出産

出産後の体型変化

●母親体型は育児をしやすい体型

 母親は出産をすると、体型が徐々に変化していく。今までスマートだった体型が重点を下に落としていく体型に変化していくのだ。赤ちゃんを持ちやすい体型になり、育児をしやすい体型になっていくのだ。母性ホルモンの分泌によって、母親の体型が育児に適するように変化していくのだ。

 出産したからといって、決して肥満になったわけではないのだ。赤ちゃんを育てるべく、育児をしやすいように変化していくのだ。これには民族の差は余りないのだ。どこの国の母親たちも、どっしりとした体型をしている。母性ホルモンの影響を受ければ、当然にこのように体型が変化していくものなのだ。

 既婚女性が赤ちゃんを産んだにも拘わらず、スマートであり続けるというのは、褒めたものではないのだ。それはきちんと母性ホルモンが分泌されていないという証拠のようなものであり、育児においてトラブルが発生している筈だし、夫婦関係も巧く行っていない筈だ。母性ホルモンを正常な形で分泌していないために、母性愛が不足していまうのだ。

 出産して母親体型になっていくことは、何よりも自分自身の健康を守るためには必要なのだ。女性ホルモンは33歳でピークに達し、その後、高濃度で分泌され続けるのだが、この副作用のために体が冷え切ってしまうのだ。この副作用を防止するのは、母性ホルモンであって、母性ホルモンの体を温める効果を使って、女性ホルモンの副作用を相殺させるのだ。

 もしも、女性が出産せず、母性ホルモンを分泌させなければ、体が冷え切ってしまい、「乳癌」や「子宮癌」、「胃癌」「腎臓癌」「肝臓癌」「肺癌」「白血病」「脳溢血」「脳卒中」「心筋梗塞」などを発症してしまい、命を落としてしまうのだ。それだけ体が冷え切ってしまっているのだ。

●乳房とお尻がでかくなる

 赤ちゃんを産むと、乳房がでかくなり、巨乳になっていく。微乳の女性であったならば、生まれて初めて巨乳を味わえるのだ。乳房がでかくなるのは、赤ちゃんに母乳を与えるためで、この間に充分に母乳を与えておかないと、後には自分が乳癌で苦しんでしまうことになるのだ。乳癌は乳管内部が癌細胞化して発症してくるので、赤ちゃんに充分に授乳をしておけば、乳癌など罹らなくなるのだ。母乳ではなくミルクで育ててしまうからこそ、自分が乳癌を発症してしまうことになるのである。

 出産後は当分の間、ノーブラでいるだろうが、何かしらの外出をする際には、ブラジャーが必要になってくる。その際は昔に自分がつけていたブラジャーを使うのではなく、新たにブラジャーを購入して、ブラジャーを適正なサイズに変えることだ。ブラジャーの適正サイズはなかなか素人では判定できないので、必ずお店の店員の人に聞くことだ。サイズの違うブラジャーをつけていると、肩コリの原因になるのだ。この肩コリは、生活ができなくなるくらいの痛みを発してくる肩コリなので、発症してしまうとまともな生活ができなくなってしまうのだ。

 出産して大きく変わる部分が、お尻である。出産して骨盤が広がったということもあるが、お尻がでかくなることで、赤ちゃんを持ちやすい体型になるのだ。お尻の大きさは、ちゃんと育児をしているかのは、判定基準になるのだ。お尻の大きな母親は、それだけ真剣に育児に取り組んでおり、母性愛がたっぷりと出て来ているのだ。

 注意すべきは、お尻が大きくなったにも拘わらず、昔、穿いていた小さなパンティーを穿いてくることだ。こういうことをしていると、小さなパンティーが内臓を圧迫して、便秘の原因になってしまうのだ。母親たちのウンコが非常に臭いのも、小さなパンティーを穿き続けていることが原因なのだ。勇気を出して、自分の大きくなったお尻にフィットしたパンティーを購入しよう。

 お尻が大きくなってしまうと、肥満によって自分自身のお腹も出て来てしまったことに気づかない傾向にある。大きくなったお尻に腹筋や背筋が未だ適応できていないので、ズルズルとした形でお腹が出て来てしまうのだ。だから、お尻がでかくなったとしても、お腹が出て来ることは許さないようにし、筋肉トレーニングで腹筋や背筋を鍛えておくことだ。

●少しは脂肪をつけた方がいい

 出産すると、多少は太る。ついてしまった脂肪は、女性ホルモンや母性ホルモンの分泌を適正化するために重要な役割を果たしているので、脂肪を目の仇にして、脂肪を落としてしまうようなことはしないことだ。脂肪を減少させてしまうと、ホルモンバランスが崩れてしまい、精神に異常を来たすし、体の様々な部分で病気を発症してしまうようになるのだ。

 増えていく脂肪で危険なのは、そのまま肥満になってしまうことである。多少の脂肪はついても構わないが、肥満は厳禁である。肥満はこれもまた過度のダイエットと同じく、様々な病気を発症してしまうからだ。脂肪が増えても、美しくいたいと思うなら、定期的にサウナに入って汗を流すことだ。多くの肥満は脂肪太りではなく、水太りだからだ。体内の余分な水分を排出するだけで、体は引き締まり、増えた脂肪は醜くならないのだ。それよりも増えた脂肪のために、魅力が増してくるのだ。

 母親にとって必要な脂肪は、体についたとしても、健康に寄与し、自分を更に美しくしてくれるものなのだ。だから、日頃から鏡の前で全裸になって自分のプロポーションを確かめておくべきだし、夫の前で裸になったり、水着を着て海水浴をするなどすることだ。自分の目で確かめ、他人の目線を気にしていれば、そう簡単に肥満にはならない筈だ。

 女性の場合、ブヨブヨの脂肪がついてしまうのは、間食と運動不足にその原因があるのだ。母親が三度の食事を大量に食べても、間食さえ食べなければ、決して太らないのだ。食事と食事の合間に間食をパクリと食べるからこそ太るのである。お菓子を食べたいのであるならば、食後のデザートとして食べればいいのだ。そうすればお菓子を食べても太らないのだ。

 育児をしていると、「体力を使っているな」と殆どの母親たちは思うだろうが、しかし実は育児は体力を余り使っていないのだ。育児を終えた母親たちの体力測定を行うと、どの母親たちも体力を大幅に落としているのだ。母親たちが使っていたのは体力ではなく、実は気力なのだ。赤ちゃんは四六時中、目が離せないので、どうしても気力を使いすぎてしまい、疲労してしまっただけなのだ。

 このため、育児をしている母親たちは、運動不足の状態にあるので、赤ちゃんが育って3歳くらいを過ぎたあたりからブクブクと太り出してしまうし、早い人は出産後から太り出してしまうのだ。だから、育児をしていても、自分が運動をすることを忘れないようにし、赤ちゃんを連れて散歩に出かけるとか、赤ちゃんが眠っている間に筋肉トレーニングをして体を鍛えていくことだ。

●出産直後に骨盤矯正を行うな

 女性も若いうちに出産してしてしまうと、どうしても自分の体型が母親体型になっていくことを受け入れられない精神状況にある。未だに精神的に独立できていないために、自分が母親になることを拒否してしまうのだ。そのため出産直後に骨盤矯正を行い、無理矢理に骨盤を締めてしまうことで、自分が母親体型にならないようにしてしまうのだ。

 この骨盤矯正は、骨盤は締まっても、後になって悪性の「腰痛」や「膝痛」になるので、絶対にやめておくことだ。確かに母親体型にならず、未婚女性のような体型を維持することはできるけれども、その代償は物凄く高くつくのだ。骨盤で血液が作られている以上、一体どのような後遺症が出て来るか解らないのだ。やはり出産で開いた骨盤は、自然に閉じるように仕向けた方がいいのだ。

 出産で開いた骨盤は、産後1ヵ月間かけてゆっくりと元の状態に戻っていくのである。その間に母親がすべきことは、睡眠時間を多く取っておくということだ。睡眠時間を多くすれば、骨盤に充分な時間を与えることができ、安全な形で戻ってくれるのだ。それゆえ、産後1ヵ月間はどんなことがあっても、睡眠時間を7時間30分間は取っておくことだ。そうすれば骨盤は元に戻り、母親は健康を手にすることができるであろう。

 新米ママにとって、自分の体型が変化していくということはなかなか受け入れられないものだ。しかし、その体型の変化は育児をする上で必要だからこそ、変化していくのである。マスコミでは出産しても未婚女性のようなスマートなプロポーションを持った女性を称賛しがちだが、そういう女性たちはまともな育児をしていないのである。育児をしていれば、それに適した体型に変わっていくことは当然なことだからだ。

 出産したら、未婚の女性の体型でいるのではなく、母親らしい体型になり、その体型に自信を持つことだ。変化を拒むのではなく、変化を受け入れ、その変化の中で新たな自分の美しさを模索していけばいいのだ。若い女性たちだけが美しいわけではないのだ。母親には母親なりの美しさがあるのだ。ただ、その美しさに気づいていないだけなのだ。その美しさに気づいてしまえば、その美しさがどんなに素晴らしい美しさということがきっと解る筈だ。

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産褥期における体力の回復

●産褥期に起こる症状

 日本民族は、古来より産後の体調回復には1ヶ月はかかるものと見てきた。昔から恐れられてきたのは、「産褥熱」であって、この産褥熱のために多くの産婦たちが命を落としてきたのだ。どの神社に行っても安産祈願を扱っているので、いかに産褥熱が出産直後の母親たちを苦しめたが解る。

 産褥熱は産後2週間以内に発熱と悪露が出たら、産褥熱と推定される。産褥熱は出産中に細菌感染してしまい、それが引き金になって発症してしまう。日本は仏教の影響を受けて肉食を禁止してきたために、極端に動物性蛋白質の少ない食事をし続けてきたために、栄養バランスが非常に悪く、それが免疫力の低さになって現われてきてしまったのだ。明治維新によって廃仏毀釈がなされたので、それによって肉食の禁止が解かれ、そのために産褥熱で死ぬ女性たちが激減していった。現在でも菜食主義者の女性や、肉を食べても野菜を食べない女性や、頻繁に風邪をひいている女性は、出産時に産褥熱に罹りやすいので、要注意である。

①腰痛

 産褥熱に罹りさえしなければ、出産直後の母親が恐れるもの何もない。とにかく無理な作業をせず、体調の回復に努めることだ。昔から「産後20日は床上げするな」と言われてきた。床上げすることすら、この時期の母親はしなくていいとしてきたのだ。この時期に無理に体を動かすと、腰痛になってしまうのだ。出産して開いてしまった骨盤が元に戻るまで2週間から3週間かかるので、この時期に無理な力がかかると腰痛になってしまうのだ。

②悪露

 それから悪露が出て来る。悪露は、産道の分泌物や、子宮や膣から血液や細胞が排出されるものであって、産後5日までは血液が混じったものが出る。悪露は産後1ヶ月近く出て来る。悪露の排出を見ても、母親の体調回復に1ヵ月はかかるというのが良く理解できる

③尿漏れ 残尿感 頻尿

 尿漏れや残尿感や頻尿も、1ヵ月近く続くことになる。出産後は長らく尿意を感じたら、すぐに便所に行くことだ。体が修復のためにエネルギーを使っているので、不要な水分が排出されるのだ。小便の回数が少ないと、膀胱炎になったり、それが悪化して、腎盂炎になったりすることがある。

④痔

 出産後の母親は、月経が来ないために、痔に成り易い。月経によって排出される汚い血液が排出されないために、どうしてもその汚い血が肛門に集結してしまいやすいのだ。月経が来るまでは、痔にならないように、肛門だけは排便をするたびにきちんと洗うことだ。そして、栄養バランスの取れた食事を取り、運動をきちんとし、睡眠をきちんと取ることだ。

●簡単に気力を回復させる「気力集中呼吸法」

 出産した直後は、いかなる母親といえども、げっそりとしてしまうのだが、それだけ出産で体力を消耗したということである。それと出産で「気力」が出き切ってしまっているのだ。この気力が出て行ってしまったために、体力の回復が遅れてしまうのである。だから、気力を回復させてあげれば、体力の回復も早くなるのだ。

 簡単に気力を回復させる方法として、「気力集中呼吸法」というのがある。胸式呼吸ではなく、腹式呼吸にして、息を吐くのに「20秒」、息を吸うのに「20秒」、息を止めるのに「20秒」、これを3回繰り返すのだ。3分で出来てしまう。これを朝と晩、必ず行うのだ。これをやると気力が回復してくるのだ。

 息を吐いた時は、すべての空気を吐ききるようにすることだ。そうすれば自然と大量の空気を吸い込むことができるのだ。その吸った空気を臍の辺りに溜め込むようにして落としていくことだ。そして息を止めて、気力が充実するようにすると、気力が充実して、気力が全身を駆け巡ることになるのだ。

 赤ちゃんに授乳する際、どうしても下を向いてしまい、口呼吸になり、しかも、呼吸が浅くなってしまうのだ。更に猫背の女性であるならば、呼吸は非常に浅いものになってしまい、体調回復のための酸素が足りなくなってしまうのだ。授乳する際は胸を張るようにして授乳し、母親本人は鼻呼吸を心掛けることだ。

 産後に病気を発症する母親たちのほとんどは、口呼吸をしているのだ。口呼吸だと外界の細菌がそのまま体の中に入ってきてしまうために、出産で弱り切っている母親たちの体を直撃してくるのだ。だから、呼吸をする時は、必ず鼻呼吸にし、できれば朝と晩に深呼吸をして肺活量を大きくしていくことだ。

●産後1週間はあっさりした和食を食べること

 出産して体力が消耗しているからといって、油っこい肉料理を食べるのは、寧ろ逆効果になってしまうのだ。産後1週間はあっさりとして和食を食べた方がいいのだ。これは経産婦たちの経験則なのだ。あっさりした和食の方が体力の回復が早くなるのだ。経産婦たちが色々試してみて、獲得した結論なのだ。

 和食を食べる際は、白米にしないで、「押麦入り玄米食」にし、「ワカメの味噌汁」を多目に飲むことだ。糠漬けを出して、糠漬けを大量に食べることだ。こうすると体力の回復が早くなるのだ。押麦入り玄米食だと、体を弱アルカリ性にしてくれるので、体の修復が早くなるのだ。ワカメの味噌汁には葉酸がたっぷりと入っているので、母乳の出が良くなるのだ。糠漬けは大腸の腸内環境を良くするので、修復に必要な奇麗な水分を充分に供給できるようになるのだ。

 出産すると、「カルシウム」と「マグネシウム」が多いに失われてしまうので、これらのミネラルの補給に努めるべきだ。カルシウムを補給したければ小魚を食べ、ゴマを食べ、ヨーグルトを食べればいいのだ。マグネシウムは、「いちじく」「アーモンド」「ナッツ」「バナナ」などでこれらをきちんと摂取していくことだ。

 子供を産んだ女性が、虫歯になってしまったり、骨折をしてしまったり、骨粗鬆症になってしまうのは、出産してカルシウムとマグネシウムをきちんと摂取しないからである。日本の土壌は火山灰質なので、どうしても土の中にカルシウムが不足しており、そのため、通常の食事をしていたら、カルシウム不足になってしまうのだ。マグネシウムに至ってはカルシウム以上に深刻で、日本で「いちじく」や「バナナ」がなぜ食べられるようになったかといえば、マグネシウム不足だからだ。

 更に追い打ちをかけたのが、白米を食べる習慣を持ってしまったことだ。白米を食べると体が酸化してしまうので、カルシウムとマグネシウムが流れ出してしまうのだ。そのために、虫歯や骨折や骨粗鬆症になってしまうのだ。白米をやめて、押麦入り玄米食にすると、これらの症状をピタリと止まってしまうのだ。

●産後の鯉は百人力

 昔から、「産後の鯉は百人力」といわれてきた。赤ちゃんが生まれたら、母親に鯉料理を食べさせて、体力の回復を図ったのであろう。この産後の母親に鯉料理を食べさせるのは、現在では医者たちによって科学的根拠はないと断定されて否定されてしまっている。

 しかし、仏教の肉食禁止の影響があった頃には、鯉料理を食べることは、貴重な動物性蛋白質の補給になっただろうし、鯉に含まれている泥臭いミネラル分が、産後の母親に物凄く良い効果をもたらしたことは間違いないのだ。鯉を食べること自体も、恐らく「登龍門」の故事に基づいたものであり、鯉が滝登りをして龍になったように、母親がその鯉を食べることで、赤ちゃんの立身出世を願ったのであろう。

 産後の母親に鯉料理を食べさせる習慣は、科学的根拠がないからといって否定しまわないことだ。昔の人々が、産後の母親に鯉料理を食べさせることで、母親の体力の回復を願った、その思いをきちんと継承していくべきだろう。実際、産後の母親に鯉料理を食べさせてあげれば、いかなる母親だって嬉しくなる筈である。

 男性と女性とでは気の巡り方が違う。男性は気を放出させようとし、女性は気を溜め込もうとするのだ。女性にとって出産は、気を放出したことがないのに、赤ちゃんを産むために気を放出してしまうのだ。だから、気の回復には、1ヶ月近くかかってしまうのだ。それゆえ、昔の人々は産後の母親に床上げをさせなかったり、鯉料理を食べさせたりして、元気に回復することを願ったのである。

 母親の体調が回復すると、育児は巧く行き出す。出産してしまうと、赤ちゃんのことばかり気になってしまうものだが、母親自身も1ヵ月近くは体調が万全にはならないのだから、自分自身の体調の回復には充分に気を使うことだ。母親の体調が回復してしまえば、育児をするのが非常に楽になっていくのだ。

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育児において、「自分ができる!」と口癖にすれば、すべての苦難を克服できる

●育児放棄のための言い訳を作るな

 物事を始めるのに最大の障害となるのは、自分が行動を起こしていないのに、「出来ない理由を探し出してしまうこと」なのである。子供のいない女性たちに訊いてみればいい。なぜ、子供を作らないかといえば、「お金がないから」「働けなくなるから」「公的機関による育児支援が整備されていないから」と、わけの解らない理由をあげてくる。多くの夫婦は子供を産んだことを境に年収を激増させているのである。今では育児をしながらでも働いている既婚女性の方が多いのだ。自分たち夫婦が赤ちゃんを育てていくのに、一体なぜ公的機関の育児支援が必要となるのか?

 赤ちゃんを産んだ既婚女性でも、精神的な自立が終わっていなければ、「お金がないから育児が大変だ」「自分が母親として成熟していないから育児が大変だ」「夫が育児に協力してくないから育児が大変だ」と騒ぎ出すのである。自分が育児をするために行動を起こすことを一生懸命になっているのではなく、育児を放棄するための理由を探し出すことに一生懸命になっているのだ。

 貧困というのは、育児放棄をする理由になることはないのだ。赤ちゃんが生まれたら、男子たるもの発奮して働き出すものなのだ。今までは自分のためという理由で働いていたからこそ大した働きができなかったが、自分のためではなく妻子のためという考えに立てることができれば、勇猛果敢に働くことができるのだ。もしも夫が働かなかったり、稼ぎが低いとすれば、その妻が夫を励ましていないからなのである。お金が欲しければ、夫を応援することである。そして家計簿をしっかりとつけて、無駄な出費を抑えればいいのである。

 どの母親も育児を開始した当初は、未熟者である。しかし、育児を遣り続けることで育児が上達していき、巧くなっていくのである。育児を巧くしたいのであるならば、地道に取り組んでいくしかないのである。地道にやっていれば、解ってしまうものなのだ。育児に難しい所なんて何もないのだ。やらないからこそ、解らないだけなのである。

 夫が育児に協力してくれないことで嘆く母親たちは、自分が主体性を持って育児に取り組んでいないからである。自分が主体性を持って取り組めば、育児の面白みが解ってくるし、その面白みは周囲に伝わっていくものなのだ。赤ちゃんに無関心な男性でも、隣で妻が楽しく育児をしていたら、「俺にもやらせろ」と言い出すものなのである。それなのに自分で育児を楽しまず、夫が育児を手伝ってくれないと嘆くからこそ、夫は余計に育児を手伝わなくなってしまうのである。

●育児の苦難は母親が克服するために存在する

 世の中が行き詰まり、人々の精神が腐敗してくると、「赤ちゃんの育て方が解らないから、赤ちゃんを作らない」と言い出す「救いようのないまでの愚かな夫婦たち」が現われてくるのだ。新婚当時に赤ちゃんの育て方を知っている新婦などいないのだ。しかし、自分は妊娠して出産してしまえば、赤ちゃんを育てて行かねばならず、育児をやっていれば自然と育児の仕方が解ってくるのである。

 できないからこそ、「自分はできる!」と言うべきなのである。できなくても、「自分ができる!」と言い張っていれば、いつの間にかできてしまうようになるのだ。できない理由を探し出して逃げていれば、いつまで経ってもできないのは当り前のことなのだ。いくら逃げたって、自分は何も成長することができず、同じようなことを繰り返す日々にしかならないのだ。

 育児をやっていれば苦難が発生してくる。しかし、育児の苦難というものは、母親が克服するために存在するのだ。育児の苦難を一つずつ克服していくことで、母親として成長していくことができるのだ。苦難を目の前にして逃げていたら、いつまでも未熟な母親のままだし、それ以上に赤ちゃんの生命が危機に晒されていることだろう。

 苦難を目の前にして、それを克服していく。たとえ赤ちゃんが小児性癌や小児性白血病になっても、看病し続けてしまうのが、「母親の在るべき姿」なのである。それなのにいつも自分が中途半端な気持ちでいるからこそ、自分の赤ちゃんが健康なのに育児を放棄することを考えたり、育児を放棄してしまうのである。

 育児というものは、育児のコツを覚えてしまえば、少ない労力でできるようになるが、そのレベルに到達するまでには、エネルギーを必要以上に投入してしまうものだし、身も心もクタクタになってしまい、疲労でグッタリしてしまうことだろう。しかし、そういう全力投球の育児をしたからこそ、途端に育児の面白さが解り、育児の仕方が上達してくるのである。

●他人の目よりも、自分の本当の心に素直になれ

 育児において「正直」という倫理は、絶対的重要性を持ってくる。正直は、単に嘘を言わないというものではなく、自分自身に対して正直であるということである。育児の遣り方が解らないのであるなら、正直にそれを認めてしまうことである。育児が面白くないのであるならば、正直に面白くないと認めてしまうことである。育児の遣り方が解らないのに、それを誤間化したり、育児が面白くないのに、それを誤間化さないことだ。誤間化せば、育児の上達はピタリと止まってしまうのである。

 たとえ、赤ちゃんを産んでも、1人目なら、まだ母性ホルモンが大量に分泌されていないので、母親らしくはなってはいのだ。勿論、自分自身が自分の母親から充分に母性愛を注がれて育ったなら、自分の心の中に母性愛の蓄積があるから、足りない母性愛をそれで補うことができる。しかし、自分が自分の母親から充分に愛されていなかったら、自分が赤ちゃんを産んでも、それを喜べないし、愛せないし、育児の遣り方だって覚えようとはしないものだ。

 だが、そんな心の内は誰も解らないのだ。自分で正直に言わない限り、自分が赤ちゃんを愛せないのなら、正直に言うべきなのだ。自分が赤ちゃんを育てることに喜びを見い出せないなら、正直に言うべきなのだ。自分の育児の仕方が上達しないのなら、正直に言うべきなのだ。自分が正直に言えば、何かしらの解決策は見つかるものなのだ。自分が心の中で悶々としていたら、問題は悪化していくだけなのだ。

 他人の目からどう思われても構わないのだ。他人の眼よりも自分の心に正直になればいいのだ。いついかなる時も大事なのは、自分自身であって、決して他人ではない。育児をしていてつまらないと思うなら、正直にそれを認めればいいのだ。育児をして面白いと思うなら、正直にそれを認めればいいのだ。他人のいかにも偽善的な言動に惑わされないことだ。自分がいくら育児を楽しんでいても、育児をつまらなくさせる他人の意見というものはいくらでもあるのだ。

 自分の本当の心に忠実になる。その態度を貫いていると、自分にとって本当の幸せを見つけられることができるのである。育児の本当の楽しさは、はっきりといってしまえば、当初はそれほどでもないのだ。しかし、自分が正直になっていると、何かしらのトラブルに出くわし、それを契機に育児の本当の面白さが解ってくるのだ。

 多くの母親たちは、この正直という美徳を忘れてしまっているのだ。だから、自分が育児をしても、育児の本当の面白さを見つけられないし、折角、育児をして育てあげた息子や娘が結婚拒否するような人生を送ってしまうのだ。子供たちは母親から育てられたかもしれないが、母親の歪な心の反動で、いつまで経っても結婚できない大人たちになってしまったのだ。

●大事なものは忍耐力

 赤ちゃんを産んだ母親が、育児の本当の面白さを獲得するためには、自分が正直になって、地道に努力し続けていくしかないのである。いかなる物事でも大事なのは、忍耐力であって、成功は倦まず弛まずの努力によって得られるのだ。地道に努力し続けていると、或る日偶然に育児の本当の面白みが解ってくるのだ。

 育児の巧い母親たちは、育児だけが巧いのではないのだ。育児の仕方が巧いということは、自分に対して正直だし、地道な努力をする習慣が身についていることだから、家事をやらしても巧いし、仕事をやらしても巧いのだ。育児というのは、育児の世界だけに留まることはないのだ。育児が上手なら、家事だって仕事だって巧くなるのだ。

 だからこそ、昔から結婚して子供がいることを以て、一人前の男女と看做したのである。この審査基準は現在でも充分に通用する審査基準である。どんな考えを持とうとも、どんなことを言った所で、どんな功績を立てた所で、結婚もせず、子供がいなければ、いつまで経っても半人前なのだ。

 だからといって、結婚すれば必ずしも幸福になれるわけではない。結婚しても、離婚してしまう男女だって出て来るのだ。では、一体何が違ったのか? 離婚してしまった女性たちは、結婚をバラ色で始めたのに、自分たちの結婚を改善向上させていこうとする気がなかったから、結婚を破滅させてしまったのである。結婚して幸せになった女性たちは、結婚をバラ色で始めたが、自分たちの結婚を改善向上させていったからこそ、桜の花が満開になるような結婚にできたのである。

 結婚して不幸になるのと、結婚して幸せになるのは、たったこれだけの差なのである。地道に改善向上させ続けるだけで、より多くの幸せを掴んでいくことができるのである。自分が正直にならず、忍耐力が欠けてしまえば、幸せになれる筈の結婚ですら、自らの手で破壊してしまうものなのだ。いかなることがあっても、自分に正直になり、忍耐力を発揮して、倦まず弛まずの努力を行っていけば、人間は誰だって幸せになっていくものなのだ。

●他人に尽くす喜び

 育児を開始すれば、戦場のような日々になるのは、当たり前なのだ。赤ちゃんに授乳させるのも、赤ちゃんのオムツを交換させるのも、赤ちゃんを沐浴させるのも大変なことだろう。静まり返った夜中に夜泣きされてしまえば、睡眠妨害になるのは当然なのだ。しかし、どんなことがあっても、赤ちゃんをすくすく育てることを最優先する。そして、それを家族の幸せの土台にする。そうすると、その家族の中で幸福が満ちるようになり、幸福が溢れ出していくのである。

 本当の幸せは、実はその当時は幸せとは感じられないのである。育児をやっていれば、一つ一つの作業に幸せを感じることはないだろう。しかし、その幸せと感じられない幸せこそが、本当の幸せなのである。自分が晩年になって、自分の人生を振り返った時、子供を育てていた時期が、一番幸福な時期だったと思い返すことだろう。育児をしている時は悪戦苦闘していても、時が過ぎ去った時、あの日々こそが楽しかった鮮やかな記憶として蘇ってくるのである。

 だからこそ、育児を逃げ腰で行うのではなく、真正面から向き合って真剣になって育児に取り組めばいいのである。未熟者であっても、「私はできる!}と言い張って取り組んでいけばいいのだ。我武者羅になって突っ込んでいけば、いつの間にか育児のプロになっているものなのだ。そして、一つのことに秀でれば、大方の望みを実現できるようになるのだ。何か一つ自分が秀でてくる分野がないからこそ、いつも逃げ腰になってしまい、出来ない理由を探し出すだけの人生を送っていたただけなのである。自分が育児のプロになってしまえば、そういう逃げ腰の人生とはオサラバできるのである。

 自分自身の殻の中に閉じ籠っていたら、いつまで経っても成長はないのだ。自分が幸福になりたければ、自分のために生きるのではなく、他人に尽くす喜びに目覚めることだ。他人に尽くす喜びに目覚めれば、自分が古い自分の殻を突き破って、成長していき、いくらでも幸福を掴んでいけるものなのだ。

 自分のことしか考えていないと、何もできなくなってしまうのだ。他人のために尽くすからこそ、様々なことができるのである。今まで利己的に生きてきた者が、他人のために尽くす生き方をすれば、苦難が出て来るのは当然なのだ。いかなる苦難が訪れてきても、自分が正直になって、自分の忍耐力を発揮して、地道に努力し続けていくことだ。そうすれば、いかなる苦難であったとしても、その苦難を克服できるようになり、自分を成長させていくことができるのである。

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育児を幸せなものにするための「母親の精神的態度」

●育児の幸せは「母親の精神的態度」で決まる

 育児の幸せというものは、母親の精神的態度で大方決まってしまうものなのだ。母親が「自分は幸せになる!」「赤ちゃんを幸せにする!」「夫を幸せにする!」と覚悟を決めてしまえば、どんなことが訪れてきても、自然と幸せになっていくのである。たとえ、不幸が訪れててきたとしても、それは母親自身の活躍にやtって克服され、幸せを彩るものでしかなくなってしまうのだ。

 人間は精神的に自立していなければ、自分の不幸の原因をすべて他人や環境に求めてしまうものだ。当然、「自己責任」で生きるのではなく、「責任転嫁」で生きようとし、「唯心論」で生きるのではなく、「唯物論」で生きようとしてしまうのだ。曰く、「赤ちゃんが泣きやまない」「夫が育児を手伝ってくれない」「姑が憎たらしい」「育児をするのにお金がない」。挙句の果てには、「日本は男社会だから育児ができない」と意味不明な理由まで持ち出してくるのだ。

 精神的に自立できていなければ、不幸はいつまでも続くものなのである。自分が自立していないからこそ不幸なんであって、自立できていない女性たちの意見を聞いて、他人の態度を変え、環境を変えても、決して幸せにはなれないのである。なぜなら、従属状態にある女性たちは、求める側に回っているからである。人間は求める側に回ったら、不平不満しか出て来ないものなのだ。「赤ちゃんが思い通りに育ってくれない」「夫が何もしてくれない」「姑が育児の邪魔をする」と、自分が一生懸命になって育児をするのではなく、一生懸命になって他人の言動を批判することに熱中しているだけになってしまうからなのである。

 男女が結婚するというのは、そういう他人のせいにしたり、環境のせいにしたりする人生にオサラバし、自分たちで幸せを創っていこうとする決意を固めたからこそ、幸せな結婚ができるのである。結婚できたことが幸せなのではなく、夫婦が手を取り合い、力を携えて、自分たちの幸せを創っていくからこそ、いくらでも幸せを獲得できるのである。

 夫婦が自立を終えて、精神的に独立できたからこそ、そういう心境に立つことができるのである。人間は従属状態から自立へ、自立から独立へとは、決してスムーズにいくものではないのである。孔子ですら、「三十にして立つ」と言ったくらいである。ということは、孔子といえども、30歳以前は完全に自立できていなかったということなのである。10代や20代は色々と悩み事を抱えてしまうものだが、そうやってフラフラの人生を歩んでいくと、或る日突然、パッと視界が開け、悩みが吹き飛んでしまうのである。その時が、完全に自立できた瞬間なのである。

 女性は自立できなければ、絶対に結婚しようとしないものだ。なぜなら、未だ幸せを求める側にいるからだ。自分の力で幸せを創り出していこうという意欲が、自分の心の中から湧いてこないからだ。結婚も、妊娠も、出産も、育児の幸せも、母親の精神的態度次第で決まってしまうのだ。結婚や結婚生活で起こる現象が、幸せをもたらしてくれるのではないのだ。自分が幸せを創り出し、それを他人に与えようとするから、自分が更に幸せになっていくことができるのである。

●怠け者を治す薬はなし

 人間は怠けようとすれば、いくらでも怠けられるものなのだ。しかも、結婚して、夫以外に注意してくれる人がいなくなれば、夫の外出中はいくらでも自宅の中でグータラと過ごすことができるのだ。結婚して他人を幸せにしていくのではなく、結婚の幸せをすべて自分に向けてしまえば、これほど幸せなこともないであろう。

 しかし、その怠けてしまった行動の代償が、夫婦関係の悪化であり、嫁姑の問題の悪化であり、子供が問題児化することであり、自分が病気をしてしまうことなのである。妻が育児や家事をテキパキとこなしているのに、夫婦喧嘩など発生しようがないのだ。嫁が姑の言いつけを聞いて、軽やかにその命令に従って行動を起こしていれば、どんなにヘンチクリンな姑でも決して嫁をイジメることはないであろう。

 女性が病気になった場合、そのほとんどの病気が、怠け切った生活を送ってきたからこそ起こってくる病気なのである。いくら肉豪華な理を多く食べても、既婚女性が育児や家事を精を出していれば、乳癌や子宮癌などに罹るわけがないのだ。精神病にしても、既婚女性が育児や家事で手抜きをするからこそ、その代償として発症してきてしまうのである。

 怠け者を治す薬など、この世のには存在しないのだ。怠け者を治療するのは、医者の仕事ではないのだ。結婚して怠け切っている女性たちに、労働をさせ、家事をさせ、育児をすれば、既婚女性たちが抱える病気など、すべて吹き飛んでしまうのである。怠けて自分がやるべきことをやらないからこそ、病気という症状が出てきて、その堕落した生活を改善するよう、体が訴えているだけなのだ。

 育児に真剣に取り組まない母親は育児で無数の問題を抱え込むものである。自分が赤ちゃんを産んだのに、育児を真剣に行おうとせず、育児を手を抜くことばかりを考えているから、その手抜きが育児の問題となって現われてくるのである。育児を真剣にやっていれば、赤ちゃんの異常を事前に察知できるものなのに、育児を真剣に取り組んでいなければ、その赤ちゃんの異常を事前に察知できず、問題が発生し、最悪になった時に、事の重大さに気づいてしまうのである。

●生活における堕落を避けること

 育児をする時、絶対に避けるべきものが、「生活における堕落」を避けるべきことなのだ。生活における堕落を放置しておくと、最初は育児を真剣になって取り組んでいるのに、いつの間にか自分の生活がだらけていき、怠け癖がついてしまい、育児を真剣に取り組めなくなってしまうからだ。

①テレビと新聞

 生活を堕落させてくれるものは、無制限に見てしまう「テレビ」であり、朝の大事な時間に真剣に読む「新聞」でありる。テレビを見ることが悪いことなのではない。無制限にテレビを見ることが悪いのである。新聞には番組表があるのだから、自分の見たい番組だけ見ればいいのに、1日中テレビを見まくってしまうのである。朝は忙しい時間帯である。それなのに悠長に新聞を読み、しかも、新聞の隅々まで読んでいたら、朝にやるべきことができなくなってしまうのだ。朝にやるべきことをやらなかったら、その日1日中、自分がやるべきことができなくなってしまうのである。

②先延ばし

 幸せな結婚生活を堕落させてしまうものに、既婚女性たちの「先延ばし」の癖がある。育児も家事も頼まれ事も常に先延ばしにしてしまうのだ。今すぐにやってしまえば、簡単に終わってしまうものなのに、「後でやる」と言い訳をいうからこそ、実際にやる時になっれ何倍ものエネルギーを浪費してしまい、心身ともに疲れていってしまうのである。育児も家事も先延ばせば悪化するものなのである。

③行動を停止させる

 人間は行動し続けていると疲労しないものだが、行動を停止させてしまうと、それから動き出すのには莫大なエネルギーを消費してしまうのだ。育児や家事は遣り続けることを止めてはならないのである。育児や家事を一旦停止させてしまうと、再びそれらのことをしようとすると、莫大なエネルギーが必要となり、それを繰り返していると、段々育児や家事をすることが億劫になって、自発的に行おうとはしなくなり、疲労感だけが残ってしまうのである。

④夫婦喧嘩

 夫婦だからといって、一度も喧嘩をしないということはないだろう。その夫婦にとって必要な夫婦喧嘩はすべきなのである。しかし、常に夫婦喧嘩を起こしているようであるならば、それは問題である。そういう夫婦喧嘩の原因は、ほとんどが些細な問題で発生してくるからだ。夫婦喧嘩をしていれば、育児だって家事だってやっている時間がなくなってしまうのだ。夫婦で喧嘩するよりも、夫婦が事前に話し合う習慣を持っておけば、夫婦喧嘩が発生しなくなるのだ。 

⑤平等イデオロギー

 人間は大人になっても精神的に自立できなければ、平等イデオロギーに洗脳されてしまうものなのだ。愚か者たちは「平等」の中に平安を見出してくるのだ。「社会主義」や「フェミニズム」といった平等イデオロギーには断固として拒否すべきなのである。男女ともに、結婚すればお金持ちになっていく可能性が非常に高くなっていくのである。特に赤ちゃんは子宝といって、赤ちゃんが生まれると、夫の仕事運が非常に良くなって、収入が激増していくのである。自分たちが豊かな生活を送っているのに、所得格差の是正をやられては、自分たち夫婦に重税が伸しかかってくるということなのである。政治家や学者やジャーナリストたちが、所得格差の是正を主張しているなら、そういう連中の意見は絶対に拒否することである。

 女性が結婚できたということは、未婚の女性たちと不平等状態にあるということである。既婚女性は自立できたからこそ、結婚しているのである。フェミニズムは、大人になっても未だに自立できない女性たちには必要なイデオロギーであっても、既婚女性たちには一切必要のないイデオロギーなのである。フェミニズムが繰り出してくる様々な主張は、すべて幸せな結婚生活を破壊するものであって、決して自分たちの結婚生活を幸せにするものではないのだ。だからこそ、同じ女性が意見を言っていると寛容になって聞くのではなく、同じ女性だからこそ、未だに精神的に自立できない女性たちの戯言を断固として否定しなければならないのである。

●習慣の威力

 母親の生活習慣を見れば、育児の出来不出来が解るものだ。育児をちゃんと行っている母親たちは、これらの生活における堕落をきちんと避け、育児において真剣になって取り組む共に、「習慣の威力」を使って、無理なく育児を進めているのだ。育児というのは一時的に行えばいいというものではないのだ。その赤ちゃんが大きくなるまで行い続けなければならないのだ。だからこそ、育児において瞬発力を使って育児を行うのではなく、習慣の威力を使って育児を行っていくべきなのである。

①思いきって遣り始め、遣り続け、遣る終える

 育児においてもっとも重要なのが、とにかく思い切って育児を遣り始めることが非常に大事なのである。赤ちゃんが生まれたから、ただ漠然と育児をするのではなく、自分が全責任を持って思い切って育児に取り組むのである。育児において躓く母親たちは、この思い切りなくして育児をダラダラと始めてしまうからこそ、育児で問題を発生させ続けるのである。育児で一番難しいのは、出産した当初のこの思い切りなのである。自分が退路を断ち切って遣り始めてしまえば、育児は非常に容易になるのである。

 育児における感動は、育児をしなければ、絶対に発生してこないものなのだ。だから、育児を遣り続けなければ、育児の本当の面白さは決して解らないのだ。今、自分のやっている育児が面白くなくても、常に一定の時間を育児に捧げていれば、育児の面白さが段々と解っていき、育児の本当の面白さを見つけ出してしまうものなのである。

 育児というものは、育児を遣り終えてみて、初めて育児の感想を言えるのである。育児を途中で投げ出してしまった母親たちの意見や、育児で不平不満を垂れている母親たちの意見は、絶対に耳を貸さないことなのである。自分が赤ちゃんを産んでしまった以上、育児は最後まで遣り遂げるべきなのである。何事も最後までやってみないと、感想など言えるわけがないのだ。最後のゴールまで辿りつけない者がいっている意見はすべて、感想ではなく、愚痴なのである。

②小分けにして一つ一つの作業を丁寧に行う

 育児の作業は、漠然と行うのではなく、小分けにして、一つ一つの作業をすべて丁寧に行うべきなのである。赤ちゃんは1日の大半を寝て過ごしているのである。赤ちゃんが目を覚ましている時間などたかが知れているのである。だからこそ、「授乳」や「排泄」や「沐浴」といった作業をきちんと行い、自分の育児の作業のレベルを上げていくべきなのである。

 手を抜くのではなく、逆に手間をかけると、育児の作業の精度が上がり、ごく少ないエネルギーで育児を行えるようになってしまうのである。育児を手抜きばかりしていたら、授乳の仕方を一つとっても、いつまで経っても全然巧くならず、授乳するのに時間ばかりかけてしまうものなのだ。

 赤ちゃんはいつも健康でいるということはありえない。だから、病気をしたら、きちんと看病をし、その病気の対処法を覚えておくことだ。一度、病気の対処法を覚えてしまえば、次に同じ病気をしたらすぐさま対処できるようになるし、次に生まれてくる赤ちゃんが同じ病気をしても、きちんと処理することができるようになるのだ。

③疲れたら休んで疲労を回復する

 巧い育児をするためには、元気と意欲と感動がなくなったら、それ以上、育児をしないことである。「母親だって、いつもパワフルなのではなく、疲れることもある」と、素直に認めることだ。自分が育児で疲れたなら、夫や実母や義母に赤ちゃんを任せて、とにかく休むことなのだ。育児の疲労は、赤ちゃんから離れ、睡眠を取ることでしか、解消されないのだ。

 きちんとした休み方をしていれば、育児放棄してしまうことなどなくなるのだ。自分一人だけですべてをやってしまい、常に赤ちゃんといるからこそ、育児が嫌になり、赤ちゃんに虐待をしてしまうのだ。人間が持っている弱さを認めない人間は、他人に対してもっとも残酷な態度を取ってしまうものなのだ。

④不要な作業を委任する

 育児というのは、一つ一つの作業を丁寧にやっていくべきだが、すべての作業を母親がやる必要性はないのだ。任せられる作業があるなら、他人に任せばいいのだ。例えば、赤ちゃんを置いて買い物に行きたい時は、夫に任して自分一人で買い物をしてしまった方が、手早く買い物ができてしまうものだ。自分の育児の作業を冷静に分析して、無駄な作業を誰かに任して、自分のエネルギーを無駄に消費してしまわないことだ。梃子の原理を使って、巧く他人の力を使っていけばいいのだ。

⑤重要な作業に重点を置く

 育児の作業には、重要な作業がいくつかある。それらの重要な作業にこそ重点を置くのだ。「授乳」や「排泄」は育児の中でもっとも重要である。だから、これらの作業は原則として他人に任せないことだ。母親というものは、赤ちゃんの母乳の飲み具合で、その日の赤ちゃんの体調が解ってしまうものなのだ。オムツの取り換えは面倒でも、赤ちゃんが排せつした時に、赤ちゃんの排泄物をきちんと見て、赤ちゃんの健康状態を確認すべきなのである。育児はこの2つの作業に重点を置くべきであって、母親がこの2つの作業をきちんと行うからこそ、育児の成果が上がり出していくのである。

●育児の臨界点突破

 単なる思いつきや、気の向くままで育児をしていたら、育児は困難になってしまうだけなのだ。育児という大事な仕事を、自分の揺れ動く感情に任すべくきではないのだ。「習慣の威力」を使うべきなのだ。習慣の威力は凄まじいパワーを持っているのだ。「習慣の威力」を使えば、育児は断然に楽になるのだ。

 育児に「習慣の威力」を使ってしてしまえば、育児の遣り方が解り出し、その育児の遣り方を蓄積していくと、育児のコツが解り、そして大したエネルギーを使わなくてもできるようになるのだ。育児のコツさえ解っていれば、自分が思うような育児をすることができ、育児の成果が自動的に出始めるようになるのだ。

 育児で戸惑う母親たちに共通するのは、育児の遣り方を知らないだけでなく、育児のコツを習得できていないからこそ、育児で莫大なエネルギーを使いつつも、まともな成果を生みだすことができないでいるのだ。育児はテクニックに走れば、絶対に破綻してしまうのだ。育児のテクニックではなく、習慣の威力を使って、育児の遣り方を覚え、育児のコツを習得していくべきなのである。

 そうやって育児のコツが解り出して、育児が順調に成り出すと、或る日突然に「育児の臨界点」を突破して、「そうかそういうことだったのか!」と育児のなんたるかを悟ってしまい、育児の本当の楽しさが解ってくるのだ。もうこうなると、母親の頭の中で育児をすることが最高の快感になってしまい、いくらでも母性愛が溢れ出してくるのである。もう、育児をすることが楽しくて仕様がなくなってしまい、その感動と喜びが自分を包み、それが家族へと伝わり、周囲へと及んでいくのである。

 この育児の臨界点を突破してこなければ、その母親をどんなに恵まれた状況においても、育児に対して不平不満を述べてきてしまうのである。自分の心の中からちびちびと母性愛を出してこないから、どうしても育児が巧くいかないのだ。愛は小出しにすべきではないのだ。一気に大量に出してしまえば、圧倒的な威力を発揮するのだ。育児の臨界点を突破するまでは、母親は修行中なのである。いくら赤ちゃんを産んだとはいえ、母親としては未熟者なのである。赤ちゃんを産んだからこそ、母親は更に精神的に成長していかなければならないのだ。

●だからこそ、早寝早起きなのである

 育児でもっとも大事なのは、母親の精神的態度なのである。絶対に養育費でもなく、育児テクニックでもなく、夫の協力でもないのだ。それらがあった所で、母親がしっかりとした精神的態度を持っていなかったら、それらのものを統合していくことができなくなってしまうのだ。育児でもっとも大事なものは、実は母親の心の中にこそあるのである。

 その母親としての精神的態度を持ち、それを維持し続けるためには一体どうすればいいのか? それは早寝早起きをすることなのである。早寝早起きすれば、人間は積極的な精神的態度でいられるのだ。午前4時から午前6時の間に起きると、コーチゾールという物質が分泌されて、脳を活性化し、1日中ストレスに強い体に変えてくれるのである。だから、早起きをしている母親たちは、どの母親たちも明朗快活で元気に溢れているのである。

 夜更かしや朝寝坊の生活を送っていたら、どんなに品行方正の人間であったとしても、精神が腐敗し、ネガティブな精神しか持つことができなくなってしまうのだ。夜更けにいくら悩み事を抱えて悩んでいても、その悩み事は解決されず、寧ろ悩み事は悪化していく筈だ。朝起きるのが遅ければ、それだけ行動を起こすのが遅くなるのだから、1日中すべての物事が後手後手になってしまい、何をやらして手遅れになってしまうのである。

 朝早く起きて、物事を前倒しでやっていけば、物事は簡単に片付いていくものなのだ。日中、スピードよく動いていれば、日が暮れる頃には、母親として妻としてのやるべき作業のほとんどは終えている筈である。そうしたら、ゆっくりして心身をリラックスさせていけばいいのだ。夜は早目に就寝してしまえば、体の疲労が除去され、朝起きればエネルギッシュの体になることができるのである。

 朝の太陽はあなたの人生をも明るく照らし出しているのだ。夜明け前から起き出して、家事や仕事をしている母親たちは自分の人生を、そして家族の人生をも、明るく照らし出してしまうことだろう。夜明け前は、赤ちゃんは寝ているのだから、その時間を有効に使っていけば、育児に追われる生活にならなくて済むのだ。

●困ったことがあったら話し合う習慣を持つ

 育児をやっていれば、たまには困った事が発生するものである。母親一人が解決するのが困難な悩み事だって発生してくるのだ。そういう時は、独りで悩み事を抱え込んでいても、問題は解決されないのだ。寧ろ、悩めば悩むほど悪化していくのだ。こういう時こそ、自分の能力には限界があると悟るべきなのだ。

 困ったことがあれば、夫婦で話し合う習慣を持つことだ。悩み事の大半は、ただ夫婦で話し合うだけで解決されたも同然なのだ。母親にとってみれば、夫婦で話し合うことこそが育児を楽にしてくれるものなのだ。だから、いつも赤ちゃんとべったりといるのではなく、きちんと自分の夫にも気を配っておくべきなのだ。いつもは無視しているのに、悩み事を聞いて欲しい時だけ話しても、夫は親身になって相談には乗ってくれないことだろう。

 悩み事を話しかける時は、タイミングよくすることだ。夫が仕事で疲労困憊になって帰ってきて、いきなり深刻な顔をされて悩み事を話されても、夫の方は相談できる状態でないのだ。結婚しているといえども、悩み事を話しかけていい時間帯と、悩み事を話しかけていけない時間帯があるのだ。

 自分が抱えている悩み事で、的確な解決策を得たいのなら、夫婦は椅子に座って、抹茶を点て、和菓子を食べながら話すとか、紅茶を入れ、洋菓子を食べながら話せば、まともな解決策を得ることができることであろう。まともな解決策を得たいなら、それなりの演出が必要なのだ。そして、いつも夫の前では身なりをきちんとしておくことだ。日頃から、だらけた服装をしていたら、相談に乗って貰える相談でも、相談に応じて貰えなくなるのだ。

 夫に相談すべき問題は夫に相談すべきだが、夫に相談しなくてもいいような相談は持ちかけるべきではないのだ。違う人に相談して処理するべきなのだ。自分の友達に聞けば解決してしまう単純な問題を夫に持ちかけても、夫の方は笑顔をして対応していても、内心、「母親なんだからちゃんとしろよ」と思っているものなのだ。

 最初、育児を遣り始めれば、あれもこれも心配してしまい、一時的に育児ノイローゼになってしまうものなのである。だからこそ、すべての悩み事を自分一人で抱え込むべきではないのだ。どんな悩み事でも、話せば解決していくものなのだ。育児を初体験で行っているから、解らないことがあって当然なのだ。

 どの母親も一度は育児ノイローゼに罹るものなのだ。しかし、それを乗り越えると、強く逞しい母親になることができるのである。育児ノイローゼに罹り、それを克服したことで、未熟な母親である自分をふっきることができたのである。母親として必ず通過せねばならぬ暗い時期なのである。あなたの夫も、仕事で大成功しようとするなら、一時的に仕事でノイローゼに罹るものなのである。しかし、それを乗り越えたからこそ、強く逞しいビジネスマンになって、仕事が成功し始めるのである。苦労の本当の怖さは、苦労それ自体ではないのだ。苦労を知らぬ苦労なのである。自分がすべき苦労をしなければ、永遠に成長できなくなってしまうのである。

●母親よ、大志を抱け!

 幸福は人生が上り調子だからこそ、いつまでも幸福を感じ続けることができるのである。育児の仕方が、昨日よりも今日の方が巧くなっている。だからこそ、幸福を感じ続けられるのである。子供の数が、1人から2人へ、2人から3人へと増えるからこそ、幸せは増していくのである。夫婦の所得が、去年よりも今年の方が増えている。夫婦の資産が、去年よりも今年の方が増えている。だから、夫婦は家族の内部で幸福を増加させていくことができるのである。

 幸福になりたいのであるならば、人生を上り調子にしてしまうことだ。昨日よりも今日を良くする。今日よりも明日を良くすると思うからこそ、自分の人生は上り調子になり、更に幸せになっていくのである。人生を今のレベルよりも下がってしまえば、いくら年収が高くても、いくら赤ちゃんがいても、いくら豪邸に住んでいても、不幸を感じてしまうものなのだ。幸福と不幸を決定づけるものは、決してお金ではないのだ。自分の人生が上り調子なのか、それとも自分の人生のレベルを下げてしまっているのかなのである。

 だから幸福の尺度を外に置いてはならないのだ。自分と他の母親たちを比較したり、自分たち夫婦と他の夫婦を比較したり、自分の赤ちゃんと余所の赤ちゃんを比較したり、所得の格差や男女の性差など気にしてはならないのだ。幸福の尺度は自分の心の中に置くべきであって、自分の人生を上り調子にしていけば、自然と自分は幸福になっていくのである。

 そして、自分が幸福なら、自分だけが幸福を享受してしまうのではなく、他人にも分け与えていけばいいのだ。自分の赤ちゃんと自分の夫に幸福を分け与えて、家族揃って更に幸福になっていけばいいのだ。家族全員が幸福になってしまうと、幸福は相乗効果を起こして、爆発的なエネルギーを発し始めてしまい、通常では成功できないことでも、簡単に成功できてしまうようになるのである。

 母親は赤ちゃんを産んだのなら、利己主義とはオサラバすべきなのである。自分の利益だけを追求するのではなく、他人を幸福にしていくという慈愛の心を持つべきなのである。利己主義というのは、目先の小さな利益を獲得しながら、実は自分自身が想像もつかない莫大な利益を得るチャンスを失ってしまう危険な考え方なのである。

 人生を幸せにしたいのなら、自分自身を超えて、自分のためだけに生活せず、高い理想を持って行動を起こし、他人を幸福にしていくべきなのである。だから、俺は言うのだ。「母親よ、大志を抱け!」と。自分の志を大きく持っておけば、自分が思い描く理想は実現し、自分も周囲の人たちも幸福になっていくのである。

 育児も最初の頃は、ヘトヘトになるに決まっているのだ。すべてが慣れない作業だからだ。それゆえ、母親自身が大志を抱いて、積極的な精神的態度でいるべきなのである。そして真剣になって育児に取り組んでいけばいいのだ。育児を始め、すべての物事に成功の秘訣があるとするなら、それは「自分がな成すべきことに一つ一つ全力を尽くすしかない」のだ。

 今日1日、全力で生きているからこそ、自分の生命は充実していくのである。今日この日を全力で生きていない者は、死んでいるのと同じである。今日何もせずに生きてしまえば、死体の方がまだ増しである。なぜなら、死体は飯を食わないからだ。全力で育児に取り組んでいれば、育児でいくら汗をかいても、それは心地いい汗にしかならないし、育児でいくら疲れきっても、それは心地いい疲労にしかならないのだ。そうやって育児をしていけば、自分の人生は充実し、赤ちゃんはスクスクと育っていくのだ。今日一日を全力で働くからこそ、明日は更なるパワーを携えてやってくるのである。そしてそのパワーを使って更に育児にチャレンジしていけばいいのだ。

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育児脳を最大化する方法

●育児の命運を左右する育児脳

 赤ちゃんを出産して育てていけば解ると思うが、育児において不思議な現象が出て来る。それは初めての育児なのに、異様に育児が巧い母親たちがいるのだ。普通の新米ママなら育児に悪戦苦闘なのに、まるで育児の仕方を熟知しているかのような手捌きで育児を難なく遣り遂げてしまうのだ。

 だから、女性として赤ちゃんを産んだからといって、みんな女性同士であったしても、絶対に平等ではないのだ。同じ母親として対等に接し、親近感を持ち、連帯感によって、同じ母親だという仲間意識を持つのは構わないが、他の母親を平等だと思い込むと、えらくひどい気分の落ち込みを味わうことになってしまうのだ。では、なぜ、このような「育児の格差」が生じてきてしまうのか?

①前世で既に子沢山の母親

 それは前世において、既に子沢山の母親だったからだ。こういう女性は、肌が白く光り輝いており、体もしっかりとした体格で、もう20代の頃から母親らしい考え方や体型をしているのだ。前世で子供をたくさん産み育てたので、功徳を大量に積んでおり、現世において非常に運のいい女性として出発できるのである。結婚も良き伴侶に恵まれるし、子供もたくさん生まれ、所得も多く資産も豊かな人生を歩むことになるのだ。この女性は当然ながら、育児が非常に巧いのだ。まるですべてを知っているかのような仕方で育児を行えてしまうのだ。

②多産の家系の娘

 多産の家系の娘だと、子供の頃から赤ちゃんの世話をしたことがあるので、当然に育児の仕方を知っており、育児の仕方が巧いのだ。多産の家系は育児のノウハウを大量に持っており、そのため育児のトラブルの対処法も充分に蓄えているのだ。自分の実家が多産だということは、成長過程にある家系なので、結婚したらその夫婦は運気が非常に強くなるので、夫は仕事に精を出せば成功していくし、妻は子供をたくさん産めば、より多くの幸せを無理することなく獲得できてしまうのだ。

③育児脳を持っている女性

 結婚前は育児のことをほとんど知らない女性でも、出産後、昔のままでは駄目だと気づき、育児脳を持った母親は育児が圧倒的に巧くなるのだ。育児をするために、自分の脳を変えてしまうのだ。育児脳さえあれば、体が育児をもっとも適した行動を自動的に取ってくれるようになるのだ。

 前世において子供を産んでも自分の手で育てられなかった女性、前世において子供を産めずに死んでしまった女性や、前世で男性だった女性、現世で一人っ子の女性や、兄弟姉妹が1人しかいない女性は、そのままの考え方では、育児がトラブル続きになってしまうので、絶対に育児脳を持つことは必要である。育児脳こそ育児の命運を左右するのである。

●マンネリのドツボに嵌まるな

 育児というのは、最初は感動の連続である。赤ちゃんの姿形や行動のすべてに感動してしまう。どの新米ママたちも最初は意気揚々と育児に取り組むのだ。しかし、その気分の高揚感が長く続かず、段々育児が煩わしいものになってきてしまうのだ。「なんでそんなに多くの回数のウンチをするの?」「なんでそんなに母乳を飲むの?」「なんで寝てくれないの?」と、育児の当初は感動だらけだったのに、育児に慣れてきてしまうと、一転して育児の不平不満だらけになってしまうのだ。

 これこそが、「マンネリ」である。育児がマンネリだからこそ、育児がつまらなくなってしまうのである。だからこそ、多くの母親たちが我が子に対して怒りまくったり、赤ちゃんを誰かに預けて遊び呆けてしまったり、児童虐待を働いたり、母親がパチンコに熱中している間に赤ちゃんが自動車の中で熱中症で死んでしまうという事件が多発してくるのである。

 育児だけでなく、何事もマンネリのドツボに嵌まってはならないのだ。マンネリになってしまえば、脳の機能が低下して、一切の喜びや感動を感じなくなってしまうのだ。脳は普通の人間たちが考える以上に飽きっぽいのだ。だが、この脳の飽きっぽさを暴走させてしまうと、自分の人生が何をやってもつまらないということになってしまうのだ。当然、赤ちゃんがいても、育児が全然面白くないという事態に陥ってしまうのだ。

 だからこそ、自分の脳をそのままにしておくのではなく、「育児脳」に変えてしまうのだ。育児においてどんなことが発生しようとも、育児が面白くて仕様がないという状況にさせてしまうのだ。即ち、出産する前の自分でいてはならないということだ。出産後には自分を変えて、育児に適した自分に変えていかなければならないのだ。

 新米ママに育児脳さえあれば、楽しい育児が習慣化され、赤ちゃんを育てることが快感の連続になってしまうのだ。習慣とマンネリは紙一重だといっていい。どこが違うのかといえば、脳が違うのである。いくら母親たちに育児のテクニックを教えても、母親の脳が育児脳になっていなければ、いくらでも育児のつまらない点を挙げて、育児をしようとしなくなるのである。だからこそ、赤ちゃんを産んだら、育児脳を持ってしまうことが必要なのである。育児脳があれば自動的に巧い育児を行えるようになり、その巧い育児は習慣を形成することによって、育児の成功を決定づけるのである。

●やる前から成りきってしまう

 新米ママが育児脳を持つためにもっとも重要なことが、育児をやる前から成りきってしまうことなのだ。自分がこれから努力して良い母親になっていこうとするのではなく、育児をする前から自分は良い母親に成りきってしまうのだ。脳は理想さえ頭の中に描いてくれれば、その通りになっていくのである。

 多くの母親たちは、自分が努力をすることによって、良い母親になっていくことができると考えがちだ。だからこそ、「子育ては母親育て」なんてことを言い出すのだ。育児マニュアル本も、そこに掲載されてある育児テクニックを使用すれば、良い母親になれるという目的で本を執筆している。

 しかし、実際に育児をやってみると、決してそうならないのである。「子育ては母親育て」なんて言っている母親たちは、いつまで経っても未熟な母親たちだし、育児マニュアル本に頼る母親たちは、遅かれ早かれ育児ノイローゼに罹ってしまい、育児どころではなくなってしまうことだろう。

 なぜこのような自分たちが意図するのと正反対の結果が出てしまうかといえば、それは脳の機能を無視した形で育児を進めようとしてしまったからだ。脳は理想がなければ機能を低下せていってしまうのである。人間は群生動物である以上、誰かの行動を見て、それのマネをすることによって、難なく同じ行動が取れてしまうことを繰り返してきたのだ。だから、自分の脳の中で理想像を描かず、自分の力だけでやろうとすると、脳は自分が意図することと正反対の結果を出してきてしまうのだ。

 それゆえ、育児をする前から、自分の脳の中に理想の母親像を描き出し、成りきってしまうのだ。そのためには巧い育児をやっている他の母親たちを見て、自分もああいうふうな母親に成りたいと思いこんでしまうことだ。思い込めば、自分はその通りの母親になることができるのだ。自分がやるべき行動を予定してしまうと、その通りになるのだ。

●体を動かし続ける

 自分の頭の中に理想像が出来上がったら、とにかく体を動かし続けることだ。体を動かし続けると、脳が活性化してしまい、いかなる時も育児に対して「やる気」が湧いてきて、育児において最善の選択肢を取り続けることができるようになるのだ。体を動かし続けると、育児は非常に楽になるのだ。

 育児でトラブルが発生しても、母親が体を動かして行動しているなら、脳が自動的にその問題に対して最適な解決策を導き出せるように、自然と体を導いてしまうのだ。例えば、育児で問題が発生しても、雑誌を何気なく見ていたら、その解決策が出ていたとか、パソコンで調べたら、僅か数秒でその解決策が出ているウェブに出会ったとか、自分の友人にその解決策を知っている友人がいたとか、まるで偶然としか思えない現象が起こってくるのだ。

 だからこそ、体を動かし続けるのだ。体を動かし続けている限り、いかなる問題も解決することができるのだ。赤ちゃんがいたら、育児をしなければならないし、家事だってこなさなければならない、仕事があるなら仕事だってしなければならない。でも、そうやって体を動かしているからこそ、脳は活性化し、育児を巧くこなしていくことができるのだ。

 育児は長年経験すれば上達するものではないのだ。育児をしているのに、休み休み行ているようでは、育児はいつまで経っても上達しないのだ。赤ちゃんを育てることよりも、テレビや新聞や携帯電話に夢中になり、社会問題や政治問題に手を出していれば、いかに優秀な女性であったとしても、育児が巧くなるわけがないのだ。赤ちゃんは泣き叫び、暴れ出すに決まっているのだ。

 育児でも家事でも仕事でも、自分がやるべきことは身を軽くして動き続けることだ。なんでも素直にやればいいのだ。常に体を動かしている自分に、絶対に不幸は訪れないのだ。体を動かさないからこそ、脳の機能が低下してしまい、不幸を呼び込んでしまうのだ。いかなる時も、堕落こそ不幸の原因なのである。

●報酬を与えて脳を快感にさせてしまう

 育児を上手にやるコツは、減点法ではなく、加点法なのである。手柄を上げ次第、報酬を与えていくべきなのである。赤ちゃんが自分の母乳を飲んでくれたら、「ママのオッパイを良く飲んでくれました~」と赤ちゃんを褒める。赤ちゃんがウンチをしたら、「こんなにたくさんウンチをして凄いですね~」と赤ちゃんを褒める。赤ちゃんを褒めると、その赤ちゃんの母親である自分の嬉しくなってしまうのだ。

 もしも、赤ちゃんの母乳の飲みっぷりが悪いことを指摘して、「どうして、ちゃんとオッパイを飲まないよ!」と叱っても、その赤ちゃんが泣き出すだけでなく、その赤ちゃんの母親である自分もつらくなってしまうのだ。赤ちゃんはウンチをしまくるし、小便をしまくるので、オムツを1日に何度も交換しなくなるのだが、「なんでそんなにウンチをするのよ!」と赤ちゃんを叱ってしまえば、赤ちゃんは便秘になって病気になってしまうし、その赤ちゃんの母親である自分も病気を発症してしまうことだろう。

 人の悪い所ではなく、良い所を見て、そして褒めてあげるのだ。いくら他人の悪い所を指摘して、その悪い箇所を矯正できたとしても、更に悪い行動を取ってきてしまうのだ。それよりも相手の長所を褒めてしまい、その長所を伸展させていくと、いつの間にかに悪い箇所が消えてなくなってしまうのだ。これは赤ちゃんを育てていくだけでなく、人を育てていく上で、もっとも重要なコツなのである。

 赤ちゃんだけでなく、自分の夫をも褒める。夫は何より養育費と生活費を稼いできてくれるのだから、きちんと夫を褒めてあげることだ。給料は出たら、ご褒美をきちんと与えておくことだ。ご褒美を貰えれば、誰だって嬉しいし、更に意欲が湧いてきて、仕事を成功させていくことができるのである。

 育児や家事をやっていれば大変なことだろうとは思う。自分だって誰かに褒めて貰いたいという感情だって湧いてくることだろう。だからこそ、自分を褒めてもらいたければ、他人を褒めることなのだ。自分が他人を褒めずに否定してばかりいるから、誰からも褒められず否定されてしまうのである。他人の成果を褒めれば、自分の成果だって褒めて貰えるようになるのである。

●プロとアマの格差は決定的

 育児脳があるということは、育児のプロになるということなのである。育児のプロだからこそ、育児を巧く行うことができるのである。育児のアマチュアで居続けても、育児は決して巧くならないのだ。いくら大量の育児テクニックを揃えても、育児は巧くならないのだ。なぜなら、脳が違うからだ。

 プロとアマの差は、天と地の差ほどに明確である。いくらセミプロといっても、プロには呆気なく負けてしまうのである。テクニックに走っても、勝てるわけがないのだ。どんなに努力しても最終的には負けてしまうのだ。自分の脳が破滅をするように指令を出してきてしまうからだ。どんなに順調に進んでいても、いつの日か「もう駄目だ」という最終指令を出してしまうのである。

 それが育児では、母親たちの不平不満となって現われ、育児を拒否してしまい、児童虐待を働いてしまい、不倫に離婚にと、いくらでも異常な行動を取ってしまうのである。赤ちゃんを産んだのに、育児脳を持とうとしなかったばっかりに、育児が全然面白くなくなってしまったのである。

 どんなに優れた母親たちも、最初から優れていたわけではないのである。自分の頭の中に育児脳があったからこそ、育児のコツが見えてきたのである。プロやプロ並みになることが、「コツ」なのである。育児のコツを掴んでしまえば、誰だって育児のプロになってしまうのである。育児のコツが解ったからこそ、育児はこういうふうにやればいいのかということが解り、育児の本当の楽しさが解ってくるのだ。

 その育児のコツが解りたければ、身銭を切って、自分に投資していくのだ。自分の格好をみすぼらしい格好にするのではなく、きちんとした格好にして、育児のコツを知っている母親に教えを請えばいいのだ。育児のことに関して、雑誌を購入するなり、書籍を購入して自分で調べるべきなのだ。まともな育児の仕方を教えてくれる母親たちの集まりがあるなら、自分も参加すべきなのである。育児に投資したお金は、必ず有益な結果をもたらすのである。

●立派な母親になる覚悟

 自分が赤ちゃんを産んだ時には、「自分は立派な母親になる!」という覚悟があるからこそ、良妻賢母になっていくのである。ただ漠然と良妻賢母になろうとしても、成れるものではないのだ。自分が覚悟を決めるからこそ、自然と良妻賢母になっていくのである。その覚悟がなければ、自分が散々努力し続けた後に、良妻賢母を一生懸命に否定する母親になってしまうのである。

 どんな既婚女性であっとたとしても、出産直後は「悪妻愚母」なのである。妻としては全然駄目だし、母親としても未熟者なのである。だが、出産と同時に覚悟を決め、自分を変えていき、育児や家事や仕事に追われる日々の中で、いつの間にか良妻賢母になっていってしまっているのである。良妻賢母というものは、静止した状態で得られるものではないのだ。行動し続けている中にこそ出現してくるものなのである。

 学者たちは良妻賢母を封建的道徳の産物だと非難するし、マスコミでも定期的に良妻賢母を罵倒するキャンペーンが行われる。結婚して最大の成果を得ようとするなら、既婚女性は良妻賢母になるしかないのである。それができなかったということは、その結婚が不完全になっており、機能を極端に低下させてしまっているのである。良妻賢母は決して封建的なものではないのだ。否定されるべきものではないのだ。結婚で幸せになろうとするなら、どの女性であったとしてもならなければならないものなのである。

 平等イデオロギーに洗脳されてしまったら、赤ちゃんを産んでも、自分がちゃんとした母親になれないのである。既婚女性は出産前と出産後とでは明らかに違うようになってからこそ、ちゃんとした母親になることができるのである。自分が母親になっていくということは、「他の未出産の女性たちとは平等ではない」ということなのだ。

 育児脳があればこそ、自分は変わることができたのだ。いつまでも同じままでは。人間は腐っていくだけなのだ。人間は変わっていくものなのだ。人間は変わることによって成長していき、変わることで更なるエネルギーを獲得していくのである。育児脳が自分の頭の中にないから、いくら育児をやっても無駄なのである。なぜなら、自分を変えないからだ。いつまでも立ち止まったままだからだ。自分が自発的に動かないこそ、いくらでも不幸がやってくるのだ。

 だから、不幸になりたくなければ、動き出せばいいのだ。動けばいくらでも新しい発見にである筈さ。自分が動かなければ、目の前にある些細なものでも、腹が立ってくるものなのだ。幸せになりたければ、動き出せばいいのだ。走り出せばいいのだ。赤ちゃんを育てていれば、赤ちゃんはたくさんの幸せをくれるのだ。未だ立つことも、話すこともできない赤ちゃんですら、母親に幸せを与えてくれるのだから、母親である自分だって赤ちゃんにたくさんの幸せを与えていかなければならないのだ。その偉大なる変化を引き起こしてくれるのが、育児脳なのだ。さあ、育児脳を持って、育児に取り掛かればいいのだ!

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育児の第三法則「母親による独裁」 ~育児の全責任は母親にこそあり~

●育児こそ母親のもっとも重要な仕事である

 文明は自然を征服し、自然を制御できる力を持つからこそ、誕生してくる。人間たちが、自然の脅威に対して何もできず、自然と共生しているようであるならば、人類は文明状態に入らず、文明以前の未開な暮らしをし続けるしかないであろう。文明は自然ではないからこそ、文明でありえるのである。しかし、人間たちが文明の中だけで暮らしていれば、自然を忘れてしまい、人間自体が非自然的になっていく。即ち、自然界では有り得ないような、病的な姿を晒し始めるのである。

 その最たるものが、「平等」である。文明以前の人類にはなく、文明を創造していった当初にもなかったものが、文明が爛熟期に入ると突如として文明諸国に蔓延し始めて、文明の中で豊かな生活を送っている人々を、精神的に蝕んでいき、昔だったら簡単にできた生活ですら破壊していってしまうのである。

 現在、母親たちを苦しめているものに、「平等」がある。どこの民族でも、平等イデオロギーに侵されなければ、育児は母親が行うものである。なぜなら、人間の脳自体がそのようにできているからだ。「授乳させるのは、父親と母親のどちらが巧いだろうか?」「オムツを取り換えるのは、父親と母親のどちらが巧いだろうか?」「赤ちゃんを寝かしつけるのは、父親と母親のどちらが巧いだろうか?」。答えはすべて「母親」である。母親の脳の中から母性ホルモンが出て来るので、母親は母親らしい母親になっていき、育児を行うことがとても上手になるのである。

 それなのに、母親が平等イデオロギーに侵されてしまえば、この自分の得意なものを捨ててしまい、育児の主要な部分を放棄して、父親に育児の大半を押しつけようとし出すのである。「夫婦が平等に育児を行う」というのは、一見、それは素晴らしいものではないかと思ってしまいがちだ。しかし、実際に夫婦が平等に育児をやってみると、育児のすべての分野において破綻し出すのである。なぜなら、育児が得意な筈の母親が育児の大半をやらず、育児の不得意な父親が育児の大半をやる羽目になり、母親も父親もその持てる能力を充分に発揮しきれなくなってしまうからだ。

 夫婦が平等に行う育児は、夫婦揃って育児に無責任になっているだけなのである。赤ちゃんを育てていこうという気持よりも、男女を平等にしなければならないというイデオロギーの方を優先してしまって、赤ちゃんが本当にしてほしいことを無視して、育児を進めてしまっているのである。育児こそ母親のもっとも重要な仕事なのに、母親自らその仕事を放棄してしまうのである。

●独裁を行うからこそ、育児は巧く行く

 だからこそ、育児の第三法則が必要になってくるのだ。育児の第三の法則、それは「母親による独裁」である。育児は母親が独裁的に行うからこそ、巧く行くのである。育児において母親が独裁を行えば、育児の成果を最大化することができるのである。学校で散々民主主義教育を受け、社会に出ても民主主義が正しいと思われている社会で、民主主義より独裁を主張し、実際に独裁を実施するのは、抵抗感があると思う。しかし、民主主義で育児を行えば、育児は絶対に破綻してしまうのである。

 育児というものは、母親が育児の主導権を失った時に問題が発生するのである。母親が赤ちゃんを産んだにも拘わらず、自分が中心となって育児をせず、父親に頼りきってしまったり、他の他人に頼りきってしまうと、誰がどうやろうとも、育児は巧く行かなくなってしまい、トラブルが発生しまくるのである。母性ホルモンが出て、自分が母親らしくなっているのに、自分が母親になることを拒否してしまえば、育つ筈の赤ちゃんですら育たなくなってしまうのである。

 母親が育児の主導権を握り続けている限り、育児に問題が発生したとしても、きちんと処理することができるのである。育児を行う場合、すべての作業を母親一人でできるわけではない。父親を始め、義父や義母、実父や実母や、その他の人々の手助けを必要とする。しかし、いくら他の人々の手助けを必要とするからといって、母親が育児の主導権を手放すべきではないのである。自分の赤ちゃんの具合を一番よく知っているのは、母親以外にいないのである。自分が10月10日間も自分のお腹にいた我が子だからこそ、自分の赤ちゃんの健康状態が一番よく解ることのできる立場にいるのである。

 育児というのは、「99.99%」、母親の態度次第で決まってしまうのである。育児を民主主義で行えば、確実に潰れてしまう。なぜなら、民主主義は多数決原理を持っており、その多数決原理を行えば、衆愚になり、愚劣としかいいようのない意見しか出て来なくなってしまうからだ。民主主義がいかに愚劣な意見を出して来るかは、現在の国会や、民主主義を標榜している政党の姿を見れば解る筈だ。

 育児における優れた意見というものは、多数の人々の意見や、多数の人々の議論や、育児学会の学者たちの研究の中から生まれてくるものはないのだ。優れた母親の頭の中から生まれてくるのだ。母親が民主主義を拒否して、独裁に徹し、夫と共同で育児を行うのではなく、自分が中心になって育児を行うからこそ、赤ちゃんの気持ちが確実に理解でき、育児において最善の意見を持つことができ、最善の行動を取ることができるのである。

●母親に全責任があるからこそ、育児を真剣になって行うことができる

 「あなたの赤ちゃんが死んだら、一体誰が一番悲しむだろうか?」「あなたの赤ちゃんが死んだら、一体誰が一番涙を流すだろうか?」「あなたの赤ちゃんが死んだら、一体誰が一番永遠に忘れずにいるだろうか?」。これらの質問の答えはたった一つしかない。それは母親である「あなた」であろう。なぜなら、母親である「あなた」が、自分の赤ちゃんに一番深く愛情を持ち、その愛情を最大限に発しているからだ。ということは、あなたが育児の最高責任者なのだ。

 「育児の最高責任者は母親である」。これこそが育児の本当の姿なのだ。この本当の姿を忘れてしまい、母親が育児の最高責任者ではなくなってしまうからこそ、育児でトラブルが発生し続けてしまい、赤ちゃんが泣き叫び、罹らなくていい病気に罹ってしまうのだ。自分が産んだ赤ちゃんが、今後どのようになっても、母親である自分にこそ、すべての責任があるのである。

 「夫が育児を手伝ってくれない」「実母や義母が育児を手伝ってくれない」という考え方は、根本的に間違っているのである。母親が育児において全責任を所有し、独裁を行わない限り、自分の夫を始め、他人の協力を得ることはできないのだ。母親である「あなた」が育児において独裁を行っているからこそ、他人が協力し始め、あなたを手助けしてくれるようになるのである。

 責任と権限は正比例するのだ。育児の最高責任者であるからこそ、育児において最高の権限が与えられるのである。そしてその権限を集中させるからこそ、最高の育児ができるのである。母親に育児の全責任があるからこそ、すべての権限を集中でき、自分が育児を真剣になって行うことができるのである。 

 独裁が危険に見えるのは、独裁を行っている者が、傲慢になってしまい、先祖の知恵や他人の適切な意見を聞かなくなった時に、独断が開始されてしまうからなのである。独断が開始されれば、愚につかぬ馬鹿げたことだけが行われ始めてしまうのだ。だから、独裁を行う者は、神を恐れて傲慢にならず、先祖の知恵や、他人が発する適切な意見に耳を傾けなくてはならないのだ。独裁というものは、独断を防止さえすれば、絶対に民主主義に勝つのである。

●真面目にやれば必ず評価される

 「夫婦が共同して育児を行う」とか、「民主主義的な育児」とかいうものは、学者や医者たちが唱えてくれば、もっともらしく聞こえる。しかし、そのような育児の仕方を実際に赤ちゃんを持つ夫婦が行ってみると、確実に育児が破綻してしまい、それどころか夫婦関係に亀裂が入り、離婚してしまう危険性ですら出て来るのだ。ということは、これらの学説は机上の空論であって、赤ちゃんのいる夫婦にとって、百害あって一利なしの学説なのだ。

 平等イデオロギーは、常に文明諸国の中を徘徊する「悪魔の思想」なのである。男女平等や民主主義は、人間たちから責任意識や義務意識を消し去ってしまい、自由や権利だけを主張してくるように仕向けてしまうからだ。自由や権利というものは、責任や義務を果たしてこそ行使できるものであって、責任や義務を果たさない者に自由や権利を与えてはならないのである。

 平等イデオロギーが蔓延すればするほど、誰も真面目に物事に取り組まなくなってくるのである。結婚だって真面目に取り組んでいけば、いくらでも面白くすることはできるのである。妊娠も出産も育児も、既婚女性が真面目に取り組めば、いくらでも面白くすることができるのである。人間が真剣になれるのは、自分に責任と義務があると自覚し、それをきちんと果たしているからなのである。赤ちゃんを産んだのに、育児に真剣にならず、育児の不満点をいくら上げて行っても、育児を巧く行うことができず、それどころか赤ちゃんが泣き叫んで、母親が何もしないことを弾劾してくることだろう。

 真面目に育児を行っていけば、必ずその育児で子供たちは健康に育ち、その育児の仕方は評価されることだろう。不真面目な態度や、手抜きや、不平不満というものは、いくら隠蔽しても、確実に発覚してしまうものなのだ。母親が真面目に育児に取り組んでいけば、その真面目さは確実に赤ちゃんに伝わり、母親からの愛をきちんと受け止めることができることだろう。

 真面目に育児を行っている母親たちは、「誠実」であり、「勤労」であり、「感謝」の感情に満ちているものである。自分が自分に正直で誠実だからこそ、自分に迷いがなくなるのである。自分が勤労に徹するからこそ、育児も家事も仕事もすべてが巧く行き出すのである。自分がどんなに苦労をしたとしても、感謝の感情に満ちているからこそ、周囲の人々が快く手助けをしてくれて、和気藹藹になるのである。

 先進国では文明が爛熟してしまうので、どうしても平等イデオロギーが蔓延してしまい、そのため出鱈目な育児が罷り通ってしまうのだ。だから、そういう愚劣な意見には決して耳を傾けないことだ。自分が育児をやった結果は、すぐさまに出て来ないのである。その赤ちゃんが大きくなってから出て来るのである。正統な育児の方法というのは、「育児の全責任は母親にこそある」という意見をきちんと言っている育児法だけである。これ以外の方法でいくら育児をやっても、どうやっても育児の楽しみが解らず、絶対に育児は破綻してしまうのだ。育児の楽しさを味わいたいなら、母親である自分に、育児の全責任があると覚悟を決めてしまうことだ。育児の最高責任者のもとに、育児の最高の楽しみがやってくるのである。

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育児の第二法則「育児におけるエネルギーの集中」 ~家庭と仕事の両立に悩むより、育児に専念しよう~

●家庭と仕事の両立は有り得ない

 子供を持った母親たちが悩む問題で最大なものが、「家庭と仕事の両立」であろう。家庭を持ち、家庭を幸せにしながら、仕事も頑張って、仕事で成果を出したいという、欲張りな欲望を持ってしまうのだ。だが、そういった悩みは、育児を始めてしまえば、すべて吹き飛んでしまうのだ。結論は、母親にとっては育児がもっとも大事なのである。

 何事もエネルギーを分散していては成功することが覚束ない。育児もエネルギーを集中させるからこそ成功し始めるのである。そこで育児の第二の法則、それは「育児におけるエネルギーの集中」である。育児の成功と失敗は、夫婦の総合力で決まるのではなく、実際に育児の現場における育児エネルギーの強弱によって決定するのである。要は、集中的に育児エネルギーを行使していくことなのである。

 育児はいくら父親が心優しい男性でも、いくら母親が母性愛豊かな女性でも、その夫婦に高額所得があっても、実際に育児の現場で、両親が育児エネルギーを集中して使っていかないと、育児を巧く行うことができないのだ。いくら父親が心優しき男性でも、育児に必要なお金を稼ぎ出してこなければ、育児がトラブル続きになってしまうし、いくら母親が母性愛豊かな女性でも、実際に育児を集中的に取り組まなければ、育児は失敗続きになってしまうことだろう。いくら高額所得の夫婦であったとしても、家計簿をつけて、育児にかかる費用を生活を破綻させることなく用意し、投入していかなければ、育児が経済的り理由から破滅していくことになるだろう。

 赤ちゃんを産んだのであるならば、まずは育児を最優先するべきなのである。育児が始まったばかいrだというのに、家庭と仕事の両立の問題に囚われているようであったら、いつまで経っても育児を巧く行うことができるようにならないだろう。まずは育児にエネルギーを集中させて、育児の遣り方を習得していくべきなのである。

 赤ちゃんが泣いて母親を呼んでいるというのに、それを放ったらかしてすべき仕事があるのだろうか? 育児が軌道に乗るまでは、育児を集中的に取り組んだ方が、育児は巧く行くのだ。家庭も仕事もという考えだと、家庭のことも、仕事もことも、一人前になることができないのだ。すべてのものが中途半端になってしまうのだ。

●育児に真剣に取り組めば、育児のコツが解ってくる

 何事も真剣にやらなければ、マスターできない。育児だって母親が真剣に取り組まなければマスターできないのだ。育児を真剣に取り組んでいるからこそ、育児の遣り方が解ってきて、育児のコツが解ってくるのだ。育児のコツが解りさえすれば、全力を投入しなくても、僅かなエネルギーで育児をこなしていくことができるようになるのだ。

 見てみるがいい。育児でトラブルを起こし続けている母親たちや、育児で失敗ばかりし続けている母親たちは、赤ちゃんを産んだのに、育児を最優先させず、育児以外の所にエネルギーを投入してしまったからこそ、育児でトラブルが発生し、失敗が起こってしまうのである。赤ちゃんを産んだのに、母親の心が赤ちゃんに向いていないのだ。「心ここに有らず」なのだ。

 母親はエネルギーを集中させて、育児を効果的に行えば、育児の成果を最大化できるのだ。いかに育児の初期の段階で育児に真剣に取り組んで、実際の育児の現場でエネルギーを投入していくかで、その後の育児の成否が決まってしまうのである。育児の成否は育児の初期で大体決まってしまうのである。

 父親の育児における最大の任務は、育児にかかる費用を稼ぎ出すことである。父親は育児にエネルギーを集中するのではなく、仕事に集中して仕事で成果を出すべきなのである。父親といえども、短期間に集中的に育児を行うなら、育児を巧く行うころができるのだ。しかし、それは父親が仕事をして、お金を稼ぎ出した上での話なのである。

 専業主婦と兼業主婦を比較すると、専業主婦の方が圧倒的に育児が巧くなる。専業主婦の方が育児にと投入しているエネルギー質量が圧倒的に多くなるからである。現在、専業主婦はフェミニストたちから徹底的に批判され罵倒され続けているけれども、育児に関しては圧倒的に優位に立っているのである。

 兼業主婦であるならば、仕事をしながら育児をしても、育児を中心に生活を進めていけばいいのだ。自分の心の中で育児を最優先しているという覚悟があれば、育児において効果的に育児エネルギーを投入していけばいいのだ。「お母さんはいつも赤ちゃんのことが一番大事だよ」という気持ちは、必ず赤ちゃんに伝わっていくものなのだ。

●「愛は多能であり、お金は万能である」

 この世には「所得の格差」や「男女の性差」が存在するのだから、「育児の格差」だって存在する。所得の格差は、自分が選んだ職業によって所得が決定され、男女の性差は、生まれた時の性別で決定されてしまうが、育児の格差は、その夫婦の家族運営の仕方で決まってしまうのだ。

 夫婦には、「仕事」「家事」「育児」があって、夫は仕事に集中し、妻は育児に集中してしまい、家事の大半を妻が行い、夫が家事を少し手伝うようにすると、家族の生産力は最大化するのである。夫は仕事に専念してくれた方が、家族の収入を増大することができるのである。夫はあくまでも、育児の補完をしてくれればいいのだ。育児に専念するのは、妻であった方が、育児エネルギー質量を最大化することができるのだ。

 政府が勧めている「夫婦が共同して育児を行う」というスローガンは、耳には心地よく聞こえても、実際にやってみると、すべての夫婦がその家族の生産力を激減させてしまうのだ。この愚かなスローガンの最大の落とし穴は、育児ばかりに目を奪われて、仕事や家事の重要性を見過ごしていることだ。

 夫婦にお金がなければ育児だってできないのだ。家事をしなければ育児だってできないのだ。育児の中でもっとも大事なのは、母親が出してくる母性愛だが、次に大事なのは父親が稼ぎ出すお金なのだ。母親が育児をそっちのけで働かねばならないというのは、父親の稼ぎでは足りないから働いているのである。もしも、父親の稼ぎで充分に費用が足りるなら、母親は育児に専念する筈である。政府がとやかく育児のことをいうなら、税金を安くすればいいのだ。所得税の税率を一律10%以下にしてくれたら、すべての夫婦は育児費用を充分に確保できるのだ。税金が高いからこそ、育児費用が足らなくなってしまってい、母親が働きに出て行かざるを得ない状況になっているのである。

 「愛は多能であり、お金は万能である」のだ。愛は多くのことを成し遂げることができても、お金の力には負けてしまうものなのだ。かといって、お金がすべてではないのだ。愛なくして人は生きていけないのだ。だからこそ、税金を安くして、育児をしている夫婦からお金を巻き上げることなどすべきではないのだ。

●育児をしながらでもできる仕事を探すこと

 生活費が足らないために、どうしても働かなければならない母親は、育児を放棄してまでしなければならない仕事を絶対に選ばないことだ。そういう仕事は赤ちゃんのいる母親がやるべき仕事ではないのだ。絶対に給料の高さに目が眩んではならない。今までの仕事の給料よりも安くていいから、育児をしながらできる仕事を探すべきなのだ。

 家庭と仕事の両立が問題にならないのは、夫婦で同じ仕事をしている場合だろう。農業や漁業や酪農や自営業や、夫婦で会社を経営していれば、夫婦で融通が効き合うので、家庭にも仕事にも充分にエネルギーを投入することができるのだ。家庭と仕事の両立をしたいのであるならば、誰かに雇われるような仕事をやめ、夫婦で起業すればいいのである。

 専業主婦であるなら、夫のバックアップをして、夫の稼ぎを最大化できるようにすることだ。それと共に、家計簿をきちんとつけて、資産運用を担当することだ。所得収入の20%を天引きして、それを貯金して運用していく。資産運用で得た収入は、絶対に生活費に回さない。すべて再投資していき、資産を雪達磨式に増加させていくのだ。家計というのは、資産が多ければ多いほど、家計の運営は非常に楽になるのだ。資産がないのに、所得だけを増やして行っても、家計は苦しいままなのだ。

 兼業主婦であっても、専業主婦であっても、家計簿をつけない限り、いくら収入があっても、生活費も育児費用も足りなくなってしまうのだ。育児費用が足りないと騒いでいる母親たちは、必ずといっていいほど、家計簿をつけていないのだ。母親は家計簿をつけていれば、家族内のお金の流れが解るので、必要な育児費用は必ず確保できるようになるのだ。

 特に兼業主婦の場合、いくら自分が働いてお金を稼ぎ出しても、家計簿をつけていないと、夫婦で充分な所得がある筈なのに、お金が足りなくなってしまうという状態になってしまうのだ。言わば、企業における黒字倒産が、夫婦の間でも起こってしまうのだ。仕事をし、家事をし、育児をした後で、家計簿をつけるのは大変だろうが、家計簿をつけて、自分たち夫婦のお金の流れをきちんと掴んでおこう。

●育児にかけなければならない歳月は、たかだが十数年である

 育児をエンドレスで考えるのではなく、終わりから逆算して考えることだ。人間が成長しきるのは19歳までなので、高校卒業までは責任を持って育てることだ。しかも、母親としてもっとも重要な期間は、その半分にも満たないのだ。赤ちゃんが本当に母親を必要とするのは、せいぜい3歳までで、小学生になれば、学校生活が重要になっていき、中学生になれば反抗期が始まって、親離れしていくのだ。高校生の時はもはや母親の存在をほとんど必要としなくなるのだ。

 育児をする期間というのは、長いようで、実は短いのだ。母親が育児にかけなければならない歳月は、たかだか十数年なのである。その僅かな歳月を、仕事に費やしてしまい、育児の楽しみを僅かな給料に変えてしまうべきではないのだ。育児をするなら、まずは育児を最優先にしていれば、お金はいくらでもついてくるものなのだ。お金を最優先にしてしまえば、育児の楽しみなどなくなってしまう筈だ。育児は誰がどうやろうが、お金がかかるものなのだから、そんなにお金が欲しければ、赤ちゃんを産まなければ良かったのだ。

 国民の精神が腐敗し、社会も行き詰まってくれば、人々は拝金主義的になってしまい、女性たちが結婚もせず、赤ちゃんを産まずに、「贅沢三昧」「淫乱三昧」をするようになるのだ。そのくせ政府に社会保障を要求して、税金を高くしていってしまうのだ。これでは国力は衰退し、国民は益々貧しくなっていき、少子化は国民を滅亡するまでの危険性を発してくるのだ。

 政府が少子化の問題を解決したいのであるならば、「法の支配を確立して、私有財産制度と家族制度を守る」「国民租税負担率を10%以下にして、国民を豊かにさせる」「政府を小さくし、公務員を少なくさせる」「社会主義者やフェミニストたちを教育関係の仕事に就職させない」「結婚し子供のいる夫婦を優遇して、給料が高くなる措置を取らせる」、この5つの政策を実行すれば、立ちどころに少子化の問題を解消させることができることだろう。

 赤ちゃんがいるのであるならば、子供がいるのであるなら、「社会福祉の充実」を訴えてくる政治家に「NO!]を突き付けるべきなのである。いくら社会保障を充実させても、その費用はすべて国民の税金から賄われるのである。しかも、社会保障を整備した所で、行政が行うサービスは物凄く悪いし、政治家も官僚も社会保障を利用して汚職を繰り返すだけなのである。国民が必要な保険や共済は民間に任してしまった方が、巧いサービスを国民に提供することができるのである。社会保障というのは、誰がどうやったとしても、実際に育児をしている夫婦たちから育児費用が不足してしまうほどの重税をかけることでしか維持できないものなのである。

 我が子が赤ちゃんの時にきちんと育児をしていないと、育児の喜びを味わうことなく過ぎ去っていってしまうし、子供は子供で反抗期になって凄まじい反抗を企ててくる、それこそ反抗期に犯行を仕出かすようになるのだ。育児というのは、若い時にしかできないのだ。育児ができる期間というのは、実は時間制限があるのだ。

 だからこそ、育児をしている時は、育児エネルギーを集中させて育児をしていくべきなのである。それと共に、「社会福祉の充実」を掲げて、実際に育児をしている夫婦の経済状況を悪化させようと企む政治家たちを選挙で落選させるべきなのだ。夫婦が妊娠することに政府が介入できないように、育児も政府が介入できるものではないのだ。もしも、政府がその禁制を破れば、実際に育児をしている夫婦たちの家計を破壊することにしかならないのだ。

 育児をしていれば、お金が必要となってくる。だからといって、育児をそっちのけで働いてしまったり、政府の介入などを呼び込むような「悪魔の誘惑」に乗らないことだ。そういう母親たちは、育児を真剣に行っていないだけなのだ。赤ちゃんを産んだのに、赤ちゃんの真正面から向き合うことをしていないのだ。育児エネルギーを集中させて、育児を行っていけば、育児の楽しさが解ってきて、その楽しさが更なる幸せと豊かさを呼び込むものなのである。だからこそ、昔の人々は、赤ちゃんを「子宝」といったのである。

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育児の第一法則「母性愛増大による圧倒的優位」

●育児の最重要ポイントは「母性愛の増大」にある

 育児には法則がある。育児を自分勝手に進めていては、自分のエネルギーを凄まじいまでに浪費して、疲労困憊になってしまう。育児を自分勝手に行うのではなく、その育児の背後にある法則を見つけだし、その法則に忠実になるからこそ、新米ママであったとしても、育児を巧く行え、育児を成功へと持って行くことができるようになるのだ。

 育児の第一法則、それは「母性愛増大による圧倒的優位」である。育児の最重要ポイントは、母性愛の増大にこそあるのだ。生まれたての赤ちゃんがもっとも欲しいのは、母親からの母性愛であって、母親がこの母性愛をちゃんと出せれば、基本的に育児は巧く行き出すのだ。

 育児とは、育児テクニックで行うものではないのだ。母親に母性愛がちゃんと出て来れば、必要な育児テクニックは揃ってくるものなのだ。赤ちゃんを産んだら、育児の要領の良さを求めて、育児テクニックに走るな。育児テクニックに走れば、絶対に母親が潰れてしまうのだ。育児は当面の間、要領よくいくわけがないのだ。最初は試行錯誤の連続なのだ。

 育児でもっとも危険なのは、母親が自分の母性愛少なさゆえに、他の母親たちと競争をしてしまうことだ。母親が赤ちゃんと競争したり、母親が他の母親たちと競争してしまい、赤ちゃんに母性愛を注ごうとしないのだ。育児で競争をしようとするな。競争を恐れよ。育児に競争など必要ないのだ。母親が母性愛を注がなければ、自分の子供たちに心の闇を作り出してしまうことになるのだ。母親から母性愛を貰っていないがゆえに、歪に成長してしまったからだ。

 育児に必要な愛はたくさんある。その中でも母性愛こそがもっとも重要であって、この母性愛を母親が増大させていけば、圧倒的優位に立つことができるのだ。母性愛の多い母親は、育児に必要なテクニックを揃えることができ、育児が巧く行き出すのだ。母性愛の多い母親は、他の母親たちの存在に惑わされることなく、自分の赤ちゃんの成長をマイペースで行っていくことができるのだ。

 母性愛の増大こそは、育児の要であって、この重要性が解らない人や否定してくる人は、育児をやったことのない人か、平等イデオロギーを以て平等化された人間を作り出そうとしている人か、2つに1つである。育児にまともに取り組んでいれば、母親が出す母性愛こそが育児でもっとも重要であるということは解る筈である。

●家庭内の愛の流れ方

 女性が赤ちゃんを産んだからといって、母性愛が出て来るわけではないのだ。母性愛は、まずは女性が母親になってくれない限り、母性愛など出て来ないのだ。母性愛をちゃんと出したければ、家庭内でその女性が母親としての地位を獲得し、自分もそれを受け入れなければ、母性愛を出し続けることはできないのだ。

 家庭内の愛の流れは、父親から母親へ、母親から子供たちへという流れになる。家族というのは、表面的には父親を家長にして、その下に母親、その下に子供たちという形を取る。その表面的な秩序が成立していれば、家庭内では母親を中心に母親は父親に夫婦愛を注ぎ、子供たちには母性愛を注ごうするのだ。

 それゆえ、まずは夫が父親に成長して、家族を外敵から守り、家族の間違ったことを糺すという「父性厳」を発揮して、家族の秩序を作り出していく。そして妻には夫婦愛を注ぎ、子供たちには父性愛を注ぐ。次に妻が母親に成長して、家族の内部を充実させていき、家庭内が愛と喜びに満たされるように、夫には夫婦愛を注いで、子供たちには母性愛を注ぐのだ。両親がこのような行動を取ってくれると、子供たちは両親から充分な愛情を貰え、善悪が解る人格を持った子供たちに成長していくことができるのだ。

 夫婦共々より多くの愛を出していこうするなら、「夫婦共通の夢」が絶対に必要である。自分たち夫婦の将来の夢が明確になっていれば、夫婦は手を取り合って協力するようになり、夢に向かって走り出すことで前進していき、その過程でより多くの愛を出せるようになるからだ。

 この「愛」「厳しさ」「夢」の三つが揃わないと、夫は父親にならないし、妻は母親になれないし、子供たちは愛の不足でまともに成長しなくなるのだ。この「愛」「厳しさ」「夢」を育児をしながら揃えていくのではなく、出産した段階で揃えておかなければならないのだ。出産前に夫婦がきちんと夫婦らしくなっていれば、スムーズに家族を形成しだすのだ。

●父親を立てると育児が巧く行き始める

 育児を巧く行いたいなら、夫を立てるべきなのである。夫を立て、夫が父親らしくなってくれれば、妻は楽な形で母親になることができ、自分の心の中から母性愛を出して行くことが可能になるのである。育児を巧く行いたい母親は、赤ちゃんばかりに注目してしまいがちだ。しかし、実際は赤ちゃんにではなく、夫に注目すべきなのである。夫こそが育児の成功の鍵を握っているのだ。

 夫婦に夫婦愛がきちんと成立していれば、自然と母性愛は出て来るのだ。妻は自分の夫から愛されていないと、我が子を愛情持って育てようとしなくなるのだ。妻は「自分は夫から愛されている」と思うからこそ、我が子を愛情持って育てようと仕出すのだ。妻は夫から愛されていないと解ると、心の中で怒りの炎が燃え上がって来てしまい、その怒りの炎が愛を消し去ってしまうのだ。愛と怒りは絶対に両立できないのだ。どちらかを立てれば、どちらかが倒れるしかないのだ。

 夫婦は四六時中一緒にいるわけではないのだ。同居していても、夫が仕事をしていれば、夫婦が一緒にいる時間は朝と夜しかないのだ。増してや、夫に出張が多かったり、単身赴任であったら、夫婦が一緒にいる時間が激減していく。しかし、夫婦愛は夫が妻を愛し、妻が夫を愛していれば、必ず伝わってくるものなのだ。時間ではないのだ。愛の量ではないのだ。夫婦双方がきちんと愛を出し、それをきちんと受け止めることこそが大事なのだ。

 そして、妻が夫を立てると、母性愛が巧く流れ出していくのだ。母性愛は家庭内で秩序が形成されていればこそ、コンスタントに出て来るものなので、平等を唱えると、母性愛が流れ出なくなってしまうのだ。男女平等を家庭内に入りこませてしまうと、夫婦は憎しみ合い、母親は子供たちに愛情を注げなくなってしまうのだ。赤ちゃんを産めば我が子を愛するのが当たり前なのに、平等イデオロギーに洗脳されてしまったばっかりに、我が子を愛せなくなってしまうのだ。

 だからこそ、夫婦は精神的に独立していることが絶対に大切なのである。自分たちの成長過程で、従属から自立していき、自立したら結婚することで独立していき、平等を拒否するべきなのである。人間は精神的に自立していなければ、いくらでも平等イデオロギーに洗脳されてしまい、この世の不平等や格差を憎み続けるだけの人間になってしまうのだ。

 母性愛は家族内で不平等が成立していなければ出せないものなのである。母性愛はどの女性も出せるものではなく、原則として結婚して子供のいる母親にしか、まともな形で出せない愛なのである。言わば、女性同士でも格差がある愛なのである。「不平等は怪しからん」「格差があることはいけないことだ」と主張しているようであるなら、その女性の心の中からまともな母性愛など出て来はしないのだ。この世は不平等であり、必ず格差が存在している事実を受け入れるからこそ、まともな母性愛が流れ出してくるのである。

●否定するのではなく、肯定してあげること

 母性愛は絶対肯定の愛だから、赤ちゃんが生きていることを肯定してあげればいいのだ。自分の赤ちゃんがこの世に存在してくれていることが嬉しいのだから、その喜びを表現していけばいいのだ。赤ちゃんは母親が肯定してくれれば、その通りに育つし、母親が否定してくれば、その通りに育ってしまうのだ。

 最初の頃は、母性愛を巧く出せないから、赤ちゃんの行動を否定的に取ってしまいがちだ。「どうしてオッパイを飲んでくれないの!?」「どうしてウンチをしまくるの!?」「どうして夜泣きをするの!?」と、とにかく赤ちゃんの行動を否定してしまうのだ。自分の赤ちゃんを絶対肯定できなければ、いくらでも赤ちゃんの行動を否定してしまうのだ。

 そういう時は、言葉遣いの基本を、「駄目だ」ではなく、「凄い!」に変えることだ。「オッパイを飲んでくえてる。凄い!」「ウンチをしてくれた。凄い!」「夜泣きをしてくれた。凄い!」と変えていくことだ。赤ちゃんは必要があるからやっているのであって、まずはそれを肯定してあげるのだ。肯定してしまえば、赤ちゃんの行動は苦痛にはならないのだ。

 これができれば、赤ちゃんがハイハイをできた時、「ハイハイができて凄い!」になるし、赤ちゃんが初めて言葉を発した時、「初めて喋れるようになって凄い!」になっていくのだ。赤ちゃんの行動を肯定できるからこそ、赤ちゃんはすくすくと成長していってくれて、母親にたくさんの喜びをプレゼントしてくれるのだ。赤ちゃんの行動を否定し続けていれば、その喜びを味わえなくなってしまうだけなのだ。

 だからこそ、我が子がこの世に存在していることこそが凄いことだと思うことが大切なのである。母性愛がないと、どうしても育児マニュアル本や育児雑誌に頼ってしまいがちだ。それらを参考して頼ってしまえば、育児が破綻していくのは、火を見るよりも明らかなのだ。我が子の凄さに気づけなくなってしまうからだ。

●自己中心から神中心に変えていくこと

 人間は自己中心的に生きようとすると、不幸の連続になっていってしまうのだ。なぜなら、自分は成長してので、昔の自分に拘っていると、自分がいつまで経っても成長できなくなってしまうのだ。いつまでの立ち止まっているのではなく、偽りの自分を捨て、本当の自分に目覚め、そして新たな1歩を踏み出していくことだ。

 自己中心を捨てて、神中心に変えていくことだ。いくら自分が赤ちゃんを産んだからといって、赤ちゃんを自分の所有物だと思わないことだ。この赤ちゃんは神様からの授かり物だと思うことだ。そして、神様から自分に与えられた仕事をこなしていくことだ。自分の存在よりも、この世の至高の存在者を中心に考えていくと、自分がやるべきことが、きちんと解ってくるのだ。

 育児を成功したければ、「素直に」「謙虚に」「奉仕させていただく気持ち」で行うことだ。育児の巧い母親たちは、どれもみな素直である。赤ちゃんが泣いたら、すぐに母乳を与える。赤ちゃんがウンチをしたら、すぐにオムツを交換する。誰かに仕家事や事を頼まれたら、すぐに取りかかって片づけてしまう。素直だから、育児も家事も仕事も、すべてが巧く行き出すのだ。

 育児の巧い母親たちに限って、謙虚である。母親として学ばねばならぬことが、たくさんあるので、身を低くして、教えを乞うのだ。自分が傲慢になってしまえば、この世でもっとも優れた人が教えを説いたとしても、自分の耳には入ってこないのだ。謙虚になれば、自分に必要な教えが、自然と耳に入ってくるのだ。

 自分が育児をしているのではなく、赤ちゃんに奉仕させていだく。自分が家事をやっているのではなく、家事を通して、家族に奉仕さていただく。自分が仕事をやっているのではなく、仕事を通して、世のため、人のため、お国のために奉仕している。こういう気持ちになれば、一流の育児や一流の家事や一流の仕事ができるようになるのだ。

 そして、これらのことができたなら、何事をやるにしても「スピードをあげる」ことだ。チンタラやっていたら、何事も失敗してしまうのだ。「後でやる」のではなく、「今すぐ行う」ことだ。育児も家事も仕事もスピードを上げて行うと、スムーズに行え、成果を最大にしていくことができるようになるのだ。

 育児が大変だと言っている母親たちは、すべての物事を自分一人で抱え込んでいるから、育児が苦痛になってしまうのだ。自己中心で生きるのではなく、神中心に生き方を変えることだ。神中心だと、自分が人生の重荷を背負うことがなくなり、自分のポジションが解ってきて、自分がやるべきことが解ってくるのだ。育児を開始した母親が今やらなければならないことは、自分の赤ちゃんに母性愛を注いでいなかなければならないということなのだ。この母性愛は増大させていこうすれば、いくらでも母性愛は出て来るものなのだ。出し惜しみなどせず、自分の心の中から母性愛を出していけばいいのだ。母性愛を出せば出すほど、赤ちゃんはすくすくと育っていけることになるのだ。

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第八章 育児

母親になるということは、娘の頃の気持ちを忘れてしまうということである

●結婚前の記憶を忘れてしまうからこそ、育児が巧く行き出す

 人間の記憶の仕方には、或る一定の重大な法則がある。それは、昔の記憶を捨て去れば、今の自分に必要な新しい情報がいくらでも入ってくるということである。育児においてもこの法則は作動してくるのであって、結婚前の記憶を忘れてしまうからこそ、育児は巧く行き出すのだ。母親になるということは、娘の頃の気持ちを忘れてしまうということなのである。

 育児で成功している母親たちは、長年の努力をし続けて母親になっていったのではないのである。早い段階から、中には最初の段階から、既に母親になっていたのである。勿論、出産しても、体がすぐには母親として活動できるのではない。しかし、既に自分の精神が「母親モード」になり。母親としての考え方ができてしまうのである。

 これに対して、育児でトラブルを起こし続け、不要な失敗を繰り返し、中には育児だけでなく、夫婦関係まで悪化させてしまう母親たちは、出産して母性ホルモンが出ているのに、自分の考え方が母親モードになっていないのだ。いつまでも自分を母親と規定するのではなく、単なる女性として規定してきてしまうのだ。はっきりと言わしてもらえば、未婚女性の精神状態では、育児をすることはできないのだ。

 母親の精神状態になっているからこそ、ちゃんと育児ができるのである。ところが、育児には非常に間違った意見が出回っているのだ。例えば、「子育ては母親育て」だというふうに。確かに母親の仕事をしていけば、育児は上達はする。しかし、その上達したものは、育児のテクニックがメインであって、母親の精神ではないのだ。母親が努力することによって徐々に母親になっていくのではないのだ。スタートの時点で既に母親になっているからこそ、育児の巧い母親になれるのである。

 この世には不妊症や不育症といった病気がある。不妊症でも不育症でも、体が健康でちゃんと赤ちゃんを妊娠し出産できる筈なのに、不妊症や不育症を発症してしまう女性たちがいるのだ。なぜ不妊症や不育症を患うかといえば、自分が母親になれる精神状態になっていないからこそ、不妊症や不育症を患ってしまうのだ。

●育児の巧い母親になるべきであって、物解りのいい母親になってはならない

 人間はすべてのものを詰め込んで、成長していくわけではない。それまでのものを捨て去っていくからこそ、成長していくことができるのである。小学生になったら、幼稚園児の頃の記憶は忘れていってしまうのである。中学生になったら、小学生の頃の思い出は忘れていってしまうのである。大学生になったら、高校生の頃の経験を忘れていってしまうのである。そうやって忘却していくからこそ、人間は成長できるのである。

 もしも、出産して赤ちゃんが生まれていたというのに、結婚前の記憶を大量に維持していたら、真正面から育児に取り組むことはできないことだろう。結婚以前の記憶を忘れてくれるからこそ、育児で学ばねばならない情報が頭の中に入ってきて、育児をきちんと行うことができるのである。

 女性にはいつまでも若く美しい姿でいたいという願望が備わっている。しかし、自分の肉体的な若さ美しさを維持するのは良いことかもしれないが、自分の精神がいつまでも未熟で成熟しないというのでは、その女性はどこかに重大な精神的な欠陥のある女性なのである。人間の精神は物事を経験していけば、いくらでも成長していくものなのである。その成長を止めてしまったら、不幸が連発してきてしまうのだ。

 例えば、「友達感覚の親子関係」といったりする母親たちは、母親としてなんら成長していない女性たちなのだ。そういう母親は母親になっていないし、精神的に自立してすらいないのだ。親子は決して友達同士ではない。子供は母親が産まぬ限り存在できない生命体である。親子とは基本的には上下関係なのである。母親は子供に対等に接するけど、親子というのは、基本的に上下関係なのである。

 自分の子供たちに対して物解りのいい母親になってはならないのだ。自分が母親になるということは、自分が子供の頃に何を考えていたかを奇麗さっぱりに忘れているということなのだ。そんな母親が子供たちの気持ちを解るわけがないのだ。母親は育児の巧い母親になるべきであって、子供たちの気持ちをすべて解るような不気味な母親になってはならないのだ。

●思い残しているものがあるからこそ、前に進めない

 赤ちゃんを産んだのに、精神的に母親になることができない女性たちは、当然に精神的に独立していないし、下手をすれば精神的に自立していないことすら有り得るのだ。この結婚したのに精神的に自立していない女性たちがいるからこそ、精神的に自立できず結婚を拒否せざるを得ない女性たちのためのイデオロギーであるフェミニズムを、既婚女性たちが熱心に支持してしまうという奇態な状況が出て来てしまうのだ。

 母親になったのに母親になれない既婚女性や、結婚したのに精神的に独立できていない既婚女性は、重大な何かを思い残しているからこそ、自分の人生が前に進めないのである。自分の精神の成長を止めてしまったり、自分の精神レベルを下げることによって、その自分の異常さを隠そうとしているのである。では、その彼女たちの異常さは一体なんのか?

①両親からの「父性愛」や「母性愛」の不足

 それは両親からの「父性愛」や「母性愛」の不足だ。母性愛は絶対肯定の愛だから、自分が子供の頃に母親からこの母性愛をきちんと貰っておかないと、成長していく自分を肯定できなくなってしまうのだ。父性愛は絶対価値の愛だから、自分が子供の頃に父親からこの父性愛をきちんと貰っておかないと、成長していく過程で、一体何が自分にとって本当に価値あるものなのかの判断ができなくなってしまうのだ。自分が赤ちゃんを産んだら、精神的に母親として成長しなければならないという価値判断ができなくなってしまうのだ。

②親友と友情を構築できなかった

 女性にとって親友は中学生か高校生の頃にできる。この親友ときちんと友情を構築できないと、それが心残りとなって、自分の精神が成長してくれないのだ。女性にとって親友という存在は、女性同士できちんとした友情を築き上げる能力が決定的になる契機になるのだ。10代で親友がいない女性や、親友ときちんとした友情が構築できないと、その後の人生で女性同士でまともな友情を築けないことになってしまうのだ。

③恋愛の不完全燃焼

 女性の身に生まれれば、一度は身を焦がすような恋愛をしてみたいものだ。しかし、この恋愛を結婚前に真剣に取り組まず、セックスに溺れてしまうと、恋愛は完全に不完全燃焼になってしまう。そのため、恋愛が完全燃焼していないのに結婚してしまうと、結婚しいぇいるのに恋愛に恋い焦がれるという奇妙な現象を起こしてしまうのだ。早すぎる性体験が、「永遠の恋愛ヴァージン」を産んでしまうのだ。

④結婚前に一人前の仕事ができなかった

 女性が大学に進学して大学を卒業したなら、結婚前にきちんと仕事を行い、取り敢えずは一人前の仕事ができるようになるまで結婚すべきではない。しかし、就職して、20代という大事な時期をクラブや合コンなどで遊びほうけてしまうと、30歳になっても一人前の仕事ができないので、どうしても心残りが生じてしまうのだ。結婚して仕事をしたいと悶々としている既婚女性は、仕事を一人前にこなす能力がないし、自分が納得いく仕事をしたことすらないのだ。

⑤祝福されない結婚をしてしまった

 女性にとって結婚は自分の運命を左右してしまう人生の最大の転換期である。この結婚をなんらかの問題で祝福されない結婚にしてしまうと、この結婚は前途多難になってしまう。夫婦どちらかの両親の承諾を得ないまま結婚してしまうと、妻の方はそれが心残りとなって、赤ちゃんを出産したのに、母親としての自信を持てなくなってしまうのだ。結婚は男女個人の意志でするものだと思い込んでいると、結婚で大失敗をしでかしてしまうのだ。結婚には家系と家系が結び付き合うということも含まれているのだ。

●自分流より理想の母親像を持つこと

 自分のままでは、ママにはなれないのだ。それまでの自分を捨て去るからこそ、まともな母親になっていくことができるのである。古い自分ままでは、まともな母親になることはできないし、まともな育児もできないのだ。出産すれば確かに母性本能が宿るし、母性愛だって出て来ることだろう。しかし、母性本能や母性愛だけでは育児は巧くいかないのだ。

 精神的に独立できていない既婚女性ほど、育児で自分流を貫いてしまいがちだ。しかし、育児で自分流を貫いてしまえば、育児は困難の連続になってしまうのだ。先人たちの知恵を何も用いないからだ。先輩ママたちが獲得していった育児テクニックを何も用いないからだ。

 育児でもっとも大事なことは、自分流を貫くより、「理想の母親像」を持つことだ。自分が将来、このような母親になりたいということが解っていれば、そのような母親になっていくし、育児も猛スピードで巧くなっていくのだ。自分が将来、どのような母親になりたいのか明確にしていないと、育児は失敗の連続になってしまうのだ。

 「自然的マタニティーライフ」では、妊娠や出産や育児について、まず最初に「将来の明確なビジョン」が重要であると説いてきた。自然的マタニティーライフでは具体的なテクニックよりも、この「将来の明確なビジョン」こそが最重要なものなのだ。それさえあれば、既婚女性たちはそのビジョンを遅かれ早かれ実現できてしまうからだ

 母親になる自分にとって、理想の母親像は、「自分の母親」なのである。まずは自分の母親を手本してしまうことだ。反抗期をいい加減に終えて、自分の母親を自分の理想として受け入れることだ。そして、他に幸せに暮らしている他人の奥さんを参考にして、自分の頭の中で「理想の母親像」を構築していけばいいのだ。

●母親になれば、娘の気持ちは解らなくても、母親の心は解るもの

 母親と子供たちはいくら対等の立場に立っても、解りあえないものである。なぜなら、母親の精神レベルが子供たちの精神レベルより高いからなのである。子供たちは自分の母親を自分と同じレベルにしようとするのではなく、自分たちも早く成長して、自分の母親の精神レベルに到達していけばいいのである。

 親子の間には絶対に解消されることのない矛盾が存在するのだ。その親子の矛盾は延々と繰り返されるからこそ、民族は生命を産み出し、次の命を育むことができるのである。これは生命体の宿命なのである。人間を始めとする有りと有らゆる生命体は、決して平等にはなってくれないのである。不平等だからこそ、すべての生命は生存を維持できるのである。

 母親になれば、娘の気持ちは解らなくても、母親の心は解るものなのだ。自分が手探りで赤ちゃんを育てていけば、自分の母親の苦楽も解ってくるし、「うちの母親は、こういう気持でこういうことを言っていたのか!」と気づく時が必ずやってくるのだ。そうやって新米ママたちは成長していくのである。

 自分の母親の母としての気持ちが解ったということは、自分が母親として最低ラインをクリアしたということなのである。自分の頭の中で、母親としての精神状態が出来上がったからこそ、自分の母親の気持ちが解り始めたのである。この偉大なる変化は、育児を始めて数十年後に起こるのではないのだ。育児を始めて早い段階に訪れてくるのである。

 赤ちゃんを産んだのに、自分の精神が母親になっていないと、育児でトラブルを連発させるだけでなく、我が子を他の赤ちゃんたちと競争させてしまうような母親になってしまうのだ。母乳を早い段階でやめさせ、オシャブリを早い段階でやめさせ、オムツを早い段階でやめさせ、我が子を早くに自立させようとしてしまうのである。赤ちゃんは母親に従属し、母性愛を貰おうとしているのに、自分が精神的に自立していないために、自分の赤ちゃんに母性愛をあげることなく、競争に晒してしまうようになってしまうのだ。

 育児は他人と競争するものではないのである。達成よりも充実なのである。母親が育児に充実していれば、赤ちゃんはスクスクと育っていくのである。他の赤ちゃんと競争する必要性などどこにもないのである。母親がちゃんと母親になってくれて、母性愛をきちんと出せれば、赤ちゃんは安心して順調に成長していくのである。大事なことは、自分が母親となって、母親としてやるべきことをきちんとやって、日々の生活を充実させることなのである。

heart01heart01heart01heart01 タマティーからのお知らせ heart01heart01heart01heart01

 今回より、「育児」のシリーズ」が始まりますので、ココログの「育児のカテゴリー」を追加投入します。育児のカテゴリーにエントリーしているブロガーの皆さん、宜しくお願いいたします!happy01

 このブログの内容は非常にヘビーなものになっていますので、取扱いには充分注意してください。自然的マタニティーライフ」の立場から、「本当の育児はこうやるんだよ」ということを紹介していきます。

 このブログは、今まで通り、「不妊治療のカテゴリー」でもエントリーし続けますが、不妊症の女性たちの皆さんは、育児となると今現在では関係ないことなのですが、「育児ってのはこうすればいいんだよ」ということが解っていれば、自分が出産して育児を始めた時に非常に楽になると思います。

 大事なのは、自分たち夫婦に赤ちゃんがいる「イメージ」であって、不妊治療に埋没してしまうことではないんです。自分の頭の中に幸せなイメージが出来てしまえば、そのイメージは必ず現実化します。幸せを創り出したいなら、不幸の原因を探し出すのではなく、未来における自分の幸せな姿を想像してしまうことです!

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出産祝福パーティー ~夫は妻の苦労をねぎらい、出産の記憶を「最高の快感」にしてしまおう!~

●助産院の最後の夜の出産祝福パーティー

 無事に赤ちゃんを出産して、助産院での宿泊が最後となった夜に、是非ともやってほしいのが、「出産祝福パーティー」だ。母子ともに健康で出産を終えることをできたことを、神に感謝し、その最大の功労者である新米ママを賞賛してあげるのだ。無事に出産できるのを当たり前だと思ってはならない。出産は死の危険性が伴う行為なのだ。その出産を無事に出産できたのなら、祝福してあげるのが当然なのだ。

 出産祝福パーティーはささやかなものでいいのだ。なぜなら、出席者は無事に出産を終えた夫婦と、助産婦と、夫婦の親族ぐらいだからだ。無理に豪華に行うのではなく、無事に出産できたこと、心から祝ってあげられることのできる人々を集め、新米ママを祝福してあげればいいのだ。大事なのは、「気持ち」なのだ。

 但し、ケーキは、白砂糖のケーキではなく、黒砂糖か蜂蜜でケーキを作ることだ。白砂糖のケーキを食べると、立ち所に母乳の出が悪くなってしまうからだ。お酒は可能な限り控えた方がいい、もしも飲むなら「シャンパン」がいい。母乳のことを考えるとグラス1杯どまりにしておいた方がいい。

 助産院も、こういうパーティーを事前にオプションとして組み込んでおいてほしいものだ。そうすれば出産は楽しくなるし、その夫婦は確実にリピーターになるし、その噂を聞きつけて助産院で出産したいという夫婦たちが増えて来ることだろう。ただ、出産だけすればいいという考えでは、先細りになってしまうだけだろう。出産は楽しいからこそ行うものなのである。

 もしも、助産院が狭くて、パーティーを助産院でできなかったら、自宅で行うべきだろう。夫はとにもかくにも妻の働きをねぎらってあげることは絶対に重要である。出産に立ち会えば、妻がどんなに苦労して出産したかが解ることであろう。だったらそれを当たり前の物として受け止めず、その苦労をねぎらい、妻を褒めてあげることだ。

●出産の記憶を「最高の快感」にしてしまう

 人間には自分の限界を超えた働きをした場合、褒美を貰えなくても、その働きの苦労を解ってほしいという願望があるのだ。この願望を満たしてあげないと、人間は凄まじい不満を抱いてしまうのだ。それゆえ、出産した妻に対して、その出産の苦労をねぎらってあげると、妻の不満が一瞬にして解消され、出産の記憶が「最高の快感」になってしまうのだ。

 妻の脳の中で、出産は大変だったけど、出産は「最高の快感だった」と、脳が思い込んでしまえば、その後、妻の口から出産の苦労話を延々と聞かされることはなくなるのだ。妻の出産の苦労話は夫にだけ言っているのではなく、子供たちにも延々と言っているのだ。妻は自分の苦労を他人に理解してもらえなかったばっかりに、凄まじい不満を抱き続けてしまうのだ。

 だから出産祝福パーティーを行って、妻の出産の記憶を最高の快感にしてしまうと、育児も最高の快感の連続になってしまうのだ。妻の脳の中では、「出産は大変だったけど、出産して夫も喜んでくれたし、出産は最高の快感だった。だから、育児も大変だけど、夫に喜んで貰える可能性があるので、再び出産をしても今回と同じく最高の快感になるだろう」と、思うようになってしまうのだ。

 出産してから、夫婦の関係に亀裂が入ったり、どうも夫婦関係がギクシャクしてしまうとうのであるならば、それは夫が妻の苦労をねぎらっていないからなのだ。出産したら、高価なプレゼントをするよりも、ただ自分の苦労をねぎらってほしいのだ。それをしてくれないと、妻の脳の中では出産は大変なものという記憶だけが残り、妻は心の中で凄まじい不満を抱いてしまい、その不満が育児にだけでなく、夫婦関係にまで悪影響を及ぼしてくるのだ。

 特に初産の場合、出産が初めてということで、夫婦双方が妊娠や出産のことで色々なことを知っておかなければならないために、頭の中がパンパンになっていて、ついつい人間の感情面を蔑ろにしてしまいがちなのだ。人間の脳の中に知識を過剰に詰め込むと、「それができて当然だろ」という冷酷な対応の仕方を取ってしまうものなのだ。偏差値の高い大学を卒業した男性は、ついついこの対応の仕方を取ってしまうから要注意なのだ。その対応の仕方で、その後の夫婦関係が決定的に最悪な形で決まってしまうからだ。

●出産祝福パーティーを準備するのは、夫の仕事

 原則として、出産祝福パーティーを準備するのは、夫の仕事だ。出産に立ち会えば解ると思うだろうが、夫は出産では大した働きをなしていないのだ。夫にとって大した働きは、妻を妊娠させることと、働いて出産費用を稼いでくることなのだ。だが、妻の方が出産で頭の中が一杯になっており、その子種は夫のものであり、出産費用は夫が負担したということをほとんど忘れているのだ。特に出産費用に関しては完全に忘れているのだ。

 下手をすると、出産時に何もしなかったということで、妻の八当たりに合うことだってあるのだ。だから、妻の前で働く姿を見せ、出産祝福パーティーを準備し、妻の脳の中に出産時でも夫は妻のために働いたということを記憶づけてしまおう。肩肘を張らなくても、初めての出産の喜びを、自分なりに表現していけばいいのだ。

 出産祝福パーティーで、妻の出産の苦労に報いてあげよう。大事なことは、その気持ちを伝えることであって、その気持ちが伝わってくるだけで妻は嬉しい楽しくなるし、感動になるのだ。できれば、夫は自分の思いを綴った手紙を書き上げ、それを妻の前で読み上げることだ。こういうことをされて嫌になる女性はいないだろう。恐らく妻は感動の涙を流してくることだろう。

 いくら出産で手柄をあげたからといって、お金を渡したり、宝石などのプレゼントを渡すべきではない。この出産の祝福はそういう類のものではなく、精神的なものなのだ。欲望を満たすのではなく、充足感を満たしてあげるべきものなのだ。自分がいつも欲望だけで生きているような男性は、こういう精神的な充足感の大切さが解っていないので、自分も精神的に成長して、この喜びを共有できるような男性になることだ。

 出産祝福パーティーは、妻のために行われるのであるが、この場を借りて、助産婦さんにもその働きをねぎらっておこう。母子ともに無事に出産できたことを当たり前だと思ってはならない。病院で出産すれば、遥かに悲惨な出産の仕方を強いられるし、自分が産んだ赤ちゃんが保育器送りになってしまうことだってあるのだ。今ここに母子ともに健康でいられることに感謝し、母子ともに健康で出産させてくれた助産婦さんに感謝を述べておくのは、人間として当然の倫理的行為である。

●初めての帰宅

 助産院で最後の夜を過ごせば、やっと自宅に帰宅することができる。助産院から帰宅する時は、正装で帰宅した方がいい。赤ちゃんには初めての帰宅になるので、最初の時にビシッとしないと、後はダラダラとした子育てになってしまうからだ。できれば、夫婦揃って正装して、自宅の前で写真を撮って記念を残しておこう。

 赤ちゃんにとっては、「お帰りなさい、そして初めまして」なのだ。赤ちゃんはこの家で育児を受け、親離れするまで両親と一緒に暮らすことになるのだ。妻は赤ちゃんを抱いて家の各部屋を回って、赤ちゃんに家の臭いを嗅がしておこう。こうすると、赤ちゃんの免疫力は鍛えられ、アレルギー反応が起こりにくなるのだ。特に家の中でもっとも臭い便所に連れていき、その便所の臭いを嗅がしておくことだ。そうすると、赤ちゃんは健康に育つ可能性が高くなるのだ。

 助産院から帰宅して、自宅の中が掃除されていないことに気づいても、決して怒らないことだ。男というのは、そういうものなのだ。仕事場を掃除することはできても、自宅を掃除することが不得手なのだ。助産院から帰宅しても、すぐに休んでしまうのではなく、家事をテキパキとこなしてしまうことだ。

 ひと段落ついたら、将来のために、赤ちゃんに「メッセージビデオ」を作っておこう。初めて我が子を連れて帰宅した時、お父さんとお母さんはどのような気持であったかを、言葉に出して残しておくのだ。子供も反抗期が始まると、自分は一人で生まれてきたものだと勘違い仕出すので、親に反抗してきたら、このメッセージビデオを見せてやり、その勘違いを徹底的に破壊することだ。

 人間は幸せな記憶よりも、不幸の記憶を多く残してしまうものなのだ。だから両親に愛情を以て育てられても、些細な不幸を自分の脳内で大きくしてしまい、自分を不幸だと思い込んでしまうのだ。だから、幸せな記憶をより多く残しておき、不幸の記憶を払拭していくべきなのだ。そうやって、子供たちの脳の中で幸せな記憶を多くしていくと、将来、その子たちは「自分も両親のように幸せな結婚をして、子供を産み育てていきたい!」と思うようになるのだ。こうして、幸せは両親から子供たちへと受け継がれ、幸せは更なる幸せを呼んで、益々幸せになっていくのだ。

heart01heart01heart01heart01 タマティーからのお知らせ heart01heart01heart01heart01heart01heart01

 今までこのブログのデータが多くて、ブログのページを開けるのに時間がかかっていたのですが、ここ1週間、悪戦苦闘して、なんとか修理を施しまして、ブログのページを開けるのが短時間で済むようになりました。

 今までブログの見るのに時間を取っていましたが、便利になったので、今後も気にいったら見てくださいね。

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良いお産は良い育児に繋がり、悪いお産は悪い育児に繋がる

●母親にとっての赤ちゃんの第一印象が大事

 今まで『幸せ色の出産ラブストーリー』では、赤ちゃんを安産で産めるように拘ってきたが、「なぜ、そこまで安産に拘るのか?」という疑問を持つ女性も多いことだろう。安産というのは、出産時の出産の状態を指すだけではなく、その後の育児にまで圧倒的な影響を及ぼしてくるからだ。

 何事をするにしても、女性にとって「第一印象」は非常に重要になる。というのは、女性は第一印象で得た印象を、その後どんなことがあっても変えることはないからだ。女性が男性と恋愛する時、第一印象の良し悪しで「この男性と付き合うべきか」「この男性と付き合わないべきか」という思考が無意識のうちに行われてしまい、第一印象の段階で早々に結論が出されてしまうのだ。そして、その結論はその後、男性が一体何をしようとしたとしても覆されることがないのだ。

 育児もまったくこれと同じで、赤ちゃんに対する第一印象が良ければ、母親は育児をきちんと励もうという意欲が湧いてくるのであって、その後、その赤ちゃんがどんな病気をしようが、どんな事件に巻き込まれても、最初の出会いさえよければ、深い愛情を注ぎ続けるのだ。

 これは男性脳と女性脳の明確な違いでもあり、男性だったら第一印象が悪くても、その後、努力して改善していけばいいではないかと思ってしまいがちだが、女性にとってはそうはいかないのだ。女性は筋肉量は男性よりも少ないし、運動神経も劣っているのだ。そこで相手を瞬時に敵か味方かに識別して、自分の安全を確保しなければならないのだ。

 女性がこういう女性脳を持っている以上、その産婦が出産直後の赤ちゃんの第一印象を良くするようにすべきであって、出産は全力を尽くして安産に持ち込むべきであって、しかも出産後に長らく産婦と赤ちゃんの一緒にいさせて、その第一印象を決定的なものにさせてあげなければならないのだ。

 病院で出産すると、ただ単に赤ちゃんを産めばいいだろうと思って、強制的な出産の仕方を取ってくるし、出産後はすぐさま母子分離をさせてしまうので、産婦が第一印象を悪くしてしまい、その後の育児でトラブルが発生しつづけてしまうのだ。「病院で出産すると赤ちゃんは病気がちになる」と母親たちはいうのだが、それは赤ちゃんを強制的な出産で出産させたことと、母親の赤ちゃんに対する第一印象が余りにも悪すぎるために、育児に真剣に取り組めないからなのだ。そうなれば、どうしたって赤ちゃんは病気がちになってしまうのだ。

●良いお産だからこそ、母子ともに健康になれる

 出産の最低条件は、「母子ともに健康であること」にあるのだ。出産して母親が健康でありさえすれば、その後の育児にきちんと取り組めるのだ。赤ちゃんも出生直後に健康だと、その後もその健康は維持されるのだ。これは多くの母親たちが出産と育児を経験していって獲得した「偉大な経験則」であるのだ。誰がどうやろうとも、出産と育児を経験するなら、この結論に辿り着いてしまうのだ。

 妊娠中は「快食」「快眠」「快便」に心がけ、運動をして筋肉量を増やし血行を良くしておいて、出産に臨めばいいのである。妊婦なら妊娠中にすべきことをしておけば、誰だって安産で出産することができるようになるのだ。良いお産だからこそ、母子とも健康になれ、その後の育児が順調に行くのである。

 出産後に産婦というのは体調を回復させるのに時間がかかるというのは、昔から知られていることなのである。だからこそ、体調が万全である妊娠中に体を鍛えておいて、出産後の体力低下を最小限に食い止めておけばいいのだ。そうすれば、産褥熱などの産後の特有の病気に侵されることがなくなるのだ。

 嘗ての日本で産褥熱が産婦の命取りになってしまったのは、仏教の影響を受けて肉食を禁止したために、必要最低限の動物性蛋白質が不足し、女性の筋肉量が少なかったからなのだ。明治維新で廃仏毀釈を行い、肉食の禁止を解いたら、産婦が産褥熱で死亡するということは激減していったのである。

 人間は歴史の制約を受けてしまう動物である。だから、一体どうすれば良いお産をすることができるのか、自分で探り出していけばいいのだ。助産婦や医者にすべてを任してしまうのではなく、自分で調べられることは自分で調べ、自分で考え、自分で行動し、自分で試行錯誤しながら、自分にベストだと思えるお産の仕方を探り当てていけばいいのだ。何も肩肘を張ることはない。これはゲームだと思って、楽しく取り組んでいけばいいのだ。

●悪いお産は母子ともに病気を患ってしまう

 悪いお産の怖さは、母子ともに病気になり、母子ともに共倒れになってしまうことなのだ。悪いお産をしたために、母親の体調が一向にすぐれず、育児に向けるパワーがなかなか出てこなくなってしまうのだ。しかも、悪いお産だと赤ちゃんも病気がちになってしまうので、いつも不安だらけになってしまうのだ。

 妊娠期間を無駄に過ごしてしまうと、それは出産の失敗と現われ、その失敗をなかなかカバーすることができなくなるのだ。妊娠中に体を鍛えておき、妊婦として勉強すべきことを勉強していたら、多少の失敗なら、それへの対応策を知っているものだ。しかし、妊娠期間を無駄に過ごしていたら、失敗が発生しても、一体何をすべきか解らなくなってしまうのだ。

 いくら情報過多の時代になっても、情報を集める気のない人にとっては、必要な情報を得ることができないのである。これはこの世がどんなに便利になっても必ず起こっている現象なのだ。妊婦が知らなければならない知識を知らなければ、いかなる悲劇を経験した所で、それはその妊婦が悪いからこそ招いてしまった事態なのである。

 何も理想の出産などしなくてもいいのだ。自分にとって最低限の出産の仕方を定めておき、それを下回らない努力をすればいいのだ。出産の最低条件とは、「母子ともに健康であること」なのだ。ということは、「母子ともに病気をしないということ」なのだ。この最低条件を引いておけば、そう悪い出産にはならない筈だ。

 たとえ最初の出産が巧く行かなくても、次にチャレンジしていけばいいのだ。最初から巧く行く方がおかしいのだ。何度も妊娠と出産にチャレンジしていけば、自分が納得いく妊娠や出産ができるようになり、それで次のステージに上がっていくことができるのだ。赤ちゃんを1人や2人しか生まなかったら、自分が納得できる妊娠や出産などできる筈がないのだ。

●出産の記憶は、生涯言い続けることになる

 出産の記憶の恐ろしさは、その母親が生涯にわたって言い続けることにあるのだ。良いお産であるなら、第一印象が良かったので、その赤ちゃんが多少の病気をした所で、母親はその対処を快く行ってしまい、健康に育てていくことができるのだ。そして、その子が大きくなったら、事あるごとに「お前を産んだ時は、安産でお産は楽だったよ」と笑顔で話してくるのだ。

 悪いお産をしようものなら、こうはいかないのだ。悪いお産は、その母親が生きている限り、「お前を産んだ時は、非常に苦しんだ」ということを、自分の子供たちに言い続けてしまうのだ。悪いお産なら、赤ちゃんへの第一印象が悪いために、その赤ちゃんが多少の病気をしても、深刻に捕えてしまい、その対処法が的確でないものを選んで施してしまうのだ。第一印象が悪かったたために、母親の心の中で健康に育てていく自信がなくなってしまい、より多くの病気を呼び込んでしまうのだ。

 悪いお産の話を常に聞かされる息子や娘たちにとって、母親の話は心地いいものではない筈だ。妊娠や出産や育児にネガティブなイメージを持ち続けてしまうし、母親に対する愛情も薄れてしまうし、結婚をしないで独身を貫いてしまうという結果にだってなることだろう。悪いお産をしてしまうと、その悪影響が子供たちの人生にまで及んでくるのである。

 まさに「女性の執念深さ」、そのくせ、妊娠や出産に拘ろうとしないのだ。妊娠や出産を失敗してから、その失敗に執念深くなっても何も解決しないのだ。失敗を解決したいなら、どうして妊娠や出産で失敗してしまったのだろうと考えて、その原因を探っていき、その原因が解ったら、再びチャレンジしていけばいいのだ。執念深くなって、悪いお産だったと言い続けても何も解決しないのだ。寧ろ事態は悪化していくだけなのだ。

 女性には女性脳があり、その女性脳は第一印象を大事にするのだから、自分の出産を可能な限り良いお産に持っていけばいいのだ。良いお産は自分のお産を安産にするだけでなく、良いお産は出産の経験が良かったために、その後の育児も巧くいき、その子供たちの人生も巧く行き始めるのだ。そしてその子供たちが大きくなった時、「自分たちもお母さんのように、良いお産をして、赤ちゃんを育てたい!」という意欲が湧いてくるのだ。自分の幸せは決して自分一人に納まるものではないのだ。幸せは更なる幸せを呼ぶのだ。

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神の見えざる力を見た瞬間

●どうして、女性は出産すると、人格が変わるのか?

 女性は出産すると、人格が変わり始める。これは女性の体内から「母性ホルモン」が分泌され始めてからであって、しかも出産時に大量の母性ホルモンが照射されたので、出産直後から女性の人格が変わり始めるのである。勿論、この人格の変化はいい方向での変化である。この変化がなければ、その女性はちゃんとした母親に成長してくれないからだ。

 この母性ホルモンの分泌による人格の変化こそは非常に重要で、自分が赤ちゃんの姿形を見て、赤ちゃんの声を聞き、赤ちゃんの世話をすればするほど、母性ホルモンが分泌され続けるので、育児に充てる時間が長ければ長いほど、猛スピードで母親らしい母親になっていくのだ。

 これに加えて出産それ自体が女性にとっての通過儀礼であるということなのである。女性は出産を経験することで、やっと一人前の女性になることができるのである。嘗て、文化人類学者たちは世界中の民族の生活を調べ上げた結果、どの民族にも男性には通過儀礼があるのに、女性には通過儀礼がないことを発見した。これは男性には死を覚悟させるような体験をさせないと一人前の男になれないが、女性は出産すれば一人前の女になれるということでは、どの民族も普遍的な構造になっていたのだ。

 女性にとっては、出産は死の危険が伴う経験なので、この出産を経験することによって、初めて一人前の女性になることができ、母親たちの仲間入りをすることができるのである。そして、女性は母親たちの仲間入りをすることで、それまでの幼稚な考え方を捨て、精神レベルの高い考え方を身につけ、精神的にも母親になっていくのである。

 近代国家の女性たちは、平等イデオロギーに洗脳されてしまっているので、女性であったとしても不平等になっているという事実を否定してしまいがちだ。未婚女性と既婚女性では全然違うし、既婚女性であったとしても、出産を経験していない既婚女性と、出産を経験した既婚女性とでは全然違うのだ。女性は結婚や出産を経験することによって、肉体的にも精神的にも不平等になり、それらを経験した女性たちだけが、この世の高い地点に到達することができるのである。

●生命の神秘

 出産を経験した母親たちがよく口にするのは、「生命の神秘」を経験したということだ。自分が新たな生命を産み出すことで、生命の内部にある偉大なる力に触れてしまったのである。「生命の神秘」とは、出産することで自分自身の体を「神の見えざる力」が働いたということなのである。

 出産はただ単に、女性が妊娠して、赤ちゃんを産みましたということだけではないのである。妊娠した女性自身が、もはや今までの自分の枠に納まりきらなくなり、今までの自分を捨て去ることで、新たな自分を生み出していったということなのである。いわば出産は女性が「自己超越」をしたということなのである。

 今までの自分の枠内に納まりきるのであるならば、女性は決して妊娠しようとしないし、出産をしないのである。自分が様々な経験をし、自分の肉体や精神のレベルが向上してしまい、それが臨界点に到達してしまうと、もはや今までの自分の枠内に納まりきらなくなり、今までの自分自身を捨て去ることによって、新たな精神ステージに突入していくのである。

 しかも、この自己超越がただ単に自分でけの個人的な経験ではなく、新たな生命を生み出していくという「普遍的な生命の営み」を通じて行われるのだ。出産という自己超越を経験することによって、自分が自分の生命とは違う、何か巨大な生命に触れてしまったのである。

 それこそが「神の見えざる力」なのであって、この偉大なる力に触れてしまったからこそ、「生命の神秘がなんたらかんたら」と騒ぎ出すのである。神秘とは、「人知では理解できない不思議なこと」という意味である。それゆえ、生命の神秘は、理性の目では理解できず、出産という経験をしなければ解らないのである。

●生命の飛躍

 我々は平然と生きていれば、「因果律の呪縛」に縛られる生き方しかできなくなってしまうのである。自分がこういう原因を作り出したから、こういう結果が出て来てしまったのだという考えに呪縛されてしまうのである。しかも、日本では仏教の影響力が強いために、仏教の「縁起観」や「因果応報」という考えが正しいものだと思い込んでしまっている。

 しかし、人間にはこの世の因果関係をすべて見通せるだけの知力を持ち合わしていないのである。この世のすべての現象は無数の因果関係が錯綜しており、とてもではないがその因果関係をすべて解明していくだけの作業などできるわけがないのだ。人間にはそんな能力など備わっていないのだ。多くの人々は、人間が把握すらできない因果律がこの世を動かしていると思い込んでいるにすぎないのだ。

 人間が抱えるすべての問題は、今より高い精神ステージに突入していかなければ、根本的には解決できないのである。例えば、高校生や大学生の頃に人生についていくら悩んでいても、卒業して社会で働き出せば、それらの悩みはすべて吹き飛んでしまうのである。独身時代に恋愛や仕事にいくら悩みを抱え込んでいても、結婚してしまえば、それらの悩みはすべて吹き飛んでしまうのである。なぜなら、自分が今までよりも高い精神ステージに突入できたからこそ、今までの自分が抱えていた問題を解決できるのである。

 人間の人生は、因果律で進んでいくのではないのだ。因果律を破壊して、飛び越えるからこそ、今までよりも高い精神ステージに突入することができ、それによって自分が抱えるすべての問題を解決させてしまっているのである。自分が因果律の呪縛を受けながら進んでいくのではなく、その因果律の呪縛を断ち切り、自己超越するからこそ、自分の人生を進ませることが可能になっていくのである。

 人間の持つ生命力の偉大さは、今の貧しい環境に適応して生き延びていくことにあるのではないのである。森羅万象を統御する神からの召命に反応して、現在の環境を飛び越えていくダイナミズムにこそあるのである。この「生命の飛躍」こそ、人間の生命の生命たる所以であって、これがあるからこそ自分の人生に変革が起こっていき、人生を生き切ることができるのである。

●生命を継承させていく聖なる義務

 人間に知恵を与えずに知識だけを詰め込ませていくと、「生命の神秘」や「生命の飛躍」を否定して、因果律の呪縛に嵌った生き方をする人々が大量に出て来てしまうのだ。だからこそ、「生命を受け継いでいく聖なる義務」を果たそうとしなくなってしまうのだ。女性であるならば、「結婚以外に幸せになれる方法があるのではないか?」と模索し始めるのである。

 結論から言ってしまえば、結婚の幸せを超えるような幸せは、この世には存在しないのだ。この世でいくら自分が幸せだと思える幸せを探し出しても、それは所詮、自己満足の幸せだからだ。古い自分を脱ぎ捨てなければ、古くなった幸せしか掴めないものなのだ。古い自分を脱ぎ棄て、新しい自分にならなければ、新しい幸せを手にすることはできないのである。

 人間は脳を発達させて進化してきたために、理性の力に頼りすぎてしまい、すべての物事を理屈で割り切ろうとしてしまいがちだ。しかし、いくら理屈を捏ねても、解らないものだってあるのだ。いや、その解らないものの方が多いのだ。なぜなら、この世の中で大事なものほど経験しなければ解らないようになっているからだ。

 昔の人々は、今よりも学問は発達していなかったが、結婚する時は、「運命の赤い糸」で結ばれていたからこそ結婚できたと思い、赤ちゃんが生まれれば、これは「神様からの授かり物」だと思って受け取って育てていったのである。勿論、理性の目から見れば、結婚において「運命の赤い糸」なんて存在しないし、赤ちゃんだって「神様の授かり物」である筈がないのだ。

 しかし、そういうふうに捉えたのではなく、結婚も出産も自分の力だけでやったのではなく、「神の見えざる力」が働いたと考えたのである。人間の力で一杯一杯にならなかったからこそ、「神の見えざる力」が働き、「自己超越」が可能になったのである。今までの古い自分では、結婚も出産も育児も巧く行くことがないということが解っていたからこそ、謙虚になって「神の見えざる力」に任したのである。

 人間が確実に不幸になる生き方があるとするなら、それは自己中心的に生きる生き方なのである。自己超越を起こさず、古い自分の枠の中に閉じ籠っていれば、自分が抱える問題を解決できないし、新しい幸せにだって出会えないのだ。同じような生活パターンを延々と繰り返すだけの日々になるしかないのである。

 自己中心の生き方から、神中心の生き方に変更すると、幸運はいくらでもやってくるのだ。自分が自分の力で生きていると傲慢に考えるのではなく、自分は神様に生かされていると謙虚に考えていけば、自己超越はいくらでも起こり、幸せは雪崩のごとくにやってくるのである。育児の開始というのは、その雪崩のごとくにやってくる幸せの始まりなのである。

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いくら赤ちゃんがカワイイからといって、寝ている赤ちゃんの頬っぺたを触らない

●赤ちゃんは睡眠を取ることで、体の修復を行っている

 10ヵ月間、待ちに待って出会えた赤ちゃんなのに、赤ちゃんはほとんど寝て過ごしている。赤ちゃんは起きているものと思うよりも、眠っているものと思う方が、赤ちゃんを巧く育てていくことができるのだ。赤ちゃんにとって、有効な睡眠を取り続けることが、健康に最大の貢献をしてくれるからだ。でも、なぜ、赤ちゃんは1日の大半を寝て過ごしているのか?

①体の修復を行い、疲労物質を取り除き、成長を促している

 赤ちゃんにとっては、この世界は非常に重たい世界なのだ。赤ちゃんはそれまで母親の胎内にいたので、羊水によって地球の重力が軽減された場所で過ごしていたのだ。それが出生することで地球の重力をまとも受けてしまい、生きていくのに疲労してしまい、睡眠中にその疲労物質を取り除くのだ。外界に適応するのは、それほど大変なのである。

 それと共に、睡眠中に成長ホルモンを分泌させて、体の各器官に成長を促し、赤ちゃんは自分の体を成長させていくのだ。成長ホルモンは寝なければ分泌されないので、赤ちゃんは睡眠時間を多くしないと、充分に成長できなくなってしまうのだ。「寝る子は良く育つ」とはよく言ったものだが、成長していく赤ちゃんにとっては寝ることこそが大事なのである。

②地球の重力に耐えうる血液を作っている

 赤ちゃんにとっては、胎児の時と出生後では血液が違うのだ。胎児の時は、供給される酸素が少ないので、赤血球を多くしており、そのため出生直後の赤ちゃんはまさに赤くなっているのだ。しかし、出生後は白血球を多くして、外界の細菌に耐えうる血液を全身に供給しないと、この世には生存できなくなってしまうのだ。赤ちゃんの肌が徐々に白くなっていくのはこのためなのである。

 この作業が生後6ヵ月間は続くのだ。その間、赤かった赤ちゃんは、段々と白くなって、免疫力を高め、外界に耐えられる赤ちゃんになっていくのだ。昔から赤ちゃんが死亡し易かった時期は、出生から生後6ヵ月の間で、それほどこの「血液の変換」を行うのは厳しい作業なのである。

③寝ている間に、記憶を整理し、脳内物質を整え、起きたら脳を活発に活動できる状態にさせる

 赤ちゃんはまだ喋れなくても、脳は活発に作動し、脳の機能を急激に上昇させていっているのだ。睡眠中に記憶を整理して、重要な短期記憶を長期記憶に変えていく。そして脳内に脳内物質を整え、起きたら脳をすぐさま使えるようにするのだ。この繰り返しを行うからこそ、脳は発達していき、脳内に無数のシナプスが張り巡らされ、脳の機能が上昇していくのだ。

 それゆえ、赤ちゃんは睡眠時間を多くしていかないと、記憶が整理できず、脳を活発に活動させることもできないのだ。自分の赤ちゃんを頭のいい赤ちゃんにしたいのなら、睡眠時間をたっぷりと取らすことなのである。睡眠時間が多ければ多いほど、赤ちゃんは脳の機能を上昇させていくことができるのだ。

●寝ている赤ちゃんの頬っぺたを触らない

 赤ちゃんが寝ている時、母親は赤ちゃんのカワイさ余りに、赤ちゃんの頬っぺたを触ってしまいがちだ。赤ちゃんの頬っぺたはカワイすぎるために、ついついそのようなことをやってしまうが、だがこれは、赤ちゃんにとっては「母親による睡眠妨害」以外の何物でもないのだ。

 寝ている赤ちゃんの頬っぺたを触ると、大抵の赤ちゃんは眉間に皺を寄せて、不快な表情をするのだが、いかに赤ちゃんが不快がっているかが解る。こういうことを繰り返されると、赤ちゃんは深い眠りに就くことができなくなってしまうので、赤ちゃんの健康を甚だ害してしまうのだ。

 母親が寝ている赤ちゃんの頬っぺたを触っているということは、夫も触っているだろうし、自分の両親や、夫の両親も触っているものなのだ。これだけの大人たちに頬っぺたを触れれば、赤ちゃんがどのような状態になるかは解る筈だ。ますは母親がこの睡眠妨害をやめて、他の大人たちが睡眠妨害を働かないように仕向ければいいのだ。

 赤ちゃんの頬っぺたを触りたいなら、赤ちゃんが起きている時に行うべきであって、赤ちゃんの数少ない時間を大切にしていけばいいのだ。赤ちゃんが起きている時は赤ちゃんと遊んで、赤ちゃんが眠れば赤ちゃんの睡眠の邪魔をしない、というメリハリをつけて育児をしていけばいいのだ。

 四六時中、赤ちゃんの世話をするという考え方をするのではなく、赤ちゃんが起きている時間は少ないものという前提に立って育児をしていけば、育児は非常に楽なものになるのだ。初めての育児の場合、いつも全力投球で育児をしてしまいがちだが、自分が冷静になって赤ちゃんは1日の大半は眠っているという事実をちゃんと受けいれて、自分のエネルギーを有効に使っていこう!

●赤ちゃんの睡眠時間は母親の自由時間である

 母親にとっては、赤ちゃんの寝ている時間は、実は「母親の自由時間」なのだ。この自由時間の間をテキパキと行動して、時間を無駄にしないことだ。赤ちゃんへの育児以外にやらなけれなならないことは、たくさんあるのだ。それをこの自由時間を使って処理してしまうことだ。

 助産院にいる時は、余り自分のためにすることはないのだが、それでも身の回りを整理したり、散歩にでも出かけてみたり、夫婦で会話して今後のことを話し合ったりと、やるべきことはたくさんあるのだ。決して、この自由時間を寝ている赤ちゃんをジッと見つめて過ごしてしまわないことだ。

 自宅に帰ったら、赤ちゃんが寝ている時間を有効に利用して、テキパキと家事をこなしてしまうことだ。家事をダラダラとやっていたら、いくらでも時間を奪われてしまうので、このテキパキと動くのが非常に重要になってくる。「育児って大変!」とか、「育児は疲れる!」とか言い出す母親たちは、この家事をテキパキとこなす習慣が身についていないのだ。何事もダラダラと行えば疲れるものなのだ。育児だけが大変なわけではないのだ。物事を巧く行う習慣を身につけていないだけなのだ。

 出産直後から育児に慣れるまでの間は、とにかくテレビを見ないことだ。テレビを見てしまうと、凄まじいほどまでに時間を奪われてしまうので、母親にとって自由に使える時間が激減してしまうのだ。テレビさえ見なければ、母親の自由時間がいくらでも有り余ることになるのだ。

 初めての育児なら、育児は解らないことばかりなのだ。育児をどのようにやっていいか助産婦や母親に聞かねば解らないし、育児に投入しなければならない時間と、自分の自由時間のバランスも、未だ取れていない状態なのだ。育児に慣れるまでは、時間を最大に食い潰してしまうテレビを見ないことだ。テレビさえ見なければ、育児に慣れるのが早くなるのだ。

●赤ちゃんが起きたら、体を動かしてあげる

 赤ちゃんは1日の大半を眠っているのだから、それだけ眠れば、当然に血行が悪くなる。そこで、赤ちゃんが起きたら、赤ちゃんを抱っこして、赤ちゃんの体を動かしてあげることだ。こうすることで、赤ちゃんの血行を良くして、疲労を取り除いてあげるのだ。この母親の抱っこというのが、今後非常に重要になってくるので、赤ちゃんが起きたら抱っこをするということを繰り返して、巧い抱っこの仕方を早々に覚えることだ。

 赤ちゃんを抱っこをする際は、ただ抱っこするだけではなく、赤ちゃんに話しかけることだ。赤ちゃんは未だ喋れなくても、母親の声を聞き取ることはできるので、母親が赤ちゃんに話しかければ話しかけるほど、脳が発達していくのだ。赤ちゃんの脳の中で、母親に抱っこされるが快感になり、母親に話しかけられるのが快感となってしまえば、母親にきちんと意思表示をしていくことができるようになるのだ。

 初めての育児の場合、早くから赤ちゃんの微妙な意思表示を掴み取ることはできないけど、この「抱っこ」と「話しかけ」を丹念に繰り返していると、赤ちゃんの微妙な意思表示が解ってくるのだ。これだけはいくら論じても解ってもらえないので、とにかく実践で掴み取っていくことだ。遣り続ければマスターできてしまうものなのだ。

 最初の頃は、他の母親たちが、未だに喋れない赤ちゃんと会話しているのを不思議がるかもしれないが、赤ちゃんの微妙な表情こそが、喋れない赤ちゃんにとっての会話の仕方なのだ。この赤ちゃんの微妙な表情が一体何を意味をしているのかが解れば、育児は非常に楽になって、育児が非常に楽しくなってくるのだ。

 赤ちゃんの扱いに困り抜いている母親たちや、育児で疲労困憊している母親たちは大勢いるものだが、こういう母親たちは育児の要領を得ていないために、育児が大変になり、疲労困憊しているだけなのだ。育児でトラブっている母親たちに共通するのは、この「抱っこ」と「話しかけ」が非常に少ないのだ。

 いくら自分が赤ちゃんを産んだからといって、母親として赤ちゃんを抱っこして、話しかけなければ、赤ちゃんの微妙な意思表示など解るわけがないのだ。赤ちゃんと意思疎通が図れるまで、何度も何度も抱っこをし、話しかけ続けていけばいいのだ。やっているうちに段々と解ってくるものなのだ。

●赤ちゃんにとっての必要睡眠時間

 ちなみに、赤ちゃんの必要睡眠時間を述べておくが、産まれてから当分の間は、「18時間」は眠っているし、時たま「19時間30分」は眠っている。この半端な数字は、睡眠が90分サイクルで行われているためだ。時たま睡眠時間が延びるのは、人間の体内時計と地球の時間経過が違っているためで、人間は時たま睡眠調整を行うことで、この時間のズレを調整しているのだ。

 赤ちゃんの睡眠時間は一定ではないので、この通常の睡眠時間と、睡眠調整を行っている睡眠時間があるということをきちんと知っておいた方がいい。赤ちゃんにとっては、大人たちのように定時に起きて定時に寝るということはできないので、赤ちゃんの気儘な睡眠の仕方に当分の間は付き合わなければならないのだ。

 これが成長と共に短くなっていって、小学生で必要睡眠時間が「9時間」で、時たま「10時間30分」は眠って睡眠調整を行う。中高生の必要睡眠時間が「7時間30分」で、時たま「9時間」の睡眠調整を行うのだ。人間は19歳までが体が成長していく時期なので、19歳までは充分な睡眠時間を取って、成長していくようにしなければならないのだ。

 赤ちゃんや子供たちだけでなく、母親にも通常の睡眠時間と睡眠調整の睡眠時間があるので、時たま睡眠時間が延びる時があるのだ。そういう時は、ついつい朝寝坊してしまいがちだが、朝寝坊するのではなく、体が疲れているのなら、早いうちに就寝してしまい、巧い具合に睡眠調整を行えばいいのだ。

 母親本人に睡眠調整の睡眠があるということは、夫も睡眠調整の睡眠があるので、夫が時たま見せる長い睡眠時間の妨害をしないことだ。夫は休日に朝寝坊して、いつまでもベッドから出て来ない場合、「いつまで寝てんの!」と怒鳴るのではなく、「これは睡眠調整を行っているのだな」と思うことだ。夫が疲れているなら、早寝を促して、巧い具合で睡眠調整を行わしてあげればいいのだ。この睡眠調整を妨害してしまうと、要らぬ夫婦喧嘩を招くことになるので、気をつけておいた方がいい。

 赤ちゃんは1日の大半を睡眠に充てているのだから、育児というのは絶対に大変ではないのだ。母親が巧い形で力を発揮していく仕方を習得していけば、育児は非常に楽になり、楽しくなっていくのだ。母親が育児を楽しんでいれば、その楽しさが赤ちゃんにも伝わり、赤ちゃんもこの世に生まれていたことを楽しむことができるのだ。育児の楽しさはそうやって循環を繰り返して、より多くの楽しさを作り出すことができるのである。

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後陣痛の防止法

●二人目以降の出産で起こる恐怖の後陣痛

 初産の産婦には少ないのだが、2人目以降の産婦になると、「後陣痛」というものを経験する可能性が出て来てしまう。初産の場合、陣痛開始から出産まで長い時間がかかるために、出産後の子宮の収縮も長い時間をかけて行われるので、後陣痛が起こりにくいが、2人目以降の出産だと、既に子宮が出産に慣れているために、陣痛開始から出産までの時間が短くなり、そのため、出産のための子宮の収縮が早いので、出産後も、子宮の収縮が早くなってしまい、それによって痛みが生じてしまうのだ。

 女性の器官の中でもっとも動きの悪い子宮が動き易くなったから、後陣痛を経験してしまうというなんとも皮肉な現象が起こってしまうのだ。後陣痛の痛みはそれほど痛いわけではない。決して出産前の陣痛のような痛みではないのだ。それなのに、この後陣痛を系産婦たちは非常に嫌がり、必要以上に痛みを感じてしまうのだ。

 なぜなら、この後陣痛は必要のない痛みだからだ。人間は必要ある痛みなら耐えられるけど、必要のない痛みには耐えられないものなのだ。出産のための陣痛なら、赤ちゃんを産むために必要だからすべての産婦たちは耐えられるが、後陣痛は別に赤ちゃんを産むわけではないので必要がないのだ。だからこそ、人間が持っている忍耐力が巧く作動してくれなくなってしまうのだ。

 この後陣痛は、心理的な悪影響を後々まで残してしまうのだ。2人目を出産した母親たちは、「出産は痛いものであり、もう出産は嫌だ」という悪い記憶を持ってしまい、それで妊娠が打ち止めになってしまうのだ。通常なら2人目を産んだら、「もう1人は欲しいな」と思うのが母性本能のある母親が考える姿だと思うのだが、後陣痛のためにもうこれ以上の妊娠を拒否してしまうのだ。

 だからこそ、子供が2人しかいない家族が矢鱈に多いのである。但し、2人しか子供のいない母親と、3人以上の子供のいる母親とでは、母親の成熟度が全然違うのだ。育児で問題を起こす母親たちというのは、大抵、3人以上子供がいない母親たちなのである。後陣痛を乗り越え、母親として成熟していないために、育児が巧く行えないのだ。

●出産後、24時間耐久断食

 それゆえ、後陣痛を防止することが大事になる。それほど痛い痛みでもないのに、心理的な悪影響を残してしまうために、この後陣痛を防いで、妊娠や出産は楽しいものだと脳に思わせるのだ。後陣痛を防ぐことなど非常に簡単である。出産後、24時間にわたって断食をすればいいのだ。

 出産は産婦にとって非常に激しい疲労を残すものである。それゆえ、出産直後に栄養補給を行うのではなくて、その疲労を取り除くことを最優先してあげるのだ。そのためには断食をすればいいのだ。食事をしないことで、体の修復にすべてのエネルギーを回すことができ、それによってすべての疲労物質を除去していくのだ。

 大体、出産直後に空腹感を感じる産婦はほとんどいない筈だ。人間は本当に疲れきってしまうと、空腹感が出て来ないのだ。通常、適度な運動をすれば血糖値が下がっているので、空腹感が出て来て、食事を摂取しようとする。しかし、激しい運動をしてしまうと、血糖値は下がっているが、それ以上に大量の疲労物質が発生してしまい、体はその疲労物質の除去を最優先するために、本人に空腹感を感じさせず、食事を取らせないようにし、体の内部の疲労物質を除去していくのだ。

 だからこそ、激しい運動をした翌日の朝の排便は、非常に臭いウンコが出て来る。疲労物質が大量に含まれているからだ。出産した翌日の朝のウンコもやはり非常に臭いのだ。それだけ産婦の体は疲れきっているのだ。それゆえ、その体内の疲労物質の除去を最優先させるために、食事を摂取しないで、断食を行えばいいのだ。

 断食といっても、出産が終わってから、24時間断食するだけだ。断食の最中は一切の飲食物を摂取しない。それをするだけで、体は食事の消化吸収にエネルギーを回すことがなくなるので、体内の疲労物質の除去を最優先させることができ、子宮の収縮も大した痛みを発生させることなく、元の位置に戻ってくれるのだ。

 断食中は排便排尿を頻繁に行うことだ。食べ物を食べない分、体は排泄に充分なエネルギーを回せるので、頻繁に排便や排尿が出るのだ。便意や尿意を感じたらすぐに便所に行って用を足すことだ。排便排尿によって内臓を軽くしてやり、その浮いたエネルギーを子宮の収縮に回してあげるのだ。こうすれば、後陣痛の痛みを抑えることができるのだ。

●後陣痛を緩和させる食事

 出産後24時間耐久断食を終えたら、後陣痛を緩和させる食事を取ればいい。主食は必ず「押麦入り玄米食」にすることだ。この「押麦入り玄米食」にすると、体が理想的な弱アルカリ性になって、子宮の収縮がしやすくなれるのだ。「白米」や「白パン」は絶対にやめることだ。白米や白パンだと体が酸化してしまうので、子宮の収縮の際に激しい痛みを生じさせてしまうのだ。

 味噌汁は、「ワカメの味噌汁」にすることだ。ワカメも体をアルカリ性にしてくれるので、子宮収縮の際に痛みを生じさせなくしてくれるのだ。ワカメ以上に体をアルカリ性にしてくれる食材は存在しないので、産後には必ずワカメを食べて、体力の回復を早めてあげることだ。ワカメの味噌汁を作る際は、鉄製の鍋を使って作り、鉄分を補給させてあげることだ。鉄分は疲労物質の除去を行うミネラルなので、出産直後の産婦に鉄分を補給させると、後陣痛が緩和されるのだ。

 それから、「黒酢の酢の物」も後陣痛の防止には効果がある。黒酢は凄まじいスピードで疲労物質を除去してくれるので、出産直後の産婦は必ず摂取することだ。疲労の除去のスピードが全然違うのだ。但し、透明の酢だと体を酸化させてしまうので、出産直後の産婦には逆効果のお酢になってしまうのだ。

 子宮収縮を痛みを生じさせることなく行いたいなら、「ビタミンC」「コラーゲン」「天日塩」の三点セットの存在を決して忘れないことだ。これらの物質は、出産によって大いに消費されており、体内で不足しているからだ。ビタミンCは子宮の収縮に最大の効果を発揮するので、是非とも食事の際にはビタミンCを摂取しておこう。天日塩は神経と筋肉が正常に作動するためには必要不可欠なので、これが少なくなってしまうと、後陣痛の痛みが発生してしまうのである。

 食事の際には、肉類はコラーゲンのみにすることだ。動物性蛋白質を取りたいなら「魚」で摂取することだ。肉類だと肉を消化吸収するためにビタミンやミネラルが奪われてしまうので、出産直後の産婦には非常に不適格な食べ物なのだ。魚だとスムーズに消化吸収されるので、出産直後の産婦には最適な動物性蛋白質なのだ。

●後陣痛が治まるまで赤ちゃんに授乳しない

 出産直後に後陣痛が発生しているようであるならば、後陣痛が治まるまで赤ちゃんに授乳しないことだ。後陣痛を治めることに最優先することだ。後陣痛が発生しても出産の翌日には治まるものである。後陣痛が治まれば、安全な初乳が出て来るのだ。まずは、後陣痛を治めることに集中すべきなのである。

 初乳は赤ちゃんに与えても、産後48時間が経過しないと充分な量の母乳が出て来ないので、後陣痛が発生して体の下腹部が痛いのに、無理して授乳することなどないのだ。後陣痛が治まってから、母親本人に痛みがない状態で授乳してやれば、気分爽快で授乳することができるのだ。

 母親と赤ちゃんとの最初の授乳は非常に重要で、最初の授乳が楽しいものであるならば、出産や育児を楽しいものだと脳が記憶してしまい、その後の育児が非常に楽しいものになるからだ。後陣痛を発生させながら授乳してしまうと、出産や育児は痛いものだと脳が記憶してしまい、その後の育児が苦しいものになってしまうのだ。

 2人目以降の出産であるならば、出産直後にもう初乳が出るので、出産直後の赤ちゃんにすぐさま授乳させてしまうという方法も有効な方法である。そして後陣痛が始まったら、授乳をするのをやめて、赤ちゃんに断食をさせて胎便排出を行わせればいいのだ。その際に母親本人も断食して、後陣痛の防止を最優先させればいいのだ。こうすれば、育児は楽しいものだとい記憶が脳に残り、その後の育児が非常に楽しいものになるのだ。

 後陣痛は決して物凄く痛い痛みではない。問題なのは、自分の心理面に与えてくる悪影響なのだ。二人目以降の出産では、後陣痛が発生してくる可能性があるという出産の知識を事前に持っておくことだ。そして、その後陣痛を可能な限り防止して、3人目の赤ちゃんを産んで、出産や育児は楽しいものだということを自分の脳に記憶させてしまうのだ。それをすることが、その後の自分の人生を非常に幸福にしてくれるのだ。

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産後の母乳の出が悪ければ、出産後に「ビタミンC」を大量に摂取しよう

●母乳というのは、最初の頃は出が悪いもの

 初産で出産した場合、母乳の出というものは、それほどいいわけではない。特に生まれてから1週間から2週間程度は、「本当に母乳が出ているかな?」と疑いたくなるような出の悪さなのだ。しかも、追い打ちをかけるのが、赤ちゃんが胎便を排出することによって体重が激減してしまうことであり、自分の母乳の出の悪さこそが、赤ちゃんの体重減少を招いてしまったのではないかと勘違いしてしまうからだ。

 赤ちゃんは胎便を排出する以上、体重の減少は予定されているものなのだ。怖いのは赤ちゃんの体重が減少していくことではなく、赤ちゃんが胎便を排出してくれないことなのだ。赤ちゃんが妊娠中の老廃物と毒素の塊である胎便を排出しなかったら、癌でも白血病でも、死に直結してくる病気をいくらでも発症してきてしまうのだ。

 赤ちゃんは胎便を排出したら、7日から10日で自分の体重を、出生直後の体重に回復してくるものなのだ。これはどの赤ちゃんも辿る過程なので、赤ちゃんの体重減少を自分の母乳の出の悪さに結びつけないことだ。本当に母乳の出が悪ければ、赤ちゃんは衰弱していくのであって、健康に育っている以上、自分では少ないと思っている母乳でも充分に足りているということなのだ。

 初産の母親の母乳の出が悪いのは当然で、初めての出産なので、乳房が充分に発達していないためだからだ。女性は赤ちゃんを産むと、有り得ないほど乳房が膨らんでくれるのだが、出産を何度も経験していくと、乳房が発達してきて、母乳の出やすい乳房に変わっていくのだ。1人目では乳房は膨らんでも、乳房の内部がそれほど発達しきれていないのだ。だから、母乳の出の悪さに直結してくるのである。

 それに、出産によって大量の「ビタミンC」を消費してしまい、母乳を作るために必要なビタミンCが不足してしまっているのだ。自分の体内でビタミンCが不足しているからこそ、出産直後は顔がゲッソリとしてしまっているのである。子宮や膣が今までの人生の中で最大の働きをしたし、お腹も出産によって急速に収縮していくのだ。その作業のために、ビタミンCが大量に消費され、母乳を作り出すのにビタミンCが不足するほどに、母親の体内では深刻なビタミンC不足になっているのだ。

●ビタミンCが大量に含まれている飲食物

 母乳の出の悪さを嘆いているなら、せっせとビタミンCを補給していけばいいのだ。人間は本来「果実食動物」なので、ビタミンCを体内で合成することもできないし、ビタミンCを体内で貯蔵すらできない。ビタミンCを常に摂取していかなければならないのだ。それゆえ、朝食時と夕食時には必ずビタミンCを摂取していかなければならないのだ。

①ローズヒップティー

 出産直後の産婦にお勧めなのが、やはり「ローズヒップティー」である。ローズヒップティーはビタミンCが大量に含まれているだけでなく、ビタミンCの吸収を助ける酵素とフラノボイド類がたくさん含まれているので、ビタミンCの吸収が物凄く早くなり、産後の体調回復に役立ち、母乳の出を良くしてくれるのだ。

②野菜ジュース

 朝食時と夕食時には、「野菜ジュース」を作って、野菜を大量に摂取してしまうことだ。野菜はサラダにして食べても、それほど食べられるものではないため、サラダで食べていたらビタミンCの摂取量が不足してしまうのだ。そこで野菜ジュースにしてしまい、野菜を大量に摂取していくのだ。野菜ジュースに使う野菜では「小松菜」がお勧めで、小松菜を野菜ジュースにして飲むと、産後の体調の回復も早くなり、母乳の出も良くなるのだ。

③フルーツ

 フルーツにも大量のビタミンCが含まれているので、産後にはフルーツを食べることだ。お勧めなのは、「キウイフルーツ」「いちご」「みかん」「はっさく」「ポンカン」「ネープル」「アボガド」「アンズ」などである。フルーツを選ぶ際の注意点は、糖度の高いフルーツを食べると、逆に母乳の出は悪くなってしまうということだ。糖度が高いフルーツは、人為的に糖分を高くしたために、栄養バランスを崩しているので、それを産後の母親が食べると、どうしてもその栄養バランスの悪さが体に出て来てしまうのだ。だから、フルーツは糖度の低いフルーツを食べるようにすればいい。

 それと、フルーツは朝食時にのみフルーツを食べることだ。ほとんどフルーツは体を冷やす効果があるので、夕食時には決して食べないようにすることだ。朝という体温が上昇していく時に食べるからこそ、フルーツの弊害を防止することができるので、夜という体温が下がりつつある時期にはフルーツを決して食べないことだ。

 母乳を出し続けなければならない母親にとって、ビタミンCは通常の女性の50%増しで必要になる。そのためビタミンCを日々大量に摂取していくと共に、ビタミンCの天敵であるタバコの煙を徹底して避けることだ。赤ちゃんにとっても、成長のためにビタミンCが大量に必要になっている時期なので、母親にも、赤ちゃんにも、喫煙者を近づけないことだ。出産して体が敏感になっている母親にとってタバコの煙はすぐに風邪を引かしてくる危険な物質であり、赤ちゃんにとってタバコの煙は細菌感染させてしまう超危険な物質なのだ。

●乳房をマッサージしてもらう

 赤ちゃんを出産して、乳房が膨らみ始めたら、助産婦にお願いをして乳房をマッサージしてもらい、母乳が出やすくしてもらうようにすればいい。初産の母親では、乳房が未だに硬いので、巧く母乳が出て来てくれないのだ。それゆえ、助産婦に乳房をマッサージしてもらい、母乳の出を良くしてもらうのだ。

 出産して乳房が大きくなるということは、脳下垂体から母性ホルモンが分泌されているということなのだ。その母性ホルモンによって乳房が膨らんでいくのだ。そこで母性ホルモンが良く分泌されるように、足の親指の裏をマッサージすることだ。ここに脳下垂体の反射区があるので、ここをマッサージすると脳下垂体の動きが非常に良くなり、大量の母性ホルモンが分泌されるのである。

 都会で育ってた女性には、ペチャパイの女性が多いのだが、これは歩く際に、足の指に力を入れずに歩く習慣を持ってしまっているからだ。舗装された道路を歩き、しかも、ヒールのある靴を履き続けていると、どうしても足の指に力が入らず、そのため脳下垂体の反射区が刺激されず、乳房が膨らんでくれないということになってしまうのだ。

 それゆえ、ペチャパイの女性は、ヒールのある靴を履かないようにし、歩く際は意図的に足の指に力を入れて歩く習慣を身に付けることだ。歩くたびに足の指が刺激され続ければ、脳下垂体の活動が非常に良くなり、大量の母性ホルモンを分泌してくれるようになり、乳房も膨らみ、母乳の出が良くなるのだ。

 産後には必ずウォーキングをして、体の血流を良くしてしまうことだ。ビタミンCをいくら大量に摂取しても、乳房や足の親指をマサージしても、血流が悪ければ、乳房に充分な血液が行かないので、母乳の出が悪くなってしまうのだ。産後は夫婦でゆっくりと散歩にでも出かけ、夫婦で語らいながら、全身の血流を良くしていけばいいのだ。

●初産後の母乳の出の悪さを悩まないこと

 医者たちは母乳の成分を比較することが非常に大好きである。母親が出す母乳は、初産の産婦と、2人目以降の経産婦では違うし、体重の重い女性や筋肉量の多い女性や巨乳の女性は母乳の量が多いし、痩せている女性や筋肉量の少ない女性や微乳の女性は母乳の量が少ないのだ。母乳はそれほど個人差の激しい液体なのだ。

 たとえ、母乳の出が悪くても、赤ちゃんは死にはしない。赤ちゃんは生後6ヵ月までは免疫力を整えることに全力を注いでいるのだ。決して体を大きくすることにエネルギーを注いでいるわけではないのだ。だからこそ、赤ちゃんの成長は物凄く遅いのだ。赤ちゃんは体を大きくしなくても、免疫力さえあれば生きていけるのだ。

 赤ちゃんが体格を大きくし出すのは、卒乳してからである。即ち、食事を取るようになってからである。人間の体格の成長は、小学生や中学生の頃の食事と運動と睡眠によって決定してくるのであって、生まれて間もない赤ちゃんの体格の成長を気にすることはないのだ。赤ちゃんはこの世界に適応できるように、自分の体質を整えているのであって、自分の体格を大きくすることに力を注いでいるわけではないのである。

 医者たちは母乳を外国人と比較して、日本人の母乳は外国の母乳と比較して栄養が劣っているので、ミルクで補強しましょうと言い出すのだが、こういうことはまったく無意味である。母親が出す母乳は、その国の食習慣でほぼ決まってきてしまうからだ。その国の食習慣を無視して、母乳だけを比較しても無意味なのである。

 肉を大量に食べ、野菜の摂取量が少ないアメリカ人女性たちは、カロリー過多で乳房がパンパンに張っているのだ。こういう女性が出す母乳は、それは栄養価は高いかもしれないが、非常に危険な母乳で、赤ちゃんが癌や心臓疾患になりやすい母乳なのだ。アメリカの赤ちゃんたちは、世界でも有り得ないくらいに体がパンパンに膨れ上がっており、そのため成長も早いが、その反面、癌や白血病に侵される赤ちゃんたちも大勢いるのだ。

 よく、アメリカと西ヨーロッパをひと括りにして「欧米」としてしまう人たちがいるのだが、西ヨーロッパの女性たちで、アメリカ人女性たちにように乳房がパンパンに張っている女性たちなどいないのだ。なぜなら、西ヨーロッパの食事では肉は少ないし、野菜を大量に摂取しているからだ。だから、そういう食事をしている母親たちは、通常の膨らみを持った乳房をしているし、赤ちゃんたちも体がパンパンになることがないのだ。

 日本人女性でも肉を大量に食べ、野菜を少なく食べ続ければ、乳房はパンパンに張り、栄養価の高い母乳を出すことはできるだろう。しかし、そのような母乳は赤ちゃんにとって非常に危険な母乳なのである。やはり、日本の母親たちが自分の赤ちゃんを健康に育てたいなら、基本的には和食を食べ、日本の風土に合った母乳をコンスタントに出していけばいいのだ。

 初産であるならば、母乳の出が悪くて当然なのだ。絶対に母乳の出の悪さを悩まないことだ。これから赤ちゃんが母乳を飲み続けてくれることで、徐々に乳房の機能が発達していって、徐々に母乳の出が良くなっていくのだ。何事も最初から完璧に行くものなどないのだ。何度も何度も繰り返していって、母乳の出が良くなっていくのだ。

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赤ちゃんに母乳を与える意味

●赤ちゃんが泣くから母乳が出る

 母親が育児をするということは、母乳を赤ちゃんに与え続けるということである。母乳育児こそが、育児の基本中の基本である。母親が母乳を赤ちゃんに与えることよりも重要なことなんて、育児には存在しないのだ。母親が赤ちゃんに母乳を与えれば、育児は軌道に乗り始め、母親が赤ちゃんに母乳を与えるのを拒否すれば、育児は基本を外して、様々なトラブルが生じ始めるのだ。

 赤ちゃんにミルクを与えようとしたら、赤ちゃんがミルクを飲むたびに料金がかかってくるが、母乳は赤ちゃんがいくら飲んでも無料である。しかも、いくらでも出て来るのだ。母乳は赤ちゃんが泣くと、母親の脳内から母性ホルモンが分泌され始め、それが乳房を刺激して、母乳が出るようになっているのだ。乳房の大きな女性であるならば、赤ちゃんが泣き声を聞いただけで、母乳が乳首から水平発射されるほどに、勢いよく大量に出て来てしまうのだ。

 それゆえ、新米ママにとっては赤ちゃんの泣き声は非常に重要で、赤ちゃんが泣いてくれれば泣いてくれるほど、自分の脳内を刺激してくれて、母性ホルモンがより多く分泌されるようになるのだ。赤ちゃんの泣き声は決して無駄な泣き声ではないのだ。母親にとって自分をちゃんとした母親にしてくれる大事な声なのだ。

 それゆえ、授乳は「定時授乳」ではなく、赤ちゃんが泣くたびに授乳していけばいいのだ。赤ちゃんが泣けば自分の脳内から母性ホルモンが分泌され、それによって母乳が出て来るのだから、赤ちゃんにとっても充分な母乳を得ることができるようになるのだ。赤ちゃんは大人のように定時にになって食事をする習慣などないのだから、授乳は不定時に成らざるをえないのだ。

 生まれてからは当面の間、赤ちゃんが泣くたびに授乳をしていくという形になるが、授乳に慣れていけば、赤ちゃんの顔や仕草を見るだけで、赤ちゃんが母乳を欲しているかが解り、それ以降は赤ちゃんのサインを基準に母乳を与えていけばいいのだ。母性ホルモンの分泌が順調に成り始めると、そういうサインすら母親として見分けられるようになるのだ。

●赤ちゃんにとって母乳がどうしても必要な理由

①免疫学的理由

 赤ちゃんにとっては母乳はどうしても必要である。その中でも最大の理由が、「免疫力をつける」ことである。赤ちゃんがこの世界で生きていくためには、母乳から母親の抗体を貰って、免疫力をつけていくことでしか、免疫力を得ることができないのだ。これだけは母乳以外に変えられないのだ。

②栄養学的理由

 次には赤ちゃんにとって母乳は栄養学的に優れた飲み物であって、赤ちゃんは母乳によってのみ、健康的な成長が可能になってくるのである。母乳は最初から濃い物が供給されるのではなく、薄い物から、段々濃くなっていって、濃い物が提供され、その間に赤ちゃんは内臓を母乳に対応できるよう変えていくことができるのだ。

 しかも、母乳には赤ちゃんにとって必要な栄養素がすべて含まれていて、赤ちゃんは母乳であるなら、なんの栄養素も不足することなく育つことができるのである。ミルクがどんなに栄養価の高い飲み物であっても、ミルクは所詮、母乳に近づけようとして作ったものなのである。それゆえ、生後6ヵ月を過ぎてしまうと不足する栄養素が出始め、だからこそ、生後6ヵ月から離乳食が必要となってきてしまうのである。赤ちゃんにはまだ1本の歯も生えていないというのに、無理矢理に離乳食を飲みこませようとするようになってしまうのである。

③心理学的理由

 赤ちゃんにとって母乳を貰い続けるということは、母親が母親として成長していってくれるので、赤ちゃんは母親に守って貰えるという「赤ちゃんなりの安心感」を獲得でき、ストレスを最大限低下させることができるのだ。赤ちゃんは1人の女性しか母親として選ばない。いくら祖母であっても叔母であっても駄目で、他の母親では代わりが効かないのだ。

 人間の赤ちゃんはどんなに健康な姿で生まれようとも、すべて未熟児状態で生まれてくるのである。なぜなら、進化の過程で脳を巨大化させてしまったから、生後すぐに歩行できる体をしていないのだ。それゆえ赤ちゃんが歩けるようになるまで、ズーッと母親の庇護のもとにいなければならないのであって、赤ちゃんにとって母親に守られるということは、ストレスを軽減させて、自律神経を正常に作動させていく大事なことなのである。

●母性ホルモンの活躍

①自分の体型が出産前の体型に戻る

 母親にとっても、母乳を授乳し続けることは非常に重要な意味を持ってくる。まずは赤ちゃんに授乳させることで母性ホルモンが分泌され、それによって妊娠と出産で膨らみに膨らんだ体型が、出産前の体型に戻るのだ。これは非常に重要な作業で、これが起こらないと、子宮や腰の具合が悪くなってしまい、その後の生活で重大な支障を来たし始めるのである。赤ちゃんが母乳を飲んでくれるからこそ、自分は体型を元に戻すことができるようになるのである。

②母親らしい体型になっていくことができる

 それととも、徐々にではあるが、自分の体型を「母親体型」に変えていくことができるようになるのだ。女性は出産することで、育児をしやすい体型に体を変えていき、母親体型になることで育児を最善の形で行おうとするようになるのだ。出産した女性が、いつまでも未婚のような女性の体型でいるのは褒めたものではなく、そういう女性は育児を手抜きして、育児をちゃんと行っていない母親なのだ。

 但し、母親体型になって気を付けるべきことは、正坐をなるべくしないこと、それに歩く習慣を常に持っておくことである。なぜなら、母親体型になることで、少し体重を増やし、体の重点を下げてくるので、それによって育児をしやすい体型になれるのであるが、その反面、膝に体重がかかってしまい、膝の故障で悩む可能性が出て来るのだ。

 出産した女性に限って膝の痛みで悩むのは、自分の体型が変わったのに、それに対応する生活習慣を整えなかったからなのである。出産した女性が膝を故障してしまうと、歩けなくなってしまい、肥満が加速していくので、まだ若いうちから正坐をするのを避け、日頃からウォーキングをして、体を鍛えておくことだ。

③乳癌や子宮癌の防止

 女性ホルモンは女性の体を女らしくして美しくしていく反面、体を冷やしてしまうという副作用があるので、女性は出産しないと乳癌や子宮癌になってしまう危険性が高くなってしまうのだ。赤ちゃんを出産した女性には、母性ホルモンが分泌され始めるので、その母性ホルモンの作用によって体が温まり、女性ホルモンの副作用を緩和してくれ、乳癌や子宮癌の発症を防いでくれるのだ。

 乳房も授乳することで使用されるので、癌細胞が発生する余地がなくなってしまい、子宮も妊娠と出産を経験することで、癌細胞が発生する余地がなくなってしまうのだ。人間のどの器官も使用すれば細胞が活性していくので、癌細胞が発生してくる余地がなくなるのである。だからこそ、乳癌や子宮癌を防ぐことができるのだ。

④更年期障害や骨粗鬆症の防止

 女性は女性ホルモンの分泌が低下し始めると、体調が急激に悪化し、その過程で更年期障害を発症したり、骨粗鬆症を発症してしまうのだ。更年期障害を発症してしまうと、女性は自分の精神になんら問題を抱えていないのに、鬱状態になってしまい、自分のすべての人間関係を破壊していってしまうのだ。そのため、40代や50代といった人生の爛熟期に様々なトラブルを自分から発生させ、自分の人生を窮地に陥れてしまうようになってしまうのだ。母性ホルモンの分泌は、その急激な女性ホルモンの低下を緩和して、更年期障害を阻止してくれるのだ。

 女性が50歳を過ぎると骨折しやすくなるのは、女性ホルモンが分泌されなくなったために、骨を維持するホルモンがなくなってしまったからなのである。だから、女性はちゃんと赤ちゃんを産んで、母性ホルモンが分泌されるようにし、骨粗鬆症が発症しないようにするべきなのだ。

 但し、赤ちゃんを産んでも骨粗鬆症になる女性は、日頃から「白米」を食べ、甘いお菓子が大好きな女性たちなのだ。白米を食べ続けると、体が酸化してしまい、それによって骨からカルシウムが流出しやすくなり、甘いお菓子を食べ続けていると、歯からエナメル質が溶けてしまうので、出産したら白米をやめ玄米に変え、甘いお菓子を控え、どうしても甘いお菓子を食べたいのであるならば、白砂糖ではなく黒砂糖や蜂蜜でお菓子を作って食べればいいのだ。

●母性愛を育んでいく

⑤母性愛を育み、自然と育児の仕方が解るようになる

 そして、母親が赤ちゃんに母乳を授乳させる最大の効果は、母性愛を育み、自然と育児の仕方が解るようになることである。赤ちゃんを産んだ母親にとって、赤ちゃんが母乳を飲んでくれるたびに、自分の脳内から母性ホルモンが分泌され続けるので、自然と自分が母親らしい母親に成長していくことが可能になるのだ。

 母性愛は母親らしい母親になれたからこそ、自分の心の中から湧き出してくるものであって、その母性愛が出て来るからこそ、自然と赤ちゃんへの対応の仕方が解り、赤ちゃんにとって最適な育児の仕方が解ってくるのだ。育児の仕方なんて、育児マニュアル本を読んだ所で、巧くできるものではないのだ。母親が赤ちゃんに母乳を与え続ければ、自然と育児の仕方が解ってくるのだ。

 母性愛は育児の中でもっとも大事なものである。母性愛は「絶対肯定の愛」である。赤ちゃんに何か価値があるから愛そうとするのではなく、赤ちゃんがこの世に生きていてくれるだけで嬉しくなってしまい、赤ちゃんに無条件で注いでいってしまう愛なのだ。この母性愛があるからこそ、赤ちゃんをいかなることがあっても守ることができ、赤ちゃんの不具合や病気をすぐさま察知して対処することができる母親になることができるのである。

 母親は赤ちゃんを産めば、その赤ちゃんが五体満足で健康な赤ちゃんだろうが、難病を抱えて生まれてきた赤ちゃんだろうが、五体不満足で身体障害者の赤ちゃんだろうが、いかなる赤ちゃんだったとしても母性愛を注ごうとするのだ。なぜなら、母性愛は絶対肯定の愛だから、赤ちゃんが生きていてくれるだけで嬉しいのだ。

 ほとんど人々は恵まれた状態を当たり前と思いこんでいるのだ。難病のある赤ちゃんがいる母親を「大変だ!」と思ったり、身体障害者の赤ちゃんがいる母親を「可哀想に!」と思ってしまったりして、自分を高い場所に置いて、高慢になっているのだ。母親であるならば、その赤ちゃんがどんな赤ちゃんであったとしても、愛を注ぐのは当然なのだ。なぜなら、母性愛は無条件で愛を注ごうとするからだ。

 難病の赤ちゃんがいる母親や、身体障害者の赤ちゃんがいる母親を蔑んででしまうのは、もはやその人の心の中に母性愛の蓄積がなくなっているということなのである。人間の心の中から母性愛がなくなってしまえば、自分を絶対に肯定することができず、自分を絶対的に否定するようになり、他人をも絶対的に否定するような生き方しかできなくなってしまうのである。

 いくら恋愛至上主義に徹して恋愛を賛美するのは構わない。イケメンに「キャーキャー!」言うのも構わない。しかし、そういった愛は価値ある者にしか注げない愛であって、母性愛よりも遥かに劣るものなのである。人間が持てる愛で、母性愛よりも価値ある愛など、この世には存在しないのである。

 女性が結婚して、妊娠して、出産して、やっと自分の心の中から母性愛が出て来るのである。自分が産んだ赤ちゃんがどのような赤ちゃんであったとしても、母性愛が出て来ている母親は、母性愛を注いでしまうのである。このような本当に素晴らしい愛を出すことができるからこそ、自分の精神が成長していき、今まで見えなかったものが見えるようになり、今まで解らなかったものまでもが解るようになっていくのである。母性愛を出せるようになるということは、自分の精神に偉大なる変革が起こっているということなのである。

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初乳は必ず「黄金の母乳」を

●初めてのお乳は、必ず人間の母乳にすること

 生まれて初めて赤ちゃんに母乳をあげる時、新米ママの授乳の仕方は物凄くぎこちない。でも、それでいいのだ。初めから、慣れた手つきで行う方が異常なのだ。最初は誰でも巧くないのが当たり前なのだ。授乳の仕方など何度も何度も遣り続けるからこそ、巧くなっていくものなのだ。

 赤ちゃんにとって生まれて初めての母乳は、自分がこの世に生存していくにあたって、非常に重要なものなのである。なぜなら、免疫力を決定的にするからだ。母親が与える母乳でなければ、赤ちゃんの免疫力はつかないからだ。特に初乳は非常に免疫力が高くなるようにできており、赤ちゃんがこれを飲まないと、免疫力の基礎ができなくなってしまうのだ。

 病院で出産すると、産まれたての赤ちゃんに「ミルク」を与えてしまうのだが、このミルクを飲んでsまうと、栄養にはなっても、免疫力をつけることはできないのだ。それどころか、ミルクの抗体がそのまま赤ちゃんの体に入ってしまい、離乳食病に罹り、抗原抗体反応を示し始め、アレルギーやアトピー性皮膚炎など、様々な免疫異常の病気を発生させてしまうのだ。

 初めて出産した母親の母乳は、薄くて黄色く母乳らしい母乳ではないのだが、これこそが赤ちゃんにとっては「黄金の母乳」なのだ。この黄金の母乳なしには、赤ちゃんは免疫力をつけていくことができないのだ。赤ちゃんにとっては、絶対に代わりが効かない母乳なのだ。

 昔はこの母乳は母乳ではないとして捨てていたのだが、そのために乳幼児の死亡率が非常に高くなってしまったのだ。また、貴族階級は我が子に母親が授乳させず、乳母を探し出してきて、その乳母に母乳を与えさせていたのだが、乳母からは通常の母乳を貰うことはできても、「黄金の母乳」を貰うことができなかったので、貴族階級の乳幼児はバタバタと死んでいったのである。

 人間は習慣性を持つ動物である。しかし、その習慣が必ずしも正しいとは限らないのだ。庶民の母親たちは初乳を捨てる習慣を持ち、貴族階級は母親が赤ちゃんを育てない習慣を持ち、現在の母親たちは病気でもないのに病院で出産しようとするのである。だからこそ、妊娠や出産や育児でトラブルが絶えないのだ。その習慣が本当に正しいものか、冷静になって確かめてみることが必要なのである。

●初乳は薄くて、余り出ないもの

 初乳は薄くて余り出ないものなのだ。だから、出生後48時間耐久断食をさせて、母親の乳房が膨らみ、初乳が貯まった状態で授乳させるのが、最善の選択肢なのだ。これ以外の方法で授乳させると、乳房も膨らまないし、初乳も貯まっていないので、赤ちゃんが本当に飲んでいるのかすら、解らなくなってしまうのだ。

 しかも、初乳では余り授乳の仕方が巧くないので、赤ちゃんが飲みやすいような態勢で授乳させることができず、赤ちゃんに不必要な緊張を強いてしまい、どうしても赤ちゃんの飲みっぷりが悪くなってしまうのだ。どうすれば赤ちゃんが巧く母乳を飲んでくれるようになるかは、助産婦や母親に教えを乞うなり、自分でゆっくりと時間をかけて授乳の仕方を工夫していけばいいのだ。

 初乳が巧く授乳できないからといって、ミルクを使用するのは、絶対に禁止である。赤ちゃんは余り出ない初乳を一生懸命に乳首にしゃぶりついて出そうとしているのだ。それなのに、哺乳瓶でミルクを与えてしまったら、赤ちゃんは無理に吸いつかなくてもミルクを飲めてしまうために、今後、母乳を飲まなくなってしまうのだ。赤ちゃんがミルクを飲むために必要な力は、母乳を飲む時の30分の1以下の僅かな力で飲めてしまうのだ。だから、一度でもミルクを飲んでしまうと、赤ちゃんは母乳を嫌がるようになってしまうのだ。

 初乳は大量に飲ませるものではないのだ。赤ちゃんの免疫力を決定的にするために飲ましているのである。よく、産婦人科医たちは、ミルクと母乳の栄養分の違いを示して、ミルクの方が栄養的には優れているという意見をいうのだが、赤ちゃんに必要なのは、たくさんの栄養素ではなく、免疫力なのである。

 今まで母親の胎内にいた赤ちゃんにとっては、この外界は細菌で一杯の危険な世界なのである。赤ちゃんは免疫力がないために、そのままで細菌に侵されて死んでしまうのだ。だから、一刻も早く免疫力をつけなければならず、それゆえ、生まれてきた赤ちゃんは母親の母乳を飲むことで免疫力をつけていくのだ。

 赤ちゃんにとっては、母乳を飲み続け生後6ヵ月でやっと母親の抗体で自分の体を守ることができ、更に母乳を飲み続けて、生後2年でやっと自分で自分の抗体を作り出すことができるようになるのだ。それだけ免疫力をつけるのには、時間がかかるものなのである。これは哺乳動物である人類の宿命的な作業なのである。

●「初乳」「移行乳」「成熟乳」

 それゆえ、母親が出す母乳も常に一定ではないのだ。初乳は産後3日までの母乳で、薄いし、黄色味がかっていて、量も少ない。しかし、この初乳こそ、黄金の母乳で、赤ちゃんの免疫力の基礎を作り上げるのだ。赤ちゃんにとって生まれて初めて飲む母乳なので、余り濃くても困るのだ。それを消化吸収できる機能が内臓にはまだできていないのだ。最初に飲む母乳は、黄金の母乳で充分なのだ。

 移行乳は産後4日から15日までの母乳をいう。初乳よりも徐々に濃くなり、白濁色の母乳である。これは赤ちゃんに徐々に母乳にならすためで、赤ちゃんにとっては初乳に続いて移行乳を貰えるからこそ、自分の内臓を母乳をきちんと処理できる内臓に変えていくことができるようになるのだ。赤ちゃんにとっては生後15日までの間に母乳以外の栄養素を与えられてしまうと、それを充分に処理できない体になってしまうのだ。ミルクを飲んで育った赤ちゃんが下痢をしやすくなり、すぐに病気になってしまうのは、このためなのだ。

 成熟乳は、産後16日以降の母乳をいう。成熟乳は我々が通常「母乳」と思っている母乳である。母乳らしい母乳は、産後16日以降から出て来る以上、母親の授乳の仕方はこの頃までに巧くなっていればいいということなのだ。新米ママだと、「赤ちゃんは本当にお乳を飲んでいるのかな?」とか、「赤ちゃんの抱き方が巧く解らない」とかいう疑問を持つことは当然なのだ。授乳の仕方や赤ちゃんの抱き方を習得するのに、出産直後から産後15日まで余裕があるということなのだ。それゆえ、この期間中に習得していけばいいのだ。

 母乳は「初乳」「移行乳」「成熟乳」を経て、段々と濃くなっていくのだ。赤ちゃんにとっては母乳がこのような段階を経てくれるからこそ、自分の内臓を母乳をきちんと処理できるように変え、母乳を飲んでも下痢をしないような体に変えることができるのである。出生前は、臍の緒から栄養素を取り入れていた赤ちゃんにとっては、口から栄養素を入れるということは、自分の内臓に非常に大きな変換を強いることになるのである。

 それらを無視して、ミルクの方がより多くの栄養素が含まれているからといって、ミルクを与えていては、赤ちゃんは内臓を変換していくことができないのだ。いきなり完成された栄養素が入っているミルクを飲まされたら、赤ちゃんだって内臓を変換することができず、下痢をしてミルクを体外に流し出すしか方法はなくなってしまうのだ。

●赤ちゃんは生後6ヵ月間で母親の抗体を貰って、免疫力を整えていく

 赤ちゃんにとっては、外界に存在する細菌たちとの戦いは延々と続いていくのである。生後6ヵ月以内ではまだ体の中で抗体がきちんと整備されていないために、いつだって死ぬ可能性があるのだ。赤ちゃんは生後6ヵ月間で母乳を通じて母親の抗体を貰って、自分の免疫力を整えていくのだ。

 それゆえ、生後6ヵ月以内は、絶対に母親の母乳以外のものを与えてはならないのだ。ミルクをいくら与えても免疫力をつけることはできないのだ。それどころかミルクの抗体が赤ちゃんの体に入ってしまい、これが抗原抗体反応を示して、無数の病気を連発させていくのだ。赤ちゃんの免疫力は、母親の母乳を通じてしか作り出せないのだ。

 赤ちゃんは生後2年を過ぎない限り、自分で抗体を作り出すことができないので、それまでは母親の母乳のみで生きていくしかないのだ。生後2年以内の赤ちゃんに離乳食なんていならないのだ。離乳食をいくら食べても、免疫力を作り出せないからだ。赤ちゃんの免疫力を作り出すのは、母親の母乳でしかないということを、育児の最中は絶対に忘れるべきではないのだ。

 ミルクは本来「牛の赤ちゃん」を育てる用のものなので、母乳よりもカルシウムなどが多く含まれている。だから、ミルクと母乳を比較すれば、ミルクの方が栄養的には高くなってしまうのだ。だからといって、母乳が赤ちゃんにとって体にいいものではないのだ。赤ちゃんは生後2年以内は、立派な「体格」を作るのではなく、外界に適応できるよう「体質」を作っているのである。この体質作りのためには、母乳以外の飲み物を考え出すことはできないのである。

 離乳食もまったく同じで、赤ちゃんに早いうちから離乳食を食べさせれば、それだけ体は早くに成長してくれる。しかし、それは赤ちゃんの免疫力を犠牲にした上での成長なのである。だからこそ、早いうちから離乳食をたべさせた赤ちゃんは、赤ちゃんの時に病気するだけでなく、その後の成長過程でも病気をしまくるようになってしまうのだ。体は大きくとも、免疫力がついていないために、細菌に物凄く弱い体になってしまったのだ。

 育児の最中は決して医者たちの意見に騙されないことだ。自分の乳房から母乳が出て来ているのに、わざわざミルクを与える必要性はないのだ。赤ちゃんの歯が生え揃っていないのに、離乳食を与える必要性はないのだ。赤ちゃんが生まれてから、2年間は赤ちゃんに免疫力を与え続れば、それでいいのである。それこそが、赤ちゃんに対する最高のプレゼントになるのだ。

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特別自然科学論文:「人類の進化の謎」と「赤ちゃんの胎便」

●赤ちゃんの胎便排出こそが、人間を進化させた

 赤ちゃんの胎便排出は、実は人間の進化と深い関係を持っている。赤ちゃんがちゃんと胎便を排出さえしてくれれば、大腸は奇麗になり、機能を活発化させて、安全な水分を腎臓に送ることができる。腎臓はそれを濾過して、奇麗な水分を全身に供給することができ、特に心臓がその奇麗な水分を使って、心臓を二足歩行に耐えられるだけの血液を送る心臓への成長していくことが可能になるのだ。

 赤ちゃんの心臓を産まれてから1年以上かけて強くしていき、二足歩行が可能になれば、それだけ強い血圧で赤ちゃんの頭部に血液が流れることになるので、脳は成長をしていくことができるのだ。人間の体は男女ともに19歳で成長期は終わるが、脳は年齢に関係なく使用し続ければ続けるほど成長していくことができるので、大腸と心臓が健康に育ってさえくれれば、脳を成長させ、それが人間の進化に繋がったのである。

 だからこそ、昔の母親たちは、胎便の排出に拘ったのである。これさえ出れば、赤ちゃんは病気をせず、無事に育つということに、経験則に気づいていたのであろう。ところが、医者が出産に手を出すようになってから、この胎便排出の絶対的な重要性を忘れてしまい、そのために、赤ちゃんは病気のオンパレードになり、心臓も脳も無事に成長させることができなくなってしまい、脳も充分に成長せず、知能を高くすることができなくなってしまったのだ。

 大学で教育を受けてしまった女性たちは、どうしても頭でっかちになりがちだ。「大腸の安全化」こそが、育児の要なのである。胎便をきちんと排出させていないのに、無理矢理に二足歩行させたり、幼児から教育を施し頭を良くしようとしても、それは無理なのである。そういう育て方をしてしまえば、どうしても健全に知能が発達しないし、人格的にも歪んだ人間になってしまうのだ。

 胎便排出によって強化された大腸は、奇麗な水分を救急することによって心臓を強化し、強化された心臓は高い血圧によって血液を多く送って脳を強化していくのだ。この三つの繋がりがなければ、人間は知能を高くすることができないのだ。勉強によって頭だけを鍛えても、人間としてきちんと土台ができていないから、健全な成長をしてくれなくなってしまうのだ。

 そもそも、頭だけに脳があると思い込んでいるのが根本的な過ちで、大腸と心臓と頭が繋がっている以上、脳はそれぞれの器官の中にも存在しているのだ。大腸には「腸脳」があり、「霊魂」が宿る場所なのだ。心臓は「心脳」があり、「心」が宿る場所なのだ。頭には「頭脳」があり、「感性」「理性」「意志」が宿る場所なのだ。

 多くの誤れる母親たちは、教育によって自分の子供の理性だけを鍛えてしまい、霊魂もj心も感性も意志などをまったく鍛えさせないのだ。だからこそ、高い偏差値を記録し、一流の大学を卒業した人間たちが、霊魂の存在を否定したり、神の存在を否定し出すようになったり、心を鍛えていないために、人格的に卑劣で、いつも人間関係でトラブルを生じさせてしまうったり、感性が成長していないために物事の感受性が物凄く弱く、そして意志が鍛えられていないために、他人への批判をするが、自分で自分が本当にしたいことを実行することができないでいるのだ。

 現在の教育制度では、筆記試験ができた者だけを優秀と看做すシステムになっているので、このシステムこそが誤りなのである。教育は「知育」「体育」「徳育」の三つが揃ってこそ、まともな教育になるので、筆記試験だけでなく、体育の試験をも導入すべきだし、学級会や生徒会の役員をやったとか、ボランティア活動をやったとかを考慮して、そういう人物を優先的に優遇していくシステムに変えていかなければ、大学生なのに麻薬事件や強姦事件や殺人事件を起こしたり、大学を卒業したというのに、歪んだ考えや邪悪なイデオロギーに取りつかれてしまう人たちが跡を絶たないことだろう。

●人間は進化の完成体ではなく、進化の途上にある生命体

 人間は「腸脳」「心脳」「頭脳」の三つの脳を持ったからこそ、人間は進化を遂げることが可能になったのだ。人間の進化の歴史の始まりは、果実食動物であった人類の子孫が、フルーツが実るジャングルから、湖の中に生活拠点を移したことに始まる。霊長類はすべて果実食動物であるが、果実だけでなく、草や水草も食べる。その中でも我々人類の祖先は「水草」を多く食べることを好み、食物繊維の豊富な水草を大量に食べることによって、大腸を成長させ長くしていったのだ。

 しかも、水の浮力で二足歩行が可能になり、それによって体に内臓を広げるスペースが充分にでき、内臓の機能を上げることによって、「魚」という動物性の食べ物を食べることが可能になったのだ。この魚の動物性蛋白質こそが筋肉を強化させたし、この魚の動物性脂肪こそが頭脳を強化させたのである。この湖での生活がいかに人類の進化にインパクトがあったかは、未だに人類は二足歩行をしているし、指と指の間には水掻きの跡が残っていることも解る。

 そして、二足歩行を開始した人類は、湖から草原に出た。しかし、たくさんの猛獣がいる草原では人間は圧倒的に不利で、獲物を獲ることができないので、他の動物が見向きもしなかった「根菜類」を見つけ出して食べることになった。この根菜類を食べることによって、豊富な炭水化物を得ることによって、筋肉の量を大いに増やし、草原で生きていけるだけの体力を得ただろうし、またその豊富な食物繊維のお蔭で、人間の大腸の機能を向上させ、長くすることによって、人間の頭脳をより強化させたのである。

 更に知能を高めた人類は、猛獣が食べ残した動物の骨を取ってきて、骨の中にある骨髄を食べるようになった。この骨の骨髄こそは、高カロリーの食品であって、これを食べることによって、知能を飛躍的に高めることができたのである。この進化がいかに強烈であったかは、未だに人間の手の形が、動物の骨を握るのに適した形になっていることでも解る。

 その後、人類はその高い知能を使って、草食動物を捕らえることができるようになり、肉食を開始することによって、更に筋肉量を増やし、脳の容積量を増加させ、知能を高めていったのだろう。そしてアフリカだけでは人口を賄えなくなり、アフリカ大陸を出て、獲物を求めて全世界に広がっていったのだ。

 ところが、今から1万2千年前に地球大変動が起こって、草花が豊かに咲いていたシベリアが一夜にして凍りつくという気候変動を経験した。その際にシベリアに展開していたモンゴロイドたちは、体を進化させ、凹凸のない顔にして凍傷を防ぎ、胴長にして脂肪を多く蓄えることで、寒さを凌いだのだ。

 この豊富な体脂肪こそが更に人間の知能を高くさせ、その後に農耕や牧畜を開始し、モンゴロイドのシュメール人たちが、アムダリア川とシルダリア川の間から南下して、メソポタミアの地にいって、人類で初めてメソポタミア文明を築き上げることができるようになったのだ。シュメール人たちは楔形文字を開発したので、この文字の使用こそが、更に人間の知能を発達させ、人間が使用する語彙を爆発的に増加させて、人間の生活を飛躍的に豊かなものに変えていったのだ。

 ユダヤ=キリスト教では、人間は神の姿に似せて創られたと考えてくるので、人間は完成体だと思い込んでしまう。人間は既に完成体なのだから、自分が悔い改めることによって、正しい位置に復帰して、律法を守るなり、信仰をするなりして、自分を義人にならければならないという考えた方を持ってしまう。しかし、人間は決して進化の完成体ではなく、進化の途上にある生命体なのだ。律法を守った所で、信仰をした所で、人間は義人なんかにはなれないのだ。我々は自分を完成体だと思って進化を止めてしまうのではなく、自分を未完成だと思って進化をし続けることでしか、自然界の義人にはなれないのだ。、

●行動様式の変化こそ進化の原動力である

 こうやって人類の進化の歴史を見てくると、進化の原動力は行動様式の変化こそにあると結論づけていいのだ。行動様式が変わり、地球の重力と骨の力学的特性に従って、骨の形が変わり、それによって内臓が変わり、心臓を強くして、脳を進化させたのである。動物の遺伝子はその行動様式の変化に追随したにすぎないのだ。

 突然変異や生存競争や環境適応によっれ進化が起こったわけではなく、人類が食べた物がそれまでと違ったからこそ、進化できたのである。霊長類の中で突然変異が起こったわけではなく、霊長類のくせにジャングルよりも湖に行き、水草を大量に食べるトンマな霊長類がいたからこそ、進化が始まったのである。決して霊長類の中で突然変異が起こったからではないのである。

 人類の進化の歴史を見る限りにおいて、チャールズ・ダーウィンの進化論は間違っており、ジャン・バティスト・ラマルクが発見した法則こそが正しいのだ。進化論と聞くと、ダーウィンを思い出してしまうのだが、ダーウィンは博物学的な収集の仕方で進化の仮説を挙げただけであって、決して科学的に進化の法則を発見したわけではないのだ。進化論の論争で根本的な誤りは、ダーウィンの仮説を進化の法則と置き換えていることなのである。ラマルクが発見した法則は、「用不用の法則」と「獲得形質遺伝の法則」からなる。

①用不用の法則

 動物の器官は、生育の範囲を超えない限り、使えば発達し、使わなければ委縮することもある。

②獲得形質遺伝の法則

 この行動様式が雌雄共通の場合は、生殖を介して、この変化は子孫に伝わる。

 人類の進化の歴史を見る限り、まさにこの法則のもとに、人類は進化してきたのである。四足歩行だった人類の祖先は、湖の浮力を使って二足歩行が可能になり、この二足歩行をするために心臓を発達させて、その心臓から送り出される高い血圧の血液が頭部に行き、人類は徐々に知能を高めていったのだ。一方、二足歩行を開始したために、霊長類にある筈の尻尾が退化してしまったのだ。

 この二足歩行を始めとする行動様式の変化は、生殖を何世代も繰り返すことによって、その変化が子孫に遺伝していったのである。決して人類は突然変異で遺伝子を変えていったのではなく、行動様式が今までとは違ったからこそ、その範囲内で遺伝子が変わっていったのである。

●マクロの変化こそがミクロの変化を引き起こす

 ラマルクの学説に対して、ダーウィンの学説がというと「個体変異説」と「自然選択説」の二つからなる。

①個体変異説 

 すべての生物は変異を持ち、変異のうち一部は子孫へと伝達していき、その変異の中に生存と繁栄に有利な物がある場合、その子孫は繁栄していく

②自然選択説

 限られた資源を生物個体同士が争い、生存し続けるために、生存競争をし、それによって自然選択がなされ、環境に適応できない生物は自然淘汰され、環境に適応できた生物は適者生存の状態になり、繁栄していく

 個体変異説がおかしいのは、その個体の変異は一体なぜに発生したかの説明がつかないことなのである。こういう考え方では突然変異の考えを取り入れてしまうことになってしまう。生物は生殖の過程で、日々変異しているし、突然変異だって産まれている。しかし、それらの個体は進化にはなんの影響をももたらさないのである。

 進化をもたらすのは、その生物の行動様式が変化したからであって、その行動様式の変化が子々孫々に継続されればこそ、遺伝子は変異し、その変異した遺伝子がその後、退化する変異に向かわないで、その変異を維持し続けるのである。順序が逆なのである。

 自然選択説にしても、人類は他の猛獣たちとの生存競争を避けながら進化を続けてきたのであって、しかも、人類は地球環境に適応したことなど一度もないのだ。寧ろ、ほとんどの場合、生存競争などせず、棲み分けを行って、他の猛獣たちが食べない物をせっせと食べてきたのだ。人類は現在、自然界の頂点には立っているが、その地位の獲得のために、地球環境に適応したのではなく、地球環境を破壊し、創り変えることによって獲得してきたのだ。

 ダーウィンの学説の根本的な過ちは、ミクロの変化がマクロの変化を引き起こすと考えていることである。そうなのではなく、マクロの変化こそが、ミクロの変化を引き起こすのだ。人間のみならず、すべての動物たちの進化は、行動様式の変化こそが最大の原因であって、突然変異や生存競争や環境適応が原因ではないのだ。植物と動物とでは進化の仕組みが異なるのであって、それをごっちゃにしてはならないのだ。

 もしも、個体が変異するなら、シーラカンスという生きた化石が存在するわけがない。シーラカンスは行動様式を変えなかったからこそ、進化を停止することができたのである。個体間で起こる変異や突然変異も、行動様式の変化によって引き起こされない限り、無意味なのである。

 だからこそ、人間のような進化の過程にいる生命体もいれば、シーラカンスのように進化を停止させた生命体も存在するのである。もしも、環境適応できない生物が自然淘汰されているなら、人間は自然淘汰だれた筈である。人間はいつでも地球の環境に適応したわけではないからだ。シーラカンスにしても必ずしも環境に適応しているとは言い難いのだ。シーラカンスの猟の仕方よりも、他の魚の方が捕食の仕方は巧いからだ。

●人類進化の三大法則

 人類の進化は、個体変異説や自然選択説では説明がつかないのである。確かに人類の進化の過程で個体は変異したし、生存競争をしたかもしれない。しかし、それらは進化の過程の中で現われてくる「現象」であって、法則ではないのだ。現象を以て法則に変えることはできないのだ。

①行動様式変動の法則

 人類の進化の最大の原動力は、捕食における行動様式の変化である。人類は果実食動物なのに、湖で水草を大量に食べ、二足歩行を可能にさせたからこそ、人類の進化が始まったのである。その行動様式の変化が、一人の行動様式の変化ではなく、種として変化が行われ、それが生殖による変化の継続を行われ、その行動様式に合うように遺伝子が変異を起こして追随していったのである。

 この行動様式の変動においてもっとも重要なのは、「重力」であって、重力を無視するような行動様式を取ることができないのだ。あくまでのその重力の範囲内で行動様式の変化が行われ、人間が有する「骨の特性」によって骨格が変化し、それによって内臓が変化し、そして頭脳が変化していったのだ。

 その行動様式の変化が、生殖による遺伝子の変化によって、行動様式の変化に追随していくのである。従って、進化は1人の人間には起こらないのであって、あくまでも生殖によって遺伝子がその行動様式の変化に合うように変異してくれなければ変化しないのだ。人間の生殖は男女の違う遺伝子を融合させるので、常に進化のスタンバイができているのだ。このように、生物は行動様式の変動によって進化することが内臓されているのだ。それゆえ、行動様式を変化させなければ進化は起こらないし、行動様式を変化させれば進化が起こるのだ。

②自然界内地位変動の法則

 進化は決して個体だけは発生しない。進化の単位は「種」である。そして、その種は「草食動物」と「肉食動物」によって大きく違い、草食動物は草や果実させあれば無制限に繁殖できるが、肉食動物は草食動物を餌とするために食料が少ない。そのため、内部で殺し合いをすることによって、生存数を調整し、外部においては、「棲み分け」と「生存競争」をすることによって、生存数を調整する。

 人間にとっては、国内の殺人事件や死刑制度、国外での戦争によって、生存数を調整させるのだ。いくら殺人事件を防止しようとも、いくら死刑制度に反対しようとも、いくら戦争に反対しようとも、人間はこれらのことを起こしてしまうのである。そうしなければ、生存数を調整できず、人類そのものが共倒れになってしまい、絶滅してしまうかrだ。

 人類は本来は草食動物だった。しかし、進化を開始することによって、肉食動物の機能も果たし始めたので、どうしても肉食動物が持つ残酷な宿命を果たしていけなければならなくなったのだ。自然界内では地位が高くなればなるほど、残酷なことしなければ、その地位を保つことができないからだ。

 行動様式の変化によって、この自然界内の地位を変動させたことで、種の内部で殺し合いをすることによって、更に進化しなければならなくなったのである。人類の進化の過程で、なぜ猿人や原人や新人が絶滅していったのかは、人類が自ら獲得した自然界の地位を守るためにやったということでしか説明がつかないのだ。そのくせ、人類は猛獣には物凄く弱くて、進化の過程のほとんどの間、これらの猛獣との生存競争を避け、棲み分けることによって進化してきたのである。

③地球環境変動の法則

 そして最後に、人類の進化に決定的な影響を与えたものは、地球環境の変動である。人類が文明を誕生させる切っ掛けになったのが、今から1万2千年前に起こった地球大変動だからだ。なぜ地球環境が変動するのかといえば、地球に降り注ぐ太陽の太陽光が変動するし、地球と太陽が直角に交わっていないことによる気候変動が発生するし、また、隕石の衝突だって起こり得るからだ。

 地球環境が変動した場合、新たな行動様式を構築した種が、突然変異を繰り返しながら、最適の行動様式を取れる遺伝子に辿り着くと、それによってその種自体が一斉に変革し、生存できる場を拡大しながら、爆発的な進化を遂げてきたのである。地球環境に変動が起こると、種は一斉に短期間で変化するのである。

 通常の遺伝子の変異や突然変異は、進化には関係ない。地球環境が激変した後の一斉変革こそが大きな進化に繋がるのである。この一斉変革が起こった時に、その進化を阻む生物に対して絶滅が発生するのである。進化した人類の生息領域の拡大によってマンモスを始めとして、多くの生物が絶滅に追いやられるのである。

●進化の偶然性

 人類の進化は決して「必然の産物」ではないのだ。「偶然の産物」なのである。たまたま果実食動物なのに、湖で生活し出して、水草を大量に食べた、トンマな霊長類がいたからこそ、人類の進化が始まったのである。そして自然界内で地位を上昇させていき、より多くの食料を確保できることによって、更なる進化を遂げてきたのである。トドメが、地球環境の変動で、シベリアが一夜にして凍ってくれなければ、人類は未だに文明を形成できず、狩猟採集経済を営んでいたことだろう。

 生物は少しずつ進化していく。決して一足飛びに進化することなどできない。増してや、個体自体が進化することはない。あくまでも生殖によって変化が継続されない限り、進化など起きないのだ。その際、もっとも大事なことは、自然界の中で、「進化できる隠れた道」を見つ出し、子孫繁栄を遂げていくことなのである。その隠された道を見つけ出した生命体が偶然に進化をしまくり始めるのである。

 そして、その一方で、進化は地球環境の変動によって一斉変革が起こることが予定されており、その地球環境の変動を乗り切って、一斉変革を引き起こして、爆発的に繁栄を展開していくことなのである。これは地球で生息する以上、当然、制約を受けるべきものなのである。だから、環境に適応して、適者生存などということは起こらないのだ。環境に適応するのではなく、環境の変動を利用して行動様式を変化させ、一斉変革を開始することなのである。

 文明は人間たちが作った以上、「目的論」的ではある。なぜなら、文明はどんなに繁栄しようとも、所詮は人間の作りしものだからだ。だがしかし、生命体の進化は「機械論」的であって、すべては偶然の産物である。自然界を文明の尺度で見てはならないのだ。そんなことをすれば、まったく真実と違う学説を作り出してしまうだけになってしまうことだろう。

 ダーウィンの学説が受け入れられてしまうのは、進化の過程で、個体の変異だって起こっているし、自然選択のようなものも起こっているからなのである。しかし、それらは進化の過程で見られる現象で、決して現象の背後に潜む進化の法則ではないのだ。進化の法則を言い当てているのは、ラマルクであって、ダーウィンではないのだ。

●進化の玉突き現象

 進化の真実が見えてこない最大の原因は、生命体は種で生活を営んでおり、その種が地球環境の変動によって一斉変革をすることを、人為的に再現し、それを検証することができないからであろう。研究室で、遺伝子の変異や突然変異を作り出すことができても、一斉変革だけは作り出せないからだ。まさに「種は変化する時に、変化する」のである。人類はその変化すべき時に出会えないだけなのである。

 進化は決して個体で起こっているのではなく、種を単位として起こっており、その種の進化が「進化の玉突き現象」を起こし、自然界に様々な現象を引き起こしてしまうのだ。人類の進化でも、今から1万2千年前に地球大変動が起こり、たまたまシベリアの地にいたモンゴロイドたちが、体を進化させて、脂肪を蓄えてくれたことによって、脳に今まで以上に脂肪が行き渡り、脳細胞の数が増加して知能が上昇して、文明を作り出すだけの知能を獲得できたのだ。

 そのモンゴロイドに属するシュメール人たちが作り上げたメソポタミア文明を模倣するような形で、エジプト文明もインダス文明も黄河文明も出来上がったのだ。どの文明も大河を中心に文明を築き上げたが、人類が文明を持つ前は、大河は氾濫を繰り返すので、大河の流域にはそれほど多くの人口が住めなかったのに、文明が発生してしまうと、大河の流域を開墾して、多くの人口をかかえることができるようになったのである。

 そして多くの民族が文明化されると、農耕と牧畜をせざるをえなかったが、それなのに、モンゴル平原では農耕もせず牧畜もせず、未だに原始的な遊牧生活を送っていたモンゴル人たちが南下し始め、ユーラシア大陸のほとんどを征服してしまったのである。これもまた違う行動様式を持っていたらからこそ可能だったのである。

 モンゴル人によってユーラシア大陸の内陸部が繁栄してしまうと、西ヨーロッパの人々は貧乏になり、それで農耕や牧畜を中心とした経済をやめ、貿易によって富を稼ぎ出す方向に転換して、大航海時代が始まり、ポルトガル、スペイン、オランダ、そしてイギリスに覇権が移り、イギリスは七つの海を支配して、世界各地に植民地を持って、繁栄することができたのである。

 そのイギリスに対して、アメリカ合衆国は帝国主義の廃止を訴えて、イギリスを始めとして西ヨーロッパ諸国や日本の植民地を手放させることで、覇権を獲得して、パックス・アメリカーナを築き上げたのである。これもまた既存の行動様式と違う行動様式を取ったからこそ、繁栄を遂げることができたのである。

●進化の秘訣

 「進化の秘訣」があるとするなら、既存の行動様式とは違う新たな行動様式を取ることなのである。人間はすべての行動様式を捨て去ることはできない。生存を可能にさせる最低限の行動様式は維持しなくてはならない。だから、行動様式を保守すると共に、新たな行動様式にもチャレンジしていくのだ。

 現在の状況で言うなら、アメリカ合衆国がいくら覇権国家として繁栄していうとも、アメリカ人の生活を真似るのではなく、アメリカ人とは違う行動様式を取ってしまうことなのである。そうすれば、アメリカ合衆国の衰退が始まったら、それを絶好のチャンスとして、一気に進化を遂げ、地球上に繁栄させることが可能になるのである。

 そのためには、小さな政府を実現し、税金を安くし、公務員を少なくして、国民の自由の領域を広げてしまえばいいのだ。社会保障制度など廃止して、国民健康保険も介護保険も民営化してしまい、国民の自由にやらせればいいのだ。そうすれば、国民は自由に動くことができ、それによって新たな行動様式を構築していくことが可能になるのだ。

 なぜ、社会主義やフェミニズムが進化をもたらさないのかといえば、一つのイデオロギーによって、すべての国民に同一の行動様式を取らしてしまうからなのである。そうなってしまうと、進化の原動力である行動様式の変動が起こらず、しかも、地球環境が変動した場合に、その変動に対応できなくなってしまい、全滅してしまうからなのだ。

 更に、社会主義者やフェミニストが危険なのは、物事を必然的に捕え、偶然性を認めないことなのだ。進化は偶然で発生してくるものなのだ。それゆえ偶然を否定してしまうと、進化が起こらなくなってしまうのだ。イデオロギーで頭をパンパンにさせないで、物事を必然的に考えず、思考の余白を残しておくべきなのだ。のんいりと構えて、「偶然の力」を持つべきなのだ。

 そして、進化が始まったら、世界の中で主導権を握って、繁栄できる隠された道を探り当て、そして一気に繁栄していけばいいのだ。進化は起こる時には起こり、急激に進化が展開されるのだ。問題意識を持って、社会の矛盾をいくら指摘しても、進化が始まってしまえば、そんなことほとんど問題にならないのだ。どんなに社会改革を行い、この社会を素晴らしくしても、矛盾のない社会など作り出すことができないのだ。社会に矛盾があるということ自体、その社会は生きているということなのである。

 社会の矛盾を解消させてしまえば、社会は死滅するしかないのだ。「貧富の格差」「男女の性差」「派遣切り」などは、その社会が生きているかこそ、起こりうる問題であって、その社会問題を人為的に解消させてしまえば、現在我々は享受している繁栄さえ根こそぎ奪い取られ、社会には一切の自由がなくなり、凄まじい極貧を味合わなくてはならなくなるのだ。

●人類の進化を守っていくために

 人類は万物の霊長として、自然界の頂点に君臨しているが、その地位が無条件で維持できるものではないのだ。人類の進化を守っていくためには、要は、大腸を健康にさせ、心臓を鍛え、脳を大きくしていくしかないのだ。人類は脳を巨大化させてしまったために、文明を作り出すことができたが、その反面、淫祀邪教や邪悪なイデオロギーをも生み出してしまう、愚かな部分も持ち合わせているのだ。

 だから、赤ちゃんの時に胎便をきちんと排出して、大腸を鍛え、心臓を鍛え、脳を鍛えていくしかないのだ。この作業を死ぬまで続けていくしかないのだ。そして自分の人生で淫祀邪教や邪悪なイデオロギーに洗脳されないように、常に正しい宗教や正しい学問を学び研究していくしかないのだ。この地道な作業を繰り返していかないと、淫祀邪教や邪悪なイデオロギーに洗脳され、自らの繁栄を根こそぎ奪われてしまうことになってしまうのだ。

 自分の脳を発達させたいなら、我が子の脳を発達させたいなら、人類の進化の軌跡をたどっていけばいいのだ。人類はそもそも果実食動物だったのだから、日々の食生活で「フル-ツ」を食べることを忘れないことだ。そして「水草」を食べ、「魚」を食べ、「根菜類」を食べ、「骨髄」を食べることだ。我々日本民族は現在では水草は食べなくなってしまったが、海藻類を食べることで代用している。和食では魚や根菜類は食べるけど、和食では骨髄を食べない。それゆえ、骨髄をきちんと料理で使い、摂取していけばいいのだ。

 それから「動物の肉」を食べる。動物の肉と言っても、筋肉や脂肪だけでなく、内臓や乳製品まですべてを食べてしまうことだ。最後に、「穀物」を食べる。穀物は精白穀物をたべるのではなく、無精白穀物にして食べることだ。日本人だからと言ってお米ばかりを食べるのではなく、五穀を食べ、ソバを食べ、他の穀物にもチャレンジしていけばいいのだ。

 その上で、体を鍛え、筋肉をつけ、それによって脳を鍛えていく。脳は脂肪でできているので、成長期には「植物性脂肪」や「動物性脂肪」を大量に食べて脳細胞を増やし、脳のエネルギーとなる「炭水化物」と「ビタミンB1」を日々の食事できちんと摂取していくことだ。勿論、日々勤勉勤労に励み、勉強や仕事で頭を使って、脳細胞を増やしていく努力を決して怠らないことだ。

 トドメは、定期的に断食をして、内臓を休ませ、できれば宿便排出断食を行い、宿便を排出してしまことだ。宿便を排出させてしまえば、大腸はクリーンになるので、大腸の機能が活性化し、それによって心臓や脳の機能も向上していくことになるのだ。こうした観点から見れば、出生直後の赤ちゃんの胎便排出は、知能を向上させていく人生の始まりであるのだ。

 ほとんどの母親たちは、赤ちゃんの胎便排出が、その後の赤ちゃんの人生で知能の高低を左右するなどと決して思っていないことだろう。それは人類の進化の過程を知らないからだ。自分の子供に無理矢理に勉強させ、一流大学に進学させたとしても、その子の内臓に宿便が詰まっていれば、碌なことを考え出さないものなのである。大腸が汚れていれば、汚い水分が頭部に送り届けられて、その汚い水分で思考しなければならないのである。当然に邪悪な考えしか思いつかなくなるのだ。

 現在の日本では世界各国から食料を輸入して、食料が不足することは有り得ない。だからこそ、日本で進化が始まるとするなら、断食をすることでしか始まらないのだ。赤ちゃんに断食をさせ胎便を排出させ、大人たちは宿便排出断食を行って宿便を排出していく。それをやった者たちだけが、高い知能を獲得して、新たな進化を遂げていくことになるのであろう。

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赤ちゃんの最初のもっとも大事な仕事は胎便を排出すること

●母親がびっくりするほどの胎便

 出生直後の赤ちゃんは決して閑人ではない。出生直後に、まずは自分の母親を確認しなければならないし、新生児黄疸を防止して脾臓を成熟させ心臓を変化させなければならない。そして出生直後の最大の仕事が胎便を排出することなのである。この「胎便の排出」こそが、赤ちゃんにとって最初の山場になるのである。

 赤ちゃんは10ヵ月間もの間、母親の胎内にいたわけではあるが、その間に溜まった老廃物や毒素を出生直後に大放出しなければならないのである。胎便は赤ちゃんにとって宿便であって、これを排出しないと、胎児としての自分が終わらず、外界に適応できなくなってしまうのだ。

 なぜなら、赤ちゃんの大腸に胎便を溜め込んでいると、大腸が外界に適応できるように巧く機能してくれず、大腸から汚い水分が腎臓に供給されて、その汚い水分が腎臓から全身へと駆け巡ってしまうからだ。こうなってしまうと、赤ちゃんは外界に適応できるように自分の体を変えていくことができなくなってしまうのだ。

 昔から、この赤ちゃんの胎便を排出させることに、母親たちは全力を尽くしてきたのだ。胎便は「カニババ」とか「カニクソ」などといわれて、この胎便が通常に排便とは異なっていることに気づいていたのだ。胎便を排出してしまえば、赤ちゃんはほとんど病気をしなくなるのだ。これは日本の母親たちが長い長い歴史の中でたくさんの経験を積み重ねていって獲得した貴重な経験則であるのだ。

 病院で出産してしまうと、この胎便の排出の絶対重要性を無視してくるために、病院で生まれた赤ちゃんはどうしても病気がちになってしまうのだ。出生直後に胎便を排出できなかったために、大腸が外界に適応できるように変形してくれず、そのために、どうしても内臓が巧く機能してくれず、それによって体の至る所で病気を発症させてしまうのだ。

●出生直後の48時間耐久断食

 胎便の排出は、母親の授乳の仕方と深い関係がある。母親が赤ちゃんに授乳してしまえば、赤ちゃんの内臓はその母乳を消化吸収することに追われてしまうので、胎便の排出にエネルギーを回せなくなってしまうのだ。だから、まずは赤ちゃんの胎便の排出が完全に終わってから、授乳するという方法が考え出されるのだ。

 赤ちゃんを出産したら、生後48時間にわたって、赤ちゃんに断食をさせるのである。生後48時間で胎便はすべて出し切ってしまうのだ。出産後48時間にわたって赤ちゃんに授乳させないというのは、驚かれるかと思うが、赤ちゃんは3日分の水と食料を体内に持っているので、決して水分不足にも栄養不足にもならないのだ。寧ろ、その間を利用して、赤ちゃんに胎便を排出させるのである。

 たださすがに赤ちゃんは母乳を欲しさに烈火のごとく泣き出すので、その際は、赤ちゃんが泣いたら、「薄い天日塩湯」を哺乳瓶に入れて飲ませるのだ。お湯は絶対に40℃以下にすることだ。天日塩を使うのは、天日塩の力を利用して、排便をしやすくするためだ。これを行うと、赤ちゃんは胎便を排出しやすくなるのだ。

 しかも、出産直後に母乳を与えず、出産後48時間経ってから授乳させようとすると、乳房がちゃんと膨らみ、初乳がきちんと出てくるのだ。多くの母親たちが初乳の少なさに嘆いているのと大違いなのだ。初乳というものは、実は出産後48時間耐久断食をするように作られているのだ。

 初乳は赤ちゃんの栄養補給を行うだけではなく、赤ちゃんの免疫力を決定的にさせるものなので、きちんと初乳を与えることだ。但し、初乳を与えるのは、出産の翌々日の午前7時を過ぎてからにすることだ。午前7時前では赤ちゃんは排便をする時間帯なので、午前7時を過ぎてから、初乳を与えることだ。

●出生直後の24時間耐久断食

 出生直後の48時間耐久断食は、胎便排出に凄まじい効果がありながらも、出産した翌日に赤ちゃんが大泣きしてくるので、母親の心情が害されてしまうという最大の難点があるのだ。そこで出生直後48時間耐久断食をさせるのではなく、その半分の出生直後24時間耐久断食を行うという方法もある。

 胎便は5回以上排出すると、胎便の大半を出したことになるのだ。胎便の大半を出し終わるのは、大体、出生してから24時間後であるのだ。だから、出産してから赤ちゃんには何も与えず、赤ちゃんに胎便排出を優先させ、胎便の大半を排出し終わったら、赤ちゃんに初乳を与えればいいのだ。

 出産後24時間だと、初乳は多くは出ないが、出ることは出る。但し、初乳を与えてしまうと、翌日の赤ちゃんの排便がなくなってしまうので、その後の赤ちゃんの排便には気をつけて排便をさせることだ。胎便をすべて出し切ったわけではないので、その後の排便で赤ちゃんは残りの胎便を出していくからだ。

 赤ちゃんが排便をしたなら、きちんと褒めて、赤ちゃんにとって排便をすることが快感になるように仕向けるのだ。排便の回数の多い健康な赤ちゃんだと、1日10回以上はしてくるので、苦労がらずに排便の処理をしていくことだ。絶対に赤ちゃんが排便したのに、面倒臭いといってオムツを換えないようなことはしないことだ。

 赤ちゃんをずっと寝かしておくのではなく、赤ちゃんが起きている時は、母親は赤ちゃんを抱いてあげるなりして、赤ちゃんの血行を良くしてあげることだ。赤ちゃんは寝っぱなしでいると血行が悪くなって排便の回数が減少してしまうので、赤ちゃんを動かしてあげることで血行を良くして排便の回数を多くするように仕向けてあげるのだ。

●胎便排出後からの24時間耐久断食

 母性本能の強い女性であるならば、出産直後の赤ちゃんに母乳を与えたいというのは、母親として当然に沸き起こってくる感情なのである。こういう母親に授乳を禁止させることは、彼女たちの心情を深く害することになるので、こういう時は仕方がないが、出産後すぐに初乳を与えても構わない。

 但し、初産の場合は、初乳はほとんど出て来ない。二人目以降の出産なら、初乳は出てくるが、量はそれほど多くはない。だから、決して初乳の量の少なさに対しては、不安がらないことだ。初乳は出産後48時間経たない限り、大量に出て来ることはないのだ。初乳の量よりも、その少ない初乳にも拘わらず、赤ちゃんがちゃんと初乳を飲んでくれることに感動を覚えるべきだろう。

 出生直後の赤ちゃんに母乳を与えてしまうと、赤ちゃんは翌日には胎便が出なくなってしまう。赤ちゃんは母乳の消化吸収を優先させてしまうからだ。しかも、出生後2日目に母乳を与えても、赤ちゃんは余り飲まなくなってしまう。お腹の中に胎便があるために、それほどお腹がすかないのだ。

 胎便は翌翌日から出て来る。赤ちゃんが胎便を排出し始めたら、母乳を与えるのを禁止し、それから24時間断食させることだ。胎便を排出させることに最優先させるのだ。赤ちゃんが母乳を欲しがったら、「「薄い天日塩湯」を哺乳瓶で与えて、胎便の排出を促してあげることだ。

 必ずしも24時間の断食と限定するのではなく、胎便が派出され終わるまで、断食を続けさせることだ。ウンコの色が、黄色くなってくれば、胎便の排出は終わりである。それまでは黒色や茶色のウンコをしまくるので、これらのウンコをきちんと出させてあげないと、胎便を出し切ったことにはならないのだ。

●一体、どの方法がいいのか?

 一体、どの遣り方がいいかといえば、やはり「出生直後48時間耐久断食」だろう。これを行えば、胎便はすべて排出することができるし、しかも、母親の乳房が膨らみ、充分な初乳が出て来るからだ。では、一体なぜ、赤ちゃんは胎便を排出し終わる前に、母乳を欲しがるような仕草をするのであろう?

 これはやはり人間の赤ちゃんは未熟児状態で生まれてきてしまうことに深い関係があるのだと思う。人間は脳を巨大化させてしまったために、人間の赤ちゃんは出生後すぐさま立って歩くことができない。普通の哺乳類の赤ちゃんであるならば、立ちあがることによって、自分の体に地球の重力をかけ、その重力の力によって胎便が出やすいように仕向ける。しかし、人間の赤ちゃんは出生直後に立つことができないために、どうしても断食という形でしか、胎便を排出させることができないのだ。そのくせ脳は巨大化しているので、母親に母乳を欲しがる仕草ができるだけの知能を持ち合わしているのだ。

 この赤ちゃんの脳に重点を置くなら、出産直後に初乳を与えてしまうのも、決して悪くはないのだ。ただ、その場合は胎便の排出が困難になtってくるから、胎便を排出し始めたら、24時間耐久断食させて、胎便をすべて排出させてしまわなければならないのだ。胎便がこういうことをしなければきちんと出てくれないというのは、やはり人間は他の哺乳動物は違うレベルの進化を遂げてしまったからなのである。

 出生直後24時間耐久断食は、出生直後48時間耐久断食と出生直後に母乳を与えてしまう遣り方の丁度中間に当たる遣り方になる。これをやれば、赤ちゃんの胎便を排出させることもできるし、母親が初乳を与えたいという感情をもきちんと満たしてあげることができるのだ。

 人間の赤ちゃんに胎便をきちんと出させるには、この三つの遣り方しかないので、赤ちゃんを産んだ母親は、自分で考えて、自分の意志で選択していくことだ。この胎便さえ排出できれば、赤ちゃんは健康になり、病気を発症しなくてすむようになるのだ。この胎便を排出させないような育児を行っているからこそ、健康な筈の赤ちゃんは病気をしまくるようになるのである。

 初産の母親にとっては、胎便の量の凄さにはビックリすることだろう。胎便排出の重要性を自分の子供たちに教えておくためにも、赤ちゃんが胎便を排出するたびに写真を撮っておき、いかに胎便の量が多く、いかに胎便の回数が多いかを、写真にして残しておくことだ。この写真ほど、将来、自分が生んだ子供たちが大人になって結婚する時に、役に立つものはないのだ。

 赤ちゃんは胎便を排出すると、体重が激減する。しかし、その体重も、生後7日から10日で赤ちゃんは体重は、出生直後の体重に回復してくる。だから、赤ちゃんの体重の減少には心を悩ませないことだ。胎便を排出する赤ちゃんなら、誰もが通る経過なのだ。特に初産の母親はこのことを知らないために、赤ちゃんの体重減少に驚いてしまうので、赤ちゃんは胎便排出によって体重が減少し、その後に体重を回復してくるということを、予め育児の知識として持っておくことだ。

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胎盤を食べると、産後の体調の回復が早くなる

●臍の緒jは本来「食用」だった

 今でこそ、助産院を退院する際に、桐の箱に入った「臍の緒」を出産の記念品として持ち帰っているが、昔の母親たちは「臍の緒」を食べていたのである。これは漢方医学の影響で、漢方医学では産婦が「臍の緒」を食べると、産後の体調の回復が早くなるということが解っており、産婦たちに漢方薬として「臍の緒」を食べさしていたのである。だからこそ、臍の緒がまるで漢方薬の薬箱のような箱に入っているのである。昔の母親たちは、あれをパクリと食べていたのだろう。

 この産婦に臍の緒を食べさせるというのは、非常に素晴らしい方法だったのである。すべての哺乳動物たちは出産すると、胎盤を食べているのである。勿論、外敵に胎盤の臭いを嗅ぎつけられて、赤ちゃんが襲われないようにするためでもある。だが、そういうこと以上に、赤ちゃんを産んだ母親が胎盤を食べることで、産後の体調の回復を早めるという効果を狙ってのものなのだろう。

 人間が哺乳動物である以上、やはり胎盤は食べるべきなのである。出産で疲労しきった産婦に胎盤を食べさせて産後の体調を早めさせてあげるべきなのである。そうすれば、産婦が産後の肥立ちがどうも悪くて本調子にならないとか、産褥熱を患ったり、マタニティーブルーで憂鬱になったりすることを防げることだろう。

 だが、しかし、ここで大いに問題になるのが、この胎盤を食べるということに反対している西洋医学の存在なのである。日本から臍の緒を食べるという習慣を駆逐していったのが、西洋医学だからだ。だからこそ、病院で出産すれば、胎盤などバケツの中に捨てられてしまい、廃棄処分されてしまうのである。いかに西洋医学が妊娠や出産のことについて、何も解っていない医学であることの証左であろう。

 俺は出産してから、母親が臍の緒を貰うのは世界共通のことかと思っていたら、そうではなかったのだ。日本人男性と結婚した白人女性たちは、出産した後に臍の緒を貰うと、「ゲッ!」とするらしい。ヨーロッパでもロシアでもアメリカでも、臍の緒を貰うという習慣はまったくないのだ。白人たちは、臍の緒や胎盤の重要性にまったく気づいていないのだ。

●助産婦には事前に言っておく

 産婦が臍の緒や胎盤を食べると、女性ホルモンや母性ホルモンの分泌が非常に良くなり、それらのホルモンの力で、妊娠と出産で拡大してしまった子宮を元の姿に回復させ、乳房を膨張させ母乳が出やすいようにさせるのだ。こういうことを引き起こすことは、人間が人工的に作り出した薬で行うのは無理で、やはり臍の緒や胎盤を食べることでしか、このような効果を引き出せないのだ。

 初産の場合、初めての妊娠と出産だったので、この子宮が元の姿に回復するのが非常に遅くなってしまい、そのためにそれが産後の肥立ちの悪さになって現われてきてしまうのだ。また、初産の産婦に限って母乳の出が悪いのも、初めての育児になるので、まだ乳房が勢いよく母乳が出るようには成長してくれていないのだ。

 二人目以降の出産になると、出産そのものは怖くないけど、後陣痛が恐ろしいと言われている。これは初産の母親たちと違って、子宮が良く動くようになったためであり、出産後に子宮が元の姿に戻っていく際に、激しい痛みを生じさせるのだ。これは初産と二人目以降の出産で、臍の緒や胎盤を食べなかったら、その激しい痛みを軽減させる母性ホルモンが不足してしまい、そのために後陣痛の激しい痛みを引き起こしてしまうのだ。

 産婦が産後の体調回復のことを考えるなら、やはり臍の緒や胎盤を食べるべきだが、日本では臍の緒を記念品として貰う習慣はあっても、臍の緒や胎盤を食べる習慣はなくなってしまったので、事前に助産婦には臍の緒や胎盤を食べることに重要性を説明しておき、その上で出産した際には、臍の緒と胎盤を取っておいて貰うことだ。

 胎盤は食用となるので、出産後に無理矢理に胎内から出してしまわないことだ。出産しても臍の緒をそのままにしておき、1時間30分以上、裸のままの赤ちゃんを床の上に置いておき、その後にゆっくいりと後産で胎盤を出していけばいい。胎盤は自分のホルモンを調整するものなので、胎盤を無理矢理に取り出してしまうと、その胎盤にストレスがかかり、安全ではないホルモンになってしまうのだ。ホルモンという非常に大事な物を扱う以上、慎重になって取り出すことだ。

●基本的には「ナマ」で食べる

 日本では臍の緒や胎盤を食べる習慣がなくなってしまったために、臍の緒や胎盤の食べ方は解らないと思うが、基本的には「ナマ」で食べることだ。ナマじゃないと、細胞が死んでしまうからだ。決して加熱処理してしまわないことだ。あくまでも「ナマ」で食べることだ。出産する前までは自分のお腹の中に入っていたので、絶対に安全である。

 産後の体調回復を目指すものだから、産後に食べてしまうことだ。勇気を持って、「パクリ!」と食べてしまおう。ただ、初産の産婦には、非常に大きな勇気が必要であることは、特筆しておく。二人目以降の出産をした母親になると、自分の体内に既に母性ホルモンが出ているので、産後に「臍の緒や胎盤を食べてしまいたい!」という食欲が湧いてくるので、その食欲には忠実になって食べてしまおう。

 もしも、食べきれない時は、胎盤を「ひと口サイズ」に切って、冷凍保存しておくことだ。それをその後、母乳の出が悪くなった時に、ひと口サイズの物をパクリと食べると、母乳の出が非常に良くなるのだ。胎盤を冷凍保存した場合は、凍ったままの胎盤を食べないことだ。凍った胎盤を食べると、内臓が冷えてしまい、有効な効果が得られないのだ。あくまでも自然解凍させて、冷たくない胎盤を食べることだ。

 臍の緒はすべて食べてしまわないで、記念品として持ち帰るものは残しておこう。やはり、こういうのがあると非常に有難い記念になるからだ。赤ちゃんが成長して大きくなった時、「お前の臍の緒はこれだよ」と教えておけば、母親の権力は絶大化するからだ。母親にとって臍の緒は、まさに伝家の宝刀なのだ。

 産婦が臍の緒や胎盤を食べると、産後の肥立ちが良くなり、母乳の出が良くなるだけでなく、老化を防止することができるのだ。女性は33歳を過ぎると老化が始まっていくのだが、産後に臍の緒や胎盤を食べると、この老化のスピードが物凄く遅くなり、いつまでも若差を保つことができるようになるのだ。

 特に40代後半で女性ホルモンの分泌が急激に減少して行く際に、多くの女性たちは更年期障害に侵されてしまうのだが、産後に臍の緒や胎盤を食べておくと、この更年期障害の発症を食い止めることができるのだ。出産する時期が10代や20代であったとしても、産後に臍の緒や胎盤を食べなければ、自分が40代公判や50代になって更年期障害を発症してしまうことになるので、自分の未来を見越して、きちんと食べておこう。

●産後に羊の胎盤を食べよ

 人間の臍の緒や胎盤が、女性にとって健康にいいということは、他の動物の臍の緒や胎盤も人間にとって健康にいいということである。産後にどうも腰痛だなと思ったり、どうも母乳は出るんだけど量が少ないと思うなら、「羊の胎盤」を食べればいい。羊の胎盤を食べれば、産後に起こる不調を回復させることができるのだ。さすがに羊の胎盤はお店では売っていないので、羊を飼っている牧場にいって、牧場主に事情を説明して、羊の胎盤を売ってもらえばいい。但し、牛や豚の胎盤は病原菌の問題で危険なので、絶対に羊の胎盤に限定しておくことだ。牛で代用させるなら、牛の子宮でも食べればいいだろう。

 初産の場合、最初の出産ということもあって、産後に母性ホルモンの分泌がイマイチになっているので、病気ではないのだけど、なんか体調がどうも芳しくないという、得体の知れない不調に襲われることがあるのだ。これは自分の体内で母性ホルモンが分泌され始めたことによる不調なので、病気ではないのだ。それゆえ、この不調で絶対に病院には行かないことだ。下手をすれば、精神病院送りにされてしまし、そうでなくても、薬漬けにされてしまい、より体調を悪化させてしまうことになるのだ。

 そんなことよりも、とっとと二人目を妊娠して出産してしまうことだ。三人目の赤ちゃんを産めば、母性ホルモンの分泌が活発になり、自分の体もそれに対応して、体の不調は消え去ってしまうのだ。それまでは、羊の胎盤を食べたりして、産後の得体の知れない不調を防いで行けばいいのだ。

 生まれて初めて赤ちゃんを産んだとしても、母親としては初心者ということなのである。最初から行き成り完璧な母親になれるわけがないのだ。産後に母性ホルモンが分泌され始め、自分が健康であったとしても、自分の体すらまだ母性ホルモンに慣れているわけではないのだ。それに慣れるまで、病気ではないんだけれど、体調がどうもおかしいというのは、当然の現象なのである。

 自分の体調を万全しようとしたり、自分を完璧な母親と思うのではなく、最初の赤ちゃんの育児をせっせと励み、早いうちに二人目、三人目の赤ちゃんを産んでいくことである。そうすれば自分の体も母性ホルモンに慣れ、体の不調は吹き飛んでしまうのである。自分が一人前の母親になるには、それだけ多くの時間が必要なのである。

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産湯と産水 ~赤ちゃんの自律神経の鍛え方~

●早すぎる産湯の危険性

 どこの病院でも、赤ちゃんが生まれたら、すぐに産湯で赤ちゃんを洗ってしまうが、それこそが、赤ちゃんの脾臓を未成熟にさせ、心臓に障害を負わす危険な行為なのである。赤ちゃんは生まれたら、1時間30分以上、裸のままで床の上に放置しておき、脾臓を成熟させ、心臓の卵円孔が塞がれて、やっと外界に適応でき、まさに健康な赤ちゃんとして、この世で生存することができるのである。

 だからこそ、産婆が助産行為を行っていた時代は、産湯は赤ちゃんが産まれてから沸かすものだったのである。産湯を赤ちゃんが産まれる前から用意しておくということはなかったのである。産婆は医学的な理由は解らなかったにせよ、産婆たちの経験則の中で、生まれたての赤ちゃんをすぐに産湯で洗ってはいけないということを知っていたのだ。それゆえに、日本人に血液の病気や心臓の病気が、非常に少なかったのである。日本人の間で血液の病気や心臓の病気が激増していくのは、病院で赤ちゃんを出産するようになってからなのである。

 今まで胎内の中にいた赤ちゃんにとって、我々が住む世界は、そのままでは生存できない世界なのである。生まれる前は地球の重力など気にせずほど軽かったのに、生まれてからは地球の重力をダイレクトに受け、胎内では低酸素で暮らしていたのに、外界では肺呼吸をしなければならず、そのために自分の脾臓や心臓を変化させて、そうやって自分の体を変えていかない限り、この世では生きていけないのである。それを無視して、医者たちの都合で、勝手気儘に赤ちゃんを処理してはいけないのである。

 大事なことは、大人たちの都合ではなく、赤ちゃんの都合を最優先してあげることなのである。子宮という羊水に満たされて重力が軽減されている世界で育ってきた赤ちゃんが、出生することによって、いきなり地球の重力に晒されるのである。胎内では母親から酸素を貰っていた赤ちゃんが、出生することによって、いきなり肺呼吸を始めるのである。その環境の変化に対応し、自分の体がきちんと変化できるまで、時間がかかるのは当然なのだ。

 赤ちゃんが生まれたら、すぐに産湯で洗わなければならないと思い込んでいる女性たちにとっては、産後1時間30分以上、赤ちゃんを裸のままで床の上に放置しておくというのは、びっくりすることだろう。しかも、この間は臍の緒をつけたままで、母親は赤ちゃんのすぐ側にいなければならないのである。出産していた時間が余りにも濃密であったために、この時間は余りにもゆっくりと流れていると感じてしまうだろうが、生まれたての我が子を見守りながら、この緩やかな時間を赤ちゃんと共に過ごせばいいのだ。

●赤ちゃんへの温冷水浴

 産湯に赤ちゃんを浸すのは、産後1時間30分以上経ってからなのである。産湯は39℃以下にしなければならない。赤ちゃんにとっての産湯は、大人にとってみれば「ぬるま湯」でしかない。肌が発達していない赤ちゃんにとって、大人たちが入るようなお風呂は必要ないのだ。大人たちが入っているお風呂は、赤ちゃんにとっては熱すぎるのだ。

 産湯で赤ちゃんを洗う時は、お湯で洗うだけで充分なのだ。絶対に石鹸など使用してはならない。赤ちゃんは汚れていないし、汚くもないのだ。赤ちゃんの肌は、発達途上にあるので、ここで石鹸などでも使われてしまったら、肌が破壊されてしまうのだ。人間にとって石鹸が必要になるのは、ずーっと後のことなのである。

 産湯で赤ちゃんを洗ったら、今度は「産水」に浸けることだ。産水は20℃以下にすることだ。この産水は日本の風習からは消えてしまったが、産湯よりも産水の方が、昔は主流だったのだ。なぜ、産水が消えたかといえば、江戸時代の気温が現在の気温よりも寒かったからだ。特に冬場に赤ちゃんを産む場合、日本の家屋では非常に寒くなってしまい、産水を使用してしまうと、赤ちゃんにとっては冷たすぎたのだろう。しかし、現在の日本の気温は温かくなっているので、産水を復活させた方がいいのだ。

 産湯と産水を交互に使って、赤ちゃんを洗っていくと、赤ちゃんの自律神経が正常に作動して体の各器官を活性化し、しかも、この温冷水浴によって赤ちゃんの肌は非常に鍛えられるのだ。産湯だけでは、この効果が得られず、どうしても病気がちの赤ちゃんになってしまうのだ。

 産湯と産水を使う際は、必ず浄水を使用することだ。水道水をそのまま使用してしまうと、水道水に含まれている塩素が、そのまま赤ちゃんの肌から侵入してしまうのだ。それゆえ、産湯や産水は必ず浄化し、赤ちゃんにとって安全な水を使うことだ。できれば、この産湯や産水に天日塩を加えると尚いい。赤ちゃんは今まで羊水に浸っていたので、それなのにいきなりお湯やお水では結構負担になるのだ。羊水はほぼ海水と同じ成分である以上、産湯や産水に少しは天日塩でも加えて、赤ちゃんの肌に優しいお湯やお水を提供してあげればいいのだ。

●副腎が鍛えられると、副腎皮質ホルモンが分泌される

 出生直後の赤ちゃんに温冷水浴をすると、副腎が鍛えられ、その後の育児で皮膚のトラブルが激減するのである。赤ちゃんは胎内にいた時は、羊水に守られていたために、皮膚を発達させる必要がなかった。しかし、出生することによって、細菌が一杯いる外界に適応しなければならないのだ。そのためには副腎を鍛えて、副腎から副腎皮質ホルモンを分泌させなければならないのだ。

 だが、赤ちゃんの副腎は、脾臓や心臓と同様に、未成熟の状態にあるのだ。それゆえ、そのままにしてしまうと、副腎が成熟せず、副腎皮質ホルモンが正常に分泌されないので、赤ちゃんは育児の過程でたびたび皮膚のトラブルを起こしてきてしまうのである。これは赤ちゃんに産湯だけを使用してしまうからなのである。

 そこで、産湯だけでなく、産水をも使って、温冷水浴を行わせると、赤ちゃんの副腎は鍛えられ、赤ちゃんの副腎から副腎皮質ホルモンが分泌され、赤ちゃんの肌を活性化し、赤ちゃんの皮膚のトラブルがなくなるのだ。この赤ちゃんの皮膚のトラブルがなくなることが、どんなに有難いことかは、赤ちゃんの皮膚のトラブルを抱え、それを完治できずに困っている母親たちの哀れな姿を見ればいいのだ。育児の中で、赤ちゃんの皮膚のトラブルだけは非常に厄介なのである。

 皮膚はただ単に皮膚として存在しているわけではなく、皮膚呼吸を行うし、皮膚から水分を補給するし、皮膚から発汗して、体内の水分調整を行っているのだ。それなのに、皮膚にトラブルが生じてしまえば、その機能が正常に作動しないということなので、体の至る所で病気を発生させてしまうのだ。病人に限って、お肌に張りと艶がなくなってしまうのは、そのためなのだ。

 赤ちゃんの肌は、まさに「玉のような肌」なのだが、それを当たり前と思ってはならない。その玉のような肌は、母親が赤ちゃんに適切な育児をしている場合だけなのである。母親が赤ちゃんに間違った処置をし続ければ、赤ちゃんの肌は健康を失い、その病的なことを皮膚にトラブルを起こすことで、母親に知らせるのである。

●温冷水浴は今後も続く

 温冷水浴は人間の入浴の仕方の基本なのだ。大人ですら、お湯ばかりに浸かっていると肌が弱ってしまうと同様に、赤ちゃんもお湯ばかりに浸かっていると、赤ちゃんの肌は弱ってしまうのだ。お湯よりも、寧ろ、冷たい水の方が、肌を鍛えてくれるのだ。ただ、冷たい水では体を冷やしてしまうので、お湯とお水を交互にやっていった方がいいのだ。

 温冷水浴は出産後だけでなく、今後の育児でも延々と続けなければならないのである。温冷水浴をやっていれば、赤ちゃんの自律神経は正常に作動し、副腎は鍛えられ、皮膚は健康になっていくのだ。温冷水浴を行うからこそ、病気知らずの赤ちゃんに育てていくことができるのである。

 温冷水浴は何も赤ちゃんだけが行うものではなく、母親も行うべきなのである。母親も赤ちゃんと同様に温冷水浴を行い、自律神経を正常に作動させておけば、産後にマテニティーブルーに陥ることなどなくなるのである。しかも、皮膚が鍛えられることで、お肌に張りと艶が出て来て、美しくなっていくのだ。お肌が奇麗だということは、皮膚呼吸が盛んに行われているということであり、そうなれば母乳の出も良くなるし、子育てに活力が出て来て、赤ちゃんを育てることに非常に大きな喜びを感じられるようになるのだ。

 人間はお湯だけに入っていると、どうしても自律神経が正常に作動してこなくなるので、どうしても病気になってしまうし、人間関係でもトラブルが生じてきてしまうのだ。自分が一生懸命に育児をしているのに、赤ちゃんが病気になってしまったり、夫婦関係が揉めてしまうようであるならば、日々の入浴の仕方を改めてみた方がいいのだ。赤ちゃんがどうのこうのではなく、夫がどうのこうのではなく、自分の入浴の仕方が間違っているのである。

 赤ちゃんに温冷水浴を施して、赤ちゃんをバスタオルで拭いたら、産着を着せればいいのだ。脾臓を成熟させ、肺呼吸に耐えれるように心臓を変化させ、副腎皮質ホルモンが分泌できるように副腎を鍛えさせてから、産着を着せると、赤ちゃんは今後、健康に成長していくことができるようになるのだ。母親として、赤ちゃんにやるべきことをやったら、やっと赤ちゃんはこの世で初めての睡眠に入っていけばいいのだ。母親も赤ちゃんのすぐ側でひと寝入りして、出産の疲れを取ればいいのだ。

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新生児黄疸の防止の方法

●新生児黄疸は脾臓の未成熟が原因

 赤ちゃんが無事に生まれたのに、赤ちゃんが早々に起こしてくる病気が、「新生児黄疸」である。日本人の赤ちゃんのなんと90%以上が発症してくる、もっともポピュラーな病気なのである。新生児黄疸は、皮膚や粘膜や白目に黄色い色素が浮かんでしまい。貧血や抗体減少症候群を引き起こしてくる病気である。

 なぜ、産まれたばかりの赤ちゃんが出生後早々に新生児黄疸という病気を引き起こしてくるかといえば、赤ちゃんが出生したことによって、赤ちゃんにとっての環境が激変したからである。赤ちゃんは母親の胎内にいる時、臍の緒から供給される少ない酸素で生活していたため、その少ない酸素を有効に活用して生きられるように、赤血球を大量に生産して、自分の体内に酸素を供給していた。しかし、出生することで、低酸素の胎内から、高酸素の外界に出て来たために、その赤血球が不要になってしまい、この赤血球が崩壊して溶血してしまい、黄色い色素をバラ撒いてしまうのだ。

①脾臓の未成熟

 勿論、この余分な赤血球を脾臓が処理しなければならないのだが、産まれたての赤ちゃんはこの脾臓が未成熟で、余分な赤血球を処理しきれないのだ。しかも、脾臓は出生直後にこの余分な赤血球の処理を行わなければならないので、脾臓が余分な赤血球の処理という機能の他に、「循環系統をコントロールする」とか、「血圧の変調」という機能が正常に作動せず、そのために黄色い色素を皮膚や粘膜や白目に浮かび上がらせてしまうのだ。

②心臓の変化の妨害

 それともうひとつ、赤ちゃんの心臓の激変が原因として挙げられる。赤ちゃんは胎内にいる時には肺呼吸をしないので、赤ちゃんの心臓は「卵円孔」が開いていて、右心房と左心房が繋がっているのだ。これが出生後に肺呼吸を開始するために「卵円孔」が閉じ始めるのだが、そのために赤ちゃんを重力から解放して心臓が変化しやすいようにしてあげなければならないのに、多くの産婦も助産婦も産婦人科医も、赤ちゃんを産湯に浸けたり、体を起こしてしまったりして、この赤ちゃんの心臓の変化を妨害してしまうのだ。そのために、赤ちゃんの心臓の卵円孔が閉じるのが遅くなってしまい、動脈血と静脈血が混ざりあってしまい、赤血球が異常を起こして、溶血してしまうのだ。

③体内の酸素不足

 出生直後の赤ちゃんは、この脾臓の成熟と心臓の変化を行うために、大量の酸素を必ようとするのだが、そのために肺呼吸と皮膚呼吸によって大量の酸素を取り入れなければならないのだ。だからこそ、生まれたての赤ちゃんは大声で泣き、大量の酸素を取り入れるのだ。だが、肺呼吸だけでは大量の酸素を取り入れることができないので、皮膚呼吸をすることが非常に重要になってくる。それなのに、出産すると、出生直後に赤ちゃんを産湯に浸からせて、すぐに産着を着せてしまうので、赤ちゃんは皮膚呼吸ができず、赤ちゃんの体内が酸素不足に陥ってしまい、それがために脾臓も心臓も外界に適応することが遅れ、新生児黄疸を発症してしまうのだ。

●生まれたら1時間30分以上、裸にしておくこと

①臍の緒をすぐには切らない

 新生児黄疸を防止したいのなら、出生直後にすぐさま臍の緒を切らないことだ。赤ちゃんに臍の緒からも酸素を供給してあげ、産まれたての赤ちゃんが酸素不足に陥らないようにしてあげればいいのだ。臍の緒を切るのは、赤ちゃんの脾臓の成熟や心臓の変化が終わった後でいいのだ。

②出生直後に産湯で洗わない

 産まれたての赤ちゃんにとって、羊水はいわばこれから外界に適応していくために、皮膚を活性化してくれる天然の保湿クリームなのだ。それなのに出生直後に産湯で洗い落とされてしまうために、保湿クリームがないので、皮膚が活性化せず、皮膚呼吸の開始が非常に遅れてしまうのだ。

 赤ちゃんは羊水で肌を活性化し、皮膚呼吸で取り入れる酸素量を増やすという作業を行っているので、所っ症直後、すぐには赤ちゃんを産湯で洗わないことだ。赤ちゃんを放っておけば、羊水は自然に乾いて、赤ちゃんの肌に沁み込み、赤ちゃんの皮膚が活性化し、皮膚呼吸が盛んに行われるようになるのだ。

③床の上に寝かせ、重力から解放してあげる

 赤ちゃんは生まれる前は、羊水がたっぷりとある胎内にいたために、いきなり外界の重力に対応できないのだ。この重力との戦いは、赤ちゃんにとっては最大級の戦いで、赤ちゃんが立って歩ける1年後まで延々と戦い続けなければならないものなのだ。そのため、大人たちが生まれたての赤ちゃんの体を起こしてしまうと、赤ちゃんはその重力に対抗するために大量の血液を消費してしまい、脾臓の成熟や心臓の変化を行うことに回す血液が圧倒的に不足してしまうのだ。

 だから、出生直後の赤ちゃんを床の上に寝かせ、重力から解放してあげるのだ。こうすれば赤ちゃんは重力に対抗するために必要以上の血液を消費することなく、脾臓の成熟や心臓の変化のために血液を回すことができるのだ。もしも、母親が赤ちゃんを抱く時は、赤ちゃんを必ず水平にして抱くことだ。出生直後の赤ちゃんの抱き方は、通常の赤ちゃんを抱く仕方と違うので要注意である。

 赤ちゃんが生まれたら、最低でも1時間30分以上、臍の緒を切らず、産湯で洗わず、床の上で寝かしておけばいいのだ。こうすると。肺と皮膚が鍛えられ、充分な肺呼吸と皮膚呼吸が行われて大量の酸素が供給され、脾臓の成熟や心臓の変化がきちんと行え、新生児黄疸を防止することができるのだ。

●新生児黄疸が悪化すると

 新生児黄疸は、いわば赤ちゃんをすぐさま産湯で洗ったり、産着を着せてしまう、出産の仕方にこそ原因があったのだ。これは日本だけでなく、すべての先進国も同じだし、文明諸国もほとんど同じであろう。諸民族は文明化されてしまったために、逆に赤ちゃんにとってもっとも自然な形での出産の仕方を忘れてしまったのだ。ほとんどの哺乳動物は、赤ちゃんを産み落とすと、地面の上に放ったらかしにしている。その姿は野蛮に思えるかもしれないが、実はその遣り方こそが、赤ちゃんの環境適応のためには絶対に必要なことなのである。

 新生児黄疸は黄疸が出て来るに留まらず、悪化すると「貧血」を起こしたり、「抗体減少症候群」を起こして免疫力が激減してしまうのだ。新生児黄疸を発症したということは、脾臓が未成熟だし、心臓も充分に変化できていないのだ。病院では、「光療法」をやったり、「交換輸血」をしたりして、この危険な新生児黄疸を危険な遣り方で治療している。ただ、新生児黄疸はそもそも病院で出産した際に、赤ちゃんを産湯で洗ったり、産着を着せたり、赤ちゃんの体を起こして、より強い重力に晒したからこそ発症しているのであって、これらを産婦人科医がしてくれなければ、新生児黄疸を発症することはなかったのである。

 新生児黄疸を発症したことは、脾臓が未成熟で、心臓も変化しきれていないということなのだ。脾臓を成熟させなかったからこそ、その後の成長過程でアレルギー反応が出て来てしまうようになってしまうのだ。「アトピー性皮膚炎」や「小児喘息」は赤ちゃんの頃の新生児黄疸がその遠因なのである。大人になってから発症する「花粉症」も、赤ちゃんの頃の新生児黄疸にその遠因があるのだ。

 新生児黄疸を発症した赤ちゃんは、心臓が弱いために、体内に充分な血液を送ることができなくなってしまうのだ。この血液不足が悪化してくると、「小児性白血病」や「小児癌」といった死に直結する恐ろしい病気を発症してしまうのだ。、「小児性白血病」も「小児癌」も、新生児黄疸だけが原因ではないが、出生直後に新生児黄疸を発症してしまったからこそ、心臓が物凄く弱くなってしまい、それ以降、何かしらの発癌性物質が体内に入ってきてしまうと、通常の子供たちより、その発癌性物質を防ぐ能力が低下してしまい、そのために発症してしまうのだ。

 赤ちゃんは出生直後から、地球の重力と戦っているということを知らずに、母親が嬉しいからと言って、生まれたての赤ちゃんの体を起こしてしまっていると、赤ちゃんは心臓の「卵円孔」をきちんと閉じることができなくなってしまい、そのために重い心臓疾患を抱えてしまうのだ。この心臓疾患を発症すると、赤ちゃんに人工呼吸器をつけたり、心臓手術をしなくてはならなくなるのだ。こういう場合、医者は先天的な病気と診断してくるのだが、産まれたての赤ちゃんはどの赤ちゃんも「卵円孔」が開いているのである。すべての赤ちゃんには心臓の形が正常ではないのである。それなのに、その「卵円孔」を出生直後に人為的に閉じさせなかったからこそ、赤ちゃんは心臓疾患で苦しまなければならなくなってしまうのである。

●新生児黄疸の防止すると育児が楽になる

 新生児黄疸を防止するのは、実は簡単なことだったのである。今までの我々の出産の仕方に問題があっただけで、出産の仕方を自然に戻してあげれば、新生児黄疸をちゃんと防止でき、赤ちゃんは脾臓の成熟や心臓の変化を充分に行え、健康に育っていくことができるようになるのである。

 新生児黄疸を防止してしまうと、育児が物凄く楽になるのである。脾臓が成熟し、心臓の変化もきちんと行われれば、赤ちゃんの免疫力は飛躍的に上昇していくのである。特に、赤ちゃん特有の「ひきつけ」や「夜泣き」や「癇の虫」がほぼなくなるのである。「ひきつけ」も「夜泣き」も「癇の虫」も、それぞれが別個の症状を示しているが、元を糺せば、正常な血液が供給されていないということなのだ。

 赤ちゃんは血液がたっぷりとあるからこそ、まんまるく太っているのである。筋肉や骨が重たい大人の体とは違うのである。だからこそ、赤ちゃんの対応の仕方は、大人への対応と違い、正常な血液を供給してあげることに全力を注いであげなければならないのだ。それなのに、出生直後から赤ちゃんが正常の血液を供給するのを妨害してしまったら、赤ちゃんだって新生児黄疸を発症することで、大人たちにその危険性を知らせているのである。

 赤ちゃんは言葉を発することができない。それゆえ、赤ちゃんは体で以て、その異常事態を大人たちに教えてくれているのだ。ということは、新生児黄疸をここまで放置し続けてきたということに、我々は非常に深く反省しなければならないのだ。ほとんどの赤ちゃんたちは、大人たちに出産の仕方の異常性を体で以て知らせ続けてきたからだ。新生児黄疸は光療法をやったり、交換輸血で治るものではないのだ。そういう赤ちゃんの黄疸が問題なのではなく、脾臓が成熟せず、心臓が変化していないということの方が、実は本当の問題なのである。

 赤ちゃんは生まれたての小さな命かもしれない。しかし、地球の重力と戦う立派な戦士なのだ。この戦士がきちんと戦場で戦えるように、我々は見守ってあげなければならないのだ。そのためには、赤ちゃんが生まれたら、1時間30分以上、裸のままで床の上に置いておいてあげればいいのだ。産まれたての赤ちゃんにとっては、それが地球の重力との最初の戦いなのである。この戦いに勝てば、赤ちゃんは「健康」を手にすることができるのである。

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出産直後の赤ちゃんの母親確認

●出生直後の赤ちゃんが行う大事な作業

 命がけで赤ちゃんを産んで、産みの喜びに包まれている時、実は母子ともにとって、もっとも大事な仕事が待ち受けているのだ。それは「出生直後の赤ちゃんの母親確認」であり、「出産直後の母親の赤ちゃん確認」である。どの哺乳動物も、産まれた直後にはもう動けるようになるのだが、人間の赤ちゃんは、生まれた直後にはまったく動けない。人間は脳を進化させ、肥大化させてしまったために、体の大きさに対して、頭部に重点が行ってしまい、いわば未熟児の状態で生まれきてしまうからだ。たとえどんなに健康で五体満足で生まれてきたとしても、生後1年以上は未熟児の状態で過ごさなければならないのだ。

 そのため、赤ちゃんは自分が未熟児でいる状態を、自分の母親から面倒を見てもらい、自分の生命の安全保障をしてもらわなければならないのだ。そのために、出生直後の赤ちゃんは自分の母親が誰であるかを確認して、その母親の顔や体や匂いを記憶して、その母親だけに育ててもらおうと決断するのだ。赤ちゃんは1人の母親を自分の母親として選んでいるのであって、自分の赤ちゃんを他の母親に抱かすと、赤ちゃんは大泣きして、その異常事態を周囲の人たちに知らせるのだ。

 赤ちゃんは産道を通った瞬間に、母性ホルモンが照射され、妊娠中の記憶を一切忘れてしまう。脳内の記憶が消去されると同時に、出生後に大量の記憶をするように仕組まれているのだ。しかも、この母性ホルモンによって、出生直後の赤ちゃんは脳が覚醒した状態にあり、出生直後の2時間から3時間は眠れる状態ではなく、なんでも記憶できる状態になっているのだ。

 赤ちゃんは、この時間内に自分の母親を確認し、その母親に育ててもらおうと決断するのだ。赤ちゃんは妊娠中において、母親の声を聞いたことがあるが、母親の顔も体も見たことがないし、母親の匂いも嗅いだことがないのだ。だから、出生直後の数時間の間に自分の母親を記憶してしまうのだ。

 一方、母親の方も、出産後1年以上は赤ちゃんと付きっ切りになってしまうので、自分の赤ちゃんを確認するのだ。母親は赤ちゃんの顔や体を見ることによって、そして鳴き声を聞くことによって、脳内から大量の母性ホルモンが照射され続け、これが我が子であると確認し、母性本能が覚醒してしまうのだ。これによって1年以上は赤ちゃんと付きっ切りの生活をしても、なんの苦にもならず、寧ろ、最高の喜びを以て育児に励むようになるのだ。

●まずは母親が抱き、次に父親

 まず、出産を完了したら、羊水まみれの赤ちゃんをすぐさまちゃんと抱くことだ。通常の出産では、出産するとすぐさま赤ちゃんを産湯で洗ってしまうのだが、赤ちゃんは今まで子宮という小さな世界に住んでいたので、いきなり外界に出て来たことが最大の不安なのだ。それを母親が赤ちゃんを抱いてあけることによって、その最大の不安を打ち消してあげるのだ。

 赤ちゃんを抱く形は、実は子宮の形とまるで同じであり、これをされると赤ちゃんは安心して、泣きやんでしまうのだ。赤ちゃんを抱く時は、母親は裸になって、裸と裸で触れ合うようにすることだ。人間の肌に直接に触れることこそが、赤ちゃんを安心させてあげることができるのだ。

 赤ちゃんの頭が自分の心臓の近くに来てあげるようにして、その心音を赤ちゃんに聞かして、母親の心音のパターンを記憶させてあげるのだ。赤ちゃんは妊娠中に母親の心音を聞いていたのだが、出生することによってこの心音を聞けなくなって、非常に不安になっているのだ。だから、すぐさま母親の心音を聞かすことによって赤ちゃんの不安を取り除いてあげるのだ。

 赤ちゃんは泣きやめば、母親の顔をジッと見るので、その際はその赤ちゃんの目をジッと見つめることだ。これをすると、赤ちゃんはこれが自分の母親と確認できるし、母親の方もこれが自分の赤ちゃんと確認でき、その記憶が脳に刻まれ、今後、健全な母子関係が構築されていくのだ。

 日本では人と会話する時、人の目を見て話すのは無礼とされているのだが、これは貴族階級の既婚女性たちが我が子を自分で育てずに、乳母に育ててしまったからなのである。そのため、そういう環境で育ってきた人たちは、人の目を見て話すことができなくなり、そのくせ人の目を非常に気にする臆病な人間になってしまうのだ。

●赤ちゃんの気持ちが解るようになる

 「出生直後の赤ちゃんの母親確認」と「出産直後の母親の赤ちゃん確認」がきちんとできれば、赤ちゃんは表情豊かになって自分の健康や病気をダイレクトに伝えることができるようになるし、母親も赤ちゃんの気持ちが解るようになるのだ。赤ちゃんは生まれてから当分の間、言葉を話せないので、母親が赤ちゃんの変化を感じ取ることでしか、赤ちゃんの変化に気づいてあげることができないのだ。

 言葉では解らないものでも、一緒に居れば解ることだってある。育児においてはこのことこそが非常に大事で、いかに母親が赤ちゃんの変化に気づいてあげるかが、赤ちゃんの健康と病気を決定づけてしまうのだ。だからこそ、出生直後の僅か2時間か3時間の間のうちに、母親が自分の赤ちゃんをこれが我が子だと確認しておく儀式が必要なのである。この儀式をすっ飛ばしてしまうと、その後、もうどうやっても赤ちゃんの気持ちが解らなくなってしまうのだ。

 まだ赤ちゃんを産んだことのない女性にとってみれば、母親が会話のできない赤ちゃんと会話している姿を見て不思議に思うころだろう。どうして会話のできない赤ちゃんと会話しているのかということに! しかし、出産直後に母親が赤ちゃん確認をきちんとしておけば、言葉を発せない赤ちゃんの気持ちがはっきりと解るようになるのだ!

 『母子健康手帳:』や『育児マニュアル本』が危険なのは、まさにここなのだ。出産や育児には自分がやってみなければ解らないことがたくさんあり、しかも、赤ちゃんの産んだことのない女性では、その女性がどんなに頭が良く、どんなに努力したとしても、絶対に解らないことがたくさんあるのだ。しかし、実際に出産して育児を開始すれば、誰でも解ってしまうのだ。出産や育児で本当に大切なものは決して理性では解らないのである。自分が実際に経験しないと解らないのである。

 我々は赤ちゃんを産んだ母親が、育児を経験していくことによって育児が巧くなっていくと思ってしまいがちだ。確かに育児の技術的なことは、経験値を上げることによって巧くなりはすることだろう。しかし、育児の基本的なものは、実は出産直後の僅か2時間か3時間で決まってしまうのである。女性は恋愛において第一印象が大事だという。育児においてもまったく同じなのである。育児も赤ちゃんの第一印象さえ良ければ、母親は育児をきちんとやろうと決意し、育児の基本が出来上がってしまうのである。その後は何が起こっても、乗り切れることができててしまうのである。

●出生の秘密がその人の人生に復讐をしかけてくる

 それゆえ、出産直後の赤ちゃんをここで切り離されてしまうと、母親は赤ちゃんの気持ちが解らなくなってしまうのだ。病院で出産すると、すぐさま母子分離が行われるので、当然に母親は出産直後の赤ちゃん確認ができないので、赤ちゃんの気持ちがまったく解らなくなってしまうのだ。

 これは赤ちゃんの方も同じで、出生直後に赤ちゃんの母親確認ができなければ、赤ちゃんは無表情になってしまい、他人に自分の健康や不健康を表情豊かに教えてくれなくなってしまうのだ。このため、病院で生まれた赤ちゃんは、みな無表情になってしまい、その赤ちゃんを育てるのに非常に難儀をしてしまうのである。

 だからこそ、その赤ちゃんが大きくなると、悲惨な親子喧嘩をしてしまったり、「誰も自分のことを解ってくれない」とか言い出したり、自分探しの旅に出かけたりするのである。自分が育てた息子や娘が結婚拒否や妊娠拒否をするようであれば、出産直後に母子分離をされてしまったことに原因を求めた方がいい。母親は息子や娘の気持ちが解らないし、息子や娘も母親の気持ちを解ることができないのだ。

 社会主義者やフェミニストたちの自伝を読んでみると、やっぱりと思ってしまうぐらい、子供の頃から母親と巧く理解しえないで育ってきているし、母親から母性愛を注がれることもなければ、両親を尊敬し、親孝行をするということもないのだ。だから、他人をまともに愛するということがまったくできなくなってしまっているのだ。ただ心の中で凄まじい憎悪の炎を燃えあがらせて、誰かに憎しみをぶつけようと躍起になっているのだ。出生直後の母子分離が、その人の人生に決定的な影響を及ぼしてしまうのだ。結局、出生の秘密がその人の人生に復讐をしかてくるのだ。

 最近では無差別殺人事件が頻発しているし、家庭内でも殺し合いが行われしまっている。正当な理由がないも拘わらず、親が子を殺し、子が親を殺すという悲劇が起こっている、これはやはり病院で出産して、出生直後に母子分離が行われしまったがゆえに、母親は赤ちゃんの気持ちが解らず、赤ちゃんも母親の母性愛が入ってこず、母性愛のない状態で育ってしったから、大きくなって意味不明の凶悪犯罪を引き起こしてしまったのだろう。

 何事も最初の一瞬で決まってしまうのだ。育児も出産して2時間か3時間でもう大半のことが決まってしまうのだ。人間はそれだけ凄い能力を持っているのである。出産をして、母親が疲れきっているということは解っている。しかし、出産後24時間の間は、母子を切り離さないことだ。その後、その母親がどのような育児ができるかは、出産後24時間以内で決まってしまうのだから。

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出産の痛みを激減させる方法 ~出産の痛みを抑える方法はいくらだってあるのだ!~

●出産力強化食

 出産でなんであれほど産みの痛みが発生するかといえば、子宮口が巧く開いてくれないからなのである。更に子宮口を通り抜けた赤ちゃんが、膣という狭い空間を押し広げて通過してくるからなのである。子宮口が赤ちゃんを通すまでに開くことは、出産以外では有り得ないので、初めての出産の場合は特に痛いのである。膣も赤ちゃんほど大きな物が通過するのが初めてなので、当然に痛みを発生させるのである。

 何事も初めて体験は痛いものなのである。人間は痛みを経験することによって本能が活性化し、より強い生命力を持つという過程を経るのである。女性が処女を喪失した時は、処女膜が破れることが物凄く痛いものである。しかし、その痛みを経験するから、性体験を味わえるわけだし、未熟な少女から大人の女性になっていくのである。出産もそれとまったく同じで、出産の痛みを経験して赤ちゃんを産むからこそ、単なる女性から、母親へと成長していくのである。

 とはいっても、やはり痛いものは痛い。そこで出産の痛みを軽減するものはないかといえば、この世にはきちんと存在するのだ。それが「出産力強化食」だ。子宮口や産道の動きを良くするためには、「ビタミンC」と「コラーゲン」と「天日塩」が必要になるのだ。これを臨月辺りから集中して摂取していけば、出産の痛みは非常に減少していくのである。

①ビタミンC

 人間は本来「果実食動物」なので、進化の過程で大量のフルーツを摂取してきた。そのためほとんどの動物は自分の体内でビタミンCを作り出せるのに、人間は体内でビタミンCを作り出せなくなってしまったのだ。フルーツの中にはたくさんのビタミンCが含まれているので、敢えて自分の体内でビタミンCを作り出す必要性がなく、そのためにその機能が退化してしまったのだ。

 ところが、このビタミンCは体が動く時には必要不可欠なビタミンで、これが豊富にあれば、子宮口も産道も広がり易くなるのだ。それゆえ、フルーツや野菜を大量に摂取しておけば、出産が非常に楽になるのだ。出産直前に、「リンゴ人参ジュース」や「野菜ジュース」や「ローズヒップティー」を飲んでおくと、ビタミンCが欠乏することなく、出産を乗り切ることができるのだ。

②コラーゲン

 コラーゲンは体の組織細胞の成長と修復を行う重要な物質である。妊婦の体内でコラーゲンが不足してしまうと、子宮口も産道も滑らかに動いてくれないのだ。妊娠中はコラーゲンの入った食材を意図的に摂取していくことだ。コラーゲンが含まれている食材は、「鶏の手羽先」「鶏の足の爪」「鶏皮」「軟骨」「牛筋」「豚足」「豚の耳」「フカヒレ」である。

 日本では仏教の肉食禁止の影響を受けて、これらの食材を摂取できなかったので、妊婦たちは凄まじい痛みを伴うお産をしなければならなかったのである。ちなみに、日本では沖縄県がもっとも仏教の影響が少なかったために、コラーゲンを日常の食生活で摂取することができたので、お産が非常に楽になり、それゆえに沖縄県民の繁殖力も高くなっているのだ。

③天日塩

 天日塩は神経や筋肉が正常に作動する機能を持つ。そのため体内で天日塩が不足してしまうと、子宮口も産道も巧く動いてくれなくなってしまうのだ。医者の減塩指導を真面目に従っていると、出産時に凄まじい痛みを経験してしまうのだ。病院でのお産が大変になるのは、単に減塩指導を行っているからなのである。

 出産時には発汗するので、この汗と共に体内の塩分が流れ出てしまうのだ。だから、出産直前には少し多目に天日塩を摂取しておくことなのである。例えば、ご飯にゴマ塩を多目に振りかけたり、天日塩を入れた味噌汁を多目に飲むとか、肉料理に天日塩と胡椒を多目に振りかけるとかして、天日塩を多目に摂取しておくことだ。

●室内シューズと長めの靴下を使って、下半身を温める

 出産時に体温が下がっていれば、体の動きが悪くなり、それによって出産の痛みが増すし、逆に出産時に体温が上がっていれば、体の動きが良くなり、それによって出産の痛みが軽減するのだ。それゆえ、出産直前に運動をして体を温めた上で、分娩に臨めばいいのだ。そうすれば、子宮口も産道も動きが良くなって、出産の痛みが軽減するのだ。

 そして、その際に「室内シューズ」と「長めの靴下」を使って下半身を温めることだ。心臓から足元に行った血液が冷えてしまうと、その冷たい血液がそのまま下腹部を通過してくるので、子宮や産道が冷えてしまうのだ。そのため、子宮口も産道も非常に動きが悪くなってしまい、それによって出産の痛みを激増させてしまうのだ。

 だから、出産する際は、「室内シューズ」と「長めの靴下」を使って、下半身を温め、足元からやってくる血液を温めてしまい、子宮口や産道の動きを良くしてあげるのだ。出産時には羊水がかかって、「室内シューズ」も「長めの靴下」も濡れてしまうが、その程度の代償でお産の痛みが軽減するなら、非常に有難いのだ。

 特に冬場ではこれらがあると、体が非常に温まり、体の動きが断然違ってくるのだ。冬に出産する場合、暖房で部屋を温めておくのは当然だが、いくら温めてもやはり寒いのである。それは血流が悪くなっているからであって、それゆえ、出産時に室内シューズと長めの靴下を装備しておくと、血流が良くなり、寒さが消えてしまうのだ。

 冷え性の女性が出産するなら、これらに付け加えて、首にマフラーを巻いて出産に臨むことだ。首の付け根には体温調整のツボがあり、これが外気によって冷やされてしまうと、体も冷えてしまうからだ。首のマフラーをすると、自然と体が温まり、体の動きも良くなって、出産の痛みを軽減することができるのだ。

●手に硬い物を握る

 人間は素手の状態では余り力が入らない。手に何を持った時に強い力を発揮できるのだ。そのため、出産時には素手では臨まないことだ。手に何か硬い物を握って、出産に臨めばいいのだ。木の棒を握って出産に臨むと、体に力が良く入り、強い力を発揮することができるのだ。

 通常の出産では、妊婦は手に何も持たないで出産するのだが、そうすると妊婦本人がいくら力んでも、余り力を発揮することができなくなってしまうのだ。昔のお産では、妊婦に天井から吊るされた綱を持って出産したのだが、こうすると妊婦の体に力が入り、出産の痛みを激減させることができたのである。

 更に出産に効果のあるもには、手に握れる磁石である。磁石を握って出産を行うのである。人間の体には微量ながら電気が流れているので、その電気を磁石を使うことで増幅させてあげるのだ。こうすると、体の動きが非常に良くなり、子宮口も産道も巧く動いて、出産が楽になるのだ。

 分娩中に「ここぞ!」という時は、「夫の手」を握ることだ。夫の手は木の棒や磁石ほど硬くないが、夫の手がもたらすものは「愛」であり、「応援」であり、「安心感」である。これだけが木の棒や磁石では作り出せないのだ。出産中に夫の手を握るだけで、妊婦の不安感は吹き飛んでしまい、出産が非常に楽なるのだ。

 夫の手を常時握っている必要性はないが、夫が出産中の妻の体に手を触れておいた方がいい。そうすると、妻の高まり過ぎた気が夫の体に流れ、巧い具合に気力を集中することができるのだ。これをやってくれないと、妻は気を高め過ぎて、頭部に力が集まってしまい、力を入れているのに、全然、力が入っていない状態になってしまうのだ。

●子宮口が充分に開くまで待つ

 出産の痛みを軽減する最高の策は、実は子宮口が充分に開くまで待つという策である。子宮口は無理矢理に開かそうとしても、簡単に開いてくれるものではないのだ。だから、陣痛が始まってから、充分に時間を取って、子宮口が充分に開いてから分娩を開始すればいいのである。

 初めての出産の場合、どうしても早く産みたいという気持ちがはやってしまうので、そういう時に、妻が出産に対して真剣に成り過ぎたら、夫が冗談を言って笑わせておくことだ。妻が出産前に体がガチガチにならぬよう、ユーモアで体をリラックスさせながら、出産まで待機させればいいのだ。

 妻がユーモアを受け入れることができるということは、余裕があるということなのだ。妻が出産に真面目に成り過ぎれば、体が硬くなってしまい、いざ出産時に子宮口も産道も硬くなってしまい、出産時間が延び延びに延びてしまうのだ。大事なことは、出産前に余裕をなくしてしまわないことなのだ。余裕があれば、体がきちんと動いてくれるのだ。

 初産なら陣痛が始まって12時間から16時間後に出産できるものだから、妻の陣痛が始まったら、その時間から計算して、大体の出産完了時間を予測しておくことだ。妻のはやる気持ちを抑えて、子宮口が充分に開くまでを待たせ、それから分娩を開始させればいいのだ。

 子宮口が充分に開いていれば、後は僅かな作業で分娩してくれるのである。最初の出産では、妻はこのタイミングがなかなか掴めないのである。だから、夫は陣痛が始まったら、妻に散々冗談を言って笑わしておけばいいのだ。そうやって巧く気を散らしながら、出産に持っていくのである。そうすれば、出産の痛みは激減していくのである。

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出産における力の出し方

●ウンコをするように力を出しても、赤ちゃんを産めません

 よく出産時に、「ウンコをするように力を出してください」と産婦人科医たちが妊婦に言う。しかし、ウンコを出すように力を出しても、赤ちゃんを産むことなどできない。そのような力の入れ方で、たとえ産んだとしても、体力が凄まじいまでに消耗してしまうことだろう。丁度、「ウンコをするように力を出しながら小便をしてください」と言われても、それを実際にやったとしても、結果的には小便は出るが、非常に小便の出が悪し、後味だって非常に悪いもになってしまうことだろう。なぜなら、ウンコをする際に使う筋肉と、小便をする時に使う筋肉が異なるからだ。出産に関してもまったく同じで、いくら肛門と膣が近くにあっても、排便と出産では使う筋肉がまったく違うのだ。

 「出産の際は、ウンコをするように力を出せ」と産婦人科医たちが言うようになったのは、やはり出所はアメリカの産婦人科医たちであるらしい。出産に立ち会えば、排便と出産は異なることぐらいのことはすぐに解るものだが、医者は自分の指導教官の意見を鵜呑みにする傾向があるので、指導教官にそう教えられれば、なんの疑問も持たずに、妊婦たちに言ってしまうのだろう。

 なぜ、妊婦が出産時にあれほど力まねばならぬのかといえば、子宮口がなかなか開いてくれないからなのである。特に初産の場合、子宮口は産まれて初めて最大限に開くために、子宮口が動いていく動きが非常に遅いのである。それなのに、ウンコをするように力んでも、子宮口の開くスピードが速くなるわけではないのだ。結果は、寧ろ産みの痛みを拡大させるだけなのだ。

 しかも、病院で出産する場合は、仰向けの体形で出産するので、仰向けになった状態で、ウンコをする時のように巧く力むことなどできないのだ。仰向けの体形で排便せよと言われても困難になってしまうように、人間にとって不自然な体形では、巧く力が出せなくなってしまうのだ。

 出産する時は、妊婦の筋力をだけを使うのではなく、まずは「地球の重力」を使って、自然に子宮口が開いていけるようにしてあげることが肝要なのである。妊婦が仰向けにならずに、ちゃんと体を起こせば、自然と地球の重力がかかり、その重さで徐々に子宮口が開いていってくれるのである。妊婦が筋力を使うのは、それからなのである。

●股間に力を入れるのではなく、赤ちゃんを押し出していく

 子宮は女性の体の中に、壺をひっくり返した状態で治まっているので、子宮口を無理矢理にコジ開けようとするのではなく、子宮の奥から力をかけて、子宮を押し潰すようにしていけば、自然と子宮口は開き、胎児は産道に出ていくことが可能になり、産道を通って外界に出て来るのである。

 だからこそ、出産時に妊婦がやらなければならないのは、自分の腹筋を巧く使って、子宮に圧力をかけて、波打つように下に押し出していくことなのである。それゆえに、腹筋がきちんとついている妊婦は出産に有利だし、たとえ腹筋が余りついていなくても、妊娠中に筋肉トレーニングで腹筋を鍛えていけば、お産が非常に楽になるのである。

 腹筋が出す力をより強めるためには、足腰の筋肉がついていないと駄目なので、妊娠中に安静指導を拒否して、毎日ウォーキングをし、安産スッポン運動を行い、足腰の筋力を鍛えていく必要性があるのだ。仰向けの体形では足腰に力が入らない体形のために、当然に医者たちが足腰を鍛えていくことの重要性を導き出せないのだ。

 昔から、子沢山の既婚女性たちは、しっかりとした筋肉がついているのだ。通常の既婚女性なら40歳を過ぎれば、お腹が出て来てしまうのだが、子供をたくさん産んだ既婚女性たちは、お腹が出ていないのだ。それほど腹筋がきちんとついているということなのだ。その腹筋があったからこそ、今まで多くの赤ちゃんを産むことができたのである。

 出産する際は、一気に腹筋に力を入れるのではなく、腹筋を徐々に使って、上から下に押し出すようにして力を入れていけばいいのだ。というのは、子宮口の開くスピードが遅いので、一気に力を出しても、子宮口が開いてくれないのだ。ゆっくりと力を出していくからこそ、子宮口の動きに調和して、子宮口が開いていってくれるのだ。

●人間の瞬発的な集中力は3分間が限界である

 人間の瞬発的な集中力は3分間が限界であるといわれている。勿論、激しい訓練を積めば多少は伸ばせるだろうが、軍隊に入隊した経験のある女性でもない限り、瞬発的に出せる集中力は3分以内と看做していい。それゆえ、いくら出産で力まなくてはならないからといって、分娩開始から出産完了まで、力を出しっぱなしにしないことだ。

 子宮収縮が起こっている時にだけ力み、それ以外の時間では力を抜いて休ませることだ。休んでは体力を蓄え、体力が溜まったら、体力を集中的に使用するのだ。出産中はこの繰り返しを繰り返していくのだ。子宮収縮の時でなければ、子宮口は開いてくれないので、力むのはその時だけでいいのだ。

 子宮収縮で力む時も、常に力を出し続けるのではなく、リズミカルに力を出していけばいいのだ。ラマーズ法が優れていたのは、まさにこの点なのである。ラマーズ法は陣痛の痛みを軽減させるという消極的な目的しか持たないので、この利点に気付いていないのだが、実はラマーズ法の遣り方で出産していけば、巧い具合に子宮口が開いてくれるのだ。 

 子宮収縮の際に、力を出しては力を抜きということを繰り返していると、子宮口が開くスピードが速くなってくれるのだ。しかも、力を出すたびに休むことができるので、疲労することが少なくなり、無駄な体力を浪費することがなくなるのだ。これがどんなに凄いことかといえば、ラマーズ法なしで出産した妊婦は、出産後に疲労困憊してしまうのに対して、ラマーズ法を使用して出産した妊婦は、出産後でも赤ちゃんと楽しく戯れるだけの体力を残しているのだ。

 それゆえ、分娩が始まっても、子宮収縮の時以外はリラックスするものだし、子宮収縮が始まっても、その子宮収縮の時間の半分しか力を出さなくていいのである。出産時間の20%から25%程度しか力を出す時はないのだ。要は効果的に力を出していくということなのである。効果的に力を出していけば、最小限の労力で出産することが可能になってくるのだ。

●筋力だけでなく、気力も使う

 出産の際に自分の体力を最大限に発揮したいなら、筋力を使うだけでなく、気力をも使うことだ。気力を巧く使えば、体力以上のパワーを出すことができるからだ。子宮収縮が治まった後に、体をリラックスさせながら、頭の上に気を集中され、それを子宮収縮再開後に体の中へと落としていくのだ。頭の上に「気の塊」を作り、それを一直線に産道まで落としていくのだ。

 この「気の塊」が体の中に入っていくと、子宮が押し出されるように力が出てしまい、お腹の赤ちゃんをスムーズに押し出していくことが可能になるのだ。筋力だけ使って出産しようとしても長時間かかってしまうのに、この「気の塊」を使うと出産時間が大幅に短縮されるのだ。

 これは「軟酥の法」と呼ばれる瞑想の仕方で、瞑想法の中でも究極の瞑想法なのだ。頭上に「気の塊」を作ると、脳が覚醒し、鼻に類い稀なる妙香を感じられ、この妙香が体の中を気持ち良く流れ、通常では出せないようなパワーが体から出て来てしまうようになるのだ。出産をし終わってから、「お産をしている時に、なんかいい香りがしなかった」と言っている産婦たちは、偶然にこの「軟酥の法」を経験してしまったのだろう。

 初産の場合、出産に長い時間がかかるので、出産の間は体力を出しっぱなしにしないことだ。気力を巧く使って、体力を効果的に使っていけばいいのだ。出産の時は雑念を追い払って、出産のことだけに集中していけば、気力が途切れてしまうことは絶対にない。自分がつらくなったら、夫の手を握り、励ましてもらえばいいのだ。

 人間の集中力は長くは続かないものだ。かといって、集中力を巧く発揮すれば、自分の心身から凄まじいパワーを引き出すことができるようになるのだ。それゆえ、日頃からダラダラしていないで、家事や仕事を集中して取り組むようにしておくことだ。集中力の限界と使い方が解っていれば、それを出産時にも使えるし、育児にも使えるのだ。

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出産時に最大のパワーを引き出す呼吸法

●まぜ、出産前において呼吸法をマスターできないのか?

 出産前にラマーズ法の講習を受けたのに、実際の出産では、ラマーズ法を巧く使えなかった妊婦たちは多いことだろう。自分が実際に出産する時になって、「もっと練習しておけば良かった」という後悔の念に取りつかれてしまうのだ。だだ、ラマーズ法をマスターできないのは当然なのだ。なぜなら、ラマーズ法は、陣痛における痛みを和らげることがメインになっており、そういう消極的な姿勢ではどうしても巧く習得できないのだ。

 人間の呼吸法は、「男性は腹式呼吸」「女性は胸式呼吸」というのが基本になっている。なぜ、男性が腹式呼吸を基本とするかは、太古の昔、男性は狩猟を行って獲物を捕えることを主要な仕事としていたために、腹式呼吸を行うことによって大量の酸素を吸い込み、より多くのパワーを引き出さなければならなかったからだ。

 これに対し女性は、女性同士で木の実を採集したり、家事を行ったりしなければならなかったので、女性同士でか会話することが多く、そのため会話に適した呼吸法である胸式呼吸を好んだのだ。女性はスポーツをしなければ、自然と胸式呼吸になってしまい、自然と浅い呼吸しかしなくなってしまうのだ。

 古今東西、人類は様々な呼吸法を考え出してきたが、それらの呼吸法を考え出してきたのは、すべて男性たちで、すべて腹式呼吸を基本とするものなのだ。男性たちはいかに体からパワーを引き出そうと考えているかが解る。一方、女性の方は、会話することが女性脳を満足させることになってしまうので、わざわざ胸式呼吸を捨てて、会話をしにくい呼吸法である腹式呼吸に変えることなどはしないのだ。

 ラマーズ法は確かに素晴らしい呼吸法ではある。しかし、女性から胸式呼吸をさせなくしてしまえば、女性はどうやった所でやりにくい呼吸法なのだ。それに呼吸法は本来、いかに体からパワーを引き出そうかということで考え出されるのに、陣痛の痛みを和らげるという消極的な目的で開発されたから、どうしても出産時に出産のために高いレベルのパワーを出せないのだ。

●炎の呼吸法 ~胸式呼吸で入り、腹式呼吸で産む~

 妊婦に呼吸法を教える時は、必ず胸式呼吸を否定してはならないということである。胸式呼吸こそ、女性が遣り易い呼吸法だからだ。それゆえ、胸式呼吸と腹式呼吸をミックスさせた呼吸法を教えていけばいいのだ。基本は、子宮収縮が始まる前は胸式呼吸で息を整え、子宮収縮が始まったら腹式呼吸に切り替え、より多くのパワーが出せるようにしてあげればいいのだ。

 この呼吸法を行うと、体の中で炎が走り、凄まじいパワーが満ちてくるのだ。この呼吸法は「炎の呼吸法」と呼ばれるものだ。実はこれ、グレイシー柔術で使用される呼吸法なのだ。グレイシー柔術が世界最高の格闘技であると同様に、炎の呼吸法は世界最高の呼吸法なのだ。腹式呼吸か、胸式呼吸かと、二者択一を行うからかこそ、人間にとって最高の呼吸法が解らなかったのである。胸式呼吸と腹式呼吸をミックスさせれば、凄まじいパワーが出て来るのだ。

 要は、出産時における「呼吸の仕方」と「力の入れ方」は密接な関係にあるということなのである。子宮が収縮している時は、腹式呼吸でより多くのパワーを引き出し、子宮収縮が収まれば、胸式呼吸に変えて、リラックスしていればいいのだ。これを出産時に交互に繰り返していけば、出産のために最大のパワーを使えることになるのだ。

 子宮収縮が起こっている時は、腹式呼吸によってより多くのパワーが出る以上、常にパワーを出し続けるのではなく、リズミカルに「力を入れる」「力を抜く」を繰り返していけばいいのだ。これはラマーズ法のリズムの取り方をそのまま採用していいわけで、但し、陣痛の痛みを和らげるという消極的な目的にするのではなく、積極的に力を出していくという積極的な目的に変えればいいのだ。

 子宮収縮が収まれば、胸式呼吸に変え、体をりラックスさせればいい。その際は万歳して胸式呼吸をすると、胸式呼吸でありながら多くの酸素が肺に入ることになるので、子宮収縮の際に生じた疲労を除去できるようになるのだ。しかも、両手を上げることで、体から緊張が取れ、よりリラックスでき、次の子宮収縮がしやすくなるのだ。

●絶対にやってはならない呼吸法は「口呼吸」

 妊婦が絶対にやってはいけない呼吸法は、「口呼吸」である。口呼吸をやってしまうと、大気中の細菌がダイレクトに肺の中に侵入してしまうので、妊婦の免疫力が格段に落ちてしまい、母子ともに危険に晒されてしまうことになるのだ。出産時にトラブルを起こす妊婦のほとんどすべてが、この「口呼吸」を行っているのだ。妊婦の方は出産時に大量出血してしまったり、産後に産褥熱で苦しんだり、赤ちゃんの方は出産に物凄く時間がかかったり、出生後もなんとなく病弱で元気のない赤ちゃんになってしまうのだ。

 それもその筈で、哺乳類の中で「口呼吸」をするのは、人間だけだからだ。人類は進化の過程で会話する能力を持ったのだが、その副作用として動物が決して行ってはならない「口呼吸」を行うようになってしまったからだ。「口呼吸」を行うと大気の細菌を除去できず、そのまま体内に取り込んでしまうようになってしまうので、その細菌によって様々な病気が引き起こされるのだ。

 それゆえ、出産時には、息苦しくなっても絶対に「口呼吸」をしないことだ。出産時は子宮口が開いているので、大気中の細菌に侵されやすいのだ。そのため、「口呼吸」をして自分の免疫力を下げてしまうと、自分から危険な病気を呼び込んでいるようなものになってしまうのだ。

 出産時にはどんなに激しくなろうとも、口を閉じて「口呼吸」を禁止し、「鼻呼吸」をし続けることだ。鼻呼吸をすると、大気中の細菌は除去され、しかも、空気が温まって、肺を活性化させ、より多くの体力を出せることになるのだ。「口呼吸」では、空気が温まっていないので、肺が冷えてしまい、体力が出なくなってしまうのだ。

 「口呼吸」の禁止は、出産時だけでなく、妊娠中も、出産後も、首尾一貫して行われるべきである。出産後に「口呼吸」をしていると、母乳に細菌が紛れ込んでしまい、その汚染された母乳を赤ちゃんが飲むことによって、赤ちゃんが病気になってしまうのだ。母親が鼻呼吸をするだけで、赤ちゃんが起こす病気は激減してしまうことになるのだ。

 今まで口呼吸をやってきた女性は、いきなり「口呼吸」を禁止しても、どうしても巧くいかないので、そういう時は、ガムを噛んで、口で呼吸できなくさせてしまうことだ。そして、1日3回は鼻呼吸で深呼吸すると、鼻呼吸が段々と癖になって、鼻呼吸が自然とできるようになる。朝起きたら、鼻呼吸で深呼吸、昼食前に鼻呼吸で深呼吸、夕食前に鼻呼吸で深呼吸をすると、1日中、鼻呼吸で生活できるようになる。

●声を出すと筋肉は力まず、リラックスして産むことができる

 出産時に是非ともやってほしいのが、息を吐く時には、声を出して息を吐くことである。子宮収縮が起こっている最中は腹式呼吸で行い、その腹式呼吸で息を吐き出していく時に、声を出すのだ。こうすると、筋肉が力まずにリラックスして出産することができるようになるのだ。

 声を出すことによってリラックスするので、息を吸った時はパワーをフルで出せるようになるのだ。マリア・シャラポアがテニスの試合で大声を出しているのは、スポーツ科学の観点から見ても、非常に優れた遣り方なのだ。出産時に声を出さずに力んでばかりいても、体が緊張しきっているので、どうしても思うように力が出ないのだ。出産時には恥ずかしがらずに、苦しくなったら大声を出してもいいのだ。

 出産時に大声を出そうとすれば、「アー」とか「ウー」とか「オー」とかになってしまうので、もしもそういう大声の出し方が嫌であるのであるならば、歌を歌えばいいのだ。自分の好きな歌を覚えて、出産時に子宮収縮が始まるたびに歌えばいいのだ。曲はアップテンポの曲ではなく、ゆっくりとしたテンポの曲の方がいい。

 CDデッキを持ち込んで、部屋中に曲を流せばいいのだ。全曲を流してもいいし、編曲してサビの部分だけを流してもいい。音楽を流している方が、脳が活性化するので、より脳が動いてくれて、出産を楽にさせてくれるのだ。できれば曲は最低でも2曲以上は持っていき、子宮収縮の間隔が長い時に1曲、子宮収縮の間隔が短くなった時に1曲、とすれば、出産のクライマックスが解り、より多くのパワーを引き出すことができるようになるのだ。

 妊婦にとって出産という大舞台を、陣痛の痛みを軽減させるという消極的な姿勢で攻めるのではなく、「炎の呼吸法」「鼻呼吸」「声を出す」という三点を使って、自分の体の内部からより多くのパワーを出していき、そのパワーをフルに使って出産を行っていけば、出産はそのパワーの前に圧倒されてしまうのだ。守ってばかりといると、心身とも委縮してしまい、ジリ貧になっていってしまうのだ。それよりも、出産は勢いをつけて、攻めの姿勢に徹すれば、その勢いで万難を吹き飛ばして、成功してしまうのだ。

 陣痛の痛みがどんなものであっても、赤ちゃんを産んでしまえば、終わってしまうものなのだ。だったら、出産時間を短くして、赤ちゃんを早くに産んでしまった方が、陣痛の痛みを経験する時間は短くなるのだ。そのためには、防御に徹するのではなく、攻めの姿勢に徹していけばいいのだ。

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出産の経過 ~分娩の過程が解っていれば、助産院に行って何をすればいいかが解る~

●出産は分娩が始まるまで時間がかかる

 子宮というのは、通常は閉じている。子宮は女性にとってもっとも大事な器官なので、ここを細菌によって浸食されてたら、子宮内部が破壊されてしまい、生きている価値がなくなってしまうからだ。そのために女性の体は最大限の努力をして、子宮を細菌から防衛して、子宮の機能が必要となるその時まで、安全に守っているのだ。

 それゆえ、陣痛が始まっても、子宮の動きは非常に遅く、なかなか子宮内にある赤ちゃんを出そうとはしない。通常の生活で、子宮が開くことがほとんどないために、「いざ、出産!」となっても、素早くは動けないのだ。子宮は鍛えようがない器官であるために、出産になっても、子宮の鈍い動きに合わせて、待つしかないのだ。

 陣痛の間隔が速まり、助産院に行っても、すぐさま出産が始まるわけではない。初めての妊娠の場合、陣痛が来て、しかも速まってきているし、妊婦本人が助産院に到着しているのだから、すぐに出産を始めてもいいのではないかと思ってしまいがちだが、子宮口が開いていないにも拘わらず、無理矢理に出産させようとしても、赤ちゃんが出て来るものではないのだ。

 だから、助産院に行っても、分娩を開始するまでの時間はたっぷりとあり、その時間を何もしないで過ごしてしまうのではなく、分娩のための準備運動をしておけばいいのだ。ウォーキングや筋肉トレーニングをやって、体を温めておけば、いざ出産となっても、体が充分に動き、出産時間を短縮させることができるのだ。

 助産院に行って何もすることがないからといって、何もしないでいると、体は冷えてしまうし、何の準備運動もしていないと、体は硬いままであり、その状態でいざ出産に臨んでも、体が動くわけがないのだ。そのため出産時間が長引いてしまい、妊婦の体力を消耗させ、産後の肥立ちを悪くしてしまうのだ。ひどければ産褥熱を発したりもするようになるのだ。

●分娩の過程

 それゆえ、初めて出産する時は、分娩の経過がどのような経緯を経てくるのか、きちんと知っておいた方がいい。分娩の経過を知っていれば、分娩開始以前に何をすればいいかが解るし、分娩中にどういうことをすればいいかが解るからだ。助産院に行ってから、出産するまでの時間を無駄にすることなく、出産することができるようになるのだ。

①準備期

 準備期は、収縮周期が10分間程度で 収縮時間は20秒から30秒。この準備期になると助産院に来るよう助産婦から指示されると思うので、自宅から助産院にゆっくりと行けばいい。いくら陣痛が来ても、この準備期では出産しないので、焦らずに助産院に向かうことだ。

 準備期だと、助産院に行っても、助産婦は何もすることがないので、この時間帯は体を動かして、出産のための準備運動をしておけばいい。準備期は子宮が出産のために徐々に準備を整えている時間帯でもあるので、妊婦本人も出産の準備運動をして、バックアップしてあげればいいのだ。

②進行期

 進行期は、収縮周期が3分から5分で、収縮時間は40秒。子宮口が徐々に広がりつつあり、この時期のスピードの良さが、分娩の経過の良さを決めてしまう。そのため、この時期に絶対にお腹を冷やさないことだ。特に夏場の出産は涼しい格好をしないことだし、部屋の冷房をつけたりしないことだ。冬場なら、温かい格好をし、暖房で室内を温めておくことだ。できれば、カイロや湯タンポでお腹を温めてしまうことだ。そうすると、子宮の開き方が早くなるのだ。

③極期

 極期は、収縮周期が1分から2分で、収縮時間60秒。子宮口が10㎝になったら、助産婦は分娩を開始することになる。初産だと、分娩にかかる時間が、経産婦の2倍以上の時間がかかる。それだけ子宮の動きが遅いので、極期に入る前までに、準備運動をするなり、体を温めておくなりしておくべきなのである。

④娩出期

 娩出期は、子宮から赤ちゃんの頭が出てから、赤ちゃんが産道を通り抜けて、外界に出て来るまでの時期である。分娩というものは、赤ちゃんの頭が出ると物凄く早い。この時期は力むのではなく、力を抜いて、赤ちゃんが自然に出て来るようにさせてあげればいいのだ。自然に出てく来るように出来ているのだ。

●力を入れるのは、子宮収縮期だけ

 こうして分娩の経過を見て来ると、妊婦が力を全力で出さなければならないのは、極期だけなのである。出産というと、妊婦が常に全力を出しているのではないかと思ってしまいがちだが、実際の所は、助産院に行っても、全力を出す機会はほとんどなく、妊婦が全力を出せねばならぬ時間がごく僅かなのだ。

 しかも、極期で力を出すのは、子宮が収縮している時だけなのである。それ以外の時は休んでいるのである。極期ですら、常に全力を出しているのではなく、子宮収縮の時だけ全力を出し、子宮収縮が収まれば、リラックスして、力を抜く。これを何度も繰り返しながら、徐々に赤ちゃんを押し出していき、出産するのである。

 この出産の事実はきちんと知っておいた方がいい。というのは、真面目な女性ほど、妊娠や出産に真面目になっているがゆえに、すべての場面で全力を投球してくるからだ。メリハリとか、手加減というものをまったく知らないのだ。そのために、赤ちゃんが生まれてくる遥か前に体力を使いきってしまい、赤ちゃんが出て来る時はもはや疲労困憊しきった状態になってしまうのだ。

 こういう女性に限って「出産は大変だった」「お産は物凄く苦しかった」というのだが、事実はそうではなく、自分の力の出し方が解らなかっただけなのだ。この手の女性は、何をやらしても「大変だ」「l苦しい」と言い出すので、絶対に耳を貸さないことだ。出産というのは、全力投球しなければならない時間帯はごく僅かということが解っていれば、力を巧く出していって、安全な形で出産することができるのだ。

 子供を1人とか2人とか産まないからこそ、出産の経験値が高くなっていないのであって、子沢山の母親たちは出産の経験値が高いゆえに、出産がそれほど大変なものにも、苦しいものにもさせていないのだ。出産時に力の出し方が解っていれば、比較的楽な形で出産できるものなのだ。

●一流の助産婦の秘訣

 一流の助産婦たちの成功の秘訣は、「子宮口の開き具合が良く解っている」ということなのだ。子宮口の開き方は、女性によって千差万別なので、出産が始まる前に、それを見極めるというのが、実は出産自体よりも大事な作業になるのだ。筋肉量の多い妊婦や、お尻の大きな妊婦や、柔軟性のある妊婦は、子宮口が開くスピードが速いし、逆に、筋肉量の少ない妊婦や、お尻の小さい妊婦や、体の硬い妊婦は、子宮口が開くのが物凄く遅いのだ。

 一流の助産婦たちにお産を手伝ってもらうと、「お産が非常に楽になる」と言われているのは、そうやって妊婦を見極めた上で、恐らく、子宮口が10㎝以上開くまで、絶対に分娩を開始しようとしないことにあるのだ。子宮口が充分に開いていないのに、分娩を開始しても、時間の無駄だからだ。

 そして、分娩が開始したなら、妊婦を巧く誘導して、分娩における力の出させ方が巧いのだ。極期では常に力を出せばいいというものではないので、子宮収縮が起こっている時にだけ効果的に力を出させ、お腹の赤ちゃんを押し出していくのだ。そうすれば、妊婦は無駄な力を使うことなく出産できてしまうのだ。初産の妊婦なら、助産婦の巧い指示なしには、妊婦は巧く力を発揮できないものなのだ。

 更に付け加えていうなら、一流の助産婦であればるほど、妊婦に対して褒め上手だということだ。人間は楽しい時間であればあるほど、時間の速度が速くなってしまう。逆に苦しい時間であればあるほど、時間の速度が遅くなってしまうのだ。それゆえ、出産が始まる前から妊婦を褒めてその気にさせ、極期に入れば、より妊婦を褒めて時間を経つのを忘れさせてしまうのだ。こういうことは、助産婦が学校でいくら助産学を学んでも、学校では絶対に教えてくれないことなのだ。助産婦が助産婦の仕事をしながら、世間の中で学んでいくしかないのだ。

 テレビとかで出産シーンを見て、出産が大変だと思っているなら、テレビは出産のクラマックのシーンしか放送していないという事実を知っておこう。実際の出産では、妊婦が助産院に行っても、暇な時間がたっぷりとあるし、しかも、極期になっても全力投球する時間は半分でしかないのだ。こういう分娩の経過の実態を知っていれば、無駄な力を浪費することなく、効果的な力を発揮でき、余裕綽々な形で出産できるようになるのだ。

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人間にとって自然な形の出産体形

●仰向けの体形こそ、もっとも出産に不向きな体形

 出産というのは、「大変なものだ」「苦しいものだ」と思い込んでいるなら、その最大の原因は病院での仰向けになった出産体形にこそあることを知っておこう。この仰向けの体形こそ、もっとも出産に不向きな体形だからだ。これでは妊婦が無事に赤ちゃんを産むためというよりは、妊婦に最大級の苦しみを味あわせようということになってしまうのだ。

 それもその筈で、この出産にもっとも不自然な体形を生み出したのは、キリスト教徒たちだからだ。キリスト教は、平等イデオロギーの上に成り立っているのだが、平等というのはその内部に、「凄まじい憎悪」を含んでいる。特にキリスト教は「原罪」という概念があって、この原罪を作ったのは、女性であるイブであるとしたので、それゆえ女性に対しては究極的なまでに残酷な態度を取り続けた宗教なのである。

 キリスト教は信仰義認説を取っているからといって、信仰しさえすればいいという宗教ではない。キリスト教の呪いはベッドの中にまで及んでいるのだ。キリスト教は、男女の性行為は正常位以外で行うことを禁止したのだ。今でもヨーロッパで正常位が宣教師スタイルと呼ばれるのはそのためだ。正常位しか使えないのだから、キリスト教徒たちの性愛術は非常に低下し、人口も長らく増大しなかったのだ。

 女性がキリスト教に服従する証としての正常位があったからこそ、出産でも「仰向けの体形」が導き出されたのだ。ヨーロッパではキリスト教は伝来する前までは、他の出産体形があったと思うのだが、キリスト教の聖職者たちによって一切駆逐され、女性がもっとも苦しまなければならない仰向けの出産体形に画一化されてしまったのだ。

 日本でも産婦人科医たちが出産に手を出し始めると、この仰向けの出産体形を強力に推し進めていった。日本の昔ながらの出産体形は駆逐され、仰向けの出産体形こそが全国共通の出産体形になってしまったのだ。だからこそ、日本のすべての妊婦たちは、出産は大変で苦しいものだと思い込むようになってしまったのである。

 なぜ、仰向けの出産体形がもっとも大変で苦しくなってしまうのかといえば、「地球の重力」を使っていないし、「妊婦が踏ん張れる体形」になっていないからだ。地球には重力があるので、生まれて来る赤ちゃんに対して、地球の重力を使って上から下に落としていけば、妊婦が自分の体力を消耗せずに産むことができるのだ。更に、もしも、妊婦が体力を出していく時は、妊婦の両足の指がすべて地面についているようにし、踏ん張りが効く体形にしてあげればいいのだ。仰向けの出産体形は、この両方を否定して、妊婦が地球の重力を使えず、体の踏ん張りも効かない体形で出産を強いるから、もっとも大変で苦しい出産になってしまうのだ。

●跪いて出産

 もしも、地球の重力を巧く生かし、体の踏ん張りを効かせる体形にしたいのであるならば、「跪いて出産」するしかないのだ。この出産体系こそ、日本民族伝統の出産スタイルなのだ。妊婦が跪いて座り、天井から吊るされた綱にしがみついて出産するのだ。現代であるなら、綱の代わりに夫を使い、妊婦が夫にしがみついて、より楽になる体形で出産すればいいのだ。

 まず、この跪いて出産する体形の最大の素晴らしさは、体の角度を調整しながら巧く地球の重力を使えることであり、跪いているので体の踏ん張りがいつでも効き、体がバテることなく、出産の最後の瞬間まで体力を出し続けることができることである。仰向けの出産体形では体の踏ん張りが効かないので途中でバテしまい、たとえ出産できても、産後の体力の消耗が激しすぎるのだ。だからこそ、病院で出産すると、産後に妊婦に休息を取らせることに最大限の配慮がなされるのだ。

 跪いて出産する体形が仰向けの出産体形と決定的に異なることは、会陰裂傷がまったく起きないことである。臀部が自由に動かせるので、会陰がいかに広がろうとも、裂傷することなく、無事に赤ちゃんを産むことができるのだ。会陰裂傷は仰向けの出産体形だからこそ起こるものであって、仰向けの出産体形を取らなければ、会陰裂傷など起きないのだ。

 跪いて出産する体形を選択した場合、とにかく体を自由に動かせるという利点を最大限活かしていくことだ。例えば、背中の角度を変えて地球の重力を巧く引き込んで、自分がパワー出さずとも赤ちゃんが出ていくように仕向けるべきだし、体を動かしながら、自分がもっともパワーを出せるポジションを探していけばいいのだ。

 もしも、疲れたのなら、膝をあげて、ウンチングスタイルになって休めばいいのだ。こうすれば出産中にひと休みしながら、地球の重力を使って、赤ちゃんを下に下げていくことができ、疲労が回復したなら、再び跪いて出産する体形に戻して、赤ちゃんを押し出していけばいいのだ。

●立って出産

 跪いて出産する体形よりも、より地球の重力を使って出産したいのなら、立って出産すればいいのだ。立つといっても、「気をつけ」をするのではなく、四股を踏んだ状態にするのだ。この出産体形のポイントは、お尻を突き出すということだ。お尻を突き出して、巧く産道の方向を調節していくと、もっとも地球の重力がかかってくる場所に出くわすので、その地点を重点的に使えば、楽に出産できるようになるのだ。

 妊婦が上半身をピストン運動させると、地球の重力に更に瞬発的な加速度がつくので、体を力まずとも赤ちゃんを押し出していくことができるのだ。上半身をピストン運動させると、血行が非常に良くなるので、出産時に生じた疲労物質を除去することができ、出産時において疲労しにくくなるのだ。

 立って出産する場合は、妊婦が体を最大限に動かせるので、夫には不動の姿勢を要求して、妊婦の動きに対して、夫は軸になってくれればいいのだ。夫が不動の姿勢を取ってくれれば、妊婦はより自由に体を動かすことができ、地球の重力を最大限に利用して、楽に出産することができるのだ。

 立って出産する際にもっとも気をつけなければならないのが、妊婦と助産婦の呼吸が合わないと、赤ちゃんが勢いよく飛び出して落ちてしまうので、赤ちゃんの頭が出て来たら、体を激しく動かさず、自然に出て来るようにしてあげればいい。立っている以上、地球の重力が自然に作動するので、自然に赤ちゃんは出て来るのだ。

 この出産体形は、陣痛が始まって子宮口が充分に開くまで時間を取ってから出産に臨むと、無痛分娩になる確率が非常に高くなる。それだけ地球の重力は人間が考える以上に大きな力なのだ。出産が長引いてしまったり、出産が苦しくなってしまうのは、子宮口が充分に開いていないにも拘わらず、無理矢理に出産させようとするからなのだ。子宮口が充分に開くまで時間をたっぷりと取れば、出産時の苦しみは非常に軽減されるものなのだ。

●四つん這いで出産

 体の踏ん張りをより巧く使いたいのなら、四つん這いになって出産することだ。人間が哺乳動物である以上、四つん這いで出産することはなんらおかしいものではないのだ。跪いて出産する体形を取り、その体形で両手を地面につければいいのだ。こうすると最大限に体の踏ん張りが効き、赤ちゃんを押し出していくことができるのだ。

 腰を落としたり上げたりして、巧く地球の重力を利用して、リズミカルに産道を通っていく赤ちゃんをバックアップすれば、自然な形で赤ちゃんが生まれ落ちてくる。人間が二足歩行する前は、この体形で出産したに違いないのだから、非常に無理なく出産できてしまうものなのだ。

 四つん這いで出産する場合は、常に四つん這いでいるのではなく、疲労してきたら、両手を上げて、体を起こせばいいのだ。その際は、夫に来てもらい、夫の両肩に手を乗せて、休ませてもらえばいいのだ。四つん這いで出産する場合は、これ以外では夫は使い物にならないので、絶対に出産の邪魔をしないことだ。

 ただ、気をつけるべきことは、この四つん這いで出産すると、赤ちゃんを水平発射する要領で力を入れてしまうために、赤ちゃんが勢い良く飛び出してきてしまうのである。そのため助産婦はきちんとキャッチすることだ。どの哺乳動物も、赤ちゃんを出産する際は、赤ちゃんが勢い良く飛び出してくるものなのだ。仰向けの出産体形のように人間にとって不自然な体形で出産すると、赤ちゃんはダラリと出て来てしまうので、それに見慣れていると、それとはまったく違う出方をしてくるので注意が必要である。

 お尻の大きな妊婦は、この四つん這いの出産体形を選択すると、自分の臀部にある筋肉を最大限に利用でき、もっとも楽な形で出産することができる。昔からお尻の大きな女性は安産向きの体型といわれてきたが、仰向けの出産体形を選択してしまうと一転して、お尻の筋肉が使えなくなってしまうし、しかも、会陰裂傷が起きてしまうのだ。

●室内を暖めて、自分がベスト思える体形を探る

 妊婦の体は人それぞれだし、妊婦の体型によって、もっとも産みやすい出産体形があるのだ。筋肉が充分についている妊婦なら跪いて出産する体形がベストだし、身長の高い妊婦なら立って出産する体形がベストだし、お尻の大きな妊婦なら四つん這いで出産する体形がベストである。

 それゆえ、出産中に様々な出産体形を試してみて、自分にベストと思える出産体形を選択していけばいいのだ。その際は暖房を焚いて、室内の温度を上げていくことだ。室内の温度が高ければ、体が温まって体が自由に動き、自然とベストな体形を探り当てることができるのだ。

 人間は同じ姿勢を取り続けていると、体が疲労してしまうので、1つの出産体形で出産しようとしない方がいい。自分がベストだと思う出産体形が解った上で、いくらでも色々な体形を試してみて、自分の体が疲労しないようにしていけばいいのだ。だが、ここぞという時に自分がベストと思える出産体形を取り、その出産体形で出産していけばいいのだ。

 出産する体形を考えていく上で、もっとも大事なのは、「地球の重力」と「体の踏ん張りが効く体形」であるということなのである。この二つを無視してしまえば、出産は大変で苦しいものになってしまうのだ。この大事な二点を絶対に無視してしまわないことである。この二点をきちんと押さえれば、出産は非常に楽になっていくのだ。

 人間にとって自然な出産体形というのは、医者が勝手に考え出すことができるものではないのだ。人間にとってもっとも相応しい出産体形は、自然界の中にこそあるのである。いくら文明の中で生きているからといって、自然を無視してしまえば、大いなるシッペ返しを食らうだけなのである。人間だって自然な出産体形を選択すれば、自然と巧い具合で出産できるものなのである。

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独りで出産するのではなく、チームワークを使って出産する

●出産におけるチームワーク

 妊娠は一人でできるものではないが、出産も一人でできるものではない。妊娠する時は、他人との協力、即ち夫の手助けの有難みを解っているのに、出産になると綺麗さっぱりと、この他人との協力の大切さを忘れてしまうのだ。出産において、産みの苦しみに直面してしまうために、自己中心的に動いてしまうのだ。

 何事も一人では難儀であっても、他人の力を使えば、その難儀さが軽減され、巧く行えるようにできている。出産もまったく同じで、独りで出産しようものなら大変だらけのものであっても、他人の力を使えば、その大変さが軽減され、巧く行えることができるのだ。出産において使えることのできる他人の力は、「助産婦の力」と「夫の力」である。

 出産では、妊婦本人と助産婦と夫の三人でチームが結成され、この三者が巧く協力して、いいチームワークを作り出すからこそ、自分の出産が巧くいくのである。だから、分娩を開始する時は、機械作業のように無言で出産を開始していくのではなく、妊婦本人と助産婦と夫の三人で円陣を組んで、これから出産を開始するという決意を固める結団式を行った方がいいのだ。こういうことでもしない限り、三人が巧いチームワークを発揮することはないからだ。

 人間は出産において体だけを使って出産するのではなく、頭をも使って出産しているのだ。それゆえ、自分の脳に、「これから出産が始まるけど、自分一人で行うのではなく、他人の協力もちゃんと得られるから大丈夫!」と思わせないと、脳は巧く作動してくれず、体が難儀に難儀を重ねて出産せざるを得なくなってしまうのだ。

 勿論、出産でもっとも体力を使うのは妊婦本人であるが、それを一人でやるのと、他人の協力を得ながらするのとでは、出産における疲労度の度合いが全然違うことになるのである。出産を孤独な作業として行えば、疲労困憊してしまうが、出産をチームワークを使って行えば、疲労困憊などせず、寧ろ楽しい気持ちと心地いい疲労だけが残るのである。

●自分に完璧を求めるな、他人に完璧を求めるな

 出産する場合、やはり夫には立ち会ってもらった方がいい。夫が出産に立ち会っても、助産婦が行うような手助けはできないが、妊婦本人の脳を活性化させることでは、最大の働きをしてくれるのだ。女性は好きな男性が側にいてくれるだけで、自分の脳が「快感モード」になってしまい、産みの苦しみを軽減できるのではなく、通常では出せないようなパワーまで出すことができるようになるのだ。女性が男性に対して恋愛をすると、仕事でも大いに頑張れてしまうのだが、それとまったく同じことが、出産でも起こるのである。但し、妊婦が出してくるパワーは恋愛よりも遥かに巨大なのだが。

 出産する際は、夫には手を握ってもらおう。女性は手を握られることで安心感を覚え、困難の前において自分の脳が「ネガティブモード」にならず、もはや後退することなく前進していこうとするのだ。夫はただ手を貸すだけで、妻の脳に変化を起こし、「ポジティブモード」に切り換えさせ、脳からいくらでも肯定的な指令が全身に届いていくのである。

 更に付け加えていうと、夫が一方の手で妻の手を握り、もう一方の手で妻の体を触っていると、妻の体の電気が夫の体にも流れ、その電気が夫と妻の体を循環することによって、体の動きが格段に良くなり、出産力を高めていくことができるのだ。ただ、夫が両手を使うだけで、こんな不思議な現象が起きるのだ。

 人間はついつい完璧を求めがちだ。しかし、この世に完璧な人間など、どこにもいないのだ。自分だって完璧ではないし、他人だって完璧ではないのだ。人間は完璧ではないからこそ、他人と協力し合うのだ。そうすることで、自分の不完全さを補って、物事を処理して前進していこうとするのだ。

 だから、自分の出産を順調に行かせたいのなら、「梃子の原理」を使うことなのである。自分だって完璧ではないし、夫だって完璧ではない。助産婦だって完璧ではない。しかし、「梃子の原理」を使って、その完璧ではない人間たちを使っていけば、いかに困難に思えてしまう出産も、自分一人で行うよりは、遥かに楽で簡単に行えてしまうものなのである。

●ポジティブな人を大事にし、ネガティブな人を避ける

 人間の脳は「ポジティブモード」になることもあるが、「ネガティブモード」になることもある。だが、出産という大事な時期に、「ネガティブモード」になっている人間は必要ない筈だ。出産においては、ネガティブに考える人より、ポジティブに考える人が必要なのである。自分に対してネガティブに批判してくる人より、ポジティブに支援してくれる人が必要なのである。

 少なくとも、妊婦本人にとって、その夫は「ポジティブモード」になっていることだろうし、自分自身を「ポジティブモード」にしてくれる最高の男性である。だから、こういう男性こそ大事にすべきなのである。出産において、夫は何か凄まじい働きをするのではない。しかし、自分をポジティブにしてくれる非常に大事な男性なのである。

 往々にして、人は自分の脳の使い方をマスターしていない。そのため、自分が愛する者に対して、些細な欠点を見つけ出して、憎しみをぶつけ、自分の脳も相手の脳をも「ネガティブモード」にさせてしまうのだ。愛というのは素晴らしいものであっても、無制限に素晴らしいものではないのだ。愛は愛すれば愛するほど、憎しみに変わってしまう危険な代物なのだ。

 愛が有効なのは、自分の脳が「ポジティブモード」な時だけなのである。結局、愛といえども、自分の脳の中から出て来るものなのである。自分の脳が「ネガティブモード」になっていたら、いくら愛を出しても、その愛は瞬時に憎しみに変わってしまうものなのだ。憎しみは一旦出てしまうと、更なる憎しみを呼んで、その憎しみの力は自然に増大していってしまうのである。

 出産という大事な時期には、「ポジティブな人」を大事にし、「ネガティブな人」を避けるというのは非常に大切な決断である。これは出産の時だけではなく、今後の人生においても、大切な決断である。自分の人生において、ネガティブモードの人は全然役に立たないし、それどころか自分に損害を与えてくることになるであろう。人間は脳の使い方をマスターすれば、いくらでも「ポジティブモード」になれるのに、自分の脳の使い方を知らないばっかりに、自分の脳を「ネガティブモード」にさせ、失敗続きの人生にしてしまうのである。

●感謝の大切さ

 無事に出産し終えた時、ほとんどの産婦たちが「夫に感謝する」ようになるのだ。自分が命がけの出産をしたことで、心の奥底から「感謝の言葉」が湧き出てくるのだ。この感謝こそが、自分の脳を完全に「超ポジティブモード」に切り替えさてしまうのである。人間の脳は感謝することこそが、「最高の快感」になるように作られており、感謝すればするほど、脳が最高の快感を連発して、脳の中から有り得ないようなパワーが噴き出してきて、自分の人生を幸福に満ちたものに変えてくれるのである。

 ただ、多くの既婚女性たちが、自分の出産で経験した「感謝」を、時と共に忘れてしまい、自分の脳を「ネガティブモード」に切り替えてしまい、夫の些細な欠点を見つけ出して、自分の結婚相手に憎しみをぶつけてしまうようになってしまうのである。なぜなら、人間には感謝を否定してくる「自己愛」というものがあるからだ。

 宗教家や哲学者や思想家がいくら自己愛を否定しようとも、人間には誰しも自己愛が備わっているのだ。この自己愛を否定したり無視したりする宗教教義や哲学やイデオロギーは、いついかなる時も人間にとって有用なものではなく、寧ろ甚大な損害をもたらす危険な考え方なのである。人間は誰だって自分が大好きなのだ。人間はいくらでも利己的に振る舞うのだ。自己愛をどんなに否定しても、自己愛を否定しきれるものではないのだ。

 だがしかし、人間は自分の精神レベルを向上させていくと、他人愛に目覚め、自分よりも他人を優先させ、利己よりも利他を働こうとするのだ。自分を捨てて、他人のために自分の力を振り絞って幸せにしようとすると、そこに突如として新しい世界が広がり、今までの人生では味わったことのない新しい歓喜と感動と幸福を得てしまうのだ。

 出産がなぜ女性にとって、今までの人生の中で最高の感動になるのかといえば、自分を捨てて、新たな命を生み出したからなのである。自分の殻に閉じ籠り、自分だけを大切にしていると、この他人愛の極致である出産における最高の感動を得ることはできないのだ。自分を捨てて、全身全霊を以て他人に尽くしたからこそ、新しい世界が広がり、新しい歓喜と感動と幸福を得られるのだ。

 だが、この他人愛は永遠に続くものではないのである。人間は放置しておくと、自己愛の塊になってしまい、いくらでも他人を踏みにじり、他人を不幸にすることができるのである。いくら他人愛が素晴らしいからといって、自己愛を否定できるものではないのだ。ただ、その自己愛の暴走の危険性を防ぐためにも、自分の精神レベルを常に上げていき、他人愛を行い、感謝の大切さに忘れないことだ。

 結局、あなたの未来の幸福は、現在のあなたの前向きな考え方と前向きな行動によって創り出されるし、あなたの未来の不幸は、現在のあなたの否定的な考え方と否定的な行動によって創り出されるものなのだ。他人への感謝は、いつでも自分に前向きな考えを持たしてくれて、前向きな行動を取らすようにしてくれるのだ。

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陣痛が来たら「安産スッポン運動」をせよ

●陣痛から出産までの時間を無駄にするな

 陣痛が来たからといって、すぐに出産が始まるのではない。陣痛は子宮が赤ちゃんを押し出していくために子宮の収縮が起こり、そのために痛みが生じるのだが、初産なら子宮の動きが物凄く遅いのだ。今まで出産をしたことがないために、子宮の動きがすべてにおいて硬いのだ。そのため、陣痛が始まっても、出産に至る時間が、長期化するのだ。

 陣痛も高まってくると、破水が起こる。破水というのは、お腹の赤ちゃんを包んでいる卵膜が破れて、胎内の羊水が体外に出て来てしまうものだ。体が健康で、子宮の動きがいい妊婦なら、破水はそれこそ「パンッ!」と音を立てて卵膜が破け、勢いよく大量に羊水が流れ出てくる。しかし、体が余り健康ではなく、子宮の動きが鈍いと、卵膜が破ける音もせず、チンケなお漏らしをした感じで、タラリと流れ落ちてくる。

 人によっては破水が陣痛が起こる前にもあるので、この場合は、破水の後に陣痛が開始される。この破水を「前期破水」というが、決して何か問題のある破水ではないので、安心することだ。妊婦の中でも25%程度の妊婦たちは、前期破水からお産が開始されている。だから、陣痛が来て、その次に破水が来るとは、覚えておかないことだ。違うパターンもきちんと存在しているのだ。

 破水が起こったとしても、すぐに出産が始まるわけではないのだ。それゆえ、落ち着いて、流れ落ちた羊水を雑巾で拭いて、妊娠用の特大ナプキンでもつければいい。破水以降は入浴は禁止だ。破水が起こったということは、子宮口が開き出したということなので、そこから細菌が入ってしまう可能性があるからだ。

 破水が起きても、すぐには助産院に行かないことだ。行ってもやることなど何もないからだ。破水以降、陣痛の収縮周期が速まっていくので、陣痛の収縮周期が10分間隔になったら助産院に行くことだ。初産の場合、陣痛開始から出産完了まで、12時間から16時間程度はかかるので、ゆっくりと構えると同時に、その時間を決して無駄にしないことだ。

●安産スッポン運動

 陣痛が開始されたら、運動をしまくろう。運動をすることによって、体を軟くし、体を温め、子宮の動きが早くなるようにしてあげるのだ。陣痛開始から助産院に行くまで時間を無為無策で過ごす勿れ。この間に体を動かしておけなければ、準備運動をしないで、出産に臨むようなものになってしまうのだ。体を動かさなければ、当然に体が硬く、温まってもないので、子宮の動きも鈍くなり、出産に時間がかかってしまうのだ。

 運動の中でも、「安産スッポン運動」は最適の運動である。安産スッポン運動は、その体の動きからも解るように、足腰腹筋を鍛え、子宮の動きを援護することになるのだ。しかも、安産スッポン運動を行うと、気の流れが非常に良くなるので、体の痛みが軽減され、出産時に気力をフルで出せるようになるのだ。

 陣痛が来たら、せっせと安産スッポン運動を行うことだ。安産スッポン運動をやればやるほど、自分の出産が安産に近づいていくのだ。安産スッポン運動をやって疲れを感じたら、「足首スクワット」に代えればいい。足首スクワットをやると、足首の筋肉がつくだけでなく、子宮近辺の筋肉を柔らかくするので、子宮の動きから硬さが取れ、子宮がスムーズに動いてくれるようになるのだ。

 安産スッポン運動と足首スクワットを交互にやっていけば、妊婦本人が飽きることなく行えることだろう。助産院に行っても、すぐに出産が開始されるのではないので、その空き時間を使って、安産スッポン運動と足首スクワットを交互に繰り返して、体を温めていくことだ。出産直前に、これらの運動をするからこそ、子宮はスムーズに動くことができるのだ。

 初産だと出産のために何をしていいか解らず、助産院に行っても何もせず、ただ「ボーッ」としているのだが、絶対にこの愚かな妊婦たちの仲間入りをしないことだ。せっせと体を動かして、出産のための準備運動をきちんとしていけば、出産が安産になるのは確実なのだ。お産は何か厳かな儀式と思うより、お産はスポーツと思ってしまった方が、楽しくお産をすることができるのだ。

●骨盤ストレッチ

 安産スッポン運動や足首スクワット以外にも、骨盤ストレッチをしておくことだ。骨盤ストレッチをしておけば、出産中には体を動きやすくなり、子宮の動きも、産道の広がりも、スピード良く行えることができるのだ。体が硬いのに出産中に無闇に力を出してしまうと、会陰裂傷が起こってしまうので、出産前にきちんと骨盤ストレッチを行っておくことだ。

 骨盤ストレッチで、「太腿」「腹筋」「背筋」をきちんと伸ばしておくことだ。これらの筋肉が出産前にストレッチを行ってさえいれば、子宮や産道は無理なく動けるようになるのだ。子宮や産道だけに着目するのではなく、その周りにある筋肉に注目することなのだ。周りにある筋肉が柔らかくなってくれれば、子宮も産道も動き易くなるのだ。

 出産前に四股を踏むということは非常に大事である。四股を踏むと、腰に力が入り易くなるので、出産時に無理なく力を出せるようになるのだ。四股を踏むと、股やお尻の筋肉が伸ばされるために、当然に出産時に産道の広がり具合が断然に違ってくるのだ。ここらが硬いと、最後の踏ん張りの際に、疲労困憊になってしまうのだ。

 出産前には必ず脹脛やアキレス腱を伸ばしておくことだ。これらを伸ばしておかないと、出産中に足が攣ることがあるのだ。出産中に攣ることがないためにも、脹脛とアキレス腱を伸ばしておこう。出産は足腰腹筋を使って行うものなので、脹脛やアキレス腱といった部分にも配慮をしておけば、出産が巧くいくのだ。

 自宅でストレッチを行っておくことは当然だが、助産院でもストレッチを行っておこう。助産院に行っても、出産開始まで充分に時間があるので、その時間を無駄にせず、せっせとストレッチを行って、体を柔らかくしておこう。体が柔らかくなればなるほど、お産の痛みが軽減され、その分、非常に産みやすい出産になるのだ。

●カイロで子宮を温めよ

 冬に出産する際は、寒さで体が硬くなっているので、そういう時は、カイロを使って体を温めることだ。カイロを貼る場所は、「足首」と「お腹」と「腰」である。カイロでお腹と足首と腰を温めると、子宮口が開きやすくなるし、産道の広がり具合も非常に良くなるのだ。冬に出産すると、出産時間が長引いてしまうのだが、それは寒さで体が硬くなっているからなのだ。だから、カイロで体を温めてしまえば、体は柔らかくなって、体が動きやすくなり、出産時間も短縮できるのだ。

 冬場の場合、陣痛後に助産院に行く際は、通常よりも防寒度を高めた、より温かい格好で行くことだ。自宅から助産院に行くまでの間に体が冷えてしまったら、体は硬くなってしまうからだ。マフラーや手袋をするのは当然のこと、毛糸の帽子を被って、頭部もきちんと温めておこう。

 助産院で出産を待機する部屋は、必ず温度を高くしてもらうjことだ。部屋の温度が高ければ、体の動きが格段に良くなるので、出産が非常に楽になるのだ。その助産院が木造建築の場合、考えている以上に寒いので、暖房を強めて、部屋の温度を高くしておくことだ。

 出産する部屋の温度も高めにしておくことだ。夜間に出産することが多いので、冬の寒さに夜の寒さが加わるので、非常に寒くなるのだ。冬は寒さに慣れてしまっているがゆえに、部屋の温度を下げてしまいがちだが、出産する際は汗ばむ程度の温度でいいのだ。それくらい高い温度でないと、体が硬くなってしまい、体の動きが鈍くなってしまうのだ。

 初産なら子宮も産道も初めてなので、動きが硬く鈍いのだ。だから、出産前に安産スッポン運動や足首スクワットや骨盤ストレッチをするなどして、体を温めて、柔らかくしておいてあげることなのだ。出産直前にきちんと体を動かしておけば、体は柔らかくなり、スムーズに動けるようになるのだ。それこそが、自分の出産を安産に決定づける最後の詰めの一手になるのである。

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自然出産は昼過ぎに陣痛が始まり、夜更けに出産が始まり、夜明け前に出産するもの

●自然出産の出産のタイミング

 出産日当日になって、出産というものが、人間の都合で起こってくれるものではない。出産は「月の引力」を中心に展開してくるのだ。自然出産の場合、まず着目すべきことは、「満月」と「大潮」と「満ち潮」である。満月の夜と、大潮や満ち潮が起こる時間帯は、妊婦が出産してくる時間帯なのだ。それゆえ、月の満ち欠けや潮の干満を知っておくことだ。臨月に入って出産の兆候が現われてきたなら、そこから類推して、満月や大潮の日があるなら、その辺りで出産することになるからだ。

 それだからこそ、妊婦がきちんと天日塩を摂取して、自分の体内の塩分濃度を高めていくことが大事なのだ。妊婦の体内の塩分濃度さえ高ければ、月の引力の影響を充分に受けて、出産がスムーズに行われてくれるからだ。病院の医者の減塩指導を真に受けて、塩分を控えていたら、この月の引力の影響力が弱くなり、そのために、出鱈目な時間帯に出産することになり、出産を困難にさせてしまうのだ。

 妊婦の体にきちんとした塩分があれば、破水が始まり、陣痛が来て、出産を開始して、お腹の赤ちゃんを出すことで、出産が完了してくれる。破水から出産完了まで、24時間を超えることは絶対にない。破水から出産完了まで24時間を超えてしまうようだったら、その妊婦には充分な塩分濃度がないために、月の引力を巧く利用することができなかっただけのことなのだ。

 出産の時間というのは、要は子宮口と産道の拡大のスピードで決まってしまう。破水というのは、子宮口が開き始めた証拠であり、陣痛というのは、徐々に子宮口が広がっているということなのだ。塩分は神経と筋肉が正常に作動させる役割を果たしているので、この子宮が出産のために動くことにも深く関わっているのだ。産道の広がりに関しても、塩分が不足してしまえば、産道の広がりが非常に遅くなってしまうのだ。

 出産時にどうして妊婦があれほどまでに苦しまなければならないかというと、子宮も産道も鍛えようのない器官だからだ。そのため、事前に何も鍛えていないのに、出産時には大いに動かざるをえないので、どうしても凄まじい痛みを発生させてしまうのだ。女性が生理をいくら経験しようとも、生理では子宮はほとんど動いていないのだ。子宮が出産以外で激しく動くのは、女性が性行為でオルガズムに行った時だけである。女性がオルガズムに達すると、子宮が激しく動いて、子宮口を開いて、精子を吸い込もうとするのだ。子宮はオルガズムによって鍛えられるので、夫婦の性行為できちんとオルガズムに達している妊婦は、出産時に子宮がきちんと動いてくれて、他の妊婦たちよりも痛みが少ないのだ。

 膣というのは、女性の体の中でもっとも鈍感な器官で、人為的に鍛えようない部分なのだ。そのため、産道の広がりを早くしたければ、膣自体を鍛えるのではなく、足腰腹筋を鍛えておくべきなのである。膣周辺の筋肉が鍛えられておれば、出産時にそれらの筋肉を使って、産道の広がりを早くできるからだ。それゆえ、昔からお尻の大きな女性は出産において圧倒的に有利と言われ続けてきたのだ。

 後もうひとつ付け加えておくなら、便秘をしないことだ。子宮口の広がりにおいても、産道の広がりにおいても、妊婦が便秘をしていたら、非常に邪魔になってしまうのだ。大腸にウンコがなければ、子宮口も産道もスムーズに広がってくれるのだ。だからこそ、出産はウンコをした上で臨むことだ。体内にウンコがなければ、出産の時間は短くなるのだ。

●午前4時から午前7時の間

 出産の時間帯で、月の引力以外にもうひとつ着目すべきものが、妊婦の内臓の活動時間帯と出産との関係である。人間の体は,、内臓が常に満遍なく動いているのではなく、各器官がもっとも活発に活動する時間というのがあるのだ。その時間帯こそが、妊婦の出産の時間帯を決めてくるのだ。

 大腸は午前4時から午前7時の間に活発に動くので、その大腸の動きに釣られて、子宮も産道も動いてしまい、それによって出産できるのだ。通常の出産では、昼過ぎに破水と陣痛が始まり、夜更けに出産を開始して、夜明けに出産を完了させるとうパターンがもっとも多い。このパターンでは、午前4時から午前7時の間で、出産を完了させている。

 このパターンだと、出産が夜通しの作業なるので、だからこそ、多くの助産婦たちが夜間勤務になるのである。女性の中には、夜に強い女性が多いので、それゆえに、助産婦は女性に限定されるべきなのである。男性は女性に比べると、日中に激しく活動するゆえに、夜には弱いので、どうしても、この夜通しの作業が苦手なのである。そのため、男性の産婦人科医たちは、妊婦の体の動きを無視して、陣痛促進剤や帝王切開手術を使って、自分たちが活動し易い日中に出産を行わせようとするのである。日本では昔から助産行為には産婆を宛がい、お産に関しては女性に任していたのだが、それにはきちんとした理由があるのだ。

 この通常の出産パターンで出産する場合、夜更けになってから出産を開始して、いくら妊婦を力ませたり、ラマーズ呼吸法をやらしても、明け方にならないと出産できないので、自分の出産が夜更けになっても出産できないと解ったら、最初から全力投球をしないことだ。最初から飛ばしていけば、体力的にバテてしまうのだ。

 この場合の出産では、午前2時以前には出産することはないので、いきなり産むということは考えずに、徐々に子宮口を開いていけばいいのだ。そして午前4時を過ぎたら、全力を投入して、出産していけばいいのだ。多くの妊婦たちがこのペース配分をしらないからこそ、出産時に疲労困憊してしまうのだ。

●午後7時から午後10時の間

 次に多いのが、午後7時から午後10時の間における出産だ。この時間帯は、心臓が強くに作動する時間帯なので、出産力を最大にすることができるのだ。妊婦の年齢が若く、体の筋肉がしっかりとついていて、妊娠中にきちんと体重を増加させた妊婦は、この時間帯に出産しやすいのだ。

 この出産パターンは、先の出産パターンに比べて、破水から出産までの時間が3分の2くらいに短縮されるのだ。それだけ子宮口や産道の動きが良く、早い時間で出産できるのだ。出産の時間が短い分、体力の消耗が少なく、産後の肥立ちも早くなるのだ。そして何より、出産が深夜に及ばないので、出産が終わって後処理が終われば、すぐに寝れるので、非常にてラッキーな出産なのだ。

 自分の年齢が若く、体がごっつければ、この時間帯に出産しやすいので、妊娠中は動物の心臓をきちんと食べておこう。自分の心臓を強くしたければ、動物の心臓を食べてしまえばいいのだ。日本では仏教の肉食禁止の戒律の影響を長らく受けてしまったために、動物の心臓を食べるのを不浄と看做したために、どうしても心臓の機能を強くできなかったのだ。だから、焼肉屋や焼鳥屋に行って「ハツ」を食べるとか、自宅でも動物の心臓を使った料理をして、食べてしまうことだ。

 自分の出産が午後7時から午後10時の間になると解ったら、スクワットをして、足の血流を良くして、血液を心臓に早く返してしまうことだ。こうすると、心臓がより活発に動いてくれて、出産のために充分な血液を回すことができるようになるのだ。股間に力を入れても、一向に出産に結びつかないと解ったら、立ち上がってスクワットをし、足の血流を良くして、その上で再び出産に臨めばいい。こうする方が、巧く心臓の力を利用でき、より早く出産することができるのだ。

 それから、「二の腕」を揉むことだ。「二の腕」には心臓のツボがあるので、二の腕を揉むと、心臓が刺激され、活発に機能し始めるのだ。出産前だけでなく、出産中も、夫に「二の腕」を揉んでもらい、自分の心臓の機能を高めてもらうことだ。ちなみに、女性が歳を取って二の腕が弛んでくるのは、その女性の心臓が弱っているということであり、筋肉トレーニングをするなり、マッサージをするなりして、二の腕が弛まないようにしておくことだ。

●午後1時から午後4時の間

 午後1時から午後4時の間は、小腸が活発に作動してくるので、それによってお腹が温まり、子宮も産道も動きやくすなって、お腹の赤ちゃんが押し出されてくるのだ。人間の体温は午後2時にピークを迎えるので、この出産パターンは体温が高い状態で行えるので、そのために体の動きが物凄く早くなるのだ。

 この出産パターンは、破水から出産完了までもっとも短い時間で終えることができる。そのため、もっとも体力の消耗が少なく、産後の肥立ちも物凄く良くなるのだ。超健康体の妊婦はなぜかこの時間帯に出産するのだ。妊婦の中でも、酵素水分濃度が高く、塩分濃度も充分にあり、筋肉量の多い女性は、特にこの時間帯に出産してくる。

 この出産パターンでは、午前中に体を動かして体を温めておけば、出産はよりスムーズに行うことができるのだ。時間が時間なので、出産を行うというよりも、スポーツをするという感覚でやってしまった方が、巧く出産することができるのだ。午前中に体を動かしてないと、体が温まっていないので、この時間内では終わらずに、夕方にずれ込んでしまうのだ。

 妊婦の体が超健康体になると、出産がいつ来るか解るようになり、お腹の赤ちゃんが出たい時間帯に合わせて、力を入れていくことができるのだ。よく、この出産パターンで産んだ母親たちは、「出産する前に、お腹の赤ちゃんが生まれたいと言っているのが解った!」と不思議なことを言い出すのだが、これは脳の機能が低下していない日中に行うからこそ、こういう不思議な現象に出くわすのだ。科学に取りつかれた産婦人科医たちは、当然のごとくにこういう発言を無視してくるので、この出産パターンの妊婦が病院で出産すると、どうしてもタイミングがずれてしまい、出産が長引いてしまうのだ。

 この時間帯で出産してくる妊婦は、妊婦の中でも非常に健康な妊婦たちなので、通常の妊婦たちはやはり、午前4時から午前7時の間に出産してくるのだ。それなのに、陣痛促進剤を用いて、無理矢理にこの午後1時から午後4時の間に出産させようとすると、妊婦の体は出産すべき時間ではない時間帯に出産させられるので、どうしても出産でトラブルが生じてしまうのだ。

 出産には個人差があっても、決してランダムに行われるものではないのだ。出産は「月の引力」と「人間の内臓の最高活動時間」の関係で決まってくるのだ。出産が始まったからといって、出産開始当初から全力で飛ばしていくのではなく、自分が出産する時間を見越して、自分の出すパワーを配分していけばいいのだ。そうすれば、疲労困憊することばく、余力を残した状態で出産を終えることができるのだ。

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出産は空腹で臨まない

●出産日当日は三食を常に大量に食べておく

 「おしるし」が来たら、翌日が出産日当日になる可能性があり、その可能性が最大7日間続く。その間、三度の食事を常に大量に食べておくことだ。いつ破水が来て、陣痛が始まるか解らないので、腹ごしらえをきちんとしておくのだ。出産といっても、出産の時間が一定ではないので、どう長引いてしまうか解らないので、きちんと食事を取っていなければ、出産中にスタミナ切れを起こしてしまうのだ。

 朝食を少な目に食べる習慣のある妊婦は、こういう時は朝食から大量に食べていくことに切り換えることだ。朝食が少なければ、体は動いても、脳が動かなくなってしまい、大いにパワーダウンしてしまうからだ。破水にしても、陣痛にしても、子宮だけで起こっているのではなく、脳の指令で起こっているものなので、脳が巧く動いてくれなければ、出産の時間が長引いてしまうのだ。

 破水が来て、陣痛が来ても、陣痛の周期がまだ短くないのであるならば、自宅で夕食を済ましてから、助産院に行くということを考えておいた方がいい。やはり自宅で食べる食事が一番美味しいから、出産直前にきちんとした腹ごしらえができるのだ。初めての出産の場合、陣痛の周期に関しては、いくら助産婦から説明されても陣痛が起こる前は良く理解していないので、陣痛が来たら助産婦に電話をかけ、現在の陣痛の周期ではまだ出産には入らないと解ったなら、自宅で夕食を済ましてから、助産院に行けばいいのだ。

 勿論、陣痛の周期が早まり、自宅で夕食を食べられないと解ったら、助産院に行き、助産院で夕食をきちんと食べることだ。但し、夕食を大量に食べる習慣のある妊婦なら、助産院での食事が少なければ、自宅で作ってきて足すようにすることだ。ここで少ない夕食を取ってしまえば、夕食を多目に食べる習慣のある女性はパワーが出せなくなってしまうのだ。そのため、助産院での食事のメニューは予め訊いておいた方がいい。

 出産当日の食事の主食は、「白米」や「白パン」を絶対に避けることだ。これらの物では出産を耐えきれないし、体を酸化させてしまうので、非常に出産には不向きなのだ。出産する直前は、可能な限り「押麦入り玄米食」を食べるべきであって、これだと長時間にわたって血糖が不足することがなくなるので、出産においてパワーが切れてしまうことがなくなるのだ。しかも、体を弱アルカリ性にするので、子宮口や産道の動きが非常に良くなるのだ。

●空腹で臨んだ方がいいという仮説

 俺は出産に関しては、空腹で臨んだ方がいいのではないかという仮説を持っている。というのは、人間以外の動物は空腹状態で出産しているからだ、例えば、鮭はカナダ沖で回遊し、産卵の時期になるとカムチャツカ半島に行き、そこから絶食した状態で北海道までに行き産卵するのだ。茨城県や千葉県や東京都まで来る鮭もいるので、そういう鮭はその絶食期間が物凄く長い期間になるのだ。だが、鮭たちは絶食して産卵するが、産卵した後は絶命しているので、人間も空腹で出産に臨めばいいというわけにはいかないのだ。人間の場合、出産しても、育児をしなければならないし、再び妊娠して出産することを繰り返すからだ。

 人間は食事を食べさえしなければ、食事の消化吸収にエネルギーを回す必要性がなくなるので、大量のエネルギーを確保することができる。だから、断食した状態で出産すれば、その大量のエネルギーを出産に回せばいいのだから、食事を食べた妊婦よりも、出産が巧くいくのではないかという考えも成り立つ。しかし、この仮説を実際にやらしてみると、どうも巧く行かないのだ。

 というのは、人間は体だけで産んでいるのではなく、脳を使って産んでいるからだ。人間は脳を発達させた生き物なので、脳への栄養素が途切れてしまえば、体だけで産まざるをえなくなり、それでは出産を充分に行えないのだ。脳への栄養素は、主に炭水化物であるので、断食で炭水化物不足になってしまうと、脳の動きが急激に低下してしまうのだ。体のスタミナが切れる前に、脳への栄養分が切れてしまうと、妊婦が出せるパワーは大いに減少してしまうのだ。

 女性は男性よりもお喋りなのだが、その女性の中でもお喋りな女性は、特に甘い物が大好きである。これはその女性が喋ることで脳の機能を大いに使っており、そのために大量の炭水化物を消費してしまうからだ。甘い物が大好きな女性に甘い物を控えさせると、脳の機能が低下して喋る量が低下するし、そのれに釣られて体の動きも鈍くなってしまう。これを同じことが出産でも起こっているわけだ。

 若い女性には、早産も難産も異常出産も少ないのに、女性が高齢化すればするほど、早産や難産や異常出産の率が高まるのは、それらを防止する栄養素が不足しているということもあるが、歳を取ることによって膵臓が出すインスリンの量が減少し始めているので、そのために、充分なインスリンが出せなくなり、炭水化物を処理する速度が遅れてしまうからなのだ。だからこそ、30歳を過ぎたら定期的に断食をして、膵臓を始めとする内臓を休ませてやり、内臓が正常に作動するようにしてあげなければならないのだ。

 要は、出産は体だけを使って行っているのではなく、脳をもフル稼働させて、お腹の赤ちゃんを産もうとしているので、出産直前に、体に対してスタミナある食事を取るとともに、脳に対して炭水化物が豊富な食事を取ることによって、体と脳に対して栄養素が不足しない状態にしてあげることが必要なのだ。そうすれば、出産中に充分な体力を維持したまま、お腹の赤ちゃんを産むことができるのである。

●出産強化食

 体のスタミナをつけるためには、「鉄分+蛋白質」の食事を摂取すればいいのだ。鉄分と蛋白質を組み合わせると、スタミナ切れが起きなくなるのだ。出産直前には鉄製の鍋を使って料理をすることだ。鉄製の鍋を使って料理をすると、鉄分が補給でき、体にスタミナがつくのだ。

 鉄分を多く含んだ食材は、「ヒジキ」「のり」「ゴマ」「切り干し大根」「パセリ」「アズキ」「「レバー」「アサリ」「シジミ」「ハマグリ」などである。この中でも「ヒジキ」がもっとも多くの鉄分を含んでいるので、出産日当日に必ず食べておくことだ。ヒジキを作り置きしておいて、出産後に食べると、産後の体調回復が早くなる。

 蛋白質は、動物性蛋白質だけを取るのではなく、きちんと植物性蛋白質を摂取することだ。「大豆」を始めとする豆類や、「クルミ」や「アーモンド」や「ナッツ」などの木の実などを多く摂取しておくことだ。日本の妊婦たちは、豆類をきちんと食べるのだが、木の実をほとんど食べないために、どうしてもスタミナ切れを起こしてしまうのだ。

 動物性蛋白質は「肉」でも「魚」でも「玉子」でも構わない。肉に関しては鶏の肉が一番よく、魚も小魚の方がいい。小型の動物の方が多く産卵しているので、これらを食べれば自分の出産力も高まるのだ。これと同様に、出産直前に動物の卵を食べると、妊婦の出産力は高まるのだ。「鶏の玉子」も、「ウズラの卵」もそうだし、「タラコ」や「イクラ」などを食べると、妊婦の出産力は高まるのだ。

 動物性蛋白質を摂取した場合、ビタミンやミネラルがないと充分に消化吸収されないので、肉や魚を食べたら、野菜を大量に食べることだ。出産直前では酵素水分が必要となってくるので、「糠漬け」や「塩揉み」や「サラダ」といった形で、生の野菜を食べることで、酵素水分の浪費を少なくすることだ。但し、生野菜だとそれほど多く食べられないので、野菜ジュースを飲んで、不足した野菜を補っておくことだ。

●炭水化物の量を60%以上にする

 脳の栄養分は炭水化物であって、炭水化物の代謝のためには「ビタミンB1」が必要となる。即ち、「炭水化物とビタミンB1」のコンビこそが、脳に栄養素を送ることができるのである。炭水化物だけ摂取しても、ビタミンB1がなければ、脳に栄養素が行かず、脳がエネルギー切れを起こしてしまうのだ。

 出産日当日の食事は、どの食事であっても、炭水化物の量を60%以上にすることだ。これだけの量の炭水化物を摂取していると、脳は出産中にエネルギー不足にならないのだ。多くの妊婦たちが出産中に集中力を切らしてしまい、難産になってしまうのは、出産直前の炭水化物の量が少なすぎるからなのである。夜に出産を開始し、明け方にまで出産の時間が及ぶ場合、通常の食事の炭水化物の量では絶対に足りないのだ。出産日当日の食事は、それこそ「ドンブリ飯」の状態で、大量にご飯を食べておくことだ。大量に炭水化物を摂取していれば、出産中に炭水化物が不足することなどなくなるのだ。

 ビタミンB1を多く含んでいる食品は、「大豆」「玉子」「猪の肉」「うなぎ」「ピーナッツ」「ヨーグルト」である。出産直前には、「味噌汁」と「納豆」を大量に食べておくことだ。味噌汁は通常の倍は飲んでおくべきだし、納豆に関しては、納豆を3パック使い、そこに玉子を落として食べることだ。こうすれば、出産中にビタミンB1が不足することはなくなる。妊娠中にお腹がすいたら、ピーナッツを食べるというのも、ビタミンB1を巧く補給できる方法である。

 但し、ビタミンB1の敵は、「水」なので、出産日当日は水を飲まないことだ。ビタミンB1が水に溶けだし、流れ出てしまうのだ。出産直前に水を飲まないことは当然として、出産中に喉が渇いても、水を飲まないことだ。体を温めるお茶を飲むなり、蜂蜜レモンジュースを飲むなり、野菜ジュースを飲むなりしておくことだ。

 出産が深夜に及びそうだったら、蜂蜜を舐めるなり、黒砂糖を食べるなりして、血糖値を落とさないようにすることだ。午後10時になっても、出産する可能性がないのであるならば、恐らく翌朝まで出産時間がかかるので、血糖値が下がってしまうのだ。もしも、お腹が余りにもすいたなら、夜食を食べてしまうことだ。

 破水が起こり陣痛が来てしまうと、陣痛にだけ注目してしまい、食事の重要性を忘れてしまいがちだ。陣痛が来てもすぐには出産するわけではないので、長丁場の出産のために、食事をきちんと大量に摂取しておくことだ。出産直前に大量に食った妊婦が、安産を確実にさせるものなのだ。陣痛に目を奪われることなく、食事にきちんと配慮した妊婦が、最後には勝つのである。

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出産日当日の午前中には必ず体を動かしておくこと

●出産日当日の午前中の重要性

 「おしるし」が出たら翌日にでも出産する可能性があるので、いつでも出産できるように臨戦態勢に入ればいいのだ。破水が来ていなくても、「おしるし」の翌日から1週間以内はいつでも出産日になる可能性があるので、出産日当日の午前中を決して無駄にしてしまわないことだ。

 破水は午後に起こりやすいので、午前中は何もしないで過ごすのではなく、午前中から残った家事をしてしまうとか、スポーツをして体を温めておくとかして、出産日当日の午前中を有効に利用した方がいい。出産日当日の午前中こそ、妊婦が自由に動ける最後の時間なので、この大切な時間を無駄にしてしまうな。この大切な時間の中で、妊婦としてできることはすべてやっておいた方がいい。

 特にスポーツによって体を動かし、午前中の体温を上昇させると、子宮口が開き易くなり、破水から出産までの時間を最短の時間で行えるようになるのだ。妊婦がどうして難産になるかといえば、出産時に体が冷たく、そのために子宮口の開きが遅いので、妊婦が頑張っていくら力んでも子宮口が開いてくれず、そのために難産になってしまうのだ。だから、破水が起こる前にスポーツをして体を動かして体温を上昇させておけば、子宮口の開きが早くなり、自分の出産を安産に持ち込むことができるのだ。

①ウォーキング

 一番のお勧めは、なんといってもウォーキングで、出産日当日の午前中に1時間以上のウォーキングをしていれば、体が足元から温かくなり、血行が非常に良くなるので、出産の際に子宮口がスムーズに動いてくれるようになるのだ。出産日当日はいつでも破水が来る可能性があるので、妊婦一人でウォーキングに行くのではなく、夫婦揃って出かけよう。

 また、破水が始まり、陣痛が来た後に、助産院に行く際は、できるだけ歩いていくことだ。陣痛が来ても、すぐに出産が始まるわけではないので、助産院に行く時間を無駄にせず、ここでも歩くことによって体温を上昇させ、血行を良くしてしまうことだ。この些細な処置こそが、自分の出産を安産に導くことになるのだ。

②筋肉トレーニング

 出産日当日の午前中に筋肉トレーニングをして、筋肉を温めておくと、当然に子宮口の開きが早くなるのだ。それゆえ、午前中に軽く筋肉トレーニングをしておくことだ。「スクワット」「腹筋」をやって足腰腹筋を目覚めさせ、筋肉の温度を上昇させておこう。これをやっておくと、出産時に足腰の動きがまるで違ったものになり、自分の思い通りに体が動いてくれるようになるのだ。

③骨盤ストレッチ

 午前中の体はまだ硬いので、骨盤ストレッチをして、体を柔らかくしておくことだ。体が硬いということは、それだけ子宮口も産道も広がりにくくなるということであって、体を柔らかくしておけば、子宮口も産道も広がり易くなるのだ。陣痛が来てしまうと、骨盤ストレッチをやるのは非常に苦労することになるので、陣痛が起こる前までに骨盤ストレッチをして、体を柔らかくしておくことだ。

●夏場は特に汗を流しておくこと

 大量に汗を流してしまう夏場の出産では、午前中に厚着をして、ウォーキングをし、汗を流しておくことだ。出産日当日の午前中に汗を大量に流しておくと、出産時に余り発汗しなくなるのだ。夏場の出産では、出産時に流す汗が非常に邪魔になるので、出産する前に汗を流しておけば、出産時に汗のかきずぎで、体の動きが鈍ってしまうということがなくなるのだ。

 人間は発汗すると、余分な水分を排出できるので、それだけ体が軽くなり、酵素水分の濃度を高くできるのだ。酵素水分がたっぷりとあれば、出産時において子宮口も産道も広がる際に酵素水分を充分に回せるのだ。余分な水分が自分の体の中にあれば、この酵素水分の濃度が高くなってくれず、出産に必要な酵素水分を充分に回せなくなってしまうのだ。

 但し、大量に発汗した場合、気をつけなければならないのが、汗とともに、「塩分」「ビタミンC」「亜鉛」が失われてしまったということである。「塩分」は神経と筋肉が正常に機能するためには絶対に必要で、「ビタミンC」は子宮口や産道が広がっていく際に大量に使用され、「亜鉛」は生殖器官が正常に作動するためには絶対に必要である。

 そこで、大量に発汗した時は、その日の昼食や夕食で、これら「塩分」や「ビタミンC」や「亜鉛」を含んだ食材を使って料理をしておくことだ。これらの物を摂取しているだけで、出産時の体の動きは全然違ったものになるのだ。出産日当日の食事は、その日になって考えるのではなく、事前に献立を立てておいた方が、混乱なく料理を作ることができるのだ。

 夏場の出産では、絶対に冷房を使用するのはやめておこう。どんなに暑かろうが、自然にしておいた方が、汗もきちんと出せるし、体温も温かくなるので、出産時には充分に体が動くようになるのだ。自宅のみならず、助産院の冷房の使用も禁止してもらおう。その代わり、出産日当日の午前中にはスポーツをして、きちんと汗を流しておこう。そうすれば1日中を涼しく過ごせるようになるのだ。

●冬場はお風呂場で体を温めておくこと

 逆に冬場では冬は寒さで汗も出にくく、体が硬くなっているので、そのままでは出産には非常に不利になってしまうのだ。冬は運動しても汗を余り流せないので、こういう時は風呂で体を温め、汗を流しておくことだ。朝風呂に入って、汗を流し体を温めておけば、1日中、体は軽く、体を温かくしていられるのだ。

 冬場の朝風呂は、「43℃」か「44℃」といった高温でも構わない。短時間のうちに発汗でき、体を温かくすることができればそれでいいのだ。これだけ高い温度のお風呂に入ると、自律神経が完全に交感神経にシフトしてくれるので、体も脳もフル稼働できる状態になり、出産時に全力を出せる態勢を築くことができるのだ。

 お風呂から出た後は、体を拭いて、少しの間、全裸でいることだ。冬場はどうしても厚着をしてしまうので、皮膚が弱っており、充分な皮膚呼吸ができていないのだ。そのため出産に必要な酸素が不足した状態にあるのだ。それゆえ、少しの間、全裸でいることで、皮膚呼吸を盛んに行わしてやり、体内の酸素濃度を高めていけばいいのだ。勿論、冬場は寒いので、体が寒さを感じたら、すぐに服を着てしまうことだ。

 但し、お風呂の唯一の欠点といえば、入浴中に体の体液が流れ出てしまうので、出産直前の妊婦にとっては、この体液の流出が大いにマイナスになるのだ。それゆえ、できればお風呂ではなく、サウナで汗を流すことだ。自宅にサウナがあればいいが、自宅の近くにサウナがある健康ランドやスポーツジムがあるのなら、そこに行って汗を流し、体を温めてしまうことだ。岩盤浴であったとしても構わない。

 自宅以外でサウナを利用する際は、必ず夫を同伴していくことだ。いつでも破水が来る可能性があるので、そういう時は夫と共に出産の準備を開始しなければならないのだ。サウナに入っている際に破水しても、すぐさま出産が始まるわけではないので、冷静沈着になることだ。サウナから出て、水で汗を流して、バスタオルできちんと体を拭いておくことだ。冬の寒風で体調を崩さないようにすることだ。

●全身マッサージでリンパ液の流れを良くする

 出産日当日の午前中にスポーツをして汗を流したのなら、是非とも全身マッサージをしておいてほしい。全身にマッサージをすると、リンパ液の流れが良くなり、体の老廃物や毒素が押し出されて、体が引き締まった状態で、出産を迎えることができるのだ。体が引き締まっている以上、出産時には高い運動能力を発揮してくるのだ。

 全身マッサージは夫にしてもらうことだ。遣り方は手にオリーブオイルを塗って、優しくマッサージするだけ。体が冷えないように、マッサージをしていない場所にはバスタオルをかけておくことだ。リンパ腺は血管の近くにあるので、血管をなぞっていけば、リンパ腺をマッサージすることなり、リンパ液の流れが良くなって、体内の老廃物や毒素が押し流されていくのだ。

 全身マッサージをした後は必ず小便をしたくなるので、尿意を感じたら、すぐに便所に行き、小便をしておくことだ。この小便の中に老廃物や毒素がたくさん含まれているのだ。小便が勢いよく出るということは、破水も勢いよくなるということだ。妊婦の中には、破水しても、その破水を気づけないほどに小さな破水しかできない妊婦もいるが、これは体が硬く、体温も上昇していない証拠だ。それだけ子宮口の開きが遅く、難産が予想される破水の仕方だ。せめて、出産日当日の午前中に全身マッサージをして、体温を上昇させ、体を柔らかくしていたら、かなり違った破水の仕方をする筈だ。

 出産日当日になると、妊婦としてはもう何もすることがないので、この大切な時間を無為に過ごしてしまいがちだ。その点、昔の妊婦たちは、出産日当日も労働に従事し、出産の直前まで汗を流していたことによって、逆に妊婦の体温が上昇して、妊婦の体が出産しやすいような体にしてしまっていたのだ。当時は貧乏だったから、生活費を稼ぐために、どうしても労働をしなければならなかった事情があるが、現在のように豊かになって、出産日当日までも生活費のために労働しなくていいという恵まれた状況になってしまうと、今度は一転して妊婦の体自体が、出産に不向きな体になってしまい、無事に出産できる体なのに、起こさなくていい難産を引き起こしてしまうのだ。

 貧乏はお金がないことに関しては悲惨だが、しかし、貧乏人は貧乏人なりに、巧く遣り繰りして、大過なく生きていけるようにするものなのである。しかし、裕福になるとお金があるばっかりに、何でもお金の力で解決しようとしてしまい、巧く遣り繰りして、自分の人生を大過なく過ごすということを忘れてしまい、起こさなくていい悲劇を起こしてしまうのだ。

 テレビのドキュメンタリー番組などを見て、出産に長時間かかるのが当たり前だろうと思いこんでいる妊婦たちは、その番組に出演していた妊婦が、出産日当日の午前中になんら体を動かしていないことを見ていないのだ。妊婦が出産日当日の午前中に、体を動かさず、汗を流さず、体温も上昇していなければ、出産が長時間に及んでしまうのは当然なのだ。出産日当日まで労働しないのであるならば、それに代わる何かをしておかなければならないのだ。そういう知恵がまるでないのだ。

 何事も最後を決めるのは、勢いである。勢いがあれば、多少のミスがあっても、それをカバーしてしまい、勝利へと導けるのだ。出産もまったく同じで、出産日当日の午前中に体に勢いをつけておけば、出産においても勢いよく出産を行えることができるのだ。勢いをつけずに、出産に臨んだら、出産に梃子摺ってしまうのは当然なのだ。だから、出産日当日の午前中に勢いをつけよう! 勢いをつけて、出産に突入していまえばいいのだ。そうすれば、自分の出産を安産へと導けることができるのだ。

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出産日当日は必ず排便をしておく

●排便の有る無しが出産の命運を分ける

 妊娠後期になると、お腹が大きくなり、お腹の赤ちゃんがただでさえ内臓を圧迫して便秘になるのに、更に出産の兆候が出ると、お腹の赤ちゃんは下方へとポジションを移すので、より大腸を圧迫して排便の出が悪くなり、最後のトドメは「おしるし」が出た後で、お腹の赤ちゃんがもっとも下方に下がってくるので、大腸を圧迫して、排便を困難にさせるのだ。

 結論から言ってしまうと、「おしるし」が出た翌日の排便の有る無しが出産の命運を分けてしまうのだ。安産で産む妊婦のほとんどが出産日当日にきちんと排便をしているのだ。これに対して難産になる妊婦のほとんどが出産日当日にきちんと排便が出てしないのだ。「おしるし」が出た後は、いつ破水が起こってもおかしくないので、この妊娠の最後の時期に排便を必ずしておくというのは、妊婦に課せられた最後の仕事なのだ。

 というのは、ウンコが大腸に詰まっていると、赤ちゃんを押し出す力が非常に弱まってしまうのだ。大腸にウンコがあると、丁度、子宮口の広がりを邪魔して、子宮口の広がりを遅くさせてしまうのだ。しかも、お腹の赤ちゃんが産道を通って行く際にも、産道の広がりを邪魔してしまい、巧く産道が広がらないようにさせてしまうのだ。

 大腸にあるウンコはただ邪魔だけではないのだ。大腸にウンコがあるということだけで、そこにエネルギーを取られてしまうのだ。出産のために自分の持っている力をすべて出し切れることがなくなってしまうのだ。便秘の女性に限って体を重く感じられ、パワーが出ないのだが、それは大腸の中にウンコがあるというだけでエネルギーを吸い取られてしまっているからなのだ。

 出産時には体は奇麗な水分を使って、出産を行っていくのであるが、便秘になってしまうと、大腸が汚れているので、奇麗な水分を供給できなくなってしまうのだ。そのため腎臓が機能を低下させ、体の各器官は汚い水分のために充分に動くことができず、しかも、疲労物質が出ても巧く回収してくれないので、疲労しきった状態で、出産を行わなくてはならなくなってしまうのだ。

●臨月に入ったら、朝の排便をきちんと行っておく

 こういうことが出産直前に起こらないためにも、臨月に入ったら、朝の排便をきちんと行っておくことだ。排便には習慣性があるので、臨月になっても、いつもどおりに排便をすることが出来ていれば、出産直前になって、いくらお腹の赤ちゃんが大腸を圧迫したからといって、いきなり便秘になるということはなくなるのだ。

 毎朝ウンコをすることこそ、臨月に入った妊婦の最重要の仕事なのである。大腸にウンコがなければ、破水が来た後、子宮口の広がりも良くなるし、産道も順調に広がってくれて、お腹の赤ちゃんは最短時間でお腹の中から出て行くことが可能になるのだ。出産にかけた時間が短ければ短いほど、妊婦にとっても、赤ちゃんにとっても、体力の損失が少なく、体力が有り余った状態で出産を終えることができるのである。

 特に「出産の兆候」が現れると、お腹が張った状態になるので、排便のリズムに乱れが生じるが、こういう時でも朝の排便をきちんと行っておくことだ。通常よりもウンコの量が少なくてもいいから、必ず朝食前にウンコをしておくことである。朝食前にウンコが出てさえくれれば、朝食後にも再びウンコを出すことができるのだ。

 「おしるし」が出た翌日以降は必ず排便をしておくことだ。「おしるし」が出た後は、いつ破水が起こるか解らないからである。一番多いのは「おしるし」が出た翌日の午後に破水するので、だからこそ必ず排便をしておくことだ。「おしるし」が出たその日の夕食には、食物繊維の多い食材を多く食べるとか、玄米の量を増やすとかして、排便が確実に出るような配慮をしておくことだ。

 排便には習慣性があるので、臨月に入ってから、便秘になってしまうと、ズルズルと排便が長引いてしまうのだ。それゆえ、排便が困難になってきたら、すぐさま手を打って、排便をスムーズにさせる努力をすることである。臨月になったら、「出産の兆候」や「おしるし」が出て来るというのは解っているのだから、今まで自分の人生で培ってきた便秘解消テクニックを駆使して、排便ができるようにしてしまうことだ。

●出産直前の便秘解消の方法

①「天日塩入り根昆布湯」を飲む

 出産直前の便秘を解消する方法といっては、なんといっても「天日塩入り根昆布湯」を飲むことである。出産直前には根昆布湯を飲みながら、根昆布を食べてしまうことである。根昆布に含まれるミネラル成分によって、より排便しやすくさせるのだ。天日塩は内臓を引き締めてくれるので、天日塩によって大腸が刺激され、排便を促すのだ。

②食事を多目に摂取する

 「おしるし」が出た日の夕食は、必ず「押麦入り玄米食」にし、そのご飯を多目に食べることだ。ご飯を大量に食べると、それだけ大腸は活発に動かざるを得なくなるので、ウンコが押し出されてしまうのだ。しかも、押麦にも、玄米にも、食物繊維が豊富に含まれているので、大量に食べれば大腸の内部を掃除してくれて、ウンコを吐き出してくれるのだ。

③スポーツをする

 ウォーキングをするとか、筋肉トレーニングをするとか、ストレッチをするとかして、とにかく体を動かして、血行を良くして、排便がしやすいようにさせてあげることだ。妊娠も妊娠が最終段階に入って、体重は重いし、お腹も出ているだろうが、こういう時こそ億劫がらずに、きちんと体を動かして、排便しやすいようにさせてあげることだ。

④睡眠時間を長くする

 睡眠時間が短ければ、内臓は巧く作動することができない。それゆえ、睡眠時間を長くして、内臓を巧く作動させて、翌朝の排便を確実にすることである。妊娠も最後になれば、午後9時には就寝してしまうことである。この時間に床に入って眠れば、睡眠中に内臓はきちんと機能してくれて、翌朝には大量のウンコを出すことができるのだ。

⑤大腸を刺激する

 「おしるし」が出た翌日になっても、ウンコが出ない場合、大腸のある所を、指で押して、大腸を刺激することだ。大腸にウンコが入っていれば、そこがパンパンに膨らんでいるので、そこを左上から右下へと大腸をなぞるように、指で押していくことだ。これを何度も繰り返していると、便意がやってきて、ウンコが出るようになるのだ。

●浣腸の使用

 「おしるし」が出た翌日以降から、いつでも破水が起こる可能性があるので、もしも、どうしてもウンコが出ない場合、そのままの状態で出産に及んでしまうと、出産時に力んだ時に、ウンコが出てしまうのだ。勿論、こういうことが起こらないように、助産婦は事前に肛門に栓をしてくれるのだが、かといってやはり大腸にウンコを溜め込んで出産に臨むべきではないのだ。大腸にウンコがあれば、出産の邪魔だし、妊婦もエネルギーを全開にして出すことができないのだ。

 そこで提案なのだが、「おしるし」が出た翌日以降に排便が困難になった場合、浣腸の使用を考えてもいいのではないか? 妊婦に浣腸をして、ウンコを強制的に排出させれば、出産時は非常に楽な状態になり、子宮口も産道も順調に広がってくれて、妊婦のパワーを全開にできるのだ。

 そして何より、出産時に便意を催したり、排便をしてしまうことを避けることができるのだ。出産時に排便する妊婦もいるけど、できれば出産時にはウンコをしたくないものだ。出産時にウンコをしてしまうということは、それだけ出産に邪魔な物を大腸に溜め込んでいたということにすぎないのだ。

 10代や20代の妊婦なら排便が困難になるということはないが、妊婦が30代や40代になってしまえば、どうしても便秘になってくる妊婦が出て来るので、そういう妊婦たちにも肛門に栓をするという方法のままでいいのかということに関しては大いに疑問である。出産日当日に浣腸をしてしまい、強制的に排便させてしまった方が、出産中に便意に襲われることもなくなるし、出産を安産に持ち込むことができるのだ。

 勿論、出産直前の妊婦たちは、浣腸のお世話にならないように、日頃から排便をきちんと行えるようにしておくことだ。毎朝、きちんとウンコをしてさえいてくれれば、いつ破水が来ても、自分の出産力を最大にすることができ、自分の出産を安産にすることができるのだ。出産日当日の排便こそ、妊婦に残された最後の仕事なのである。

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「おしるし」が出たら、睡眠をたっぷりと取れ! ~出産直前の長時間睡眠こそ、安産を決定づける~

●出産のための長時間睡眠の必要性

 「おしるし」が出たら絶対にやっておくべきこと、それは「長時間睡眠」を取っておくことなのである。「おしるし」が出たら、翌日にも出産が始まるので、その出産は夜通しの作業になるのだ。それゆえ、通常の睡眠時間では気力や体力が続かず、疲労困憊した状態で出産せねばならなくなり、出産時間が長引いてしまうのだ。

 出産直前の妊婦が「6時間睡眠」や「4時間半睡眠」では、絶対に睡眠時間が足らないのだ。睡眠中は日中に生じた疲労物質を除去し、体の痛んだ箇所を修復し、更に造血機能を強化して血液を多く供給して、翌朝から血液豊富な形にしているのだ。この一連の作業が完了するためには、最低でも7時間30分の睡眠が必要となるのだ。

 出産直前の妊婦にとっては、これらの一連の作業を完了させておかないと、体内に疲労物質は溜まっていることになるし、出産のために体は修復されていないし、出産するために充分な血液が不足してしまうのだ。出産時に大量出血してしまう妊婦は、体内に血液が大量に有り余っているから出血するのではなく、体内に出産するのに必要な血液がないからこそ、不要な血液を排出して、体内における出産に必要な血液を濃くしようとするために、大量出血するのである。

 出産前においては、妊婦にもお腹の赤ちゃんにも長時間の睡眠が必要なのだ。妊婦は長時間の睡眠を取ることで、出産のための気力と体力を充実させなければならないし、お腹の赤ちゃんも母親が長時間の睡眠を取ることで、出産のための気力と体力を充実させなければならないのだ。

 出産直前に妊婦がちゃんと長時間睡眠を取ってさえいてくれれば、お腹の赤ちゃんは気力も体力も充実しているので、最短の時間で出産することが可能になるのだ。出産に時間がかかったというのは、それだけ出産直前に充分な睡眠を取っていなかったからであり、出産するための気力や体力が不足した状態で出産に臨んでしまったからなのだ。

●出産直前の「9時間睡眠」

 では、出産直前の妊婦には、何時間の睡眠が必要なのか? それは「9時間の睡眠」が必要なのである。妊婦が出産直前に9時間睡眠を取っていれば、気力も体力も充実し、出産するまで気力も体力も切れることなく、出産することが可能になるのである。出産は出産日の午後に陣痛が始まり、夜になって出産を開始し、明け方の出産を終えるので、9時間もの睡眠を取っておかないと、気力も体力も持たないのだ。

 日々の睡眠時間が「7時間30分」であるならば、1時間30分余計に睡眠すればいいだけなのだが、通常の睡眠時間が「6時間」だとか、「4時間30分」の妊婦は、9時間睡眠をしろと言われても、すぐには寝付けないし、9時間もの間、眠れるわけがないのだ。それゆえ、そういう女性たちは臨月に入ったら、日中に体をたくさん動かして、体を疲れさせて、睡眠時間を徐々に多くして行って、睡眠時間を長くするようにしていけばいいのだ。

 9時間睡眠ができない妊婦は、昼間に昼寝をして、睡眠時間を増やす努力をしていくことだ。夜間の睡眠時間と、昼間の睡眠時間を合計して、9時間になれば、それでも充分なのだ。臨月時での睡眠時間の長さと、出産における安産の度合いは、正比例しているので、いかに慣れない長時間睡眠を取っていくのかが、安産を最終的に決定づけることになるのだ。

 9時間睡眠の場合、「午後9時就寝、午前6時起床」というのが理想的な睡眠パターンである。午後9時に寝てしまえば、午後10時から午前2時の間に大量に分泌される成長ホルモンをたっぷりと吸収できるのだ。この成長ホルモンが大量にあると、子宮口が広がり易くなり、産道も大きく広がってくれて、お腹の赤ちゃんにとってはスムーズに外界に出て来ることができるようになるのだ。

 「おしるし」が来た日には、夕食を食べ、体を多少動かし、お風呂に入ったら、すぐに寝てしまうことだ。「おしるし」が出たら、翌日に出産する可能性が高まっているので、この日の夜にこそ、長時間睡眠を取っていれば、気力も体力も充実した状態で、出産に臨めるのだ。「おしるし」が出たら、どんなに遅くても7日後までには出産日がやってくることになるので、「おしるし」が出たら、出産日が来るまで9時間睡眠を取り続けることだ。

●「おしるし」が出たら、テレビを見るな、新聞を読むな

 「おしるし」が出たら、是非ともやっていただきたいことがる。、それは「テレビを見ないこと」「新聞を読まないこと」である。テレビを見ず、新聞を読まないことで、自分の全神経を出産に集中させ、出産のために総力戦体制を取るべきなのである。妊婦の頭の中が完全に出産モードになtっていれば、出産日に全力を出すことができ、安産に導くことができるようになるのだ。

 テレビを見なければ、早寝ができるのだ。テレビこそ、多くの人々を遅寝にし、睡眠不足を引き起こしてきた家電製品なのである。それゆえ、妊婦がテレビを見なければ、自動的に早寝ができ、睡眠時間をたっぷりと取ることができるのだ。更に、低俗な番組を見ることがなくなるので、妊婦の脳が脳波の高い状態になり、出産時においても脳が高い機能を発揮して的確な判断を下せるようになるのだ。

 新聞に関しても、もはや出産直前の妊婦にとっては、新聞は一切必要のないものである。出産直前に新聞を読んでいれば、時事のニュースに心を乱されてしまい、自分の頭を出産に集中できなくなってしまうのだ。そtれゆえ、新聞さえ読まなければ、頭の中を完全に出産に集中させ、出産モードにすることができるのだ。

 できれば、「おしるし」が出た後からするのではなく、臨月に入ったらテレビも新聞も見るのを控えた方がいい。臨月になってテレビも新聞も見なければ、自分の精神を高く持つことができ、心が乱されることなく、出産に集中していくことができるようになるからだ。それだけテレビや新聞を見ることは、我々からエネルギーを奪い取っているということなのである。

 長期間にわたって宿泊できる助産院では、妊婦たちにテレビや新聞を見せないようにしている所があるのだ。こういう助産院では安産の確率を通常では考えられないほど高くしている。妊婦たちが臨月に入ってテレビや新聞を見なければ、妊婦たちは出産に集中できるのであって、それは確実に出産を安産にすることに繋がるのだ。

●出産直前に9時間睡眠をしていると、出産日当日で全力を出せるようになる

 妊婦の中には、流産してしまった、早産になってしまった、難産になってしまた、異常出産になってしまったという妊婦たちがたくさんいる。たとえ無事に出産で来たとしても、「おしるし」が出ず本当の出産日が解らない妊婦や、出産時間が異常なまでに長くなってしまった妊婦や、産後の体調回復が芳しくないという妊婦たちがいる。そういう妊婦たちはすべて出産前に長時間の睡眠を取っていなかったから、そうなってしまったのである。

 それだけ現代の女性たちが日頃から睡眠を取っていないということなのである。睡眠時間が短くなれば、体内の疲労物質を除去できないし、体の痛んだ箇所も修復できないし、新しい血液だって供給されなくなる。そうなれば体は異常を来たし、発病していくのは当然のことなのだ。睡眠時間を短くすることは決して自慢にはならないのだ。それは自分の健康を犠牲にしながら生きているようなものであり、徐々に病気に近づいていっているだけにすぎないのだ。

 昔の人たちは、午後9時になれば、もう就寝していたのだ。早寝の習慣があれば熟睡できるし、熟睡できれば早起きになるのであって、朝から元気一杯で生活することができたのである。こういう生活習慣の中で生きていたらからこそ、多くの妊婦たちも出産を安産にすることができたのである。出産に必要な気力も体力も充分に揃えることができたからだ。

 出産直前に9時間睡眠さえしていれば、出産当日に全力を出すことができるのだ。出産する最後の瞬間まで、気力や体力が途切れることがなくなるのだ。睡眠時間が短ければ、いくら体力があっても気力が途切れてしまい、最後まで力を出し続けることができなくなってしまうのである。睡眠時間が短ければ、いくら自分が出産したいと強く願っても、体が疲労しきって、体力を充分に使いこなせないのである。だからこそ、出産直前には長時間睡眠を取って、気力も体力も充実させ、出産当日に全力を出せるようにするしかないのだ。

 「おしるし」が出たら、もう妊婦としてやるべきことは何もない。「おしるし」が出るということは、妊娠期間中に妊婦としてやるべきことをちゃんとやってきた証なのだ。後は妊婦として最後の夜に長時間睡眠を取って、出産当日に備えればいいのだ。出産直前に長時間睡眠を取っていれば、自分の出産を確実に安産にすることができるようになるのだ。

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「おしるし」が出たら、妻の産休だけでなく、夫の出産休暇も必要である

●男性の出産休暇は女性と同じにすべきではない

 人間は男女平等にはできてはいない。それなのに、神の摂理に反して、男女平等を唱えてしまえば、それまで人間がごく当たり前にしていた生活すら破壊されてしまう。妊娠において妊娠するのは女性だけであり、出産において出産するのは女性だけである。だからこそ、働く既婚女性には産休があるのである。男女が平等ではないからこそ、女性にとって必要な産休を法的に保護しているのである。

 しかし、男性は女性に妊娠させても、自分が妊娠することはないし、妻に出産させても、自分が出産することはない。産婦が出産後に産褥期を経験して体調を回復しなければならないのに、出産していない男性には産褥期など経験するわけではないのだ。だからこそ、男性が女性と平等に同じ期間の産休など一切必要ないのである。しかし、男女平等を唱えると、この当たり前の事実すら把握できなくなり、男性にも女性と平等に産休を与えようとしてくるのである。

 男性にも産休を取らせる法律を国会で可決しても、男性の国会議員たちは産休を取った試しはない。国会議員の仕事は産休を取っているほど暇な仕事ではなく、過酷な仕事なのである。法律というものは、国会議員自体が守れない法律は可決してはならないし、また、そういう法律は無効にすべきなのである。

 しかし、世の中には、この邪悪な流れに便乗して、男性でも産休を大いに取ってくる愚かな官僚やサラリーマンたちがいるのである。「お前ら、自分の仕事をほったらかして一体何をやっているんだ!?」と怒鳴りつけたくなるが、男女平等に取りつかれれば、男から男らしさが消え、男が男としての仕事を果たさなくなるのである。

 男性は妻が臨月になっても、出産休暇を取るべきではないのだ。なぜなら、その必要性がまったくないからだ。しかし、妻に「出産の兆候」が出たら、出産の準備が必要となってくるので、午前中に仕事をして、午後には帰宅すればいいのだ。出産休暇として、その日1日を完全に休まれてしまうと、仕事が滞ってしまうので、この「午前就業」をしてくれれば、仕事の停滞はなくなり、仕事がスムーズに進むのだ。

 完全な出産休暇は、妻に「おしるし」が出てからでいいのだ。妻に「おしるし」が出たら、大半は翌日に出産しているし、遅くても7日後には出産しているので、「おしるし」が出た後にすぐ出産休暇を取らないと、妻の出産に立ち会えなくなってしまうからだ。夫の出産休暇は、「おしるし」が出てからで充分なのである。「おしるし」以前に休まれても、夫にする仕事など家庭内には何もないのだ。

 出産休暇が本当に必要なのは、出産日とそれから1週間程度である。妻が出産と産後の体調回復のために家事ができないので、その間、夫が家事を代行する必要性があるのだ。だから、男性に必要な出産休暇は1週間程度から2週間程度なのである。これこそが、妊娠や出産の現実から導き出される、男性が本当に必要とする出産休暇の日数なのである。

●夫は妻のサポート役に徹するべし

 夫が妊娠や出産のためにまずやらねばならぬのは、外で働いて妊娠や出産のための費用を稼ぎ出すということなのである。これこそが、夫の最大の役目なのである。出産においていくら夫の手助けが必要だからと言って、夫が失業してまで出産を手伝ってしまえば、それはまともな手伝いにならず、恐ら夫婦喧嘩の連続となり、確実に離婚へと発展していくことになるのである。夫の出産における手伝いは、あくまでも外で仕事をして出産費用を捻出した上での話のなのである。

 夫が妻の出産の手伝いをする時は、出産費用をちゃんと準備し、妻が出産や育児に経済的になんの心配をすることがないようにさせ、その上で妻のサポート役に徹すればいい。「おしるし」が出たら、翌日以降から破水が始まる可能性が高いので、破水の後、陣痛が来て、陣痛の周期が早くなれば、助産院に連れていけばいい。

 妻の出産を安産にさせたいと思うのであるならば、夫は夫婦の会話の量を増やして、妻の気持ちを紛わせることが必要だ。女性は話を聞いてもらえれば、安心できてしまう脳のメカニズムを持っているので、こういう時は妻の下らない話でもちゃんと聞いて、妻をリラックスさせればいいのだ。妻の会話のトーンが暗くなっていくようであったら、冗談を言って笑わせればいいのだ。

 「おしるし」が出たということは、妻の体も、お腹の赤ちゃんも出産の準備が完了し、いつでも出産できる状態になっているので、夫はテレビを消し、新聞を読むのをやめて、妻の気持ちを出産に集中させることだ。妻が世の中の不要な情報に晒されてしまえば、出産に集中できなくなるのだ。夫婦共々、完全に出産に集中して、出産以外のことを考えられないようにすればいいのだ。

 出産の際に、妻が出産に立ち会ってほしいというなら、出産に立ち会うべきだろう。そういう時は出産に立ち会っても、夫はほとんどすることがないので、妻の手を握り、無駄な会話をしないことだ。出産の際に話しかけられると、妻は出産に集中できなくなってしまうのだ。無事に赤ちゃんが生まれたら、ちゃんと妻と赤ちゃんを祝福してあげることだ。

●出産休暇を有効に利用しよう

 妻が初めて出産をした場合、夫婦にとっては何もかもが初めての出来事になるのだ。育児は最初が肝心なので、赤ちゃんとスキンシップをしたり、育児の仕方を助産婦から教えてもらえばいいのだ。この助産院にいる間に、ちゃんと赤ちゃんと接していれば、育児の仕方はなんとなく解り、その後の育児で大したトラブルを発生させることなく過ごせるようになるのだ。

 妻の方も、授乳の遣り方がいまいち解らないし、夫は赤ちゃんの抱き方すら解らないものだ。しかし、それでいいのだ。最初から完璧にできる夫婦などいないのだ。試行錯誤しながら学んでいくことこそが大事なのだ。逆に最初から巧く行きすぎてしまうと、その後にトラブルが生じた場合、失敗に慣れていないから、そのトラブルに対してパニックになってしまうのだ。

 助産院では赤ちゃんにミルクを飲ませないので、出生後に胎便が大量に出るので、赤ちゃんの体重が一時的に出生直後よりも大いに減少してしまう。このことにほとんどの夫婦がビックリしてしまうが、胎便は赤ちゃんにとってそれほど大量のウンコなのである。この胎便をきちんと出すからこそ、その後において、赤ちゃんは病気をしなくなるのだ。大いに減った体重も、母親が母乳を与え続ければ、きちんと体重が回復してくるのだ。

 赤ちゃんは1日の半分以上は眠っているのだ。赤ちゃんが眠っている時は、頬っぺたをいじくらないで、静かに眠らせてあげることだ。赤ちゃんが寝ている時は、夫婦で会話をし、妻の出産の苦労をねぎらうことだ。妻にとっては、出産は人生最大の苦しみであって、この産みの苦しみを経験したからこそ、育児の喜びが最大限に湧いてきて、夫に話したいことがたくさんあるのだ。それをきちんと聞いてあげればいいのだ。

 出産休暇は何もすべてを出産や育児のことに投入してしまわないので、この休暇を利用して、書物を読んだり、自分の部屋を整理して、有効に使えばいいのだ。出産休暇を取ってしまうと、その間は仕事ができなくなるので、せめてこの間に読書でもしておくと、仕事をしていたら読めなかった本でもじっくりと読むことができるのだ。自分の部屋も掃除して、溜まった書類を処理してしまうことだ。出産休暇だからといって、本当に出産のためだけに使ってしまうと、出産休暇を終えて職場に復帰した後、頭が巧く作動しなくなるので、出産休暇中もきちんと頭を使って、脳が錆つかないようにしておくことだ。

●最初の出産は妻だって、不安なんです

 結婚した女性は、最初の出産は誰がどうやっても不安なのである。その不安を妻の心の中で巨大化させてしまわないことだ。夫婦の会話が少なくなれば、妻は不安を勝手に大きくしていってしまうのだ。いくら出産休暇を取った所で、妻と向かい合って話し合う習慣を持たねば、出産休暇を取る意味など何もなくなってしまうのだ。

 妻は夫がいるからこそ、出産の不安はなくなるのだ。そして、大事なのは、夫婦で会話をすることなのだ。後顧の憂いをなくして、励ますことだ。妻が出産の不安をなくせるかどうかは、夫婦の会話の質量に比例しているのだ。会話量も或る一定レベルの量が必要だし、会話の内容も或る一定レベルの質が必要なのだ。出産直前という大事な時期を、テレビを見て過ごしてしまわないことだ。お笑い番組を見て、いくら笑った所で、妻の出産の不安は解消されないのだ。ただ、それは現実から逃げていることでしかないのだ。

 出産を安産に持ち込みたいなら、「おしるし」以降は外界の情報を遮断して、出産だけに集中してしまうことだ。人間は1つの物事に集中すると、それに向かって全身全霊を投入しようとするので、出産を安産に変えてしまうことができるようになるのだ。出産前に自分は安産で産めると安産になるイメージを持たしてしまうと、実際の出産で本当に安産になってしまうのだ。

 男性の出産休暇の本当の役目は、ここにこそあるのである。ただ単に妻のサポートに徹するだけなら、誰か他にサポート役を立てればいいのである。通常の料金の3倍もの金額を支払って、助産婦を3人雇ってしまった方が、妻にとってはどれほど有効なサポートになるから解らないものなのである。

 しかし、初めて出産する妻にとって、他の人間では代理が効かないもの、それは「自分の出産の不安を取り除いて、安産になれるように、イメージされてくれる男性」なのである。その男性は「自分の夫」以外に有り得ないのだ。夫が自分を励ましてくれるからこそ、妻は出産の不安を解消させ、自分の出産を安産に持ち込めることができるのだ。

 人間は貧すれば鈍するが、豊かになると馬鹿になる傾向がある。そのため、馬鹿げた法律を定めて、男性に不要な出産休暇を与え、何もせずに出産休暇を本当に仕事をしない休暇として受け取ってしまう男性たちが出て来てしまうのだ。妻が臨月になったからといって、それと同時に夫が出産休暇を取って、自宅に居ても邪魔なだけなのである。必要のない休暇など、決して与えるべきではないのだ。男性の出産休暇は、妻に「おしるし」が出てからで充分なのだ。必要な出産休暇であるからこそ、男性は有効に利用して、その間に妻の出産の不安を取り除いて、初めての出産を安産に導くことが可能になるのである。

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妊婦本人が「本当の出産日」に出会える裏ワザ ~すべての妊婦たちにとって念願の「おしるし」はこうやるときちんと出て来る~

●出産は月の引力を利用して行われる

 要は、出産予定日に囚われることなく、臨月において「出産の兆候」が現れ、その後に「おしるし」を巧く出させれば、妊婦本人にとっての「本当の出産日」が解るよになるのである。最終生理日から280日を足して、その日を出産予定日と算出しても、それが妊婦本人にとって「本当の出産日」とは限らないのだ。人間の体は計算式で割り出せるように簡単には出来ていないのだ。

 出産予定日なるインチキ極まりない医学用語が罷り通っているということは、それだけ日本の多くの妊婦たちが、自分の「本当の出産日」に出会えず、それ以前に「本当の出産日」を無視して強制的に出産させられているということなのである。だから、出産時に医療事故が絶えないし、産みの喜びも激減してしまうのである。

 そこで今回は、妊婦たちが自分の「本当の出産日」に出会えるための裏ワザを紹介しよう。出産というのは、月の力を利用して起こるものなので、まずは基本的には臨月の中で起こる満月に出産が起こる可能性が高いと想定しておくことだ。もしも、その満月の夜を逃したら、次の満月になるかもしれないということを想定しておくことだ。このことが頭の中に入ってるだけで、妊婦の頭は自動的に本当の出産日で出産しようとし出すのだ。

 次に臨月に入ったら、自分の体を月の光に当てることだ。ベランダに出て、数分間、日光浴ならぬ「月光浴」をして、自分の体が月の力に敏感になれるようにするのだ。この月光浴をやっている際には、心の中で、「安産で生まれますように」「母子ともに健康で生まれますように」と祈りを捧げ、頭の中をポジティブなモードにしてしまうことだ。

 月光浴で月の光を浴びながら、脳が出産に関してモジティブなモードになっていると、出産をその妊婦の「本当の出産日」に合わせようとするし、出産日当日も終始、ポジティブなモードで進めようとし、確実に安産になっていくのだ。出産は月の力を利用して行われるので、月光浴で安産の祈りを捧げられると、自動的に安産に導いてしまうのだ。

●体内に適正な塩分を確保しておく

 なぜ、出産で月の力が利用できるかといえば、それは妊婦本人の体内の塩分濃度が高いからである。海の潮の満ち引きも月の力で起こるものであって、人間という生命体も元を糺せば、海から生まれてきた生命体なので、自分の体内を海の成分に近づけることによって、生存することが可能になっているのである。

 特に子宮内の羊水は、海水とほぼ同じ成分なので、妊婦の体内に充分な塩分濃度があれば、巧く月の力を利用して、自然と出産の兆候が現れ、「おしるし」がきちんと出て、妊婦本人の本当の出産日に出産できるようになるのである。それなのに、医者の減塩指導を受けて、体内の塩分濃度を下げてしまうからこそ、妊婦が「本当の出産日」に出産できず、排卵誘発剤の使用を受けてしまうのである。

 だから、「天日塩入り根昆布湯」をきちんと飲んでおくことなのだ。特に臨月に入ったら、「天日塩入り根昆布湯」を飲むだけでなく、根昆布を食べてしまうことだ。根昆布を食べることによって、体内のミネラル分を豊富にし、月の力が巧く利用できるようにするべきなのだ。

 これ以外にも、食事で味噌汁を多目に飲んでおくことだ。できれば、味噌汁の具材は、「ワカメ」や「豆腐」がいい。ワカメは「海藻」だし、豆腐には「にがり」が使用されているので、より月の力を巧く取り込めやすいのだ。臨月に味噌汁をきちんと飲んでいる妊婦は、出産でも安産になる確率が高くなるのだ。それだけ味噌汁は安産に効果があるのだ。

 食事では、「海苔」「海藻サラダ」「寒天」「ヒジキ」「モズク」「ナマコ」「イカ」「タコ」「貝類」「魚」と、海産物を大量に食べていくことだ。これらの食材を使えば、当然に和食になってしまうが、和食こそが日本の妊婦たちにとって、安産に導いてくれる食事なのである。それだけ和食は日本人の体に適した食事なのである。臨月になって洋食ばかり食べていたら、自分の「本当の出産日」など解らなくなってしまうし、出産が危機的状況になる可能性だって出て来るのだ。

●天日塩で体を洗う

 妊婦が本当の出産日に出会える裏ワザの中でも、最高峰に位置にするのが、「天日塩で体を洗ってしまう」という裏ワザなのである。出産は月の力を利用して起こる以上、妊婦の体を天日塩で洗ってしまい、天日塩を妊婦の皮膚に沁み込ませておけば、それだけ月の力に敏感に反応するようになるのだ。

 遣り方は非常に簡単で、お風呂に入って充分に体を温め、汗が出て来たら、湯船からあがり、自分の体に天日塩を擦りつけていくのである。天日塩を体に塗ると、塩の効果で体内の余分な水分が排出されて、汗のように流れ落ちてくる。その一方で天日塩が皮膚に沁み込んでいく。体に塗った天日塩が乾けば、体を水で流して、風呂場から出ればいい。

 この天日塩を体に塗りつける作業を行うと、お風呂から出た後、体は有り得ないくらいにポカポカになり、お肌は艶々でスベスベになってしまうのだ。これを妊婦にやらせると、「これは出産に非常に効果がある!」と誰もが実感できるものなのだ。臨月に入ったら、最低でも週に1回はやっておこう。勿論、やってみて、自分が気に入ったら回数を増やしても構わない。回数を増やせば増やすほど、妊婦の体が健康になり、より出産力が高まるだけだ。

 妊婦の体が天日塩でコーティングされるので、しかも、天日塩が皮膚に沁み込んでいるので、お腹の赤ちゃんも、自分の体自身も、余分に塩分を取られることなく、出産への準備がしやすくなり、出産の兆候がきちんと出て来るし、「おしるし」もきちんと出るようになってくれるのだ。

 妊婦の肌や皮膚の内部に充分な塩分があるということは、体が月の引力を感じやすくなっていることなので、妊婦本人の本当の出産日で出産できるようになれることになるのだ。しかも、体内に充分な塩分があるので、お腹の赤ちゃんは充分に活動することができ、子宮口もスムーズに開いてくれるので、出産を安産に持ち込むことができるのである。

●出産前に潮風に当たっておく

 世の風潮である「減塩」や、医者の「減塩指導」が正しいと思い込んできた妊婦たちにとっては、「妊娠や出産にこれほど塩分が重要で、実は妊婦が充分な塩分を摂取していれば、妊娠も出産も健康な形で行えるのだ」という事実は衝撃的だろう。もしも、減塩指導が正しいのであるならば、なぜ多くの妊婦たちに「出産の兆候」がきちんと現われくれず、「おしるし」がきちんと出てくれないのか? なぜ多くの妊婦たちは、本人にとっての「本当の出産日」に出産できず、陣痛促進剤の御厄介になるのか? なぜ多くの妊婦たちは、妊娠中に異常を起こして帝王切開手術を受けなければならないのか?

 それは妊婦の体内の塩分濃度が下がっているからなのである。妊婦の体内の塩分濃度が低いために、月の力を巧く利用できず、自然な形で出産できなくなってしまったのである。文明国で医学が進歩しているということは、それだけその国民が病気になっているということであって、特に妊娠や出産の場合、医学が進歩すればするほど、妊娠も出産も下手になり、妊婦本人の体自体が妊娠や出産に適さない体になっていってしまっているのである。医者の権威が高まれば高まるほど、医者の所得が増えれば増えるほど、妊婦たちは悲惨な妊娠や出産をしているということなのである。妊婦が病的になってくれるからこそ、医者が繁盛するのであって、妊婦が健康な形で出産すれば、医者だって失業者になるだけなのだ。

 我々が住んでいる日本国は、文明国である。経済大国である。しかし、その文明に毒されてはならないのだ。いくらお金があるからといって、健康な形で出産できるわけではないのだ。妊娠や出産は、文明があろうがなかろうが、お金があろうがなかろうが、誰にでもできる原始的な行為なのだ。だから、大いにスプリットバックして、自分の体の中に眠っているもっとも原始的な「野生の力」を覚醒させればいいのだ。

 例えば、出産前に海辺に行って、潮風に当たり、波の音の耳を傾けてみることだ。我々人類といえども、いかに高度な文明を築いても、所詮はこの海から生まれてきた生命体なのだ。それゆえ、潮風に当たり、波の音を聴いていると、体がリラックスした状態になるのだ。それはお腹の赤ちゃんも同じなのだ。母子ともにリラックスしているからこそ、出産の兆候がきちんと現われ、「おしるし」もきちんと現われてくれるのだ。勿論、出産だって、リラックスしている以上、安産になっていくのだ。 内陸部に住んでいる人たちは、川や滝のある所に行って、川のせせらぎや滝の音に耳を傾けてほしい。川のせせらぎや滝の音でも充分に効果はある筈だ。

 妊婦が臨月になって、自分が持っている「野生の力」に目覚め、月の力という「自然の力」を巧く利用いしていけば、「出産の兆候」も「おしるし」もきちんと現われ、妊婦本人が自分の「本当の出産日」が解り、自分が出産するのにもっとも有利な日に出産することができ、出産を安産に導くことができるのだ。

 人間がどんなに科学的な人間になっても、我々の体の中には「野生の力」が眠っているのである。文明がどんなに自然を征服しようとも、妊婦が「自然の力」を巧く利用しなければ、まともな妊娠も出産もできないのである。科学は確かに大事である。文明は確かに大事である。しかし、「野生の力」を消し去ってしまうような科学や、「「自然の力」を消し去ってしまう文明は、人類の生存の根底を破壊して、人類を滅亡させるだけなのだ。我々は科学や文明がどんなに発展しようが、我々が永遠に生存し続けたいのであるならば、永遠に「野生の力」や「自然の力」を守り、それらを使って我々の生存を確かなものにし続けていかなければならないのだ。

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出産予定日はあくまでも便宜上の予定にすぎない ~出産予定日より、「満月」「大潮」「出産の兆候」「おしるし」の方が遥かに大事~

●出産予定日が本当の出産日とは限らない

 初めて妊娠した女性は、「出産予定日はいついつです」と聞かされると、出産予定日に出産が起こると思ってしまう。しかし、実際に出産予定日に出産するとは限らないのだ。寧ろ、ほとんどの妊婦たちは、出産予定日以外の日に出産しているのだ。出産予定日はあくまでも医者たちが導き出した予定日に過ぎず、出産予定日が本当の出産日とは限らないのだ。

 「出産予定日」とは非常に妊婦を惑わす医学用語で、女性の妊娠が10月10日間と伝えられ、しかも、実際には個人によって妊娠期間には大いにバラつきがあるので、出産する予定日など定めても無意味ではないかと思うのだが、これほど当てにならない出産予定日が何の改善策を受けることなく罷り通っているのだ。

 病院で出産しようものなら、出産予定日を過ぎれば、陣痛促進剤を使用して、人為的に出産させてくるのだ。これがためにその妊婦にとって、本当の出産日でもないのに、陣痛促進剤をによって、出産させるので、難産になったり、赤ちゃんが先天性脳性麻痺になってしまったり、母親が出産後に体調を崩してしまったりと、その妊婦が抱えこまなくていい不測の事態を引き起こしてしまうのだ。だから、出産予定日を過ぎたからといって、陣痛促進剤を使わないことだ。出産予定日は、妊婦にとって本当の出産日ではないのだ。

 せめて、「出産予定日」ではなく、「出産予定月」という用語を使用してくれたら、妊婦たちは変なストレスを抱えこまなくて済み、自分にとっての本当の出産日を快く迎えることができる筈だ。特定の日を限定するのではなく、「出産する月は、恐らくこの月になりますよ」と教えられれば、変なストレスを抱えなくて済むようになるのだ。

 「出産予定月」とは、要は「臨月」のことなのだが、この月に出産が来ると解れば、約30日間あるので、悠長に出産日を待つことができるようになるのだ。ほとんどの妊婦は、出産予定日が過ぎれば、「出産予定日後1日」「出産予定日後2日」とカウントしているのだ。これほど無意味なこともないだろう。しかし、出産予定月であるならば、約30日もあるので、ゆっくりと出産を待つことができ、ストレスフリ-の状態で出産できるようになるのだ。

●出産予定日より、臨月の満月を目安にしよう

 出産予定日といった人為的な日にちに囚われてしまうのではなく、臨月における満月の日を目安にした方がいい。というのは、出産というのは、月の引力を利用しておこなわれるので、満月になれば出産する確率が「グンッ!」と高くなってくるからだ。実際に助産院では満月を目安にして、その日こそが妊婦が出産する日と見ており、かなり高い確率で満月の夜に出産が行われているのだ。

 満月の次に注目すべきなのが、「大潮」の日であり、この日も出産する確率が高まるのだ。特に沿岸部に住んでいる女性たちの間ではこの日の出産率が高まっているのだ。沿岸部に住んでいる女性たちは、内陸部の女性たちよりも海産物を多く食べたり、潮風に当たったりして、体内の塩分濃度が高いので、潮の満ち引きの影響を受けやすいのだ。

 それゆえ、臨月に入ったら、「月の満ち欠け」や「潮の満ち引き」の情報に目をやっておこう。出産予定日に囚われるのではなく、満月や大潮といった自然の力に着目して、その日こそが自分の本当の出産日になるだろうと解っていれば、自分の本当の出産日に出産できることになるのだ。

 出産予定日は、最終生理日から280日を足して算出されるのだが、このような人為的な計算方法に囚われるよりも、実際の出産は満月や大潮の日に起こるのだ。勿論、個人差があるのだから、最大の目安とすべきは、臨月であり、その次に満月や大潮なのだ。決して出産予定日などという人為的な数値にしてはならないのだ。

 都会に住んでしまえば、月の満ち欠けなんか忘れてしまうし、内陸部に住んでいれば、潮の干満を忘れてしまう。だから、自分の本当の出産日でもない日に出産してしまうのだ。それゆえ、妊娠したら、夜に夜空を見上げ、今日のお月様の状態を確認するくらいのことはした方がいいのだ。妊婦が妊娠中にお月様を見ていれば、臨月になったら、そのお月様の力で本当の出産日に導いてくれるのだ。

●出産の兆候

①胃の辺りが軽くなる

 臨月になれば、出産の兆候が出てくる。まず、胃の辺りが軽くなり、食事が進むようになるのだ。これはお腹の赤ちゃんが出産の準備に入った証拠で、赤ちゃんが子宮口に近づくことで、内臓が下がって、胃の辺りが軽くなるのだ。そして、これは出産のために母親に大量に食事を食べさて体力をつけさせようとするものであって、この時期にはきちんと大量に食事を摂取して体力をつけておこう。

②胎動が少なくなる

 お腹の赤ちゃんが出産の準備を開始すると、子宮口に近づいて体を固定させるので、胎動が少なくなるのだ。お腹の赤ちゃんは下手に体を動かして体力を消耗するのではなく、体力を蓄えて出産する力を蓄えていくのだ。この時期にお腹を冷やすのはもってのほかで、お腹を温めることで、お腹の赤ちゃんのバックアップをしてあげよう。

③お腹が張る

 お腹の赤ちゃんが出産の準備が完了すると、お腹が張り、その圧力で子宮が下がり、母体自体が出産の準備を開始するのだ。子宮と膣口の間が狭まり、膣が広がり易いようにし、産道としての機能する準備にはいるのである。この時期の夫婦間の性行為は絶対に禁止で、もしも無理に性行為をやってしまうと、子宮口がいつもより至近距離にあるので、ペニスによって破水が起こってしまうことがあるのだ。

 これらの兆候があると、3週間から数日で出産するので、これらの兆候が出て来たら、「出産の準備が始まったのだな」と思った方がいい。これらの出産の兆候を無視して、出産予定日のカウントダウンをするような馬鹿な真似はしないことだ。臨月になって、出産の兆候が解らないようでは、安産を迎えることはできないのだ。

 こういうことに鈍感な妊婦は、食事の際に、夫から「最近、お前よく食うな」という何気ない言葉をきちんとキャッチしておこう。臨月になって急に食事の量が増えれば、体が勝手に食事の量を増やして、出産のために体力をつけさせようとしているのだ。胎動の変化にしろ、お腹の張り具合も、日頃から手で触っていれば、なんとなく解るものなのだ。臨月にはマッサージがてらに、お腹を触って、出産の兆候を見逃さないようにしよう。

●最後のトドメは「おしるし」

 これらの出産の兆候が出た後に、最後のトドメとなるのが、「おしるし」だ。「おしるし」というのは、出産の兆候が現れた後に出て来る、血液の混じった「おりもの」のことだ。この「おしるし」が出ると、数時間から数日以内に出産する。この世のすべての妊婦たちは、この「おしるし」こそを出産の予定の目安にすべきであって、この「おしるし」さえ出てくれば、自分の本当の出産日に出産することができるのだ。

 この「おしるし」は、お腹の赤ちゃんが出産の準備を完了させ、母体も出産の準備を完了させ、出産力が高まり始めると、その圧力でおりものに血液が混じってしまうのだ。おりものに血液が混じるということは、子宮口が開き始めた証拠であり、子宮口の開きがそれ以上に開くと破水になるわけだ。

 「おしるし」は人によって量が異なるので、出産の兆候が出た後の自分の「おりもの」には充分チェックしておこう。中にはかなりの量の血液が混じっている妊婦もいれば、微量の血液しか混じっていない妊婦もいるので、平均がどうのこうのではなく、個人差がかなりあるということ解っておけば、たとえ微量の血液が混じっていない妊婦でも、「おしるし」を充分に掴める筈だ。

 「おしるし」が出たら、もうじき出産となるので、夫婦でお祝いしよう! 今までよく無事に妊娠してくれたことに、そしてこれから安産で生まれてくる赤ちゃんのために。「おしるし」は嵐の前の静けさであって、出産が始まってしまえば、妊婦は全力投球しなければならないのだ。この最後の夫婦二人の時間を大切にして、きちんと愛し合っておこう。

 妊娠というものは、妊娠期間中を可能な限り自然な形で過ごし、妊婦としてやるべきことをやっておけば、臨月になって出産の兆候がちゃんと現れ、「おしるし」がきちんと出て来るものなのである。臨月になっても出産の兆候が現れず、「おしるし」もないというのであるならば、妊娠中にいかに不自然な生活をし、妊婦としてやるべきことをしなかったということなのだ。妊娠中に妊婦が出産のために一体何をしていたかの結果は、妊娠の最後の最後になってきちんと現われて来るのだ。

 出産の兆候が出たということは、お腹の赤ちゃんが出産の準備に入ったということだし、自分の体も出産の準備に入ったということなのだ。「おしるし」が出たというjことは、出産のために最終段階に入り、出産力が高まり始めたということなのだ。妊婦がこの状態になるからこそ、その妊婦の本当の出産日に出産することができ、出産を確実に安産に持ち込むことができるのである。

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出産の準備を前もってちゃんとしておく

●出産の準備は、「ワクワク感」「ドキドキ感」が大事

 初めての妊娠だと夫婦双方が舞い上がってしまい、それこそ妊娠が発覚した時点で出産の準備をし出す夫婦もいるのだが、実際的な問題として、出産の準備をし始めるのは、お腹が大きくなり出した頃だろう。妊娠後期になってから、夫婦で揃って、出産のために必要な物を買い出しに行くのがベストな選択であろう。

 出産の準備は、「ワクワク感」や「ドキドキ感」が物凄く大事で、この感情さえあれば、出産の準備は簡単にできてしまうのだ。余りにも冷静になって、必要最低限の物だけを買うよりも、気分を高揚させて、もう既に赤ちゃんが生まれてしまい、その子のために思いっきり買い物をしてしまった方が、スムーズに行くものなのだ。妊娠も最終段階になると、後はもう勢いに任せて行った方が、成功してしまうものなのだ。

 但し、この買い物で唯一慎重になった方がいいのが、「ベビーカー」だ。ベビーカーは、初めての赤ちゃんだけが使用するものではなくて、その後に生まれてくる赤ちゃんたちも使用するので、余りにも使い勝手の悪い物や、奇抜なデザインのベビーカーは避けておいた方が無難である。「耐久消費材を買う際は慎重になって買え」と俺は言うのだが、ベビーカーは赤ちゃんがいる限り家の中に有り続けるので、自宅の雰囲気に合うものにしておいた方がいい。

 それ以外の物に関しては、後は夫婦の好みで買ってしまえばいいのだ。こういう時は思い切って散財しておいた方がいい。いわば初めて出産のための厄祓いみたいなものになるので、ここでお金を使っておくと、出産時におけるトラブルが激減するのだ。何か新しい物を得ようと思ったら、何か古い物を失っておくべきなのだ。

 そういった意味で、初めての出産なのに、お下がりを貰ったり、中古の品を買うというのは、考えものだろう。経済的に余裕がなくて、新しい物を買えない場合は致し方ないが、そうでもない場合は、こういう時には思い切って使ってしまった方がいいのだ。こんな所でケチるべきではないのだ。ケチはもっと違う場所でやればいいのだ。

●準備さえあれば、どんな事態になっても、安産に導ける

 何事も、「準備8割、実行2割」と言われる。準備がしっかりとできていれば、実行は簡単にできてしまうのだ。我々は出産というと、出産日当日のことだけを考えてしまうのだが、しかし実は出産日の行動は出産の2割しか占めてしないのであって、残りの8割は出産日以前の準備が負担しているのである。

 出産の準備さえあれば、どんな事態になっても安産に導けるのだ。出産日に何を持っていくかの準備は、妊娠8ヵ月目からしておいた方がいい。この時期に遣り出すと、出産日まで気分が高揚したままでいられるからだ。これ以前にやってしまうと、出産日を迎える前までにヘトヘトになってしまうのだ。

 赤ちゃんが着る物や、自分が着る物や、洗面用具や、その他の様々な物を、自分が出産することを想定しながら揃えていけば、自分の頭の中で安産に至るルートが出来上がり、実際に出産日を迎えてしまうと、その通りになってしまうのだ。出産の準備はただ単に出産に必要な物を揃えていくというものではなく、実は出産するために自分の脳を使ってシュミレーションしておくことなのだ。

 事実、出産が巧くいった母親たちは、このシュミレーションがきちんとできていた母親たちなのだ。妊娠後期になっているにも拘わらず、出産の準備をちゃんとせず、テレビを見まくったり、携帯電話をしまくって、時間を無駄にしていたら、あっという間に出産日が来てしまい、慌てふためく状態で出産に及んでしまうのだ。これでは安産に持ち込むことはできないし、出産における思わぬ事態で死んでしまうことだってあるのだ。

 出産は女性が体を使って出産するのだと思いがちだ。しかし、出産は体だけではなく、頭を使って出産するものでもあるのだ。妊婦が出産日までに体を鍛えておくだけでなく、自分の脳を巧く使って、安産に行くようにシュミレートしておけば、脳は自然に安産に導いてくれるのだ。

●出産の準備に関しては、助産婦の指導に従う

 助産院に宿泊する際に、必要最低限に一体何を持っていけばいいかは、助産婦の指導に従っておくことだ。更に出産経験者たちにも訊いてみておいた方がいい。それを元に持っていく物を紙に書き出し、準備しておくことだ。用意してみて要らない物は排除していくことだ。

 出産が助産院型の場合、一体どこで出産し、その後、どこで休むのか、助産婦に教えてもらう。出産する場所と、出産後に寝る場所が解っていたら、頭の中で出産の準備がしやすくなるからだ。枕が違うと眠れなくなる女性は、枕を持っていった方がいい。出産後の睡眠は産婦にとって非常に大事なものになるので、可能な限り熟睡できるような状況を自分で作り出した方がいいのだ。

 自宅で出産する場合、出産する場所が自宅なので、ついつい出産の準備を怠りがちになってしまうのだ。自分の心のどこかに「これで大丈夫だろう」という慢心があるので、夫婦でチェックするなり、自分の母親に来てもらって、出産の準備が万端になっているかを、自分以外の人を使って確かめてもらった方がいい。

 但し、予め言っておくが、どんなに優れた妊婦が準備をきちんと行っても、100%巧く行くということはないのだ。実際に出産してみると、「あれを持ってくれば良かったな」とか、「これは要らないな」とかいうものが出て来てしまうものなのだ。だから、完璧主義に走らず、80%の出来で満足すべきなのだ。残りの20%の不満足は、次回の出産で改善していけばいいのだ。改善する余裕があるからこそ、よりよい出産ができるようになるのだ。

 例えば、初めての出産では出産後の体調の回復は遅い。なぜなら、助産院に行ってスリッパを履いているから、足元が冷えてしまい、そのために体温が下がってしまい、体調の回復が遅れるのだ。こういう時は、靴下を二枚履きするとか、室内で靴を履いていい助産院なら靴を二足持って交互に履くとかして、足元を温めていけばいいのだ。こういうことも実際にやってみたからこそ解ることなのである。

●初めての出産だから、晴れ着を持っていく

 初めての出産の場合、出産が初めてである以上、その出産の出来事が非常に重要になり、生まれてきた赤ちゃんの育児が巧く行くかを決定づけてしまう。それだけでなく、その後に生まれてくる子供たちにも、影響を及ぼしてくるのだ。初めての出産が最高と思えるなら、その後の育児も出産もすべて連鎖反応を示すがごとくに、すべてが巧く行き出すのだ。

 それゆえ、初めての出産ゆえに、助産院から自宅に帰る時は、晴れ着を着るべきだろう。晴れ着といっても必ずしも着物ではなくて、最高の舞台に立つ際に着ていくような服を着ればいいのだ。出産して自宅に帰るのは、儀式だと思った方がいい。「初めての赤ちゃんの初帰宅儀式」といった感じで厳かにしてしまうことだ。こういう儀式をしておくと、出産前と出産後の区切りがきちんとついて、過去のことを忘れて、気分一新して「子育てをスタートしよう!」という気持ちになるのだ。

 その際に、夫婦と赤ちゃんの3人で写真を撮っておくとか、ビデオ撮影してもらい、記念を残しておくことだ。赤ちゃんが大きくなって大人になった時、「お前はこうやって生まれてきたんだよ」と見せれば、その子もまた自分の両親がやったように幸せな結婚をして、幸せな出産をして、幸せな育児をしようとし出すのだ。

 幸せは親から子へときちんと相続されていくものなのである。親が幸せに生きていれば、子供も幸せに生きていく確率が高くなるのだ。勿論、幸せというものは長く続かない。だから、儀式を設けて幸せを区切っていくのである。妊娠中にいくら幸せな日々を送れたとしても、そのままの気持ちで育児などできないのだ。妊娠が終わり、出産できたら、儀式を設けて、それ以前とそれ以後を明確に区切り、新たな気持で育児を迎えれば、新たな幸せが訪れてくるものなのである。

 育児とは本来楽しいものである。赤ちゃんはいくらでも幸せを与えてくれるのだ。それなのに育児を不幸なものにさせてしまう母親たちが出て来るのは、儀式を軽んじるからである。自分の人生の節目節目に儀式を設けて、後戻りさせないようにするということをしていないからなのである。

 かといって、ただ単に儀式をやっても仕様がないのだ。出産の「ワクワク感」や「ドキドキ感」が、出産の準備をきちんと行うことの原動力になり、その出産の準備があったからこそ、出産を安産で迎えることができ、その産みの喜びが儀式となってくるのである。「克己復礼」とはよく言ったもので、古い自分を捨て去って、儀礼を行うと、新たな自分が生まれくるのである。新たなる自分でなら、見ること成すことすべてが新鮮で、幸福と歓喜に満ちたものになるのである。

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帝王切開手術の99%以上は必要のない手術

●帝王切開手術は病院が儲けるために必要なだけ

 前回、陣痛促進剤の話が出たついでに、帝王切開手術のことも述べておく。帝王切開手術も、本来、妊婦にとってはまったく必要のない手術なのだ。妊娠中からきちんと出産に準備をして、陣痛が始まったら、時間をかけてゆっくりと出産させていけば、どんな妊婦のお腹からも赤ちゃんはちゃんと産まれてくるのだ。

 帝王切開手術は、妊婦にとって必要なのではなく、病院が儲けるために必要なだけなのである。帝王切開手術をすれば当然に「高額の医療費!」を請求できるから、産婦人科を持つ病院にとっては「ドル箱的存在」なのである。病院で出産しようとすると、出産費用を支払わされるのではなく、最終的には医療費を支払わされる羽目になるのである。これは健康な女性が病院で出産することの当然の帰結なのである。

 帝王切開手術の費用は何も出産した夫婦が全額負担するのではなく、夫婦が支払った金額の2倍以上のお金が国民健康保険から振り込まれてくるのである。病院にはどれだけの大金が転がり込むか計算してみれば解ることだろう。道理で国民健康保険が破綻してしまうわけである。俺も帝王切開手術が妊婦にとって本当に必要であるならば、こんな追及はしたくない。しかし、医者たちは必要のない手術を妊婦に施し、妊婦からお金を奪い、国民健康保険から奪って、私腹を肥やし、贅沢三昧をしているからこそ、この問題には敢えて追及するのである。

 妊婦に安静指導などせず、妊娠中に体を家事やスポーツで充分に動かして体力をつけさせておけば、後は臨月になって月の引力を巧く利用して出産していくのである。それなのに、妊娠中に安静指導を施し、臨月になって無理矢理に出産させようとするからこそ、帝王切開手術という本来は必要のない手術を妊婦たちに施してしまうことになるのだ。

 帝王切開手術をしなくても、赤ちゃんはちゃんと産まれてくるのだ。大事なのは自然に赤ちゃんが生まれてくるようにしてあげることなのである。その妊婦の年齢など一切関係ないのだ。いくら高齢で出産しても、自然に妊娠できた以上、自然に出産できるものなのである。妊婦たちが自分の体内に宿っている「自然の力」の偉大なる力を忘れてしまっているからこそ、医者たちの帝王切開手術の餌食になってしまうのである。

●産後の肥立ちが圧倒的に悪くなる

 お腹の中の赤ちゃんにとって、子宮から産道を通ってくるのには、非常に重要な意味があるのだ。赤ちゃんは産道を通る際に、母親の体から分泌される特殊なホルモンを照射され、胎内での記憶を忘れて、脳が出生直後から活発に機能し、健康な体で生活できるようにしてあげるのだ。このため、帝王切開手術で生まれた赤ちゃんは、胎内での記憶を持っているし、赤ちゃんとして脳が活発に機能せず、病弱な赤ちゃんになってしまうのだ。

 母親にとっては、自然な形で出産すると、赤ちゃんが産道を通る際に、母性ホルモンが強烈に照射され、単なる女性から、母親へと大いに変化を遂げるのである。この母性ホルモンが照射されるからこそ、赤ちゃんを育てるのが「最高の快感」になり、母親として何をすべきかが解り、赤ちゃんにとって必要な行為をタイミングよく施せるようになるのである。

 ところが、帝王切開手術で出産してしまうと、母性ホルモンが照射されないので、母親として何をすべきかが解らず、母親としての自信が一切持てなくなってしまうのだ。そのため、育児をすることが楽しくなく、育児は苦痛でしかなくなってしまうのだ。これがひどくなると、帝王切開手術で出産した母親は、育児に無関心になってしまったり、育児放棄をしたり、児童虐待をしでかすのだ。

 しかも、帝王切開手術で出産してしまうと、産後の肥立ちが圧倒的に悪くなるので、育児の最初の段階において、自分の赤ちゃんと最悪の出会いをしてしまうのだ。女性脳は第一印象を物凄く重要視し、その第一印象はその後に何をやっても変わらないので、最初の出会いが最悪だと、その最悪な状態をその後いつまでも引き摺ってしまうようになってしまうのだ。

 更に付け加えていうなら、妻が育児を楽しんでいないということは、夫にとっては非常に不満なことであり、それを引き金にセックスレスになってしまうこともあるのだ。夫は妻が自分の子供を産んで、きちんと育ててくれるからこそ、妻子を外敵から守り、働いて稼いだお金を生活費に回してくるのである。それなのに、妻がまともな育児をしないというのであるならば、妻をこれ以上妊娠させる必要はないのであって、妻に対して性的興味を失い、セックスレスになってしまうのだ。

 ただ、これは妻の態度の問題ではなく、出産時に母性ホルモンが照射されなかったことによる問題なのだ。その妻が母親として照射されなければならなかったものが照射されなかった以上、妻は出産しても、まともな母親には成長してくれないのだ。帝王切開手術は、その場では出産できたかもしれないけど、その後の夫婦関係に非常に悪い結果をもたらしてくるのである。

●会陰切開も必要のない手術

 帝王切開手術と同じく、会陰切開手術もまったく必要のない手術である。会陰切開手術は、病院で出産する妊婦のほぼ50%近くが経験する手術である。会陰とは、膣の入り口と肛門の間のことで、この会陰が出産の時に裂傷してしまう可能性があるので、出産する前に医者がハサミで切ってしまうのである。

 会陰切開手術がどうして必要になるかというと、病院で分娩台に乗せ、仰向けにした状態で出産しようとすると、出産するためには非常に不自然な体形になってしまい、巧く膣が広がってくれず、妊婦の体重とお腹の赤ちゃんの体重がお尻や会陰の辺りに集中してしまい、そのために会陰の箇所が裂傷を引き起こしてしまう可能性があるのだ。そのために、出産の前に会陰を切開しておくというのだ。しかし、必ずしもすべての妊婦が会陰裂傷するわけではなく、足腰に充分な筋肉がついて、柔軟性のある女性は、裂傷することはない。

 はっきりと言ってしまえば、この会陰切開手術は、分娩台の上で出産しなければ、まったく必要のない手術なのである。仰向けという、妊婦の腰に力の入らない状態で出産するからこそ、会陰が裂傷する可能性が出て来てしまうのである。出産する際に、仰向けではなく、跪いて出産すれば、会陰は全然裂傷しないのだ。

 また、医者たちが主張している、会陰が自然に裂傷すると、傷が深くなり治りにくくなるというのは、まったくの嘘で、自然に裂傷しても、ほとんどの妊婦たちは傷が浅いし、すぐに治ってしまうのだ。寧ろ、ハサミで会陰を切開した方が、傷は深くなってしまい、傷の治りが遅くなってしまうのだ。

 会陰切開手術を受けてしまうと、産後の肥立ちが物凄く悪くなり、初めての育児を楽しめなくなるのだ。女性脳は第一印象が非常に大事で、第一印象の影響が後々まで及んでしまうのだ。そのため、出産直後に会陰を切開して、出産後も痛みが続いていると、育児の喜びが激減してしまうのだ。しかも、傷の治りが遅い産婦は、椅子に座れなくなってしまい、授乳する際に、非常に痛い思いをしてしまい、「赤ちゃんを育てるのは、なんて大変だろう!」と思いこんでしまうのだ。この脳へのインプットが、後の育児にまで及んでくるのである。

 それだけでなく。会陰切開手術を受けてしまうと、既婚女性の膣がガバガバになってしまい、夫婦の性生活に暗雲を立ち込めさせてしまうのだ。女性の膣は、人為的に鍛えるころが不可能な部分なので、出産によってのみ大いに鍛えられるので、出産後の夫婦の性生活が非常に充実したものになるのだ。出産後に初めてオルガズムを経験した既婚女性や、出産後のオルガズムが今までとは比べ物にならないくらいに深くなった既婚女性が続出してくるのでが、これは出産によって膣が鍛えられ、性感が急激に上昇したことによるものなのだ。

 しかし、会陰切開手術を受けてしまうと、膣が伸び切った状態になってしまい、そのためにガバガバの膣になってしまうのだ。よく既婚男性が、「うちの奥さん、アソコがガバガバでさぁ~」と言ったりするが、これは出産時に会陰切開手術を受けてしまったがために、ガバガバになってしまっただけのことなのである。

 このため、妻の方にとっても性感は弱いし、夫にとっても性感が弱くなってしまうので、夫婦の性生活の回数が減少し、義理でセックスをするようになり、最悪の場合は、セックスレスになってしまうのだ。日本ではセックスレスになる夫婦が多いと言われるが、これは出産時に会陰切開手術を受けてしまったがためなのである。出産時の会陰切開手術が、夫婦の後々までに悪影響をもらしてくるのである。

●産みの苦しみがあるからこそ、産んだ喜びがある

 産みの苦しみがあるからこそ、産みの喜びあがるのだ。産みの苦しみがあるからこそ、育児の喜びが湧いてきて、自分を産んだ赤ちゃんを大事にできるものなのだ。出産時の苦しみは決して不要な苦しみではないのだ。必要な苦しみだからこそ、妊婦がそれを味わい、その後に今までに経験のしたことのない最高の快感を得ることができるのである。

 西洋医学はキリスト教から出て来たために、女性が出産で苦しむのは、エデンの園でイブが原罪を犯した、その懲罰だという考えを拭い去ることができないのだ。女性は原罪を背負っていると考えるからこそ、妊婦を分娩台に乗せ、出産するにはもっとも不利な体系である仰向けの状態で出産させ、最大限の苦しみを味わせようとするのである。そして、その苦しみをより深くさせようと、会陰切開手術を行い、出産後もその痛みを継続させようとするのだ。

 帝王切開手術にしても、原罪を背負った女性に、お腹を傷つけ、産みの苦しみを味わせないようにするのは、医者として正義という考えを、キリスト教ではどうしても持ってしまうのだ。会陰切開手術にしろ、帝王切開手術にしろ、キリスト教なくして決して生まれてこなかった手術の仕方なのである。これらをキリスト教徒の女性たちに行うのは、宗教上許されることであるが、キリスト教徒以外の女性たちに行うのは、宗教的に見て許されない行為なのだ。

 神道では、神代において伊邪ナ那岐命と伊邪那美命が、オノゴロ島に降臨して、二神が愛し合い、体を合わせることによって、神々を生み出していったのである。神道では、自然に男女が恋愛をし、自然に結婚し、自然に妊娠して、自然に出産していくことを尊ぶのである。この自然な出産をし続けてきたからこそ、日本民族は生存をし続けることができたのである。どんなに世の中が変わろうとも、いくら科学や医学が進歩しようとも、日本民族として守らなければならないものだってあるのだ。日本民族なのに、日本民族らしさを捨ててしまえば、悲惨な出来事に襲われるのは、当然なことなのだ。

 出産時において、産みの苦しみがあるのは、神の摂理なのだ。神様は我々人類が文明を誕生させる以前に、そのように人間を創ってしまったのである。我々にできることは、神の摂理に素直に従い、ベストと思える出産の仕方を探し出し、自然な形で出産していくことだけなのである。人間があれやこれやと手を出せば出すほど、自然な形での出産は遠ざかり、味わなくていい悲劇を、出産や出産以外の場所で受けなければならなくなるのである。

 だから妊婦たちは、帝王切開手術も会陰切開手術のも行わない助産院で出産できることに喜びを見出そう。出産時に自分が味わなければならない産みの苦しみを逃げることなく、真正面から受け止めよう。その産みの苦しみを味わうからこそ、産みの喜びも、育児の喜びも味わうことができるのである。

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出産直前には薬を絶対に使用しない

●出産前は体が敏感になっている

 妊娠中に特別な理由がない限り、薬の服用は控えるべきだし、臨月になったら特に薬の服用を控えることだ。臨月に入って妊婦の体は出産するための体に変化させつつあり、出産前は体が敏感になっているのだ。そのため、通常の人が服用してもなんともない薬が異様に効きすぎてしまうのだ。

 更に、自分の病気を治すために薬を服用しても、体の中では薬が濃縮されて、お腹の赤ちゃんを直撃するのだ。このため、お腹の赤ちゃんにどのような事態が起こるか解らないのだ。お腹の赤ちゃんも出産が近づくにつれて、自分の体の最終調整に入っており、お腹の赤ちゃんにとっても非常に大事な時期なのである。自分に薬害が生じなくても、お腹の赤ちゃんに薬害が生じてしまうことだってあるのだ。

 西洋医学で使用される薬は、漢方薬と違って、純粋物の塊であって、これを体内に入れてしまうと、不純物がないために、肝臓も腎臓も凄まじいまでに疲労してしまい、一時的に病気を治すことはできても、肝臓や腎臓が急激に痛んでしまうために、また新たに他の病気を発症してしまうようになってしまうのだ。お腹の赤ちゃんにとっては、母親の肝臓や腎臓が弱ってしまえば、奇麗な水分も、安全で充分な栄養も確保できないことになってしまい、薬で母親の病気を治すことはできても、お腹の赤ちゃんは大打撃を被ってしまうのだ。

 しかも、西洋医学で使用される薬は、体内を異常なまでに酸化させてしまい、錆つかせて、老化させてしまうのである。薬を服用する女性に限って、老化が早く進んでしまうのは、このためなのだ。お腹の赤ちゃんは母親の体が弱アルカリ性でこそ、安全な成長を行うことができるようになっているので、薬のために突如酸化してしまうと、非常に出産しにくい体になってしまう、いかなる不測の事態が起こるか解らないのだ。

 妊娠中は自分一人の体ではないのだ。自分のお腹には赤ちゃんが宿っているのだ。しかも、臨月になれば、10ヵ月間かけて成長してきた赤ちゃんがやっと産まれようとしているのだ。この時期に入って、薬を服用して、要らぬ悲惨な事態を引き起こさないことだ。臨月を迎えている妊婦に、薬を服用しなければならないほどの病気は、滅多なことでは起きない筈だ。ほとんどの妊婦たちは薬など服用しないほど健康なのだから、薬を一切使用せずに出産日を迎えるべきだろう。

●臨月になったら風邪をひかないようにする

 妊婦がもっとも引き易い病気は、「風邪」である。風邪を治すのに薬など要らないのだ。風邪をひいたら、葛根湯を飲んで、寝て治せばいいのだ。ともかく風邪の場合は、寝て治すという治療法を取るようにすることだ。早寝をし熟睡して充分な睡眠を取ってしまえば、風邪を初めとするほとんどの病気は治ってしまうのだ。それだけ多くの病人たちが睡眠不足なのだ。

 風邪をひく場合は、睡眠不足に加えて、「ビタミンC」の不足である。特に冬に風邪をひきやすくなるのは、冬に新鮮な野菜を摂取することが減少しているためなのだ。だから、冬になったら、意図的に野菜を摂取していくことだ。昔から日本では風邪予防のために、「大根」「みかん」「干し柿」を大量に食べてきたのだ。だから、冬になったら、大根を食べ、みかんを食べ、干し柿を食べるようにしていけば、冬に風邪をひくということはなくなる筈だ。

 但し、妊娠中は「亜鉛」を多少多く使用してしまうので、体内の亜鉛が不足し、そのために風邪をひいてしまうことがあるのだ。この亜鉛不足による風邪は、症状が長引く傾向になり、しかも、症状が悪化しやすいのだ。健康な筈なのに、一週間近くも風邪をひいたら、亜鉛不足による風邪とみていい。

 亜鉛が大量に入っている食品は、「牡蠣」であり、やはり冬の寒い時期に牡蠣鍋を食べるというのは、日本民族が伝えてきた優れた風邪予防対策なのだ。次に多いのが、「レバー」だ。妊娠中は特にレバーを食べることが重要になってくるので、定期的にレバーを食べることだ。

 亜鉛について知っておいた方がいいのが、「白米」にはほとんど亜鉛が含まれていないということだ。そのため白米ばかり食べていると、出産して次の子供が欲しいと思っても、二人目不妊を発症してしまうことになるのだ。しかも、亜鉛不足のために、性欲が減少してセックスレスになったり、夫がインポになったり、妻が夫に愛情を持てなくなってしまうのだ。婦人雑誌を賑わしているこれらの事件は、すべて白米を食べ続けたことによる亜鉛不足が原因なのだ。

 小麦の胚芽には亜鉛がきちんと含まれているので、主食を「押麦入り玄米食」にしたり、「黒パン」にしたり、「全粒小麦を使ったパスタ」にすることだ。たったこれだけで夫婦の夜の姓生活の悲劇はなくなるのだ。家庭で出鱈目な食事を食べされ続ければ、夫婦の夜の姓生活だって破綻してしまうのだ。

●陣痛促進剤の恐怖

 妊婦が臨月に入って絶対にその使用を避けなければならない薬は、陣痛促進剤である。助産院で出産すれば、この恐怖の薬の御厄介になることはないが、病院で出産しようものなら、この恐怖の薬の餌食になってしまう。陣痛促進剤は、健康に生まれる筈だった赤ちゃんに先天性脳性麻痺を引き起こしたり、死産に追いやる超危険な薬なのだ。妊婦なら絶対に拒否しなければならない薬なのである。

 病院で出産した場合、出産予定日を過ぎれば、医者はこの陣痛促進剤を使用し出す。悪い医者になると、出産予定日を過ぎた翌日に使用し出すのだ。出産予定日はあくまでも医者が決めた出産予定日であって、妊婦の体はその妊婦なりの出産する日があるのだ。この出産日は自然とやってくるのであって、それを人間が人工的に作り出すべきではないのだ。

 陣痛促進剤が使用されると、陣痛が起こるべきではない時に、人工的に陣痛が引き起こされるので、お腹の赤ちゃんは準備がまったくできていないし、子宮口の開き方も異常になってしまうのだ。陣痛促進剤を使用された妊婦が、そのほとんどが難産になってしまうのは、その出産の時期が本来出産すべき時でない時に、人工的に出産させようとしたからだ。

 しかも、陣痛促進剤で使用されている成分が、そのまま濃縮されてお腹の赤ちゃんに届けれらるため、人間にとってもっとも大事な器官である脳が破壊されてしまうのだ。これが先天性脳性麻痺なのだ。陣痛促進剤には、先天性脳性麻痺を引き起こす非常に危険な薬害があるのだから、絶対に使用してはならない薬なのである。俺が執拗に病院で出産するのではなく、助産院で出産しようと勧めるのは、助産院の出産では陣痛促進剤を使用しないからだ。陣痛促進剤を使用しなければ、我が子を先天性脳性麻痺にして、死ぬまでまともな生活ができない身体障害者にさせなくて済むのだ。

 また、陣痛促進剤は、母親のホルモンをいじくってしまうので、出産後も長らく体調が不良となり、産後の肥立ちが物凄く悪くなってしまうのだ。ひどい病院になると、出産したというのに、母親と赤ちゃんを切り離して、母親を精神病棟に入れてしまう病院もあるのだ。母親に精神治療を施して、更に儲けようとする魂胆なのだ。出産時に陣痛促進剤を使用すると、その被害は決して母親の体に留まらず、赤ちゃんの性ホルモンも異常にさせてしまむので、子供の頃から異性に興味が持てなくなり、大人になってから同性愛者としてカミングアウトしてくる可能性だってあるのだ。ゲイやレズビアンや性同一性障害者たちは、出産時に自分の性を狂わされ、陣痛促進剤の薬害が終生にわたって及んでしまった人たちなのだ。

●出産における問題の大半は医者自身が作り出したもの

 これだけば妊婦たちは知っておくべきだろう。妊婦が安産で出産されても、病院は儲からないのだ。健康な妊婦を人為的に病気を発症してもらうからこそ、病院は最大の儲けを得ることができるのである。だからこそ、医者が妊婦が病気になるように指導するわけだし、妊娠や出産における問題の大半は、医者自身が作り出したものなのだ。そうでなければ、日本人女性の体格が良くなり、栄養も豊富になっているのに、病院で「妊娠の悲劇」や「出産の悲劇」が繰り返されるわけがないのだ。

 現在、日本が抱える少子化の問題も、元を糺せば、赤ちゃんを産んだ母親たちが、妊娠や出産で悲劇を経験したために、出産の喜びを得られないからなのである。出産の喜びがあれば、育児の喜びがあり、その楽しさは自然と子供たちに引き継がれ、その子供が大人になった時、自分の母親が経験した喜びを、自分も得たいと思うのが、自然の流れなのだ。

 それなのに、子供が大人になっても、結婚せず、結婚しても赤ちゃんを作らないということは、育児の喜びがその人に伝わっておらず、子供を産むことは悲惨なことどということが頭の中にインプットされてしまっているのだ。出産の結果は、育児の結果に繋がり、育児の結果は、その子供たちが大人になって、ちゃんと父親や母親になっていくことに繋がっているのである。

 これは我々は先祖から受け継いできた「命の大いなる流れ」なのだ。この「命の大いなる流れ」を我々が断ち切ってはならないのだ。我々は素直になって、厳粛な気持ちで、この「命の大いなる流れ」を継承して、それによって子を孕み育み、そして次の世代に引き継いでいかなければならないのだ。

 頭が良すぎる人が危険なのは、自分の頭の良さに自惚れて、この誰でも理解できる「命の大いなる流れ」を無視することなのである。頭が良いがゆえに、「命の大いなる流れ」を断ち切り、子孫を生み出すことなく、自分勝手に生き、「弱者に対する思いやり」と「他人への感謝」が消えてしまうのだ。医者には特にこの傾向が甚だしいのだ。

 助産婦の仕事というのは、その助産婦がどんなに頑張っても、自分一人で成し遂げられる仕事ではないのだ。家族の支えなくして、助産婦の仕事は続けられないのだ。現在、多くの既婚女性たちが夫に不満を垂れているのとは逆に、多くの優れた助産婦たちは、夫や子供たちに感謝を捧げ、「命を大いなる流れ」を継承していくことに、大いなる喜びを感じているのだ。

 妊娠や出産や育児には、頭の良し悪しなど関係ないのだ。「命の大いなる流れ」の偉大さが解っていれば、誰にでもできる仕事なのだ。人間の命に継承に、人間が人工的に手を加える必要性は一切ないのだ。自然の力を巧く利用して、自然な形で出産に導いてあげればいいのだ。

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第七章 いざ、出産!

出産の主人公は妊婦本人である

●出産は妊婦を主人公にするからこそ巧く行く

 臨月に入り、陣痛が始まって、妊娠から出産へと移行していく時、妊娠中は必ずしも妊婦が主人公になって生活を送っているわけではないが、出産中は産婦が主人公にならなければ、絶対に巧く行かないのだ。出産は産婦を主人公にするからこそ、巧く行くのである。出産はでは妊娠中と異なり、産婦が全身全霊で出産しようとしない限り、出産できるものではないからだ。それほど妊娠と出産ではまったく違うのだ。

 助産院で出産した場合、巧く行った出産というは、すべて産婦を出産の主人公にしておkなった出産なのである。一流の助産婦というのは、産婦をその気にさせ、出産の主人公に持っていくのが巧い助産婦なのだ。助産婦としての技術がいくら優れていても、この「よいしょ」の仕方が巧くない助産婦は、所詮、ニ流の助産婦なのである。

 現在の日本の出産の状況は、病院での出産が主流であって、助産院での出産はそれに圧倒され続けている状況である。その状況下でなぜ妊婦たちが助産院で出産しようとするかといえば、助産院でなら後悔のない出産ができるからなのである。病院での出産では後悔の念があったからこそ、わざわざ助産院に来ているのである。人間は自主性を持って取り組めば、それがどんな結果になろうとも後悔しないし、自分が主人公として振る舞えば基本的に巧く行くものなのだ。

 我々は余りにも民主主義に毒されているのだ。民主主義はすべての場合で巧く行っているものではないのだ。特に女性にとって出産というのは、自分が独裁的になって行ってしまった方が、圧倒的に巧く行ってしまうものなのだ。産婦本人に全権力を集中させ、産婦が望むような出産を行うからこそ、出産はなんの疑念を挟むことなく行えるのである。

 出産という女性が全身全霊を投入しなければならない行為において、他人に依存していたら、出産は失敗しやすくなるだけでなく、後になってから後悔の念が募ってしまうものなのだ。医者がどういう権限を振るおうとも、出産で赤ちゃんを産むのは、産婦本人なのである。その産婦はまさに命懸けで赤ちゃんを産むのである。だったら、その産婦本人を出産の主人公に据えてしまった方が、出産は巧く行くのだ。

●病院での出産がなぜ駄目なのか?

 病院での出産がなぜ駄目なのかといえば、医者が出産の主人公になっているからなのである。妊婦の状況を一切無視して、医者の予定通りに出産を進めて行ってしまうのである。しかも、病院での出産はまるで流れ作業のようで、機械的に進めていってしまうのだ。これでは産婦はただ赤ちゃんを産むだけであって、そのになんら人間的な「暖か味」や「温もり」がまったくないのだ。

 医者は男性が多く、治療の仕方も、病院の運営の仕方も、男性の流儀で作られてきた。男性脳は問題解決能力に優れているので、病気を治療していくために、何がその病気の原因であるかを探り当て、その治療法を生み出すことに関しては優れている。これは女性が医者になったとしても、自分の女性脳を優先させることなく、男性脳の遣り方の従わない限り、医者としての仕事ができなくなってしまうのだ。

 しかし、そのようにして行えば、病気の治療には効果があっても、妊娠や出産という病気でもないものを行っていく時には、圧倒的に不利になっていくのである。だからこそ、日本では昔は、妊娠や出産を担当するのは「産婆」に任していたのである。妊娠や出産に関しては、男性脳を優位させることなく、女性脳を優位させる方が、圧倒的に巧く行くのである。

 女性脳を優位させれば、出産という問題をいきなり解決していくのではなく、妊娠から出産へ、出産から育児へと、物語を作りながら行わしていくことになるのだ。そして、出産は妊娠という長い期間を経てのクライマックスなのだ。妊娠中には耐えて耐えて、出産で一転してエネルギーを爆発させるからこそ、女性脳は満足するのである。

 こういうストーリー展開の仕方は、男性脳にとってはまどろっこしいのである。出産という問題を抱えているなら、その問題を力づくで解決してしまった方がいいと思ってしまうのが、男性脳なのだ。だから、陣痛促進剤を使用したり、帝王切開手術を考え出して行ってしまうのだ。しかし、それではたとえ赤ちゃんが無事に生まれたとしても、産婦の女性脳が満足してくれないのだ。

●女性にとって大事な「お姫様願望」

 男女は決して平等にできているのではないのだ。男女は不平等に作られているのだ。男女の決定的な不平等の場所は、実は「脳」そのものなのだ。男性には「男性脳」、女性には「女性脳」があって、男女では脳を使う部分も、考えていることも、違っているのだ。我々はこの決定的な性差である「脳差」を無視して男女平等を推し進めていくのではなく、男女の脳差を巧く利用して、男女それぞれが能力を発揮し易い社会を築いていけばいいだけなのだ。

 男性が子供の頃、自分は強くなりたいと一心になって、「英雄願望」に取りつかれている頃、女の子たちは、自分は美しくなりたいと思って、「お姫様願望」に取りつかれているのだ。男の子なら、余程の馬鹿な男の子でもない限り、「王子様願望」は持たないのだ。もう、子供という段階で、男の子も、女の子も、脳の違いによって違う道を歩み始めているのだ。

 この「お姫様願望」というのは、女性にとって非常に大事なもので、女の子が自分をお姫様だと思い込むのは、両親にきちんと愛されている証拠なのだ。子供の頃は両親への従属の時代なので、女の子は両親に従属して、両親からきちんと愛される時期なのである。この時期に両親からきちんと愛されて、自分の心の中に愛が溜まっていけば、女の子は自然と「お姫様願望」を抱くようになるのだ。

 我が日本国は、立憲君主制を採用しているので、日本国にお姫様が今も存在し続けているというのは、我々日本国民にとって最大の強みなのである。共和制の国家では、絵本の中でしか存在しないお姫様が、君主制の国ではきちんと存在し続けているのである。日本国に現在もお姫様が存在し続けているからこそ、多くの日本の女の子たちは、お姫様願望を抱くのが、無理なく行うことができるのだ。

 女の子が子供の頃にきちんと「お姫様願望」を抱くことができれば、反抗期を迎えて、自立の時代が始まると、自立できるようになり、恋愛をし、結婚をし、独立していくことができるようになるのだ。フェミニストのように、大人になってから、「女性の自立」を唱えてくる女性たちは、自立の時代を迎えているのに、自立できなかったのであり、それは子供の頃に両親にきちんと愛されず、きちんと「お姫様願望」を持つことができなかったために、大人になって自立できない女性になってしまったのだ。

 女性は「従属の時代」「自立の時代」「独立の時代」を経たからこそ、一人前の女性になれるのであって、独立してしまえば、独立して行動し出すのは当然で、妊娠中は助産婦のアドバイスを必要とし、出産においては、自分が主人公になって産んでしまった方が良いとの判断ができるようになるのだ。独立していればこそ、誰かに頼るのではなく、他人の力を巧く利用しながら、自分の利益を最大にしていけるようになるのだ。

●助産院の欠点

 女性が結婚して精神的に独立しているなら、出産を病院で行うのはおかしいと思う筈だ。妊娠や出産は病気ではないので、妊婦や産婦が何かしら病気をしているなら、病院に行くのは構わないが、そうでないなら病院ではなく、助産院で産むべきだと思うのは、当然のことなのである。

 だからこそ、独立した女性は助産院に行くのである。この「自然的マタニティーライフ」でも、助産院での出産を進めているのである。だが、俺は今まで助産院を称賛し続けてきたのだが、しかし、この助産院には欠点というものもきちんと存在しているのだ。それは助産婦が「女性同士ゆえに馴れ馴れしい」のだ。特に、未だ子供を産んで育てていない助産婦は、この弊害が非常に目立つのだ。

 助産婦は妊婦や産婦に親身になるからこそ、信頼を勝ち得るのだが、親身になることと、馴れ馴れしくすることは違うのだ。助産婦の仕事の基本は、あくまでも妊婦や産婦に奉仕することであって、友達になることではないのだ。助産婦の仕事は、妊婦や産婦に奉仕できるからこそ面白く、そして続けていくことができる仕事なのだ。

 その助産婦の基本がきちんと解っているなら、出産の際は、産婦を主人公に据えて、出産させようとするのだ。出産では産婦を主人公にし、助産婦はサポート役に徹した方が、出産は非常にスムーズに行き、巧く行くのだ。助産婦がいくら出産のことを知っていたからといって、実際に赤ちゃんを産むのは、産婦なのだ。

 助産婦も自分で3人以上の赤ちゃんを産み育てない限り、出産は妊婦を主人公にさせることの重要性を理解できないらしい。一人目の赤ちゃんを産んでも、所詮は最初だから、産み終わってから、後悔とまで行かなくても、「ああすれば良かったので?」という疑問を抱いてしまうし、二人目の赤ちゃんを産んでも、なんとなく遣り方が解ったくらいで、三人目を産んで、やっと「こうすれば良かったんだ!」というのが解るものなのだ。助産婦だって、いくら学校で助産学を学んでも、実際に自分が3回以上出産しないと、出産の本当の所は解らないのだ。

●自主性を持てば、どんな出産でも後悔しなくなる

 女性にとって出産というのは、3回以上経験してみないと、ちゃんと理解できないのである。いくら出産の知識を頭に詰め込んだ所で、体が自由に動いてくれないのだ。自分が納得しうる出産に至るまでは、誰がどうやろうと3回の出産を経験しなければならないのである。

 男性の産婦人科医は、いくら産婦人科医を勤めたとしても、自分が妊娠することも、出産することもない。そのため、出産も早く産んでしまえばいいと思いがちだ。しかし、そうではないのである。どの産婦も試行錯誤しながら、自分にベストと思える出産を探っているのであり、それが解るまでには3回の出産を経なければならないのだ。女性の産婦人科医といえども、自分が結婚して、3回以上の出産を経験しなければ、自分にベストと思える出産を探り当てることができないのだ。

 このことは助産婦も決して変わらないのだ。自分が試行錯誤してベストと思えるものを探りあてたからこそ、妊婦や産婦に対しても奉仕していくことができるのである。人間はどんなジャンルでも一流のレベルに達すれば、自己中心的に振る舞うのが消滅し、他人に対して慈愛を持つようになり、他人に奉仕する喜びに目覚めるものなのだ。

 初めての妊娠なら、これから出産しようとする産婦は、不安で一杯なのだ。そういう産婦に対しても、「大丈夫だよ、きっと巧く行きますよ」と励まし、出産の主人公として表舞台に立たしてあげるのである。出産の知識もテクニックも知っている助産婦が、産婦のバックアップに回るからこそ、産婦は心置きなく、全身全霊を出して出産を行うことができるのである。

 出産というのは、産婦が主体性を持って行えば、どんな出産でも後悔しなくなるものなのだ。出産のみならず、人生における様々な出来事の中で起こる最大の悔恨は、自分が主体性を持って自分の人生を生きることができなかった時に生ずるのだ。自分の人生に後悔してしまう女性たちに共通することは、自分を自分の人生の主人公にしていないことなのだ。常に誰かに頼り、誰かの考えに従ってしまい、誰かの言いなりになってしまうのである。

 出産というのは、いかなる女性が出産した所で、赤ちゃんを産むのは、自分自身なのである。だったら、自分を出産の主人公になればいいのだ。出産の権限をすべて自分に集中させて、全身全霊で出産していけばいいのだ。人間は自分の決断でしたことに関しては、どのような結果が出ても後悔はしないものだ。後ろ向きの人生にオサラバしよう。自分の人生の主人公になろう。そして自分の出産の主人公になろう。自分自身のためにも。自分の夫のためにも。そして産まれてくる赤ちゃんのためにも。

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臨月には山登りをしておくべし

●臨月に山登りをすると安産になる

 妊娠中に妊婦としてやるべきことをやっておいたら、臨月になっても気楽なまま出産を迎えることができる。臨月ではさすがに出産への期待と不安が交錯しているが、「自然的マタニティーライフ」を送っていれば、なんの心配もすることはない。妊娠中は可能な限り自然体で過ごし、文明生活の中に「自然の力」を取り入れていくことが、いかに妊婦を健康的にさせ、お腹の赤ちゃんも健康的に成長させるかが解ることだろう。

 そして、この「自然的マタニティーライフ」で、妊娠中の妊婦たちに勧める最後の秘策が、「臨月における山登り」である。臨月というもっともお腹が大きくなった時点で、妊婦本人が山登りをして、安産を決定的にするのである。山登りをすることによって自然の力を最大限に取り込んでしまうのである。

 臨月における山登りは、必ず夫婦一緒で行くことである。山登りの最中に陣痛が始まることはないが、万が一ということもあるので、必ず夫を連れていくことだ。できれば、他の臨月を迎えている妊婦フレンドたちを連れて、集団で山登りをするのもいい。結構、和気藹藹のものとなるであろう。

 臨月に入っていると、さすがに通常時でのスピードでは歩けないので、山登りの速度は通常の半分と見ていた方がいい。そのスピードで登れるルートを選択すればいいのだ。山登りをする際は、必ず厚着をして行くことだ。厚着をすることで、体内の余分な水分を汗として流してしまうのである。

 山登りは通常の体でも結構体力を使うスポーツである。それを臨月を迎えた妊婦にやらせると、出産するための体力が決定的についてしまい、しかも、大量に発汗することで体内の余分な水分がなくなるので、安産で出産できる体に変えてしまうのだ。臨月における山登りは、安産を決定的なものにしてしまうのだ。

 嘗て日本の山々にいた「山窩」という山の民には、早産や難産というものがまったくなかったといわれている。山窩たちは山の中で生活をし、しかもテントを持って移動生活をしていたため、自然と体を動かし、しかも、自然の力を最大限に吸い込んでいたために、体が活性化してしまい、どの女性も安産で産むことができたのだろう。

●自然の気を吸い取っておく

 我々は文明生活を送っていると、誰がどうやろうと体力が低下し、心身が緊張し、自然の力が衰えてしまうのだ。だから、時には文明生活を離れて、自然の中に入れることによって、体力を回復させ、緊張を解きほぐし、自然の力を体内に取り込んでいくのだ。敢えてその文明の便利さを捨てることで、人類が文明以前に持っていた力強さを回復させるのである。

 妊娠中に妊婦がいくらスポーツをした所で、その体力の付け方には限界があるのだ。あくまでも、そうやってつけた体力は、文明生活の中でのという限定つきの体力なのだ。だが、人間が自然の中に入っていけば、文明生活の中ではつかないほどの体力がつき、体を凄まじいまでに頑丈にさせていくのである。

 妊娠中、妊婦がどのように平穏に過ごそうとも、この文明生活を送っている限り、多少の緊張はしているものなのである。だから、文明生活にどっぷりと浸かってしまえば、健康な体なのに、早産が始まってしまったり、難産になってしまうのだ。文明生活が引き起こす緊張感のために、自分の自律神経が狂ってしまい、10ヵ月間お腹の中に入っていなければならない胎児が早くに出て来てしまったり、安産で生まれる筈の赤ちゃんが難産で生まれてきてしまうのである。

 人類は太古の昔、ジャングルの中にいたのだ。それゆえ、人間は自然の中にいけば、誰もが緊張を解きほぐして、リラックスしてしまうのだ。我々の4百万年以上昔の記憶が、我々を自動的にそうなるようにしているのだ。だからこそ、臨月になったら、山の中に入っていって、文明生活の中で縮こまった自分の神経を解放させてあげればいいのだ。

 山々の中には「自然の気」が溢れているのだ。その自然の気を自分の体に充満させると、妊婦は自然と安産になるものなのだ。文明生活をしていれば、特に都市部で生活をしていれば、この自然の気が少なくなってしまい、そのために妊婦の「出産力」が低下してしまい、出産時に起こさなくていい異常事態を引き起こしてしまうのだ。それだけ都市で生活していれば、自然の気が不足しているということなのだ。出産時に医者の御厄介になるより、臨月で山登りをし、自然の気を体に充満させて、自分の出産力を高めてしまえば、自然と安産で産めるようになるのだ。

●深呼吸の必要性

 不妊症に悩まされる女性や、流産をしたり、早産や難産になる妊産婦は、みな呼吸が浅いということでは共通しているのだ。女性は基本的に肺式呼吸をするので、スポーツをしたり、歌を歌うことをしないと、どうしても呼吸が浅くなり、そのために体内の酸素が決定的に不足してしまうのだ。

 朝になってもスッキリと起きられないとか、日中何度もアクビをしてしまうとか、夜になっても眠れないとかいう症状を起こしていれば、これは呼吸が浅いからこそ起こってしまう症状なのだ。呼吸が浅ければ、自分の体内の酸素が不足し、それだけでなく、お腹の赤ちゃんが必要とする酸素までが不足してしまうのだ。そのために、流産になってしまったり、早産や難産になってしまったりするのだ。

 『万葉集』や『古今和歌集』を見れば、我々日本民族の生活にいかに深く歌が溶け込んでいたかが解る。昔の人々は生活の中で歌を歌うことによって、自分の喜怒哀楽を現すとともに、日常生活で衰えた呼吸を深い呼吸に変えることで、日頃の酸素不足を解消させていたのだろう。

 現代を生きる妊婦も、スポーツをするなり、歌を歌うなりして、日常生活で浅くなってしまった呼吸を深い呼吸に変えて、妊娠や出産のために必要な酸素を確保すればいいのだ。山登りをした際には、空気が都会とは比べ物にならないくらいに奇麗なので、思いっきり深呼吸をして、奇麗な空気を吸い込んでしまうことだ。

 呼吸が深く、体内に酸素が充分にあれば、安産に繋がるのだ。それが解っているなら、山登りをして深くなった呼吸をそのまま日常生活でも維持して、その状態で出産日を迎えればいいのだ。出産当日だけ腹式呼吸をするのではなく、臨月になったら、いつでも深い呼吸を繰り返して、お腹の中の赤ちゃんにも、そして安産で出産するために充分な酸素を確保しておこう。

●頭の中を空っぽにする

 妊婦生活では、妊娠や出産に関する様々なことを勉強せざるをえない。しかも、結婚し妊娠したことで、自分の精神レベルも急上昇している。そのために色々なことを考えすぎてしまい、頭の中がパンパンになっている状態なのだ。その状態で出産に及んでも出産は巧くいかないものなのだ。

 妊娠や出産の知識を頭の中に詰め込んだまま出産しようとしても、その知識に囚われてしまい、巧く行かないのだ。出産に関する知識は自分にとって武器なのに、その知識に操られたら、自分が自由自在に動けなくなってしまうのだ。出産の知識というのは、出産の知識のために妊産婦が存在しているのではなく、妊産婦のために出産の知識が存在しているのである。

 だから、臨月になって山登りに行き、一旦、頭の中を空っぽにしてしまうことだ。自然の中に入って行って、妊娠や出産に関することを、すべて忘れてしまうことだ。今まで学んだことを今一度捨ててしまって頭の中を空っぽにすると、出産という実戦で圧倒的な強さを発揮するのだ。出産の知識にと囚われていないために、妊産婦本人が自由自在に動けるようになるからだ。

 出産を無知で臨んだら、出産は悲惨なものになってしまう。かといって、出産の知識を頭に詰め込んでも、出産は巧く行かないのだ。だからこそ、出産の知識を学んだ上で、その知識を一旦捨てて、頭の中を空っぽにするのだ。そうすると、自分の出産において、何をすべきかが的確に解るようになり、自分の出産を確実に安産に持ち込むことが可能になるのだ。囚われるものが何もないからこそ、妊産婦が出産という非常事態でも自由自在に動くことができるようになるのだ。

 臨月における山登りは、妊婦にとって安産を確実にする最後の切り札なのだ。文明の中で暮らしていれば、それだけ妊婦の体から自然の気が失われ、呼吸が浅くなり、頭の中に余計なものを詰め込み過ぎてしまうのだ。だからこそ、臨月に山登りをしてしまえば、自然の気を体内に充満させ、呼吸が深くなって酸素を満タンにし、頭の中を空っぽにして、出産に向かうことができるのである。こういう状態になれば、もはや安産は確実なのである。

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妊娠中の災害時への準備

●妊娠中に何が起こるか解らない

 妊娠中は平穏無事に過ごし、出産日を迎えればそれに越したことはないが、しかし、万が一ということもある。日本国はそもそも地震多発国だし、しかも、最近は天変地異が頻発している。だから、妊娠中に大地震に見舞われ、避難所生活中に出産ということも有り得るのだ。

 勿論、こういう想定をしたとしても、ほとんどの妊婦には震災のさなかに出産という最悪の事態は起こらない。だが、大地震が起こり、その震災の最中に出産を迎えてしまった妊婦が必ずいるのだ。だから、妊婦が妊娠中に災害を想定し、災害への対策をしておくのは、決して無駄ではないのだ。妊娠中に危機管理を行っていれば、実際に危機が生じても、それに対処できるからだ。

 ここで妊娠した女性には是非とも知っておいてほしいのが、実際に妊婦が震災に見舞われて、避難所に行っても、妊婦は決して優遇されないということだ。日本の公務員たちは社会主義の影響をモロに受け、ボランティアたちはキリスト教の影響をモロに受けているので、老人や身体障害者は優遇されても、妊婦は優遇されないのだ。しかも、マスコミにはフェミニズムに汚染された女性たちが多いので、妊婦がいくら避難所生活で困っていても、敢えてその姿を報道しないということをしでかすのだ。

 通常、どんな生物でも出産可能な雌を優遇して、子孫を残そうとしている。しかし、人間は脳が発達したために、人工宗教やイデオロギーの洗脳を受けやすく、そのため、非常時になれば、出産可能な女性たちを優遇し、中でも妊婦は最大限優遇し、子孫を残していくという、生命体としての本能が弱まってしまっているのだ。

 事実、阪神淡路大震災でも、中越沖地震でも、罹災者の中には妊婦たちがいたのに、妊婦たちは優遇されず、一般の人々と同じ扱いを受けてしまったのだ。しかも、この事実をテレビ局も新聞も意図的に報道しないのだ。いかに、人工宗教やイデオロギーの洗脳を受けて、生命体としての基本を失っているかが解る。だから、今後、大震災が発生しても、避難所では優遇されないと思った方がいい。妊娠中の危機管理は、自分たち夫婦ですべきだなのだ。

●助産婦に出産の仕方を教えて貰う

 まず災害時への危機管理として、自宅が全壊し、避難所生活を強いられ、医者も助産婦も到着していないのに、その状況で産気づき、出産しなければならない事態を想定した方がいい。これこそが妊婦にとって非常事態の中でも最悪の事態だからだ。通常、災害が発生すれば、医師は派遣されてくるが、助産婦は派遣されてこない。派遣されても、かなり遅れて到着してくる。この点でもいかに妊婦たちが冷遇されているかが解るが、そのため、こういう最悪の事態では自分たちの力で出産せざるをえない。

 出産というのは、助産婦がいなくても、妊婦が自分で出産できるものなのだ。だから、平時において助産婦に出産の仕方を教えてもらうことだ。事情を話せば、簡単な遣り方を教えてくれる筈だ。現在の助産院ではこういう危機管理を行っていないので、是非とも改めてほしいものだ。日本に住む以上、どこに住んでも大震災が発生してくるのは当たり前だからだ。

 原則として、こういう講習は夫婦揃って受けることだ。非常事態になれば、夫がもっとも頼りになるからだ。助産婦から出産の手順を教えてもらい、その必要事項を1枚の紙に書き出し、いざという時にそれを見て処理すればいいのだ。紙は絶対に1枚にした方がいい。紙が何枚もあれば、非常事態では邪魔以外の何物でもないからだ。1枚の紙であるならば、非常事態でも慌てることなく、読むことができ、実行に移すことができるのだ。

 実際問題として、助産婦から教わるもので最も大事な点が、いかにして臍の緒を切るかであろう。口頭で説明を受けて理解できればいいが、もしも、よく解らないのであるならば、実際に出産シーンを見せてもらい、臍の緒をどうやって切るかを見ればいい。実際に見てしまえば、一発で臍の緒の切り方が解ることであろう。

 産婦は出産後には睡眠を取るので、その間、いかに赤ちゃんを扱えばいいかを、きちんと夫に教えておくことだ。夫がやるべきことは少ないが、こういう最悪の事態で夫が一体何をすればいいかを本人が解っていれば、夫の労働力を無駄にしなくて済むのだ。非常事態になれば、妻にとってもっとも頼れる人間は、夫しかいないことを決して忘れるべきではない。

●災害時のために準備しておいた方がいい物

 震災で自宅が全壊し、避難所に避難してきても、避難所で赤ちゃんを産み育てるのは不可能だと思った方がいい。避難所自体がごった返ししており、とてもではないが妊婦が出産できる状況ではないのだ。たとえ避難所で出産できたとしても、集団生活では充分な睡眠を確保できないし、赤ちゃんの泣き声だって他の避難者たちの迷惑になってしまうのだ。

 そこで災害時のために絶対に用意しておいた方がいいものが、「テント」である。テントさえあれば、その中で出産もできるし、産後の生活で確保できるのだ。避難所に対しては事情を話して、水と食料だけを分けてもらえばいいのだ。テントは出産のことを考えると、最低でも「4人用のテント」が必要になる。テント自体は安い値段で売られているし、キャンプでも使えるので、家庭には1つ持っておいた方がいい。

 テント以外に必要なものは、「寝袋」「シュラフカバー」「断熱マット」「断熱シート」「ハサミ」「タオル」「産着」「オムツ」「懐中電灯」「ラジオ」「ペットボトル」「20ℓのポリタンク」「非常食」などである。非常時では水がもっとも貴重品になるので、災害時は水の無駄遣いを絶対にしないことだ。コップ1杯で、洗顔や歯磨きを済ませる習慣を平時の時から身につけておこう。これら以外でも非常時に必要があるなら、夫婦で話し合って用意しておくことだ。

 非常用道具は防災用のリュックより、登山用のザックの方が何かと便利である。防災用のリュックでは入る量が少なくなってしまうからだ。登山用のザックなら結構入るのだ。非常用道具をザックに詰め込んでおいて、それを玄関辺りにおいておき、いざという時はすぐに持ち出せるようにしておくことだ。

 通常の非常用道具が入っているザックは、夫が持ち、赤ちゃん用の非常用道具が入っているザックは、妻が持つようにした方がいい。この方が出産する際には、必要な物がすぐに取り出せるので、便利なのだ。妻は妊娠中なので、それほど多くの物を持つことはできないことを、予め知っておいた方がいい。かといって妊婦が何も持たずに避難してくるというようなことにはしないことだ。

●「出産予定日」より「月の満ち欠け」

 大震災が発生し、巧く非難できたとしても、助産婦は当分の間、やってこない。そのため、夫婦二人が力を合わせて出産していかざるをえない。では、一体いつ赤ちゃんが生まれるかといえば、出産予定日のある月の満月辺りであろう。通常の生活から離れてしまえば、逆に自然の力が戻ってきて、妊婦が本来産むべき時期に産めるようになるのだ。

 それゆえ、満月と新月の日を手帳に記載しておくことだ。満月がいつ来るかを知っておけば、事前に充分な準備ができるからだ。避難している生活といえども、出産までに充分に準備ができれば、きちんと出産できるのだ。だから、決してこういう非常事態での出産を決して恐れないことだ。妊婦であるならば、こういう非常事態でも、時が来れば出産をせざるをえないのだ。

 妊娠中に1度は避難訓練をしておいた方がいい。手順が解っていれば、非常事態でも冷静になって処理できるからだ。自分たちが災害時の場合、一体どこに避難すればいいのか、その場所をきちんと確認しておこう。特に都市部に生活している夫婦だと、公民館やコミュニティーセンターの場所すら知らないということも有り得るからだ。

 大震災というのは、必ずしも単なる自然現象ではない。人間が事前に対策を練っていれば、充分に対処できるものなのだ。その対策を怠るからこそ、被害を拡大させてしまうのだ。事実、兵庫県では当時の兵庫県知事が避難訓練での自衛隊の参加を拒否していたのだが、そのために阪神淡路大震災では、自衛隊の初動操作が遅れ、大震災の被害を拡大してしまったのだ。その責任は兵庫県知事にあったのだが、ところがこの知事はなんと震災後の県知事選挙で再選を果たしているのだ。兵庫県知事が大震災の被害を拡大させたのに、兵庫県民はその者を選挙で支持してしまったのだ。阪神淡路大震災は起こるべくして起こった大震災なのだ。これこそが阪神淡路大震災は天災ではなく、人災であるといわれる所以なのである。将来、兵庫県は必ずや再び大震災に見舞われることであろう。時期はそんなに遠くはない筈だ。

 日本国は地震多発地帯に領土を持っている以上、大震災が起こる可能性はいつでも充分に有り得るのだ。だから、平和な時代にうつつを抜かしていないで、きちんと危機管理を行い、非常事態に備えておくことだ。危機管理さえしっかりとしておけば、非常事態を乗り切ることができるからだ。いくら大震災後に復興を果たし、メモリアル施設を建設して犠牲者を追悼しても遅いのだ。

 危機管理というものは、それを行っても、その非常事態が実際に起こる可能性は少ないのだ。そのため、多くの人々が無駄だといってくるのだ。しかし、危機管理をしているからこそ、実際に起こる非常事態を乗り切ることができるのである。妊娠中といえども、危機管理をしっかりとしておけば、非常事態でも妊娠や出産を無事に行えることができるようになるのだ。これがどんなに有難いことかは、実際に非常事態に直面すれば解ることなのだ。

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結婚生活を幸せにする脳の使い方 ~妊娠中にグータラ妻と化さないために~

●結婚生活のマンネリ化はどうして起こる?

 恋愛している時は、あれだけ恋心が時めいて、しかも、結婚する際にはそれがピークに達し、メッチャ楽しい新婚生活を送ってきたのに、自分が妊娠し、それも妊娠後期に入り、自分の頭が妊娠や出産のことで埋め尽くされてしまうと、さすがに結婚前や結婚当初のあのトキメキはなくなってしまう。即ち、自分たち夫婦にも結婚生活のマンネリ化が及んできたということだ。

 結婚式から出産までの時間が短ければ、結婚生活のマンネリ化は起こらず、新婚生活からそのままの勢いで育児でドタバタの日々を過ごすようになるのだが、結婚式から出産までの歳月が長いと、どうしても結婚のマンネリ化は避けられないのだ。この点、できちゃった結婚は未だに白い目で見られがちだが、結婚式から出産までの時間が短いということでは、非常に優れている結婚の遣り方なのだ。

 これに対して特に気をつけるべきは、新婚生活を充分に楽しみ、新婚生活ではいい妻だったのに、妊娠を理由にしてグータラ妻と化す既婚女性たちである。妊娠を理由にグータラ妻化すると、出産後もグータラ妻化し、結婚をし続ける限り、グータラ妻で居続けるのだ。このグータラ妻は本当に恐ろしい動物である。養豚場の豚ですら養豚場の中を這い摺り回っているのに、グータラ妻はとにかく動かない。日中はテレビ前に陣取り、お菓子を豚のように貪り食べ、夜はベッドの上でトドのように寝て、轟音のようなイビキをかいてくるのだ。決してグータラ妻を人間だと思ってはならない。あれは「人間」と「豚」と「トド」を掛け合わして生まれた未確認生物なのだ。

 この妻のグータラ妻化は、妊娠が理由などではないのだ。妊娠でグータラ妻と化すなら、妊婦たちは全員そうなる筈である。この妻のグータラ妻化は、結婚生活のマンネリ化が本当の原因なのである。結婚生活がマンネリ化したために、脳の機能が低下してしまい、やる気を消滅させ、何事にも対してもグータラとしてくるのである。

 恋愛にしても、結婚にしても、愛のレベルを最高レベルで維持し続けられるのは、3年程度なのである。人間は自分が考えている以上に飽きっぽいのである。多くの人々は、この飽きっぽい自我をそのまま暴走させてしまうので、恋愛をしても、恋愛がクライマックスに入る前に失恋してしまい、結婚しても、結婚の醍醐味を知らずに結婚生活をマンネリ化させてしまい、最悪の場合は、W不倫やセックスレスや家庭内別居や離婚に陥ってしまうのである。

 結婚は年を重ねるごとに結婚生活が成熟していくのではなく、結婚生活の当初において結婚生活の基本が決まってしまうのだ。だから、結婚して自分たちの結婚がマンネリ化してきたなと思ったら、早い段階で手を打って、自分たちの結婚を変えていかねばならなぬのだ。結婚生活のマンネリ化を放置しても、時が解決してくれるわけではないのだ。毟ろ、事態を悪化させる方向に走ってしまうのだ。

●幸せな結婚生活のための脳の正しい使い方

 結婚をマンネリ化させてしまう夫婦には、或る共通点がある。それは自分の脳を正しく使っていないということなである。脳は正しく使わないと、すぐにマンネリ化しようとするのだ。文明国の国民の文化は、この脳がマンネリ化を起こすことを防止させ、脳が活性化するようなシステムを多々持っているのだ。

①未来の明確なビジョン

 まず、結婚生活のマンネリ化を避け、幸せな結婚生活を送りたいのであるならば、夫婦の未来を明確にしたビジョンを持つことである。間は目標があると、それに向かって走り出すようにできているのだ。未来の明確なビジョンがあれば、結婚生活がマンネリ化することもなく、結婚生活は幸せで有り続けるのだ。

②体を動かし、汗を流し、継続していく

 次に未来の明確なビジョンに向かって、夫婦揃って動き出すことだ。体を動かし、汗を流し、自分たちがやるべきことを継続していくことだ。体を動かすから脳が活性化され、汗を流すからこそ、体が活性化され、継続するからこそ、自分がやっていることが苦痛にならないのだ。結婚して、なんでも「苦しい」といってくる既婚女性は、体を動かしていないのだ。汗を流していないのだ。継続することの重要性を忘れてしまっているのだ。人間は体を動かせば楽しくなり、汗を流せば爽快になり、継続していけば、自分がやっていることの楽しさが解るようになるのだ。

③マンネリ化したら、変化を意図的に引き起こす

 人間は同じことを遣り続けると、脳の機能が低下し、だらけてしまうのだ。だから、マンネリ化したら、変化を意図的に引き起こして、脳に刺激を与えればいいのだ。日常生活にどっぷりと浸かってしまうのではなく、たまには神社にでも参拝して、日常から切り離されることなのである。それ以外にも、いつもは行かない高級なお店でショッピングをしてみたり、高級レストランで食事をしてみたり、旅行に行ったり、美術館や博物館や動物園にでも行ってみて、非日常を作り出して、マンネリを打破してしまえばいいのだ。

④小さな成功のたびに報酬を与える

 人間の脳はマンネリを防いでも、自分の働きに対して報酬がないと、徐々に機能を落としていってしまうのだ。そこで小さな成功のたびに報酬を与えていくのだ。例えば、夫の給料日には、豪華な食事を作って、夫の働きをねぎらうことだ。夫は妻の家事に対しても、その成功をねぎらうべきであって、月に1度くらいは妻を家事から解放して、オシャレなレストランで食事をすれば、妻は脳の機能を低下することなく、家事を楽しく行えることができるようになるのだ。

⑤或る程度成長したら、レベルアップを図る

 人間は自分の精神ステージで成長し尽くしてしまうと、その精神ステージではもうそれ以上には成長することはないのだ。だから、或る程度まで成長したら、レベルアップを図ることだ。自分たち夫婦よりも優れた夫婦と出会ったり、自分の精神レベルよりもレベルが高い書物を読んだり、それによって今までの自分たちの精神ステージを抜け出し、より上位の精神ステージに突入することだ。

 但し、自分の精神が或る程度まで成長していないと、自分より優れた人や物に出会っても、嫉妬するだけになってしまい、逆に自分の精神レベルを低下させてしまうのだ。自分が成長していくためには、嫉妬は何より禁物である。社会主義ではお金持ちや経営者に凄まじい嫉妬を抱いてくるので、いつまで経っても豊かになれないのだ。フェニミズムでは男性たちに凄まじい嫉妬を抱いてくるので、いつまで経っても幸せになればいのだ。

 嫉妬などせずに、単純な気持になって、自分より優れた人に憧れ、自分もできると思い込むことだ。自分が現在いる精神ステージで、成長し尽くしてしまえば、もうそれ以上成長することはないのだ。ウロウロとしていると、堕落していってしまう危険性さえ持っているのだ。自分がグータラ妻と化しているのが解ったら、自分よりも幸せに暮らしている優れた既婚女性と出会ってみることである。自分の精神に変革をもたらしてくれる書物を読んで、自分を変えていくことなのである。

●現実の不完全性

 人間の脳というのは、正しく使えばいくらでも活性化してくれて、自分たちの結婚生活を幸せに豊かにしてくれるのである。既婚女性がグータラ妻になっているということは、もう既にその女性の脳の機能が最悪なまでに低下し、結婚生活はマンネリ化し、恋も愛も粉々に砕け散ってしまっていることだろう。その既婚女性も恋愛していた時は、こうではなかったし、新婚当初もこうではなかったのである。脳の正しい使い方を知らずに、結婚生活を送ってしまったからこそ、結婚前とは似ても似つかぬグータラ妻になってしまったのだ。

 この世には必ず愚かな人々がいるものだ。こういう結婚生活がマンネリ化してしまっている既婚女性たちに対して、不満を嗅ぎつけ、その不満を煽ってくるのだ。そのために、夫が罵倒され、結婚が嘲笑されてしまうのだ。その夫に問題があるわけでも、結婚に問題があるわけでもないのだ。

 それに何より、人間は現実世界で100%満足することは、絶対に有り得ないのだ。どんなに豊かで幸せに暮らしている夫婦だって、何かしらの不満があるのだ。人間は現実世界で100%満足すべきではないし、またできるものではないのだ。或る程度で満足し、或る程度の不満は敢えて残しておくことなのだ。現実で100%満足しようとすれば、現実世界の中にどっぷりと浸かってしまうだけなのだ。

 現実は不完全なのだ。現実は、過去から未来へと走り抜ける時空にすぎないのだ。だから、「過去」と「現実」と「未来」の三つに対して、巧くエネルギーを投入していくのだ。いくら結婚しているとはいえ、自分たちの夫婦のことを考えるのではなく、自分たちの家族の先祖にも思いを巡らしてみることだ。家系図を備え、先祖の業績をきちんと教えている家庭で育った人たちは、結婚しても離婚するような失敗を仕出かさないのだ。自分たちが先祖前で身を正せば、現実の世界でそう悪いことはできず、自分も立派な人間になろうとする筈だ。

 夫の現在の問題をあげつらうのではなく、自分たち夫婦の未来図をきちんと描き、持っておくことだ。自分たち夫婦が将来に何をすればいいのか解っていれば、夫の現在の問題など、気にならないのだ。寧ろ、自分たち夫婦の未来図がないからこそ、夫の現在の問題が気になってしまうのである。夫婦喧嘩を繰り返し、W不倫やセックスレスや家庭内別居や離婚になってしまった既婚女性たちに訊いてみればいい。「あなたは結婚していた時に、夫婦の未来図を持ってしましたか?」と。絶対に夫婦の未来図を持っていなかった筈だ。だからこそ、幸せになれる筈の結婚を、自らの手でぶち壊してしまったのだ。

 多くの人々は現状さえ改革できれば、自分たちは今よりも豊かになれる、幸せになれると思いがちだ。政治家が行政改革を行い、景気が不況になれば経済対策を打ち出しても、巧く行かないのだ。ジャーナリストたちは現在の日本の問題点を指摘し、学者たちはその問題を深く研究しても、日本の現状は一向に良くならないのだ。現状をいくら改革しようとしても、絶対に巧くいかないのだ。問題解決型の考え方は、結局、その問題自体を解決できないのだ。現実は不完全にできており、誰がどうやろうとも満足できないことを一刻も早く悟るべきなのだ。だからこそ、現状に埋没してしまわず、夫婦の未来図を持つことが非常に大事なのである。

●夫婦で相乗効果

 人間の基本は「一人」ではなく、「二人」なのだ。人間は一人で生きていれば、ネガティブなことしか考え出さなくなってしまうのだ。自分以外の他人と出会うからこそ、脳が刺激され活性化してポジティブな思考と行動を取ることができるのだ。だからこそ、文明国は結婚を大事に扱い、家族こそ社会の基盤としてきたのだ。

 人間は一人で夢を持っていても、それを実現できることはない。しかし、夫婦が協力して夢を実現していけば、必ず夢は実現できてしまうのだ。夫婦による「理想の共有化」は爆発的なエネルギーを発生させるのだ。これこそが、結婚の秘められたエネルギーなのである。この爆発的なエネルギーを使えば、いかに低学歴の頭の悪い夫婦でも、自分たちの夢を実現できてしまうのだ。

 知識をいくら持った所で、その知識が引き出せる力はごく僅かなのだ。結婚が持っている爆発的なエネルギーには圧倒的に劣るのである。だから、結婚しても物事を考えすぎないことだ。結婚していくら問題を抱えても、苦悩のしすぎないことだ。、考えすぎや苦悩のしすぎは、寧ろ問題を悪化させるのだ。

 それよりも、夫婦が二人で力を合わせて、未来の明確なビジョンを描いてしまうことである。自分たちが未来に何をすべきかが解っていれば、グータラ妻になって、時間を無駄にすることはできない筈だ。未来に向かって走り出し、動き出し、汗を流し、自分がやるべきことを継続していき、結婚生活を楽しんでしまうことであろう。

 そして、今の生活がマンネリ化してきたら、非日常的なことを生活に取り入れることだ。夫婦で今まで行ったことのない所に行って、自分たちをリフレッシュし、脳を刺激しまくることだ。脳が活性化しているなら、夫の仕事を褒めることができる筈だ。夫も自分を褒めてくれれば、妻の家事を褒めることができるようになるのだ。いつも同じようなメンツと仲良くしているのではなく、自分たち夫婦よりもレベルの高い夫婦と仲良くすることだ。そうすれば自分たち夫婦の精神レベルを一気に引き上げてくれるのだ。

 人間は一人の枠の中に納まるようにはできていないのだ。自分一人が出せるエネルギーがごく僅かでも、夫婦が二人で力を合わしてしまえば、夫婦の相乗効果が起こって、いくらでもそのエネルギーを増やしていくことができるのだ。結婚してすべての夫婦が幸せになれるわけではないのだ。幸せになれる夫婦は、幸せな結婚生活を送るために、正しい脳の使い方をマスターした夫婦だけなのだ。

 妊娠後期に入って愛の出力が弱まってきたら、自分たち夫婦の間に何か問題があると思うのではなく、是非とも、自分が脳の正しい使い方をマスターしていないことに気づいてほしい。妊娠中に脳の正しい使い方をマスターしたら、いくらでも楽しくなるし、自分の心の中からいくらでも愛が溢れ出してくることになるのだ。

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臨月のセックスは基本的に禁止 ~臨月でもできる夫婦の夜の愛し合い方~

●臨月はセックスできる状態ではない

 妊娠中において性行為は、すべて禁止されるものではない。妊娠中といえども性行為はきちんとできるのだ。しかし、臨月に入ったら、性行為は禁止である。特に男性が一方的に性欲を満たす「セックス」は、絶対に禁止である。夫が激しいセックスをしてしまうと、妻は出産予定日を待たずして、破水してしまう恐れがあるからだ。

 女性は臨月になると、女性の性欲はほとんど消滅する。妊婦は出産に向けて、すべての意識を集中して、無事に出産できることだけに集中するからだ。かといって、夫も性欲が消滅していると思わない方がいい。特に夫が10代や20代の男性では、妻が妊娠していようが、性欲はなお盛んであり、セックスをしたがるのだ。これは30歳以下の夫婦にとっては、意外な悩みの種なのだ。といっても、悩むのは妻だけなのであるが。

 人間の性欲は決して男女平等ではない。子孫を繁栄させるために、男性の方に強い性欲を与えている。妻が臨月に入り性欲がないからといって、夫の性欲を無視すると、夫の方は欝屈してしまい、外で浮気をしてみたり、出産後にセックスレスになって、夫婦関係が冷え切ってしまうこともあるのだ。

 というのは、臨月で性行為を禁止しても、出産しても1ヶ月以上は、妻の方が産後の体調回復などで、性行為ができる状態ではない。すると、2ヵ月以上は、夫婦の性行為がなくなってしまうのだ。しかも、赤ちゃんができてしまえば、妻は赤ちゃんに付きっ切りであり、夜になって性行為を行えるだけの体力は残っていないものだ。

 そうすると、折角、赤ちゃんができて目出度いというのに、夫婦はセックレスの夫婦になってしまうのだ。よくセックスレスが問題になるのだが、これはテレビの見過ぎだったり、栄養バランスの悪い食事だったり、運動不足だったりが原因で発生してくるのだが、この臨月から出産における性行為のなさが、そのままずるずるとセックスレスになってしまう夫婦も多々あるのだ。

●愛撫でオルガズムに行かせよ

 臨月で夫が性行為をしたいのであるならば、挿入プレイをするのではなく、愛撫プレイをし、愛撫でオルガズムに行かせるようにすればいいのだ。ペニスをヴァギナに挿入するプレイはやめておいた方がいい。愛撫でも充分に性欲を満たすことができるのだ。夫にはそのことを守らせた上で、夫婦で性行為に及べばいいのだ。性欲の激しい男性は、禁止されると余計に盛り上がってくるので、その高揚感を巧く利用すればいいのだ。

 夫には全身を口と手で愛撫してもらい、その愛撫によって妻が抱えている妊娠の緊張感を巧く解いてもらうことだ。1時間近く丹念に全身を愛撫してもらい、妻の股間が濡れに濡れまくったら、その時、初めて陰部への愛撫を許してあげることだ。挿入プレイは禁止されているので、絶対に早い段階で陰部への愛撫を許してはならないことだ。

 ペニスを挿入しなくても、愛撫でも充分にオルガズムに達することができる。舌や手で「クリトリス」「Gスポット」「膣の奥」を巧く刺激していけば、簡単にオルガズムに達してしまうのだ。愛撫による「クリトリス」のオルガズムは経験したことがあるだろうが、愛撫による「Gスポット」や「膣の奥」のオルガズムは経験したことのない既婚女性は意外と多いのだ。

 「Gスポット」を刺激されてオルガズムに達する場合、潮吹き現象を伴うことがあるので、女性の方は尿意を感じてしみ、性行為どころではなくなってしまうのだが、そういう時は出しちゃっても構わない。それは小便ではなく、潮吹きだからだ。ベッドは多少濡れてしまうが、バスタオルでも敷いておけばいいのだ。

 「膣の奥」はさすがに舌では届かないので、夫が巧い指の使い方をマスターしてくれれば、いかなる女性といえども、きちんとオルガズムに達することができる。愛撫でのオルガズムでは、もっとも快感度の高いオルガズムだ。夫がポイントを探っているようであったら、ちゃんとどこが感じるのか、口頭で教えてあげることだ。夫婦の性行為は夫婦の共同作業なので、妻が無言であったら、夫はいつまで経っても上達しないものなのだ。自分が感じる場所をきちんと教えれば、いかなる男性であったとしても、自分の妻の性感帯を時激することができるのである。

 夫から愛撫をされている時は、妊娠や出産のことを忘れて、その快感に身を委ねるべきだし、オルガズムに行く時は、我を忘れて行ってしまうことだ。オルガズムの快感を味わってしまえば、妊娠中の苦労や疲労やストレスはすべて吹き飛んでしまう筈だ。お腹の赤ちゃんにとっても、臨月に母親がオルガズムに達すると、子宮が動き、出産時に子宮口が開きやすくなるのだ。

 オルガズムの回数は、最低でも3回以上は行かせてもらおう。妻が充分に愛撫によるメイクラブを堪能したら、ご褒美として夫のペニスにフェラチヨを施してあげ、夫にもオルガズムを味わせてあげよう。愛撫をしまくるというのは、結構激しい運動であり、妻への愛撫のために夫は体力を消耗しているので、妻が巧く刺激して行けば、オルガズムに達してしまう筈だ。

 しかし、夫のペニスが頑丈にできている男性だと、さすがにフェラチヨでは行かないので、その際は素股プレイで行かしてあげればいい。素股プレイの遣り方は、妻が仰向けになって寝て、膝を立てる。そこに夫は自分のペニスにオリーブオイルを塗って、挿入していく。要は太股を使って、擬似的なヴァギナを人工的に作り出すというものだ。妻が巧く太股を締め付けてあげれば、夫は心地よくオルガズムに達してくれることだろう。

●夫の「最後の愛の確認」

 臨月時のメイクラブは、ただ単に性欲だけで行われるものではないのだ。ただ単に性欲処理であるならば、妻に性欲がなくなっている以上、自分でオナニーでもしていればいいのである。しかし、そうではない何かがあるからこそ、夫は妻を誘っているのである。それは一体何か?

 妻が臨月を迎え、お腹がパンパンに膨らんだ状態で、その臨月時でもちゃんと愛を注いでもらうと、夫は「自分はちゃんと妻に愛されるに値する男性だ」という確認ができるのである。即ち、夫の「最後の愛の確認」なのだ。だから、医師たちが言うように、闇雲に臨月時での性行為を禁止してしまうと、夫は最後の愛の確認をしてもらえなくなってしまうのである。だからこそ、出産後に夫が父親に成長してくれず、育児放棄や児童虐待が発生してしまうのである。

 臨月時に最後の愛の確認ができてしまうと、そうすると出産後に、夫が良き父親に変身してしまうのである。夫は妻からの愛がちゃんと心の中に届いたからこそ、良き父親に変身することができるのである。夫だって、妻からの愛をちゃんと貰わなければ、父親になってはくれないのである。これは男の身である夫には、妊娠や出産を自ら経験できない以上、仕方のないことなのである。だから、夫の精神を巧く刺激して成長させてあげないと、父親に成長できないのである。

 出産経験者の母親たちにとっては、なぜ臨月では性行為は駄目よと言っているのに、夫が性行為をしようとしかけてきたかの謎が、これで解けると思う。「そうか! 最後の愛の確認をしてもらいたかったわけね!」と納得できると思う。医者たちが臨月でのセックスを禁止してくるということは、臨月でも性行為に及んでいる夫婦はたくさんいるということなのである。だから、その事情を知らないで、医者の意見を鵜呑みにしていたら、夫婦間で行われる大事な作業の実態が見えなくなってしまうのだ。

 ジグムント・フロイトの学説が罷り通って以来、人間の行動をなんでも性欲の産物としてみる風潮が絶えない。人間は性欲だけで生きているわけではないのである。なんでも性欲で処理していると、この偉大な変化が解らないのである。人間は肉体を持っているが、精神も持っているのである。人間の肉体ばかり見て、人間の精神を見なかったら、その医学は危険極まりないものになってしまうのだ。

●臨月に入ったら、夫の体に触れて、安心感を作り出すこと

 人間は群生動物である以上、独りで生きていたら、不安感に悩まされてしまい、自分の精神に異常を来たしてしまうのだ。人間は決して1人では生きていけないという、人間に課せられた宿命をきちんと理解しておけべきである。妊婦だって、臨月になれば、さすがに不安なのだ。しかし、夫の体に触れているからこそ、安心感を作り出すことができ、心置きなく出産を迎えることができるのである。

 臨月になったら、盛んに性行為をするのではなく、夫の体に触れる習慣を作っておくことだ。朝起きたら、夫の体に抱きつくとかしてみればいいのだ。まあ、お腹が大きくなっているので、夫が妻の背中から抱きしめてもらうのもいい。体の触れ合いの仕方は、夫婦それぞれなので、巧く体を触れ合わしていけばいいのだ。

 初めての出産なら、どんな妊婦であっても不安はあるのだ。不安があって当たり前なのだ。しかし、その不安を独りで抱え込む必要性など、どこにもないのだ。結婚しているなら、夫を巧く使っていけばいいのだ。女性は愛する男性の体に触れれば、安心できるようにできているのだ。だったら、その機能を巧く使っていけばいいのだ。

 臨月時に、安心感に満ち溢れたからこそ、妻はなんの悩み事もなく、出産に向けて全力を投入していくことができるのである。全力を投入できれば、出産は簡単にできてしまうし、出産した喜びも非常に大きくなるものなのだ。妊娠の最後の月である臨月を、いかに有効に過ごすかで、出産の良し悪しも変わってくるものなのだ。

 このことは何も臨月に限ったことではないのだ。夫婦は体を触れあえば触れ合うほど、安心感を強め、愛情を深めていくだから、出産後も体を触れ合う習慣を決してなくさないことだ。ハグをしたり、キスをしたり、手をつないで歩いたり、そして何よりメイクラブをすることを、生活の中でより多く取り入れていけばいいのだ。そうすれば、結婚生活が幸せに満ちたものになるであろう。

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妊娠後期になったら、たまには母親に来てもらう

●妊娠における母親の有難み

 妊娠後期になって、お腹が明らかに大きくなったら、たまには自分の母親に来てもらうのがいい。今後の妊娠や出産や育児のことで、母親からじかに教えてもらうためだ。妊娠や出産に関することは、自分の母親に訊くのが一番早いのだ。母と娘なら、なんの差し障りもなく、訊くことができるからだ。義母となら、こうはならないからだ。

 いくら初めての妊娠だからといって、すべてのことを自分一人でやってしまわないことである。他人の手助けを使って、巧く自分の負担を軽減させることなのである。妊娠して、「大変だった」「苦労した」といっている既婚女性たちは、他人の力を使わず、すべてのことを自分一人でやってしまったからこそ、大変になってしまっただけなのである。妊娠は他人の手助けを借りれば、「梃子の原理」で僅かな力で簡単に成し遂げることができてしまうのである。

 いよいよ迫ってくる出産に関しては、出産経験者からじかに話を聞いてしまった方が早いのである。出産経験者と話していれば、出産時に何をすべきかが解るのだ。母親は自分にとって最高の出産経験者なのだ。なんせ自分を産んでくれた唯一の女性だからだ。妊婦にとってはこの世でもっとも貴重な女性なのだ。

 自分の母親から、「自分が出産した時はこのようにした」ということを聞いていれば、妊婦の頭の中で妊娠から出産に向けてのプロセスが整理され始め、出産時に自分がやるべきことが解り、出産に関する不安が激減するからだ。女性の脳というのは、プロセスが頭の中でできあがらないと、非常に不安になってしまうのである。男性の脳のように、結果さえ良ければいいというふうには行かないのだ。

 そのために、早産になったり、難産になったり、異常出産をしてみたりと、健康な体の筈の妊婦が、自分の妊娠を安産に持ち込めなくなってしまうのだ。安産に持ち込んだ母親たちは、出産前に妊娠から出産前のプロセスが頭の中にきちんと描かれていたからこそ、巧く安産に持ち込むことができたのである。妊娠や出産では、女性として女性脳をきちんと使いこなすことがいかに重要かが解るというものだ。

●自分の夫を父親として承認してもらう儀式

 妊娠後期に自分の母親に来てもらうことは、もうひとつ「自分の夫と仲良くしてもらう」ということ重要な役目があるのである。自分の母親が自分の夫と仲良くしてもらうことで、夫に父親としての自覚を促していくのである。「自分の娘を結婚し、妊娠させた以上、きちんとちゃんとした父親になってください」ということを、無言のうちに圧力をかけていくのである。

 こういうことをきちんとしておかないと、夫は妻が臨月になっても父親としての自覚を持てず、出産日には仕事を理由に駆けつけなかったり、育児には一切放棄をしかけてくるのだ。よく離婚の理由に夫の育児放棄が問題視されるが、それは妻や妻の母親が妊娠中に夫を父親として育てていかなったことこそが、原因なのである。妊娠時にやるべきことをやらなかったツケが出産後に現われたにすぎないのだ。

 人間は自己完結することは有り得ないのである。自分が存在していくためには、自分よりも上位にある人の手助けが絶対に必要なのである。夫は男として、自分の父親から支配を脱し、結婚することによって新たな家族を構えた以上、夫の父親や母親から、一人前の父親として承認されるのは不可能なのである。夫を一人前の父親として承認することができるのは、妻の父親であり、母親なのだ。

 結婚に関しては、妻の父親が自分の娘をくれてやるという承認を与えたのである。そして、妊娠に関しては、妻の母親が「自分の娘の夫を新たに生まれてくる赤ちゃんの父親として認めます」という承認を与えねばならないのだ。この二つの承認が揃って、初めて夫は父親として承認されるのである。

 だからこそ、結婚後に妻の両親と会う機会を取っていかないといけないのだ。夫婦で妻の実家を訪れるなり、自宅に来てもらうなどして、親交を温めておくことが肝要なのだ。自分の両親と会う機会が多くなければ、夫は自分の両親と仲良くしてくれないのだ。人間の絆が形成され、強まるためには、たくさんの時間が必要なのである。結婚したからといって、何もしなかったら、夫は自分の両親と仲良くしてくれるわけがないのである。

●出産時に備えておく

 母親には出産時に来るのか訊いておいた方がいい。出産時に母親の手助けを借りることができれば、出産は非常に楽になるからだ。義母が来てもらうのもいいが、義母に対しては気兼ねしてしまうのである。やはり、自分の母親だからこそ、気楽になれ、リラックスした状態で出産することができるのである。

 勿論、出産には助産婦が手助けをする。その助産婦の手助けと、自分の母親の手助けを借りることによって、より良い出産を作り出すことができるのである。産湯の用意や、食事の用意などは、やはり自分の母親がやってくれた方が、安心できるのだ。そして何より、母親にとっては、孫の顔を一刻も早く見ることができ、至上の幸福を味わうことができるのだ。

 母親が出産日に来てくれるというなら、出産時に何をやってくれるのかを確かめ、母と娘でシュミレーションをしておくことだ。このシュミレーションというのが非常に大事で、出産前に出産の遣り方が出来上がっていれば、妊婦はなんの不安もなくなり、スムーズに出産することができるようになるのだ。

 助産婦から、出産する時はどうするのかということを教えられても、それは「知識」であって、それがあれば確かに有難い。しかし、母親が娘に教えているのは、「知恵」であって、母親がこのように実際に経験することによって得られた知恵を自分の娘に与えることによって、その娘は出産を頭で考えるのではなく、自分の体で理解できるようになるのだ。

 妊婦の頭の中で、出産の知識があったとしても、その妊婦はちゃんと出産できるわけではないのである。自分の母親から、自分も母親になっていjくために、継承すべきものをきちんと継承しなければ、巧い具合に出産することはできないのである。なぜなら、この継承を果たさなければ、妊婦は出産日を迎えても、未だに娘のままだからだ。母子手帳や妊娠マニュアル本の最大の落とし穴は、まさにここにあるのである。出産に関して、本当に大事なことは、決して文字化されることはないのである。女性が妻の地位に立つためには、結婚式という儀式必要なように、妻が母親になっていくためには、出産という儀式と、出産日前には自分の母親から自分が母親になるために何をすべきかを継承していく儀式が必要ななのである。

●母親としての最後の役目

 女性は赤ちゃんを産めば、そのまま母親になれるわけではないのだ。それはあくまでも肉体上の母親であって、自分が精神的に母親になっていくためには、自分の母親から母親になるために何をなすべきjかをきちんと継承していないと、ちゃんとした母親になることはできないのだ。この儀式をきちんとしておかないと、育児放棄をするは、児童虐待を働くは、子供がいるのに離婚してしまうは、子供が大きくなってもいつまでも子離れできない母親になってしまうのだ。

 妊娠や出産や育児の仕方や楽しみを教えるのは、母親としての最後の役目なのである。自分の母親が母親としての最後の役目をきちんと果たしてくれるからこそ、女性は母親になっていくことができるのである。結婚の本当の楽しさは、そうやって継承されていくのである。

 最近は、この母親としての最後の役目をきちんと果たさない母親が非常に多いのだ。「結婚は大変だ」「妊娠は大変だ」「出産は大変だ」「育児は大変だ」と、何をやらしても「大変だ!」「大変だ!」と言いまくるのである。自分の母親から、母親としての知恵を継承していないから、何をやらしても大変になってしまうのである。そして、こういう母親のもとで娘が育ては、結婚に希望を見い出せないから、結婚なんてせず、独身を貫いてしまうことであろう。自分の母親が母親失格なら、その娘は妻にも母親にもなれないのである。自分の娘が結婚しないということは、その母親が母親としての責任をきちんと果たしてこなかったということなのである。

 勿論、この世のすべての母親がまともな母親ではない以上、自分の母親が母親として失格の場合、自分の母親の代わりとして、自分の祖母や義母から「母親の知恵」を継承して母親になっていかねばならないのである。人間は自分の母親が母親として駄目なら、それを補完するシステムはきちんと存在しているのである。

 人間は自分独りで生きているのではないのだ。「お独りさま」を気取って生きる人生は傲慢以外の何物でもなく、人間の本質からもっとも反れた邪悪な生き方なのである。人間は群生動物である以上、自分独りだけで成長していくことは不可能なのである。自分が成長していくためには、常に自分よりも上位にある他人の手助けを必要とするのである。

 人間は勝手に自分独りで産まれてきたわけでもなく、勝手に自分独りで成長していけるわけでもないのだ。だからこそ、独りで生きていこうすれば成長がピタリと停止し、平等を唱えれば成長が完全に停止してしまうのだ。自分の心の中をいくら探っても、自分がいくら働いても、自分を成長させてくれるものなどないのだ。自分を成長させるものは、常に自分の外からやってくるのである。

 自分の母親からきちんと「母親の知恵」を継承して自分もきちんと母親になれた女性は、自分が産んだ娘が大きなれば、自分も自分の母親がやってくれたように、自分の娘に「母親の知恵」を継承し、自分の娘を一人前の母親にしていくのである。そうやって、「母親の知恵」は秘密の相続者限定の相続財産として、母系相続がなされているのである。現在の日本の家族形態の大半は、父系家族であるが、その父系家族は純粋な父系家族ではなく、母系家族的要素の加わった家族形態であり、父系家族に母系家族的要素が加わることによって、非常に壊れにくく重厚で強靭な家族形態を作り出しているのである。

 母親は育児を通じて一人前の母親になっていくのではないのである。最初の段階で一人前の母親として承認されるからこそ、育児を巧くこなしていくことができるのである。勿論、育児を通して学ぶことはたくさんある。しかし、子育ては母親育てというような馬鹿げたことには決してならないのだ。そういう母親は母親ではないのだ。いくら子育てをしても、母親になれるわけではないのだ。

 今回の妊娠と出産で、自分の母親からきちんと「母親の知恵」を継承できて、自分が一人前の母親になれたなら、自分も将来、自分の娘に対しては、「母親の知恵」を継承させていかねばならないのだ。それが母親としての最後の「聖なる義務」なのである。あなたなら、きちんとこの最後の「聖なる義務」をきちんと果たすことができるであろう。

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夫が家事をしないのであるならば、家政婦を雇うことをケチらない

●家事を手伝うか否かは、夫の育ってきた環境が決める

 世の中には、妻が妊娠後期に入って体が自由に動かせなくなると、積極的に家事を手伝う夫や、妻に頼まれたとだけはする夫や、妻に頼まれたことの半分だけする夫や、一切家事を手伝わない夫や、本当に様々な夫たちがいるものなのである。夫婦がいれば、夫婦の数の分だけ、夫婦の有り様があるのだ。

 夫が家事を手伝うか否かは、夫婦が決定して決められるだけでなく、実は夫の育ってきた環境が決めてしまう部分が大きいのだ。結婚とはその夫婦が勝手気儘に作り出せるのではなく、実は夫婦双方が知らず知らずのうちに、自分たちが育ってきた家庭環境を再現しようとしてしまうのだ。

 だから結婚は、似たような家庭環境で育った者同士が結婚するのが一番いいのだ。金持ちは金持ち同士、貧乏人は貧乏人同士で結婚するのが、結婚後のトラブルを最大限に少なくする最善の方法なのだ。夫婦関係で致命的なトラブルを起こしていない夫婦は、ほとんどが同じ家庭環境で育ってきた夫婦なのである。愛は万能ではないのだ。いかに激しい恋愛をした所で、それが結婚に発展するとは限らないのだ。人間は愛の「出し方」「貰い方」も、両親の育て方にもっとも影響されてしまうのだ。

 妊娠後期に入った後で、揉め易い夫婦は、妻が夫といえども家事を手伝うのは当たり前と思い、夫は妻が家事をするのは当然であると思っている夫婦である。妻の方が、母親の権限が父親よりも強い家庭に育った場合、妻は夫といえども家事をするのは当然と思ってしまうのだ。夫の方も、母親が専業主婦だと、夫は家事をしない傾向にあるのだ。

 このような家庭環境の違う家庭で育った夫婦は、結婚すれば当然に家事の分担で揉めてしまうことだろう。妊娠後期に現われてくるトラブルは、ただ単に夫が家事を手伝ってくれないという問題ではなく、その夫婦が今後、結婚を維持していくには、余りにも育って家庭環境が違いすぎるという根本的な問題なのである。

●夫が家事をしないのであるならば、家政婦を雇う

 こういう場合、妻が妊娠後期に入っても、夫が家事を手伝ってくれないのであるならば、家政婦を雇ってしまえばいいのだ。夫が家事を手伝ってくれないことに腹を立てても、それは夫に妻への愛が不足しているわけでも、嫌がらせをしているわけでもないのだ。そういう習慣がないだけなのだ。

 しかも、家政婦を雇うのは、意外と安い。夫婦のトラブルを家政婦を雇うことで回避できるのであるならば、非常に安い出費なのだ。経済的に裕福であるならば、妊娠後期に入ってから雇えばいい。家政婦を選ぶ時のポイントは、「相性がいいこと」「命令をちゃんと聞くこと」「料理が旨いこと」が最低条件である。まだ新婚生活冷めやらぬうちなので、家政婦は住み込みではなく、通いの家政婦で充分である。

 妊婦にとって家政婦が本当に必要になるのは、出産日前後だけでなので、経済的に余裕のない夫婦も、夫が家事を手伝わないのであるならば、出産日前後だけ特別に家政婦を雇ってしまえばいいのだ。家政婦を雇うだけで、出産日前後のドタバタが非常に解消されまくるのだ。

 家政婦の料金は、夫のお小遣いから出す。これは当然の措置だ。夫に家事を手伝ってほしいといっているのに、家事を手伝わないのだから、夫は家政婦を雇って自分の代行役にすればいいのだ。妻が家事を手伝ってほしいといっているのに、家事を手伝わなければ、夫婦喧嘩に発展しやすい。お金で夫婦喧嘩を回避できるなら、非常に安い出費なのだ。

 夫が家事をする習慣がないのに、家事をさせようと改造することは絶対にしないことだ。家事をしない男性は、往々にして仕事で全力を投球してくる男性なのだ。こういう夫には家事でエネルギーを使うより、仕事で稼いでくれた方が、家族の所得が上昇していくことになるのだ。

●家事は男女平等ということは絶対に有り得ない

 男女平等に取りつかれて、家庭内の家事の分担を平等に負担するより、自分たちの夫婦にとってベストな選択肢を選ぶことだ。自分たち夫婦がどのような選択肢を選んでしまうかは、その夫婦の育ってきた家庭環境にあるのだから、まずは自分たちの両親の姿を参考にするのが、もっとも優れた選択肢を選ぶことができるようになるのだ。

 家事の分担を平等にした所で、将来、夫が妊娠するわけでもないのだ。いかなる夫婦であったとしても、やはり家事は妻が主導権を持って行ってしまった方が、家事と仕事の双方で生産性が上がるというものだ。ただ、妻が困った時には、夫が手助けをしてくれればいいというだけなのだ。もしも、夫に家事を手伝う習慣がないのなら、家政婦を雇って夫の代役にすればいいのだ。

 男女平等の理念が正しく、男女平等の遣り方が間違っているのではないのだ。男女平等の理念そのものが間違っているのである。男女は明明白白なまでに不平等に創られてしまっているのである。人間を不平等にしたのは、人間の力でも、政治やや経済や社会が作り出したものではないのだ。神様が人間を不平等に作ったのである。それゆえ、男女の平等を実現するのは、いかなる者であっても不可能なのだ。いかに強力な国家権力を用いても、男女平等を実現することは不可能なのだ。平等を唱えれば、神の祝福が拒絶され、人間は誰もが悪魔になっていくだけなのである。

 我々にできることは、人間の不平等性を受け入れ、男女の性差を巧く利用しながら、有益なものを作り出していけばいいのだ。人間は不平等にできているという「神の摂理」に従い、男女の性差を巧く利用して、男女双方が能力を発揮できる公平な社会や経済や国家を築き上げていけばいいのである。そういった意味では、男女は「公平」なのである。「平等ではなく公平」という、この世の真理に目覚めれば、人間は自分の人生が成功し始めるのである。

 我々日本民族は、結婚すれば、夫を家長にし、妻が家庭内の実権を握ることで、家庭内の平安を保ってきたのだ。その家庭内の平安を、なんの実績もない男女平等という理念でブチ壊してはならないのだ。我々の祖先が築き上げてきたものを頑までに守り続けることなのである。男女平等を唱える国ほど、夫婦間暴力や児童虐待や離婚や殺人が多いものだ。男女平等は結局、結婚や夫婦や家庭といったものを破壊せずには気が済まないのだ。なぜなら、男女平等は異性に対して凄まじいまでの憎しみを持っているからだ。では、どうして人はこれほど危険な男女平等を唱えてくるのか?

 それは、「人間は自分に夢がないと、必ず平等を唱え始める!」のだ。

 自分に夢がないゆえに、すべての人間を平等にするという異常極まりない夢を持ち始めるのである。人間を平等にするなどというのは、自分の本当の夢ではなく、「偽りの夢」でしかない。その「偽りの夢」で自分の頭を洗脳してしまうのである。だからこそ、平等を唱えると、自分の精神的な成長がピタリと止まるのである。なぜなら、自分が本当にやりたい夢がまったく存在しなくなってしまうからだ。

●最高レベルの幸せと豊かさ

 「自然的マテニティーライフ」では、最初に妊婦が「明確な未来のビジョン」を持つことの重要性を説いた。なぜなら、それこそがその妊婦を幸せにし、豊かにしていくことに、最大の効力を発揮するからだ。人間は目標が定まっていれば、いずれそこに到着できるが、目標がなければ、いずれは脱線してしまい、自分の幸せや豊かさを破壊することを平気でやってしまうのだ。だからこそ、自分たち夫婦の将来のビジョンを明確にし、そこに向かって夫婦二人で歩き出すべきなのである。

 大事なことは、妊娠や出産や育児で、夫婦双方がウキウキワクワクの状態を作り出してしまうことなのである。この状態になれば、妊娠も出産も育児もすべてが巧く行き始めるのである。それなのに、男女平等を唱えて、夫婦がいがみあう状況になってしまったら、妊娠も出産も育児も最悪になってしまうのである。幸せな人生を送りたいのであるならば、「平等イデオロギーの洗脳」に引っかからないことである。

 人生における最高レベルの幸せと豊かさは、夫婦の二人の心が、調和し、明確な目標の達成に向かって動き出した時に生まれるのだ。夫婦の将来のビジョンを、夫婦二人で共有し、共鳴し、協調し合うと、爆発的なエネルギーが生まれてくるのだ。これこそが、太古の昔より、無数の夫婦が引き出してきたエネルギーなのであり、それによって無数の幸福を創り上げ、国家を繁栄に導き、文明を発展させてきたのだ。

 夫が後顧の憂いなく、夫が仕事で活躍できるように努め、仕事で成功がもたらせるように仕向ける妻は、その人生において最高の幸運の連続になる。妊娠したからといって、何も自分の持てるエネルギーのすべてを、妊娠に投入する必要性はないのだ。妊婦期間において、妻が自分の全エネルギーを投入するのは、出産日当日だけなのである。

 何もかも夫に頼むのではなく、自分でできることは自分で処理してしまうことだ。いくら妊娠後期に入ったとはいえ、家事を行うのが不可能になるような妊娠など起こりはしないのだ。自分がやるべきことをやたt上で、もしも、自分で処理しきれないことがあるなら、その時は夫に頼んで、夫の力を借りればいいのだ。そして、家事の分担の問題で、夫婦二人の心が離れ離れになってしまうような時は、家政婦を雇って他人の手助けを借りればいいのだ。家事の分担の問題とは、実は僅かな金額で済む問題なのである。

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妊娠後期になったら、夫に家事の仕方を教えておく

●妊娠後期における夫の役割

 妊娠や出産における夫の役割は、妻を外敵から守り、妻を妊娠させ、妊娠や出産の費用を用意し、無事に健康な赤ちゃんを産ませることである。これこそが夫の主要な役割なのである。これに妊娠後期になり、妻の体が不自由になり始めると、妻に対して生活が不自由しないようにサポートする役割が加わってくるのである。

 よく女性の学者が書いた妊娠や出産に関する書籍を見ると、この「夫が妻のサポート役に徹するべき」ことを重要視して書いているが、それは夫にとってみれば、あくまでも主要な役割を果たした上での、おまけのようなものであって、サポート役が主要な役割に取って変わるということはないのである。

 勿論、妊娠後期に入り、体の身動きが不自由になってくれば、夫が妻のサポートをしてくれれば、それは非常に有難い。しかし、夫が妻を外敵から守ることを放棄し、妊娠や出産の費用を用意できなかったら、もはや妊娠どころの騒ぎではなくなってしまうのだ。女性は自分の身の回りさえ良ければいいという考えを持つ傾向にあるので、夫の主要な役割と、おまけの役割を取り違えてはならない。自分にサポートしてくれるのは嬉しいが、それは夫としての主要な役割を果たした上での話なのである。

 サポート役としての仕事は、妻が風邪や腰痛や頭痛で家事ができなくなった時や、出産前後の時において家事を代行するというものである。妊娠後期に入ったら、すべての家事を夫が担当するのではなく、必要な時にだけ家事を代行してほしいというものなのである。だからこそ、妊娠後期に入ったら、妻は夫に家事の仕方をきちんと教えておかなければならないのだ。

 夫に家事を教える場合、家事を機械的に教えてはならない。夫に機械的に家事を教えた所で、夫が「主夫」になるわけではないのである。家事を教える時は、「家事の楽しさ」を教えればいいのだ。家事が楽しいのであるならば、夫も必要性がある時は、家事をやるようになるのだ。

 そのためには、何よりも自分自身が家事を楽しんでいなければならないのだ。妻自身が家事をすることを苦しんでいたり、つまらないと思っていたり、イラついていると、夫は家事をマスターしないし、家事を手伝ってくれなくなるのだ。実は妊娠後期や出産前後に、夫が家事を代行してくれた夫というのは、妻から楽しく家事を教えられ、家事をすることを楽しいと思ったからこそ、やってくれるのである。

 楽しさは伝染するのだ。しかし、苦しさも伝染するのだ。よく妊娠後期になって夫が家事を手伝ってくれないことが問題になるのであるが、それは妻が夫に家事を教えた最初の段階で、その後の夫の行動のほとんどが決定してしまうのである。日頃から妻が家事をやることを苦痛と思い、その上で夫に家事を教えてしまうと、夫も家事を苦痛と思ってしまい、妻が妊娠で身動きが取れなくなっても、出産しても、一切家事を手伝ってくれなくなってしまうのだ。だからこそ、最初の教え方こそが大事なのである。

●料理の仕方の伝え方

 家事の主要な仕事は、「料理」「掃除」「洗濯」でしかない。家事をいっぺんに教えてしまうのではなく、料理を教える日は料理だけを教え、掃除を教える時は掃除だけを教え、洗濯を教える時は洗濯をだけを教えた方が、効果が高くなるのだ。人間は一度にすべてのことを覚えられるわけがないのだ。その大前提を決して忘れるべきではない。

 料理を教える時は、夫の仕事が休みの日である土日に基本的な料理を教えておくことだ。決して平日にはやらないことだ。夫は仕事で疲れきっているので、平日の夜に更に何かを教えても、頭の中には入っていかないからだ。休日に夫婦二人で料理を作りながら、夫に料理の仕方を教えていけばいいのだ。

 夫は男性である以上、女性である妻とは脳が違うのだ。 妻は生活費の中で低料金で料理を作る習慣に慣れてしまっているが、夫は低料金で作れる料理には興味を示さないのだ。少し高めの金額になる豪華な料理には興味を示してくるのだ。そのため、夫に料理を教える時は、少し豪華な料理を選んで教えることだ。そして、夫が料理を作った場合、食費の出費がかさむと思っておいた方がいい。

 料理を教えた場合、夫婦で最大に揉めるのは、料理の仕方や出来上がった料理ではないのだ。実は「食器洗い」なのだ。食器洗いの仕方が解っていないと、洗剤を大量に使ったり、水を大量に使ったり、皿やコップを割ったりと、台所で悲惨な状態が繰り返されてしまうのだ。また、所定の場所に食器を戻さず、別の場所に置いてしまい、その後、台所を使う妻が「あのお皿はどこにいったの?」と探さざるをえなくなってしまうのだ。食器は所定の場所に置く。解らなければ、妻に訊くことを徹底させた方がいい。

 妻本人が余り料理が巧くない場合、「夫のためのお料理教室」に夫婦一緒で通ってみるといい。妻よりも講師から教えてもらった方が料理の腕が上達するものだし、妻も夫が教えられている際に、自分も見て覚えれば自分の料理の腕も上達するのだ。お料理教室の場合、数人や十数人でワイワイガヤガヤとやるので、上達スピードも速くなるのだ。

●掃除の仕方の伝え方

 掃除の仕方を教える時は、きちんと教えた方がいい。というのは、掃除は夫がもっとも手を抜く家事だからだ。女性は妊娠し出産し育児をするために、自分の身の回りを奇麗にして、赤ちゃんをちゃんと育てようという本能が脳の中に組み込まれているが、男性は女性と同じような脳になってはいないのだ。

 男性は狩猟を担当してきたために、獲物に向かって攻撃を仕掛けることには優れた能力を発揮してくるので、料理を作ることには関心を示しても、掃除には関心を示さなくなってしまうのだ。そのため、妻が助産院で宿泊している最中に、夫は一切掃除をやらず、妻が赤ちゃんを連れて帰宅した際には、家の中が散らかり放題というのは良くある話なのだ。これはその夫がだらしないのではなく、男と女の脳の違いなのだ。

 だから、掃除を教える時は、狩猟を行うように教えればいいのだ。家の中で特に汚れる場所は、「居間」と「台所」と「便所」である。この三箇所は、毎日掃除を行うべき場所である。例えば、居間の掃除の仕方を教える時は、埃が溜まり易い場所を教えたり、居間の掃除をする際に最短時間で最大効率が発生するような手順のいい掃除の仕方を教えるのだ。

 台所の掃除を教える時は、台所を奇麗にしていればこそ、美味しい料理を作る意欲が湧くことを教え、掃除がし終わった後に台所が整然となるようにし、その美しさを教えればいいのだ。便所に関しては、これが妻の安産と深く関わっていることを教え、「私に安産で産んでほしいなら、ちゃんと便所掃除をして」と告げればいいのだ。

 夫に掃除の仕方を教えるだけでなく、妊娠後期に一度、大掛かりな掃除をしておいた方がいい。妊娠後期に大掃除をすれば、体力もつくし、血行も良くなり、体温も上昇する筈である。しかも、家中のコナダニを除去することによって、生まれてくる赤ちゃんがアトピー性皮膚炎に罹る確率を最大限下げることができるからだ。その大掃除の際に、ついでに夫に掃除の仕方を教えておけば、自然と掃除の仕方を覚えてしまうのだ。

●洗濯の仕方の伝え方

 洗濯の仕方は掃除の際と打って変わって、夫は覚えてくれやすい家事である。洗濯が狩猟本能をくすぐるからだ。洗濯の仕方を教える際も、実は洗濯はランダムに行っているのではなく、秩序正しく行っていけば、もっとも生産性が高くなるというふうに教えていけばいいのだ。

 洗濯物の干し方で注意すべきは、夫は日中、仕事で家にいないということなのである。そのため、天候が変化した場合は、洗濯物がびしょ濡れになってしまうことがあるのだ。夫が洗濯をすべて担当するのは、出産前後でしかないので、その際は干し方に充分注意しておくことである。

 洗濯で夫婦が揉める危険性を秘めているのが、服の畳み方だ。服の畳み方は、どの家もそれぞれ癖があるので、妻が日頃やっている畳み方を教えておけばいい。但し、その服の畳み方をマスターしないのであるならば、畳まなくてもいいようにした方がいい。自分の気に入らない畳み方をされれば、それはそれでストレスが溜まってしまうからだ。

 服をきちんと畳めるなら、服の収納場所もきちんと教えておけばいい。言っておくが、妻が夫に服の収納場所をきちんと教えない限り、夫が妻の服の収納場所など決して知るわけがないのだ。もしも、教えても夫が覚えきれないのであるならば、服を収納せずに、特定の場所に置いておくようにした方が、トラブルはなくなるのだ。

 妊娠後期や出産前後では、アイロンをする作業もひと苦労にになってしまうので、できればハンカチを使わず、「ハンドタオル」にしておく方が便利である。これだけでアイロンを使う作業が激減するのだ。ハンドタオルの方が吸収性がいいし、清潔感が増すのだ。但し、欠点としては、ハンカチのようにいい柄が少ないということであろうか。

●夫婦の関係が良好でなければ、夫は家事を行わない

①家事をやってくれたら、必ず褒めること

 夫が妻のサポートをするのはあくまでも「おまけ」なのである。決して家事をやってもらうのを当然だと思わないことだ。夫が夫として主要な役割を果たした上で、更にやってくれる以上、夫が家事をやってくれたのなら、必ず褒め、感謝をいい、褒美を与えることだ。夫は仕事で全エネルギーを使い切っており、帰宅すれば疲れきっているものなのだ。その疲れ切った状態で行った以上、なんの報酬もなければ、今後一切の家事をしなくなるし、出産後の育児放棄の原因にもなりかねないのだ。

②家事をやってくれないことを批判しない

 夫は仕事をしている以上、すべての家事を代行できるわけがないのだ。それゆえ、家事をやってくれないことを批判しないことだ。批判すると、家事をしなくなるどころか、夫婦関係まで悪化してしまうようになってしまうのだ。増してや他人の夫婦と比べないことだ。疲れ切っている夫にとっては、自宅でくつろげ、疲労を回復できるからこそ、自宅に帰ってくるのである。自宅の中では、他人の夫婦がどうしようが一切関係ないのだ。

③家事を手伝ってほしければ、素直に自分の願望を言う

 妊娠後期に入った妊婦にとって、本当に夫に家事を代行してほしい回数は非常に少ないものである。本当に家事を手伝ってほしければ、素直に自分の願望を言うことだ。この素直さが非常に大事で、素直に言ってくるなら、夫は重要性があると判断して、可能な限り家事を代行してくれるからだ。妻が回りくどく言うと、夫は必要性がないと判断してしまい、家事を代行してくれなくなるのだ。

 夫婦の関係が日頃から良好でなければ、夫は家事を代行しないものだ。それゆえ、家事を機械的に教えるより、日頃から夫婦仲を良くしておくことの方が大事なのである。夫が家事を手伝ってくれないと騒いでいる既婚女性たちは、その夫が家事を手伝わないこと自体に問題があるのではなく、夫婦関係が既に悪化していることの方が問題なのだ。

 妊娠後期に入ったからといって、夫を改造しようとするな。夫がいくら家事を代行してくれるからといって、夫が「主夫」になってしまえば、本末転倒なのである。夫が台所をウロチョロしていれば、妻にとっては邪魔なものだし、夫が料理や皿洗いをしているようでは、妻の料理の腕は永遠に上達しないものだ。夫の主要な役割は、あくまでも妻を外敵から守り、生活費を稼いでくることであって、家事をやってもらうことではないのだ。

 仕事のできる男性ほど、やはり仕事にエネルギーを集中させてくるのだ。いくら妻が妊娠しているからといって、家事に向けられるエネルギーはごく僅かなのだ。妊娠後期に夫に家事を教えた所で、何度も家事をやってくれるわけではない。夫が家事をやってくれる確率は、平均で50%であり、悪ければ20%から30%なのである。まあ、2回頼んで。1回やってくれれば、それは幸運なことだと思うことだ。

 百獣の王ライオンを飼い犬にしてしまうこと勿れ。ライオンは大草原を疾駆し、獲物を獲得するからこそ、百獣の王として君臨することができるのである。大事なことは、本当に家事を手伝ってほしい時は、手伝ってほしいということなのである。自分の望みをすべて通してしまうのではなく、自分が本当に必要な時にだけ、夫が手助けしてくれるようにすればいいのだ。

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骨盤ストレッチ ~安産を生み出す骨盤ストレッチ~

●安産を生み出す骨盤ストレッチ

 妊婦の安産を決定づけるものとして、「筋肉の量」と「体の柔らかさ」がある。体に筋肉の量が多ければ、それだけ体温が高く、胎児を排出させるパワーを持っているということなのである。体が柔らかければ、それだけ子宮口や産道が開きやすくなるし、体力も出やすくなるのだ。筋肉量と柔軟性がミックスしてこそ、妊婦がその持てるパワーを充分に発揮できるようになるからだ。

 10代の女性の出産で早産や難産が少ないのは、女性の体に筋肉量が多く、体が柔らかいからだ。しかし、女性も26歳を過ぎると徐々に筋肉量が落ち始め、体から柔軟性が失われていく。徐々に進行してくるために、当の本人が気付かないが、26歳から早産や難産が徐々に増加し始め、30代後半にもなれば、早産や難産の発生率が高い数値をマークしているのだ。

 しかも、現代人の体は硬くなっているのだ。農業や漁業や酪農をやっているなら、仕事で充分すぎるほどに体を使うために体が硬くなることはないが、文明化され、近代化されればされるほど、仕事において肉体を使うことが少なくなり、そのために体が硬くなってしまうのだ。

 妊婦の筋肉量や柔軟性が、安産と密接な関係にあると気付いたのは、助産婦たちである。これこそ戦後の助産婦たちの最大の功績なのだ。助産院では、妊婦たちにスポーツをすることを勧め、自らも妊婦体操を妊婦たちに指導している。助産院でなぜ妊婦体操を行うかは、妊婦が体の硬いままで出産に及んでしまうと、早産や難産になったり、帝王切開手術の必要性が生じて来てしまうため、それを未然に防ぐためであるのだ。

 助産婦の腕の良し悪しは、妊産婦を病院送りにしない確率が少ないことで解る。助産婦の仕事は出産において出産を手助けするだけではないのだ。妊婦に安産で出産してもらえるようにするために、妊娠中に的確な指導をしていくことこそが、実は助産婦としての仕事の大半を占めるものなのだ。だから、妊娠中に妊婦に体を動かさせ、筋肉量を増やし、柔軟性を高めてあげれば、出産を安産にすることができるようになるのだ。

●体は使わなければ硬くなる

 使わない筋肉は痩せ衰え、使わない筋肉は硬くなる。この人間の肉体における当たり前の現象を知らない女性たちが多すぎるのだ。高校生までは体育の授業で運動するから、筋肉量も柔軟性もあるが、高校を卒業してしまえば、自分の意思で積極的にスポーツをしていかないと、筋肉量は減少し、体から柔軟性が失われてしまうのだ。

①座る仕事が多い女性

 特に気をつけた方がいいのは、「座る仕事が多い女性」だ。デスクワークでは、体をほとんど使わず、しかも、仕事が終わっても頭が冴えてしまっているために、人とお喋りをすることに時間を費やしてしまい、そのため、ほとんど体を動かさない生活を繰り返してしまうのだ。

②猫背の女性

 女性にとって姿勢というものが非常に重要になってくる。「猫背の女性」は、猫背であるために、常に背筋や腹筋に緊張がかかっており、そのために、筋肉が硬直してしまい、それに応じて筋肉量も減少してしまうのだ。猫背の女性に限って、早産や難産の確率が異様に高いのは、背筋と腹筋の硬直が凄まじいからなのだ。

③家事を余り行わない女性

 自宅で「家事を余り行わない女性」も、体が非常に硬くなっており、筋肉量も少なくなっている。家事は女性にとって最も適した運動であり、家事をするだけで充分に筋肉が付き、体も柔軟になってくるものなのだ。家事はそれだけ体を動かす、地味ながら激しいスポーツなのだ。

 家事とスポーツのどちらが重要かといえば、圧倒的に家事である。家事は毎日できるから、筋肉がしっかりとつき、体も柔軟になっていくのだ。スポーツを勧めても、意図的でない限り、毎日できるものではないのだ。仕事をしている妊婦に、毎日、筋肉トレーニングをするように勧めても、毎日できるわけではないのだ。週に2回から3回やってくれれば、充分なのだ。しかし、家事はその妊婦がグータラ妻でない限り、毎日行うものなので、家事をすればするほど、妊婦の体に筋肉はつき、柔らかくなっていくのだ。

●骨盤ストレッチの基本形

 助産院に行けば、助産婦から妊婦体操を指導されるので、これは真面目に受けておいてほしい。現代の女性たちからは、意図的にスポーツをしてこない限り、体の柔軟性が失われており、妊娠中に妊婦体操をしない限り、早産や難産で苦しむことになってしまうのだ。

 今回は、助産院で妊婦体操を受けたという前提で、更に安産に非常に効果のある「骨盤ストレッチ」を教えておく。骨盤が柔らかければ、出産時に子宮の動きが良くなり、産道も広がり易くなるので、安産にすることが可能になるのだ。骨盤ストレッチは、骨盤に重点的にストレッチを行うことで、骨盤の柔軟性を増すものなのだ。

①太腿を伸ばす

 まず、太股を伸ばして、太股の筋肉を柔らかくすることだ。腰の筋肉は太股の筋肉と深く繋がっており、太股の筋肉を柔らかくしていくと、腰の筋肉も自然と柔らかくなっていくのだ。両足を投げ出して座り、前屈をする。お腹が大きくなってきたら、足を開いて、前屈をすればいい。それから、正坐をして、上半身を後ろに下げて、太股の筋肉を伸ばす。両足でやるのがきつければ、片足だけ伸ばして、半分ずつ行えばいい。

②腰を捻る

 四股を踏んだ状態になって、両手を両膝に置き、腰を思いっきり左右に捻ることだ。プロ野球選手のイチローが打席に入る前にやっているあの動作だ。この腰を捻る動作をしておくと、腰の筋肉が非常に柔らかくなり、妊婦にとっては出産時に骨盤が充分に動いてくれ、子宮や産道が動き易くなるのだ。

 この腰を捻る動作は、大の字に寝転がって、片方の足を反対側に持っていくことでも、充分に腰を捻ることができる。朝起きた時は、ダラダラと起きてくるのではなく、ベッドの上でこの柔軟体操をやってしまうことだ。そうすれば、1日の始めから腰の筋肉が柔らかくなっているので、1日中、体が軽く、動き易い生活を送れるようになるのだ。

③上半身の前後を伸ばす

 最後に、腹筋と背筋を伸ばすことだ。腹筋と背筋が柔らかくないと、腰回りの筋肉が柔らかくならないのだ。妊婦の場合、腹筋を伸ばす方法は、うつ伏せになって寝て、腕を引き伸ばして、上半身を思いっきり反らしていくことだ。背筋を伸ばす方法、仰向けになって寝て、両足を頭部の上に持っていくことだ。この動作はお腹が大きくなってくると、できにくくなるので、自分ができるまでの範囲でいい。

●朝と夜に行うこと

 骨盤ストレッチは、何も骨盤自体をストレッチさせるだけでなく、「太腿」「腰」「腹筋」「背筋」にストレッチを行うからこそ、骨盤が柔らかくなっていくのである。骨盤ストレッチは、最初やれば体は痛いものである、それだけ体が硬くなっていることだ。そのままの硬い体で出産に突入すれば、早産や難産になってしまうだけなのだ。だからこそ、日々行い、徐々に体を軟くしていくことだ。

 骨盤ストレッチは、朝に行うと、1日中、体が軽くなり、動きやすくなる。夜に行うと、熟睡でき、疲労が解消されるのだ。骨盤ストレッチを行うだけで、体のだるさがなくなり、やる気も湧いてくることだろう。妊婦の体が硬ければ、妊娠中は体がだるいし、何に対してもやる気などなくなってしまうことだろう。体が硬いということは、ただ単に体を硬いという肉体上の問題だけでなく、自分の精神が硬直していくという精神上の問題も生じさせてくるのである。

 仕事をしている妊婦なら、体が硬ければ、職場の人間関係で揉めてしまう筈だ。そういう時は、仕事の合間を使って、骨盤ストレッチをして体をほぐすことだ。体を柔らかくしていくと、自分の心も柔らかくなり、職場の人間関係もスムーズに行くようになるのだ。産休に入っている妊婦なら、仕事がないということでグータラとしてしまいがちだ。妊婦が自宅でダラダラとしていれば、愛し合っていた夫との間ですら、人間関係に亀裂が入ってしまうものだ。産休に入ったら、毎日、骨盤ストレッチを行って、体を柔らかくし、夫婦関係を良好に努めることだ。

 骨盤ストレッチは、臨月に入ったら、絶対に毎日行った方がいい。臨月になればさすがにお腹が最大化するので、骨盤ストレッチがやりにくくなるが、この臨月で骨盤が硬くなってしまえば、難産は確実になってしまうのだ。臨月こそ、骨盤ストレッチが重要になってくるのである。臨月において毎日、骨盤ストレッチをしておけば、体は非常に柔らかくなり、安産は確実になることだろう。 

 陣痛が始まったら、すぐには出産するわけではないので、陣痛直後に骨盤ストレッチを行うことだ。どんなにお腹が痛くなっても、骨盤ストレッチの腰を捻る動作はできる筈だ。陣痛直後に腰回りを柔らかくしておけば、骨盤が出産に向けて自由に動けることになり、安産を決定的なものにさせることができるようになるのだ。

●日常生活で動きまわること

 体を日頃から柔らかくしたいのであるならば、日常生活で動き回ることだ。これは赤ちゃんを産んでみれば解ることだが、赤ちゃんは寝ている時以外は、とにかく何かしら体を動かしているのだ。だからこそ、赤ちゃんは人間の中で最も柔らかい体を持つのだ。これに対して老人たちは、とにかく体を動かさなくなっていく。体を動かさなければ、より体は硬くなっていくので、より動かなくなっていく。そういう生活を繰り返していくと、寝たきりの生活になってしまうのである。

 だから、妊娠中といえども、体を動かさないようなグータラな生活はやめて、日常生活の中でとにかく動き回っていくことだ。家事や仕事やスポーツに打ち込み、体を動かしていくことだ。体は日頃から動かしておけば、それだけ筋肉が付き、体に柔軟性が増してくるのだ。妊産婦体操も骨盤ストレッチも、妊婦が日常生活で体を動かしているからこそ、最大の威力を出産時に発揮することができるのである。

 それから妊婦が気をつけるべきことは、同じ姿勢で長時間居続けないことだ。人間の体は不動の姿勢を一番嫌うのだ。特にテレビを見ている時や、読書をしている時や、パソコンをやっている時などは、同じ姿勢で長時間居続けてしまうために、体が硬くなっていってしまうのだ。

 それゆえ、これらの作業をしている時は、ジッとしていないことだ。必ず30分経ったら、その場を離れて体を動かすことだ。それから、作業をやっている時でも、内股を擦ることだ。内股を擦ると、内股の経絡が刺激され、安産に成り易くなるのだ。次にお腹を擦ることだ。お腹を擦ると、お腹の経絡が刺激され、安産に成り易くなるのだ。更に腰を擦ることだ。腰を擦ると、腰の経絡が刺激され、安産に成り易くなるのだ。テレビを見ようが、読書をしようが、パソコンをしようが、内股やお腹や腰を手で擦ることぐらいできる筈だ。

 そして、日常生活では胸を張って生活することだ。姿勢が正しければ自然と筋肉がつき、体も緊張しないようにできているのだ。特に猫背の女性は、猫背を矯正するベルトでも買ってきて、妊娠中に猫背を治しておくことだ。そうすれば安産にもなるし、しかも、見栄えが良くなり、若さと美しさを手に入れることができるのだ。

 妊娠期間は無限にあるのではない。妊娠期間は10月10日間しかないのだ。妊娠中はダラダラと過ごさないことだ。妊婦としてやるべきことはたくさんあるのだ。限られた時間を、最大限有効的に使うからこそ、筋肉がつき、体は柔らかくなり、安産に向く体になっていくのだ。妊婦が妊娠中にどうやって過ごしてきたかの結果は、ちゃんと正直に出産時に現われて来るのだ。

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妊娠後期における便秘解消の方法

●妊婦と便秘

 妊娠6ヵ月を過ぎて徐々にお腹が膨らんでくると同時に起こるのが、「便秘」である。妊娠後期に現われてくる便秘こそ、妊婦たちを苦しめ、早産や難産に引き摺りこんでしまう恐ろしい便秘なのだ。妊娠6ヵ月以降の便秘は、それまでの便秘と明らかに違うのだ。この便秘が起こると、便秘だけの症状に納まらず、「腰痛」や「頭痛」といった症状も併せて出て来るのだ。腰痛や頭痛が単独で起これば、それはそれだけの原因でしかないが、便秘の後に腰痛や頭痛が来れば、これは明らかに便秘を原因とする腰痛であり、頭痛なのだ。

 便秘の後の腰痛は、もはや立っていられないほどの痛みを伴うし、睡眠中も寝ていられないほどの痛さなのだ。便秘の後の頭痛も、もはや家事や仕事をこなすことが不可能になってしまうくらいの頭痛だし、この頭痛を引き金に夫婦関係を始めとして、妊婦の様々な人間関係の至る所でトラブルを起こしてしまうのだ。

 便秘によって大腸に老廃物や毒素が溜まってしまうと、そこから非常に汚い水分を吸収して腎臓で濾過するのだが、余りの汚さに腎臓が奇麗な水分を作ることができず、汚い水分を供給することになってしまい、そのため血液を製造する機能を持つ腰が異常を来たし、人体の中でもっても高度な機能を持つ脳が異常を来たして、それぞれ腰痛や頭痛といった痛みを発して本人にその異常事態を知らせるのだ。

 腰も脳も、人体の中でもっとも重要な器官であるために、もっとも奇麗な水分を使用しないと巧く作動してくれないのであるが、便秘によって供給される水分が汚くなってしまうと、腰も脳も巧く作動してくれなくなってしまうのだ。腰痛や頭痛は、それ自体が問題なのではなく、実は腰や脳が巧く作動していないことこそが問題なのだ。

 妊娠後期になっても便秘をせず、毎日順調に排便をしてる妊婦は、腰痛も頭痛も起こらず、体内は奇麗な水分で満たされているので、早産も難産も起こらず、圧倒的に優位な状態で安産に持ち込めるのだ。しかし、妊娠後期になって便秘をし、腰痛や頭痛に襲われていると、体内は汚い水分で充満し、腎臓や肝臓の機能が極度に低下し、早産や難産に陥ってしまうのだ。だからこそ、妊娠後期になったら、便秘などせず、日々の排便に心掛け、安産を確実なものにするのだ。

●妊娠6ヵ月以降の便秘の原因

①胎児が内臓を圧迫するから

 妊娠後期に現われてくる便秘は、「身重」が原因の便秘である。大きくなった胎児はよりによって、母親の小腸や大腸を圧迫してくるのだ。これがために小腸や大腸の機能が低下し、便秘になってしまうのだ。お腹の赤ちゃんが大きくなればなるほど、便秘が悪化していくのは、これが最大の理由なのだ。

 哺乳動物は、人間以外はすべて四足歩行なので、雌が妊娠したとしても、胎児は地面に向かって重力を落とすために、母親の内臓を圧迫することなどないが、二足歩行の人間が妊娠した場合、重力の関係で胎児の重さの分だけ下腹部に重さがかかってくるようになってしまうのだ。このために、人間特有の妊娠時の便秘が生じてしまうのだ。

②胎児の成長に対して食事の量が少なすぎる

 胎児の圧迫によって小腸や大腸が機能を低下しても、そこに多くの食物が入ってくれば、小腸も大腸も機能を低下させつつも、それを処理していかざるをえず、便秘になることはない。それゆえ、もうひとつの有力な原因として、胎児の成長に対して、妊婦の食事の量が少なすぎるという原因が挙げられるのだ。

 妊娠後期に入ると、胎児はより大きくなってくるので、より多くの食事を必要とするのだ。特に便秘を起こす妊婦は、炭水化物の量が不足しているのだ。炭水化物は、精白さえしていなければ、大量の食物繊維を含んでいるので、多く摂取すれば、便秘になどなりようがないのだ。

③運動不足でお腹が硬くなっている

 妊娠後期の便秘を引き起こしてくる妊婦は、運動不足でお腹が硬くなっており、そのために便秘を悪化させるということをしでかしてしまっているのだ。特に腹部の「筋肉の低下」と「筋肉の硬直」によって体温が下がってしまい、体温が下がれば、内臓の機能もより低下してしまうのだ。そのために、便秘がより悪化してしまうのだ。

●便秘解消の方法

①朝の定時に便器に座る

 便秘解消の最善方法は、朝の定時に便器に座るということである。排便は習慣性があるものなので、朝の定時に便器に座れば、ウンコが出るようになっているのだ。朝の5時から朝の7時までは人間にとって排泄の時間帯なので、早起きして、この時間帯で排便が行えるように習慣づけておくことだ。排便の習慣を守るというのが、便秘の最大の予防策だし、最高の解決策であるのだ。

 それから、朝の排便が終わるまでは絶対に朝食を食べないことだ。まだ、お腹の中に老廃物や毒素があるなら、まずはそれらを排出することを優先すべきである。朝の排便が終わってもいないのに、朝食を食べてしまうと、人間の内臓は排泄を後回しにして、朝食の消化吸収を最優先してしまい、より便秘が悪化してしまうことになってしまうのだ。

 便秘を解消したいなら、朝に「天日塩入りの根昆布湯」を飲むことだ。塩は内臓を引き締め、排便を促すし、根昆布のミネラル分は小腸や大腸をより活性化させて、排便を促すのだ。朝に少しだけでもウンコが出れば、大腸の環境が改善されるので、その後、朝食を食べ終わった後にも再び便意を催し、ウンコが出るのだ。便秘になった場合、1度の排便で1日の排便を終えようとするのではなく、1日に数回排便をすることで、便秘を解消していくように切り替えることだ。

②ウォーキングの量を増やす

 便秘を引き起こしてくる妊婦は、基本的に運動不足であって、そのために血液の循環が巧く行かず、体温も下がり、そのために便秘になってしまうのだ。そこでウォーキングの量を増やして、血行を良くし、体温を上げ、便秘を解消していくことだ。ウォーキングをすればするほど、便秘は解消されるのだ。

 最低でも1日1時間以上はウォーキングをするようにし、できれば生活の中でも歩く量を増やしていくことだ。可能な限り、エスカレーターやエレベーターを使わずに階段を使うとか、近くに用があるなら自動車を使わずに歩いていくとか、とにかく便利な生活を捨てて、歩く量を増やしていくことだ。この生活の中で歩く量を増やせば、自然と便秘が解消されていくのだ。

③腹筋と背筋を鍛える

 便秘になる妊婦は、腹筋と背筋が衰えているので、腹筋と背筋を鍛えていくことだ。但し、妊娠でお腹が膨らんでくると、通常の腹筋運動ができなく成り始めるので、お腹が大きくなってきたら、仰向けになって寝て、両足を上げ、そして下ろすという作業を繰り返すことで、腹筋を鍛えていくことだ。

 腹筋や背筋を鍛えるだけでなく、マッサージをして便秘を引き起こしている筋肉を柔らかくしてあげることだ。お腹を手で擦って、心地よくマッサージを行い、その後、胎児と大腸に間に手を突っ込み、大腸それ自体を揉んでしまうことだ。お腹の右下にある「大腸のツボ」を1日に2回から3回揉んでおくと、便秘が解消されやすくなる。背中の方は、夫に背中を擦ってもらうことだ。背中を優しく擦ってもらうと、腰痛も頭痛も納まり、便秘も解消されていくのだ。

④穀物を多目に摂取する

 便秘を解消する食事は、まず穀物を多目に摂取していくことだ。便秘の場合、朝食をお粥にして内臓の負担を軽くし、昼食と夕食の穀物の量を増やし、翌日の排便がスムーズにいくようにしてあげることだ。便秘を解消するなた、玄米だけの御飯よりも、「押麦入り玄米食」にしたり、「五穀米」にしたり、「雑穀食」にした方が、便秘が解消されやすい。

 穀物の大量摂取になれていない妊婦は、小さなお茶碗でご飯を食べるのではなく、どんぶり飯2杯分の穀物を摂取することだ。自分のお腹に赤ちゃんがいれば、それだけの量の炭水化物を必要とするのである。穀物の摂取量が多ければ多いほど、便秘が解消され、日々の排便がスムーズに行くようになるのだ。

⑤食物繊維を多目に摂取する

 便秘を解消したければ、「寒天ヨーグルト」や「蒟蒻」や「キンピラゴボウ」といった、食物繊維の多い食べ物をきちんと摂取していくことだ。食物繊維はいわば腸の掃除を行う役割を果たしてくるので、食物繊維が多ければ多いほど、腸内の掃除人が増えるというものなのだ。

⑥発酵食品

 便秘になるということは、腸内環境が悪化しているということである、善玉菌の活動が弱まり、悪玉菌の活動が活発になっているのだ。そこで、「糠漬け」「納豆」「キムチ」を食べることで、腸内環境を改善して、便秘を解消できるようにすることだ。特に糠漬けは日々自宅で作り、毎日食べて、地道に腸内環境を改善していくことだ。納豆は夕食時に食べた方が効果があり、3パックを1度に食べると、物凄く便秘解消に効果がある。

⑦四つん這いになって胎児による圧迫を軽減する

 妊娠後期の便秘が、胎児による圧迫で発生する以上、四つん這いになって歩き、たまにはその圧迫を軽減してあげることだ。特に腰痛が起こり始めたなら、家の中を四つん這いで歩き回ると、腰痛が非常に軽減する。その際、お腹や背中や腰や太股を手で擦り、大腸を手でマッサージして、体の血行を良くすると、便秘解消に効果がある。

●妊娠後期の便秘の切り札:「油ニンニク唐辛子味噌」

 妊娠後期の便秘は、便秘だけでなく、腰痛や頭痛もともに発症してくるので、「便秘」「腰痛」「頭痛」の三つを一気に解消していくことが、必要不可欠になる。そこで、妊娠後期の便秘の切り札として、「油ニンニク唐辛子味噌」を使って、「便秘」「腰痛」「頭痛」の三つを一気に解消することをお勧めする。

 この「油ニンニク唐辛子味噌」の作り方は、まず、大量のニンニクを細かく切り刻んで、そのニンニクをゴマ油で弱火で炒め、ニンニクの臭いを消す。そこに一味唐辛子を自分の好みの分量を入れる。そしてそこに味噌を入れて出来上がり。より甘味を増したいのであるならば、これにミリンと黒砂糖を加えてもいい。より香りを増したいのであるならば、柚子や柚子胡椒を入れるのもいい。

 この「油ニンニク唐辛子味噌」を使って味噌汁を作るなら、鶏ガラとニンニクと生姜と長ネギでダシを取り、そこに好みの具材を入れ、油ニンニク唐辛子味噌を溶かせば出来上がり。できれば具材は食物繊維の豊富なワカメがいい。この味噌汁を飲めば、どんな妊婦でも、 翌朝に非常に臭いウンコが出まくり、これで便秘が解消され、腰痛は緩和し、頭痛もなくなってしまうのだ。

 切り刻んだニンニクを、ゴマ油を使って弱火で炒めると、アホエンという物質を最大量抽出でき、その強力な抗酸化作用で腸内の悪玉菌を撃退し、このアホエンが脳に送られると、脳が活性化し、頭痛が一気に解消されるのだ。一味唐辛子は、腸内を活性化し、排便を促すためのものだ。味噌は腸内の善玉菌を増やし、体温を上昇させ、便秘を解消して排便を促す。味噌に含まれる「ビタミンB12」は赤血球を形成させ、痛みの対する過剰な反応を防ぐために、腰痛が緩和されてしまうのだ。また、味噌に含まれる「レシチン」は、脳細胞が活性化し、神経系が正常に作動するようにするために、頭痛が消滅してしまうのだ。

 ニンニクと一味唐辛子と味噌の三つを掛け合わせると、妊娠後期の便秘に凄まじいほどまでに効果のある食材に早変わりしてしまうのだ。「油ニンニク唐辛子味噌」を味噌汁だけに使うのではなく、「野菜炒め」や「レバニラ炒め」や「焼肉のタレ」や「煮込みうどん」など様々な料理に使えば、食事を美味しく食べられるし、便秘も解消されていくのだ。

 妊娠後期になって、便秘や腰痛や頭痛で苦しむよりも、ちょっとばかしアイデアを利かして、妊娠後期に食べる料理に工夫をもたらすことだ。たったそれだけのことで、妊娠後期の便秘や腰痛や頭痛が解消されてしまうのだ。何事も自分が行動を起こせば、悩みは解消されていくのだ。

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身重になると頻尿になる ~妊娠後期に起こる頻尿は、実は出産においてとっても大事な役割を果たす~

●出産前に必ず起こる頻尿

 妊娠もいよいよ後半に入り、徐々にお腹が大きくなっていくと、頻尿が始まる。小便の回数がやたらと増えるし、何度しても小便が勢い良く出て来るのだ。これはお腹の赤ちゃんが順調に育っている証拠で、出産前に行われる重要な水分調整なのだ。お腹の赤ちゃんは自分の出産において奇麗な水分を使用したいので、母親の体内の汚い水分を除去するように促すのだ。

 お腹の赤ちゃんの近くには「腎臓」や「膀胱」があるので、大きくなったお腹の赤ちゃんによって「腎臓」や「膀胱」が圧迫されるのだ。そのため、腎臓は通常よりも活発に活動し、膀胱も通常よりも大量の尿を溜め込むことはできなくなり、小便の回数を多くして尿を排出する指令を脳に送るのだ。

 この妊娠後期に現われてくる頻尿は非常に大切な頻尿で、頻尿を起こすことで、母親の体内の「塩分濃度」と「酵素水分濃度」を高くして、出産し易いようにさせるのだ。塩は神経と筋肉が正常に作動させ、炭水化物の消化吸収を助けてエネルギーを溜め込んで、出産においてエネルギー発揮しやすいようにさせる。しかも、出産自体が月の引力を借りで行うものなので、産婦の体内の塩分濃度が高くなれば出産し易くなり、体内の塩分濃度が低くなれば出産が早産や難産に変わってしまうのだ。

 産婦の体内の酵素水分濃度が多ければ多いほど、子宮口が開くのが早く、お腹の赤ちゃんも胎内から産道を通って、外界に出るスピードが速くなるのだ。これは酵素水分濃度の高い10代後半の女性や、20代前半の女性の出産が、出産時間が短いということでも解る。何も若いから出産時間が短いのではなく、体内の酵素水分濃度が高いからこそ、出産時間が短くなるのだ。

 妊婦の体内の塩分濃度と酵素水分濃度が高ければ、安産になる確率が飛躍的に高まるのだ。それゆえ、妊娠後期に起こる頻尿できちんと小便をしまくって、出産において不要な汚い水分を排出してしまうことだ。自分の体内に汚い水分が少なければ少ないほど、それだけ奇麗な水分が多いということであり、出産がし易くなるのだ。

●早産や難産になる妊婦は、この時期に水をガブ飲みしてしまう

 早産や難産になる妊婦は、この頻尿が起こる時期に水をガブ飲みしてしまうのだ。それこそペットボトルを片手に、小便が終われば水を飲むということを繰り返してしまうのだ。この妊娠後期に起こる頻尿は、実は出産において重要な役割を果たしているという知識がないと、ここで誤った選択を選んでしまうのだ。水をガブ飲みした結果が、早産であり難産なのだ。

 この時期に水をガブ飲みしてしまうと、塩分濃度と酵素水分濃度が低下してしまい、その結果、早産や難産になってしまうのである。この頻尿が起こったとしても、体を充分に動かしていれば、喉が渇くことない筈だ。食事以外での水分摂取は、基本的に喉が乾かない限り、水分摂取をしないことだ。

 頻尿が始まったら、「水」それ自体の摂取は基本的にやめておくことだ。水は排便を促すために朝一杯の水を飲む以外、水それ自体を摂取しないことだ。水それ自体は塩分濃度をもっとも下げてしまうので、妊娠後期にはもっとも避ける液体なのだ。それから清涼飲料水や牛乳といった体を冷やす飲み物は、絶対に摂取しないことだ。清涼飲料水も牛乳も、血糖値を上げすぎてしまうことでは共通しており、そのために出産時に充分な体力を発揮できなくなってしまうのだ。

 冷たい飲み物や、体を冷たくする飲み物を好む女性は、元々冷え性になっている可能性が高いので、体を冷やす飲み物を避けるだけでなく、体を温める努力をしておくことだ。家事やスポーツに励んで、自分の体温を36.5℃以上に確実に持って行くことだ。毎日、体温計で計っていると、これはこれでストレスになるので、自分の体が冷えたなと思う時に、体温測定をしておくことだ。体が冷えているなら、体を動かして、体温を上昇させればいいのだ。

 妊娠中だけでなく、通常の生活の水分摂取は、食事中に水分摂取をしている限り、それほど害悪を垂れ流さない。それゆえ、四六時中、無闇に水分摂取をするのではなく、食事の時に水分摂取を図ることを心掛けることだ。勿論、客人とお茶を飲むのは必要である。しかし、無闇にダラダラと水分を摂取しないことだ。これは自分が本当に飲みたいのではなく、悪い習慣で飲んでいるにすぎないのだ。日頃の悪い習慣の結果は、確実に出産時に現われてくるので、妊娠期間中に悪い習慣は捨て去っておいた方がいい。

●頻尿時の水分摂取の仕方

①朝食でフルーツをきちんと摂取する

 頻尿が始まったら、自分が出産し易いように、日頃の水分摂取を変えていくことだ。まずは、朝食でフルーツをきちんと摂取しておくことだ。朝のフルーツこそが、もっとも多くの酵素水分を吸収させることになるからだ。「朝のフルーツは金」なのだ。フルーツは、旬な物を選ぶことだ。季節外れのフルーツは摂取しないことだ。春には春のフルーツを、夏には夏のフルーツを、秋には秋のフルーツを、冬には冬のフルーツをきちんと摂取していくことだ。

②野菜ジューずを飲む

 野菜にも酵素水分が含まれているので、野菜を大量に摂取していくことだ。但し、野菜は料理に使って加熱処理してしまうので、そうすると酵素水分が破壊されてしまうのだ。そのため、野菜摂取の基本はサラダや漬物ということになる。ただ、これでは大量に野菜を食べれないので、野菜ジュースを作り、飲んでしまうことだ。お勧めは、「小松菜ジュース」である。小松菜は年柄年中手に入るので、これをジュースにして飲めば、充分すぎるほどの酵素水分やビタミンやミネラルを摂取できるのだ。野菜ジュースは小松菜ジュース以外にも、自分な好きな野菜をジュースにして飲めばいい。 

③食事のたびに味噌汁を多目に飲む

 胎内の酵素水分を高めるためにフルーツや野菜を多目に摂取しても、多くのフルーツや野菜は体温を下げるというマイナス点があるのだ。そこで、食事のたびに体を温める効果のある味噌汁を多目に飲むことだ。味噌汁自体が、発酵食品であり、酵素が大量に入っているし、妊娠や出産に必要なビタミンやミネラルが豊富に入っているのだ。味噌汁の摂取量と、安産の率は正比例するのだ。

④ローズヒップティーを飲む

 食後のお茶や、食事以外で飲むお茶は、可能な限り「ローズヒップティー」にすることだ。ローズヒップティーは、レモンの30倍ものビタミンCが入っているので、これだけビタミンCを大量に摂取すると、出産時には安産になるのだ。しかも、ローズヒップティーは体を冷やさないという最大の利点があるのだ。だからこそ、ローズヒップティーは西ヨーロッパの貴族や上流階級の人々に好んで飲まれ、子孫繁栄に一役買ってきたのだ。

⑤天日塩をきちんと摂取する

 妊娠中は、化学塩をやめ、天日塩を摂取することだ。天日塩の摂取こそが、安産を決定づけるといっても過言ではないのだ。天日塩はお腹の赤ちゃんの成長には必要不可欠だし、そして何より、出産時には月の引力を呼び込むために最大の効果を発揮するのだ。それゆえ、天日塩をきちんと摂取していくことだ。朝に「天日塩入り根昆布湯」を飲み排便を促し、料理で天日塩を使用すれば、妊娠や出産に必要な天日塩を充分に摂取できる筈だ。

●尿意を感じたら、すぐさま便所に行く

 妊娠後期に現われてくる頻尿の場合、妊婦が小便をすればするほど、出産を安産にすることができるのだ。それゆえ、尿意を感じたら、すぐさま便所に行き、小便をしまくることだ。妊婦の中には、小便に行くことを恥ずかしがる女性もいるので、頻尿の際は尿意を感じたらすぐさま便所に行き、小便をしまくることだ。尿意を感じたのに、小便をしなかったら、そのツケがお腹の赤ちゃんにまで及んでくるのだ。

 特に友達とお茶をしている場合、頻尿でその場を中座することは決して悪いことではない。その友達に妊娠後期になると、頻尿が始まるという事実を告げれば、その友達には理解してもらえるだろうし、失礼にはならない筈だ。友達に伝えておくべきことは、黙っていないで、きちんと伝えておくことだ。

 また、妊娠後期になって仕事をしている妊婦は、この時期に頻尿が起こることを、上司や同僚や部下に伝えておいた方がいい。余りにも便所に行く回数が多いと、仕事をサボっていると思われてしまうからだ。中でも要注意なのが、未婚の女性たちで、妊娠したことがないから、この妊娠後期の頻尿を経験したことがないし、頻尿が起こるということも知らないので、頻尿を理由に思わぬ嫌がらせを受け、要らぬストレスを抱え込んでしまう可能性もあるのだ。

 夏になると、小便の回数がより多くなるので、尿意を感じたら、すぐに便所に行って小便をすることだ。いくら夏が暑いからといって、冷房に当たっていると、体が冷えてしまい、充分な小便ができなくなるので、夏は冷房に当たっていないで、体を動かし、汗を流すことだ。体を動かしていれば、血行が良くなるので、小便も順調に出るようになるのだ。

 冬になると、小便の回数が少なくなるので、少しでも尿意を感じたら、すぐに便所に行き、小便を済ましてしまうことだ。冬になると早産や難産が増えるには、妊娠後期に充分な小便をしていないために、汚れた水分を体内に溜め込んでしまうしまうからなのだ。それゆ、冬は意識して、小便をすることだ。いくら冬が寒いからといって、暖房ばかりに当たっていると、小便の回数が少なくなり、その分、お腹の赤ちゃんには汚い水分を与えてしまうのである。寒い冬でも家事やスポーツに励んで、体の血行を良くして、小便をしまくることだ。

 妊娠後期の頻尿が始まったら、とにかく、家事やスポーツをしたり、読書をして、心身を使い、より小便の回数や小便の量を増やしていくことだ。それだけ妊娠後期の妊婦には、不要な水分を溜め込んでいるということなのである。その不要な水分を除去してしまえば、早産や難産を回避することができ、安産は確実なものになっていくのである。

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「安産という暗示」が、安産を産む

●人間は暗示で8割以上動かされる

 妊娠して妊娠6ヵ月も過ぎると、お腹が出てくるので、お腹の赤ちゃんの存在が具体的に感じられ、出産時には安産で産みたいという願望も強くなってくる。女性は妊娠すれば、安産で産みたいというのは、今まで多くの妊婦が願い続けて来たことだし、妊婦自身が強く安産を願うからこそ、出産時に安産が実現してしまうのである。

 人間を動かしていくもので大事なものは、「欲望」なのである。欲望こそが、人を突き動かしているのである。ところが、人間には誰しも欲望があるのに、人間の欲望を否定しようという考えが罷り通ってくるので、要注意なのだ。仏教のよう「煩悩の炎」を吹き消そうとしたり、「少欲知足」で人生が巧く行くわけがないのだ。人間は妊娠すれば、安産で産みたいし、産めば産んだで、赤ちゃんが健康に育ってほしいと願うものだし、そして、この子が将来、立身出世してほしいと願うものなのだ。欲望を否定して、自分の欲望を否定できることはないのだ。我々にできることは、自分の欲望を自分が自己統御していくことだけなのである。

 要は、自分の欲望の使い方なのである。人間の欲望は、自分の「意思」で動かされるとともに、「暗示」でも動かされてしまうのである。しかも、自分の意思で動かす欲望はせいぜい2割で、残りの8割は暗示で動かされてしまうのだ。例えば、夫婦双方の家系に安産で産んだ女性たちが多いのであるならば、自分が安産で産む確率が非常に高まっていく。なぜなら、安産で産んだ女性たちが親戚に多いので、自分も安産で産めてしまうという暗示にかかっているからだ。

 勿論、自分の意思によって安産で産みたいという願望は大事である。その願望がなければ安産に持ち込む確率は低くなることだろう。しかし、人間は自分の意思だけですべてのものが動かせるのではなく、暗示というものによって大いに動かされてしまうのだ。だから、安産で産みたければ、自分の家系や、夫の家系を調べてみることだ。親戚たちに話を聞いてみることだ。安産で産んでいる女性たちが多ければ、自分も安産で産める確率が高くなるし、逆に早産や難産の女性たちが多いのであるならば、そのまま出産しては危険なので、自分の出産になんらかの対策を打てばいいのだ。

 これは夫婦関係にも言えて、妻が自分の意思で夫を動かせるのは2割程度しかないのだ。残りの8割は意思ではなく暗示で動いてくるのである。それゆえ、自分の夫が思い通りにならないといって、夫の悪口を言っていると、夫はその通りの人間になってしまい、暴力を振るったり、浮気をしたり、稼ぎを家計に入れない男性に様変わりしてしまうのだ。夫婦関係以上に密接な人間関係はないので、その者が持つ暗示の力が如実に現われてくるのである。だから、日頃から「うちの夫はいい旦那だ」とか、「うちの夫は将来、大金持ちになる」とか、「うちの旦那は将来、出世する」とか、現実にはそうではなくても、夫や自分に良い暗示をかけておくことだ。そうすると、その通りのことが、将来、現実化してくるのである。

●成功したくば、最悪の事例を知っておく

 人間は暗示で動かされてしまう以上、暗示の使い方を是非とも覚えておくべきだろう。それは「成功したくば、最悪の事例を知っておく」ということだ。暗示というものは、もしかしたら最悪の事態が起こってしまうのではないかと、心の中で思い続けていると、本当に現実に最悪の事例が起こってしまうのだ。

 だから、最悪の事例を明確にし、最悪の事例というものは、こういうものなんだと知っておくことだ。最悪の事例を知っておくと、その最悪の事例はほとんど起こらなくなるのだ。また、万が一、最悪の事態に陥っても、最悪の事例を知っておけば、対処法を知っているので、冷静に対処できるのだ。

 妊娠や出産にしても、流産や早産や難産があるという最悪の事例を知っていれば、「妊娠や出産ではこういう最悪の事態が起こるから、それを回避しなければならない」と、どの妊婦も思う筈だ。妊娠しても、「自分は大丈夫だ」と安易に構えていては、自分が願うのとは逆に、いくらでも最悪の事態が発生してくるのだ。

 安産三原則にしても、最高の事例から安産三原則を生み出していったのではないのだ。最悪の事態を何度も繰り返したからこそ、最悪の出産を回避するために、「体を冷やさない」「妊娠中毒症にしない」「逆子にしない」という安産三原則を導き出したのである。最悪の事態があったからこそ、最高の事態を生み出すことが可能になるのである。

 妊婦にとって最悪の事例を知っておくことは、成功へのハードルを下げることになり、安産になる確率が高まるのだ。最悪の事例を一切教えず、理想的な妊娠や出産はこの通りで、妊婦はこの通りにやらなければならないと言われれば、いかなる妊婦といえども息が詰まってしまい、とてもではないが、安産に持ち込むことは不可能になってしまうのだ。だからこそ、妊娠したという目出度い時に、敢えて妊娠や出産の最悪の事例を知っておくべきなのだ。

●安産という目標を明確にする

 最悪の事例を知った上で、最高の事例を作り出す「成功のパターン」を知っておくことだ。こうすれば成功すると頭の中で組み立てることができれば、成功するべく自分の体が勝手に動いていくからだ。妊娠したら、「こういうことをしていけば、安産になりますよ」ということを知っていれば、いかなる妊婦でも安産になる確率が高まっていくのだ。

 その上で、「我が子を安産で出産したい」という願望を明確にすることだ。「母子ともに健康で出産し、お腹の赤ちゃんが五体満足で無事に生まれてくる」という自分の願望を明確にしておけば、自分の出産は実際にその通りになるのだ。自分の願望を明確にすれば、その願望は未来においてちゃんと起こってくるのである。

 だからこそ、自分の出産をどのようにしたいか、紙に書き出すことが重要なのである。この「自然的マタニティーライフ」では、どの妊娠マニュアル本にも、どの母子手帳にも、載っていないことを筆頭に挙げたのである。それは自分の将来を明確にし、それを紙に書き出すということだ。妊娠や出産における自分の願望を紙に書き出せば、自分の願望はちゃんと実現していくのである。いくら妊婦たちに妊娠や出産が巧く行くテクニックを教えても、妊婦たちはそれでは安産に持ち込めないのである。なぜなら、自分の願望が明確になっていないからだ。

 その妊婦が妊娠や出産で一体何をしたいのだという願望が明確にならなければ、その妊婦はいくらでもフラフラと寄り道や脱線をし、流産や早産や難産に陥ってしまうのだ。自分の願望が明確になっていないからこそ、最悪の事態が起こるかもしれないという暗示に引き摺られてしまうのである。願望というのは、闇雲に持った所で、決して実現してくれないのだ。最悪の事例を知り、最高の事例を知った上で、自分の願望を明確にすれば、自分の願望は呆気ないほどに実現していくのだ。

 その妊婦が安産で産みたいという願望が明確になっていれば、自然と安産経験者たちと知り合い、仲良くすることができる筈だ。安産で産みたいと願っているのに、流産経験者や、早産や難産で苦しんだ母親たちと、敢えて知り合い仲良くすることはしない筈だ。自分の願望が明確になっていないからこそ、妊娠や出産で失敗した女性たちと知り合ってしまうのだ。

●「陰陽バランスの法則」の使用法を間違えるな

 この世は決して自分の思い通りには動いてはくれない。この世は或る一定の法則のもとで整然と動いているのだ。その法則とは、「陰陽バランスの法則」である。「プラス」と「マイナス」、「男」と「女」、「天」と「地」、「太陽」と「月」、「成功」と「失敗」という、まったく正反対のものが陰陽のバランスを保ちながら動いているのだ。

 だからすべての妊婦が安産で産めるとは思ってはいけないのだ。妊婦の中には必ず流産や早産や難産を引き起こしてくる女性たちが存在してくるのだ。これはどんなに助産婦のレベルが上がろうとも、どんなに医療が発達しようとも、必ず生じてしまう非情な現実なのである。だから、我々にできることは、この「陰陽バランスの法則」を巧く使って、自分の妊娠を安産に持ち込むことだけなのだ。

 先に最悪の事例を見て、その後、最高の事例を知っておく。こうすると成功するハードルが低くなるので、その上で自分の願望を明確にしていけば、簡単なくらいに、安産に持ち込めるのだ。できれば、安産経験者たちと仲良くし、自分も安産できるという暗示を強めていけば、より安産は確実になっていくのだ。

 決して「陰陽バランスの法則」の使用法を間違えてはいけないのだ。妊娠したからといって、最悪の事例を知っておかないと、最悪の事例のドツボに嵌まってしまうのだ。自分は妊娠できたのだから、流産も早産も難産もしないだろうと安易に考えていると、その最悪の事態が実現してしまうのである。成功ばかり考えていると、マイナスに思いっきり引き摺られてしまうのだ。

 また、最悪の事例だけを知っておいて、最高の事例を考えないと、その最悪の事例が本当に実現してしまうのだ。妊娠したのに、流産や早産や難産のことばかり考え、安産で産めることを想像しなければ、流産や早産や難産は本当に実現してしまうのだ。失敗ばかり考えていると、その通りになってしまう。

 特にこの思考パターンは、大学で高等教育を受けた女性たちが陥り易いパターンなのだ。政治に対しても、経済に対しても、社会に対しても、男性に対しても、ネガティブに見るだけで、ポジティブに見ないからこそ、自分の人生が失敗し続けてしまうのである。結婚を否定的に考え、その挙句、自分が結婚できなくなってしまったり、夫婦間暴力を問題化し、その挙句、自分の結婚で実際に夫婦間暴力が起こってしまったり、児童虐待を問題化して、その挙句、自分の子育てで実際に自分が児童虐待を働いてしまったりと、最悪の事例だけを知っていて、最高の事例を知らず、自分の願望を明確化して実現していく方法を知らないからこそ、自分の人生で最悪の事態が発生してしまうのである。

 人間の人生でいくら最悪の事態が起こったからといって、いつまでも最悪の事態が続くわけではないのである。実際、流産を経験した女性も、二度と流産が起きないような対策を打ってきて、その後ちゃんと出産を果たしているのである。早産や難産で出産しても、それらの母親たちはきちんとその弱弱しい我が子を全力で育てているのである。

 最悪の事態が起こったなら、全力で対策を講じて、最高の事態になるようにしていくのが、人間の生命力の凄さなのだ。学校や大学で知識を詰め込み過ぎてしまうと、自分が持っている人間としての生命力の凄さが失われてしまうのだ。人生でもっとも大切なことをは、決して学校や大学で教えてはくれないのだ。自分が勇気を出して行動を起こし、失敗し試行錯誤しながら、掴み取っていくしかないのだ。傷つかないように生きよとするからこそ、もっとも傷ついてしまい、再起不能になってしまうのだ。

 女性が妊娠し、出産するというのは、生命力の根源たる現象のうちの一つである。だったら、自分が持っている人間としての生命力の凄さに気づくことである。人間としての生命力の凄さは、いかなる女性でも持っているのだ。頭の良し悪しや学歴など一切関係ないのだ。そうすれば、妊娠や出産でいかなることが発生しよとも、無事に赤ちゃんを産み育てることができるようになるのだ。

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安産をしたければ、テレビを見るな ~テレビの視聴時間が長いと確実に難産になる~

●テレビを見る時間が長いと早産や難産になる

 妊娠したのなら、テレビの視聴時間を制限していった方がいい。というのは、早産や難産とテレビの視聴時間は深い因果関係があるかrだ。早産や難産になる女性の大半が、1日3時間以上テレビを見ていたのだ。1日5時間以上テレビを見ていると、ほぼ確実に早産や難産になってしまうのだ。

 戦後、日本人女性の身長も伸び、体力も増加したので、日本人女性が妊娠したら、安産になる確率が高まる筈なのに、現実としては逆に早産や難産の確率が増えてしまったのだ。というのは、戦後に登場し、日本の生活に溶け込んでしまったテレビこそが、その原因なのである。

 テレビの視聴は、頭を使っていないのに、ビタミンやミネラルをやたらに浪費してしまう。テレビを見れば見るほど、妊婦は疲れきってしまい、お腹の赤ちゃんに充分なビタミンやミネラルを行き渡らせなくなってしまうのだ。胎児に必要なビタミンやミネラルが不足すれば、妊娠前期では流産が発生するし、妊娠後期には早産になってしまうし、臨月には難産になってしまうことだろう。

 テレビの視聴は、テレビを見るということ自体が受け身ゆえに、日常生活のすべての物事に消極的になってしまうのだ。テレビの視聴時間が長い女性ほど、すぐ「面倒臭い」「疲れた」「なんで、私がやらなきゃいけないの?」とか言い出し、とにもかくにも自ら積極的になって行動してこなくなってしまうのだ。妊娠も出産も或る意味、積極性の産物である。自ら妊娠しようと思わなければ妊娠できないし、出産もすることができない。それなのにテレビの悪影響のために消極的になってしまえば、すべてのものが後手後手に回ってしまい、早産や難産で苦しむことになってしまうのだ。

 結婚しているのに、テレビの視聴時間が長ければ、それに反比例する形で、夫婦の会話時間も減少してしまう筈だ。夫は仕事で常時、家に居るわけではないのだ。結婚していても、夫が在宅している時間はごく僅かなのだ。しかも、妻が妊娠したということで、夫婦で会話するネタはいくらでもあるのだ。それなのに夫婦が会話せずに、テレビを見ていたら、その後どのような天罰が我が身に降り注いでくるかは、想像がつく筈だ。

●妊娠中は暗いニュースには気をつけて

 テレビ番組の中でも。もっとも注意すべきは、「ニュース番組」である。テレビ局というのは、明るいニュースを流さず、暗いニュースばかり流してくるのだ。妊娠中に暗いニュースを見れば、気分も落ち込むし、その母親の落ち込みを、お腹の赤ちゃんも共有してしまうのだ。妊娠中は暗いニュースには気をつけた方がいい。自分一人だけが見ているのではないからだ。

 更にニュース番組で危険なのが、ニュースキャスターのコメントだ。 散々政治批判をするくせに、建設的な意見を述べないのだ。ニュースキャスターのコメントを聞いていると、日本の政治家たちは、物凄い悪政をやっているような感じになってしまうのだ。しかし、日本の政治家たちがどのような政治をしようが、憲法や法律で政治権力に制限がかかっている以上、それほどひどい政治をすることはできないのだ。日本の政治がいかに問題を起こしたとしても、中国や北朝鮮のように政治権力が無制限になっている独裁国家より遥かにマシな政治を行っているのである。

 ニュース番組を見ていると、ついついニュースキャスターのコメントに洗脳されてしまい、「日本は駄目だ」「日本人は怪しからん」という日本の悪口を言うようになってしまうのだ。日本国民が祖国を愛せず、国民同胞に愛を持てなくなったら、政治は益々悪化するし、経済だって好景気に沸くわけがない。現在の日本の「政治の貧困」や「経済の不況」は、テレビメディアが引き起こした貧困であり、不況なのだ。

 妊娠中は、いや出産後も、ニュース番組は、ニュースだけを報道している番組だけを見るようにすることだ。ニュースキャスターのコメントさえなければ、ニュースを脚色なしに収集できるので、夫はビジネスに役立つし、妻は気分を落ち込ませることもないだろう。1日のニュース番組を見る時間は、30分で充分なのだ。ニュースだけを流す番組なら、30分以内で編成できるからだ。大体、ニュース番組なのに、2時間以上放送するというニュース番組の編成の仕方が異常なのだ。

 ちなみに、俺は朝の時間帯にニュース番組を見ない。朝という忙しい時間帯に、情報週をやるよりも、仕事をやってしまった方が、仕事が非常に捗り、仕事の生産性が非常に上がるからだ。夜になってNHKの『ニュース7』を見ている。この時間に帰宅できなければ、その日1日はニュース番組を一切見ないことになる。だが、それで充分だし、仕事になんら支障を来たさない。それどころか、仕事は捗り、仕事の生産性はアップし、気分は高揚したままでいられるのだ。

 ニュースはネットでも、ラジオでも、新聞でも得られるのだ。何もテレビのニュース番組だけがニュースを流しているわけではないのだ。既婚女性の中で、自分の夫がテレビのニュース番組を見る時間が長いのであるなば、夫の情報収集の仕方に改善を促した方がいい。ニュース番組を見る時間を減らせば、逆に仕事の生産性は向上するのだ。

●テレビを消して、会話や読書の時間を増やす

①1日3時間以上テレビを見ない習慣を身に付ける

 早産や難産を防ぐための、テレビへの最大の措置は、1日3時間以上テレビを見ないという制限を設けてしまうことだ。特に専業主婦の既婚女性は、テレビの視聴時間が長くなる傾向にあるので、この禁止措置は非常に有効な筈だ。1日3時間以上テレビを見なければ、早産や難産の確率が減るだけでなく、自由に使える時間が有り余ることになるのだ。その浮いた時間を、安産に持ち込むための時間に使えばいいのだ。

 テレビの電源を消す際は、リモコンでテレビの電源を消すのではなく、テレビの主電源を消してしまうことだ。そうやって面倒臭くやっていれば、頻繁にテレビを見るということがなくなるし、エコにも繋がるのだ。また、見たいテレビ番組があるのなら、生で見る回数を減らして、テレビ番組は録画して見るようにすることだ。こうすれば、CMを飛ばせるし、面白くないシーンは早送りして見てしまえば、視聴時間を短縮させることができるのだ。

②自宅で会話や読書の時間を増やす

 テレビの視聴時間を減少させたなら、自宅で会話や読書をする時間を増やしていくことだ。テレビの視聴は脳の機能を低下させるが、会話や読書は脳を活性化するのだ。特に夫が在宅しているなら、夫婦の会話を大いに増やすことだ。妊娠のことや出産のことや育児のことで話すべきことはいくらでもあるのだ。とにかく、夕食後に夫婦二人で無言でテレビを見る生活はやめることだ。まだ子供が生まれていない時に夫婦二人できちんと話し合っておけば、その後において夫婦の考えの違いなどというものは起こらなくなるのだ。

 専業主婦の場合、自宅にいればテレビを見てしまう危険性があるので、そういう時は友達と会って、友達との会話を増やしていくことだ。できれば、妊婦フレンドや、出産経験者たちとの会話を多くしておけば、妊婦生活の過ごし方や安全な出産の仕方が解ってくるので、早産や難産を防止し、安産に持ち込むことができるようになるのだ。脳の中で安産のイメージが出来上がってしまうからだ。

 また、妊娠や出産や育児のための雑誌や書籍を読んでおくことだ、妊娠や出産や育児に関する情報が多ければ、妊娠や出産や育児を安全に行えるようになるのだ。その人が持つ情報質量と成功率は正比例の関係にあるのだ。妊婦向けの雑誌や書籍を読まず、テレビのニュース番組で妊婦の盥回しの死亡事故のニュースや、児童虐待のニュースをいくら仕入れても、自分の生活にはなんの役にも立ちはしないのだ。自分にとって本当に必要な情報は、テレビには出て来ないのだ。自分で探し出すしかないのだ。 

③休日は夫婦で外出する

 休日になったら、夫婦で外出してしまうことだ。夫は休日に家に居ると、1日中テレビを見て休日を無駄に過ごしてしまうからだ。夫は日頃の仕事で疲れているので、家でダラダラと過ごそうとしてしまうのだ。しかし、このような疲労回復の仕方をしていると、疲労は除去できないし、テレビの視聴時間が激増してしまう。

 こういう時は、妻は機転を利かして、夫を外に連れ出して、仕事とはまったく関係ないことをさせることによって、疲労回復を図ってあげることだ。夫婦でショッピングするなり、レストランに行ってみたり、ハイキングに行ってみたり、イベント会場に行ってみたりすればいいのだ。妻のアイデア次第でいくらでも疲労回復の方法はあるのだ。折角の休日をテレビを見て過ごすという無駄な時間に変えてしまわないことだ。

 夫を連れ出す際、休みの当日の朝にどこかに行こうというのではなく、夫の休みがあるなら前もって予定を入れておくことだ。こうすると、夫の方も仕事をする日と休日のメリハリが巧くつき、仕事と私生活に巧いリズムができ、疲労しにくくなるのだ。夫婦で一緒に外出していれば、それだけ夫婦の会話の時間が増え、ラブラブモードに持っていくことが可能になるのだ。

●臨月になったら、テレビを見るな

 臨月に入ったら、テレビを見ることを禁止してしまった方がいい。臨月は、テレビを見ないで、出産に集中すべしなのだ。臨月に入ったのに、テレビを見ていれば、それだけエネルギーを分散してしまい、集中力を発揮できず、安産に持ち込むだけのパワーを発揮できなくなってしまうのだ。

 臨月は夫婦二人きりで過ごせる最後の月なのだ。臨月を過ぎれば、赤ちゃんが家庭の中に入ってくるので、夫婦二人きりとはいかなくなるのだ。それだからこそ、夫婦二人きりの時間を大切に過ごそう。これが夫婦二人でいられる最後のチャンスなのだ。自分たちが出会った頃に戻って、新鮮な気分になって、今までの二人の軌跡を振り返ってみるのみいいだろう。

 見知らぬ男女が出会い、結婚して、妊娠して、赤ちゃんを産むというのは、いかなるラブストーリーよりも素晴らしい物語なのだ。いかに映画監督が恋愛を称賛しようとも、結婚できないような恋愛は、結婚よりも遥かに劣る恋愛でしかないのだ。いかに小説家が結婚にとやかく言おうとも、結婚して妊娠して出産できなければ、いくらでも戯言は言えるものなのだ。いかなる者であっても、自分の結婚は、いかなるテレビドラマよりも面白い筈である。もっと自分の結婚に自信を持て! 

 妊娠中はとにかく妊娠に囚われがちなだが、そのためについつい夫への愛情を確認することを忘れてしまいがちだ。しかし、臨月になれば妊娠について気にすることはもう何もないのだ。後は出産するだけなので、こういう時こそ、今までの自分たち夫婦の恋愛と結婚を振り返って、夫婦の愛情を再確認しておくことだ。臨月にこういうことをしておけば、妊婦の心の中は愛情たっぷりとなって、愛の力を全開にして、出産に臨むことができるようになるのだ。

 妊娠は前もって積極的に行動していれば、確実に安産に持ち込めるものなのだ。それなのにテレビを見て貴重な時間を無駄にしてしまい、物事に消極的になってしまったら、いくらでも妊娠の悲劇は訪れてくるものなのだ。いかなる物事も、積極的になって前に押し出していけば、勢いがつき成功してしまうものなのだ。いかなる物事も、消極的になって後ろに下がってしまえば、ジリ貧になって破滅してしまうものなのだ。妊娠も出産も、人間の行為である以上、この当たり前すぎるほどの法則が適用されるのだ。さあ、テレビを消そう! 早産や難産を回避し、安産に持ち込むために! 積極的になれば、なんだって成功することができるようになるのだ!

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妊婦にとってタブーな色は「黒色」

●新米妊婦の心の不安を映し出す色:「青色」と「水色」

 新米の妊婦にとっては、妊娠は初めてのことなので、妊婦の心の中には何かと不安がある。その妊婦の不安を現してくるのが、「青色」であり、「水色」であり、それらの色の服を知らず知らずのうちに着てしまうのだ。「青色」や「水色」は、妊婦にとって不安の象徴の色なのだ。

 しかし、妊婦が青色や水色のワンピースやマタニティードレスを着ていると、凄まじい「腰痛」や「頭痛」に襲われることになる。青色や水色の服は、その服を着ている本人の体温を下げてしまうので、どうしてもタチの悪い腰痛や頭痛を引き起こしてしまうのだ。初めての妊娠をした場合、既婚女性は青色や水色の服を敢えて選んでしまうので、自分が日々の服選びをする時は注意が必要なのだ。

 青色や水色の服は、何も妊婦だけが着ているのではない。若い女性なら青色のGパンを穿くことがオシャレになっている。だが、このGパンを穿く女性に限って冷え性で悩まされるのだ。なぜなら、青色のGパンは体を冷やしてしまうからだ。それ以外にも青色のGパンを履き続けると、「便秘」「盲腸」「生理不順」「子宮内膜症」「子宮筋腫」「子宮癌」を発症してくる。なんだか現代の若い女性を襲っている病気のオンパレードだが、青色のGパンを長期間にわたって穿き続けたために、下半身の体温が低下してしまい、それでその体の冷えを引き金とする様々な病気を発症してしまうのだ。

 確かに、下半身が青色のGパンで定まっていると、服選びが非常にしやすくなるのだ。毎日、全身の服を考えると非常に服選びが困難になるのだが、下半身が青色のGパンで定まっていると、考えるのは上半身の服だけなので、服選びの負担が軽減してくれるのだ。それでついつい青色のGパンを穿く習慣から抜け出せなくなってしまうのだ。しかし、その代償は非常に高くつくのだ。女性が青い色のGパンで体を冷やしてしまえば、いくらでも病気はやってくるのだ。

 もしも、独身時代に青色のGパンを穿く習慣を持っていたなら、妊娠してもそのまま青色のGパンを穿いてしまったり、青色や水色のワンピースやマタニティードレスを選んでしまいがちだ。元々、低体温になっているので、妊娠しても自分の体温を下げる服を無意識のうちに選んでしまうのだ。しかし、この悪い習慣に染まってしまうと、妊娠中に凄まじい腰痛や頭痛で苦しんでしまうことになるのだ。

●早産や難産に成り易い色:「黒色」

 様々な色の中でも、妊婦にとってタブーな色がある。それは「黒色」だ。早産や難産をしでかす妊婦たちは、黒色を好んで使っているのだ。「服」だけでなく、「バッグ」や「靴」や「マニュキア」や「アクセサリー」など、至る所で黒色を使っているのだ。確かに黒色のスーツは決まっているし、黒革の財布はオシャレではある。しかし、その代償が早産であり、難産であるのだ。

①黒色はもっとも体温を下げる

 黒色はすべての色彩の中でもっとも体温を下げてしまうのだ。高体温を必要とする妊婦にとっては絶対に使用してはならない色なのである。黒色は低体温を引き起こすのに、その女性の体温が低体温で固定されてしまうと、敢えて黒色を使ってしまうのだ。低体温の身だと、低体温にしてくれる黒色がもっとも落ち着くのだ。女性は33以降はどの女性も体温を徐々に低下させていくので、オバサンに限って黒色の服を好んで着ているのだ。

②女性にとっては運気を下げてしまう

 男性にとって黒色は自分の精神を高め、指導者の地位に立つという意味を持った色である。そのため男性は好んで黒色の服を着ることになる。しかし、女性にとっては黒色は運気下げてしまう危険な色なのだ。妊娠も安産も運がいいからこそできるものなのである。それなのに妊娠中に運気を下げる黒色の服を着てしまえば、その妊婦の運気は下がり、早産や難産になってしまうのだ。ひどければ流産になってしまうのだ。流産を引き起こす女性も、やはり黒色の服を好んで着たり、黒色のバッグを持ち歩いていたりしているのだ。

 三十路を過ぎても独身でいる女性は、服やバッグや財布にやたらと黒色を使っている。だから運気が上がらず、結婚運が低下してしまい、結婚ができなくなってしまうのだ。不妊症の女性もやはり黒色の服やバッグや財布を身につけてしまっている。だから、普通の既婚女性ならば難なく妊娠できるのに、不妊症で苦しんでしまうことになるのだ。

②黒色はリセットの色

 女性にとって黒色の服はまったく使わないわけではない。黒色の服は、「ファッションのリセット」の服なのだ。女性は黒色の服を着て、自分のファッションをリセットし、ファッションレベルを上げていくのだ。これは女性ファッション誌を見ても、1年に1度か、数年に1度の割合で、必ず黒色の服の特集を打っている。ファッショナブルな女性ほど、たまには黒色の服を着て、自分のファッションのリセットを行ってしまうのだ。

 しかし、だからといって妊婦が黒色の服を着てしまえば、妊娠までリセットしてしまうことになりかねないのだ。黒色の服には勿論、利点はある。それは体をスリムに見せるということだ。26歳以降、女性は徐々に太り始めるので、女性が意図的に使い出してしまうのだ。そのため、26歳を過ぎている妊婦は、自分の体をスリムに見せるために、無意識のうちに黒色の服を着てしまい、妊娠をリセットさせる危険性を高めてしまうのだ。

●結婚と妊娠で女性の意識も変わる

①結婚すると保守的になる。妊娠すると更に防御的になる。

 独身の頃はファッショナブルな女性でも、結婚してしまうと、ファッションは落ち着いたものになってしまう。それは女性は結婚すると保守的になってしまうからだ。いい意味で捉えるなら、大人の女性になったということであり、悪い意味でいうなら冒険を冒さなくなったともいえるのだ。

 更に既婚女性が妊娠すると、女性はお腹の赤ちゃんを守るために防御的になってしまうのだ。結婚で保守的になった上に、妊娠で防御的になってしまえば、ファッショナブルとはいかなくなってしまうのだ。そのため、マタニティードレスなどは、若い頃の服とは違って、ひどすぎるくらいにトーンが下がった服になっているのだ。

 そういう服を日々着ていれば、自分の気持ちのトーンも下がってしまい、青色や水色や黒色を敢えて選んでしまうのだ。こういうことを繰り返していると、低体温になってしまい、度が過ぎれば、引っ込み思案になってしまうのだ。そしてより暗い服を選んで着てしまうようになるのだ。

②女同士で張り合うことがなくなった。

 女性が結婚することによって生じる大きな変化は、女同士で張り合うことがなくなってしまったということである。男性は女を巡って、他の男性たちと争うことによって強くなろうとするが、女性も男を巡って、他の女性と争うことによってオシャレになっていこうとするのだ。女性がオシャレであればあるほど、男性の愛を貰いやすくなり、愛を貰えば気分が高揚して、赤ちゃんを孕みたいという気持ちになるからだ。女性がこの生存競争に勝ち抜かないと、その女性のファッションが垢抜けないのだ。

 しかし、女性も結婚してしまえば、この競争がなくなるので、ファッションが落ち着いたものになってしまうのだ。それゆえ、結婚したら、夫婦二人きりだけでいるのではなく、ちゃんと女性の友達を作ったり、意図的に正装で出席する会合やパーティーに出席しておかないと、ファッションレベルが上がらなくなってしまうのだ。

③夫の服の色に釣られてしまう。

 結婚すれば夫婦は同居するし、妊娠中は夫に守られたいという願望が強くなる。そのため、妻が夫の服の色の釣られてしまうのだ。男性の服の色は黒色や紺色といった暗めの服が多い。それは男性であるがゆえだし、夫の服が暗めだからこそ、妻の服を明るくできるのだ。それなのに、妻が夫の服の色に釣られて、暗めの服を着ていたら、妻の体温は低下し、気分まで落ち込んでいくのだ。

●ストレスの発生源は自分がオシャレではないから

 既婚女性は、結婚することで、妊娠することで、女性の意識も変わるのだ。しかも、大いに変わるのだ。既婚女性が独身女性の気分のままで結婚生活をしていたら、トラブルは続出してしまうし、既婚女性が結婚や妊娠で自分の意識が変わったことを無視してしまえば、更なるトラブルが続出してきてしまうのだ。

 妊婦が妊娠中に人間関係でトラブったら、相手の対応ではなく、自分のファシッョンを疑ってみた方がいい。恐らく、黒色の服やバッグや財布を身につけている筈だ。妊婦が妊娠中に体がどうも不調で、腰痛や頭痛に悩まされているなら、自分のファッションを疑ってみた方がいい。恐らく、青色や水色の服やバッグや財布を身につけている筈だ。

 自分が暗い服を着ていれば、人間関係で揉めてしまうものだ。自分が暗い色のバッグや財布を見つけていれば、体調だっておかしくなっていくのだ。初めての妊娠の場合、妊娠中のストレスの発生源は、自分がオシャレではないことにあるのだ。余りにも妊娠に気持ちが奪われて、自分のファッションを置き去りにしすぎてしまったのだ。

 勿論、その女性は結婚前にはそれほひどいファッションをしていたわけではないのだ。寧ろ、オシャレな女性であった筈だ。オシャレな女性でない限り、結婚などできないからだ。しかし、結婚することで、妊娠することで、自分の意識が変わったことに、本人が気づいていないのだ。

 自分の精神の変化に、自分のファッションが対応しきれていないのだ。何も結婚してファッションにかけるお金が少なくなったとかいう理由ではないのだ。お金の問題ではないのだ。お金がいくらあっても、自分の精神の変化に気付かなければ、ファッションはチグハグなものになってしまうのだ。

●妊娠してもオシャレを忘れないこと

 妊娠中でもオシャレはできるものだ。自分の精神の変化に気づき、それによって自分を変えていこうとするなら、お金の多寡に関わりなく、オシャレはできるのだ。そして、妊婦の場合、黒色は基本的に避けることだ。青色や水色も可能な限り使用を控えることだ。放置しておくと、ついつい選んでしまう色彩なので、意識して制限を設けておくべきだろう。

 妊娠中は肌が健康的になっているので、化粧は乗らないのだ。だから、服に重点を置いてオシャレをするのだ。できれば、「ピンク色」や「赤色」の服を着ることだ。自分が妊娠できた喜びを、自分の服で表現すればいいのだ。ピンク色のマタニティードレスを着れば、どんな妊婦だって気分がウキウキになってしまうことだろう。赤色のマタニティードレスを着れば、どんな妊婦だって情熱的になってワクワクする出来事がたくさん訪れてくることだろう。

 自分の家事や仕事がどんなに忙しくとも、毎朝、日々の自分の姿を鏡でチェックすることだ。自分が暗めの服を着ていたら、すぐさま着替えることだ。結婚して未だに子供が生まれていない場合、自分の服にとやかく注文つけてくれる人は、自分の夫しかいない。しかし、その夫が自分の服に注文をつけてくる周期は、ハレー彗星が地球を訪れてくる周期でしかないのだ。自分の夫が自分の服にとやかくいうようだったら、自分の服は相当ダサい服を着ていることになるのだ。

 バッグや財布も明る目のものにしよう。妊娠中はとにかく黒色のバッグや財布は避けることだ。バッグは着ていく服で大いに変動するものなので、バッグの手持ちが少ないと、どうしてもバッグのファッションレベルが上がらず、それに引き摺られて、自分のファッション全体もレベルが下がってしまうのだ。ファッション誌や店先でいいバッグがあったなら、経済的に許す限り、買っておくことだ。バッグは女性がファッションの仕上げの最後に最大に迷う部分なので、バッグのアイテム数が多い女性の方が、オシャレになってしまうのだ。

 財布も黒色は避けるべきだし、青色や水色も避けておいた方がいい。青色や水色をの財布を持っていると、それこそ湯水のようにお金が流れ出ていってしまうのだ。かといって財布が赤色だと、家計は火の車になってしまう。財布の色は、「黄色」がベストで、「黄土色」や「茶色」がそれに次ぐようになる。財布の寿命は「3年」なので、古い財布をいつまでも使っておかないことだ。買い物をしたら、その夜に必ず財布を整備して、レシートや領収書をどけておくことだ。財布を奇麗にしておくと、財運が良くなるので、新たなるお金が入ってくることになるのだ。

 妊娠中は革靴には気をつけておいた方がいい。革靴は黒色が多いので、妊婦の場合、どうしても足元から冷えてしまうのだ。特に、妊娠後期に足元を冷やすと、早産や難産の確率を高めてしまうのだ。革靴は黒色以外の靴を履くことだ。日常生活では明るい色の運動靴を履いて、とにかく動き回って、自分の体温を上昇させていくことだ。

 赤ちゃんが生まれる前までに、明日着ていく服やバッグや靴は、前日の夜に準備しておくという習慣を身につけておこう。前日の夜のうちに準備をしておけば、睡眠中に明日やるべきことが頭の中で整理されて、起床後直ちに労力や時間を無駄にすることなく、活動することができるからだ。朝になって今日着ていく服選びをして迷っているようであったなら、労力と時間の無駄だし、しかも、その後の活動が巧くいかないのは目に見えているのだ。

 赤ちゃんの子育てをして疲労困憊になっている母親たちは、ほとんどすべてが前日の夜に明日着ていく物の準備をしていないということでは共通しているのだ。赤ちゃんの子育てが巧くいっている母親たちは、どれも前日の夜に明日着ていく物を準備していく習慣がちゃんと身についているのだ。些細なことかもしれないが、妊娠中に明日やるべきことの準備は前もってしておくという習慣が身につけてしまえば、出産後の育児は非常に楽しいものになるのだ。

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身重になったら、裸足で芝生の上を歩くべし

●裸足で歩くと安産になっていく

 人間は靴を履く前までは裸足で生活をしていた。足の裏にはツボがあるので、歩くたびにそのツボが押され、人間は健康になっていった。特に今でも裸足で暮らして人々を見ると、明らかに健康で肌の色艶がよく、特に女性たちは腰の筋肉が発達し、胸も大きく、いかにも安産タイプの体形の女性に育っている。

 昔の日本でも子供たちは冬であろうが、裸足で生活させられたので、「シモヤケ」や「アカギレ」は日常的な症状だったけど、かといって少年少女時代を裸足で育ってきた子供たちは、大人になると、しっかりとした体つきになっていたし、特に女性たちは腰回りがきちんと発達して、子供を産むのが楽な体形に成長してくれたのだ。

 但し、日本のように冬が寒い地帯では、冬でも裸足で歩けば、体が相当に冷えてしまったのは確かであり、肺炎や肺結核というのが、死の病として漂っていたのだ。近代になって、日本の子供たちが靴を履くようになって、この肺炎や肺結核に罹る確率が激減したのは、靴を履くことで、足元を温め、それによって健康になれるというのは、明らかであろう。

 しかし、子供の頃から靴を履く習慣に慣れてしまったために、足の裏の反射区がまったく刺激されていないことになり、それはそれで新たな病気を引き起こすようになってしまったのだ。例えば、日本人に非常に多い「近視」「頭痛」「肩こり」などは足裏の反射区が刺激されていないために起こる病気だし、現代の女性の胸が小さくなり、腰も細くなってしまったのも、裸足で歩く習慣をやめてしまったからなのである。

 妊娠中も常に靴を履いて生活をしているべきではなくて、たまには裸足になって歩き、足裏の反射区を刺激して、自分の体に健康をもたらした方がいいのだ。勿論、毎日、裸足で歩いていたら体が冷えてしまい難産になってしまうが、適度に裸足になって歩けば、それはそれできちんと妊娠に効果があるのだ。特に女性の踵は、子宮の反射区なので、ここを裸足で歩くことで刺激すれば、安産に持ち込むことが可能になるのだ。

●裸足で歩くと地磁気を吸収できる

 地球は地面から「地磁気」というものを出している。この地磁気を人体が吸収することによって、人間は体を健康に保っている。地磁気は赤道近辺では弱く、日本や中国やメソポタミヤや西ヨーロッパでは強いので、地磁気は人間の肉体を健康にするだけでなく、人間の知能の発達にも何かしらの影響を及ぼしたに違いない。というのは、地磁気の強い地域こそが、文明を誕生させ、文明が広まっていった地域だからだ。

 妊娠中、どうも頭の回転が悪くなったとか、どうも精神的に落ち込んでしまった時は、地面を裸足で歩くといい。1時間も裸足で歩いていると、気分が高揚し始め、頭の回転は良くなり、明朗快活になっていくのだ。妊娠中はお腹の赤ちゃんを気にしすぎる余り、必要以上に考えてしまうので、どうしても血液が頭部に鬱血してしまうのだ。そのため、全身の地磁気のバランスを崩してしまうのだ。

 現代の家庭生活では家電製品が多いので、この家電製品から出てくる電磁波が、家庭内の地磁気を狂わしてしまい、通常の生活をしていたら、どうしても地磁気不足になってしまうのだ。妊婦本人だけでなく、その夫も「疲れた」「疲れた」とぼやくようであったら、その夫婦は明らかに地磁気不足であるとみた方がいい。

 妊婦の必須アイテムも、地磁気という観点から見ると、思わぬものが見えてくるのだ。妊婦が黄金のネックレスをつけていると、この地磁気の流れが良くなり、妊娠が順調に進み、安産になる確率が高まるのだ。繁殖力の高い民族を調べてみると、どの民族も黄金を好んでいる民族なのだ。インド人しかり、中国人しかりと、黄金と繁殖力には密接な関係があるのだ。

 それゆえ、妊婦が黄金のネックレスをつけるのは勿論のこと、夫にも黄金の指輪や黄金の腕時計などをつけさせて、夫の地磁気の流れを良くしてしまい、夫婦共々に地磁気で健康になってしまおう。特に夫が会社経営を営んでいるなら、夫に黄金製品を身につけさせた方がいい。黄金の腕時計などは、凄まじいまでの財運をもたらしてくれるからだ。

●マンション暮しの妊婦になぜ早産や難産が多いのか?

 地磁気は一戸建てなら、その住宅内にもきちんと届いている。しかし、高層マンションになればなるほど、人間の体を健康にするほどの地磁気は及ばなくなってきてしまうので要注意だ。特に13階を超えると、地磁気がほとんど行かなくなってしまうのだ。そのため、高層マンションに住む夫婦ほど、早産や難産が多くなってしまうのだ。

 高層マンションは、早産や難産だけでなく、癌などの死の病を発症する率が高くなるし、殺人事件に巻き込まれる人や自殺者も多くなっているのだ。起業が成功して、億万長者になったからといって、高層マンションに住居を構えてしまうと、いずれ経済事件に巻き込まれて大損害を被ってしまうので、いくら豊かになっても、古典的に平屋の豪邸を構えるようにした方がいいし、それあできなければ低い階の高級マンションに住めばいいのだ。

 日本では都市計画税を支払っているのに、政府や地方自治体ではまともな都市計画がないというのが実態なのだ。そのため、新たに地方から出てきた人々は、高額な家賃を支払っているのに、狭い住居しか借りられなくなってしまったり、所得が上がれば、高層マンションのような危険な住居に居住せざるを得ないのが現状なのだ。この都市問題だけは、個人がどのようにやっても解決できない問題なので、政府も地方自治体もきちんと都市住民を参加させて、都市住民が健康的に暮らせる都市を計画し、建設していってもらいたい。高層マンションの建設を禁止する一方で、人口密集地での平屋を禁止し、十数階建てのマンションを整然と建設し、充分な間取りのある部屋を整えていったら、日本の都市問題や住宅問題のほとんどが解決できるのだ。

 東京都出身者は、高層マンションの危険性をなんとなく解っているので、結婚した場合、余り好んで高層マンションに住まないのだが、地方出身者になると、この高層マンションの危険性をまったく知らないので、裕福になると、馬鹿の一つ覚えのごとく高層マンションに住居を構え、優雅な気分に浸ってしまいがちだ。しかし、そのために早産や難産の確率を高めてしまうのだ。

 もしも、現在、13階以上の高層マンションに住んでいるなら、自分の家には自分の体を健康にするほどの地磁気が及んでこないことを確認しておいた方がいい。妊娠中に引っ越しをするのは難儀なので、妊娠中は1日1階は必ず地上に降りてきて、地磁気に触れることだ。特に大雨の日や大雪の日には、家に閉じ籠ってしまうので、そういうことを繰り返していると、出産する日に悲惨な目に遭ってしまうのだ。

●裸足ウォーキングの遣り方

 妊娠中は最低でも月に1度は、裸足ウォーキングを行うことをお勧めする。裸足ウォーキングは、芝生のある場所に行って裸足になり、そこを1時間以上かけてウォーキングするというものだ。お金が一切かからずに、地磁気をたっぷりと吸収でき、健康になれるのだ。裸足ウォーキングが終われば、水飲み場にいって、足を洗えばいいのだ。その後に靴を履いて歩くと、今まで感じたことのないような爽やかな快感が足元から訪れてくるのだ。

 さすがに裸足で歩く習慣がなくなってしまったために、裸足で歩くと痛いし、足が冷たくなる。慣れるまでは、裸足ウォーキングが終わったら、すぐさま自宅に帰って、足をお湯で温めることだ。しかし、1時間以上ウォーキングをすることが慣れると、足の裏が非常に気持よくなり、足の裏がポカポカになるのだ。

 裸足ウォーキングをすると、地磁気を吸収できるだけでなく、足裏の反射区が刺激されるので、体が健康になり、特に子宮の反射区を刺激することによって、早産や難産が消滅していくのだ。しかも、裸足で歩くと、体のバランスが良くなり、足の動きがスムーズになり、出産時に巧く足を使うことができるようになり、体力を巧く使いこなして安産に持ち込みやすくなるのだ。

 休日には、夫婦で芝生のある場所で、裸足になって遊べばいい。遊びながら裸足で歩けば、時間の経つのも忘れて、地磁気を吸収し、足裏の反射区を刺激しまくるのだ。夫も地磁気を吸収し、足裏の反射区を刺激されると、妊娠や出産や育児を快く手伝ってくれる夫に変化してくれるのだ。それでけ現在の夫婦は地磁気の保有量が減少しているということなのだ。

 裸足ウォーキングは、臨月に入ったら、1回以上は必ずしておいた方がいい。臨月に裸足ウォーキングをして地磁気を吸収し、足裏の反射区を刺激しておくと、出産時に自分の体力の発揮がスムーズに行き、安産に持ち込みやすいからだ。また、出産後も裸足ウォーキングをすると、産後の肥立ちがスムーズに行くようになり、育児でも充分な体力を発揮でき、育児を楽しめる母親になることができるのだ。

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逆子封じ  ~昔から既婚女性にとっての最大の安産対策~

●お腹の赤ちゃんを逆子にしない

 助産婦の野本寿美子さんが、長年の助産婦の仕事の中から「安産三原則」を導き出したのに対して、一般の既婚女性たちが安産対策としていたのは、「逆子にしない」ということだった。逆子こそ難産の代名詞だし、逆子にしなければ、安産になる確率が飛躍的に高まるのだ、これは既婚女性たちが経験則上、知っていたものなのだ。

 「逆子にしない」というのは、安産三原則とは無縁ではない。安産三原則の第三原則が「逆子にしない」ということだし、第一原則の「体を冷やさない」も体を冷やせば逆子になるし、第二原則の「妊娠中毒症にしない」も妊娠中毒症になってしまえば、逆子になる確率が一段と高まってしまうのだ。体を冷やし、体を動かさない慣れの果てが逆子なのである。

 日本では神代から逆子対策はしっかりとなされてきた。神社で妊婦たちに配布される腹帯が代表例で、この腹帯をつける習慣があることで、どれだけ妊婦たちが逆子にならなくて済んでいるか計り知れないのだ。アメリカ合衆国では、この腹帯をつける習慣がなかったために逆子が急増し、それゆえに帝王切開手術を開発しなければならなかったのだ。伝承では、この腹帯を広めたのは、出雲の大国主命であり、冬の寒い出雲ならではの発想なのである。妊婦が寒い冬に腹帯をするだけで、逆子の確率が急激に減少していくのである。

 妊娠期間中、お腹の赤ちゃんは常に一定の場所にいるのではない。胎内を結構活発に動き回っているのだ。妊娠中の逆子というのは、赤ちゃんの頭が上に行ってしまう時間帯が長いということなのだ。だから、妊娠中はお腹を手で触って、お腹の赤ちゃんの状態を確認した方がいい。逆子と解ったら、早い段階で手を打てばいいのだ。その対策の筆頭が腹帯なのだ。

 人間には癖というものがあるので、お腹の赤ちゃんも逆子が癖になってしまうと、逆子の状態で居続けてしまうのである。逆子と解ったら、お腹の赤ちゃんを逆子でない正常な状態に戻して、そしてすぐさま腹帯をお腹に巻きつけてしまえばいいのだ。これをするだけで、逆子でなくなってしまうのだ。

●逆子封じの方法

①家事にスポーツ

 逆子とは、要はその妊婦が体を動かさず、体温が下がっているからこそ、お腹の赤ちゃんが体の冷えをさけて、より温かい心臓の近くに頭を寄せているだけなのだ。だから、家事やスポーツに励んで、体を動かし、体を温めていくことだ。いくら腹帯をつけた所で、妊婦が体を動かさなかったら、体温は低下してしまい、お腹の赤ちゃんは逆子の状態にせざるをえないのである。

 まずは、家事に励むことだ。家事のようなチョコマカした動作は、女性の筋肉にとってもっともいい刺激になり、体温が上昇していくのだ。「料理」「掃除」「洗濯」のどれをとっても、女性に体力をつけさせ、体温が上昇していくもなのだ。妊婦であったとしても、臨月になろうが、出産予定日になろうが、家事はできるのだ。仕事はできなくなっても、家事はできるのだから、家事をテキパキとこなし、体を動かし、体温を上昇させていくことだ。

 スポーツの中でも「ウォーキング」は、毎日行えるし、疲労することもなく、体を動かし、体温を上昇させていくことができる優れ物なのだ。毎日1時間以上、ウォーキングをすれば、逆子は吹き飛んでしまうのだ。ウォーキングはそれだけ逆子に効果があるのだ。ウォーキング以外にも、「水泳」も逆子に効果がある。妊娠中に水泳をしておくと逆子にならないといわれるくらい、逆子にならないのだ。それだけ水泳は全身運動なので、血行が非常に良くなり、逆子を解消させてしまのだ。

②「温かい飲食物」に「温かい格好」

 妊娠期間中は冷たい飲食物を避け、温かい飲食物を摂取することだ。冷たい飲食物は体を冷やすだけなのだ。母親の体を冷やせば、お腹の赤ちゃんは逆子にならざるをえないのだ。特に暑い夏の期間に冷たい飲食物を摂取していると、その体の冷えが夏だけでなく、秋にも冬にも持ち越されてしまうのだ。だから、温かい飲食物は冬だけに摂取するのではなく、暑い夏も摂取していくことだ。

 妊娠中は長袖長ズボン、お腹が出てきたら腹帯をつけ、室内シューズを履くか、二重に靴下を履くかして、徹底的に温かい格好をして、体を温めていくことだ。妊婦が温かい格好をすれば安産になるし、妊婦が寒い格好をすれば逆子になる。それほど単純明快なメカニズムが働いているのだ。

③入浴

 逆子にしたくなかったら、毎晩きちんと「お風呂」に入ることだ。日が暮れれば、人間の体温は下がっていくのだが、その下がり気味にある時にお風呂に入ることによって、体温の低下を防ぐのだ。お腹の赤ちゃんが逆子に固定される時間帯は母親が睡眠している最中なので、就寝前にお風呂で体を温めれば、逆子にならず、逆子として固定されることもなくなってしまうのだ。

 特に臨月に入ったら、「サウナ」に入った方がいい。お風呂に入る唯一の欠点は、入浴すると体液が流れ出てしまうので、臨月のように出産に向けて体調を調整している時期には、お風呂への入浴は余り好ましいものではないのだ。それよりも、サウナに入った方が、体液の流出が少なくなり、しかも、体を芯から温めてくれるので、臨月に入った妊婦がサウナで体を温めると、お腹の赤ちゃんは逆子でなくなってしまうのだ。

●逆子封じの切り札:「安産スッポン運動」

④安産スッポン運動

 そして、逆子封じの切り札というべきものが、「安産スッポン運動」である。安産スッポン運動は、妊婦を安産に導き、お腹の赤ちゃんを逆子でなくしてしまうのだ。安産スッポン運動自体、逆子を解消させるために生み出されたので、妊婦がこれをやれば逆子を解消させることができるのだ。

 遣り方は非常に簡単で、仰向けになって寝て、そこで平泳ぎをやればいいのだ。血行が非常に良くなり、お腹の赤ちゃんは逆子をやめてしまうのだ。但し、手は胸の前で合掌した状態で上へと伸ばしていくことだ。こうすると気の巡りが非常によくなり、お腹の赤ちゃんもその気の巡りの良さに刺激され、逆子であることをやめてしまうのだ。就寝前にベッドの上で、100回ぐらいすれば、気の巡りが良くなって、熟睡できる筈だ。

 この安産スッポン運動は、とある妊婦さんによって改良が施され、立った状態で、この安産スッポン運動を行えばより効果が高いということを発見したのだ。要は安産スッポン運動にスクワット運動が加わったものである。この立身型の安産スッポン運動は、身重になった妊婦には結構ハードな運動になるので、足腰にしっかりと筋肉がつき、出産時にこの筋肉を使って、安産に持ち込むことが可能になってくるのだ。

 この立身型の安産スッポン運動を、最初は1日100回行い、徐々に回数を増やして、1日1000回行うといい。1日1000回も行えば、筋肉は充分すぎるほどにつき、体温は高体温で固定され、逆子を解消させることが確実にできることだろう。夕食後に立身型の安産スッポン運動を行うと、筋肉がつきやすくなるので、夕食後に一服したら、テレビを見ながら、安産スッポン運動を行えばいい。

 陣痛が発生した時に、出産まで時間があるので、その間に是非とも安産スッポン運動をしてほしい。この非常時に安産スッポン運動を行うと、体温は上昇するし、子宮口の開きも早くなるのだ。お腹の赤ちゃんも、安産スッポン運動によって気の巡りが良くなっているので、早いスピードで元気よく産道を通っていくことが可能になるのだ。

●鍼灸師に逆子封じのツボを押してもらう

⑤鍼灸師

 以上のことをやっておけば、確実に逆子が解消されるが、万が一、臨月になっても、逆子が治らなければ、鍼灸師にツボを押してもらうことだ。できれば、お爺ちゃんの鍼灸師にやってもらうことだ。独身の鍼灸師では逆子の危険性を理解していないので、結婚し、既に子供を産み育てたお爺ちゃんの鍼灸師の方が、この切羽詰まった状態を乗り切らしてくれるのだ。

 鍼灸師はピンからキリまでいるので、逆子を治せる鍼灸師を自分で調べて探してほしい。出来のいい鍼灸師はクチコミで伝わるので、妊婦同士の繋がりを辿っていけば、必ず逆子を治してくれる鍼灸師に出会える筈だ。鍼灸の場合、逆子は一発で治せるので、3度以上行っても逆子を治せない鍼灸師に対しては、診療を拒否するべきである。

 病院で出産する場合、逆子は医者に帝王切開手術の口実を与えてしまうので、自然出産では赤ちゃんを産めなくなってしまうのだ。帝王切開手術を受ければ、産後の体調の回復が非常に遅れてしまうので、産みの喜びや育児の喜びが非常に減少してしまうのだ。赤ちゃんは自分の産道を通ってくるからこそ、産みの喜びが湧いてくるのだということを決して忘れるべきではないのだ。産みの喜びがあるからこそ、育児の喜びも湧いてくるのだ。

 臨月になっても逆子というのは、それだけその妊婦の体が冷えており、体に筋肉がついていないことなのだ。お腹が重いとか、腰痛だとかを口実にして、家事やスポーツを怠らないことだ。体を動かさなければ、より益々逆子になっていってしまうのだ。妊娠期間中にきちんと家事やスポーツを行っていれば、血流は良くなって、体温は上昇し、お腹の赤ちゃんがわざわざ頭の位置を心臓の近い所に置こうとすることなどなくなるのだ。

 その妊婦が前置胎盤でもない限り、逆子で産まれてくるということは起こり得ないのだ。逆子でなければ、安産の確率は格段に高まるのだ。だからこそ、大昔より多くの母親たちが、逆子でない状態で出産に持ち込むことを心掛けてきたのである。妊婦が妊娠中にすべきことの筆頭は、自分の赤ちゃんを逆子にしないということなのだ。自分のお腹の赤ちゃんを逆子にするかしないかの全責任は、その母親にこそあるのである。新たなる命を宿した以上、母親としてその責務はきっちりと果たすべきであろう。

 逆子封じの方法は、無数の母親たちによって生み出されてきたものなのだ。何度も失敗を繰り返し、やっとのことで、こうすれば逆子を解消できるというものを見つけていったのだ。今、我々が目にする逆子封じの方法は、長い長い試行錯誤を経て、無数の母親たちの血と汗と涙の結晶なのだ。新米の妊婦であるなら、自分勝手になって我儘になるのではなく、謙虚になって無数の母親たちの意見に耳を傾け、逆子封じの方法を使って、逆子を解消していくことだ。

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「安産三原則」 ~妊婦たちにとっての永遠不滅の安産の大原則~

●安産三原則

 助産院で出産する妊婦にはバイブル的存在の書物がある。それが野本寿美子著『あたたかいお産』(晶文社)である。助産院で出産するなら、この本を熟読しておいた方がいい。この本には野本寿美子さんの自伝で助産婦の仕事の仕方を綴りながら、安全で且つ安心の出産の仕方がちゃんと書かれているのだ。野本寿美子さん自体が非常に優れた人生を歩んできた助産婦なので、書いている内容に重要な箇所が多く、妊婦にとっても実践的なのである。

 日本には近代に突入するまで、妊娠や出産を病気と看做すことなどしなかった。そのため、妊娠や出産の仕事は医者ではなく、産婆が担当してきたのだ。それが日本国がアメリカ合衆国と接触することによって、妊娠や出産の仕事が、医者の仕事になっていってしまったのだ。特にアメリカの医学では、産婦人科医だけが発達していたために、その影響をモロに受けてしまったのだ。その結果が、病院で行われる非人間的で機械的な出産の仕方なのだ。そして、妊婦たちが起こさなくていい病気を背負い込まなくてならなくなっているのだ。だから、妊娠や出産は医者の仕事であるという洗脳を解除してしまえば、助産婦たちによる安心且つ安全の出産が現われてくるのである。

 『あたたかいお産』によると、妊婦たちには「安産三原則」というものがあるのだ。第一原則が「体を冷やさない」こと、第二原則が「妊娠中毒症にならない」こと、第三原則が「逆子にしない」ことだ。この安産三原則は、助産婦が妊婦たちに接触しつ続けて、どうすれば安産にすることをできるかを考え続けてこない限り、発見できないものなのである。

 医者たちは妊娠や出産を病気と看做しているために、妊婦には病人と同じように安静指導を取ってしまうのだ。妊婦といえども体を動かさなければ、体が冷えてしまうので、それこそが早産や難産や異常出産にしてしまう最大の原因になっているのだ。そして体を動かさなければ、妊娠中毒症だって発症してしまうことだろう。妊婦が体を動かしていれば、妊娠中毒症の最初の兆候であるムクミが体に生じてくるわけがないのだ。最後のトドメが逆子にしないことなのだ。病院で出産しようものなら、逆子の場合は、帝王切開手術に持ち込まれてしまうのだ。逆子は適切な処置をすれば、治るというのに。

 「病院で出産するのも、助産院で出産するのも、どっちも同じじゃない」と言う妊婦がいるなら、この出産の結果の大差を見てほしい。その大差は誤差によって生じているものではないのだ。妊娠や出産を病気と看做すか、健康の発露として看做すかの違いなのだ。人間は自分が考えていることで、現実において巨大な格差を生み出してしまうのだ。人類は脳を発達させて進化してきたために、「肉体」の力だけでなく、「思考」の力も計り知れないほどに大きいのだ。

●第一原則「体を冷やさない」

 まず、安産三原則に筆頭に「体を冷やさない」を挙げているのは、野本寿美子さんがいかに優れた助産婦だったかが解る。長年の助産婦の仕事の経験から、薄着の妊婦は難産になり、厚着の妊婦は安産になるという、単純明快な法則を導き出したのだ。人間は通常の状態でも、体を冷やせば、体が充分に動かなくなってしまう。体が温かければ温かいほど、体の動きは良くなるものなのだ。

 このことは出産時においても同じで、妊婦の体温が高ければ、陣痛が適正なタイミングで始まり、子宮口が開くのが早くなり、迅速に出産することができるからだ。陣痛から出産までの時間が短ければ、妊婦は体力をロスすることなく、体力が有り余った状態で出産をすることができるのだ。そうなれば、確実に安産になっていくことだろう。

 これに対して、妊婦の体温が低ければ、陣痛の時期が早すぎて早産になってしまったり、陣痛が起きても子宮口の開きが非常に遅く、出産するまでの時間が長引いてしまえば、その間に妊婦は体力を消耗して、難産になってしまう確率が高まっていくのだ。しかも、体が冷えていれば体の動きが悪いから、赤ちゃんも産道を巧く通ることが困難になってしまい、出産に非常に長い時間をかけることになり、確実に難産になってしまうのだ。

 妊娠したら、終始、体を温めることに徹するべきなのである。妊婦が体を温めていれば、非常に高い確率で安産に持ち込むことが可能になるのである。だから、夏だろうが冬だろうが、妊娠しているのなら、長袖長ズボンの格好をし、お腹には腹巻をする。日本の家屋では土足厳禁なので足元を冷やしてしまうので、室内シューズを履くとか、二重にソックスを穿くなどして、足元を徹底的に温めていくことだ。

 初めての妊娠の場合、この体の冷えの恐ろしさをまったく理解していないのだ。最近の流行のファッションは、肩やお腹や太腿を丸出しにする服がはやりなので、このような服を着ていれば当然に体を冷やしてしまい、低体温になってしまい、36.5℃以下の体温で自分の体温が固定されてしまっているのだ。この状態で妊娠期間を過ごしてしまえば、確実に早産になり、難産になり、異常出産になってしまうのだ。低体温で赤ちゃんを無事に産めただけでもラッキーだと思うべきで、通常なら流産だろうし、それ以前に妊娠できな不妊症を患ってしまうことだろう。

●第二原則「妊娠中毒症にならない」

 安産三原則の第二原則が、「妊娠中毒症にならない」ということである。これは野本寿美子さんが助産院を開いた場所が東京都調布市だったので、この調布市が田園地帯から都市へと発展していく時代に、野本寿美子さんが助産婦としての仕事をしていたことに大いに関係があるのだ。

 農村や漁村で暮らしていれば、妊婦といえども家事や仕事が多くあるので、妊娠中毒症に罹ることはない。しかし、都市部に暮らしてしまうと、家事は非常に楽なものになるし、仕事も農業や漁業に比べれば非常に楽な仕事ばかりだ。それでどうして運動不足になってしまい、妊娠中毒症を発症してきてしまうのだ。

 俺が勧めている「自然的マタニティーライフ」では、妊婦を運動選手にしてしまうのではないかと妊婦たちに疑いを持たれるくらいにスポーツを勧めているのだが、これは妊婦の運動不足を補い、運動させることによって体内の余分なエネルギーを燃焼させ、妊娠中毒症にさせないためなのである。妊娠中毒症を発症しなければ、体力があるということなので、安産の確率が高まっていくのだ。

 妊婦が病院に行ってしまった場合、医者から安静指導を受けるので、妊婦たちが高い確率で妊娠中毒症になっていってしまうのだ。医者の方も、妊婦が病気になってくれた方が儲かるので、どうしてもこういうふうに妊婦を病気にしていく指導をしてくるのだ。だからこそ、医者の安静指導を拒否しなければならないのだ。医者の意見を鵜呑みにすべきではないのだ。医者は病気のエキスパートであっても、妊娠や出産のエキスパートではないのだ。妊娠中毒症になりたくなければ、安静指導を拒否して、体を動かしていけばいいのだ。

 現代の女性にとっては、「妊娠中毒症にならない」の延長線上に、「糖尿病にならない」というのも付随してくる。これは現代の女性たちが、甘いお菓子を食べすぎているからだ。甘いお菓子を大量に食べたくなること自体、既に食事の栄養バランスが崩れているということなのだ。栄養バランスを欠いた状態で甘いお菓子を大量に食べるからこそ、糖尿病を患ってしまうのだ。

 「白米」や「白パン」をやめ、「玄米」や「黒パン」に代え、「酢の物」をきちんと摂取する。甘いお菓子の間食をやめ、お菓子を食べたいなら食後に食べることだ。そして家事やスポーツに精を出し、体内の糖分を燃焼させていくことだ。食った分だけ動けば、糖分は燃焼して、糖尿となって出てくることはなくなるのだ。

●第三原則「逆子にしない」

 安産三原則の最後が、「逆子にしない」ということである。野本寿美子さんが素晴らしいのは、医者たちによって帝王切開手術が常態化する前に助産婦の仕事をしてきたことであり、そのために多くの逆子を出産させてきたということなのである。逆子の出産の仕方を解っている人が、逆子にしないように仕向けているのである。

 逆子といえども、ちゃんと出産できるのだ。お腹の赤ちゃんの方も、万歳した状態で産道を通ってくると腕が首に絡まって窒息死してしまうのだが、赤ちゃんは手を胸にクロスした形で産道を無事に通過してくるのだ。赤ちゃんの方もこの世に誕生すべく、命を失わない形で生まれてくるのだ。

 但し、逆子の場合、出産時間が非常にかかってしまい、産婦の体力を大いに消耗させるし、難産になってしまうのだ。逆子でもきちんと出産できるのだが、どの助産婦も逆子を出産させるテクニックを持っていると思わない方がいい。歳の若い助産婦なら逆子の恐ろしさを充分に解っていない場合があるのだ。ベテランの助産婦といえども、逆子の出産が少なければ、逆子の出産のテクニックが得意というわけでもないのだ。

 病院で逆子を出産しようものなら、確実に帝王切開手術の餌食になってしまう。逆子でも通常の出産はできるというのに、帝王切開手術の方が高額の料金がかかるゆえに、問答無用で帝王切開手術に踏み切ってしまうのだ。病院では逆子に対して、安易に帝王切開手術を遣り続けてきたために、逆子を通常の出産で産むというテクニックは蓄積されていないし、増してや逆子にしない方法など蓄積されていないのだ。

 逆子の場合、最善の方法は、出産前に逆子を解消させてしまうことなのである。逆子こそ、昔からの難産の代表格だったのだ。その逆子を出産前に解消してしまえば、難産の確率は格段に低下していくのだ。難産というものは、出産前に適切な処置を施せば、消滅させることができるのだ。だからこそ、妊婦たちは安産三原則を遵守して妊婦生活をすごしてしまえば、確実に安産に持ち込むことができるのだ。

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タマティーからの新年のお年玉プレゼント:「千の魔法」

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 結婚してしまえば、お年玉をあげる側になっても、お年玉を貰える立場ではなくなってしまう。そこで、今回、妊娠した記念として、このブログを見てくれる妊婦たちにだけ特別に、タマティーから有り得ないような金額のお年玉をプレゼントしよう。今まで貰ったお年玉は、「千円」とか「1万円」とかであろうが、タマティーが贈るお年玉は最低でも「1千万円」であり、しかも、タマティーの言っていることをちゃんと理解できれば、「数億円」「数十億円」「数百億円」「数千億円」になっていく恐るべき金額のお年玉である。

 前回、家計の運営の仕方や、出産費用を捻り出す方法を教えたのであるが、かといって元々の所得が少なければ、やっぱり家計は苦しいし、出産費用の負担は重く伸しかかってくる。そこで今回は、所得と資産を爆発的に増加させる方法を教えよう。その方法とは、「千の魔法」を使うことなのである。

●夫婦を億万長者にさせる「千の魔法」

 ただ漠然と働いても、人はなかなか豊かになれることはない。下手をすれば働けども働けども貧乏になっていってしまう危険性もあるのだ。なぜなら、数字を持つ力をまったく知らないからだ。数字にはそれぞれ特別な意味があって、それを使ってしまえば、簡単にお金持ちになっていくことができるのだ。

 お金持ちになるために是非とも使うべき数字は、「千」という数字である。「千」という単位には「不思議の力」があるのだ。アニメ映画『千と千尋の神隠し』も大ヒットしたし、秋川雅史の名曲『千の風邪になって』も大ヒットした。今現在、どのような経済状況にあっても、「千」という数字が不思議な力を使って、貧困から脱却して、お金持ちになっていけばいいのだ。

 もしも、夫婦の年収が数百万円なら、「年収1000万円」を目標に掲げてほしい。年収1000万円あれば、生活には絶対に困らなくなるからだ。夫婦共働きの場合、夫婦の所得を合算してしまえば、年収1000万円に成り易いので、結婚は圧倒的に有利なのだ。たとえ、夫婦の所得が年収1000万円に達しなくても、年収500万円を超えていれば、遅かれ早かれ年収1000万円になっていくのだ。

 日本で結婚率が下がってから、日本経済は低迷を続けているのだが、独身者の場合、一人で年収1000万円を超えるのは難しいのだ。年収1000万円なければ、生活をどう遣り繰りしようが、生活は苦しいのだ。スポーツ選手や芸能人や起業家のように若くして高額所得になれる職業は別として、通常の職業では10代や20代で年収1000万円をなかなか超えてくれないのだ。

 だからこそ、多くの男女は貧しくとも結婚して、双方の所得を合わして年収を増やしたり、妻に家計を整えさせたりして、夫は全力で仕事に取り組めるようにさせるのだ。独り身では生活費がかかって仕様がないのだ。夫婦二人で暮らせば、生活費は格段に安くなるのだ。

 すべての分野において自分独りが頑張る必要性などないのだ。大事なのは、独りで生きていくよりも、夫婦が連合して生きていくことなのだ。夫婦で連合してしまえば、現在、どんなに貧乏であったとしても、確実に貧乏から抜け出せるようになるのだ.。自分独りで競争して生きていくのではなく、夫婦二人で連合して、自分一人が出せるパワーよりも遥かに大きなパワーを出していくことなのである結婚こそ、いつの世でもお金持ちになれる古典的且つ基本的な方法なのだ。

 年収が1000万円を超えると、今度は年収3000万円が射程圏内に入ってくるのだ。年収300万円の人が、年収3000万円にするのは至難の業だが、年収1000万円の人なら、年収3000万円にするのは簡単なことなのだ。そして、年収3000万円にしてしまえば、今度は年収5000万円が射程圏内に入ってくるのだ。年収3000万円あれば、年収5000万円にすることなど非常に容易いのだ。今の年収を倍にしなくても実現できてしまうのだ。更に、年収5000万円になれば、年収1億円にすることが射程圏内に入ってくるのだ。年収5000万円の人が、年収1億円にすることなど、呆気ないほどに簡単なのだ。

 だからこそ、一番難しいのは、年収1000万円を超えない年収の人たちなのだ。年収1000万円を超えれば、自然と年収が増加し始めるのに、年収1000万円を超えなければ、生活が苦しいままになってしまうのだ。それゆえに、「千の魔法」を使って、年収1000万円のラインを突破するのだ。大事なことは、現在の生活に不満を抱くことではなく、年収1000万円という目標を掲げてしまうことなのだ。目標さえ明確になっていれば、いずれ実現できてしまうものなのだ。

●種銭は1000万円から始める

 夫婦で家計を運営していく場合、所得だけを闇雲に増やしていけばいいのではないのだ。「所得」だけでなく、「資産」を増やしていくという考えを持つべきなのだ。だから、所得のすべてを生活費に充当しないで、所得が発生した段階で、所得の20%を天引きして、それを資産に回していくのである。天引き貯金は、万が一の場合に生活費に充当するものではないのだ。資産を作っていくための貯金なのだ。

 ビジネスを起こすには「種銭」が必要だと言われる。株式会社を起こすには、資本金が必要である。資本金こそ、種銭のことなのである。夫婦の場合、天引き貯金に蓄えられたお金こそが、その家族にとっての種銭なのだ。資本金なのだ。夫婦にとって最低必要な種銭は、これもまた「1000万円」である。1000万円あれば、株に投資しようが、債券に投資しようが、不動産に投資しようが、巧く行くようにできているのだ。

 種銭の1000万円が貯まるまでは、徹底して質素倹約に努めることだ。新婚当初から贅沢な暮らしをしたい気持ちは解るけど、豪華な暮らしをしてしまえば、種銭が一向に貯まらないのだ。種銭を貯めなければ投資などできないのだ。投資こそ、夫婦の資産を爆発的に増やしていく方法なのだ。

 種銭の1000万円が貯まれば、そのお金を投資して3000万円まで増やすことが可能になってくるのだ。種銭を1000万円にする過程で、お金に対する感覚が鍛えられ、簡単に自分の資産を3倍に増やすことができるのだ。投資で裕福になっていく夫婦のほとんどが、あぶく銭を投資に使ったわけでもなく、宝くじで当選したお金を投資して豊かになっていったのではなく、質素倹約してコツコツと貯めたお金を投資して、裕福になっていったのだ。

 よく金融の詐欺に引っかかる夫婦たちは、質素倹約をバカにして、コツコツと種銭を蓄えず、派手な暮らしをしているからこそ、お金に関する感覚が鍛えられず、詐欺師に騙されてしまうのだ。大体、「投資すれば儲かりますよ」と詐欺師がいうなら、他人に勧めず、自分が投資して設ければいいのだ。安易に儲かる金融商品こそ、危険であるという最低限の基本すら身についていないのだ。

 資産を3000万円にすると、資産を5000万円にすることが可能になってくるのだ。資産が5000万円になれば、今度は資産を1億円にすることが可能になってくるのだ。そして、金融資産が1億円を越えると、資産は雪達磨式に増えていくのだ。この世のお金持ちたちは、この資産が雪達磨式に増えていくメカニズムを利用して、億万長者になっていったのだ。

 資本主義社会で貧乏になる人々は、この資産が雪達磨式に増えていくメカニズムを知らないだけなのだ。それどころか、この雪達磨方式をマイナスに働くように仕向けてしまい、自分の借金が雪達磨式に増えるにしてしまっているのだ。これではいくら働いても豊かになるわけがないのだ。

 いくら学校や大学で勉強ができても、必ずしも自分の生活が豊かになる保証はない。「無知は貧困をもたらす」のだ。お金持ちになる方法は、学校や大学では決して教えてくれない。なぜなら、学校の教師や大学の教授たちのほとんどすべてが億万長者ではないからだ。貧乏人たちからいくら経済のことを教わっても、確実に貧乏になる方法しか教えてくれないものなのだ。自分が貧乏から脱却し、お金持ちになりたければ、謙虚になって、お金持ちになる方法を、お金持ちから教えてもらわなければならないのだ。

●お財布には新札の千円札を常に30枚以上入れておく

 お金持ちと貧乏人では何が違うのか? それは考え方が根本的に違うのだ。もしも、今現在、貧乏であるならば、お金に関する自分の考えをすべて捨て去った方がいい。その考え方では、いくら働こうが豊かになれないからだ。それよりも、お金持ちの意見に耳を傾け、お金持ちになる方法を、謙虚に学び取って行った方が、最短距離で自分もお金持ちなることができるのだ。

 例えば、俺が或るお金持ちから教わった方法にこんなものがある。お財布に新札の千円札を常に30枚以上入れておくというものだ。千円札を30枚入れても、合計金額は3万円にしかならない。この金額なら、たとえ財布を落としたとしても、経済的には痛くない。しかし、これが1万円札が30枚で、合計金額が30万円なら、財布を落とした場合、ショックはでかくなってしまう。だから、千円札が30枚で丁度いいのだ。

 では、なぜ千円札を30枚以上、お財布の中に入れておくのかというと、俺はこう言われた。「一万円札のトリックに気づけ」と。誰もが経験することだが、買い物で1万円を使ってしまうと、いくらおつりがきても、そのあつりはあっという間に消えてしまうのだ。そうすると、この「1万円札のトリック」に嵌まると、浪費癖がつき、貧乏癖がついてしまうというのだ。確かに言われてみれば、そうなのだ。1万円札を買い物で使ってしまうと、お金はあっという間に消えるし、後にはお金がないという印象だけが残ってしまうのだ。

 だから、買い物では1万円札を使うのではなく、千円札を使えば、この1万円札のトリックに嵌まらなくて済むようになるのだ。しかも、支払いをする時、新札を使うと、店員の人はビックリして、自分を大事にしてくれるというのだ。お金は1万円札の十分の1なのに、人は新札を貰えば有難いと思ってしまうのだ。

 しかも、お財布に千円札が30枚以上あると、お財布が厚くなり、非常に豊かな気分になれるのだ。千円札が30枚といっても、たかだか3万円なのである。3万円に少し工夫するだけで、日常生活を豊かに過ごすことができるのだ。仕事をしている男性なら、3万円もあれば、充分に1日を過ごせるのだ。特別な買い物をする際には、クレジットカードを使えばいいだけなのだ。このちょっとした工夫で、どれだけ裕福感が身に付くか計り知れないのだ。1万円札を使うたびに貧乏癖がつく人間と、千円札を使うたびに店員から感謝される人間とでは、時が経つほどに所得格差が開いていくことだろう。

●ネガティブな経済情報に惑わされるな

 俺は常々「お金持ちになりたければ、一般紙を読むな」「豊かな暮らしをしたければ、テレビを見すぎるな」と言っている。なぜなら、一般紙もテレビも貧乏人向けのメディアだからだ。『朝日新聞』『読売新聞』『毎日新聞』のような一般紙は、ビジネスに一切関係ない新聞だからだ。朝、これから仕事に出かけようとしているのに、政治家の揚げ足を取ったり、殺人事件を報道したり、最近の女子高校生が援助交際をしているなどと、まったくビジネスに関係ない情報を流してくるからだ。テレビにしても、どのニュース番組も情報はほとんど同じだし、それなら1日30分も見れば充分なのだ。

 一般紙やテレビが本当に恐ろしいのは、ネガティブな経済情報を流してきて、それを見ている読者や視聴者が、いつまにか洗脳されてしまい、経済に関してネガティブになってしまうことなのだ。だからこそ、貧乏人に限って一般紙を定期購読しているし、1日のテレビの視聴時間が長いのだ。

 ビジネスに必要な新聞は、「経済紙」「スポーツ紙」「地方紙」で充分なのだ。できることなら、新聞を飛ばし読みし、自分の仕事に必要な情報を集める習慣を身に付けることだ。不要な情報で頭の中を一杯にしていたら、自分のビジネスが巧く行くわけがないのだ。ビジネスで成功したいなら、新聞よりも「雑誌」や「ビジネス書」を良く読むことだ。家でテレビを見ていないで、「セミナー」に行ったり、「会員制の情報配信クラブ」に加入して、新聞やテレビに流れてこない情報を掴んでしまうことだ。的確な経済情報を集めていれば、不況を事前に察知できるものだし、不況の情報を前もって掴んでいれば、自分の資産を増やす絶好の機会を掴むことができるのだ。

 だからこそ、情報収集に使うお金を決してケチらないことだ。その夫婦の豊かさは情報質量によって決定されるのだ。特に夫が雑誌やビジネス書を買うだけのお小遣いはちゃんと与えておこう。この僅かなお小遣いで、自分たちの夫婦の資産が急激に増加していくことになるからだ。

 いい情報は常にお金持ちに集まり、悪い情報は常に貧乏に集まるものなのだ。だからこそ、今現在いくら貧乏であったとしても、貧乏人たちと同じような暮らしをしていては、悪い情報だけに埋め尽くされてしまい、確実に貧困のドン底に落ちていくのだ。それゆえに、貧乏人たちと歩調を合わしてはならないのだ。一般紙の購読を拒否し、テレビの視聴時間を短くして行けば、お金持ちたちの歩調に合わすことができるようになるのだ。

 自分が或る一定度の資産を持たなければ、情報の価値など解らないものなのだ。或る一定の資産があると、経済の視界が一気に広がり始めるのだ。その最低ラインは「1億円」だ。自分たち夫婦が所有する資産が、不動産を除いて、金融資産だけで1億円を超えると、お金儲けの遣り方が解り始めるのだ。更に、金融資産が「10億円」あると、世界の大金持ちたちの動きが手に取るように解るようになるのだ。そうなれば、市場がいかに好況や不況を繰り返そうとも、自分たち夫婦の資産をいくらでも増やしていくことができるのだ。

 将来、どんなに裕福になろうとも、始まりは年収1000万円からなのだ。このスタートラインに到達してこない限り、自分たち夫婦のサクセスストーリーは始まらないのだ。「今中に年収1000万円にする」と決意し、紙に書いて、夫婦の目標を明らかにしておくことだ。そして、年収1000万円を超えるまでは、汗水垂らして我武者羅になって働くことだ。「千」という魔法の力に気づけば、景気の変動に一切関係なく、自分たち夫婦の所得は急激に増加し始め、資産は雪達磨式で増えていくのだ。

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出産費用は授業料だと思えば安いもの

●出産費用は絶対に高くない!

 初めて妊娠した場合、ほとんどの夫婦が出産にかかる費用を初めて知ることになる。裕福な夫婦なら別だが、大半の夫婦は出産費用の高さにビックリしてしまうのが現実であろう。それだけ出産を助ける作業は、重労働だということなのだ。出産は深夜から明け方に行われるのは普通なので、助産婦は1晩中、妊婦に付きっ切りなのだ。しかも、妊娠発覚から、出産後までなにかと面倒を見てくれるのだから、余程の悪徳の助産院でない限り、助産婦が提示する金額は公正な料金なのだ。

 他人の正当な仕事には、こちらも正当な対価を支払うということが、習慣として身についていれば、きちんと支払うことができるだろう。しかも、夫婦の方には初めて妊娠できた喜びがあるので、出産費用など余り気にかかることはない筈だ。人間は喜んでいる状態であるならば、気前よくお金を支払うからだ。

 しかし、この世には、妊娠の喜びより、お金の誘惑に負ける連中がいるのだ。こういう夫婦は出産費用の高さに仰天してしまい、「高い!」「高い!」と喚き出し、挙句の果てには、政府に支援してほしいと言い出す始末なのだ。なぜ、個人の出産に対して政府が支援しなければならないのだ? 浮浪者だって政府の支援を受けていないのに、なぜ、真っ当に暮らしている筈の夫婦が、浮浪者よりも劣る物乞いにならねばならぬのだ。

 確かに、病院の方では、高額所得者向けの高級な出産専門の病院があるので、そこで出産しようものなら、数百万円という料金なので、これは確かに高い。しかし、これは高額所得者向けだし、しかも、助産院ではなく病院だ。助産院の料金の方は、病院での出産の料金と比較しても、安くなっているのだ。出産費用に驚いていないで、まずは、助産院の料金と病院の料金を比較して見ることだ。初めての出産だから、出産費用の相場を知らないだけなのだ。

 出産費用というのは、出産だけに対してかかるものではないのだ。妊娠中、何かと妊娠や出産のことを教えてくれるのだ。なにせ助産婦は妊娠や出産のエキスパートなのだ。妊娠や出産に関することなら、ほとんど知っているのだ。だから、出産費用を妊娠や出産の授業料だと思えば安いものなのだ。しかも、最初の妊娠が成功してしまえば、後の育児や、その後の再び妊娠して出産した場合、非常に楽なものになるのだ。何事も最初が肝心なのだ。最初の妊娠で絶対に躓かないことだ。

●家計簿がないからこそ、出産費用が高く思えてしまう

 出産費用が高いと言い出す既婚女性たちは、まず出産費用の相場を知らないことと、通常の生活で家計簿をつけていないことが、高く見えてしまう原因なのだ。家計簿がないからこそ、必要なお金を融通できないのだ。どんなに高額所得のある夫婦でも、家計簿がなければ、その日暮しの浮浪者となんら変わらないのだ。だから、浮浪者レベルの考えを持ってしまうのだ。

 家計簿というのは、家族を運営していく上で非常に大事なアイテムなのだ。家計簿がなければ、その夫婦がいくら高額所得者であってとしても、自分たちの家計を把握できないのだ。妻が家計を把握していなければ、通常の生活費ですら困ってしまうし、この状態で妊娠しようものなら、出産費用の金額ですら用意できなくなってしまうのだ。政府に出産費用の負担を要求している女性たちが、生活で家計簿をつけているから調べてみればいいのだ。そのすべての女性たちが家計簿をつけていない筈だ。

 結婚したら、家計簿のつけ方を先輩の既婚女性に教えてもらい、家計簿をつけて夫婦の経済状況を把握しておくことだ。妻が夫婦の経済状況を把握していれば、たとえ夫の所得が下がろうともビクともしなくなるのだ。いつの世にも自分の貧困を政治や経済のせいにしたがる連中はいるものだ。しかし、人間が貧困になっていくのは、家計簿をつけないからなのだ。自分の経済状況を把握できなければ、誰だって貧乏になっていくのは当然なのだ。

 結婚すれば遅かれ早かれ妊娠することになるのだ。だから、結婚当初から出産費用を前もって積み立てておくべきなのだ。分割して積み立てれば、安いものになってしまうのだ。いきなりすべての出産費用を要求されれば、誰だって高いと思ってしまうのは当然なのだ。だからこそ、分割して積み立てていくののある。

 経済的に豊かになっていく夫婦と、貧乏になっていく夫婦の最大の違いは、この「分割の威力」に気づいているか否かなのである。住宅だって、自動車だって、一括払いで支払えば高額なのである。しかし、それで諦めていては、いつまで経っても住宅や自動車を購入できないのだ。高額であるならば、分割してしまえば、毎月の負担は安いものになっていくのだ。

 出産費用もこれと同じなのだ。いきなり出産費用を提示されれば高いと思っても、それを分割してしまえば、1ヶ月あたりの金額は安いものになるのだ。妊娠までに出産費用を備蓄していなくても、出産まで10ヵ月あるのだから、その出産費用を10ヵ月で分割すれば、1ヵ月あたりの金額は取るに足らない金額になってしまうのだ。

●無駄な物を売り払え

 出産費用ごときで「高い!」「高い!」とほざく既婚女性がいるなら、まずは自分の無駄なものを売り払うべきなのだ。こういう女性に限って、自宅の中は不要な物で溢れ返っているのだ。自分が日々、不要な物に囲まれた生活を送っているからこそ、必要なお金を作り出せなくなってしまうのだ。

 それゆえ、自宅にある不要な物を売り払って、出産費用を融通すればいいのだ。特に結婚前に使っていた大半の物は、結婚すれば不要となるので、これらの物は売り払ってしまうことだ。独身時代に着ていた服のほとんどは、結婚すれば着なくなってしまうのだ。女性は結婚するとば服のセンスが変わってくるので、着ることのない服を持っていても、永遠に着ないのだ。しかも、このような着ない服はクローゼットのスペースを大いに占領し、大いに邪魔になるので、新しい服を買うことができなくなってしまうのだ。

 更に、独身時代に身につけていたアクセサリーなども不要になる。結婚してしまうと、独身時代のアクセサリーは非常にチープなものに見えてしまうのだ。これも結婚した際の心境の変化なのだ。中でも、元彼に貰ったアクセサリーなど、いつまで持っておくと、現在の結婚が崩壊しかねないほどの縁起の悪い代物なのだ。こういう物も売り払ってしまい、離婚の危険性をなくしていしまうことだ。

 不要な物を所有しても、金利はつかないものなのだ。しかも、自宅を狭くさせる厄介な代物なのだ。そのスぺースがあれば、現在の生活を豊かに過ごせるのに、不要な物が家の中にあるばっかりに、狭い住宅環境になってしまい、日々の生活がなんとなく貧しいものになってしまうのだ。

 不要品を売り払うと、いかに奇麗な服やアクセサリーでも売ってしまえば、安い値段で買い取られてしまうのだ。そのお金を出産費用に回すとともに、今後、安物は買わないという貴重な教訓を得ることができるのだ。この教訓こそが、その後の人生で「安物買いの銭失い」を避けることができるようになるのだ。この教訓がなければ、安物を買いまくる人生を送る、そこらのオバンサンたちとなんら変わらない人生を歩んでしまうことになるのだ。

●家計の三分割

 家計簿をいくらつけても、所得のすべてを生活費に充ててはならない。家計を1つの収支で処理してしまうと、いかに高額な所得があっても、お金が不足してしまうのだ。家計は必ず三分割することだ。「生活費」「出産育児貯金」「天引き貯金」の三つに分けてしまうのだ。

 「生活費の割合は所得の50%」「出産育児費用に回す割合は所得の30%」「天引き貯金に回す割合は所得の20%」にするのが、理想的であり、実際の生活で無理がかかることなく行えるのだ。所得があったら、最初に天引き貯金の分を差し引いてしまうことだ。所得の20%なら、いかなる低所得でも貯金に回せる筈だ。この天引き貯金のお金は、自分たちの生活がいかに苦しくても、絶対に使ってはならないお金だ。このお金こそが、夫婦の資産を形成していく貴重なお金だからだ。

 資産が多くなれば、生活は格段に楽になるのだ。夫婦が豊かになる最大の秘訣は、「所得を増やすだけの努力をするのではなく、資産を増やす努力をせよ」ということなのだ。天引き貯金で蓄えたお金を株券や債券や不動産に変えてしまえば、資産収入が出、いわゆる不労所得を手にすることができるようになるのだ。株券の場合、株券の売却益や株式配当を、そのまま株式に再投入して更に資産を増やして、資産を爆発的に増やしていけばいいのだ。そうすれば、あっという間に億万長者になってしまうことだろう。

 生活費や出産費用は、残りの所得の中で遣り繰りしていけばいいのだ。だから、いかに多くの資産を所有しても、コンスタントに労働をし続け、生活を合理化して、慎ましい生活にしておくべきなのだ。生活は豪華にしてしまえば際限がないのだ。生活費は要はその夫婦にとっての人生の経費なのである。必要な経費は使うべきだが、必要以上の経費は絶対に使うべきではないのだ。

 出産費用は、要はその夫婦の未来投資と思った方がいいだろう。だから、この費用をきちんと用意してあげるとともに、かといって必要以上にかけすぎてはならないのだ。育児というものは、お金をかけすぎると、その子供が将来、碌な大人にならないからだ。我が家がどんなに裕福な家庭であっても、「労働の大切さ」や「質素倹約の生活の仕方」や「貯蓄して自力で資産を蓄えていく喜び」を自分の子供たちにきちんと教え込むことだ。

 助産院での料金など、家計簿をきちんとつけて、家計のリズムがきちんとできていれば、楽に支払えるものなのだ。他人の労働行為に対して、安いお金しか支払わなければ、相手はこちら側に損害をもたらそうとしてくるものなのである。豊かになるということは、払うべきものにはきちんとお金を支払う習慣を身に付けることなのである。これがきちんとできてきていれば、自然と豊かになっていくのだ

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もしも「自宅出産」を選択するなら

●復活しつつある自宅出産

 昔は自宅で出産するのが当たり前だった。「女性は病院で出産しなくてはならない」というのは、実は戦後になってGHQによって洗脳されてしまったからである。女性たちが病院で出産するようになってから、妊産婦が今まで知らないような病気をするようになったのである。女性たちが自宅出産をしていた頃、妊産婦が罹る病気といえば、出産後の「産褥熱」ぐらいのものであった。ところが、女性が病院で出産するようになってから、妊産婦は病気のオンパレードになったのである。医者の誤った医学的指導や治療法が、妊産婦に対して様々な病気を作り出していったのである。

 このことを知ってか、近頃は既婚女性の中には自宅で出産したいと願う既婚女性たちが増えてきた。現在では未だに全国で数千件程度だが、徐々に増加の傾向にある。GHQによって滅ぼされてしまった自宅出産は、昔のものがそのまま復活してきたというよりも、GHQによって勧められていった病院での出産に対し、既婚女性たちの医療不信から復活してきたのである。

 出産する女性にとっては、出産は人生で最大の経験である。だからこそ、出産を丁重に扱ってもらいたいものだが、それなのに出産時での医療事故がやたらと目立つのだ。無事に産んだとしても、病院内で赤ちゃんの取り違えが起こってしまったりと、余りにも病院の管理が杜撰なのだ。

 それに比べれば、自宅出産は、妊娠や出産に対して「安全」「安心」が最大化するのだ。自宅で出産すれば医療事故もなくなるし、赤ちゃんの取り違えなんて絶対に起こらなくなるのだ。自宅出産こそが、妊娠や出産においては最高の遣り方なのである。助産院での出産は、どんなに優れたものであっても、自宅出産に次ぐ存在でしかないのだ。

 出産費用に関しても、陣痛が始まってから助産婦を呼べばいいだけなので、出産費用が最小化するのだ。経済的にも非常にリーズナブルなのだ。枕が違えば眠れなくなってしまう女性なら、枕が違う助産院や病院では眠れない夜は過ごすことはあっても、自宅出産なら、出産後、すぐに眠れて熟睡できてしまうのだ。このことが産後の体力回復にどれほど効果があるか計り知れないくらいほど、素晴らしい効果をもたらすのだ。

●子供に出産するシーンを見せたい

 初めての妊娠の妊婦なら、医療不信から自宅で出産したいという女性がほとんどなのであるが、子供のいる妊婦なら、子供に出産するシーンを見せたいという願望から、自宅で出産する女性たちが出て来るのだ。自分の子供に出産するシーンを見せることによって、出産の感動を子供と共有したいというのが、子供のいる母親の願いなのだ。赤ちゃんを出産するというのは、本当に感動的な出来事なのである。だから、その出産の感動を、自分の子供たちにも分け与えたいのだ。これは母性愛からくる、当然の願望であり、当然の行為なのだ。

 昔は出産することも、老化することも、病気することも、葬式も自宅で行っていたのである。だからこそ、人間の生命の尊さを自然に理解できたのだ。しかし、現在のように、出産や病気は病院で行ってしまい、老化すれば養老院や特別介護老人ホームに送られ、葬式は寺院や葬儀場で行ってしまえば、人間の生命の尊さを理解できなくなってしまうのだ。だからこそ、平気で殺人事件を犯してしまったり、ちょっとしたことですぐに自殺してしまうようになるのだ。人間は生老病死から切り離されれば、その人間が生命の尊さを忘れてしまい、異常を来たしてくるのである。

 これは何も現代に限ったことではないのだ。仏教の教祖のゴ^-タマ・シッダルータは、父親によって老人や病人や身体障害者を見ることなく、汚いものを見ることなく、外界と隔離された宮殿の中に住み、花や香を撒かせて、あたかも楽園にいるような異常な状況下で育ってきたのだ。ゴ^-タマ・シッダルータが青春時代を迎えた或る日、東の門から馬車に乗って遊びに出かけようとするとヨボヨボの老人に出会って、人生で初めて老人を見たというのだ。その後、南の門から馬車に乗って遊びに出かけようとすると病人で出会い、人生で初めて病人を見たというのだ。その後、西の門から馬車に乗って遊びに出かけようとすると、野辺送りされる死体と出会い、人生で初めて死体を見たとうのだ。これ「四門出遊」といい、ゴータマ・シッダルータの出家の直接の動機になったという事件なのだ。

 俺はこの話を聞くたびに、「ちょっと待て!」と言いたくなる。ゴータマ・シッダルータは、青春時代を迎える頃までに、老人も病人も死体も見ていないという異常な環境の中で育ってきたということなのである。そのために、人類にとって考えなくてもいいことを考え込んでしまったのである。青春時代までに、老人や病人や死体を見ていないということは、その人間の精神を完全なまでに異常にしてしまうのである。

 仏教がいうように生老病死はすべてが苦しみではないのだ。赤ちゃんが生まれてくるということは、これほど感動的で嬉しいものはないのだ。老化することは、それだけ人生経験が豊富だということなのだ。病気をするからこそ、健康の有難さが解るというものなのだ。人間の死があるからこそ、人間は人間の生の大切さが解ってくるのだ。

 家庭の中にお爺ちゃんやお婆ちゃんがいれば、老いることを苦しみと捉えるような考えは決して持たないことだろう。お爺ちゃんやお婆ちゃんがいれば、家事を手伝ってくれるし、話せば面白いし、お金だってくれるのだ。病気で寝込んだりする経験があれば、病気の対策を考えるのが結構面白かったりするのだ。家族の中で誰かが死ねば、それは悲しいことではあるけれども、葬式をきちんと挙げ、丁重に弔ってあげるのが、生きている者たちにとって聖なる義務となるのだ。その聖なる義務を果たすからこそ、自分の生を充実させることができるのだ。

 子供の頃から生老病死を見ているからこそ、生命を尊重することができるのだ。子供の頃に生老病死を見ずに育ってしまえば、いくら生命の尊重を教えても理解することはできないのだ。それどころか、仏教の教祖のように悩まなくてもいいことに悩んでしまい、人間としての道を外れるような生き方を平然と行ってしまうようになってしまうのだ。だからこそ、母性愛の豊かな母親たちは、自分の子供に出産するシーンを見せて、生命の偉大さを教えようとするのである。

●自宅出産する場所を決めておく

 自宅出産は、その妊産婦にとっても、子供たちにとっても、その後の人生で計り知れないほどの成果がありながら、唯一問題があるのだ。その自宅出産での問題とは、「住宅の広さ」なのである。自宅が狭ければ、出産には不向きなのだ。出産する際には、大きなスペースが必要となるのだ。

 最低でも夫と妻と助産婦の3人が入れて、息苦しくないほどの大きさの部屋が絶対に必要になる。3人が入って息苦しい部屋であるなら、出産時に酸素不足になってしまい、巧く体力を発揮できなくなるのだ。出産は人によっては長時間に及ぶこともあるので、部屋の広さは、自宅出産を考える時に、最大限に考えなくてはならない要素である。

 また、オンボロアパートのように壁の薄い家だと、近所に出産時の声が漏れてしまうので、近所の人に理解があればいいが、人的な交流がないと、出産した際に面倒を起こすことにもなりかねないのだ。自宅出産する際は、予め近所の人に自宅出産する胸を伝えておいた方がいい。

 そういった点では、一軒家に住む夫婦は、自宅出産においては圧倒的に優位な状況にあるのだ。実際に自宅出産を行った夫婦を見ていると、一軒家に住む夫婦が異常に多いのだ。自宅に出産できるだけの広さがあるなら、自宅で出産したいと考えるのは、当然のことなのだ。

 だからこそ、今はマンションやアパートに住んでいても、将来、一軒家を建てる時は、小さい家を作るのではなく、大き目の家を作っておいた方がいいのだ。妻が「自宅出産したい」と言い出す可能性があるからだ。住宅を建設する際は、自分の所得から考えるのではなく、裕福な人の住宅を見たりして、自分たち夫婦はこういう住宅が欲しいという願望を明確にしていくことだ。高級住宅に住んいる友人の自宅を訪れてみたり、休日などに高級住宅街を夫婦で散策してみると、自分の願望が明確になり、将来、自分が望むような豪華な自宅を建てることができるようになるのだ。

●両親に手伝いに来てもらおう

 自宅出産する場合は、何かと人手が不足するので、両親の手助けを借りることだ。特に母親の手助けは非常に重宝することになる。出産には経験者なので出産の仕方が解っているし、産後の食事なども作ってもらえるのだ。出産が終わり、睡眠を取った後で食べる料理が旨ければ、体力の回復も早くなるし、母乳の出もよくなるのだ。

 自宅出産は、自宅ということで、とにかく出産に対して緊張しなくなるので、陣痛が始まってから出産するまでの時間を短縮できるのだ。子宮口もリラックスした状態であるならば、スムーズに開いてくれるのだ。病院ではあの殺伐とした病室だからこそ、妊婦が緊張してしまい、子宮口の開きが悪くなってしまい、出産に時間がかかってしまうのだ。

 赤ちゃんが生まれて、処置が済んだら、助産婦はすぐに帰るので、助産婦に食事を用意することなどは不要である。自宅出産をすると、どうしてもその助産婦に深い愛情を持ってしまい、家族同然の扱いをしてしまうようになってしまうので、自分たちの感情の制御はきちんとしておいた方がいい。助産婦も出産が終われば、次の仕事が待っているので、サラリと帰してあげることだ。

 自宅出産は出産自体には非常に有益なのだが、唯一問題点があるとするなら、妊娠を通じて、妊婦フレンドを作りにくくなってしまうkとなのだ。自宅出産をするからといって、助産院にまったく通わないようになるのではなく、妊娠中は助産院にきちんと行って、妊婦フレンドを作って、妊娠の情報を遣り取りすることだ。

 自宅出産するも、助産院で出産するも、病院で出産するも、あくまでもその妊婦が自分で意志で決めることである。何事も選択肢が唯一になってしまえば、誰がどうやろうと問題が生じてくるのだ。病院で出産しなければならないとしたら、医者や看護師がどんなに努力した所で、絶対に巧くいかないのだ。妊婦に出産における「選択の自由」があるからこそ、自分にとってベストのものを選ぶことができるのである。

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自分が出産する場所は夫婦二人で探すべし

●助産院は夫婦二人で探すべし

 妊娠が発覚したら助産院を探さざるを得ないのであるが、この助産院探しは妊娠期間中の最初の夫婦の試練であるといってもいい。この助産院選びをきちんと行えれば、妊娠の悲劇はほとんど皆無になるし、安産に持ち込むことが可能になるからだ。妊娠の幸不幸は、夫婦二人で行う助産院探しで大方決まってしまうのだ。

 夫婦の中には、助産院探しを妻だけでやってしまう夫婦たちもいるが、初産であるならば、助産院探しは夫婦二人で慎重に行った方がいい。初めての妊娠の場合、妊娠も出産も初心者なのである。その初心者が助産院探しを妻一人だけやって巧く行くわけがないのだ。夫婦二人で共同で行い、夫婦二人で話し合っていけば、失敗の可能性を極力下げていくことができるのだ。

①安全

 助産院探しの基準は、まず「その助産院が本当に安全に産めるのか」という点である。その助産院では成功率はどのくらいで、失敗率はどのくらいか、失敗した場合、どのような処置を取ったのか、調べた方がいい。助産院は成功率が高ければ繁盛してくるし、リピーターも多いので、リピーターの人にこの助産院ではどのような出産の仕方をしたかを訊いてみるのもいい。

②安心

 助産院探しの第二の基準は、「その助産婦さんが親身になってくれるのか」ということである。助産婦は基本的に赤ちゃんや子供が大好きな女性がなってくるので、妊娠や出産という行為に本当に積極的に親身に接してくれるのかを調べた方がいい。助産婦の中には、万が一、まともに就職できずに助産婦になってしまった女性もないではないからだ。褒め言葉の使い方が巧いというのも、一応チェックしておいた方がいい。褒め上手の助産婦ならば、出産時には非常に楽になるからだ。

③適正な値段

 助産院探しの第三の基準は、その助産院の値段が「助産行為として適正な値段なのか」ということである。決して「安価」を選んではいけない。妊娠中は最大10ヵ月間付き合うわけだし、出産時では徹夜の作業になるのだ。その助産婦の仕事の対価が安すぎるということは絶対にありえないからだ。かといって高すぎるということもないからだ。安価の場合、もしも失敗したら、その助産院に資産がないので、こっちが泣き寝入りになってしまうし、高価の場合、その助産婦は助産行為になんらかのインチキを仕掛けてくると見た方がいい。いい助産院ほど、高すぎもせず、安すぎもしないのだ。金銭感覚は、その夫婦の経済力によって変動を受けてしまうので一定ではないが、様々な助産院の値段を調べていくと、この範囲内が適正な値段なんだなと解ってくるので、最初から一つの助産院に絞らないで、いくつかの助産院を調べた方がいい。

●いい助産院ほど、建物は立派ではない

 助産院探しは、最初からいきなりいい助産院を見つけることなどできないと思った方がいい。10件あたって、自分に合う助産院は1件か2件しかないのだ。そんなものなのだ。だから、最低でも10件の助産院を探してみたらいい。10件探せば、自分に合う助産院が必ず見つかるからだ。

 助産院探しで頼りになる武器は、自分の「直感」だ。女性にとっては、その助産院で出産することになるので、どこで産むべきか直感が非常に冴えてくるから、どの助産院がいいか見極められるのだ。この直感が働かなかったら、余程、自分の本能が衰えていると見ていい。直感さえあれば、「この助産婦さんなら、出産を手伝ってもらっても大丈夫だ」といいうのが一発で解るからだ。

 ただ、初めての妊娠の場合、妊娠や出産に異常な期待をしている場合があるので、その直感が異常を来たし、下手な助産婦を選んでしまう場合もあるので、自分の判断が正しいか、常に夫に相談を持ちかけた方がいい。夫は出産費用を負担する者なので、お金の面からシビアに助産院を判断してくるからだ。

 助産院探しは絶対に建物の外観に囚われはていけない。いい助産院ほど、建物は立派ではないからだ。助産婦の仕事は、助産婦と妊婦さえいれば成立する仕事なので、助産院の建物を立派にする必要性がないのだ。腕のいい助産婦に限って、助産院の建物には無頓着だ。助産院の内部もポスターをゴチャゴチャと貼ったり、机の上には書類が山積みになっていたりと、奇麗になってはいないのだ。

 建物を奇麗にしてしまえば、それだけ必要経費がかかっているということであり、その高価な費用はすべて妊婦たちが出したものなのだ。だから、助産婦の仕事を真面目にやっている助産婦がそんな所でお金をかけるわけがないのだ。「建物で判断するより、助産婦で判断せよ」。これだけは肝に銘じておいた方がいい。

●自宅からの助産院の距離

 妊婦にとって自宅から助産院の距離というのは、とっても重要になる。自宅で陣痛が始まった場合、助産院まで行かなければならないからだ。陣痛が始まってすぐに出産が始まるわけではないが、陣痛が起きている状態で助産院に行かざるをえないので、自宅と助産院の距離というのが、その妊婦にとっては重要な意味を持ってくるのだ。

①近所型

 自宅の近所に助産院があるなら、それはベストといえるものだろう。陣痛が起きても歩いていける距離なら、陣痛が始まったら、ゆっくりと歩いて行けばいいのだ。但し、自宅の近所に助産院あると、どうしてもその助産婦への採点が甘くなってしまうのだ。顔見知りであるならば尚更のことになってしまう。身近な人間ゆえのリスクも充分に把握しておこう。

②通院型

 妊婦が助産院に通院できる距離は、通院時間が1時間30分以内と限定した方がいい。この通院時間の範囲内ならば、陣痛が起きても行ける距離だからだ。これ以上、時間がかかると、陣痛の際に助産院に行くのがつらくなるのだ。陣痛が発生した場合、自動車で行くことになると思うので、どのルートを取れば、最短距離で行けるのか、ルートをチェックしておくことだ。

③宿泊型

 自宅から助産院が遠距離なら、その助産院に宿泊してしまった方がいい。予定日が近づいてきたら、その助産院に宿泊するのだ。お金はかかるが、陣痛が起きた場合、自宅からその助産院に行くことが困難になるから、だったら宿泊してしまった方がいいのだ。但し、出産予定日といってもあくまでも目安なので、必ずしもその日に産むとは限らないのだ。実際に出産する日は、出産予定日とは大いに異なるということは覚えておいた方がいい。

 どの助産院で産むかは、あくまでもその妊婦に最大の選択権があるので、その妊婦の意志で選べばいい。初めての妊娠の場合、余りにも張り切りすぎてしまうと、余りにも無理がかかった助産院を選んでしまうので、とにかく一旦冷静になって考えることだ。そして自宅で夫と相談して決めていくことだ。最初から完璧に行くことはないが、だが、最初の出産でその後の育児の仕方も変動を受けるので、あくまでも自分が納得できる助産院を選ぶことだ。自分が納得した上での決断であるなら、結果がどうなろうと後悔はしないものなのだ。

●助産院探しは夫を父親にしていく試練でもある

 夫婦の中には、夫が助産院探しを手伝わない夫もいるので、そういう時は、拒否する夫の首に縄を括りつけてでも、夫婦で一緒に助産院探しをすべきなのだ。夫は平日は仕事して疲れきっているので、休日ぐらいは休ませてよと言いがちだが、出産は妻にとって最大の試練なので、この助産院探しを手伝ってくれないと、夫婦の仲も成熟していかないのだ。

 妻が自分で一人で勝手に助産院探しをしてしまうと、出産後に夫婦の仲が悪化し、離婚ということにもなりかねないのだ。助産院探しはただ単に助産院を探すということではないのである。助産院を探すことで自分の出産場所を確保し、そして夫婦で助産院を探すことで夫を父親にしていく試練でもあるのだ。

 女性は自分が妊娠するので、自然と母親になっていくが、男性の方には肉体上にはなんにも変化がないので、自然に父親になっていくとはないのだ。だから、妻は夫を助産院探しに連れ出し、父親にしていく試練を夫に与えなくてはならないのだ。助産院探しで困っている妻に対して、夫が「愛」と「知恵」と「勇気」を示して、妻が「安全」「安心」で出産できる場所を確保してあげなくてはならないのだ。

 夫を父親にしていくのは、妻の仕事なのだ。妻がこの大事な仕事を放棄してしまえば、夫は父親になることはなくなってしまうのだ。妻が出産したら育児に無関心になってしまうか、逆に子供を溺愛する父親になってしまうかのどちらかなのだ。育児放棄は愛のないことの現われであって、溺愛は父親としてまともな愛を出せない証拠なのだ。

 夫を父親にしていくのは、妻の仕事なら、では夫の仕事は一体何と訊かれれば、それは「出産費用を負担するのが、夫の仕事」なのだ。だから既婚男性たちは仕事で有り得ないような頑張りを果たしてくるのである。夫の経済力と繁殖力は比例する関係にあるからだ。頑張って働く既婚男性ほど、妻に子供を多く産ませているのだ。いくら高額所得であったとしても、妻のために頑張って働いていないのであるならば、妻に妊娠させようとはしないものなのだ。

 だからこそ、賃金を男女平等にしてはいけないのだ。特に既婚男性とそれ以外の人々の間には格差を設け、賃金を上げていかさなければならないのだ。更にその既婚男性に子供がいるなら、賃金をより高くする政策を取るべきなのだ。その給料の高さは、その夫の働きの分だけではなく、その妻の働きの分でもあるのだ。妻が夫を支えているのに、夫の給料が結婚していない女性たちと平等であったなら、溜まったものではないのだ。それでは子供を産み育てるお金がないと同じことなのだ。

 給料というのは、子供を持っている既婚男性や既婚女性に対して優遇措置を施すべきなのである。そうすれば、自然と出生率も上昇していくのだ。ところが、男女平等に取りつかれて、男女の賃金を平等にしてしまうと、男性に経済力がないものだから、繁殖力が低下してしまい、その結果、出生率が低下し、人口も減少して、経済力も衰退してしまうのである。人口が減少している社会では、政府がどのような景気刺激策を取っても、すべて巧く行くわけがないのだ。

 男性は不思議な生き物で、結婚していないのであるならば、いつまでもフラフラとしているのだが、結婚して妻の支援を受けられるようになると、尋常ならざる勇猛果敢の仕事をしてくるのだ。わざわざ女性が身を粉にして働いたとしても豊かになれる女性はほんの僅かでしかないのである。しかし、女性は結婚してしまえば、自分を億万長者にしてくれる男性が常にいるということなのだ。結婚して貧乏になるような女性は、余程、頭の悪い女性なのである。結婚したなら、妻としての自分の役割を悟り、夫の稼ぎが高くなるように仕向け、妊娠すれば、夫が父親として成長してくれるように仕向ければいいのだ。だからこそ、知恵ある既婚女性なら、助産院探しを単なる助産院探しにはしてしまわないのだ。夫を父親に成長させていく仕事として行うのだ。そうやって育児でのトラブルを未然に防ぎ、自分の夫を父親に成長させていくのである。

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第六章 身重になったら、生活だって変わります

出産するなら病院ではなく、助産院で!

●助産婦だからこそ解ること

 「自然的マタニティーライフ」では、戦後首尾一貫して行われてきた病院での出産に反対して「健康だからこそ妊娠できる。それゆえに、医者の手を借りずに健康的に出産しよう!」というテーマを貫いている。だからこそ、論理的必然性を以て、病院での出産を拒否し、助産院での出産を勧めていくことになる。

 病院で出産するのも、助産院で出産するのも、同じではないかと思う女性たちがいるならば、病院での出産と、助産院での出産の決定的違いに気づいてほしい。医者たちは妊娠や出産が病気だからこそ、妊婦たちを病院に通院させ、病院で出産させるのである。それゆえに、病院での出産は、医者が健康な筈の妊婦を病人に仕立て上げ、通常なら安産な筈の出産が非常にリスクの高い危険な難産になってしまうのだ。

 言っておくが、妊娠や出産は、その女性が健康だからこそできることなのである。その女性の体が健康でなければ妊娠などできず、不妊症で苦しむことになるし、その女性の体が健康でなければ出産などできず、流産してしまうことになることだろう。その女性が妊娠し、臨月まで無事に過ごせたということは、その女性の体が健康だったからこそなのである。だから、妊婦は病院に行って、治療のプロである医者に妊娠や出産を任せるべきではなく、妊娠や出産のプロである助産婦に妊娠や出産を任せるべきなのである。

 現在、産婦人科医では殺人医療が繰り返されて多くの妊産婦が死亡してしまい、多くの病院では産婦人科医の不足に悩まされているが、医者が妊娠や出産に手を出すべきではないのに、そこに手を出すからこそ、殺人医療を繰り返し、産婦人科医が不足してしまうのである。医者は病気を治療することに専念すべきであって、病気の治療でもない分野に手を出せば、醜態を晒け出し、人材が不足するのは当然なのだ。

 この決定的な違いの他にも、産婦人科医の多くは男性で、助産婦は女性であるという決定的な