスコットランドが独立するとも限らない。ブリテン島を纏める事ができなければ、幾らイギリスと雖も国力は一気に低下してしまう事であろう。スコットランドが独立する事はないと思っている人が殆どだろうが、国王に国王にはなっていない者が就けば、何かの問題を切っ掛けに独立してしまうかもしれないのだ。
 
 チャールズ王太子とカミラ妃の運命星は、チャールズ王太子には精神的な苦悩を、カミラ妃には肉体的な病気を引き起こしてしまう関係にある。なんでこの2人が結びついてしまったのかというと、カミラ妃が大恋愛をする事によって自分の運命を大きく変える事ができるからで、それでチャールズ王太子と大恋愛をする事によって結ばれてしまったのである。
 
 しかも今年2017年に即位してしまえば、今年はチャールズ王太子にとっていい運気ではないので、それで早々と7年後辺りで死亡してしまうか、長生きできたとしても問題だらけの治世になってしまう。どう占ってみても、いい結果は何1つないのだ。やはりここでも、エリザベス女王の在位期間が長すぎた悪影響が出て来てしまっているのである。
 
 
●ウィンザー朝の呪われた王位
 現在のイギリス王室はドイツからやってきて、「ハーノーヴァー朝」と名乗った。この王朝名だとドイツを想像させてしまうので、1917年に「ウインザー朝」と王朝名を変えた。しかしこのウインザー朝と名乗るようになってから、イギリスは落ち目になっていき、殆どの植民地を手放す事になってしまった。
 
 ウインザー朝ではその王位は呪われており、国王が交代すると、戦争が起っている。しかもその戦争はイギリスの国益を大いに損ねているのだ。ジョージ5世(在位1910年~1936年〉の時には即位後に第一次世界大戦が起っている。ジョージ6世(在位1936年~1952年〉の時には即位後に第二次世界大戦が起っている。そしてエリザベス女王の時には即位後にスエズ動乱が起っているのだ。
 
 となると、チャールズ王太子が即位すれば、イギリスはどこかの国と戦争になり、その戦争でイギリスは敗北してしまう事に成る。イスラム教過激派からテロ攻撃を受けている以上、現時点で戦争が起る場所は中東という事になろう。既に中東では戦争が起っている以上、こんな所に手を突っ込めば、戦争に負けてしまうのは当然の事、イギリスの独立すら危うく成ってしまうに違いない。
 
 チャールズ王太子はハーノーヴァー朝としては12代目の国王、ウインザー朝の国王としては5代目の国王である。徳川将軍家は15代続いたが、12代目の家慶以降、3代続いたが、どの将軍たちもまともな政権を築けなかった。また5代目の綱吉の時は、武断政治から文治政治への転換という大きな作業をやってのけたからこそ、その後、江戸幕府を長持ちさせる事が出来た。
 
 尤も天皇家の方も他人事で済まされる問題ではない。明治以降の天皇としいぇは、皇太子殿下は5代目の天皇である、5代目の君主は「武断政治から文治政治への転換」を図らなければならないのであって、戦争するなど以ての他なのだ。しかし日本を取り巻く環境は平和を維持するのは難しくなってきており、日本もイギリスとは違う形で大変なのである。
 

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平成29年度のタマティーの大予言

明けましておめでとうございますheart04lovelyheart04
 
 小説は相変わらず苦戦しておりまして、なんと「9戦9敗」の負けっ放し。ここまで負け込むと、幾ら負けてももうへっちゃらになってしまう。尤も第10戦目は自分でも納得の行く物を出せたので、少なくとも第一次選考は突破すると思う。それと他にも「絶対に泣けて笑える恋愛小説」を企画中なので、今年の早い段階で出来上がる事だろう。
 
それでは毎年恒例の「タマティーの大予言」からスタート!
 
 
●丁酉の意味
 
 平成29年度は「丁酉」の年である。
 
「丁」とは「釘」が字源であって、十干の4番目の「火の弟」になる。丁は釘の字源から転じて、「夏時に草木の繁茂する事」を意味する。そこから「強い」「盛ん」の意味も派生してきた。上から下に打ち込む物があるので、上下が争う事が必死になる。
 
「酉」とは「酒を醸造する器の形」が字源であって、「十二支の10番目」になる。酉は酒壺の字源から、「実る」「豊か」「成る」「老いる」「熟成する」のどの意味が出て来た。大地は人々に恵みを齎すので、人々の生活は非常に豊かになっていく。その豊かさを利用して政府に反抗していく事もできる。 
 
 だから丁酉の年は、「政府は国力が盛んなので、内政を充実させ、外交などで手を広げていくべきであり、庶民は豊かさを享受し、文化を豊かにしていかなければならない」という事に成る。気を付けるべきは、政府と国民が争ってしまう事であり、下手に政争が激しくなると、そのために貴重なエネルギーや時間が奪われ、政府も国民も自分のすべき事ができなくなってしまうという事である。
 
 
●丁酉の年に起った出来事
 
 丁酉の年に起った出来事を調べてみると、丁酉の年の特徴が明確に見えて来る。
 
①昭和32年(1957年)
 この年、日本は国連安保理の常任理事国入りを果たした。第二次世界大戦では枢軸国と戦ったので、敗戦から僅か12年で戦勝国の有力国たちの仲間入りを果たす事ができた。尤もこの背景には冷戦があったのだが、日本はそのソ連と日ソ通商条約をこの年に締結した。国内では「全日本農民組合連合会」が結成されたので、農民の力が強くなり、生活が豊かになったと同時に、日本の食料品は高値になってしまった。
 
②明治30年(1897年〉
 この年、日本は万国郵便条約に調印しており、これで諸外国との郵便物のやりとりができるようになった。国内では「労働組合期成会」が設立され、これ以降、日本の労働運動は激化していく事に成る。また「三陸大津波」が遅い、特に岩手県は大打撃を受けた。三陸大津波の教訓をもっと活かしておけば、東日本大震災はあんなにも被害が大きくならなかったのかもしれない。
 
③天保8年(1837年)
 この年、江戸幕府は「モリソン号打ち払い事件」を引き起こし、この事件が後に、ペリー艦隊の来航に繋がってくる。国内では「大塩平八郎の乱」が起り、大阪の街はこれで焼かれてしまった。各地で大飢饉が発生し、餓死者はそれほど多くなかったが、天保の大飢饉の余波はまだ続いていたのである。 
 
④安永6年(1777年)
 この年は「アメリカ独立戦争」が起った年であり、後日、アメリカ合衆国が独立して西進し、それで日本と正面衝突してしまったから、この年は注目すべき年であろう。国内では米価高騰のため、江戸幕府は「囲い米禁止令」が出した。また江戸幕府は農民の江戸出稼ぎを制限した。それほど大量の出稼ぎ人たちが来ていたのである。
 
⑤享保2年(1717年)
 この年、江戸は大火に見舞われ、江戸の町を復興させるために、大岡忠相を江戸町奉行に任命した。江戸幕府は中国密貿易船を追い払っており、それほど日中間での密貿易は盛んだった。ロンドンではフリーメーソンのグランドロッジが建設され、これによってフリーメーソンは近代化に成功する事が出来、これ以降、世界中に広まって行く事に成る。
 
⑥明暦3年(1657年)
 この年、江戸は大火に見舞われる。江戸で忘れてならないのは大火が異様に多い事であり、これによって建設業が盛んになったと同時に、庶民は貯金をしなかったから、資本の蓄積が大いにおくれた。江戸幕府は株仲間の独占禁止を定め、これによって経済が大いに発展する事になる。水戸藩主水戸光圀は『大日本史』の編纂を開始した。日本には通史がなかったので、この『大日本史』こそ日本の文化的な独立に大いに貢献したといっていい。
 
 以上、丁酉の年を調べてみると、
 
「政府は外交問題に追われる」
 
「庶民は豊かになって政府を突き上げる」
 
「文化は豊かになり、後世に遺る物を作る」
 
という現象が起こってくるという事が解る。
 
●政治
 今年の政治は「ドナルド・トランプ」によって世界中の国々が降り回れる事に成るであろう。今までアメリカ合衆国には44人もの大統領たちが居たが、トランプ大統領は歴代の大統領たちの中で最も優れた大統領に成る可能性が非常に高い。「これまでの大統領たちとは全く違うんだ」という事が解っていないと、国家を滅亡させてしまう事だってありえる。
 
 アメリカ合衆国は今でこそ民主主義を唱えているが、アメリカ合衆国憲法では民主主義を取っていない。「立憲主義」「三権分立主義」「共和主義」「連邦主義」こそアメリカ合衆国の基本原則であって、そこに民主主義は全く含まれていないのだ。ウィルソン大統領の時になって初めて民主主義を唱え出したのである。
 
 アメリカ合衆国の大統領は初代のジョージ・ワシントンから必ず何かしらの官職を経た上で大統領になっている。ところがドナルド・トランプはなんの官職も経験していないのであって、それでアメリカ人たちは大いに警戒したのである。それと同時に、トランプ自身、政治家として知らされるべき国家機密を全く教えられていないので、それで大統領選では過激な発言を繰り返す事になった。
 
 だからドナルド・トランプはアメリカ合衆国史上初の「民主主義によって誕生した大統領」なのである。古代ギリシャはこれをやって滅亡した。古代ローマ共和国は民主主義の危険性が解ったので、民主主義を採用せず、共和主義を貫き通した。既にオバマ大統領の時にアメリカ合衆国は世界の警察官から降りているので、トランプ大統領はアメリカ合衆国の「中興の祖」となるか、アメリカ合衆国の「破滅の引金を引くか」、そのどちらかになる。
 
 尤も暗殺の危険性はかなり高い。改革を成功させるためには、2期8年やる事が必要になってくるのだが、再選の年は天中殺のド真ん中であり、果たしてこれがどう出るかである。アメリカ合衆国では大統領警護におかしなやり方を取っていて、財務省のシークレットサービスが警護している。これでは心許ないので、警備の仕方は絶対に変えた方がいい。
 
 トランプ大統領が就任直後に始めるのは、「ヒラリーの汚職の摘発」であり、これに成功するかでその後の命運が決まって来る。ヒラリーは国務長官であったので、CIAに命じてカダフィ殺害を実行した。彼女はカダフィを殺害する事で、彼の財産「1兆円」を奪い取った。これが大統領選で取り沙汰された「メール問題」の中身なのであって、トランプはデイビッド・ロックフェラーにこの汚職を伝え、汚職の規模が余りにも違いすぎるから、ロックフェラーが激怒してひっくり返されたのである。
 
  ヒラリーが大統領になったら、イスラミックステイトと全面戦争をする気であった。彼女はそれをやるために、リビア軍の兵器をイスラミックステイトに横流ししたらしい。それを知ったアメリカ軍の将兵たちがヒラリーを心底嫌い、トランプに流れた。今のアメリカ合衆国の国力では全面戦争をすれば戦争の勝敗に拘らず、滅亡してしまう事だろう。
 
 安倍晋三首相はヒラリー派であり、大統領選の時に訪米した時にはヒラリーと会っている。トランプとは会っていない。そこでトランプが大統領選で勝利すると急遽訪米して、諸外国の首脳としては最初にトランプと会談する事ができた。この変わり身の速さこそ大事なのであって、マスコミの報道に騙されて、トランプと距離を置くようでは、政治家として失格だと言っていい。
 
 在日米軍の撤退後を真剣になって考えておいた方がいいだろう。アメリカ合衆国の繫栄は日本とイギリスにアメリカ軍を駐留しておけばまだまだ長持ちするのだが、その国力がもうないのだ。在日米軍が撤退すれば、昭和憲法などゴミとして廃棄される。昭和憲法の爆破はもう射程圏内に入ったのである。
 
 今年は衆議院議員の選挙があるのだが、自民党に負ける要素は全くない。圧勝に終わる事が予想される。しかし安倍晋三首相が首相を務める事ができるのかは、トランプ大統領との関係で決まるのであって、関係が悪化すれな選挙に勝ったとしても、首相を辞任する事は有り得る。
 
 民進党には全く出番はない。こういう大事な時に蓮舫では話にならないのだ。党首を交代するか、解党するしかないだろう。民進党が選挙で負ければ負けるほど、共産党が勢力を拡大してくるのであって、そうなってしまえば、共産党主導で野党の再編成も有り得る。これは本当にバカげた事であって、そうなればもう永遠に政権奪取の機会はなくなる。
 
 今上天皇陛下が老齢なので、「皇位継承の問題」は実に厄介な物となるであろう。健康な内に退位する事になるだろうが、問題は次期天皇なのであって、今の皇太子殿下には男子が居ないからこそ、皇太子が天皇に即位したとしても、皇位継承の問題は続いてしまうのである。
 
 韓国はバククネ大統領が辞任するが、次の新大統領は反日路線を取る可能性が高い。トランプ大統領は何がなんでも北朝鮮の暴走を食い止めるだろうから、韓国には大甘な態度を取るであろう。尤も韓国の大統領が反日政策を取ると、退任後には逮捕されて有罪になっているので、やめた方がいいのだが・・・・・・。
 
 習近平は今年「当たり年」で、外交で猛攻を仕掛ける事になる。トランプ大統領が中国に対して弱腰の外交を展開すれば、東南アジア諸国は雪崩を打って中国側に付く事になるであろう。東南アジアの経済は華僑たちが握っているという事を知らないと。外交でとんでもないミスをおかしてしまう事になる。
 
●経済
 経済は政治の影響をモロに受ける。トランプ大統領がどういう政策を実行してくるかで、経済は思いっきり変動していく。だから政治の動きには注目した方がいい。TPPは破棄であり、絶対に実現しない。イスラム教徒たちの入国は禁止または制限されるので、イスラム諸国はアメリカ合衆国抜きで独自の経済を構築していく事であろう。
 
 自然災害には充分注意すべし。丁酉の年は自然災害が起こり易い。地震は「北海道」で起こる可能性がある。台風は例年のコース通りであってもなくても、洪水を発生させてくる。それと火災であり、木造建築が密集している所では、1軒だけ燃えるのではなく、周囲を巻き込んで大火になる事も有り得る。
 
 
●文化
 文化は大いに発展する。庶民の生活は豊かになるので、それで文化に変化が思いっきり出て来る。小説や漫画で大ヒット作が出て来るだろうし、アニメ映画も『君の名は。』に続いて好調と成る事であろう。出来る事なら後世に遺るような名作が欲しい。そういう物があると、日本は文化的に非常に豊かになっていくのだ。
 
 『週刊文春』と『週刊新潮』は年明け早々に暴露ネタを炸裂してくる。まずは薬物汚染であろう。ASKAが逮捕されたので、それに関連した芸能人たちも逮捕される事に成る。噂ではなんと「キムタク」の名が上がっている。なんで彼の名が出て来たのかというと、 酒井法子と工藤静香は友達関係にあるので、それでである。時折、工藤静香は異様に瘦せこけた顔をする事があるのだが、あれは一体なんなんだという事に成る。松田聖子にも「彼女がアメリカ合衆国に行くと麻薬をやっている」という噂が流れている。
 
 老害タレントたちを切り捨てて行くべきであろう。芸能界が余りにも旧態化しすぎている。世代交代を加速させないと、日本の芸能界は益々遅れてしまう事に成る。長寿番組が潰れると同時に、新しい番組が誕生し、そこからブレイクしてくる芸能人たちが出て来る。10代20代の芸能人たちには注目した方がいい。
 
 磯野貴理子は今年、芸能界引退か、再度の脳梗塞で倒れる事に成る。石田純一は去年の都知事選の悪影響が今年になってから出て来る 尤も結婚相手の東野理子との相性はいいので、そんなに酷い事にはならないだろうが、もしも彼女と離婚するような事があれば、もう今度は本当にダメであろう。
 
 
●個人レベル
 個人レベルでは人々の生活は豊かになる。豊かになっていくからこそ、マスコミの情報に騙されるな。大統領選の報道でも解るように、日本のマスコミは大きく偏向している。そのようなマスコミに頼っていると、世の中の変化を正しく掴む事は出来ない。今年はトランプ大統領の動きで世界が変わって行く以上、彼に注目して行かざるを得ないのだ。
 
 政治も経済も揺れ動く以上、今まで儲ける事の出来なかった人たちにチャンスが訪れてくる事に成る。だから古臭い考えなど捨ててしまった方が良く、新しい考えをどんどん取り入れていった方がいい。既得権益を奪われた人たちは大騒ぎする事だろうが、そういう連中が居るからこそ、今まで多くの人たちが貧乏してきたのである。
 
 今年は自然災害や失政のために食料品が高騰する危険性を持っている。食料品の値段が安い内に、或る程度の備蓄はしておくべきであろう。自然災害が起こってからではもう遅いのだ。自民党政権は選挙に勝っても、必ずしも善政をする訳ではないので、失政が起る前に対策を打っておくべきなのである。
 
 
 

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第一回 日本全国地方ガセネタ大賞

●日本全国地方ガセネタ大賞
 日本全国地方ガセネタ大賞とは、地方にあるガセネタを集め、その中から特に優れた物を表彰する物である。首都が東京にあるからといって、何事も東京標準で計られたのなら堪った物ではない。地方だから独自の物があって、東京の人から見れば、「え~ッ、信じられない~!」という事をやっているのだ。
 
 それでは結果発表!
 
 
●第五位 「茨城県のゴキブリホイホイは納豆で出来ている」
 ゴキブリホイホイは通常、粘着テープが貼られているのだが、茨城県は納豆が名産なので、納豆が使用されれいる。あのネバネバを使ってゴキブリを退治するのだ。しかし台所の床にゴキブリホイホイを置いておくと、ゴキブリではなく人間がひかっかっていたりする。大体、納豆臭いゴキブリホイホイって、本当に臭そう~。
 
 
●第四位 「山形県はこんにゃく玉が通貨として通用している」
 山形県民はこんにゃくが大好きで、脳味噌はこんにゃくで出来ている。だからこんにゃくを普段から食べる必要性があり、それで毎日食べている。そんなに頻繁に食べられる物だから通貨としても使用され、「こんにゃく玉3個で100円」というレートで取引されているのだ。両替商をやるのに許可は要らず、こんにゃく玉を販売している人なら誰でも出来る。
 
 
●第三位 「京都の女は決して本音を言わない」
 誤解を招かないように先に言っておくが、「京都の女」とは「京都市で生まれ育った女性」の事であって、「京都府の女性」を指さない。京都の女はなぜだか本音を言わない。差し障りのない事を延々と言う癖がある。尤も一体いつ本音を言っているのかは謎であり、これを解明した研究論文は今の所1つもない。
 
 
●第二位 広島県民の中にはカ―プファンではない者が多数居る」
 広島カープが広島市を本拠地にしているからといって、広島県民の全てがカープファンではあるまい。大体、広島県出身者から、広島カープがどうのこうのという話を聞いた事がない。他県の者が相手だから話さないのか、カープファンではないから話さないのか解らないが、とにかく広島市民なら別として、広島県民となれば、広島カープなんてどうでもいいと思っている人たちはかなり居る筈だ。
 
 
●第一位 「大阪人なのに生まれてから一度も人を笑わせた事がない者が居る」
「笑いを取る事」が義務化されている大阪では、「詰まらない大阪人」というのは本当に居場所がない。普段の会話で漫才レベルの物をやっているのだから、本気で笑いを取り行くというのは、相当ハイレベルな事をやっているのである。人を笑わせる能力がない人なら、早い段階でこの競争から降りてしまう事だろう。
 

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毎年恒例! 第7回タマティーの超マイナー流行語大賞

●今年の流行語大賞

 今年、流行語は大量で、なんと候補に挙がったのは30個。

アスリートファースト/新しい判断/歩きスマホ/EU離脱/AI/おそ松さん/神ってる/君の名は。/くまモン頑張れ絵/ゲス不倫/斎藤さんだぞ/ジカ熱/シン・ゴジラ/SMAP解散/聖地巡礼/センテンススプリング/タカマツペア/都民ファースト/トランプ現象/パナマ文書/びっくりぽん/文春砲/PPAP/保育園落ちた日本死ね/(僕の)アモーレ/ポケモンGO/マイナス金利/民泊/盛り土/レガシー

 それなのに流行語大賞はなんと、

「神ってる」

えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!

  俺、使った事がありません。

 流行語大賞は野球に甘い! 日本のスポーツは今やサッカーこそがメインなのだから、スポーツネタで行くなら「アモーレ」だろ。流行語大賞が「アモーレ」になれば、表彰式に中森明菜が出て来たりして。「それは『ミ・アモーレ』だって!」 というツッコミが可能になってくるのだ。

 大体、今年の流行語大賞は「ゲス不倫」じゃないの。それか「ポケモンGO]だよ。流行語大賞の選考委員たちの感覚が一般大衆と完全に遊離してしまっている。「やくみつる」を除いて、選考委員たちを全て変えるべきであろう。流行語の選考は老齢になったらもう無理だよ。

●超マイナー流行語大賞トップ10

 超マイナー流行語大賞というのは、タマティーの超個人的な流行語の中から最も優れた流行語を表彰する物である。

 それでは今年の超マイナー流行語大賞を発表します!

第一位 「おっぱいファースト」

 「おっぱいファースト」とは、おっぱいを最優先にする事。育児では絶対に欠かせない流行語であろう。良質の母乳を出せば、赤ちゃんは健康になり、病気に罹りにくくなる。但し、育児中の母親たちが気を付けるべきは、常におっぱいを出しっ放しにしない事だ。宅急便とかが来るからね。

 「おっぱいを見ればむしゃぶりつく」というのは、考えてみれば、俺は赤ちゃんの頃からやっている。あれから何十年と経つのに、全く進化していない。男性である以上、そうなってしまうのだから、女性たちはどんどんおっぱいを見せて行こう。男性なのに女性のおっぱいに興味がなくなれば、その方が遥かに危険だ。

第二位 「ポコチンGO」

 「ポコチンGO」とは、ゲイの男性たちがハッテン場で相手の男性を捕まえるゲームを言う。男性同士でセックスできるよう了解を取り、相手の男性のパンツを脱がしたのなら、

 「ポコチン、ゲットだぜ!」

と決め台詞を発して、ポコチンを咥える。

第三位 「ゲス不倫特需」

 「ゲス不倫特需」とは、川谷絵音とベッキーのゲス不倫によって発生した特需の事を言う。マスコミででゲス不倫ネタが持ち上がると、必ず「矢口真里」の出番が発生する。不倫を自宅でやり、しかもセックスの最中に旦那に見つかるという、もうこれ以上ありえない失態をやったので、今となってはそれが貴重な収入源。

 「バスクリン」もゲス不倫特需で大儲けできた。マスコミで散々「ゲス不倫」と言われると、なぜだかバスクリンが懐かしくなってしまって買ってしまうという消費者たちが出て来た。できる事なら「バスクリン ベッキー味」「バスクリン ゲスの極み」とか出して欲しかった。CMの際にはベッキーのヌードを使用すべし。

 ゲス不倫ネタで盛り上がっている時、俺は国語辞典の著者たちの本を読み、そこで、

「ゲスる」

なる言葉を見つけてしまった。「ゲスる」とは九州地方の方言で、「嫌らしい」という意味を持つ。だから、この方言を使うと、

「ゲスるショー」:不倫ネタばかりやっているワイドショーの事

「ゲスリマクリティー」:嫌らしい事をやりまくる事

なんて言葉を生み出す事ができる。

第四位 「マジデチュウ」

 「マジデチュウ」とは、「マジでチュウする事」または「マジでチュウするように口を窄めて口の周りの筋肉を鍛える事」を言う。俺は普段、自転車に乗っている時にマジデチュウをやるのだが、そうやって口を鍛えている。こういう事をやっていないと、口が衰えてしまい、はっきりと物が言えなくなってしまうのだ。

 著名な学者さんなんだけど、その人は腹話術師じゃないかと思うほど、全く口が動かないので、話が物凄く聞きづらい。言っている事は正論なんだけど、喋り方でかなり損をしていると思う。特に女性たちはそういう喋り方をされると、聞く耳を持たなくなってしまう。だから口を鍛えておく事は必要。

第五位「SMAP解散予知夢」

 「SMAP解散予知夢」とは、俺が夢の中でキムタクに呼ばれ、メンバー全員の前で、SMAP解散を告げられた予知夢を言う。あの夢は本当にリアルだったので、予知夢を人に話したのだが、その後、SMAP解散報道があったのだから、これまた驚き。SMAPの解散はアイドルが活躍する時代がもう終わったと考えた方がいいかも。

第六位「二の腕ぷる~ん」

「二の腕ぷる~ん」とは、吉木りさの二の腕がぷる~んとなっている事を言う。そのようなブヨブヨの二の腕の持ち主が、芸能ネタの事をあれこれ言う事は問題があり過ぎる。他人に何か言いたいのなら、まずは筋トレでもして、自分の二の腕をどうにかしてから言え。吉木りさの年齢の考えると、そこまで二の腕が緩むのは早すぎる。

第七位「老害タレント」

 「老害タレント」とは、老害を垂れ流しているタレントの事を言う。具体的には「みのもんた」「和田アキ子」「明石家さんま」などの事を指す。ギャラが高額なくせには、この人たちが出て来ると全く面白くない。高齢化社会では芸能界でも老害は発声するのであって、或る年齢に達したら、早目に引退させた方がいい。

 俺は「お笑い芸人50歳定年説」というのを発見した。お笑いに最も敏感なのは女子高校生たちだから、高校三年生が「18歳」なので、30歳でひと昔ゆえに、お笑い番組の司会者は「48歳」、切り上げて「50歳」を限界と考えた方がいい。50歳を超えると、どうしても女子高校生たちの考えている事や言っている事が解らなくなってくるので、それでお笑い番組の司会者としてはもう不適格になってしまうのである。

第八位「テレビ漂流ゴミ」

 「テレビ漂流ゴミ」とは、テレビの中で漂流しているゴミのようなタレントの事を言う。具体的には「古舘伊知郎」を指す。まず「報道ステーション」の司会を長らく務めたのに、バラエティ番組に出て来るというのは無理がありすぎ。それに彼みたいに喋り過ぎてしまうと、他のタレントたちが喋れなくなってしまうので、それで番組が本当に詰まらなくなってしまう。ゴミなんだから早く消えて欲しい。

第九位「拝みシャンプー」

 「拝みシャンプー」とは、狩野恵里がモヤさまで披露した、頭上で拝みながらシャンプーする事を言う。これは本当に衝撃的で、礼拝をしながら洗髪を行っているので、洗髪をする度に運が良くなっていく。尤もやるのは面倒臭いので、狩野恵里じゃないと長続きしないのかもしれない。

 この狩野恵里がモヤさまでやったのが「卒業詐欺」。「番組を卒業します」と言った癖に、長々と出続けたので、卒業の価値が激減。卒業するならとっとと卒業して欲しかった。尤も巷では常時「閉店セール」をやっている「閉店詐欺」が存在しているから、卒業詐欺に対してそれほどきつくは言えない。

第十位「引退詐欺」

 「引退詐欺」とは、宮崎駿が引退すると言ったのに、また映画を作り出し、引退宣言が事実上撤回された事を言う。アニメ映画の監督は体力がないとできないので、もう白髪になったら引退でしょう。引退すべき人が引退してくれないと、スタジオジブリでは監督が育たなくなってしまうって。

●敢闘賞 功労賞 奨励賞

 今年は超マイナー流行語も豊作だったので、それで「敢闘賞」「功労賞」「奨励賞」を設けた。

敢闘賞:「ノリコール」

 「ノリコール」とは、モヤさまの三代目女子アナ「福田典子」が何をやっても可愛いので、すぐに「可愛い!」とコールしてしまう事を言う。あんまり美人ではなく、それでいて声が良い。但し何をやっても普通の事しかしないので、逆にそれが好印象。

 但し我が家では、

「狩野恵里の時と対応が全然違う!}

と苦情殺到中。

功労賞:「セクシャル三村」「ミムハラ」「ミムる」

 「セクシャル三村」とは、三村マサカズが猥褻な発言をするキャラに変身する事を言う。尤も常時変身中という噂も。このセクシャル三村が行う物が「ミムハラ」で、三村マサカズが行う嫌がらせを言う。事実上セクハラなんだけど、笑いを取れるから許される物で、普通の人たちは真似しない方がいい。

 「ミムる」とは、ダメ親父になっている男性が、三村マサカズを真似て、猥褻な事を言って笑いを取る事を言う。例えば、「あいつ、ミムりやがってよ~」なんて使われ方をする。性的な事に触れる時は、出来る限り笑いを取ろう。そうしないと真面目な女性たちは、些細な事で怒り出すから。

奨励賞:「バカウィン」

 「バカウィン」とは、ハロウィーンバカたちの事を言う。ハロウィーンを理解してやっているのならいいのだが、全く理解していないでやっているので、傍から見ると本当にバカな行為にしか見えない。普段、詰まらない人たちって、こういう時にとんでもないバカな事を遣り出すから要注意。

 

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音読みの謎

●「呉音」「漢音」「唐音」
 音読みとは日本語に於ける漢字の字音の読み方である。日本語には日本独特の発音法があるので、中国人が発音しても、それをそっくりそのまま真似る事ができなかった。どうしても日本風の発音になってしまう。日本人が漢字を大量輸入したのは三回あって、「古墳時代」「奈良時代と平安時代」「鎌倉時代」の3つである。
 
 古墳時代に行われた音読みを「呉音」という。主に三国時代の「呉」から学んだからこそ、こういう言われ方をする。但し、呉だけでなく、その後の「西晋」「東晋」「宋」「斉」「梁」からも受け入れた。大和朝廷にしてみれば、外交交渉をするためにどうしても必要だったからこそ、漢字の大量輸入が起ったのである。
 
 奈良時代と平安時代に行われた音読みを「漢音」という。主に「隋王朝」や「唐王朝」の時の発音なのだから、「隋音」とか「唐音」といえばいい物を、漢王朝の時の発音ではないかと勘違いされてしまう漢音になっている。古代日本人は華北の人たちを「漢」(から)と呼び、華南の人たち「呉」(くれ)と呼んだので、それで漢音になってしまったのだ。
 
 鎌倉時代に行われた音読みを「唐音」という。これは本当に誤解を招く。主に「宋王朝」の時の発音なので、だったら「宋音」にすべきなのである。しかし唐王朝が崩壊する過程で、どうも日本に大量の亡命者たちが来たみたいで、その者たちは唐王朝の時の発音を行なっていたので、それで唐音になってしまった。
 
 例えば「京」という漢字は、呉音では「キョウ」、漢音では「ケイ」、唐音では「キン」であり、「平安京」(ヘイアンキョウ)では呉音を、「京阪」(ケイハン)では漢音を、「北京」(ペキン)では唐音で処理している。同じ漢字を使うのだから、発音を統一すればいい物をなぜだが3つも発音が存在しているのだ。
 
●抵抗したのは誰か?
 古代日本では壬申の乱が起り、これによって律令制度を本格的に確立していく事になる。この時期に漢音を一気に普及するので、この時に呉音を廃棄すべきだったのである。実際に朝廷は平安京遷都の直前に「漢音を持って正しい音読みとする」という勅令を出している。しかし抵抗した者たちが居たからこそ、呉音が生き残ってしまったのである。
 
 じゃ、一体誰が抵抗したのかといえば、まずは「僧侶」たちであり、仏教関係の用語には呉音が大量に残っている。例えば「成仏」(ジョウブツ)は呉音の発音であり、漢音なら「セイブツ」となる。但し「仏」は呉音だと「ブチ」なので、呉音で正確に言えば「ジョウブチ」で、「ジョウブツ」は多少なりとも妥協した結果という事ができる。
 
 第二の抵抗勢力は「医者」たちであって、医療関係にも呉音が大量に残っている。例えば「静脈」(ジョウミャク)は呉音の発音であり、漢音なら「セイバク」となる。「脈」は漢音だと「バク」なので、「心臓がバクバクする」という事で、多少存在している程度である。朝廷は医療には介入できなかったみたいで、医療関係には呉音がしっかりと残ってしまった。
 
 第三の抵抗勢力は「官僚」たち自身であり、法律関係にも呉音が残っている。平安京自体が呉音を用いている以上、官僚たちは天皇から勅令が下っても、そう簡単に漢音に移行する事ができなかった。尤も漢音を普及させる役目を負うのは官僚たちなので、官僚たちが呉音を残してしまえば、確実に残る事になる。
 
 中国は専制君主制を取るので、始皇帝の例を見ても解るように、発音を統一しようとすれば、本当に統一してしまう。それだけ政治権力が圧倒的に強大であるのだ。しかし日本は専制君主制を取らないので、どうしても朝廷の力が弱く、政治権力の及ばない箇所が出て来てしまうのである。
 
●慣用音
 
 呉音や漢音や唐音には或る一定の法則が存在するのだが、厄介なのが「慣用音」であり、慣用音は中国語に基づく事無く、日本人が発音し易いように発音してしまった物だから、訳が解らなく成る。それなのにその発音が使い勝手からいいからこそ、日本人はなんの疑問に感じないのである。
 
 慣用音の代表例が「茶」であろう。茶は慣用音で「チャ」と発音する事になっている。しかし呉音では「タ」、漢音では「ダ」、唐音では「サ」なので、漢字本来の発音とは一切関係ない。一体いつどこで誰が「チャ」と言い始めたのかというと、恐らく平安時代後期に医者たちの業界用語であったろうと推測される。
 
  臨済宗によって抹茶が普及する前、茶は薬であった。漢音で「ダ」と言ってしまうと、何を言っているのか解らないので、それで「チャ」にしたのではないか? 臨済宗は茶を「サ」と唐音で読んでいたので、禅僧たちが「チャ」という言葉を広めていない事はたしかなのである。
 
「茶道」は「チャドウ」か「サドウ」か非常に問題であり、これは茶道の命運を左右しかない問題だと言っていい。最近の流れとしては、「サドウ」から「チャドウ」へという流れになっており、茶人たちまでが「茶道」を「チャドウ」と言い始めている。しかし茶道を「チャドウ」というのはダメなのである。
 
 姓名判断的に「茶道」を「サドウ」と読むとお洒落で華やかという事を意味するが、「チャドウ」だと大胆だけど孤独という事になってしまい、「サドウ」の方が茶道の実態とピタリと一致しているが、「チャドウ」だと全然合っていない。大体、「喫茶店」は「キッサテン」であり、だから人々は行くのである。「喫茶店」が 「キッチャテン」では誰も行かないだろう。
 
 では、なぜ「茶道」が「チャドウ」と言われるようになったのかといえば、それだけ茶道が国民に普及したからであり、普及したからこそ、茶人たちですら日本語として言い易い物にしたいのである。尤も「茶道」が「チャドウ」になってしまうと、お洒落ではなくなるし、華やかな物でもなくなってしまう。
 
●元寇が日本を変えた
 元寇以降、日本は中国から漢字を大量輸入していない。元寇の際、鎌倉幕府は兵力的には圧倒的に不利だったのに、神風が吹く事でモンゴル軍を殲滅する事が出来た。これによって戦後、「神国思想」が生まれて来る。だから中国から漢字をもう大量輸入する事がなくなってしまうのである。
 
 尤も中国で発明された品物は元寇以後も入ってきている。例えば「行灯」「卓袱台」「麻雀」とかである。これらの漢字に共通する事は、当時の中国人たちが使っていたであろう発音に比較的近い発音を日本人がしているという事であり、呉音や漢音や唐音のようの法則性のある物とは根本的な所から違っている。
 
 モンゴル軍の中国侵略で中国文化のレベルが下がり、それと同時に日本は南北朝の動乱を迎えて、幕府が統治能力をなくし、それがために商業が活発になったので、だから日本と中国の間にそんなに差がない事になってしまった。寧ろ江戸時代になると、日本の学問の方が進み、朱子学で停滞しした中国の学問を追い抜いてしまうのである。
 
 近代以降、日本は西洋の文物を大量輸入したので、英語やドイツ語を日本語に翻訳していく作業に追われた。これによって今度は日本が中国に漢字を大量輸出するようになったのである。「哲学」「恋愛」「鉄道」とかいう単語は日本人が作った物であり、これは中国でも通用するレベルにあったからこそ、そのまま使用される事になった。
 
 戦後、学生運動や労働運動が活発になったが、しかし全く巧く行かなかった。失敗した最大の理由はこの手の運動をやった人たちが中国の「簡化字」を輸入したからであると言っていい。例えば「闘争」を「斗争」と書いたりして、できるだけ画数を少なくしようとした。これの一体何が間違いなのかといえば、日本はもう中国から漢字を大量輸入しなくなったのに、時代錯誤的に相変わらず中国から漢字を大量輸入してしまった事なのである。
 
●日本では革命が起っていない
 中国では革命が起ると、前の王朝の文化は全て否定される。全否定されるからこそ、漢字の発音も変わってしまうのである。中国人たちは「中国四千年」と言うが、実際の中国は中華人民共和国から建国してからの日数でしかない。想像以上に浅い国家なのであり、中国人たちの誇大表現に騙されては成らないのだ。
 
 日本に革命があったのか否かは時折問題になるが、天皇制が古代より続いている以上、日本には革命などなかった。確かに明治維新や敗戦によって価値観の変動はあった。しかしそれは革命ではないのであって、もしも革命が発生していたのなら、日本だって漢字の発音の仕方はがらりと変わってしまった筈なのである。
 
 日本には革命が起っていない以上、日本人がすべき事は日本文化の継承と発展であり、その積み重ねこそが大事という事になってくる。だから国語を教える事は日本史を教える事でもある。日本史が解ると、国語の理解度も高まって行く事に成るのだ。音読みはその代表格だと言っていい。
 
 音読みに対して一言言っておくと、
「音読みは飽くまでも日本人同士で取り決めた約束事であり、絶対に正しい物ではない」
という事である。漢字の正しい読み方は中国人たちのやっている物なのであって、その漢字を輸入し、日本人が発音し易いようにしただけに過ぎない。
 
 例えば「未曽有」は「ミゾウウ」と発音しているのだが、「ミウゾウユウ」と発音するのは決して間違っている訳ではない。「有」は呉音では「ユ」であり、漢音では「ユウ」である。だから漢音で発音すれば「ミゾウユウ」の方が正しい。しかし「未曽有」は仏教用語であり、僧侶たちは「有」を「ウ」と読んだからこそ、「未曽有」は「ミゾウウ」と発音しているに過ぎないのだ。
 
※参考文献
円満字二郎著『漢和辞典に訊け!』(筑摩書房』
円満字二郎著『大人のための漢字力養成講座』(ベストセラーズ)
(この円満字二郎は凄い人かも。出版社で漢和辞典の編集をしたので、漢字の問題を実に解り易く説明してくれる)
 
 

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BABYMETALに対して勝手に運命鑑定

●BABYMETALはプロデュース勝ち
 
 BABYMETALはプロデュース勝ちであり、小林啓がプロデュースした段階で、勝利は確定したといっていい。「ヘビメタとダンスの融合」って今までなかったのであり、ヘビメタだけだとどうしてもダサいのに、そこにダンスを加えると、とってもお洒落な物になるから、これなら行ける事になる。
 
 BABYMETALの最大の凄さは「楽曲の素晴らしさ」であり、メロディーラインの出来がいいので、非常に歌い易い。しかしそれに反比例する形で歌詞がアホらしい。歌詞の問題点を改善すれば、名曲を生み出せる可能性は非常に高い。中元すず香の歌唱力は抜群にいいので、彼女の歌声なら大ヒットを飛ばせる事もできる事であろう。
 
 BABYMETALは歌とダンスのバランスも実にいい。歌とダンスを一緒にやってしまうと、どうしても歌唱力が落ちてしまう。だからメインヴォーカルにはまず歌を中心にさせ、ダンスは必要最低限でいいのだ。他に2人いるのだから、その者たちはダンスをメインにし、歌は補助的な物にすると、巧くバランスが取れるのである。
 
 BABYMETALは総画が「27画」なので、常に新しい事をし続けなければならない。やっている事が新しいので全ての人たちに受ける事はないが、クリエイティブな人たちには熱狂的な人気を得る事ができる。27画だと海外に縁があるので、それで欧米でもヒットしているのである。
 
 俺はBABYMETALに「ふなっしー」の臭いを感じてしまった。ふなっしーもまた、プロデュースの段階で勝利していたのであり、それであの大ブレイクが起ったのだ。BABYMETALとふなっしーの最大の違いは、お笑いのセンスの有無なので、笑いで伸し上がっていく事はできない。飽くまでも音楽で勝負しなければならない。
 
●メンバーたちの関係
 
 BABYMETALのメンバーは、
「中元すず香」
「水野由結」
「菊池最愛」
の3人である。BABYMETALの事を調べていくと、この3人の組み合わせがこれまた凄い。
 
 まず中元すず香なのであるが、「すず香」の音相は「巫女」の事で、巫女の中でも巫女鈴を持って巫女舞をする巫女の事を言う。脳科学者の中野信子はBABYMETALを「突如舞い降りた謎の巫女たち」と評したのだが、これは実に正しい。メインヴォーカルが巫女だからこそ、巫女たちが歌い踊っている事に成るのである。
 
 次に水野由結なのであるが、「由結」の音相は「結い」の事で、本来は母親と娘の結びつきを意味するのだが、この者がバンドに入れば、バンドとファンたちを結びつける事になる。だから中元すず香がメインに見えて、実は水野由結こそがバンド存続には最も重要な役割という事に成るのだ。
 
 第三に菊池最愛なのであるが、「最愛」と書いて「モアイ」と読む。「モアイ」という言葉は「モアイ像」から来たために日本語的にはない物なのだが、音相的には「藻」と「愛」という事に成り、「表面的ではあるが、広くに行き渡る愛」という意味を持つ事に成る。下手をすると「ヤリマン」になってしまうが、バンドのメンバーであるならファンたちに愛を施して行く人物になるのだ。
 
 だからこの3人を総合させると、
 
「巫女が人々を結び付け、表面的ではあるが広く行き渡る愛を施す」
 
という意味になり、バンドとしては理想的とも言える者たちを揃えた事に成る。確かに中元すず香の歌は巧いのだが、一人ではそれほどの力を発揮しえない。水野由結と菊池最愛の2人の力を得る事によって、とんでもない力を発揮する事が出来るようになるのである。
 
 
●三位一体の結界
 
 3人でグループを作ると、「三位一体の結界」が張られる事に成る。三位一体の結界が張られると、3人の内、2人は忙しく、1人はボケ役をこなし、それによってバランスを取る。初めての出産をすれば解るだろうが、赤ちゃんはすやすや眠り、母親は家事に育児に忙しく、父親は仕事が猛烈に忙しくなる。
 
 TMネットワークは木根尚登がボケ役で、別に小室哲哉と宇都宮隆の2人でやればいいのに、木根尚登が加わる事によって三位一体の結界を張り、それでブレイクしていった。アルフィーなら坂崎幸之助がボケ役で、高見沢俊彦と桜井賢の2人でやればいいのに、坂崎幸之助が加わる事によって三位一体の結界が張られ、長々と活動し続ける事が出来ているのだ。
 
 小林啓はパフュームを見てBABYMETALの構想を考えていったのだが、パフュームは全員がボケ役なのであって、これに対してBABYMETALの方は誰もボケる事ができず、必ず何かしらの仕事が存在している。これは三位一体の結界からすれば異常な状態で、こんな状態が長く続く事はないのだ。
 
 BABYMETALは全員が走り続けなければ成らず、いずれ誰かが「疲れたからやめる」と言い出す事になるであろう。いつまで走り続ける事なんて誰にもできないのだ。BABYMETALは2010年結成で、2012年に初シングルを出しているので、もうそろそろバンド存続の問題が出て来る。
 
 中元すず香は現在「天中殺」であり、2年後には菊池最愛が「天中殺」に突入する。天中殺の時機は蓄積した疲労が思いっきり出て来てしまうので、疲労を理由に辞めてしまう事だって有り得る。何かテコ入れ策を行なえばブレイクしていく可能性が大ありだが、何もしなければ解散という事になってしまう事だろう。
 
 
●テコ入れ策
 
 テコ入れ策には、
「後2人投入して5人編成にする」
か、
「後3人投入して6人編成にする」
しかない。
後1人投入して4人編成にしてしまうと、「四の結界」が張られる事になるので、BABYMETALとしては非常に危険な事になってしまうのだ。
 
 5人編成にすると、メインヴォーカルを2人にし、3人がダンスする事になる。これだと中元すず香本人が休めるので、喉を傷める事がなくなるし、ダンス担当の者たちも適度に休む事ができ、疲労のために倒れる者が出なくなるのだ。「 BABYMETALのやっている事は負担が多すぎるんだ」という事が解っていないと、結局、誰かが潰れてしまうのである。
 
 6人編成にすると、「表ベビメタ」「裏ベビメタ」と2つのチームを作る事ができ、表現の領域が一気に広がる。現在のBABYMETALには悪の要素が全くない。だから今のままだと「歌が巧いね」「可愛い子だね」だけで終わってしまうのである。それゆえ、そこにちょいとあくどい3人の女の子たちを加えると、実に面白い事に成るのだ。
 
 世の中には誰かの真似をして、全く違う物を作り上げてしまう人たちがいる。例えばローリングストーンズを真似てエアロスミスを作ったわけだし、キッスを真似てエックスを作ったわけである。BABYMETALはパフュ-ムを真似して作ったのだが、小林啓自身がその「パフュームの呪縛」から脱出しないと、もうどうにもならないのだ。
 俺がBABYMETALに対して運命鑑定をしてつくづく思ったのは、
「小林啓って人は凄い人だな」
という事であり、やはり凄い人の頭脳の中から生まれた物だからこそ、BABYMETALは凄いユニットであり続けているのである。
 
 但し、後もう少しなのだ。
 
 音楽を突き詰めていくと、その先には「神秘のヴェールに閉ざされている場所」を見つけてしまう物だが、大概の人たちはそれ以上進まず、その手前で諦めてしまう。だから大した音楽を生み出す事は出来ない。しかしごく限られた者たちだけが神秘のヴェールを突き抜けて、新たな世界を生み出していく。それゆえその者たちによってのみ、音楽は発展していくのである。
 
 

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いとしのミスドデブ

●カフェオレが無料で
 最近、秋の長雨が続き、それなのに用事であちこち出かけなければならず、そのせいか本が溜まってしまった。そこで休日を利用して溜った本を一気に読もうとして読んでいた所、電話がかかってきて、
「サービス券でカフェオレが無料で飲めるからミスタードーナッツに来なさいよ」
と、とある女性作家からお誘いを受けてしまった。
 
「雨、降っているし~」
と俺は断ったのだが、
「いつも本ばかり読んでいないで、たまには外に出て来なさい」
と無理矢理に行く羽目になり、それで急いで支度を整え、ミスドに行った。
 
 サービス券があるので、カフェオレを無料で飲めるのだが、このカフェオレ、ドーナツに合して作られて物で、普通のカフェオレより遥かに薄い。ガムシロップを入れると、どうにか美味く飲める。通の人はミルクを入れるのだが、ミルクを入れたとしても、そんなに美味しくはならない。
 
 このカフェオレ、お代わりも出来るので、2杯も飲んでしまった。マグカップに入っているので、1杯でも充分なのだが、タダという事でお代わりを強制される羽目に。カフェオレはあんまり甘くないので、それでドーナツを2個買う事になった。カフェオレがタダであっても、充分商売が成り立つ訳である。
 
 実を言うと、ミスドに行くのは中学生以来であり、数十年経ってもミスドのドーナッツは相変わらず美味しい。ドーナツ専門でやっているので、ドーナツとしては断トツであろう。尤も客は殆どが女性客で、男性客は俺ともう1人しかいなかった。女性たちには確実に受ける味なのであろう。
 
 
●ミスドデブの特徴
 ミスドの店内を見回してすぐに気付く事は、女性客に於いてデブの比率が異様に高いという事であろう。ドーナッツは糖分と過熱した油なので、栄養的にはマックのハンバーガーよりも偏っている。オヤツとして食べる分にはいいのだが、これを食事として食えば、確実に太る事に成る。
 
 俺はミスドの店内にいるデブたちを、
      「ミスドデブ」
と命名した。
 
 このミスドデブの特徴を5つほどあげてみよう。
 
①ドーナツがとっても大好き
 ドーナツを異様なまでに好きにならないと、あそこまで太る事はできないであろう。というか、ミスドのドーナッツは飽きが来ないように作られているという事なのである。
 
②3サイズが同じ
 ミスドデブは通常のデブであるムーミン型デブではなく、3サイズが同じ数値なるという特殊なデブなので、外観は巨乳と出尻が目立つ。但し、脇腹に巨大なベーコンを巻き付けているからこそ、「あれ、変だな?」と思われる事に成る。
 
③意外とお洒落
 ミスドデブは意外とお洒落。3サイズが同じ数値になると、自分に合った服がなかなか売っていないので、それで必死に探す事になり、それがお洒落度を上げる。単なるデブだと、大きいサイズの服を買ってしまう事に成るので、それでお洒落にはならないのだ。
 但し、喫煙するミスドデブは逆にお洒落ではない。喫煙して酸欠になるので、お店を探し回るだけの体力がないのであろう。
 
④トイレが近いが、用を足すのは速い
 ミスドデブはトイレが近い。なんせ飲み物はお代わり自由なので、沢山飲めば、その分、出るであろう。しかし用を足すのは速いのだ。便所で長居しないので、他の客たちが小便で困るという事はない。
 
⑤ミスドに長居する
 ミスドデブはミスドに長居する。客の回転率の事を考えると良い物ではないのだが、長居できるからこそ何度も来る事に成り、それで経営が巧く成り立つ。マックだと長居すると追い出されてしまうので、だからマックは経営危機に陥ったが、ミスドは経営危機には陥らないのである。
 
 
●なぜデブは否定的扱いを受けるのか?
 デブは全員「巨乳」である。巨乳なのだから、本来なら高い評価を与えられていい。ファッションモデルようなスタイルであっても、脱げば「貧乳」なのだから、戦いをオッパイに限定すれば、デブは必ず勝てるのだ。それなのになぜだかデブは否定的な扱いを受けてしまう。デブたちは或る事をしないからこそ、自ら評価を激減させてしまっているのである。
 
 第一の理由は、
「デブはお洒落じゃないから」
という事であり、食欲が勝ってしまい、ファッションの事を考えなくなってしまうと、デブはお洒落ではなくなってしまう。デブはデブなりお洒落ができるのに、それをしないからこそ、デブである事を非難されてしまうのだ。非難されるとダイエットしようかなという事になるのだが、それは勘違いなのであり、足りない物はお洒落であり、お洒落をしさえすれば評価は高くなっていく。
 
 第二の理由は、
「デブは愛嬌がないから」
という事であり、デブが自分の肥満を卑下してしまえば、愛嬌がなくなるのは当然であろう。デブという事は脂肪が多いので、脂肪からより多くの女性ホルモンが分泌される事に成る。だから痩せている女性たちよりも愛嬌がある筈なのであり、それなのに自分が意図的に愛嬌を潰してしまえば、愛嬌がなくなってしまうのは当たり前であろう。
 
 タレントの柳原加奈子は身長153センチの体重74キロのデブタレなのだが、お洒落だし、愛嬌もあるので、だからタレントとして成功している。因みに彼女の好きな食べ物は、「フライドチキン」「スパゲッティ」「カルボナーラ」「ポテトチップス」「アイスクリーム」であり、どれも食べ過ぎると確実に太る物ばかりである。
 
 ミスドデブたちは御洒落だし愛嬌もあるので、デブであっても否定的な扱いを受ける事はない。尤も自分が自分の体形をどう活かすかなのであり、デブである事を卑下してしまうと、普通のデブたちが味わう悲惨な境遇を味わう事に成る。
 
 
●「デブになるぞ~」
 ミスドのCMでは、
 
「いいことあるぞ~、ミスタードーナッツ」
 
というのがキャッチコピーなのだが、しかしその裏は、
 
「デブになるぞ~、ミスタードーナッツ」
 
なのであり、確かにいい事はあるのだが、ドーナツを食い過ぎればデブになってしまう超危険なお店なのだ。
 
 近年、ぽっちゃり系のファッションがはやったが、ミスドデブはぽっちゃりではない。デブはデブなのであって、その点を絶対に勘違いしてはならない。大体、ドーナツを10個も食っていれば、デブにならない方がおかしいであろう。ミスドは「ドーナツを10個以上食べると太ります」と警告を発しておいた方がいい。
 
 ドーナツは所詮オヤツにしかならない物だと思うのだが、店内にはドーナツで食事している人たちが結構いた。俺はミスドでオヤツした後に、帰宅してカツ丼を食べたのだが、こういう事をしないと太ってしまう事であろう。どう考えてもドーナツでは充分な栄養を取れないので、ドーナツで食事する事はくれぐれも気を付けた方がいい。
 
 
 

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仏教を研究して解った事 その3

●唱題はなんの役にも立たない
 俺は子供の頃から「日蓮贔屓」で、日蓮宗には期待していたのだが。仏教を研究して解った事は、「唱題」は仏教に於いてなんの役にも立たないという事である。唱題は、
「南無妙法蓮華経」
と唱える事なのだが、原始仏教の段階では、この唱題という物が存在しない。唱題は飽くまでも大乗仏教が起ってきたから出来た物に過ぎない。
 
 仏教で帰依しなければならないのは「三宝」であり、三宝とは「釈迦」「法」「サンガ」の3つを指す。だから法華経がどんなに素晴らしい経典であっても、それに帰依しているようではアウトなのである。今まで唱題が念仏ほど問題に成らなかったのは、法華経は釈迦を奉っているし、法もサンガも尊重しているので、それで唱題した所で、必ずしも仏教の教義に違反するという訳ではないからだ。
 
 それなのに、俺が仏教を研究していく過程で、日蓮宗の僧侶や信者たちが書いた物で、一流の書物は1つもなかった。なんでこんな現象が起こってしまったのかといえば、日蓮宗では法華経を最高経典と過信する余りに、釈迦の教えが一体なんであるかを研究していこうとする意欲が全くないからである。
 
 如何なる宗教にも「教義」と「教義史」という物がある。仏教のように人工宗教の場合、教義に於いて最も重要なのは、「釈迦の教えはなんであるか?」なのであって、それが解らなければどうにもならない。しかし釈迦の教えだけが仏教の教えではなく、釈迦の死後、仏教の教義は発展していくのであって、それを研究していく事もまた大事な研究なのである。
 
 古代日本に伝来したきたのは飽くまでも大乗仏教なのであって、原始仏教ではない。しかも日本の仏教は鎌倉時代に鎌倉仏教が出て来て、「一行選択」という事を行って、念仏とか坐禅とか唱題とかに特化してしまった。だからどの宗派も大乗仏教の中でもほんの少しの事をしか理解していないし、況してや原始仏教の事など全然理解していないのである。
 
●日蓮宗の最大の問題点
 浄土宗や浄土真宗の人たちは阿弥陀如来を信仰しているので、仏教を研究しても必ず嘘ついてくるという特徴がある。もしも仏教の教義をきちんと理解したのなら、どうしても棄教しなければならなくなるから、それが出来ないというのなら、嘘をつく事で自分の宗教心を誤魔化す事に成る。
 
 だから浄土宗や浄土真宗の人たちが書いた書物は注意して読まなければ成らないのだが、しかし日蓮宗の人たちが書いた書物は独特の乗りがあって、途中で読むのを放棄したくなるほどの酷い。俺はなんでこんな書き方をするのか長らく解らなかったのだが、日蓮宗には「三証」という物があって、これこそが読むに堪えないほどの書物にしてしまう最大の原因であるというのが解った。
 
 三証とは「文証」「理証」「現証」の事で、文証とはその主張が仏教的に正しいかどうか経典や論文によって証明する事を言い、理証とはその主張が理論によって仏教的に正しい事を証明する事を言い、現証とはその主張が現実世界に於いて仏教的に正しい事を証明する事を言う。
 
 一見、ご尤もな論法だと思うのが、日蓮宗では三証の内、現証を最も重視するので、それで研究がおかしな方向に突き進んでしまう事に成る。学問の研究では現実を捨象する物なのであって、現実的に正しいか否かを基準にしていれば、研究それ自体ができなく成ってしまうのは当然の事なのである。
 
 三証を学問でやれば、必ず捻じ曲がった結論しか出て来ない。この事に例外は一切ない。解り易い例を挙げれば、福沢諭吉が実学の尊重を唱え、それで慶應義塾大学を作ったのだが、この大学からはまともな学術書も学術論文も一切出て来ない。なぜなら学問には実学と虚学があり、虚学こそが主であり、実学は虚学があれば自然と出て来る物だからである。
 
●大乗仏教は仏教ルネッサンス
 原始仏教は飽くまでも僧侶たちの宗教であり、小乗仏教になって僧侶たちと信者たちの宗教になり、そして大乗仏教によって菩薩たちの宗教へと発展していった。大乗仏教では僧侶と信者との身分格差が解消され、全員「菩薩」であるという事で平等な物に成った。菩薩とは「解脱が約束されている求道者」の事であり、修行に取り組んで行けば、必ず解脱できると考えたのである。
 
 しかし大乗仏教は小乗仏教を完全否定したのではなく、小乗仏教的要素を大量に取り入れる事で、新しい宗教運動としての体裁を整えた。だから大乗仏教は教義的には僧侶という出家者たちが存在しない筈なのに僧侶たちが存在してしまい、それで身分格差を完全に解消するという事が出来なく成ってしまったのである。
 
 原始仏教に於いて、釈迦は出家修行者たちである沙門たちを自分の教団に入会させ、釈迦を教祖を仰がせつつも、僧侶たちはみな平等であるとした。この平等こそ原始仏教を急速に拡大させた要因であったが、とはいっても、その繁栄は釈迦の死後100年で終わってしまい、小乗仏教に成ると身分差別が激しい物に成ってしまった。
 
 大乗仏教はそういう小乗仏教に対して反対して登場してきたのであって、仏教徒たちの平等を再確認する事で、新たなエネルギーを仏教に吹き込んだのである。確かに小乗仏教は原始仏教の教義や戒律を伝えている。だが肝腎な物が抜け落ちているのであって、それゆえ大乗仏教は小乗仏教に異を唱えたのである。
 
 大乗仏教は「仏教ルネッサンス」なのであって、この事が解っていないと、大乗仏教を正しく理解していく事は出来ない。もしも大乗仏教の主張を貫徹しようとするなら、僧侶たちは廃止されるべきなのである。実を言うとこれをやったのが仏教系新興宗教団体であり、「在家仏教」を唱えて、既成仏教を否定したのだ。
 
●なぜ在家仏教は成功するのか?
 在家仏教の殆どが日蓮宗系であるというのは決して偶然ではない。日蓮宗には三証があるので、在家仏教の方は現証を重んじて布教していけば、自然と大量の改宗者たちを獲得する事が出来てしまう。三証は飽くまでも布教で使える物であって、日蓮宗のように既に布教に重点を置かなく成れば、おかしな研究しかしない事に成ってしまい、それで信者たちを喪失して行ってしまうのである。
 
 教団に僧侶たちがいないのなら、その分、人件費を安くする事が出来、信者たちは少ない経済的負担で宗教活動を行っていく事が出来る。日蓮宗でも明治維新以降は、浄土真宗の悪影響を受けて、僧侶たちは出家したと言いながら結婚して妻子を持って居るので、信者たちは僧侶とその妻子の生活費を負担しなければ成らない。だったら脱会して、在家仏教の教団に入会した方が良いという事に成る。
 
 しかし三証は学問の研究にとって有害に成るので、それで在家仏教の教団はどこも大学を作っていない。唯一の例外が創価学会であり、創価学会は創価大学を作る事によって、学問研究を行える道を開いた。尤も創価学会自体、三証の教義を捨てていないので、創価大学の教授たちが「三証は学問研究にとって有害である」と気づかない限り、優れた研究を
行う事は出来ないであろう。
 
 釈迦は出家する事で、世俗の生活を捨ててしまったので、それで仏教の教義を作り出して行く事が出来た。学問でも学者たちが自分の生活の事を捨象するからこそ、まともな研究成果を生み出して行く事が出来るのである。実を言うと、僧侶たちのやっている事と、学者たちのやっている事には共通項があるのであって、だから学者たちの内、仏教徒である者たちの比率は高いのだ。
 
 だが日本の仏教は原始仏教からも大乗仏教からも遠く懸け離れてしまった物であるので、学問研究の邪魔になる教義を切り捨てていかないと、どうしても自分の信仰のためにまともな研究が出来なくなってしまうのである。日本の学問が振るわない原因は、釈迦の教えを解っていないのに、仏教を信仰している事にあると言っていい。
 

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仏教を研究して解った事 その2

●釈迦が教えた修行法
 
 釈迦が原始仏教教団を立ち上げて、教団の経営を軌道に乗せる事が出来たのは、釈迦が「四諦八正道」を唱えたからに他ならない。これがあればこそ沙門たちを改宗させて僧侶にしていく事が出来た。教団内では如何なる修行をやっていたのかといえば、
 
「釈迦の説法を聞く」
「布薩に出て反省する」
「坐禅を組んで瞑想する」
 
という事をやっていた。
 
 だから仏教徒である以上、説法を聞き、布薩に出て、坐禅を組むという事をしないと、仏教を修行した事にはならない。自ら「仏教徒である」と名乗っても、本当にその者が仏教が解っているかいなかは、これらの事をしたかしないかで決まる。当然、こういう事が出来るのは僧侶たちだから、俺は僧侶たちが書いた仏教書を主に読み、仏教学者たちが書いた本は飽くまでも仏教を学術的に研究した物としか扱わなかった。
 
 釈迦の説法は『スッタニパータ』や『ダマンパダ』を読めば解るから、後世できた仏教経典を読むのではなく、原始仏教の経典を読むべきであろう。仏教を理解していくに当たって、阿弥陀信仰とか法華信仰というのは実に邪魔なのであって、この手の信仰を否定しないと、釈迦が一体何を言ったのか解らない。
 
 原始仏教教団では、布薩は新月と満月の時にやったので、新月と満月の時は仕事をやめて、反省会をしなければならない事になる。但し日本の仏教は戒律を否定する事になってしまったので、この反省会は戒律に違反したかを問う物ではなく、自分の内面的な事を問う物になってしまう。
 
 坐禅は個人で出来る物だから、時間があれば坐禅をすべきであろう。原始仏教教団の坐禅はかなり自由な物で、坐禅が厳格に成ったのは中国で禅宗が起ってからなのであって、あんな堅苦しい坐禅はしなくていい。原始仏典を読んでいると、坐禅は瞑想に重点が置かれているのであって、坐禅それ自体には重点が置かれていない事が解る。
 
 
 
●禅宗の問題点
 
 日本の仏教の宗派で坐禅をしているのは禅宗系の臨済宗や曹洞宗であり、だから俺はこの宗派の僧侶たちに高い評価を与えた。普通の人たちから見ればこの両宗派は同じようだと思ってしまうが、臨済宗の僧侶たちは上品なのに対して、曹洞宗の僧侶たちには当たり外れが大きく、当たりの僧侶たちは本当に出来が良く、ハズレの僧侶たちは本当の糞坊主としかいいようがないほど酷い。
 
 禅宗での坐禅の最大の問題点は、坐禅の最中に「警策」を使う事である。警策を使用されると、瞑想が中断されてしまうので、それでより出来のいい瞑想が出来なくなってしまうのだ。臨済宗の僧侶たちにしても、曹洞宗の僧侶たちにしても、彼らの本を読んでみると、もっと先に行けばいいのに、なぜだかどの僧侶たちも途中で挫折してしまっているのである。
 
 俺が「ネルケ無方」というドイツ出身の僧侶を高く評価するのは、彼は瞑想が中断していないので、それで非常に出来のいい坐禅ができるからだ。彼は兵庫県新温泉町にある安泰寺で住職をしているのだが、警策をやれるほど人が多い訳でないので、それで警策を使用していないらしい。だから中断される事なく瞑想をする事が出来るのであり、これが格段に出来のいい結果を生み出しているのである。
 
 瞑想は高い集中力を長時間に亘って持続しなければならないのだが、これを可能にするためには白米を食べるのは絶対にダメであり、必ず玄米にしなければ成らない。実際にやってみれば解る事だが、白米ではこの長期的な瞑想は持たない。玄米を食べるからこそ出来るのである。
 
 事実、釈迦も出家前は白米を食べていたらしいが、出家後は玄米を食うようになった。それゆえ玄米なのであり、白米を食べて仏教を理解しようというのは無理が有り過ぎるのだ。俺は玄米を食べているので、著者が玄米を食べているのか白米を食べているのか大体解る。白米を食べて仏教の事を本当に理解した人は皆無であり、白米を食べている限り、仏教を理解する事は出来ないであろう。
 
 
●居眠り坐禅
 
 俺は本気で坐禅をやっていた訳ではないのだが、「居眠り坐禅」という物ならやった。居眠り坐禅というのは、俺は本を読み始めると眠たくなってしまうので、座ったまま腕を組んで、少し考え事をして、最終的には居眠りしてしまう物である。居眠りと坐禅を掛け合わしたような物であって、これをやるとなぜだか頭がリフレッシュし、仏教の事が実によく解るようになった。
 
 釈迦は短眠族だったらしく、夜遅くまで修行し、朝早く起きて修行していた。但し、食事が終わると眠たくなったらしく、それで昼寝は許した。この昼寝はバラモン教にはなかった物で、バラモンたちは仏教の僧侶たちが昼寝している事を大いに批判している。しかし昼寝こそ、仏教がバラモン教に大きく差を付けた物であった。
 
 俺には昼寝の習慣がないので、基本的に昼寝はしないのだが、最近、出張が多く、出張先であんまり寝られないので、それで出張から帰って来ると、昼すぎ辺りにどうしても居眠りをしてしまうようになってしまった。俺はこの居眠りを悪い物だと思っていたのだが、仏教の研究をしている時はこの居眠りこそが巧く機能してくれた。
 
 居眠り坐禅の凄さは、何か考え事をしながら居眠りをしてしまうと、居眠りが終わると脳がリフレッシュして、その解答を与えるだけでなく、釈迦の言っている事が実によく解るようになったという恩恵を与えてくれた。昼寝をしないと釈迦の言っている事が解らない。坐禅をしないと仏教の教えが解らない。だったら昼寝と坐禅を一緒にしてしまえばいいのである。
 
 釈迦の言っている事が解って来ると、仏教書の真贋をきちんと着けられるようになった。仏教書の著者たちが昼寝と坐禅をしていなければ、どう仏教を勉強したとしても、釈迦の言っている事は絶対に解りっこないのだ。仏教は勉強すれば理解できる物ではないのであって、やはり実践が伴わないと絶対に解らないのである。
 
 
●幾ら「仏教が好き!}と言われても
 
 仏教徒たちの中には「仏教が好き!}という事で本を書いて来る人たちがいるのだが、幾ら「仏教が好き」と言われても、釈迦の説法を聞き、布薩に出て反省し、坐禅を組んで瞑想しないと、絶対に仏教の事を理解できない。往々にしてこの手の発言をする人たちは仏教系の宗教団体に所属していないのだが、それだからこそ仏教の事を理解できないのである。
 
 キリスト教は信仰義認説を取るので、極論を言ってしまえば、信仰しさえすれば良く、善行は要らない。しかし仏教はそうではないのであって、三宝帰依すれば仏教徒として認められるが、解脱すべく努力し続けるからこそ仏教徒たりえるのである。どんなに仏教徒を名乗っても、煩悩まみれでは仕様がないのだ。
 
 仏教とは「自分自身と真剣に向き合う哲学」であると言った方がいいかもしれない。仏教を宗教だと捉えるからこそおかしな方向に行ってしまうのであって、仏教は自分の心を主とする事を教えるのだから、哲学とした方がいいのだ。仏教で問うているのは、解脱できたか否かなのであって、解脱していないのなら、仏教の事をあれこれ本を書くのはやめるべきであろう。
 
 解脱していないのなら、せめて坐禅を組んで瞑想して欲しい。幾ら煩悩があったとしても、坐禅をして瞑想すれば、或る程度は落ち着く。その状態で生きて行けばいいのであって、それすらしないと成れば、一体なんなんだという事に成る。はっきりと言ってしまうと、「仏教が好き!}と言っている事自体、仏教的には執着なのであって、仏教徒としては問題があるという事なのである。
 
 普段の生活はせわしない物だ。だからといって流されるままに生きてはならない。1日の中で、数分でもいいから心を落ち着ける時間を持つべきなのである。そういう事が出来れば、ちょっとした事で激怒したりはしない事であろう。だから坐禅なくして仏教を理解しようというのは無理が有り過ぎるのであり、結局、仏教の事を何も理解できなく成ってしまうのだ。 
 

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虹ママさんへの運命鑑定

虹ママさん、それでは運命鑑定行きますね!happy01
 
 
●「お稽古事」の件
長女のお稽古事は、
「スポーツをすべし」。
運動神経はいいので、スポーツをやらせると能力を発揮する事が出来ます。
 
それと
「歌」
ですね。
旦那さんは歌に触れると運気が安定してくるので、娘が歌を習うってのは実に良い事になります。
 
●「二人の性格の特徴や適職、関わる上で気をつけるべきことなどがあればお教え願います」の件
長女は心が冷たいです。それでいながら人々を惹きつけてしまいます。
自分の好きな事なら集中してやるけど、そうでないとなかなかヤル気を起こさないです。
適職は「芸能」か「宗教」ですね。普通の職業に就くと苦労します。
 
次女は心が温かいです。明朗闊達で誰からも愛される子になります。
自分の好きな物でも嫌いな物でも手を出し、そのくせ最後までやり通すことが苦手です。
適職は「無から有を創造する事」ならなんでもいいです。
 
育児や子育てで気を付けるべきは、母親に充分な徳があるから、母親が反面教師になる事はないって事でしょう。
子供は母親のいい部分を見て成長する事もあるけど、ダメな部分を見て成長する事もあるので、母親としてすべき事をきちんとやって、そのまま親から飛び立てるようにする事です。
 
 
●「霊線」の件
霊線は、次女は母親としっかりと繋がっているのですが、長女は辛うじて母親と繋がっている状態です、
本来は父親と繋がる筈なのに、結婚してから妊娠が遅れたために、そういう事になってしまったんでしょう。
だから子供をもう1人生むのは絶対に必要で、新しい赤ちゃんは父親と霊線で結ばれるだろうから、それでこの家族は安定してきます。
 
長女は長々と家にいさせるのではなく、出来るだけ早くに家から出した方がいいです。
そういった意味では学歴が問われない芸能人は向いていますね。
かといって、次女も故郷から出て行く運命にあるので、子供の数を多くしておかないと、老後は寂しくなってしまいます。
 
 

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