文化・芸術

「ラブコメ」ではなく「嫐り萌え」

●ラブコメなのか?

『からかい上手の高木さん』を「ラブコメ」とすると、疑問符が付く。

まず主人公とヒロインは付き合っていない。

ヒロインは恋をしているかもしれないが、主人公は好きという感情を打ち消してしまう。

甘く取れば、半分はラブコメの範疇に入る。

しかし残りの半分は、明らかにラブコメから食み出す。

ラブコメとは、恋愛を主題にしたコメディの事を言う」。

という事は、『からかい上手の高木さん』は主題が違う。

「じゃあ、主題はなんなんだ?」という事になる。

●「嫐り萌え」に「嫐られ萌え」

主題は、

「嫐り萌え」に「嫐られ萌え」

である。

高木さんは西片の事を好きだからこそ、嫐る。

西片は嫐られる事でストレスを感じるかもしれない。

しかしそれで快感を感じ、愛情を持てるようになっていく。

『からかい上手の高木さん』は新ジャンルを切り開いたといっていい。

この事に、作者自身、気づいていない。

編集者も出版社も気づいていないのだ。

●「嬲る」と「嫐る」の違い

「嬲る」も「嫐る」も、発音は同じ「なぶる」。

しかし使っている漢字が違うと意味が異なる。

「嬲る」とは、男性が女性に付きまとい、戯れる事を言う。

「嫐る」とは、女性が男性に付きまとい、戯れる事を言う。

男性が女性を嬲ると、肉体的に嬲るので、それで「SM」が出て来る。

女性が男性を嫐ると、言葉で嫐る。

しかし、それを示す言葉がない。

ないなら作ればいい。

「嫐り萌え」「嫐られ萌え」という言葉を作れば、フィットする事になる。

●「イジメ」と「イジリ」の違い

高木さんは1日数十回も西片をからかっている。

客観的に見れば、イジメである。

「イジメ」と「イジリ」は違う。

この区分けは吉本興業で生まれたので、俺は「吉本基準」と呼んでいる。

イジメは一方的であり、イジメられている方が拒否しても、イジメる方は攻撃してくる。

対して、イジリは相手を弄るが、弄られている方は反撃できる。イジリによって、双方が利益を得られる。だからイジメではなくなる。

愛情があるから弄るのであって、愛情なしで弄れば、イジメであろう。

要は愛情があるか否か?

だから、イジメは最終的にはやられた方の主観的判定になる。

●付きまとっても、ストーカーにならない理由

客観的に見て、高木さんはストーカーである。

趣味が散歩なので、散歩エリアに西片が入っていけば、出会う事になる。

付きまとっても、ストーカーに成らない理由は、

「同級生であるという、人間関係が存在する事」

「会話が存在する事」

「一緒にいて、嫌じゃない事」

の3つの理由が存在するからである。

これも要は愛情があるか否かなのだ。

愛情なしで付きまとわれたり、過剰な愛情で付きまとわれたりすれば、それはストーカーなのである。

●高木さんに潜む「妹的な要素」

実をいうと、作者の山本崇一朗は、

『ふだつきのキョーコちゃん』 

を描き始めた後に、

『からかい上手の高木さん』

を描き始めている。

妹が欲しかったので、キョーコちゃんは妹として描いた。

『からかい上手の高木さん」の設定は、「女子中学生と子供」。

同級生なんだけど、精神的に高木さんは女子中学生で、西片は子供だから、その格差を利用してエネルギーを生み出す。

それなのに、高木さんは突如として妹っぽくなる時がある。

キョーコちゃんの影響を受けてしまったからだ。

作業場が同じだと、2つの作品を並行して作ると、影響を受けてしまったりする。

作品ごとに作業場を替えれば、そういう混入はなくなる。

西片は兄で、高木さんは妹だから、恋愛に発展しないのに、じゃれあう。

嫐られても、ホッとする理由は、偶然に生まれたと言っていい。

変な世界に行かないのも、それが兄と妹という制約があるからだ。

●西片の冒険旅行

西片は子供から大人に成らない限り、高木さんと恋愛する事はできない。

男の子は「冒険旅行」をする事で、大人になっていく。

高木さんは一切出て来ない話を、10話分くらい必要だろう。

1巻まるまる冒険旅行に当てる事になる。

高木さんは、なんで、好きな人をからかってしまうのか?

西片は大人になって、高木さんの心の闇を撃破殲滅する。

高木さんはどうも一人っ子のようである。

しかし妹的な要素があるという事は、兄か姉がいたという事になる。

高木さんが好きな人をからかってしまうのは、そこに原因があると見ていい。

●文化レベルが高くないと嫐れない

嫐りをうまくやるためには、文化レベルが高くないとできない。

家族内で濃厚な会話がなされている事は絶対条件である。

如何なる人でも、家族内で会話がなされていないと、薄っぺらい会話しかできない。

作者の山本崇一朗は、香川県の小豆郡土庄町出身である。

島育ちだからこそ、家庭環境が非常に良かったのであろう。

大学は京都精華大学芸術学部卒。

「やはり京都か~」という事になる。

これだけハイレベルの作品を描けるという事は、

東京か京都か大阪の大学に行っていた人でないと出来ない。

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「高木さん」のフルネームは何?

●高木さんの下の名は?

高木さんのフルネームは今のところ、出ていない。

しかし物語の中では、名の最初が「ち」である事が出ている。

高木さんのキャラはしっかり出来上がっているので、「ち」の付く名前を挙げていけば、必ず見つけ出す事が出来る。

作者の山本崇一朗は、創作に当たって、キャラのフルネームを考えていたか、考えていなかったは解らない。

多分、考えていない。

推測は飽くまでも、運命学に基づく物である。

●ズバリ「千佳子」

結論からいうと、高木さんのフルネームは「高木千佳子」。

まず、西片を1日数十回からかう。

しつこい性格の持ち主であるという事。

となれば、「た行」から始まる女性だというのが解る。

次に、頭が良く、相手の二手三手先を読む。

それでいて、女らしさを十二分に兼ね備えている。

男性をからかいながらも、逆鱗には触れない。

運命学でこれらに該当する名前は、「千佳子」しかいないのだ。

千佳子なら「14画」になる。

高木も14画なので、名を出さず、苗字だけ出しても、矛盾なく使う事が出来る。

●高木さんのモデルは「高樹千佳子」?

高木千佳子なら、フリーの女子アナをやっていた「高樹千佳子」が思い浮かぶ。

作者の年齢を考えると、高樹千佳子が活動していた時期を見ていた筈である。

女子アナたちはほとんどが文系出身者だ。

高樹千佳子だけ、理系出身の女子アナなのである。

頭のいい女性なら、こういう喋り方をするというのは、大いに参考になった筈だ。

それと、髪型。

頭のいい女性は、なぜだかロングで、肩から胸のあたりまで髪の毛を伸ばす。

更に、服装。

頭のいい女性は、服装で絶対に外さない。

普段着でも、余所行きでも、ちゃんとした服装を着て来る。

●実際は?

実際には、中学か高校の時にモデルがいたのであろう。

その女性は本当に嫌な性格の持ち主。

読み切りで披露したのはこの女性。

連載を開始すると、主人公をからかう女性が、実は自分の事を好きだったという設定にした。

それで、自分の初恋の女性とのエピソードを織り交ぜた。

だから性格が大いに変化する。

連載を開始してから、暫くの間、高木さんは本当に嫌な性格のキャラである。

4回目あたりから、高木さんのキャラは出来上がる。

キャラを作り上げていく中で、作者の頭の中に、高樹千佳子があった。

そのままでは使っていないが、頭のいい子はこういう事をするな、という事では、大いに参考になった事であろう。

キャラが出来上がってしまえば、後はキャラが自然と動いてくれる。

●高木さんは理系女子

高木さんは成績が学年10位以内。

論理展開が理系的。

痩身貧乳で、単独行動を好む。

まさに理系女子の典型だといっていい。

理系女子でデブはまずいない。

集団行動を好むは文系女子で、理系女子は集団行動をしないわけではないが、単独行動を好む。

学校にいれば、理系女子たちを見ているのに、理系女子の事を描くのは非常に難しい。

なぜなら、その面白さは、外見ではなく、中身だからだ。

頭がいいのだから、その頭の良さを思う存分に発揮してほしい。

そうすれば、理系女子の魅力を大いに発揮させる事が出来る。

●西片は「崇一朗」

西片のフルネームは、恐らく「西片崇一朗」であろう。

高木さんは様々なキャラを組み合わせて作ったのに、14画のキャラとして統一されている。

という事は、苗字と名が同じ画数だという事になる。

対して、西片は明らかに違うキャラが混在している。

のんびり屋の西片と、感情的になる西片。

西片は10画なので、のんびり屋の性格はこちら。

感情的になるという事は、「さ行」から始まる名であるという事。

作者が山本崇一朗だから、西片の名は「崇一朗」であろう。

崇一朗は22画なので、感情が豊かであるが、その感情を巧く表現できない。

この画数の持ち主は、「女性を思い通りにさせたい」という欲望が強い。

もしも自分の思い通りにならないなら、その女性から嫐ってほしいと思うようになる。

ちょっと、普通の男性たちには理解できない性癖を持っているのだ。

●仲はいいのに、付き合えない理由

高木さんと西片は、仲がいいのに、交際へとは発展しない。

最大の理由は、

苗字で呼び合っているから」。

苗字の相性は悪いので、苗字を呼び合っていると結びつかない。

その上で、高木さんは西片をからかい、西片はからかわれる事で、自分は高木さんの事を好きである事を否定しまう。

物語には出て来ないが、もう1つとんでもない理由が存在する。

西片は高木さんに心の内まで見抜かれるので、高木さんを思い通りに出来ない。

思い通りにならないなら、そういう女性から嫐られる事が快感なのである。

勿論、西片というより、作者が。

これはSMを遥かに超えた物である。

SMは相手の女性を思い通りにするために、鞭で叩いたり、縄で縛ったりしなければならない。

結構、労力を必要とする。

言葉で嫐るなら、経済効率は非常に高いし、生産性も劇的に高くなる。

もっとも、こういうプレイをやるためには、相当な体力を必要とする。

だから西片は筋肉トレーニングに励んでいる。

非常に特殊な性癖なので、ほとんどの人たちは理解不能であろう。

解り易い例を挙げれば、

佐々木健介と北斗晶の夫婦。

北斗晶が言葉で散々嫐っているのに、佐々木健介はいつもニコニコしている。

言葉で嫐られる事に、愛情を感じてしまうのである。

こういう関係は、夫の方に体力が十二分にないとできない。

●理系女子と芸術系男子の戦い?

高木さんは「理系女子」。論理的に思考し行動する。

対して、西片は芸術系男子。想像力は豊で、表現力も豊か。

本来なら、結びつかない。

しかし、高木さんの趣味は散歩と漫画を読む事。

西片は漫画が好きなので、それで共通項が出て来る。

ちなみに、西片が外出中、高木さんとよく出くわすのは、高木さんが散歩をしているから。

西片は頭の良さでは絶対に敵わない。

頭のいい女性なら、普段の会話で学問の話が出て来る。

それなのに、学問の話は全く出て来ない。

西片が付いてこれないから。

もっとも、作者自身、そこまで学力がないので、知的会話を描くのは無理なのであろう。

普通なら、理系女子は理系男子と交際する。

芸術系男子だって、芸術系女子と交際する事になる。

専門的な話をするとなれば、やはり同じ程度の学力がないとできないのだ。

●考えてみれば、苗字から名でしょう

最初は苗字で呼び合う。

「西片君」「高木さん」という形で、

交際して、関係が深まってくると、次は名に移行する。

「崇一朗さん」「千佳子さん」。

更に仲が良くなると、愛称で呼び合うようになる。

「そうちゃん」「ちかちゃん」。

呼び名が変わるという事は、両者の関係は発展しているという事なのである。

苗字で呼び合うのは、初期においてであって、しかも期間は短い。

恋愛した事のある者なら、その期間が懐かしいからこそ、『からかい上手の高木さん』は面白い。

しかし。苗字で呼び合うのが、長々と続くなんて事はありえない。

現実では、絶対にありえない関係なのである。

漫画といってしまえば、それまでなんだけど、面白いからといって、こういう恋愛がしてみたいなんて、決して思わない事だ。

 

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ウパルーパーさんへの運命鑑定2

ウパルーパーさん、それでは運命鑑定行きますね!

●夫婦の相性

夫婦は共々名前が実にいいです。

しかし夫婦が2人でいる時はいいんだけど、子供がいると、急に冷めてしまう関係になるですよ。

それで出産後、夫婦関係が冷え切ってしまったんです。

たまには子供をどちらかの実家に預けて、夫婦水入らずの生活を送ると、回復するかもしれません。

他に「別居」という手があり、夫婦双方別々の家に住んで、たまに会うようにする。

最終手段は「離婚」ですな。セックスレスが3年以上続いているし、ウパルーパーさんの年齢の事を考えると、離婚して、他の男性と結婚した方がいいですよ。

●体重と仕事

出産後、薬の影響で太ってしまったのでしょうが、太った事は関係ないです。

というのか、出産後は太った方がいいですよ。

母性ホルモンがより多く出るので。

仕事はした方がいいかもしれませんね。

家事や育児をやり、仕事で発散しないと、きついです。

但し、今は健康な体じゃないので、病気を治してからにした方がいいでしょう。

 

 

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平成30年度のタマティーのお年玉プレゼント

●平成30年度のお年玉プレゼント

 平成30年度のタマティーのお年玉プレゼントは、なんと、

「白物」!

 戌年は白い色がラッキーカラーに成るので、白い物ならなんでもいい。今年の究極のラッキーアイテムは、

「白い犬」

という事になっている。

 正月三箇日、高速道路のパーキングエリアで、白いシェパードを連れて歩くご婦人を見てしまった。この手の犬を飼うのもラッキーなのだが、見るのもラッキーなのだ。犬種では、「サモエド」と「クーバース」が白い毛でフサフサとした物になっているので、今年はこれらの犬が買いであろう。

 白色は、神道では神聖なる色であり、仏教では黒色となる。上座部仏教では違う色を尊ぶのだが、日本に伝来した仏教は中国を経ているので、そうなったのである。神社神道では正式な祭服は白色であり、他に色を使う事もあるが、正式な祭祀では必ず白色の物を用いているのだ。

 ちなみに、天理教ではなぜだか「黒色」を祭服に用いている。これは中山みきが居た時に、教団内で吉田神道と修験道と浄土宗の勢力が競争し合い、最終的には教義の形成では吉田神道を取ったのだが、信者たちの多くは浄土宗系の儀式を取った。天理教は戦前「教派神道」だが、戦後は「諸教」に行ってしまった。祭服に黒色を用いて、教派神道には留まれないであろう。

●「白色の食器」「白色の服」「白色のシーツ」

 生活関連では、「白色の食器」がお勧めである。食器の中に欠けている物があるなら、とっとと捨ててしまった方がいい。白色の食器は高くないので、買い替えるには今年がベストなのだ。但し、白色の食器があると、全てを白色の食器で統一したく成ってしまうので、やりすぎは禁物である。

「白色の服」もお勧めで、下着は白色の物を使えばいい。下着の寿命はせいぜい3年だと思っておいた方がいい。長らく使用し続けてしまいと、生地が薄く成ってしまうので、それで保温効果が落ちる。下着の場合、まだ着れても、多少草臥れてきたら、捨てるに限るのだ。

「白色のシーツ」もお勧めで、今年はこれが魔除けになる。体重が軽いとシーツはそんなに傷まない物だが、体重が重いとシーツは傷む。夫婦で同じベッドに寝ても、夫の側だけ傷むはそのためなのだ。妻が男女の性差を理解していないと、穴の空いたシーツを使い続けてしまう事に成るのだ。

●真珠

 女性であるなら、今年は「真珠のネックレス」を付けるべきであろう。考えてみると、真珠のネックレスを好んで付けるのは、かなり大金持ちの女性たちが圧倒的に多い。真珠は直積に財運を刺激するのではないが、聖化する力を持っているので、それで精神レベルが上がって行く。だから莫大な資産を維持できるのである。

 真珠はそんなに高価な物ではないのだが、なかなか真珠に手を出せないなら、イミテーションの物を使い、自分で自分を騙し、収入を増やしていくという事をやっていい。収入が増えれば、今度は本物の真珠を購入するようにすれば、なんの問題もない。他の宝石とは違い、真珠は白色が大事な要素だから、イミテーションでも充分に効果を発揮するのだ。

 日本では宝石が殆ど取れないのだが、パールミキモトが真珠の養殖に成功してから、真珠を国内で調達する事が可能になった。経済大国の日本で真珠だけが取れるようになったのは絶対に偶然ではない。それなりの理由があるからこそ出来た事なのであり、真珠は大事にし、地道に購入していくべきなのである。

 

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平成30年度のタマティーの大予言

明けましておめでとうございます!
本年も宜しくお願い致しまッスル!
それでは毎年恒例の、「タマティーの大予言」からスタート。
 
●戊戌の意味
 平成30年度は「戊戌」の年である。
 
「戊」は「斧が付いた矛」が語源であり、「十干の第五位」を示す。五行では「土」を意味するので、そこから「茂る」という意味が派生してきた。戊の年は戦争に成り易い年である。「戊辰戦争」はまさに戊の年に起った。戦争にならなくても、軍事力を用いての外交が展開され、一触即発で戦争という事に成りかねないのだ。
 
「戌」は「人が矛を持って守る」が語源であり、「十二支の十一番目」を示す。特に「国境警備兵」を意味するので、そこから「守る」「守り」「屯ろ」といった意味が派生してきた。基本的には防御を固めた方がいいのだが、国民の方が好戦的であり、政府がどう国民を統制していくかが大事に成って来る。
 
 だから戊戌の年は、政府は軍事力を増強し、手堅い外交を行っていかなければ成らないが、国民は政府が安全保障をしっかりとしていないと、戦争する事を要求し始めるという年なのである。キナ臭い年ではあるが、政府が政権運営を間違えなければ、確実に乗り切っていく事が出来る。こういう年に政権交代はすべきではない。敵は外国なのであって、国内は一致団結しなければならない。
 
 
●戊戌の年に起った出来事
①昭和33年(1958) 
 昭和33年には「中国国旗汚辱事件」が起こっている。これによって日中貿易全面停止となり、中国から商品を輸入できなくなってしまった。それで日本国内で商品を生産するようになり、日本の経済が発展していく事になる。
 
②明治31年(1898)
 明治31年には隈板内閣が誕生し、最初の政党政治を実現した。尤も大隈重信首相は大した事をやらずに辞職してしまった。長期間に亘って野党をやり、やっとの事で政権を取っても、なんの実績も残せず総辞職というのは、これ以降の日本政治で毎回繰り返される事に成る。
 
 幸徳秋水らが社会主義研究会を発足させたのもこの年である。日本は百年以上に亘って、社会主義の事で苦しむ事に成る。社会主義が世間知らずの学生たちを魅了するイデオロギーだという事を解っていないと、社会主義を殲滅していく事はできないのだ。すべき事は思想戦であり、思想戦に勝利するからこそ、社会主義を克服できるのである。
 
③天保9年(1838)
 天保9年には徳川斉昭が内憂外患の意見書を幕府に提出した。長州藩では村田清風を起用し、藩政改革を行っている。この時、幕府が改革を実施していれば、その後の倒幕は避けられた事であろう。長州藩は改革を実施したからこそ、幕末になって倒幕を主導できたのである。
 
 中山みきが天理教を創始したのはこの年で、政治体制が完全に行き詰まっていたので、それで新興宗教に走る人たちが大量に出て来たのだ。江戸時代には微々たる存在であったかもしれないが、明治になると一気に教団勢力を拡大できた。早くに急成長しなかったからこそ、それが出来たのである。
 
④安永7年(1778)
 安永7年には、ロシア船が蝦夷地に来航し、貿易を要求している。幕府は素直に貿易を実施すべきであった。ロシアとの通商を拒否したために、幕末にアメリカ合衆国と不平等条約を締結する事になってしまう。日本とロシアは揉めっ放しなので、日露両国が仲良く成る事はないであろう。
 
 本居宣長が『古事記伝』上巻を書き上げたのはこの年である。『古事記』は読めない書物であった。それを本居宣長が江戸時代の人たちにも解るように翻訳し、解釈を付けた。これによって日本の神代や古代の事が解るようになり、仏教を克服していく契機となる。
 
●政治
 戊戌の年では、政治は外交で揉める。日本はアメリカ合衆国との同盟を強化し、中国や北朝鮮や韓国に対して、外交で攻勢をかけるべきであろう。北朝鮮の金正恩は政権発足以降、最も強く出て来るのが予想される。トランプ大統領はヤル気満々でも、アメリカ軍の上層部は及び腰であり、日本が踏ん張らないと、本当に北朝鮮は戦争を仕掛けて来る事であろう。
 
 日本の安全保障の事を全然理解していない野党たちには、出番はない。もしも国民が愚かにも、自民党を引き摺り下ろし、野党を政権に付けてしまえば、日本の国益は激しく損害を受ける事に成る。外交で揉める年である以上、与党自民党に如何なる問題があっても、続投して貰うしかないのだ。
 
●経済
 経済は好調である。アベノミクスの成功によって、日本経済は発展していく事になる。デフレ経済になっているので、庶民の方には好況だという実感がないのだが、高額所得者たちの方には大量のお金が流れている。もう少し時間が経てば、低所得者たちにもお金が流れて来る事だろう。
 
 但し、増税が景気を減速させるので、出来る限り増税はすべきではない。いずれ消費税は10%に成るであろうが、だったら所得税は10%に引き下げるべきなのである。デフレ経済では減税こそ正解なのであって、増税すればするほど、景気は悪化する事に成る。増税を目指す政策を打ち出せば、選挙で負けるのは当然の事なのである。
 
●社会
 後に大発展する新興宗教が誕生するかもしれない。天理教が誕生した時、当時の人々はまさかあんなに大発展するとは思わなかった事であろう。新興宗教というのは、いい時期に生まれてしまえば、大躍進してくるので、世間の人たちの想像を遥かに超える事をやらかしてしまうのである。
 
 学問でも、後に重大な影響を及ぼす研究が始まる。今まで見捨てられていた分野だとか、新規の分野だとに手を付けてしまえば、思わぬ学術的発見をしてしまい、それで後世に於いて甚大な影響を引き起す事に成るのだ。逆に言えば、既存の分野を研究しても、そんなにいい事はないという事なのである。
 
●文化
 文化では、質の高い書籍が売れるようになる。出版不況が長く続いているのだが、それは読者たちのレベルが向上しているのに、出版社たちの方が相変わらず低レベルの書籍ばかり出しているからである。デフレ経済では国民の質が向上するのであって、インフレ経済で育った編集者たちが去らないと、なかなか質の高い書籍は出て来ないのだ。
 
 芸能界では結婚ラッシュとなるであろう。戌年は女性が妊娠したがる年なので、女優や女性歌手たちは続々と結婚し、妊娠出産していく事になるのだ。最大級のビッグカップルは「岡村隆史」と「ブルゾンちえみ」である。今年、結婚する可能性は大となっている。
 
 逆に独身を貫いている芸能人たちには悲劇が襲う事になる。例えば今田耕司とかは気を付けた方がいい。氷川きよしとかも、スキャンダル続きとなり、人気は急降下になってしまう。今年はどうやっても最悪の事しか起こらない年なのである。
 
●個人レベル
 個人レベルではなんといっても「妊娠出産」であろう。戌年生まれの人は、体力がタフな人たちが多い。戌年なのに、妊娠出産しないというのは、やめた方がいい。こういう年に、水天宮とかに行けば、効果は絶大であろう。仕事に重点を置いてしまうのは絶対に良くない。

 

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角野栄子さんに会ってきました!

●いきなりの招待状
 知り合いの女性作家は様々なイベント情報を集めて、せっせと応募葉書を送ったりしているのだが、そのくせ、仕事が忙しいので、締切日が近くなると、折角当選したのに、そのイベントには行けなく成ってしまったりする。そういう時に、俺の方にその招待状が回って来るから、実に迷惑なのである。
 
 今回もまた、嫌々ながら招待状を受け取ったら、なんと角野栄子の講演会であり、それを見た瞬間に、「今回は行く!」と決めてしまった。とはいっても、こちらもその日には用事があり、角野栄子の講演会に行った後、すぐさま引き返して、全く正反対の方に行かなければならない。まさに東奔西走。
 
 当日、講演会に行ってみると、角野栄子の肌が白い事、白い事。「白肌は七難隠す」というが、82歳のお婆ちゃんだというのに、実に綺麗なのだ。しかも服装がお洒落。肌が白いので、赤系の服が良く似合う。更には眼鏡を着けているので、目の周りの皺が全然目立たない。眼鏡の思わぬ使い方を発見してしまった。
 
 
●講演内容
 講演内容は、
「突如、アイデアが続々と出て来る」
「家事や育児をしながらの小説制作」
「図書館が充実しすぎると、作家はやっていけない」
の3つと見ていいだろう。
 
 結論は、
「想像力があるからこそ、創造できる」
でいいと思う。
 講演内容はもっと大量にあるのだが、ま、要はそんな物である。喋りが巧いので、脱線話も面白い。江戸っ子で、落語が好きだから、笑いは随所にあった。
 
 小説家だからといって、必ず想像力がある訳ではない。二流の小説家たちは物語を人工的に組み立てて来る。ミステリー小説はその代表例であろう。しかし一流の小説家たちは神憑り的に成って、物語を作って行く。本当に或る日突然にアイデアが湧いてきて、それを作品として仕上げて行くのである。
 
●『スパゲッティが食べたいよう』
 角野栄子は絵本を大量に出しているのだが、絵本関係では『スパゲッティが食べたいよう』(ポプラ社)が一番であろう。要は、アイデア勝負でやっており、もっとプロットで工夫すべきなのだが、それをしないと、こうなってしまう。尤も子供相手なので、下手に捻った話にしてしまうと、子供たちは付いてきてくれないから、話は単純の方がいい。
 
 絵本である以上、とにかく音読してみる事であり、音読すると、どの絵本の出来がいいのかが実によく解るようになる。いい絵本は喋り易いし、内容がどんどん入って来る。これに対して出来の悪い絵本は喋りにくいし、内容がイマイチよく解らない。短い話なので、作者の能力が問われるのだ。
 
 
●改めて『魔女の宅急便』
『魔女の宅急便』(福音館書店)は全六巻で、27年かけて完結した。しかしスピンオフに3巻分、予定されている。既に特別編として『キキに出会った人びと』、特別編その2として『キキとジジ』が出ている。となると、特別編その3はキキがどうやって魔女になる事を決意したのかが語られる事であろう。

「グーチョキパン店の命名の謎は?」
「キキとジジの出会いは?」
はスピンオフした物を読めば解る。
 
●トンネルの森1945
『トンネルの森1945』(角川書店)は、角野栄子が疎開した際の話を元にして作られた物である。こういう物は「小説」ではなく、「脚色実話」と呼ぶべき物で、事実ではないが、事実をそのまま書くより、多少演出した方が解り易いからこそ、このような事をやる。作品では、主人公は継母と疎開した事になっているのだが、実際には父親と姉が東京に残り、角野栄子は弟と、それに継母とその子たち(弟と妹)と疎開している。
 
 戦時下の話は嘘が多い。政府は戦争の情報を正確に伝えなかった。だから国民は戦争に対してまともな態勢を取る事が出来ず、逆に大損害を出してしまったのだ。本当に物資が不足し出すのは、昭和19年後半からである。配給がある以上、そう簡単に物資が不足する事ないのだ。だから角野栄子は嘘をついていない。
 
 この本を読むと、千葉は本当に田舎だったというのが解る。一人称が「俺」というのは蝦夷の血の濃い地域であり、東北地方となんら変わらない。

●実を言いますと

 角野栄子にはロシア人の血が四分の一入っている。父親がロシア人と日本人とのハーフ。ネットでは「角野栄子はハーフ」という情報が流れているが、それは完全に間違い。結構、ネットにはガセネタが流れているので注意すべし。

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甘口と辛口の謎

●女子アナのグルメリポート
 最近、食べ物を紹介する番組が異様に多いのだが、女子アナのグルメリポートには大いに不満がある。何を食べても、
「甘~い」
とかしか言わない。肛門に爆竹を突っ込んで、火をつけてやろうかと思ってしまうほど、「もっと他に言い方があるだろう」と反論したくなってしまうのだ。
 
 これがお肉になると、今度は、
「柔らか~い」
と間抜けな面して述べて来るのだ。動いている牛に噛みついてみろ。肉という物は本来硬い物なのだ。近くに牛が居ないなら、体型が牛に似ている上沼恵美子のお尻に噛みついて、食い千切ってみろ。
 
 女子アナのグルメリポートは、
「甘い」「柔らかい」「美味しい」
の3語で足りる。語彙が余りにも少ないのであって、そういうグルメリポートならするな。他の者にやらせろ。
 
 
●女性たちにとっての究極料理
 女性たちは「甘い物」「柔らかい物」が好きというのなら、女性たちにとっての究極料理とは、
「子牛の肉の生クリームかけ」
じゃないだろうか。甘いし、柔らかいし、美味しいのだから、これなら女性たちは大満足してくれるであろう。
 
 名付けて、
「お肉と雪の女王」。
普段は子牛の肉を使用しているのだが、たまに「May.J」のお肉が入っていたらアタリ。
「♪な~にも~、怖く~な~い」
と歌いながら食べましょう!
 
●太古の昔、料理を作るのは女の仕事だった
 狩猟採集経済では料理を作るのは女の仕事だったのであり、男性たちは料理など決して作らなかった。これはどこの地域でも同じである。ところが文明が誕生するとそうではなく成り始めた。穀物を生産し始めた部族は母系家族になり、相変わらず女性たちが料理を作っていたのだが、牧畜を開始した部族は父系家族になり、戦争で奴隷を獲得すると、その者たちに料理を作らせるようになった。
 
 文明化とは、母系家族から父系家族に移行する事なのだが、その移行の過程で、男性たちが女性たちの仕事であった料理を奪い取っていった。女性たちは甘い料理を好む以上、そういう料理ばかり作っていたのだが、男性たちは甘い料理以外の料理も好むので、それで料理のバリエーションが一気に増えたのである。
 
 
●甘口と辛口の違い
 料理には甘口と辛口があるのだが、甘口の料理は女性たちが好む物で、糖分が多い以上、これは必要な味であろうが、辛口は男性たちが好む物で、恐らく「疲労の除去」のために必要だったからこそ、加えていったのではないであろうか。
 
 甘口と辛口があると、味の領域は思いっきり広がる事になる。甘口の料理だけではどうしても単調になる。しかし辛口の料理があれば、様々な味の料理を作り出す事が可能になってくるのだ。
 
 結婚して、妻が一生懸命に料理を作っているのに、夫が何も褒めないのは、味が単調だからであり、味に対してもっと工夫した方がいい。ニンニクとか、ショウガとか、ネギとかを使うと、男性たちの好む味となる。これらの物は中華料理では必ず使用している食材だ。
 
●例外 
 但し、これには例外がある。「お菓子」に関しては甘い物のままでいい。お菓子には甘さを求めているのであって、辛さなど求めていないからだ。たまに「ワサビのソフトクリーム」なんて物が出て来たりするが、ああいうのはやはり男性が考え出した物であろう。
 
 それと「お酒」である。日本酒では、巫女が日本酒を作っていたという伝承が残ってるので、多分、甘酒がその名残りであるに違いない。ワインはキリスト教によって父系家族への移行が完全になされてしまったので、ワインの本来の味が失われている。女性がブドウ園のオーナーになると、そこで作ったワインは本当に美味しい。フルーティーな味になるのだ。これがワイン本来の味なのであろう。

   

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ケント・ギルバートに対して勝手に運命鑑定!

●歴史の逆説
 世の中というのは一直線では進まない。「歴史の逆説」が起り、常識では考えられないような事が起ったりする。特に宗教は歴史の逆説を引き起し易いので、要注意なのだ。アメリカ合衆国ではモルモン教に歴史の逆説が起っており、モルモン教徒の数は既に800万人を超え、他の教団たちが減少傾向にあるのに、モルモン教だけは増加傾向にある。
 
 かといって、モルモン教の教義は全く理解できない。キリスト教の宗派なんだろうけど、教義は完全にキリスト教の物から逸脱している。キリスト教徒たちの間では、「異端」という筝で定着している。しかしモルモン教徒こそ、アメリカ人らしいアメリカ人であり、普通のキリスト教徒たちよりもキリスト教徒らしいのはどうしてなのであろう。

 
●英語の名前と日本語の名前
 日本で最も有名なモルモン教徒のアメリカ人は「ケント・ギルバート」である。英語名では、
Kent Sidney Gilbert」
で、地格が9画なので父親とは縁が薄く、外国に出ると大吉となる。ケントとはイングランドに居た部族の名で、アメリカ人で「ケント」とくれば、実に「男らしい男性」で、道理に合わぬ事は絶対に言わない。但し、男らしさが欠けると、ちょっとおかしな事を言いまくるようになってしまう。総格は32画なので、「影の立役者」となり、人々に強い影響力を発揮してくる。財運は多く持ち、一時期、家族を犠牲にしてまで働くと、その後は豊かな生活を送る事ができる。
 
 日本語名では、
「ケント・ギルバート」
となり、地格は7画なので、性格は個性的であり、芸能界には似合っている。人格は7画なので、行動力があり、合理的な意見を言う。総格は21画なので、会社経営者向きとなる。英語名もいいのだが、日本語名はそれ以上にいい。だから日本に定住して仕事をしているのであろう。
 
 英語名と日本語名では相性が良い。幾ら日本語名が良くても、相性が良くないと、どうもおかしな事になってしまう。中には大凶の物のあるので、そういう人は早くに帰国しないと、日本で犯罪を起す事になってしまうのだ。外国人が日本語を覚えても、日本に定住する人とそうでない人に分かれてしまうのは、それが原因なのである。
 
●モルモン教の語学教育
 モルモン教では、2年間の宣教が義務付けられているのだが、外国に派遣する場合、集中的に外国語を教えてしまい、片言ができるようになれば、もう現地に派遣してしまう。その状態で生活していけば、帰国する頃にはもうその外国語を話せるようになってしまうのだ。ここまで凄い語学教育は他になく、モルモン教の最大の強みはこれであると言っていい。
 
 このため、モルモン教徒たちは国際的なビジネスで成功し易い。しかもCIAやFBIはその語学力のために優先的に雇用している。いずれ必ずモルモン教徒の男性がアメリカ合衆国の大統領に成るであろう。これだけ信者たちの質が高いのに、大統領を出さない訳がないのだ。
 
 ケント・ギルバートにしても、アメリカ人である以上、歴史に対して偏見を持っている筈なのだが、モルモン教徒ゆえにその偏った見方から離れ、正しく物事を見る事が出来ている。だから正論を言えるのである。まさに傾聴に値する意見を言っているので、彼の本で面白そうな物があるなら、読んでみるといいだろう。
 

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オーサ・イェークストロムに対して勝手に運命鑑定

●北欧女子
 学術書ばかり読んでいると頭が固くなってしまうので、俺は平行しながら軽めの本を読むようにしている。今回、気晴らしで読んでいたのだが、超面白かった。それが、
 
オーサイェークストロムの「北欧女子シリーズ」。
 
学術書をそっちのけで読んでしまったぐらい楽しめた。
 
 日本に滞在する外国人が書いた物は下らない物が多い。理由は簡単で、日本の事をよく知らないからだ。日本に生まれ育った俺ですら、日本に関して解らない事が多々あるのに、それなのに滞在10年も経っていない奴がとやかく言うな。文句があるなら、とっと帰れ。せめて「厚切りジェイソン」みたいに、ジョークを飛ばすとかして来い。
 

 北欧女子シリーズでは、2巻の出来が一番良いと思う 1巻と2巻の出版間隔が短く、しかも締切ギリギリで出したらしい。そういう緊張感があると、作品の出来は良く成るのだ。たっぷりと時間を与えれば、いい物が出来るとは限らない。寧ろ考え過ぎたり、手を出し過ぎてダメにしてしまう物なのだ。
 
 俺としては、「オールカラーにして欲しかった」。というのは、オーサの色使いが物凄くいいので、「なんでオールカラーにしないんだ」って事なのである。印刷代が嵩んでいいからオールカラーにしておけば、このレベルの出来なら、ベストセラーになってもおかしくない。続けて出していけば、ロングセラーにもなるだろう。
 
 作者は外国人なので、誤字脱字や文法の間違いをしてくるから、それを編集者が直すのはいい。しかし編集者が作品内容にまで手を出してしまうと、オーサの良さが減少してしまうのだ。内容に関しては、下手でもいいから、オーサのありのままを見たかった気がする。オーサ自身も、無闇に手を出されぬよう、ちゃんとした日本語を使えるようにした方がいい。
 
●スウェーデン語での名前と日本語での名前
 オーサ・イェークストロムはスウェーデン人なので、名前は、
 
「Åsa Ekström」
 
と書く。「A」の上に小さな「〇」がある。これで「オー」。「sa」は「サ」で、合せて「オーサ」となる。エクストロームと思いきや、イェークストロム。英語に似ているけど、発音が全然違うので、実に厄介。
 
 地格は7画なので、性格は個性的。事実、スウェーデンでは典型的な「オタク」。人格は6画なので、結構のろま。総格は25画なので、生まれ故郷から離れる運命にある。スウェーデンを出て、日本に来たのが開運と成った。もしもスウェーデンに居続けたのなら、本当に普通の女性として終わった事だろう。
 
 日本語ではカタカナで「オーサ・イェークストロム」と書く。地格は7画で、性格は個性的。人格は5画なので、シェアハウスに住むくらい、人々と接するのが好きになる。総格は24画 なので、漫画家には適している。新しい物を創作していきたいという意欲がメラメラと湧き上がってくるのである。
 
 ちなみに、「オーサ」はスウェーデン語ではそれなりの意味があるだろうが、日本語では、
「王佐」
という言葉があり、この単語は「王を補佐する」「王を補佐する人」という物凄くいい意味になる。他には、
「往査」
という単語もあり、これは「公認会計士などの監査人が、遠くの事業所に出張して監査を行う事」を言う。
 
●性格はスウェーデンでも日本でも同じ
 オーサはスウェーデン語でも日本語でも画数が同じなので、性格は同じという事に成る。だから彼女の書いた漫画は面白い。彼女はスウェーデンでも日本でもそのまんまだから、彼女の言っている事が伝わってくるのだ。尤もスウェーデンに居た時は超ダサい。本人曰く「全然イケてない」。その女性が日本に来たら美人に成った。
 
 スウェーデン語の名前だと、総格が25画だから、これで漫画家としてやっていくのは難しい。これに対して日本語の名前だと総格が24画に成るので、これなら漫画家としてやっていける。漫画の激戦区である日本で漫画家としてデビューしてしまえば、たとえトップを取らなくても、祖国で自分の漫画本を出せば、それなりに売れる。となれば、漫画家として充分収入を得る事が出来てしまう。
 
 外国移住では事実上画数での「改名」が起るので、この改名には気を付けた方がいいかもしれない。同じ画数なら性格は同じだけど、外国語では画数が変わるので、それによって自分の性格が変わってしまう。その変わった性格に自分自身が付いていければいいが、付いていけないと、帰国せざるを得ないであろう。
 
 また画数が違う場合、祖国での名前と移住先の名前とで相性があるので、それも問題になる。相性が良ければいいのだが、相性が悪いと何をやってもチグハグしてしまう。そういう時は通称で対応すべきであり、通称を巧く使う事で、どうにかやっていけるようにした方がいい。
 
 折角、日本に憧れ、日本に来て、ちゃんと日本語が出来るように成り、日本で就職して仕事が出来るようになったのに、名前の画数が悪かったり、祖国での名前と日本での名前の相性が悪いとなれば、どうにも巧く行かないので、それで日本を去ってしまう事に成る。外国人だからこそ、日本で仕事をする際には、運命鑑定を受けた方がいいのだ。

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釈迦が流した愛の涙 続編

●「不倫の禁止」「女性出家者たちの誕生」「友情の強調」
 釈迦は出家前に、男女の愛で散々悩んだ。だから釈迦が唱えた教えは、男女の愛で懊悩した者ならではの物に成っている。
 
①「不倫の禁止」
 原始仏教経典で最も特徴的なのは、「不倫の禁止」を盛んに唱えている事である。釈迦自身が人妻に手を出し、自分の妻を寝取られたので、不倫の禁止を徹底的に唱えた。バラモン教では不倫の禁止など唱えなかったので、仏教の教えは当時のインド人たちにとって非常に新鮮だった筈である。
 
 但し、原始仏教教団では、男性僧侶たちは信者たちの所に托鉢して食料を調達してくるので、必ず人妻と接する事に成る。それで男性僧侶が人妻に手を出すという事件は多発してしまったらしい。不倫の禁止を唱えている教団だからといって、本当に不倫をしない訳ではないのだ。
 
②「女性出家者たちの誕生」
 釈迦はマハーパジャーパティーの要求を聞き入れ、彼女を出家させているのだが、女性出家者たちが居たという事は、原始仏教教団の特徴であった。バラモン教には女性の宗教家たちは居ないのであって、インドでは仏教の登場によって、初めて女性宗教家たちが誕生したのである。
 
 アクレサンダー大王がインドを侵略すると、仏教教団を見て心底驚いた。「女性たちが哲学をしている」というのは古代ギリシャ人たちにしてみれば、最大級の衝撃だったのである。これが後に、インドに残ったギリシャ人たちを仏教に改宗させ、大乗仏教を生み出していく事に成る。尤も釈迦族では女性たちが大量出家してしまったので、釈迦族は滅亡という最悪の事態に遭遇してしまう事に成った。
 
③「友情の強調」
 釈迦は家族愛に恵まれなかったので、家族の情愛を断ち切って、「マイトリー」即ち「友情」を強調した。釈迦は男性僧侶たちと一緒に居る事を好み、女性僧侶たちや女性信者たちを出来るだけ避けた。彼は男色家ではない。女性たちの感情的な言動が、釈迦の心を乱すので、それで遠ざけたのである。
 
 友情を強調した事は、当時のインドでは画期的だった。友情という物は存在していたが、その友情を家族愛よりも遥かに価値の高い物であると教えたのは、釈迦が初めてであったのである。しかし友情の強調は釈迦の甘さであった。人間には友情に反応するホルモンがないので、幾ら友情を強調しても、纏まりを欠くのだ。事実、僧侶たちは三宝帰依によって結束したのであり、友情で結束したのではなかった。
 
●慈愛を産んだのはマハーパジャーパティー
 マハーパジャーパティーは初の尼僧になっただけではなく、女性としては初の阿羅漢にもなっている。釈迦が優遇してそうなった事は想像が着くが、それでも阿羅漢になったという事は、やはり彼女の出来が良かったからなのであろう。マハーパジャーパティーにしてみれば、釈迦の苦悩が解ったからこそ、釈迦の説いている教えなど簡単に理解する事ができた。
 
 釈迦自身は友情を強調して失敗していたのだが、マハーパジャーパティーは尼僧たちに慕われ、尼僧たちの中で第一人者になっていた。尼僧たちはバラモン階級やクシャトリア階級の出身者や、庶民や奴隷、そして売春婦たちなども居た。それらの者たちから等しく愛されていたのである。
 
 釈迦は平等を唱えたのだが、男性僧侶たちは出身カーストで分かれていた。バラモンたちは舎利弗と目連を、クシャトリアは提婆達多を、庶民たちはヤサをリーダーで固まっていた。意外な事かもしれないが、男性僧侶たちの間では、奴隷出身の出家者たちは殆どいなかった。
 
 釈迦とマハーパジャーパティーの違いは、男女の違いと言ってしまえばそれまでなのだが、マハーパジャーパティーは3人の男子を産み育てたので、母性愛を以て尼僧たちに接したのであろう。だから尼僧たちは彼女の事を慕った、釈迦自身は、妻子を捨てて出家してしまった人物なので、そういう愛情を出せなかったのであろう。
 
 釈迦は友情だけでなく、生きとし生ける者への愛を唱えているのだが、この愛はマハーパジャーパティーの影響を受けての事だと見ていい。この愛が小乗仏教では「カルナー」即ち「憐み」になり、大乗仏教では「マハーカルナー」になり、中国語訳では「大悲」と成った。大悲をより解り易い言葉に変えるなら、「慈愛」であろう。この慈愛はマハーパジャーパティーこそが産んだ物なのである。
 
●提婆達多の分派
 釈迦の晩年には、原始仏教教団に提婆達多の分派という最悪の事件が発生する。この事件は、長らく提婆達多だけが悪いように言われてきたが、原始仏教教団が出身カーストを解消できなかった以上、これは原始仏教教団の後継者争いと見るべきであって、そう見た時に、この事件の真相が解って来る事に成る。
 
 原始仏教教団では舎利弗が第二位、目連が第三位であり、この2人によって教団経営がなされていた。釈迦は旅をする事を好んだので、雨安吾の時には教団中央に居るのだが、後の季節は旅行に出かけてしまう。そういう事では、教団経営は舎利弗と目連によって行われるのは当然であろう。この2人は教団経営をしているがために、現実的に成って、釈迦の定めた戒律を多少緩やかな物にしていった。
 
 これに反発したのが提婆達多であり、釈迦の理想を実現すべく、戒律重視路線を取るよう迫った。舎利弗と目連は釈迦よりも年上であり、提婆達多は釈迦よりも10歳以上若いので、これは事実上「後継者争い」であった。釈迦は提婆達多が異母弟なので、自分の後継者として考え、提婆達多の主張する意見に乗った。
 
 バラモン階級出身の男性僧侶たちは反発したのは勿論の事、庶民階級出身の男性僧侶たちまでもが反発した。だから釈迦は妥協し、戒律重視路線を廃棄した。これに怒った提婆達多は、クシャトリア階級出身の男性僧侶たちを引き連れて分派してしまった。その後、釈迦は舎利弗をも粛清した。舎利弗を事実上教団から追放し、故郷に戻らせ、そこで舎利弗は病死したのである。
 
 この事件は、マハーパジャーパティーをも窮地に陥れ、提婆達多が彼女の息子とするなら、ただでは済まされなかったであろう。彼女は釈迦が粛清したのか、自ら決めたのか解らないが、教団を去り、釈迦の死の三カ月前に死去した。やはり最後まで「結ばれぬ仲」だったのである。
 
 
●なぜ釈迦は阿難を連れて最後の旅に出たのか?
 80歳になった釈迦は最後の旅に出るのだが、この旅でまさか自分が死ぬとは思っていなかったらしい。事実、釈迦は教団代表の後継者を決めずして、この旅に出ている。旅を好む釈迦はいつも通りに旅をしたのだが、この旅で食中毒に罹り、下痢を繰り返し、遂には死んでしまった。
 
 最期の旅では釈迦は阿難を連れて行ったのだが、やはり阿難は彼の実の息子だったからこそ、手元に置いておいたのであろう。尤も阿難は大した僧侶ではなく、釈迦は阿羅漢にはしていない。阿難は秘書が務まる程度の能力しかなかった。ただ、釈迦の側にいつもいたので、それで「多聞第一」と呼ばれた。釈迦の教えを大量に聞いたからといって、理解している訳ではない。
 
 釈迦の死後、魔訶迦葉(マハーカッサパ)は仏典結集を行うのだが、阿難が阿羅漢になっていなかったので、この会議への参加を認めなかった。そこで急遽、修行をして、阿羅漢の境地にまで達したという。実に怪しい達し方であり、恐らく阿羅漢のレベルには達していなかった。しかしそれでは余りにも可哀想なので、教団の長老たちは阿羅漢にして、会議への参加を認めたのであろう。
 
 仏教の経典では「如是我聞」で始まる物が多いのだが、この「我」とは阿難の事である。釈迦の教えは飽くまでも阿難のフィルターを通して残っているので、釈迦の本当の教えは一体どうなのか、経典を鵜呑みしていると解らない。阿難は大まかな事なら記憶していたらしいのだが、細かい点は覚えておらず、それで教団の長老たちから非難を浴びせられたりした。
 
 釈迦は遺言で、「戒律が現実にそぐわないのなら、戒律を多少変更してもいい」と言い残した。阿難はこれを会議で伝えた。だからやはり釈迦の晩年、戒律を巡って後継者争いが起ったのであり、提婆達多だけを悪者にしてしまうと、歴史的事実が全く解らなくなってしまうのだ。
 
 
●「マハー」が付く、2人の僧侶
 釈迦が死ぬまでに、舎利弗と目連は死に、提婆達多は分派したので、魔訶迦葉は漁夫の利を得る形で、教団内で第二位にまで上り詰めた。有難い事に、釈迦の側近である阿難は阿羅漢になっていなかったので、こう成ると、原始仏教教団の後継者は魔訶迦葉しかいないという事に成る。
 
 魔訶迦葉は仏典結集を行い、経典を編纂し、戒律を整備した。人間の教えという物は、その人が生きている時は存在し続けるのだが、その人が死んでしまうと、あっという間になくなってしまう。そういう物だからこそ、死後にすぐさま経典を編纂してくれないと、如何に釈迦と雖も後世にその教えは残らなかった事であろう。
 
 彼は教団内で「頭陀第一」と呼ばれ、「清貧」に徹した。清貧であればこそ、戒律の問題を棚上げにし、とにかく僧侶たちは清貧に生きる事を手本として示した。だから戒律重視派からも、現実重視派からも支持を得る事ができた。二代目は教団を固める事が役割なので、下手に改革を行えば、教団を潰しかねないのだ。
 
 仏教を仏教に仕立てあげたのは「魔訶迦葉」であると言っていい。釈迦の教えは確かに素晴らしいのだが、教団組織を作り上げるという事をしなかったので、それでは宗教団体として成功しないのだ。仏教学者たちの中で、魔訶迦葉の事を悪く言う奴は、仏教の事を何も理解していないといっていい。
 
 原始仏教教団で「マハー」が付く僧侶はもう1人いる。それがマハーパジャーパティーである。彼女が居ればこそ、釈迦は愛に苦しみ、家族愛を乗り越えて、友情、そして慈愛を生み出していった。しかもマハーパジャーパティーは出家して尼僧となり、尼僧たちをしっかりと纏め上げ、その後、女性たちが出家して、尼僧になれる道をしっかりと切り開いた。
 
 宗教という物は、1人の天才的な宗教家だけで作られる物ではない。他に重要な協力者がいてこそ、新しい宗教は作り上げられる物なのである。原始仏教教団の僧侶たちは釈迦を教祖とし、魔訶迦葉とマハーパジャーパティーの2人が重要な僧侶であったというのは当然の評価であった。仏教原理主義という非常に偏った思想を持ってしまえば、釈迦ばっかり評価してしまい、魔訶迦葉もマハーパジャーパティーも全く評価されない事であろう。
 
 ちなみに、阿難には「マハー」が付いていない。という事は、原始仏教教団に於いて、重要な結果を残したのではないという事なのである。彼は原始仏教教団に於いて三代目の教団代表になるのだが、それでもマハーが付かないのだから、やはり釈迦が阿羅漢にしなかったのには、それなりの理由があったのである。
 
 
●ドロドロの愛憎劇を恥とせず
 釈迦はドロドロの愛憎劇を経験したからこそ、新たな愛を生み出す事が出来た。家族愛や氏族愛を突破し、友情や慈愛を生み出していくためには、悲惨な家庭に於いて育った人じゃないと出来ない。普通の家庭で育った人なら、家族愛や氏族愛しか説かないであろう。家族愛や氏族愛を超える愛を説くという事は、悲惨な家庭で育った事なのである。
 
 ところが仏教は小乗仏教になると、生身の釈迦を忘れ、「釈迦の神格化」が始まる。マハーパジャーパティーは養母として釈迦を立派に育て上げた。ヤショダラーは12年間も不妊症で悩んでいたのに、突如として妊娠しても、ラーフラは釈迦の子になってしまう。釈迦の晩年、釈迦は後継者を作る事に失敗したのに、提婆達多だけが悪いという事になってしまった。
 
 両親は立派、養母も立派、妻も立派、そんな事は現実にはありえないのだ。釈迦が教祖である以上、教団内で何か問題が発生すれば、それは釈迦が悪いに決まっているのであって、分派が発生したという事は、教団内に分派をやってしまうほどの深刻な問題があったという事なのである。
 
 不思議な事に、人工宗教の教祖たちは、全員が全員、普通の家庭に育っていない。モーゼもマホメットも捨て子。イエスは父無し子であり、母親のマリアは売春婦で、恐らく本当の父親はガリア人のローマ兵なのであろう。そういう連中だからこそ、家族を氏族の枠組みを超えて、新たな宗教を作り出していったのである。
 
 フェミニストに対して「お前の心の中に問題がある」といえば、必ず反発してくる事だろう。幾ら社会を幾ら変えても、自分は変わらない。自分が変わらない限り、世界は変わらないのだ。釈迦は苦しみに苦しみ抜いた上で、自分を変える事ができた。誰もが幸せな家族で育つ訳ないから、仏教というのは2500年経っても、未だに存続し続けているのである。
 

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